説明

摩擦材

【課題】高温及び高負荷領域においても耐熱性、耐摩耗性及び強度に優れた摩擦材を提供すること。
【解決手段】セラミックスをマトリックスとする摩擦材であって、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方を含む摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、鉄道車両、産業機械等のブレーキパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に用いられる摩擦材に関し、特に、優れた耐熱性と強度を有する摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の燃費向上や原材料の高騰といった環境変化の影響を受けて、車両部品の軽量化や小型化の要求が高まっている。ブレーキ部品に関しては、ブレーキディスクの小径化に伴い、摩擦材への熱的及び機械的負荷が増加している。
このような状況下、高温及び高負荷下での耐熱性、耐摩耗性及び耐フェード性等の性能がより一層優れた摩擦材が望まれている。
【0003】
従来の摩擦材としては、有機繊維等の繊維状物質を基材とし、これに結合材や摩擦調整材を配合したNon−Asbestos−Organic系摩擦材(以下「NAO材」と称する)が広く知られている。特許文献1には、有機結合材を使用した摩擦材を非酸化性雰囲気下、250〜650℃の高温にて焼成炭化させることで耐熱性及びフェード性を高めた摩擦材が記載されている。また、特許文献2には、有機結合材を用いた摩擦材を不活性ガス中で550〜1300℃で焼成炭化することで耐熱性及び耐フェード性を向上した摩擦材が記載されている。
【0004】
一方、金属を基材とすることで強度及び耐フェード性を高めた摩擦材が提案されており、特許文献3では銅を基材とした焼結摩擦材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−215164号公報
【特許文献2】特開2006−306970号公報
【特許文献3】特開2007−107067号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら特許文献1及び2に記載の有機結合材を炭化させた摩擦材では、基材がカーボン材料であるため、使用時において製造時の温度を超える650℃以上の高温酸化雰囲気下では熱分解し、強度、耐摩耗性及びフェードの低下を招く懸念がある。
また、特許文献3に記載される金属を基材とした摩擦材では、NAO材に比べて重量が増加することや、基材である金属の融点付近の高温下で強度が低下したり、塑性流動を起こし得るため摩耗の増加や相手材と固着するといった問題が懸念される。
このように従来の摩擦材では、高温及び高負荷領域における性能に改良の余地があった。
【0007】
本発明は上記課題を解決するものであり、高温及び高負荷領域においても耐熱性、耐摩耗性、耐フェード性及び強度に優れた摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、セラミックスをマトリックスとし、かつ特定の材料を配合することにより上記課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は以下のとおりのものである。
〔1〕 セラミックスをマトリックスとする摩擦材であって、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方を含む摩擦材。
〔2〕 前記セラミックスが、酸化物系セラミックス、窒化物系セラミックス及び炭化物系セラミックスからなる群より選ばれる少なくとも一種である上記〔1〕に記載の摩擦材。
〔3〕 前記酸化物系セラミックスが、ジルコニア及びアルミナのうち少なくとも一方である上記〔2〕に記載の摩擦材。
〔4〕 前記窒化物系セラミックスが、窒化ケイ素、窒化アルミニウム及びサイアロンからなる群より選ばれる少なくとも一種である上記〔2〕に記載の摩擦材。
〔5〕 前記炭化物系セラミックスが、炭化ケイ素、炭化ホウ素、炭化チタン及び炭化タングステンからなる群より選ばれる少なくとも一種である上記〔2〕に記載の摩擦材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高耐熱性、高靭性、高強度の素材をマトリックスとして用いることにより、摩擦材が熱分解等の影響を受けることがなく、高温及び高負荷領域での使用時においても耐熱性及び耐摩耗性に優れ、摩擦係数の高い摩擦材を提供することができる。また、制動時における欠けや割れに対しても耐久性を有する摩擦材を提供することができる。さらに、硫酸バリウム及び酸化スズの少なくとも一方を含有することにより、摩擦材の欠けや割れの発生が抑えられることで耐摩耗性が向上し、かつ相手材攻撃性が減少する。これにより摩擦材の寿命を延ばすことができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の摩擦材は、セラミックスをマトリックスとする。セラミックスの組成は特に限定されないが、例えば、酸化物系セラミックス、窒化物系セラミックス、炭化物系セラミックス等を用いることができる。酸化物系セラミックスとしては、アルミナ、フォルステライト、ジルコニア、チタニア、シリカ、マグネシア、ジルコン、ムライト、フェライト、コーディエライト、ステアタイト、チタン酸バリウム、酸化亜鉛、ハイドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム、フッ化アパタイト等が挙げられる。窒化物系セラミックスとしては、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、窒化チタン、窒化ホウ素、サイアロン等が挙げられる。炭化物系セラミックスとしては、炭化ケイ素、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステン等が挙げられる。中でも、機械的強度や靭性が高い観点から酸化物系セラミックスであるジルコニアが好ましい。また、ジルコニアは安定化されていることが好ましく、例えば、イットリア(Y)安定化ジルコニア又はカルシア(CaO)安定化ジルコニアが特に好ましい。
【0011】
また、上記セラミックスは単一組成であっても、二種以上の混合組成であってもよい。混合組成としては例えば、ジルコニアを母材としアルミナを併用することが好ましく、この場合のアルミナの含有量は摩擦材全体において5〜25体積%が好ましい。アルミナをかかる範囲で含有することで摩擦材の焼結性が向上し緻密化すると共に、制動時の欠けや割れを抑制できる。
【0012】
本発明の摩擦材はさらに、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方を含む。
本発明でマトリックスであるセラミックスは、強度、耐熱性に優れる反面、硬くて脆いことから欠けや割れが生じ、摩擦材としたときに耐摩耗性に劣ったり、相手材がFCロータの場合等、相手材によっては相手材を攻撃し摩耗させてしまうといった課題がある。また製造工程の観点からも、セラミックスを焼結した際にクラックや歪みが生じやすく、安定した製品が得にくいといった課題もある。
本発明では、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方を含むことにより、欠けや割れの発生が抑えられ、耐摩耗性が向上し、相手材攻撃性も減少することを見出した。
【0013】
硫酸バリウムは安価に入手できるので製造コストを抑えることができる点でも好ましい。また酸化スズを含有することで焼結性が改良され、製造時のクラックや歪みの発生が抑えられ、製品の品質向上が可能になる。硫酸バリウムと酸化スズはそれぞれ単独で使用しても併用してもよいが、制動時の欠けや割れの抑制と耐摩耗性の向上を相乗的により高めるとの観点から併用することが好ましい。
【0014】
なお酸化スズとしては酸化第一スズ(SnO)及び酸化第二スズ(SnO)が挙げられ、本発明ではいずれも使用することができるが、より安定な酸化第二スズ(SnO)が好ましい。また、酸化スズは粉体を使用してもよいし、水分散ゾル(超微粒子)を使用してもよい。
【0015】
硫酸バリウムを単独で使用する場合の摩擦材全体における含有量は、好ましくは1〜30体積%、より好ましくは1〜20体積%である。含有量がかかる範囲であれば制動時の欠けや割れを抑制し、耐摩耗性が向上する。
酸化スズを単独で使用する場合の摩擦材全体における含有量は、好ましくは1〜10体積%、より好ましくは1〜5体積%である。含有量がかかる範囲であれば焼結性が向上し、かつ制動時の欠けや割れを抑制し、耐摩耗性が向上する。
また、硫酸バリウムと酸化スズとを併用する場合の摩擦材全体における含有量は、好ましくは硫酸バリウムが10〜50体積%及び酸化スズが1〜10体積%であり、より好ましくは硫酸バリウムが30〜50体積%及び酸化スズが2〜5体積%である。含有量がかかる範囲であれば制動時の欠けや割れの抑制と耐摩耗性の向上を相乗的により高めることができる。また、酸化スズを併用することで、セラミックスの焼結性が向上するため、硫酸バリウムを単独で配合する場合に比べてその含有量を増加させることができる。
【0016】
本発明の摩擦材は、本発明の効果を損なわない範囲で上記以外の配合成分として、スチール繊維等の金属繊維、炭化ケイ素繊維、Al−SiO系セラミック繊維、生体溶解性無機繊維等の無機繊維といった繊維基材、フッ化カルシウム、炭化ケイ素、炭化チタン、窒化チタン、バーミキュライト、マイカ等の無機化合物、鉄、チタン、ニッケル等の金属粉末、アルミナ、マグネシア、ジルコニア、チタニア、酸化鉄等の金属酸化物、窒化ホウ素、窒化アルミニウム等の固体潤滑材といった摩擦調整材等を含有してもよい。
【0017】
上記成分から構成される本発明の摩擦材は、密度が60%以上であることが好ましい。密度がかかる範囲であればセラミックス間の結合力が強化され、耐摩耗性、制動時の欠けや割れの抑制に優れた摩擦材を得ることができる。なおここでの密度とは、下記式から算出される相対密度である。
(焼結体密度/理論密度)×100=相対密度(%)
【0018】
<摩擦材の製造方法>
本発明の摩擦材は、上記のセラミックスの原料となる金属/無機化合物粉体と、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方と、任意の配合成分とを所定量配合して原料粉末を調整する工程、成形工程、及び焼結工程を経て得ることができる。
【0019】
上記原料粉末を調整する工程は、例えば、上記のセラミックスの原料となる金属/無機化合物粉体と、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方と、任意の配合成分とを、水及びエタノール等の分散媒中でボールミルにより所定時間混合した後、乾燥して分散媒を除去し、ふるい等を用いて整粒する工程を順次含むことが好ましい。
【0020】
上記成形工程及び焼結工程では、公知のセラミックスの成形方法及び焼結方法が適宜用いられる。
成形方法としては例えば、一軸加圧成形、CIP成形(冷間静水圧成形)等の乾式成形法が挙げられる。
一軸加圧成形とは、粉体調合物を金型中で一軸加圧を行うことにより成形体を得る方法である。CIP成形とは、顆粒等の粉体調合物、あるいはあらかじめほぼ所定の形状にされた予備成形体をゴム製の容器に入れて、それを静水圧で加圧することにより成形体を得る方法である。この方法は圧力を周囲から均等に加えるもので、一軸加圧成形より均一な成形体の製造に適する。
成形方法としては上記乾式成形法の他、射出成形、押出成形等の塑性成形法;泥漿鋳込み、加圧鋳込み、回転鋳込み等の鋳込み成形法;ドクターブレード法等のテープ成形法等も適用できる。
上記成形方法は単独でも、2種以上を組み合わせてもよい。
【0021】
焼結方法としては、例えば、雰囲気焼結法、反応焼結法、常圧焼結法、熱プラズマ焼結法等が挙げられる。また、焼結温度及び焼結温度での保持時間はセラミックスの種類に応じて適宜設定することができ、通常1000〜2000℃、2〜6時間が好ましい。例えばジルコニアの場合は、1000〜1800℃、2〜4時間が好ましい
【0022】
また、加圧しながら焼結を行うことも可能であり、かかる方法として、HP(ホットプレス)、HIP成形(熱間静水圧成形)及び放電プラズマ焼結法等の加圧焼結法を適用することもできる。また、HPとは一軸加圧成形しながら焼結を行う方法である。HIP成形とは静水圧で加圧しながら焼結を行う方法である。焼結圧力、焼結温度及び焼結温度での保持時間はセラミックスの種類に応じて適宜設定することができ、通常10〜400MPa、1000〜2000℃、0.5〜6時間が好ましい。例えばジルコニアの場合は、10〜200MPa、1000〜1800℃、0.5〜4時間が好ましい。
【0023】
なお、上記焼結は、セラミックスの種類や添加する材料の種類によって、大気中や、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス中で行ってもよいし、一酸化炭素ガス、水素ガス等のような還元性ガス中で行ってもよい。また、真空中で行ってもよい。
【0024】
上記の工程を経て得られる焼結体を、必要に応じて切削、研削、研摩等の処理を施すことにより本発明の摩擦材が製造される。
【0025】
なお、本発明に係る摩擦材は乾式摩擦材、湿式摩擦材のいずれにも適用できる。
【実施例】
【0026】
以下に示す実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0027】
<実施例1〜12、比較例1(無加圧焼結)>
使用材料を下記に示す。
イットリア安定化ジルコニア:東ソー(株)製 TZ−3Y−E
硫酸バリウム:竹原化学工業(株)製 C300
酸化スズ(IV)(ゾル溶液):山中産業(株)製 EPS−12
【0028】
比較例1
3mol%イットリア安定化ジルコニアを20MPaで一軸成形した後、245MPaでCIP成形を行い、大気中1400℃で2時間焼結し、焼結体を得た。
【0029】
実施例1
3mol%イットリア安定化ジルコニアと、硫酸バリウムとを、表1に記載の割合(体積%、質量部)となるように秤量し、蒸留水中で24時間ボールミル混合し、乾燥後、200μmのふるいを用いて整粒し原料粉を得た。原料粉を20MPaで一軸成形した後、245MPaでCIP成形を行い、大気中1400℃で2時間焼結し、焼結体を得た。
【0030】
実施例2〜4
3mol%イットリア安定化ジルコニアと硫酸バリウムの割合をそれぞれ表1に記載の割合とした以外は、実施例1と同様に焼結体を得た。
【0031】
実施例5〜7
硫酸バリウムに替えて酸化スズを表1の割合で用いた以外は、実施例1と同様に焼結体を得た。なお表1の酸化スズの含有割合は固形分換算である(以下同様)。
【0032】
実施例8〜12
3mol%イットリア安定化ジルコニアと、硫酸バリウムと、酸化スズとを、それぞれ表1に記載の割合となるように秤量して用いた以外は、実施例1と同様に焼結体を得た。
【0033】
<物性評価>
1)相対密度(%)
(焼結体密度/理論密度)×100により、相対密度を求めた。
焼結体密度は得られた焼結体の重量と体積から算出し、理論密度は原材料の真密度と配合割合から算出した。
2)曲げ試験
焼結体から試験片(3×4×40mm)を作製し、JIS R 1601に準拠して試験を行った。
【0034】
<摩擦試験>
焼結体から試験片(13×15×35mm)を作製し、曙エンジニアリング(株)製フリクションアナライザー摩擦試験機により下記摩擦試験を実施した。
相手材:FCロータ
初速度:50km/h
減速度:0.3G
制動温度:100℃
制動回数:200回
評価項目:平均摩擦係数、パッド摩耗量、ロータ摩耗量、制動時欠け・割れの有無(1:試験片破壊、2:試験片中央部の割れ、3:試験片端部の欠け大、4:試験片端部の欠け小、5:欠け無し)
【0035】
評価結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1より、ジルコニア焼結体のみからなる比較例1の試験片では、FCロータ(相手材)の摩耗量が著しく大きく、相手材を攻撃していることが分かる。また、曲げ強度が高い一方で、摩擦材端部で欠け・割れが発生している。一方、実施例1〜7の試験片では、硫酸バリウム又は酸化スズを配合したことにより、パッド摩耗量及びロータ摩耗量ともに小さく、かつ摩擦材の欠け・割れも発生せず良好であった。実施例8〜12の試験片では、硫酸バリウムと酸化スズを併用したことにより、欠け・割れがなく、耐摩耗性がさらに向上できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の摩擦材は、高温・高負荷領域においても優れた耐熱性と強度を有し、かつ相手材攻撃性が低いことから、自動車、鉄道車両、各種産業機械等のディスクパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックスをマトリックスとする摩擦材であって、硫酸バリウム及び酸化スズのうち少なくとも一方を含む摩擦材。
【請求項2】
前記セラミックスが、酸化物系セラミックス、窒化物系セラミックス及び炭化物系セラミックスからなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記酸化物系セラミックスが、ジルコニア及びアルミナのうち少なくとも一方である請求項2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記窒化物系セラミックスが、窒化ケイ素、窒化アルミニウム及びサイアロンからなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項2に記載の摩擦材。
【請求項5】
前記炭化物系セラミックスが、炭化ケイ素、炭化ホウ素、炭化チタン及び炭化タングステンからなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項2に記載の摩擦材。

【公開番号】特開2013−87159(P2013−87159A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227265(P2011−227265)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)