説明

摺動用樹脂組成物

【課題】 耐摩耗性に優れていながらも、無潤滑下での摺動特性にも優れる摺動用樹脂組成物を提供する。
【解決手段】 弗素樹脂2に弗化カルシウム3と弗素樹脂膜形成助剤4とを含有させた摺動用樹脂組成物1おいて、弗素樹脂膜形成助剤4を表面に埋収した弗化カルシウム3の粒子が弗素樹脂2中に分散された状態の樹脂組成物1を用いることにより、摺動時に摺動用樹脂組成物1の摺動面と相手材の表面とが接触すると、弗素樹脂2が剪断され、剪断片(摩耗粉)が発生し、この弗素樹脂2の剪断片が摺動用樹脂組成物1の摺動面に露出する弗化カルシウム上3に移着して弗素樹脂2の移着膜を形成すると、摩擦係数が低下する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弗素樹脂に弗化カルシウムと弗素樹脂膜形成助剤とを含有させた摺動用樹脂組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリテトラフルオロエチレン等の弗素樹脂に弗化カルシウム等の金属弗化物を含有させた摺動用樹脂組成物が提案されている。弗素樹脂に金属弗化物を含有させて弗素樹脂マトリックス強度の低下を抑制しながらも摺動用樹脂組成物の耐摩耗性を向上させ、また、弗素樹脂膜形成助剤としてのPbやPbOを含有させることにより、摺動時に相手材の表面への弗素樹脂の移着を助長し、相手材の表面に弗素樹脂の移着膜を形成させ、摺動用樹脂組成物の無給油潤滑下での摺動特性を向上させるものである。(特許文献1)
【0003】
また、特許第3597866号公報(特許文献1)に開示されるPbやPbO以外にも、例えば、特許第2777724号公報(特許文献2)に開示される技術では、弗素樹脂膜形成助剤としてリン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、リン酸バリウム、リン酸リチウムを挙げているが、近年、これら以外にも第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の無機化合物も同じく弗素樹脂膜形成助剤として機能することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3597866号公報
【特許文献2】特許第2777724号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のように弗素樹脂に金属弗化物、特には弗化カルシウムを含有させた摺動用樹脂組成物は、弗素樹脂マトリックスの強度低下を抑制することで摺動用樹脂組成物の耐摩耗性を向上させられるが、摺動用樹脂組成物を無潤滑下で用いる場合には、良好な摺動特性を得られないという問題があった。本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、耐摩耗性に優れていながらも、無潤滑下での摺動特性にも優れる摺動用樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、弗素樹脂に弗化カルシウムと弗素樹脂膜形成助剤とを含有させた摺動用樹脂組成物において、弗素樹脂には、弗化カルシウムを粒状で分散させ、弗化カルシウムの粒表面には、弗素樹脂膜形成助剤を埋収させていることを特徴とする。
【0007】
本発明における弗素樹脂とは、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと称する)、パーフルオロアルコキシアルカン(以下、「PFA」と称する)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(以下、「FEP」と称する)、ポリ弗化ビニリデン(以下、「PVDF」と称する)などのうち、PTFE単独、もしくはPTFEとその他の弗素樹脂(「PFA」、「FEP」、「PVDF」)の少なくともいずれか1種以上とからなる。ただし、PTFEとその他の弗素樹脂とからなる場合には、PTFEが50質量%以上とすることが望ましい。
【0008】
なお、本発明における弗化カルシウムの粒表面に弗素樹脂膜形成助剤が埋収した状態とは、弗素樹脂膜形成助剤の粒子の全体が弗化カルシウムの粒子の表面に完全に埋没した状態に限定されず、弗素樹脂膜形成助剤の粒表面の一部が弗化カルシウムの粒表面に埋収した状態、いわゆる付着した状態が含まれる。
【0009】
また、本発明において、摺動用樹脂組成物に対する弗化カルシウムの含有量は、5〜10質量%、弗素樹脂膜形成助剤の含有量は10〜20質量%で、弗化カルシウムと弗素樹脂膜助剤の含有量総和は15〜30質量%である。そして、摺動条件や弗素樹脂膜形成助剤の種類により含有量を調整することができる。
【0010】
弗化カルシウムは摺動用樹脂組成物の耐摩耗性を高めることを目的に弗素樹脂に含有させる。この弗化カルシウムは、弗素樹脂との親和性が高く、弗素樹脂に含有させても弗素樹脂マトリックス強度の低下が少ない。本発明における弗化カルシウムとしては、蛍石を用いることが好適である。蛍石は、外力(機械的な力)により弗素樹脂膜形成助剤の粒子を弗化カルシウムの粒表面に押圧して埋収させることができ易い。
【0011】
また、本発明における弗素樹脂膜形成助剤としては、リン酸カルシウム、リン酸バリウム、リン酸マグネシウム、リン酸リチウム、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の無機化合物のうちいずれか一種以上を用いることができる。
【0012】
また、本発明の摺動用樹脂組成物は、各種金属の基材の表面に層状に被覆した形態の摺動部材に用いてもよいし、各種金属基材に多孔質金属焼結層を形成し、その多孔質金属焼結層に摺動用樹脂組成物を含浸被覆した形態の摺動部材に用いることもできる。
【0013】
請求項2に係る発明において、請求項1記載の摺動用樹脂組成物において、弗素樹脂とは、PTFEからなることが好ましい。PTFEは、弗素樹脂の中で最も摩擦係数が低いものであると知られている。
【0014】
請求項3に係る発明においては、請求項1又は2記載の摺動用樹脂組成物において、弗素カルシウムの粒表面における弗素樹脂膜形成助剤の面積率は、10〜50%の範囲であることを特徴とする。
【0015】
請求項4に係る発明においては、請求項1乃至請求項3記載の摺動用樹脂組成物において、弗素樹脂膜形成助剤の平均粒径は、弗化カルシウムの平均粒径の1/1.5以下であることを特徴とする。
【0016】
請求項5に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動用樹脂組成物において、弗素樹脂には、さらに固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
請求項1に係る発明においては、弗素樹脂には、弗化カルシウムを粒状で分散させているので弗素樹脂の強度を低下させることなく摺動用樹脂組成物の耐摩耗性が高まる。この弗化カルシウムの粒表面には、弗素樹脂膜形成助剤を埋収させているので、摺動時に摺動用樹脂組成物の摺動面と相手材の表面とが接触すると、弗素樹脂が剪断され、剪断片(摩耗粉)が発生する。この弗素樹脂の剪断片が摺動用樹脂組成物の摺動面に露出する弗化カルシウム上に移着して弗素樹脂の移着膜を形成すると、摩擦係数が低下する。その結果、弗化樹脂自体が摩擦熱によって温度上昇することなく、摺動用樹脂組成物のマトリックス強度が維持されるので摩耗量を少なくすることができる。
【0018】
一方、従来のように弗化カルシウムに弗素樹脂膜形成助剤を埋収させずに均一に弗素樹脂中に分散させた樹脂摺動部材を用いた場合、摺動面に露出する弗化カルシウムの表面には容易に弗素樹脂の移着膜が形成なされない。また、摺動面に露出する弗化カルシウムの表面に弗素樹脂の移着膜の形成を促進させるために、弗化カルシウムの表面に埋収させることなく多量の弗素樹脂膜形成助剤を弗素樹脂に分散させた場合には、摺動用樹脂組成物のマトリックス強度が低下し耐摩耗性が低下する。
【0019】
請求項2に係る発明のように、弗素樹脂はPTFEが好ましい。PTFEは弗素樹脂の中で最も摩擦係数が低いため、良好な摺動特性が得られる。
【0020】
また、請求項3に係る発明のように、弗化カルシウムの粒表面における弗素樹脂膜形成助剤面積率を10〜50%の範囲とすることが好ましい。弗素樹脂膜形成助剤の面積率が10%未満であると、弗化カルシウムの粒表面の弗素樹脂膜形成助剤の面積が小さすぎるため、摺動面に露出している弗化カルシウムの表面への弗素樹脂膜を十分に形成することができない。一方、弗化カルシウムの粒表面の弗素樹脂膜形成助剤の面積率が50%を超えると、弗化カルシウムが弗素樹脂と接する面積が少なくなるため、樹脂組成物のマトリックス強度が低下してしまう。
【0021】
また、本発明の摺動用樹脂組成物は、予め、外力(機械的な力)により弗素樹脂移着膜形成助剤の粒子を弗化カルシウムの粒表面に押圧して埋収させるものであるが、請求項4に係る発明のように、弗素樹脂膜形成助剤の平均粒径を弗化カルシウムの平均粒径の1/1.5以下とすることが好ましい。このように、弗化カルシウムの粒径に比して弗素樹脂膜形成助剤の粒径が小さいほど、弗化カルシウムの粒表面に弗素樹脂膜形成助剤を埋収させ易い。一方、粒径比が1/1.5を超えると、弗素樹脂膜形成助剤が弗化カルシウムの粒表面に不均一に偏って存在してしまう。
【0022】
また、請求項5に係る発明のように、弗素樹脂にさらに固体潤滑剤として二硫化もリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることにより、樹脂摺動部材の摺動特性を高めることができる。これらの固体潤滑剤は、樹脂摺動部材が用いられる摺動条件により含有量を調整すればよく、具体的には摺動用樹脂組成物に1〜60質量%含有させればよい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】弗化カルシウムの粒表面に弗素樹脂膜形成助剤を埋収させた場合における樹脂組成物を示す模式図である。
【図2】弗化カルシウムの粒表面に弗素樹脂膜形成助剤を埋収させない場合における樹脂組成物を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図1を参照して、弗素樹脂2としてPTFEを使用し、弗化カルシウム3の粒子面に埋収される弗素樹脂膜形成助剤4としてリン酸カルシウムを使用した本実施形態に係る樹脂組成物1について説明する。弗化カルシウム3は、蛍石を粉砕・分級したものである。また、図1に示すように、弗化カルシウム3の粒表面には、弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウムを埋収しており、その弗化カルシウム3が弗素樹脂2(PTFE)中に分散している。
【0025】
本実施形態では、一般的なスタンプミルを用い、予め、平均粒径6μmの弗化カルシウム3の粒表面に平均粒径4μmの弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウムを埋収させた。具体的には、スタンプミルで弗化カルシウム3及び弗素樹脂膜形成助剤4の粒子を押圧して埋収させるものである。
【0026】
なお、本発明者が確認したところ、弗化カルシウム3の粒表面に各種弗素樹脂膜形成助剤4の粒子を埋収させるには、ロールミル混練機のような回転するロール間に試料を通すタイプの混合や、それ以外にも弗化カルシウム3の粒表面と弗素樹脂膜形成助剤4の粒子との間に押圧力が発生する条件で混合すれば、攪拌回転羽根によるミキサータイプや、ボールミルタイプ、高速で試料粉同士を衝突させるジェットミルタイプを用いても可能であった。もっとも埋設状態にしやすい点で、スタンプミルが好適であった。
【0027】
また、弗素樹脂2としては、本実施形態に示したPTFEを用いたが、他にもPTFEとその他の弗素樹脂(「PFA」、「FEP」、「PVDF」)の少なくともいずれか1種以上との組合せからなるものでも良い。ただし、PTFEとその他の弗素樹脂との組合せからなる場合には、PTFEが50質量%以上とすることが望ましい。なお、弗素樹脂2として、弗素樹脂の中で摩擦係数が最もは小さいPTFEを用いることが好適である。
【0028】
上記のように予め弗素樹脂膜形成助剤4を埋収させた弗化カルシウム3の粒子と、弗素樹脂2とを混合し、その樹脂組成物1を金属基材の表面に被覆した後、溶剤の乾燥加熱、樹脂組成物1の焼成加熱を施すことで、樹脂摺動部材を得ることができる。なお、本実施形態では、予め弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4を埋収させる方法を示したが、これに限定されない。例えば、弗素樹脂2と弗化カルシウム3と弗素樹脂膜形成助剤4とを混合する際に、弗化カルシウム3の粒表面への弗素樹脂膜形成助剤4の埋収を同時に行なってもよい。
【0029】
弗素樹脂膜形成助剤4を埋収させた弗化カルシウム3の粒子は、弗化カルシウム3の粒表面における弗素樹脂膜形成助剤4の面積率が10%以上から50%以下の範囲であることが好ましい。弗素樹脂膜形成助剤4の面積率が10%未満であると、弗化カルシウムの粒表面の弗素樹脂膜形成助剤の面積が小さすぎるため、摺動面に露出している弗化カルシウムの表面への弗素樹脂膜を十分に形成することができない。一方、弗素樹脂膜形成助剤4の面積率が50%を超えると、弗化カルシウム3が弗素樹脂2と接する面積が少なくなるため、樹脂組成物のマトリックス強度が低下してしまう。
【0030】
なお、摺動用樹脂組成物1において、含有する弗素樹脂膜形成助剤4の全てが弗化カルシウム3の粒表面に埋収されている必要はなく、一部は単独で弗素樹脂2中に分散していてもよい。また、摺動用樹脂組成物1において、全ての弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4が埋収されている状態が最も望ましく、弗化カルシウム3の粒子と弗素樹脂膜形成助剤4の混合、混練する時間を長くすれば、上記の望ましい状態と成しえるが生産性が低くなる。弗化カルシウム3の粒子と弗素樹脂膜形成助剤4の混合、混練する時間を短時間にして生産性を高める場合には、一部の弗化カルシウム3の粒子の表面に弗素樹脂膜形成助剤4が埋収されていなくてもよい。具体的には、樹脂組成物1が含有する弗化カルシウム3のうち、少なくとも50%を超える弗化カルシウム3の粒子は、表面に弗素樹脂膜形成助剤4が埋収されていれば、摺動面に露出している弗化カルシウムの表面への弗素樹脂2の移着を助長する効果があることを本発明者は確認している。
【0031】
弗素樹脂膜形成助剤4の平均粒径は、弗化カルシウム3の平均粒径の1/1.5以下であることが好ましい。このように、弗化カルシウム3の粒径に比して弗素樹脂膜形成助剤4の粒径が小さいほど、弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4を埋収させ易い。一方、粒径比が1/1.5を超えると、弗素樹脂膜形成助剤4が弗化カルシウム3の粒子の表面に不均一に偏って存在してしまう。
【0032】
また、弗素樹脂膜形成助剤4としては、本実施形態に示したリン酸カルシウムに限定されず、リン酸バリウム、リン酸マグネシウム、リン酸リチウム、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の無機化合物のうちいずれか一種以上を用いることができる。これらの無機化合物は、その機構メカニズムは未だ明らかなっていないが、弗素樹脂2に含有させると、摺動時に相手材の表面への弗素樹脂2の移着を助長する機能を有することが公知となっている。また、本実施形態に示したリン酸カルシウムと同じく、上記の各弗素樹脂膜形成助剤4も、スタンプミルを用いて弗化カルシウム3の粒表面への埋収が可能であることを本発明者は確認している。また、例えば、「ポロネックス(製品名)」(丸尾カルシウム製)のような花弁状多孔質体のリン酸カルシウムを用いてもよい。
【0033】
また、樹脂組成物1には、さらに固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させてもよい。これらの固体潤滑剤の粒子を弗素樹脂2中に分散させることで、樹脂組成物1の摺動特性を高めることができる。なお、これらの固体潤滑剤は、樹脂組成物1が用いられる摺動条件により含有量を調整すればよく、具体的には樹脂組成物1に1〜60質量%含有させればよい。
【0034】
次に、本実施形態に係る樹脂組成物1を用いた実施例1〜6と比較例1〜4について、摺動試験を行った。実施例1〜6及び比較例1〜4の樹脂組成物1の組成及び試験結果を表1に示す。また、摺動試験の試験条件を表2に示す。実施例1において、弗素樹脂2にはPTFEとPFAとの混合物を、実施例2〜6において、弗素樹脂2にはPTFEを、弗化カルシウム3には平均粒径が6μmの蛍石を粉砕・分級したもの(ただし、比較例2は弗化カルシウムを包含せず。)を、弗素樹脂膜形成助剤4には平均粒径が4μmのリン酸カルシウム(ただし、実施例6はリン酸カルシウムと硫酸バリウムとの混合物)を、それぞれ用いた。また、実施例5,6には、固体潤滑剤として二硫化モリブデンを含有させた。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
実施例1〜6では、予め、スタンプミルにより弗素樹脂膜形成助剤(実施例1〜5はリン酸カルシウムのみ、実施例6ではリン酸カルシウムと硫酸バリウム)の粒子をすべての弗化カルシウム3の粒表面に、弗化カルシウム3の粒表面における弗素樹脂膜形成助剤4の面積率が30%となるように埋収した。なお、弗化カルシウム3の粒表面における弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウム又は硫酸バリウムの面積率は、EPMA装置により倍率2000倍の電子像を撮影し、その撮影画像を一般的な画像解析システムを用いて処理をして弗化カルシウム3と弗素樹脂膜形成助剤4の面積の比を算出させることにより測定することができる。
【0038】
表1に示す組成の樹脂組成物1を金属基材の表面に被覆した後、有機溶剤の乾燥加熱、樹脂組成物1の焼成加熱を施した。なお、金属基材には、予め別に準備した、鋼裏金層と多孔質金属層とからなる金属基材を用い、樹脂組成物1を多孔質金属層側に含浸、被覆した。そして、樹脂組成物1が内径側となるように円筒形状にして摺動試験用の試料を作成した。
【0039】
比較例1〜4において、いずれも弗素樹脂2にはPTFEを用い、比較例1では弗素樹脂2に弗化カルシウム3のみを含有させ、比較例2では弗素樹脂膜形成助剤4のみを含有させたものである。比較例3では、実施例2と同一の組成とし、弗素樹脂2、弗化カルシウム3、弗素樹脂膜形成助剤4も同一のものを用いたが、弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウムを埋収させていない点が実施例2と異なっている。即ち、比較例3では、単に弗素樹脂2であるPTFEに弗化カルシウム3粒と弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウムを均一分散させる条件で混合し、予め弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4であるリン酸カルシウムの粒子を埋収させることなく、表1に示す組成の樹脂組成物1を作成した。また、比較例4では、比較例3と同一成分であるが、弗素樹脂膜形成助剤4を大幅に増量して混合させたものである。摺動試験用の試料の形態、作成方法は、実施例1〜6と同じである。
【0040】
表1に示す組成からなる摺動用樹脂組成物において、比較例1と比較例2とを対比すると、弗化カルシウムのみを含有させた比較例1の場合は、弗素樹脂マトリックス強度の低下が抑制されているために摩耗量は少なくなるがPTFE移着膜の効果がないため摩擦係数は高い。一方、弗素樹脂膜形成助剤であるリン酸カルシウムのみを含有させた比較例2の場合は、PTFE移着膜の効果により摩擦係数が低くなるものの弗素樹脂マトリックス強度が低いため摩耗量はそれほど少なくならない。また、比較例3と比較例4の場合には、弗化カルシウムと弗素樹脂膜形成助剤であるリン酸カルシウムの両方を含有しているところ、比較例3は、弗素樹脂マトリックス強度の低下が抑制されているために摩耗量も少なくPTFE移着膜の効果によりある程度摩擦係数も低くなっているが、比較例4は、弗素樹脂膜形成助剤であるリン酸カルシウムの含有量が多いため、弗化カルシウムと弗素樹脂との間にリン酸カルシウムが入って弗化カルシウムと弗素樹脂との接する面積が少なくなり、このため樹脂組成物のマトリックス強度が低下して摩耗量が多くなると考えられる。
【0041】
また、実施例1〜6は、本発明の実施形態に係る摺動用樹脂組成物であり、前述したように、弗素樹脂であるPTFE(実施例1の場合にはPTFEとPFA)に弗化カルシウムと弗素樹脂膜形成助剤であるリン酸カルシウム(実施例6の場合にはリン酸カルシウムと硫酸バリウム)とを含有させたものにおいて、弗化カルシウムを粒状で分散させ、その弗化カルシウムの粒表面に当該弗化カルシウムの粒表面における弗素樹脂膜形成助剤の面積率が30%となるように埋収したものである。しかして、本発明の実施形態に係る摺動用樹脂組成物である実施例1〜6は、いずれも比較例1〜4に比べて摩擦係数が同等又はやや小さく、摩耗量も大幅に少なくなっている。これは、弗化カルシウムを粒状で分散させているので弗素樹脂の強度を低下させることなく摺動用樹脂組成物の耐摩耗性が高まるからである。また、この弗化カルシウムの粒表面には、弗素樹脂膜形成助剤を埋収させているので、摺動時に摺動用樹脂組成物の摺動面と相手材の表面とが接触すると、弗素樹脂が剪断され、剪断片(摩耗粉)が発生し、この弗素樹脂の剪断片が摺動用樹脂組成物の摺動面に露出する弗化カルシウム上に移着して弗素樹脂の移着膜を形成するために摩擦係数が低下するからである。
【0042】
また、弗素樹脂として、PTFEのみからなる実施例2〜6と、PTFEとPFAとを混合させた実施例1と、を比較した場合には、実施例2〜6の方が僅かに摩擦係数が低くなっている。これは、PTFEは弗素樹脂の中で最も摩擦係数が低いため、良好な摺動特性が得られるからである。
【0043】
また、弗化カルシウムの含有量が他の実施例に比べて半分の5質量%となっている実施例3や、弗素樹脂膜形成助剤であるリン酸カルシウムの含有量(実施例6ではリン酸カルシウムと硫酸バリウムとの合計値)が他の実施例に比べて2倍の20質量%となっている実施例4においては、摩擦係数は他の実施例とほぼ同等であるが摩耗量が僅かに多くなっている。しかし、この実施例3,4においても、比較例1〜4の摩耗量と比べ格段に少なくなっている。このことから、摺動用樹脂組成物に対する弗化カルシウムの含有量は、5〜10質量%、弗素樹脂膜形成助剤の含有量は10〜20質量%で、弗化カルシウムと弗素樹脂膜助剤の含有量総和は15〜30質量%であればよいことが理解できる。
【0044】
更に、弗素樹脂に固体潤滑剤としての二硫化モリブデンを2質量%含有させた実施例5,6は、他の実施例と比較して摩耗量が減少している。また、弗素樹脂膜形成助剤として、一種のリン酸カルシムのみを含有させた実施例5と、二種のリン酸カルシウムと硫酸バリウムを含有させた実施例6とを比較しても、摩擦係数及び摩耗量の摺動特性にほとんど差異が無いことが理解できる。
【0045】
なお、本実施形態では、一例として表1に示す組成の樹脂組成物1を用い、摺動試験の評価によりその効果を示したが、本発明の樹脂組成物1の組成はこれに限定されない。すなわち、樹脂組成部材が用いられる摺動部の使用環境、摺動条件に合わせて適宜、樹脂組成物1の組成を調整することができる。本発明者は、樹脂組成物1中における弗化カルシウム3の粒子の含有量を5〜10質量%、弗素樹脂膜形成助剤4の含有量を10〜20質量%の範囲で組成することにより、樹脂組成物1が同一の組成であれば、弗化カルシウム3の粒表面に弗素樹脂膜形成助剤4を埋収させた場合には、埋収させてない場合と比べて摺動面に露出した弗化カルシウム3の表面への弗素樹脂2の移着が促進され、摩擦係数が低下することを確認している。また、本発明者は、樹脂組成物1に含有される弗素樹脂膜形成助剤4が本実施形態で用いたリン酸カルシウム・硫酸バリウムに限定されず、他の種類の弗素樹脂膜形成助剤4を用いても、本発明の効果が得られることを確認している。また、弗素カルシウムの粒表面における弗素樹脂膜形成助剤の面積率が30%の実施例1〜6を示したが、その面積率が10〜50%の範囲であれば、摺動面に露出している弗化カルシウムの表面への弗素樹脂膜を十分に形成することができると共に樹脂組成物のマトリックス強度の低下を抑制することができる点を確認している。更に、弗素樹脂膜形成助剤(4μm)の平均粒径を弗化カルシウム(6μm)の平均粒径の1/1.5の実施例1〜6を示したが、両者の平均粒径の比が1/1.5以下であれば、弗化カルシウムの粒表面に弗素樹脂膜形成助剤を埋収させ易い点を確認している。
【符号の説明】
【0046】
1 樹脂組成物
2 弗素樹脂
3 弗化カルシウム
4 弗素樹脂膜形成助剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弗素樹脂に弗化カルシウムと弗素樹脂膜形成助剤とを含有させた摺動用樹脂組成物において、
前記弗素樹脂には、前記弗化カルシウムを粒状で分散させ、
前記弗化カルシウムの粒表面には、前記弗素樹脂膜形成助剤を埋収させていることを特徴とする摺動用樹脂組成物。
【請求項2】
前記弗素樹脂はポリテトラフルオロエチレンからなることを特徴とする請求項
1記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項3】
前記弗化カルシウムの粒表面における前記弗素樹脂膜形成助剤の面積率は、10〜50%の範囲であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項4】
前記弗素樹脂膜形成助剤の平均粒径は、前記弗化カルシウムの平均粒径の1/1.5以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項5】
前記弗素樹脂には、さらに前記固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動用樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−197351(P2012−197351A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62277(P2011−62277)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】