説明

摺動部材の製造方法及び摺動部材

【課題】アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面と銀皮膜との密着性の向上を図った摺動部材及びこの摺動部材の製造方法を提供すること。
【解決手段】シリンダボア3内を摺動する摺動面22を備えるピストン1において、アルミニウム合金からなる本体10の外周面11に、このアルミニウム合金と銀とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層27を備え、このアルミニウム/銀拡散層27上に摺動面22を構成する銀皮膜層21を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に銀皮膜を施して摺動面を形成する摺動部材の製造方法及び摺動部材に関し、特に、基材と銀皮膜との密着性を改善する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、温暖化ガスである二酸化炭素(COガス)の排出削減が世界的な課題となりつつあり、二酸化炭素の排出源である自動車においても二酸化炭素の排出削減が強く要請されている。このため、自動車における摺動部材とその相手材である被摺動部材との間のフリクションの低減が図られており、例えば、内燃機関のピストン(摺動部材)の摺動面に表面処理を施すことによって、燃費の向上、焼き付けの防止、及び、異音の発生の防止が可能となることが判明している。
この種の表面処理の手法として、アルミニウム(アルミニウム合金を含む)基材をエッチング液及び水溶性金属塩(例えば、銀)を含む化成処理液に浸漬して、このエッチング液によりアルミニウム基材の表面に粗面化処理を施すとほぼ同時に、水溶性金属塩を組成する金属がアルミニウム基材の表面に金属皮膜を形成するものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−305395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した従来技術では、アルミニウム基材の表面に、直接、金属皮膜を形成するものであり、アルミニウム基材と金属皮膜との接合力が弱い。このため、この金属皮膜を施したアルミニウム基材を、例えば、内燃機関のピストンなどの過酷な環境下で実際に使用した場合には、アルミニウム基材と金属皮膜との密着性が十分でないことにより、この金属皮膜の剥離が生じてしまうといった問題がある。
一方、アルミニウム基材の表面に銀皮膜を施す手法として、アルミニウム基材を銀シアン化カリウムめっき液に浸漬するとともに、このアルミニウム基材を陰極として通電し、当該基材の表面に銀皮膜を形成する電気めっき法が行われている。しかし、一般的に電気めっきを用いて皮膜を形成する場合、専用の電源装置が必要となり、設備が大掛かりとなることに加え、シアン塩を用いることから廃水処理に多大なコストが発生する。さらに、アルミニウム基材に化成皮膜を形成する場合には、不純物が多く含有されることになり、皮膜の純度が低下し、皮膜の熱伝導性が低下するため、摺動特性の低い膜になってしまうという問題があった。
そこで、本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、簡易な構成で、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面と銀皮膜との密着性の向上を図った摺動部材及びこの摺動部材の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、摺動に最適な純度の高い銀皮膜を簡易な手法で形成するとともに高い密着性を確保し、かつ、製造プロセスから有害物質の使用を排除することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面に銀を成膜して摺動面を形成する摺動部材の製造方法であって、極性溶媒中に銀粒子及びフラックスを分散させた懸濁溶液を前記基材の表面にコーティングし、このコーティングした前記懸濁溶液及び前記基材を加熱し、前記フラックスを溶融させて前記基材の表面の酸化膜を除去しつつ、この酸化膜が除去された前記基材と前記懸濁溶液との界面に、当該基材を構成するアルミニウムまたはアルミニウム合金と前記懸濁溶液中の前記銀粒子とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を形成し、かつ、前記加熱により前記懸濁溶液中の前記溶媒及び前記フラックスが除去され、前記拡散層上に前記銀粒子同士を融着させて前記摺動面を形成したことを特徴とする。
【0006】
この構成によれば、酸化膜が除去された基材と懸濁溶液との界面に、当該基材を構成するアルミニウムまたはアルミニウム合金と懸濁溶液中の銀粒子とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を形成され、このアルミニウム/銀拡散層を介して、銀粒子の融着により形成された銀皮膜と基材とが接合されるため、これら基材と銀皮膜との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜が施された摺動部材を簡単に形成することができる。
【0007】
また、本発明は、上記構成において、前記極性溶媒中に分散させる前記銀粒子の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたことを特徴とする。銀粒子の平均粒径が大きくなると、これら銀粒子間の隙間が大きくなり、銀粒子を熱融着した際の銀皮膜中に存在する空隙が大きくなる。このため、単位体積当たりの銀皮膜に存在する銀金属の体積の比率(本明細書では、この比率を銀純度という)が小さくなり、銀皮膜の熱伝導度が低下することとなる。本構成では、銀粒子の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたことにより、最大の平均粒径80nmに設定したとしても、銀皮膜中の銀純度を所定の基準値以上に保つことができ、熱伝導度の高い摺動部材を形成することができる。
【0008】
また、本発明は、上記構成において、前記加熱を行う際の加熱温度を160℃〜200℃の範囲内としたことを特徴とする。銀粒子は160℃以上に加熱すると熱融着する。一方、200℃以上に加熱すると、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の比強度(単位重量あたりの強度)が低下する。このため、本構成では、加熱温度を160℃〜200℃の範囲内としたため、基材の比強度を低下させることなく、銀粒子を熱融着させることができる。
【0009】
また、本発明は、上記構成において、前記コーティングを施す前に、前記表面の少なくとも一部に凹凸を形成することを特徴とする。この構成によれば、凹凸を形成することにより、基材の表面積を増大させることができ、銀/アルミニウム拡散層の面積が増大するため、基材と銀皮膜層の密着性をより一層向上させることができる。
【0010】
また、本発明は、上記構成において、前記コーティングは、スクリーン印刷法により行うことを特徴とする。この構成によれば、銀粒子を分散させた懸濁溶液を基材の表面上に簡単にコーティングすることができる。また、本発明は、上記構成において、前記摺動部材は、ピストンであることを特徴とする。
【0011】
また、本発明は、被摺動部材内を摺動する摺動面を備える摺動部材において、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面に、これらアルミニウムまたはアルミニウム合金と銀とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を備え、このアルミニウム/銀拡散層上に前記摺動面を構成する銀皮膜層が形成されていることを特徴とする。
この構成によれば、銀皮膜層とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材とが、アルミニウム/銀拡散層を介して接合されるために、これら基材と銀皮膜層との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜が施された摺動部材を簡単に形成することができる。
【0012】
また、本発明は、上記構成において、銀皮膜層の厚みを、1μm〜20μmの範囲内としたことを特徴とする。本構成では、銀皮膜層の厚みを、1μm〜20μmの範囲内としたため、安価な構成で、銀皮膜層によるフリクションの小さい摺動面を備えた摺動部材を形成することができる。
【0013】
また、本発明は、上記構成において、前記基材の表面に凹凸が形成されており、前記凹凸上に前記アルミニウム/銀拡散層及び前記銀皮膜層が形成されていることを特徴とする。この構成によれば、凹凸を形成することにより、基材の表面積を増大させることができ、銀/アルミニウム拡散層の面積が増大するため、基材と銀皮膜層の密着性をより一層向上させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、酸化膜が除去された基材と懸濁溶液との界面に、当該基材を構成するアルミニウムまたはアルミニウム合金と懸濁溶液中の銀粒子とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を形成され、このアルミニウム/銀拡散層を介して、銀粒子の融着により形成された銀皮膜と基材とが接合されるため、これら基材と銀皮膜との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜が施された摺動部材を簡単に形成することができる。
また、本発明によれば、銀粒子の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたことにより、最大の平均粒径80nmに設定したとしても、銀皮膜中の銀純度を所定の基準値以上に保つことができ、熱伝導度の高い摺動部材を形成することができる。
また、本発明によれば、加熱温度を160℃〜200℃の範囲内としたため、基材の比強度を低下させることなく、銀粒子を熱融着させることができる。
また、本発明によれば、コーティングを施す前に、表面の少なくとも一部に凹凸を形成したことにより、基材の表面積を増大させることができ、銀/アルミニウム拡散層の面積が増大するため、基材と銀皮膜層の密着性をより一層向上させることができる。
また、本発明は、コーティングは、スクリーン印刷法により行うため、銀粒子を分散させた懸濁溶液を基材の表面上に簡単にコーティングすることができる。
【0015】
また、本発明によれば、被摺動部材内を摺動する摺動面を備える摺動部材において、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面に、これらアルミニウムまたはアルミニウム合金と銀とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を備え、このアルミニウム/銀拡散層上に前記摺動面を構成する銀皮膜層が形成されているため、銀皮膜層と基材とが、アルミニウム/銀拡散層を介して接合されるために、これら基材と銀皮膜層との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜が施された摺動部材を簡単に形成することができる。
また、本発明によれば、銀皮膜層の厚みを、1μm〜20μmの範囲内としたため、安価な構成で、銀皮膜層によるフリクションの小さい摺動面を備えた摺動部材を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施形態に係るピストンの側面図である。
【図2】ピストンの皮膜層を示す側断面図である。
【図3】図3Aは、酸化膜が外周面に形成された本体にスラリーを塗布した状態を示す模式図であり、図3Bは、酸化膜が除去された状態の本体とスラリーとを示す模式図である。
【図4】銀粒子を含むスラリーの加熱温度の変化に対するスラリー重量および発生熱量の変化を示すグラフである。
【図5】図5Aは、スラリー中に分散された銀粒子を示す模式図であり、図5Bは、銀粒子同士が融着して形成された銀皮膜層を示す模式図である。
【図6】銀粒径と銀純度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の一実施の形態について説明する。
図1は、本発明にかかる摺動部材としてのピストン1の一実施形態を示す側面図である。図1は皮膜層2の一部を破断して描かれている。図2は、ピストン1の皮膜層2を示す側断面図である。図2は、ピストン1が往復運動するシリンダボア3の一部を合わせて描かれている。
【0018】
ピストン(摺動部材)1は、図1に示すように、アルミニウム合金製の本体(基材)10を備える。この本体10はランド部10Aとスカート部10Bとを備えて略円筒形状に形成され、スカート部10Bにおける本体10の外周面(表面)11に皮膜層2が形成されている。この皮膜層2は、図2に示すように、本体10の外周面11に密着される銀皮膜層21を備え、この銀皮膜層21と本体10との間の界面30には、銀皮膜層21の銀と本体10の外周面11に露出するアルミニウム合金とが結び付いて構成されるアルミニウム/銀拡散層27が形成されている。このアルミニウム/銀拡散層27は、本体10の外周面11に露出した活性度の高いアルミニウム合金と銀粒子とが金属結合により結びついて形成された層であり、当該拡散層27を介して、本体10と銀皮膜層21とが強固に接合されている。
銀皮膜層21は、被摺動部材としての鋳鉄製のシリンダボア3の内壁3Aとの摺動面22を形成し、この摺動面22は、ピストン1(スカート部10B)が矢印X方向に移動した際に、潤滑油(不図示)を介して、シリンダボア3の内壁3Aにすべり接触(摺動)する。
銀は、一般に、硬度が軟らかく、熱伝導性に優れた金属である。このため、銀皮膜層21をピストン1の摺動面22として形成することにより、銀皮膜層21に伝達された熱を、潤滑油を介して、早期に外部に放出することができ、本体10の冷却効率を高めることができる。さらに、銀皮膜層21は、初動時にシリンダボア3の内壁3Aにすべり接触する際に容易に磨滅(初期磨滅)して変形するため、内壁3Aとのフリクションを低減した摺動特性に優れた摺動面22を簡易に実現できる。なお、この図2は、皮膜層2を模式的に表したものであるため、銀皮膜層21もしくはアルミニウム/銀拡散層27の厚み、および、凹部11Aの大きさ(深さ)がそれぞれ相対的な関係を示すものではない。
【0019】
本体10(スカート部10B)の外周面11には、微細な凹部11Aが形成されている。具体的には、凹部11Aは、外周面11に向けて所定の粒径(例えば、10μm)に調整された投射材を圧縮空気等で投射するショットブラスト法により形成される。この凹部11Aは、本体10の外周面11の表面積を増大させるものであり、これにより、アルミニウム/銀拡散層27の面積が増大するため、本体10と銀皮膜層21の密着性をより一層向上させることができる。
本体10は、アセトン溶液内に浸漬された状態で所定時間(10分間)超音波洗浄が施されて、外周面11に付着した油脂分が除去されたのち、この外周面11にアルミニウム/銀拡散層27及び銀皮膜層21が形成される。
【0020】
アルミニウム/銀拡散層27及び銀皮膜層21は、所定の平均粒径(1nm〜80nm)に調整された銀粒子を本体10の外周面11に塗布して加熱し、これら銀粒子と本体10とを接合するとともに、当該銀粒子同士をそれぞれ融着させて形成される。具体的には、上記した平均粒径の銀粒子とフラックス(例えば、テトラフルオロアルミン酸カリウム(KAlF))とを極性溶媒であるテルピネオールに分散させ、所定の粘度(例えば10cp)に調整したスラリー(懸濁溶液)を作成し、図3Aに示すように、このスラリー31を本体10の外周面11上にコーティング(塗布)する。本実施形態では、テルピネオールに対して1wt%のフラックス32を加えてスラリー31を調整し、このスラリー31を400メッシュのスクリーン(不図示)を用いたスクリーン印刷法によって本体10の外周面11上に塗布している。
ここで、フラックス32は、本体10の外周面11に生成される酸化膜33(酸化アルミニウム(Al))を還元して、活性度の高いアルミニウム合金の新生面を形成するものである。本実施形態では、アルミニウム合金に対して本質的に不活性であり、吸湿性を有さず後洗浄が不要であるとともに、比較的低温(160〜200℃)で酸化膜33の還元反応を起こすテトラフルオロアルミン酸カリウム(KAlF)を用いている。なお、フラックスとしては、これに限るものではなく、例えば、ヘキサフルオロアルミン酸カリウム(KAlF)を用いることもできる。
【0021】
次に、スラリー31が塗布された本体10を所定温度(例えば、160〜200℃)に加熱して、このスラリー31中のフラックス32を溶融させる。すると、溶融されたフラックス32は、銀粒子間を流れて、本体10の外周面11に至り、この外周面11に生成された酸化膜33(酸化アルミニウム(Al))と反応し、この酸化膜33を還元、すなわち酸化膜33から酸素を除去する。これにより、図3Bに示すように、本体10の外周面11が活性度の高いアルミニウム合金の新生面として露出し、この新生面と銀粒子とが結合しやすい状態となる。
ここで、本体10の外周面11から酸化膜33を除去するだけであれば、この本体10をアルカリ性もしくは酸性の溶液中に浸漬することにより、容易に行うことができる。しかし、大気中では、本体10を上記溶液から取り出した瞬間に大気中の酸素と反応して再度酸化膜33を生じてしまうため、酸化膜33を完全に除去するのは困難である。さらに、酸化膜33の存在下では、アルミニウム合金と銀粒子との金属結合がしにくいことが実験を通じて判明している。このため、本体10の外周面11にアルミニウム/銀拡散層27を形成する際には、この外周面11から酸化膜が除去されていることが必要であった。
本構成では、スラリー31に混入したフラックス32が熱で溶融した際に、この溶融したフラックス32が酸化膜33の還元を行うとともに、本体10の外周面11を覆うことにより、この外周面11(酸化膜が除去された新生面)が大気に曝されることを防止でき、簡単な構成で当該外周面11に再度酸化膜33が生じることを防止できる。従って、酸化膜33が除去された本体10のアルミニウム合金と銀粒子とを結合させることが可能となる。
【0022】
次に、銀皮膜層21を形成する際の加熱温度について説明する。
図4は、銀粒子を含むスラリーの加熱温度の変化に対するスラリー重量および発生熱量の変化を示すグラフである。
この図4に示すように、スラリーの発生熱量は、加熱温度が185℃をピークとして160℃〜200℃の間で大きくなっている。これは、この温度帯において、スラリー中の銀粒子が融着(重合)する際の反応熱が生じていることを示し、言い換えれば、この160℃〜200℃の温度に加熱することにより、スラリー中の銀粒子同士を融着させて銀皮膜層21を形成することができる。具体的には、図5Aに示すように、スラリー中の銀粒子23は、それぞれ他の銀粒子23と接点23Aで接した状態で存在する。このスラリーを加熱すると、スラリー中のテルピネオールが蒸発して、図5Bに示すように、銀粒子23同士が接点23Aにて融着して一体化し、銀皮膜層21が形成される。ここで、200℃以上に加熱すると、アルミニウム合金の比強度(単位重量あたりの強度)が低下する傾向にあることが判明している。このため、本構成では、加熱温度を160℃〜200℃の範囲内とすることにより、基材の比強度を低下させることなく、銀粒子を熱融着させることができる。
【0023】
また、本構成では、本体10及びスラリー31を160℃〜200℃に加熱することにより、銀皮膜層21が形成されるとともに、図2に示すように、この銀皮膜層21と本体10との間の界面30にアルミニウム/銀拡散層27が形成される。加熱温度が160℃〜200℃の範囲では、上記したように、銀粒子が融着(重合)する際の反応熱が生じることにより、発生熱量が微視的には銀粒子の融点以上の温度に至っている。このため、酸化膜が除去された活性度の高いアルミニウム合金の新生面が露出された外周面では、この発生熱量を利用して銀粒子とアルミニウム合金との金属結合が行われてアルミニウム/銀拡散層27が形成される。このアルミニウム/銀拡散層27は、銀皮膜層21に比べて非常に薄く、本実施形態では5〜20Å(オングストローム)程度となっている。なお、スラリー31に含まれるフラックスは、上記された160℃〜200℃の範囲に加熱した際に、溶融した後に蒸発するため、アルミニウム/銀拡散層27には、僅かなフッ素成分が残るのみであることが判明している。
【0024】
一方、スラリーの重量は、図4に示すように、加熱温度が80℃程度から減少し、140℃付近で減少度が小さくなるものの、180℃付近で再び減少して200℃付近で略横ばいとなっている。この減少分は、極性溶媒であるテルピネオールの溶媒重量Wであり、加熱温度を200℃とした際にほとんどすべての溶媒が蒸発しているのが望ましい。また、本構成では、スラリーを常温下で本体10にコーティングするため、この常温下では蒸発しにくいものが望ましい。本実施形態では、極性溶媒としてテルピネオールを用いており、このテルピネオールは、図4に示すように、常温での重量変化は少ないため、コーティング作業工程中にスラリー中の溶媒が蒸発して、スラリーの粘度や濃度が変化することが少ないため、コーティング工程でのむらが小さくなり、安定した品質のコーティングを行うことができる。また、テルピネオールは、200℃に加熱した状態では、ほぼすべて蒸発しているため、銀皮膜層21中の銀の比率を高めることができる。また、本構成では、極性溶媒であるテルピネオールを用いて銀粒子のスラリーを形成している。テルピネオールは、極性を有することにより、水との親和性が向上するため、テルピネオールを用いたスラリーを本体10の外周面11上にコーティングする際に、この外周面11に吸着している水分子とも親和性が高いことにより、特に、湿度コントロールされない作業環境化においても、均質な銀皮膜層21を形成することが可能となる。
【0025】
本実施形態では、極性溶媒としてアルコール系溶媒であるテルピネオールを用いているがこれに限るものではなく、同じくアルコール系溶媒であるノナノールやエチレングリコール、水系溶媒であるPGMEA(propyleneglycol monomethyl ether acetate)、または、ケトン系溶媒であるメチルエチルケトンを用いることもできる。この場合、いずれの溶媒を使用しても、常温下ではほとんど蒸発せずに、銀皮膜層21を生成するための加熱温度である160℃〜200℃に加熱した際にほとんどすべて蒸発している特性を備えている。
【0026】
次に、スラリー中の銀粒子の粒径について説明する。
図6は、銀粒径と銀純度との関係を示すグラフである。ここで、銀純度とは、単位体積当たりの銀皮膜層21に存在する銀金属の体積の比率をいう。上述したように、銀皮膜層21は、銀粒子23を加熱して融着させることにより形成している。このため、銀粒子23の平均粒径が大きくなると、図6に示すように、銀粒子23間の空隙が大きくなることにより銀純度が低下する傾向にある。
銀純度が低下すると、これに伴い銀皮膜層21の熱伝導度が低下して摺動性が悪化するため、摺動に適した所定の熱伝導度を確保するためには、所定の閾値(銀純度90%)以上とする必要がある。このため、銀粒子23の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたことにより、最大の平均粒径80nmに設定したとしても、銀皮膜層21中の銀純度を摺動に適した所定の基準値以上に保つことができ、熱伝導度の高いピストン1を形成することができる。
また、銀皮膜層21は、図2に示すように、この銀皮膜層21の厚みtが1μm〜20μmの範囲に設定されている。この銀皮膜層21の厚みtを1μmよりも薄くすることはスクリーン印刷法では困難となるためである。一方、銀皮膜層21の厚みtを20μmよりも厚くしても、施工コストが増大するだけで、摺動特性に大きな変化が見られないためである。さらに、銀皮膜層21の厚みtを上記した範囲では十分に小さなフリクションを実現できることが分かっている。従って、本実施形態では、銀皮膜層21の厚みtを、1μm〜20μmの範囲内としたため、安価な構成で、銀皮膜層21によるフリクションの小さい摺動面22を備えたピストン1を形成することができる。
【0027】
以上、説明したように、本実施形態によれば、アルミニウム合金からなる本体10の外周面11に銀を成膜して摺動面22を形成するピストン1の製造方法であって、テルピネオール中に銀粒子23及びフラックス32を分散させたスラリー31を本体10の外周面11にコーティングし、このコーティングしたスラリー31及び本体10を加熱し、フラックス32を溶融させて本体10の表面の酸化膜33を除去しつつ、この酸化膜33が除去された本体10とスラリー31との界面30に、当該本体10を構成するアルミニウム合金とスラリー31中の銀粒子23とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層27を形成し、かつ、加熱によりスラリー31中のテルピネオール及びフラックス32が除去され、アルミニウム/銀拡散層27上に銀粒子23同士を融着させて摺動面22を形成したため、このアルミニウム/銀拡散層27を介して、銀粒子23の融着により形成された銀皮膜層21と本体10とが接合される。このため、製造プロセスにおいて有害物質を使用することなく、これら本体10と銀皮膜層21との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜層21が施されたピストン1を簡単に形成することができる。
【0028】
また、本実施形態によれば、テルピネオール中に分散させる銀粒子23の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたため、最大の平均粒径80nmに設定したとしても、銀皮膜層21中の銀純度を摺動に適した所定の基準値以上に保つことができ、熱伝導度の高いピストン1を形成することができる。
【0029】
また、本実施形態によれば、加熱を行う際の加熱温度を160℃〜200℃の範囲内としたため、本体10の比強度を低下させることなく、銀粒子23を熱融着させて銀皮膜層21を形成することができる。
【0030】
また、本実施形態によれば、スラリー31を本体10の外周面11にコーティングする前に、本体10の外周面11の少なくとも一部に凹凸を形成するため、本体10の外周面11の表面積を増大させることができ、アルミニウム/銀拡散層27の面積が増大するため、本体10の外周面11と本体10と銀皮膜層21の密着性をより一層向上させることができる。
また、本実施形態によれば、コーティングは、スクリーン印刷法により行うため、銀粒子23を分散させたスラリー31を本体10の外周面11上に簡単にコーティングすることができる。
【0031】
また、本実施形態によれば、シリンダボア3内を摺動する摺動面22を備えるピストン1において、アルミニウム合金からなる本体10の外周面11に、このアルミニウム合金と銀とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層27を備え、このアルミニウム/銀拡散層27上に摺動面22を構成する銀皮膜層21が形成されているため、銀皮膜層21と本体10とが、アルミニウム/銀拡散層27を介して接合されるために、これら本体10と銀皮膜層21との密着応力を向上させることができ、機械的強度に優れた銀皮膜が施された摺動部材を簡単に形成することができる。
また、本発明によれば、銀皮膜層21の厚みtを、1μm〜20μmの範囲内としたため、安価な構成で、銀皮膜層21によるフリクションの小さい摺動面22を備えたピストン1を形成することができる。
【0032】
なお、本発明は、上記実施形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成を採り得ることは勿論である。例えば、本実施形態では、ピストン1の本体10をアルミニウム合金にて形成した構成について説明したが、この本体10をアルミニウム金属で形成したものであってもよいことは勿論である。
また、本実施形態では、摺動部材としてピストン1のスカート部10Bに銀皮膜層21を形成する構成について説明したが、これに限るものではなく、この銀皮膜層21をクランクシャフト、軸受メタル、カムシャフト等の摺動面に形成してもよい。
【符号の説明】
【0033】
1 ピストン(摺動部材)
2 皮膜層
3 シリンダボア(被摺動部材)
3A 内壁
10 本体(基材)
10A ランド部
10B スカート部
11 外周面(表面)
11A 凹部
21 銀皮膜層
22 摺動面
23 銀粒子
27 アルミニウム/銀拡散層
30 界面
31 スラリー(懸濁溶液)
32 フラックス
33 酸化膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面に銀を成膜して摺動面を形成する摺動部材の製造方法であって、
極性溶媒中に銀粒子及びフラックスを分散させた懸濁溶液を前記基材の表面にコーティングし、このコーティングした前記懸濁溶液及び前記基材を加熱し、前記フラックスを溶融させて前記基材の表面の酸化膜を除去しつつ、この酸化膜が除去された前記基材と前記懸濁溶液との界面に、当該基材を構成するアルミニウムまたはアルミニウム合金と前記懸濁溶液中の前記銀粒子とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を形成し、かつ、前記加熱により前記懸濁溶液中の前記溶媒及び前記フラックスが除去され、前記拡散層上に前記銀粒子同士を融着させて前記摺動面を形成したことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記極性溶媒中に分散させる前記銀粒子の平均粒径を1nm〜80nmの範囲内としたことを特徴とする請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記加熱を行う際の加熱温度を160℃〜200℃としたことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記コーティングを施す前に、前記基材の表面の少なくとも一部に凹凸を形成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記コーティングは、スクリーン印刷法により行うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記摺動部材は、ピストンであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の摺動部材の製造方法。
【請求項7】
被摺動部材内を摺動する摺動面を備える摺動部材において、
アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材の表面に、これらアルミニウムまたはアルミニウム合金と銀とが結び付いてなるアルミニウム/銀拡散層を備え、このアルミニウム/銀拡散層上に前記摺動面を構成する銀皮膜層が形成されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項8】
前記銀皮膜層の厚みを、1μm〜20μmの範囲内としたことを特徴とする請求項7に記載の摺動部材。
【請求項9】
前記基材の表面に凹凸が形成されており、前記凹凸上に前記アルミニウム/銀拡散層及び前記銀皮膜層が形成されていることを特徴とする請求項7または8に記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−57217(P2012−57217A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202087(P2010−202087)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】