説明

摩擦材

【課題】広いブレーキ液圧域における摩擦係数の安定性及び低速時の摩擦係数の安定性に優れた摩擦材の提供。
【解決手段】(A)人造黒鉛及び(B)天然黒鉛を含み、(A)と(B)との合計量が摩擦材組成物の全量に対して2〜8体積%であり、(A)と(B)との体積比が80/20〜95/5である摩擦材。また、これにさらに(C)二硫化モリブデンと(D)硫化錫とを配合成分とすることにより、摩擦係数の安定性が一層向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、鉄道車両、各種産業機械のディスクパッド、ブレーキライニング等に用いられる摩擦材に関し、特にディスクパッドに使用される摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
摩擦材に求められる性能としては耐磨耗性に優れていること、摩擦係数が高いこと、低ブレーキ液圧領域及び高ブレーキ液圧領域において摩擦係数が安定していること、低速時での摩擦係数が安定していること、低周波ノイズが発生しないことなどが挙げられる。これらの諸性能を満足させるために摩擦材は多くの原料から構成されているが、その複合材料の組成に関して従来から種々の提案がなされている。
【0003】
特許文献1には、層状鉱物粉末を含む摩擦材において、二硫化モリブデン粉末及び三硫化アンチモン粉末を合計で0.5〜5体積%と、中心粒径0.1〜100μmの黒鉛粉末0.1〜8体積%とを含ませることにより、低周波ノイズの発生を抑制すると共に耐磨耗性を向上させることが開示されている。
【0004】
特許文献2には、繊維材に潤滑材等を添加してなるブレーキ摩擦材において、繊維材として、セラミック質繊維からなる直径1〜3mmの毛玉状の団塊を用い、ブレーキ摩擦材あたり雲母5〜10体積%、黒鉛、三硫化アンチモンおよび二硫化モリブデンを5〜10体積%含有させることによって、ブレーキ摩擦材中に形成されたセラミック質繊維の団塊中に空気を取り込むことにより、気孔率が高くなって、高温下におけるフェノール樹脂等の分解ガスが気孔中に取り込まれ摩擦面が清浄に保たれ、摩擦係数が安定化すること、及び潤滑材として雲母を採用することにより、黒鉛や三硫化アンチモンのような耐熱性の低い潤滑材の含有量を少なくでき、フェード現象等に伴う高温下における摩擦係数の低下が防止できることが開示されている。
【0005】
特許文献3には、アンチモン化合物を使用しなくても錫又はSnS、SnS2等の錫の硫化物を使用することにより、200℃以上の高温での耐摩耗性に優れ、またメタルキャッチの抑制、対面攻撃性の抑制に良好な効果が得られたことが開示されている。
【0006】
特許文献4には、黒鉛粒子を、平均粒径1.5〜2.5mmの黒鉛粒子と、平均粒径0.3〜1.4mmの黒鉛粒子との二種とすると、粒径が略同一の黒鉛粒子のみを含有した摩擦材に比較してブレーキ効力が略同一となる黒鉛粒子の含有量において、耐摩耗性を著しく向上させることができ、且つブレーキ操作時の鳴き及びジャダーの発生程度を改善できることが開示されている。
しかしながら、上記の特許文献に記載された複合材料の組成では、広いブレーキ液圧域における摩擦係数の安定性及び低速時の摩擦係数の安定性を確保することができなかった。
【0007】
【特許文献1】特開平6−306185号公報
【特許文献2】特開平8−254238号公報
【特許文献3】特開2002−226834号公報
【特許文献4】特開平8−109369号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、広いブレーキ液圧(以下単に「液圧」ともいう)域における摩擦係数の安定性及び低速時の摩擦係数の安定性を確保することができる摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来は、広いブレーキ液圧域および低速時における摩擦係数の安定性を高めるためには、黒鉛、二硫化モリブデン、三硫化アンチモン、硫化錫等の固体潤滑剤の添加量は少ない方がよいとされており、黒鉛の質(天然黒鉛と人造黒鉛との差異)やこれら固体潤滑剤を併用する場合の組み合わせの効果については特に考慮されることがなかったが、本発明者が鋭意検討を進めた結果、天然黒鉛と人造黒鉛とを特定の割合で添加した摩擦材を用いることにより上記課題を解決できることを見出して、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は下記に記載する通りの構成を有する摩擦材である。
【0010】
(1)(A)人造黒鉛及び(B)天然黒鉛を含み、
(A)と(B)との合計量が摩擦材組成物の全量に対して2〜8体積%であり、
(A)と(B)との体積比が80/20〜95/5である
ことを特徴とする摩擦材。
(2)(A)人造黒鉛は非晶質の電極粉砕黒鉛であり、
(B)天然黒鉛は六方晶形の鱗片状黒鉛である
ことを特徴とする上記(1)記載の摩擦材。
(3)さらに、
(C)二硫化モリブデンと
(D)硫化錫と
を含むことを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の摩擦材。
【発明の効果】
【0011】
本発明の摩擦材は、広いブレーキ液圧域及び低速時における摩擦係数の安定性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
摩擦材、特にディスクパッドにおいては、潤滑性能を発揮させるため従来から黒鉛が使用されてきた。この黒鉛として一般的に使用されてきたのは人造黒鉛であった。これは人造黒鉛が摩擦材表面から脱落しにくい形状を有しているためである。しかしながら、自動車メーカーの要求が高度化(AK−Masterマトリックス)するに伴い、低速時及び広いブレーキ液圧域での摩擦係数の安定性に対応するには不十分なものであった。
ところで、黒鉛としては人造黒鉛の他にも天然黒鉛があるが、この天然黒鉛は結晶性があり鱗片状で柔らかく高温時、高液圧時に摩擦材表面から脱落しやすいという問題があったため、従来はディスクパッドに用いられてこなかったものである。
これに対し、本発明は、黒鉛として、人造黒鉛と天然黒鉛とを一定の割合で添加して摩擦材とすることにより、低速時及び広いブレーキ液圧域での摩擦係数の安定性(以下「μ安定性」という。)に対応することを可能としたものである。
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
摩擦材は、繊維基材、結合材、充填材を主成分とする組成物であり、各成分からなる混合物を加熱・加圧成形、熱処理(後硬化)することによって得られる。
本発明においては、充填材を構成する成分として人造黒鉛及び天然黒鉛を用いる。
人造黒鉛と天然黒鉛とはその合計量が摩擦材組成物の全体に対して2〜8体積%となるように添加される。特に好ましい添加量は4〜8体積%である。
この添加量が2体積%未満であると低速時および低液圧域での摩擦係数の安定性が悪化し、8体積%を超えると高液圧域での摩擦係数の安定性が悪化する。
人造黒鉛と天然黒鉛との添加割合は、体積比で[(A)人造黒鉛/(B)天然黒鉛]=80/20〜95/5とする。
これは、人造黒鉛及び天然黒鉛のそれぞれの摩擦材組成物の全量に対する体積比に換算すると人造黒鉛1.6〜7.6体積%、天然黒鉛0.1〜1.6体積%である。
【0014】
上記のように添加量を規定した理由は次の通りである。
人造黒鉛の添加量が1.6体積%未満であると、低速時のμ安定性と低液圧域のμ安定性が悪化し、7.6体積%を超えると全体的にμ安定性が悪化し、特に高液圧域のμ安定性が悪化する。
天然黒鉛の添加量が0.1体積%未満であると低速時のμ安定性と低液圧域のμ安定性が悪化する。また、1.6体積%を超えると高液圧域のμ安定性が悪化する。
そして、上記のように人造黒鉛と天然黒鉛とを併用すると、広い液圧域におけるμ安定性及び低速時のμ安定性が向上する。
天然黒鉛の平均粒径は30〜230μmであることが好ましい。天然黒鉛の粒径は大きいほど摩擦材表面から脱落しにくくなるため、高液圧域におけるμ安定性に優れるが、大粒径のものはコスト面で不利となる。
人造黒鉛の平均粒径は100〜300μmが好ましい。これよりも粒径が大きくなると偏析が発生しやすく摩擦材の組成が不均一となり、μ安定性が悪化する。
人造黒鉛としては電極粉砕黒鉛が好適に使用できる。また、天然黒鉛としては鱗片状黒鉛が好適に使用できる。
【0015】
本発明の特に好ましい態様は、上記の人造黒鉛と天然黒鉛とを併用することに加えて、さらに充填材として二硫化モリブデン及び硫化錫を添加してなる摩擦材である。
二硫化モリブデン及び硫化錫は従来から摩擦材の耐摩耗性、摩擦係数の熱的安定性保持のために添加されている充填材であるが、本発明においては人造黒鉛と天然黒鉛と共に二硫化モリブデン及び硫化錫を併用することにより、広い液圧域におけるμ安定性及び低速時のμ安定性が一層向上する。
二硫化モリブデンは潤滑剤としての機能を有しており、摩擦材の摩擦係数を低下させて耐摩耗性を向上させる効果がある。二硫化モリブデンの好ましい添加量は摩擦材組成物の全量に対して0.2〜2.2体積%である。
この添加量が0.2体積%未満及び2.2体積%を超えると低速時のμ安定性及び低液圧域のμ安定性が悪化する。
二硫化モリブデンの平均粒径は3〜30μmであることが好ましい。
【0016】
硫化錫は摩擦材に高温での耐摩耗性を付与し、また、メタルキャッチの抑制、対面攻撃性を抑制する効果がある。硫化錫の好ましい添加量は摩擦材組成物の全量に対して0.5〜3.0体積%である。
この添加量が0.5体積%未満であると低速域のμ安定性と低液圧時のμ安定性が悪化する。また、3.0体積%を超えると高液圧時のμ安定性が悪化する。
硫化錫の平均粒径は50μm以下、特に3〜30μmであることが好ましい。
【0017】
本発明の摩擦材を構成する繊維基材、結合材等の他の成分としては、摩擦材に通常に使用される公知の原料を使用することができる。
繊維基材としては、例えば、スチール、ステンレス、銅、真鍮、青銅、アルミニウム等の金属繊維;チタン酸カリウム繊維、ガラス繊維、ロックウール、人工鉱物繊維、ウォラストナイト、セピオライト、アタパルジャイト等の無機繊維;アラミド繊維、炭素繊維、ポリイミド繊維、セルロース繊維、アクリル繊維等の有機繊維;等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上用いることが出来る。繊維基材の添加量は、摩擦材全量に対して好ましくは5〜60体積%、より好ましくは10〜50体積%である。
【0018】
結合材としては、たとえば、フェノール樹脂、NBRゴム変性ハイオルソフェノール樹脂、NBRゴム変性フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、NBR、アクリルゴム等が挙げられる。これらは1種又は2種以上用いることが出来る。この結合材の添加量は、摩擦材全量に対して好ましくは10体積%以上、より好ましくは10〜30体積%、更に好ましくは12〜25体積%である。
【0019】
充填材として他の公知の有機又は無機の充填材を添加することもできる。有機充填材としては、たとえばカシューダスト、ゴムダスト(ゴム粉末、粒)、二トリルゴム(未加硫品)、アクリルゴムダスト(加硫品)等が挙げられる。これらは1種又は2種以上用いることが出来る。一方無機充填材としては、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、バーミキュライト、コークス、マイカ等の他、鉄、銅、ステンレス、アルミニウム等の金属粉が挙げられる。これらは1種又は2種以上用いることが出来る。これらの充填材の添加量は、摩擦材組成物全体の40〜85体積%、より好ましくは50〜80体積%である。
次に、実施例を挙げて本発明の構成及び効果をより詳細に述べる。
【実施例】
【0020】
実施例及び比較例で用いた主な摩擦材の原料及び摩擦材の製造方法は次の通りである。
[原料]
人造黒鉛 :(株)エスイーシー 粒状、電極粉砕、平均粒径200μm、270μm SGグレード
天然黒鉛 : 日本黒鉛工業(株) 六方晶形、鱗片状、平均粒径40μm CBグレード、平均粒径180μm Fグレード
二硫化モリブデン : 10μm THOMPSON CREEK MINING UPグレード
硫化錫 : 10μm CHEMETALL Stannolube
【0021】
[製造方法]
表2に示す原料組成物をレディゲミキサーにて5〜20分間混合し、加圧型内で30MPaにて1分加圧して予備成形をした。この予備成形物を成形温度150℃、成形圧力40MPaの条件下で7分間加熱・加圧成形した後、220℃で5時間熱処理(後硬化)
を行ない、塗装、焼き付け、研磨して、実施例、比較例の乗用車用ブレーキパッドを作成した。
【0022】
[評価方法]
原料、及びブレーキパッドにつき、下記の表1に示した評価項目、評価方法及び判定基準によって評価を行った。
【0023】
【表1】

【0024】
[実施例1〜13]
表2に示した組成比の原料を用い、これを前記の製造方法に従って処理して、実施例1〜13のブレーキパッドを得た。
評価結果を表2に示す。
【0025】
[比較例1〜4]
表2に示す組成比の原料を用い、これを前記の製造方法に従って処理して、比較例1〜4のブレーキパッドを得た。
比較例1、2は人造黒鉛と天然黒鉛との合計量が本発明で規定する摩擦材組成物の全量に対して2〜8体積%の範囲内にあるが、[人造黒鉛/天然黒鉛]比が本発明で規定する80/20〜95/5の範囲外のものであり、比較例3、4は人造黒鉛と天然黒鉛との合計量及び[人造黒鉛/天然黒鉛]比のいずれも本発明で規定する数値範囲外のものである。
評価結果を表2に示す。
【0026】
【表2】

【0027】
上記表2に示された結果から明らかなように、本発明の実施例の摩擦材は比較例の摩擦材と比べて、低速時のμ安定性、低液圧域及び高液圧域のμ安定性のいずれにおいても優れている。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の摩擦材は、広いブレーキ液圧域における摩擦係数の安定性及び低速時の摩擦係数の安定性に優れているので、自動車、鉄道車両、各種産業機械のディスクパッド、ブレーキライニング等に用いられる摩擦材、特にディスクパッドに使用される摩擦材として好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)人造黒鉛及び(B)天然黒鉛を含み、
(A)と(B)との合計量が摩擦材組成物の全量に対して2〜8体積%であり、
(A)と(B)との体積比が80/20〜95/5である
ことを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
(A)人造黒鉛は非晶質の電極粉砕黒鉛であり、
(B)天然黒鉛は六方晶形の鱗片状黒鉛である
ことを特徴とする請求項1記載の摩擦材。
【請求項3】
さらに、
(C)二硫化モリブデンと
(D)硫化錫と
を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の摩擦材。

【公開番号】特開2007−254621(P2007−254621A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−81865(P2006−81865)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(000004374)日清紡績株式会社 (370)
【Fターム(参考)】