説明

摺動部材

【課題】銅合金製の摺動部材を製造するにあたり、強度の低下を起こすことなく、また、接着や乾燥などの処理を行う必要なく、かつ、不連続面を発生させないように、摺動部材表面に黒鉛を配する。
【解決手段】摺動面において凹部が占める面積比率が2%以上であり、その凹部の表面における大きさの平均が5μm以上、75μm以下となるよう形成させた摺動部材に対して、その凹部に黒鉛を保持させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受材料などの摺動部材として、固体潤滑剤となる黒鉛を用いた銅合金を使うことが知られている。例えば、特許文献1には、銅基焼結合金製軸受を製造するにあたって、銅をコーティングした塊状グラファイトを配合し、軸受の表面に塊状グラファイトを分散配置させる方法が記載されている。また、特許文献2には、金属基体の表面に形成された孔などの凹部に、黒鉛を主体とする棒状の固体潤滑剤を、珪酸ナトリウムを介することで埋設させ、黒鉛と珪酸ナトリウムの両方を固体潤滑剤として機能させる旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−209207号公報
【特許文献2】特許第3960672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の方法では、焼結合金内に意図的に大量の異物を配合することになるため、銅コーティングによって劈開こそしにくいものの、全体的な強度の低下は避けられなかった。また、特許文献2の方法では、孔などの凹部に合わせた形状の黒鉛を主体とする固体潤滑剤を準備する必要があるだけでなく、珪酸ナトリウムを接着剤として黒鉛を接着させるため、200℃ほどでの乾燥処理が必要であった(特許文献2[0017])。さらに、接着された黒鉛を主体とする固体潤滑剤は、摺動面にmmオーダーで分布しているため、固体潤滑剤が少ない箇所もmmオーダーで多数存在してしまい、その摺動部材に接する被摺動部材には、mmオーダーでの不連続な固体潤滑領域が発生してしまうという問題があった。
【0005】
そこでこの発明は、銅合金製の摺動部材を製造するにあたり、強度の低下を起こすことなく、また、接着や乾燥などの処理を行う必要なく、かつ、不連続面を発生させないように、摺動部材表面に黒鉛を配することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、摺動面において凹部が占める面積比率が2%以上であり、その凹部の表面における大きさの平均が5μm以上、75μm以下となるよう形成させた摺動部材に対して、その凹部に黒鉛を保持させることによって上記の課題を解決したのである。
【0007】
保持させる方法としては、黒鉛の薄い剥離片が凹部に収まるのであればよく、例えば、摺動面に直接に黒鉛の塊を圧接しながら動かすといったことによって、表面の凹部内に黒鉛の塊の一部が剥離されて付着すれば、それだけで静電的に黒鉛を保持することができる。
【0008】
凹部としては、焼結の際に残存する空隙由来の気孔でもよいし、一旦製造した摺動部材の表面に硬度の高い粒子を当てディンプルを形成させる方法等の、一般的な機械加工(研削、旋削、ショット)で凹部を意図的に形成させても良い。
【0009】
適切な大きさで、かつ適切な占有率を占めるように形成された凹部に、後から黒鉛を保持させることによって、部材自体の強度低下を起こすことなく、表面に黒鉛を配することができる。大きさと占有率さえ適切であれば、黒鉛は銅合金に対して、その他の接着成分を使わなくても付着させた状態を保持できるので、余分な処理は必要なく、かつ、接着剤を用いる場合よりも高い均一性をもって配置させることができる。
【発明の効果】
【0010】
この発明により、銅合金製の部材から、強度低下を起こすことなく、また、接着や乾燥などの処理を行う必要なく、かつ、不連続面の発生を抑制しながら、表面に黒鉛を配した有用な銅合金製摺動部材を得ることができる。
【0011】
さらにより好適には、この発明の条件下で銅合金の表面に配した黒鉛が固体潤滑剤として作用することにより、その摺動部材は潤滑油の供給がない、いわゆる無給油の状態で使用を続けることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)参考例1のディスク表面写真、(b)参考例1の摩擦後のディスク表面写真、(c)参考例1の摩擦後のリング表面写真
【図2】リングオンディスク試験機の概略図
【図3】参考例1の摩擦係数測定結果を示すグラフ
【図4】(a)実施例1のディスク表面写真、(b)実施例1の摩擦後のディスク表面写真、(c)実施例1の摩擦後のリング表面写真、(d)実施例1の洗浄後のディスク表面写真、(e)実施例1の洗浄後のリング表面写真
【図5】実施例1の摩擦係数測定結果を示すグラフ
【図6】(a)実施例2のディンプル形成後のディスク表面写真、(b)実施例2の黒鉛導入後のディスク表面写真、(c)実施例2の摩擦後のディスク表面写真、(d)実施例2の摩擦後のリング表面写真、(e)実施例2の洗浄後のディスク表面写真、(f)実施例2の洗浄後のリング表面写真
【図7】実施例2の摩擦係数測定結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、この発明について具体的に説明する。この発明は、表面に保持させた黒鉛により潤滑油を供給する必要なく利用できる銅合金系の摺動部材である。ここで銅合金系であるとは、50質量%以上が銅からなる合金であることをいい、Snを1質量%以上15質量%以下含む青銅系銅合金でもよい。このような青銅系銅合金となる成分で焼成すると、高強度となるため好ましい。その他、Fe、Pなど、一般的な銅合金が含有する元素を含んでいてよい。
【0014】
銅合金系材料によって摺動部材の外形を形成させる方法は特に限定されない。例えば、所定の成分比で配合した粉末を、溶解した後鋳型によって冷却して形成してもよいし、粉末を固めた後に焼結させて形成させてもよい。
【0015】
上記凹部の形成方法は特に限定されるものではない。摺動部材の外形を形成させる際に最初から形成させてもよいし、後から外力によって追加してもよい。最初から凹部を形成させる場合は、焼結によって摺動部材を形成させると好ましい。焼結時に内部に気孔が残存し、それによって摺動部材の表面に露出した気孔による凹部を最初から形成できるので、焼結条件を適切に調整して後述する条件に適した大きさと数の凹部を形成できるようにするとよい。
【0016】
一方、外形を形成させた後に凹部を形成させる方法としては、銅合金より硬度の高い粒子を激突させて、表面に微細なディンプルとして凹部を形成させる方法が挙げられる。気孔による表面の凹部を有する摺動部材に対して、追加的にディンプルを形成させて凹部を増やしてもよい。
【0017】
黒鉛を保持させる時点での、摺動面において凹部が占める面積は、2%以上である必要があり、5%以上であることが好ましく、7%以上であると好ましい。また、ディンプルにより凹部を形成させた場合、凹部の深みが気孔によるものよりも浅いため、凹部が占める面積が10%以上であると好ましい。一方で、凹部が占める率が高いほど黒鉛を保持しやすいため、摺動部材自体の強度が確保できる範囲であれば特に上限は存在しない。
【0018】
上記のそれぞれの凹部の表面における大きさの平均は、5μm以上である必要がある。凹部が小さすぎると、黒鉛を凹部に導入することが難しくなり、形状次第では保持することも難しくなるためである。一方、75μm以下である必要がある。75μmを超えると凹部が広すぎて、黒鉛の剥離片を保持しきれなくなるおそれがあるためである。なお、ここで表面における大きさとは、気孔による場合はそれぞれの気孔由来の凹部が表面に露出している形状の中で、隙間が連続して取れる最大の直線長さである。
【0019】
上記の凹部に黒鉛を保持させる方法は、黒鉛の剥離片を静電的に上記凹部に導入し、保持できれば特に限定されない。ただし、接着剤によらない結合であることが望ましい。例えば、塊状の黒鉛を、上記凹部を有する摺動面に圧接させたまま摩擦することで、凹部の縁で黒鉛の塊を削り、その剥離片を凹部内に固着させる方法が挙げられる。ここで用いる黒鉛の塊は、純粋な黒鉛でなくてもよく、黒鉛を塊にするための硫黄や粘土、その他の結合成分を有していてもよい。ただし、これらの結合成分は、上記摺動面への静電的な付着に大きな影響を及ぼさないものである。また他の方法としては、液中に黒鉛の剥離片を分散させた分散液を塗布した後、溶媒を乾燥させてもよい。
【実施例】
【0020】
以下、この発明にかかる銅合金系摺動部材の具体的な実施例を示す。まず、試験材として、錫、鉄、硫黄、リンを含む銅合金の焼結体を作製した。作成後に測定した質量比は、Cu−11.71Sn−1.42Fe−0.41S−0.025Pであった。この焼結体は内部に気孔を有しており、その一部が表面に露出して、凹部を形成していた。測定平面における気孔の占める面積比率は7.7%であった。また、個々の凹部の表面における大きさの平均値を計算したところ、34.19μmとなった。この表面の拡大写真を図1(a)に示す。
【0021】
(参考例1)
<摩擦係数試験>
この摺動部材に黒鉛を保持させる前に摩擦係数を測定した。測定には図2に示す構造のリングオンディスク試験機を使用した。リング試験片11は炭素鋼S45Cを用いた外径φ40×内径φ32×厚さ12mmのリング状の試験片である。ディスク試験片12は、上記の焼結体による試験材と、バックメタル(12b)として鋼SPHCとを用いたバイメタルのディスクであり、外径φ50×内径φ28×厚さ7mmである。ディスク試験片12の焼結体側(12a)の面上に、軸を合わせてリング試験片11を乗せ、その上に円盤13を乗せた。円盤13の中心にボールジョイント14を設け、その上方から50Nの荷重をかけた。この荷重はボールジョイントの上方に設けた歪ゲージ15で測定しており、荷重を維持しているか確認した。温度は24.1℃、湿度は65%であった。この状態でディスク試験片12が乗る回転板16を、リングに対して0.2m/sとなるよう回転させ、摩擦距離が300mとなるまで摩擦係数を測定した。なお、試験片間に潤滑油は供給していない。その結果を図3に示す。試験全体を通しての摩擦係数の平均値は0.166であった。また、終了後に削り粉等をメタノールで洗い落とした後のディスクとリングの表面写真を図1(b)(c)にそれぞれ示す。
【0022】
<体積粗さ測定>
上記の摩擦係数試験を開始する前と、終了後とのそれぞれにおいて、ディスク試験片の表面における半径方向の一直線分に亘って、接触式粗さ計により、表面の粗さ(すなわち、高さ方向の変位)を測定し、試験の前後で摩耗により生じた表面の凹みの軸方向断面積差を算出した。この面積差を面積摩耗量とし、ディスク試験片一周分について積分して、体積摩耗量を算出したところ、5.67mmであった。
【0023】
(実施例1:気孔に黒鉛を圧入)
参考例1で用いたのと同一の焼結体として作製したディスク試験片12の表面に、黒鉛源として三菱鉛筆(株)製uni4.0Bの黒芯を当てて満遍なく摩擦させ、表面の気孔に黒鉛を導入した。この表面の拡大写真を図4(a)に示す。摺動面にこの黒鉛を保持させたまま、リング試験片11と接触させて、上記の摩擦係数試験を参考例1と同様の条件で行った。その結果を図5に示す。摩擦係数は測定の終盤まで0.1を超えることがなく、最後にわずかに超えただけで、全体を通じて参考例1よりも下回った。平均摩耗係数は0.067であった。また、上下変動も抑えられており、気孔に保持された黒鉛が固体潤滑剤として有効に作用していることが確かめられた。終了後のディスク及びリングの表面写真をそれぞれ図4(b)(c)に示し、それぞれをメタノールで洗浄してグラファイトと削り粉を落とした後の表面写真を図4(d)(e)に示す。表面の焼き付きは見られず、摺動部材として良好に作用したことが確かめられた。
【0024】
また、黒鉛導入の前と、摩擦係数試験後とにおける面積摩耗量を測定し、積分して体積摩耗量を算出したところ、0.144mmとなり、参考例1から著しい減少を達成した。
【0025】
(実施例2:ディンプルに黒鉛を圧入)
参考例1で用いたのと同一の焼結体として作製したディスク試験片12に対して、50μmのガラスビーズによるショットピーニング処理を行い、摺動面に多数のディンプルを形成させた。その表面写真を図6(a)に示す。この時のディンプルも含めた凹部の表面における大きさの平均は28.97μmである。写真で観測した範囲における、ディンプル及び気孔が占める面積比率は33.87%であった。これに、実施例1と同様の鉛筆により黒鉛を導入した。その後の表面写真を図6(b)に示す。
【0026】
摺動面にこの黒鉛を保持させたまま、リング試験片11と接触させて、上記の摩擦係数試験を参考例1と同様の条件で行った。その結果を図7に示す。摩擦係数は全体を通じて0.1を超えることなく、さらに、時間経過につれて摩擦係数が減少するという効果が見られた。平均摩耗係数は0.049であった。これは、ディンプルに蓄えられた黒鉛が摺動に伴ってさらに満遍なく拡散され、使用と共に平滑性がさらに向上していると考えられる。摩擦試験終了後のディスク及びリングの表面写真をそれぞれ図6(c)(d)に示し、それぞれをメタノールで洗浄してグラファイトと削り粉を落とした後の表面写真を図6(e)(f)に示す。黒鉛の量が多いために洗浄後もリングが黒くなっているが、ディスクとリングのいずれにも焼き付きによる黒変は見られなかった。
【0027】
また、黒鉛導入の前と、摩擦係数試験の後とにおける面積摩耗量を測定し、積分して体積摩耗量を算出したところ、0.121mmとなり、参考例1から著しい減少を達成した。
【符号の説明】
【0028】
11 リング試験片
12 ディスク試験片
12a 焼結体側
12b バックメタル側
13 円盤
14 ボールジョイント
15 歪ゲージ
16 回転板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動面に複数形成された凹部の占める面積比率が、2%以上であり、それらの凹部の表面における大きさの平均が5μm以上75μm以下であり、それら凹部に黒鉛を保持させた銅合金系摺動部材。
【請求項2】
潤滑油の供給なしに、上記黒鉛が固体潤滑剤として作用する請求項1に記載の銅合金系摺動部材。
【請求項3】
上記摺動面に黒鉛の塊を圧接しながら摩擦することで、前記凹部に前記塊の剥離片を保持させた請求項1又は2に記載の銅合金系摺動部材。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図1】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−92188(P2013−92188A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−233891(P2011−233891)
【出願日】平成23年10月25日(2011.10.25)
【出願人】(000142595)株式会社栗本鐵工所 (566)
【出願人】(599002043)学校法人 名城大学 (142)
【Fターム(参考)】