説明

擬微小重力環境下での三次元癌組織モデルの構築方法

【課題】均質な三次元癌組織モデルを効率的に構築する方法を提供する。
【解決手段】癌細胞を擬微小重力環境下で培養することを特徴とする、三次元癌組織モデルの構築方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、擬微小重力環境下での三次元癌組織モデルの構築方法に関する。特に、本発明は、癌細胞が播種された多数の細胞足場材料を用いて、多数の三次元癌組織モデルを同時かつ均質に構築する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の癌細胞の薬効スクリーニングは、汎用の単層細胞培養用ディッシュ上に癌細胞を播種・培養した後、効能を調べる薬剤を溶かした培養液を添加し、癌細胞の増殖特性が低下するか、アポトーシスを起こすかなどで評価されてきた。しかし、近年、二次元培養して得られた癌組織モデルがインビボと同様の薬剤応答を示さない可能性が示唆されている。癌細胞の立体的な三次元集合体(すなわち、三次元癌組織モデル)においては、投与された抗癌剤の表面への到達は可能でも物理的空間の問題から内部まで到達するのは難しいとされ、二次元(単層培養)の癌組織モデルと三次元の癌組織モデルでは、投与された薬剤に対する反応性は異なってくると考えられる。
【0003】
このような背景からよりインビボの状態に近い三次元癌組織モデルを用いた評価が望まれている。その一つの解決法として、凹凸などを持った特殊な表面上に癌細胞を播種・培養しスフェロイドを作製し評価する手法が考案されている(非特許文献1)。
【0004】
この手法は、三次元癌組織モデルを構築できる点で有利であるが、構築されるスフェロイド組織の形状や大きさを一定にすることが困難である。そのため薬効スクリーニングにおいて当該三次元癌組織モデルを用いた場合、データのばらつきを回避できず、多数のドラッグライブラリーから効能のある薬剤を選択することは非常に困難である。
【0005】
単層培養、スフェロイド培養による癌細胞の薬効評価は上記の問題点を有しており、均質な三次元組織モデルを効率的に構築できる技術が、当該分野において求められている。
【0006】
擬微小重力環境は、宇宙空間における微小重力環境を模して人工的に作り出された微小重力(simulated microgravity)環境を意味する。今日、擬微小重力環境を生じる様々なバイオリアクターが開発されており(例えば、RWV(Ratating−Wall Vessel:特許文献1)、RCCS(Rotary Cell Culture SystemTM:Synthecon Incorporated)、3Dクリノスタット)、細胞の三次元培養に用いられている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第5,002,890号
【特許文献2】WO2005/056072
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Watanabe M. et al, Biological behavior of prostate cancer cells in 3D culture systems. 2008 Jan;128(1):37−44. Review. Japanese
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、均質な三次元癌組織モデルを効率的に、同時にまた多数構築する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、擬微小重力環境下での三次元組織培養により均質な三次元癌組織モデルを構築できることを見出した。さらに、多数の足場材料に同数の癌細胞を播種して、擬微小重力環境下にて同時に回転培養することにより、多数の均質な三次元癌組織モデルを構築できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づく。
【0011】
本発明は以下の特徴を有する。
[1] 癌細胞を擬微小重力環境下で培養することを特徴とする、三次元癌組織モデルの構築方法。
[2] 播種される癌細胞が樹立細胞株または初代培養細胞である、[1]の構築方法。
[3] 癌細胞を複数の均質な細胞足場材料に播種する工程、および擬微小重力環境下で該細胞足場材料に播種された癌細胞を培養する工程、を含む、[1]または[2]の構築方法。
[4] 細胞足場材料がコラーゲン、ポリマー、またはそれらの混合物を含む、[3]の構築方法。
[5] コラーゲンが、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲン、VI型コラーゲン、VII型コラーゲンおよびそれらの混合物からなる群より選択される、[4]の構築方法。
[6] ポリマーが、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリアルギン酸、およびポリ(D,L−乳酸)からなる群より選択される、1種または2種以上の物質を含む、[4]の構築方法。
[7] 細胞足場材料への癌細胞の播種が、該癌細胞の懸濁液中に該細胞足場材料を浸漬することによって行われる、[4]〜[6]のいずれかの構築方法。
[8] 癌細胞の懸濁液中に細胞足場材料を浸漬する工程を減圧下にて行う、[7]の構築方法。
[9] 擬微小重力環境が、時間平均して地球の重力の1/100〜1/10に相当する重力を物体に与える環境である、[1]〜[8]のいずれかの構築方法。
[10] 擬微小重力環境が、回転で生じる応力によって地球の重力を相殺することにより、地上で擬微小重力環境を実現する、1軸回転式バイオリアクター、または2軸式回転バイオリアクターを用いて実現される、[1]〜[9]のいずれかの構築方法。
[11] 1軸回転式バイオリアクターがRWV(Rotating Wall Vessel)バイオリアクターである、[10]の構築方法。
[12] 2軸式バイオリアクターがクリノスタットである、[10]の構築方法。
[13]さらに、擬微小重力環境下で培養することにより得られた三次元癌組織モデルを、単層培養または三次元培養に付す工程を含む、[1]〜[12]のいずれかの構築方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、均質な三次元癌組織モデルを効率的に構築することができる。本発明によれば、足場材料を用いることによって、多数の均質な三次元癌組織モデルを効率的に構築することができる。多数の均質な三次元癌組織モデルを利用することによって、抗癌剤など薬効スクリーニングおよび薬効評価を精度高く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、足場材料を用いずにRWV回転培養により作製したMG63三次元癌組織モデルのヘマトキシリン・エオジン染色像を示す写真図である。
【図2】図2は、RWV回転培養により作製したMG63三次元癌組織モデルのドキソルビシン曝露により生じるDNA量の経時的変化を示すグラフ図である。
【図3】図3は、平面培養により作製したMG63癌組織モデルのドキソルビシン曝露により生じるDNA量の経時的変化を示すグラフ図である。
【図4】図4は、平面培養(Flat)またはRWV回転培養(3D)により作製したMG63の癌組織モデルのドキソルビシン曝露により生じるDNA量の比較(左24時間、右48時間)を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、癌細胞を、擬微小重力環境で培養することを特徴とした、三次元癌組織モデルの構築方法に関する。
【0015】
本発明の方法により作製される三次元癌組織モデルは、抗癌剤などの薬効スクリーニングおよび薬効評価に用いることができる。
【0016】
「三次元癌組織モデル」とは、癌細胞を三次元培養することによって得られる癌細胞の立体的な集合体(三次元集合体)を意味する。当該三次元集合体において、癌細胞は三次元的に増殖することが可能であり、細胞が細胞培養用プレートなどの上に張り付くように二次元的に延伸する細胞培養(二次元細胞培養)によって得られる組織モデルと比べて、より生体内に近い培養環境を実現することができる。
【0017】
本発明において「癌細胞」は、特に限定されることなく様々なものを利用することができる。好ましくは、固形癌由来の癌細胞である。固形癌とは、血液の癌(白血病など)を除く癌を意味し例えば、胃癌、食道癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、膵臓癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、扁平上皮細胞癌、基底細胞癌、腺癌、骨髄癌、腎細胞癌、尿管癌、肝癌、胆管癌、子宮頚癌、子宮内膜癌、精巣癌、小細胞肺癌、非小細胞肺癌、膀胱癌、上皮癌、頭蓋咽頭癌、喉頭癌、舌癌、繊維肉腫、粘膜肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨原性肉腫、脊索腫、血管肉腫、リンパ管肉腫、リンパ管内皮肉腫、滑膜腫、中皮腫、ユーイング腫瘍、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、精上皮腫、ウィルムス腫瘍、神経膠腫、星状細胞腫、骨髄芽種、髄膜腫、黒色腫、神経芽細胞腫、髄芽腫、網膜芽細胞腫などが挙げられるが、これらに限定されない。癌細胞は、樹立細胞株であっても、初代培養細胞であっても良い。
【0018】
癌細胞は、細胞足場材料(スキャホールド)に播種されたものであっても良い。
細胞足場材料を用いることによって、同一条件下にて複数の三次元癌組織モデルを同時に構築することが可能であり、均質な複数の三次元癌組織モデルを製造することが可能である。これに対して、細胞足場材料を用いない場合においては、培地中に播種された細胞は、下記に詳細に記載される回転培養において、一つに凝集し、細胞足場材料を用いた場合と比べて大型の三次元癌組織モデルを製造することが可能である。
【0019】
ここで「均質」とは、構築される各三次元癌組織モデルの間で性質的に違いがほとんどないか、極めてわずかであることを意味し、例えば、同一条件下において同一に与えられる刺激に対して、個々の三次元癌組織モデルが同一の反応を示すことを意味する。
【0020】
「細胞足場材料」とは、癌細胞が当該材料と接することによって、細胞の接着、増殖、分化、活性化、移動、遊走、形態変化など様々な細胞機能が発現、促進される材料を意味する。そのような材料としては、例えばハイドロキシアパタイトやβ−TCP(リン酸三カルシウム)、α−TCP等のセラミックス、コラーゲン、ポリマー等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、細胞足場材料は、コラーゲン、ポリマー、又はそれらの混合物を含んでなる。ここで、「コラーゲン」とは、I型〜VII型コラーゲンのいずれか、またはそれらの混合物である。使用するコラーゲンは、市販のものでもよいし、動物組織から抽出・精製したものでもよいし、または組み換え的に発現させた後、精製したものでもよい。また、「ポリマー」とは、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリアルギン酸、ポリ(D,L−乳酸)のうち1種または2種以上を含む。上記の材料の列挙は例示であって、限定的なものではない。
【0021】
細胞足場材料は、上記物質のいずれか一種からなるものであっても良いし、複数種を含む複合体からなるものであっても良い。
【0022】
細胞足場材料の形態は特に限定されず、スポンジ、メッシュ、不繊布状成形物などの形態を有することができるが、細胞の均一な播種が可能となるよう、多孔性であることが好ましい。「多孔性」とは、数μm〜数100μm程度の無数の孔(空隙)が存在する構造であり、本発明においては、空隙率(細胞足場材料の全体積に比した空隙部分の体積の割合)は40〜90%、より好ましくは60〜90%である。空隙率が低すぎると、細胞の侵入が不十分になり、空隙率が高すぎると、構造の強度を保つことができない。
【0023】
細胞足場材料の形状は、特に限定されず、球状、ディスク状、粒子状、ブロック状など任意の形状を用いることができる。細胞足場材料の大きさは、特に限定されず、例えば最長部の長さ(直径など)を、0.2mm〜10mmの範囲より適宜選択することができる。
【0024】
細胞足場材料は、市販のもの(特に限定されないが、テルダーミス(オリンパステルモバイオマテリアル株式会社)など)を利用することができる。
【0025】
培養に用いられる細胞足場材料は、構築される三次元癌組織モデルの均質性を確保すべく、材料や大きさなどすべて同一であることが好ましい。
【0026】
培養に用いられる細胞足場材料の個数は、用いるバイオリアクターの容積や、所望される三次元癌組織モデルの数等に応じて適宜調整することが好ましい。通常、癌細胞が播種された細胞足場材料一つから、一つの三次元癌組織モデルが構築される。
【0027】
癌細胞の細胞足場材料への播種は、公知の手法を用いて行うことができ、緩衝液、生理食塩水、培養液、またはコラーゲン溶液等の液体に癌細胞を懸濁して得られた懸濁液に細胞足場材料を浸漬する、あるいは当該懸濁液を細胞足場材料へ注入することによって行うことができる。また、必要に応じて、引圧または加圧条件下で播種してもよい。播種する細胞の数(播種密度)は、懸濁液の細胞濃度や注入量によって調整することが可能であり、用いる細胞の種類の特性や足場材料に応じて適宜調整することが好ましい。
【0028】
癌細胞が播種された細胞足場材料は、擬微小重力環境下で培養する前に、1時間〜24時間の静置培養に供し、癌細胞を細胞足場材料に接着させることが好ましい。
【0029】
本発明において「擬微小重力環境」とは、宇宙空間における微小重力環境を模して人工的に作り出された微小重力(simulated microgravity)環境を意味する。こうした擬微小重力環境は、例えば、回転で生じる応力によって地球の重力を相殺することにより実現される。すなわち、回転している物体は、地球の重力と応力とのベクトル和で表される力を受けるため、その大きさと方向は時間により変化する。したがって、時間平均すると物体には地球の重力(g)よりもはるかに小さな重力しか作用しないこととなり、宇宙空間によく似た「擬微小重力環境」が実現される。
【0030】
「擬微小重力環境」は、細胞が沈降することなく均一に分散した状態で増殖分化し、三次元的に凝集して、組織塊を形成できるような環境であることが必要である。言い換えれば、播種細胞の沈降速度に同調するように回転速度を調節して、細胞に対する地球の重力の影響を最小化することが望まれる。具体的には、培養細胞にかかる微小重力は、時間平均して地球の重力(g)の1/100〜1/10倍程度であることが望ましい。
【0031】
本発明では、擬微小重力環境を実現するために、好ましくは、回転式のバイオリアクターを使用する。そのようなバイオリアクターとしては、例えば、RWV(Ratating−Wall Vessel:米国特許第5,002,890号)、RCCS(Rotary Cell Culture SystemTM:Synthecon Incorporated)、3Dクリノスタット、並びに特開平8−173143号、特開平9−37767号、及び特開2002−45173号に記載されているものなどを用いることができる。なかでも、RWV及びRCCSはガス交換機能を備えているという点で優れている。
【0032】
これらのバイオリアクターの中には、1軸回転式のものと2軸以上の多軸回転式のものがあるが、本発明では1軸回転式のバイオリアクターを用いることが好ましい。多軸回転式(例えば、2軸式クリノスタット等)では、ずり応力(シェアストレス)を最小化することができず、またサンプル自体も回転するため、1軸式バイオリアクターのようにベッセル内にサンプルがふわふわと浮かんだ状態を再現することができないからである。このふわふわと浮かんだ状態が、特別な足場材料がない場合でも大きな三次元組織塊を得るために重要である。
【0033】
本発明の実施例で用いられているRWVは、アメリカ航空宇宙局(NASA)によって開発されたガス交換機能を備えた1軸式の回転式バイオリアクターである。RWVは、横向き円筒形バイオリアクター内に培養液を満たし、細胞を播種した後、その円筒の水平軸方向に沿って回転しながら培養を行う。バイオリアクター内には、回転による応力のため、実質的に地球の重力よりもはるかに小さい「微小重力環境」が実現される。この擬微小重力環境下において、細胞は培養液内に均一に懸濁され、最小のずり応力下で必要時間にわたって培養され、凝集して組織塊を形成する。足場材料を用いる培養の場合、細胞は足場材料全体に均一に広がり、良好に増殖する。
【0034】
回転式バイオリアクターの回転速度は、バイオリアクター内の細胞塊または組織塊が、回転することなく、ほぼ一定の位置にふわふわと浮かんだ状態となるように適宜調整する。上記状態を維持すべく、回転式バイオリアクターの回転速度は、培養期間中、経時的に適宜変更することができる。
【0035】
RWVを用いた場合の好ましい回転速度は、ベッセルの直径および組織塊の大きさや質量に応じて適宜設定され、例えば直径10cmのベッセルを用いた場合であれば、足場材料を用いない場合において8〜24rpm程度、足場材料を用いる場合において12〜15rpm程度であることが望ましい。このような回転速度で培養を行うとき、ベッセル内の細胞に作用する重力は実質的に地上の重力(1g)の1/10〜1/100程度となる。
【0036】
培地はMEM培地、α−MEM培地、DMEM培地等、癌細胞の培養に通常用いられる培地を、細胞の特性に合わせて適宜選んで用いることができる。また、これらの培地には、FBS(Sigma社製)やAntibiotic−Antimycotic(GIBCO BRL社製)等の抗生物質等を添加しても良い。
【0037】
細胞の培養は、3〜10%CO、30〜40℃、特に5%CO、37℃の条件下で行うことが望ましい。培養期間は、特に限定されないが、少なくとも4日、好ましくは6〜28日である。
【0038】
本発明方法によれば、均質な三次元癌組織モデルを同時に多数構築することができる。当該三次元癌組織モデルは、均質であるが故に、同一の化合物に対する反応性のばらつきを低減または回避することができ、多数のドラッグライブラリーから抗癌作用などの効能を有する化合物をスクリーニングするに際して極めて有用であるといえる。
【0039】
当該三次元癌組織モデルを用いた化合物のスクリーニングおよび薬効評価は、従来公知の一般的な手法を用いて行うことができる。例えば、三次元癌組織モデルと候補化合物とを接触させ、三次元癌組織モデルが所望の反応を示す化合物を選択・同定することによって行うことができる。例えば、抗癌作用を有する化合物をスクリーニングする場合においては、三次元癌組織モデルと候補化合物とを接触させ、当該三次元癌組織モデルにおいて増殖抑制および/またはアポトーシスを生じる化合物を選択・同定する。増殖抑制および/またはアポトーシスの検出は、従来公知の一般的な手法を用いて行うことができる。
【0040】
化合物のスクリーニングおよび/または薬効評価において、三次元癌組織モデルの培養は、単層培養で行っても良いし、三次元培養によって行っても良い。この場合において「単層培養」とは、三次元癌組織モデルを構成する一部の細胞が培養皿表面上に接着していれば良く、三次元癌組織モデルはその三次元構造の一部または全体を保持した状態での培養を意味する。また、この場合において「三次元培養」は、クリノスタットを利用して行うことが好ましい。これらの培養方法を用いることによって、化合物のスクリーニング等の操作を簡便にすることができる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。しかしながら、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0042】
実施例1:細胞足場材料を用いない培養による三次元癌組織モデルの構築
MG63(ヒト骨髄腫由来樹立細胞株)を、培養液 (DMEM(high glucose)(WAKO)+10%FBS(Sigma)+antibiotics−antimycotics(Gibco,BRL))で単層培養した後、トリプシンを用いて剥離・回収した。回収した細胞を同じ組成の培養液50ccに懸濁し(細胞濃度2x10細胞/ml)、RWVバイオリアクター(Synthecon社製)を用いて回転培養を行った。
【0043】
RWVバイオリアクターによる回転培養は直径10cm(容量50cc)の容器を用い、回転数8〜24rpm、37℃、5%COの条件下で3週間行った。回転数は目視で細胞塊が液中に浮いている状態になるように頻繁に調整した。3日に一度培養液の交換と培養ベッセル中にたまった泡抜きを行った。
【0044】
培養後、得られた細胞塊は、4%パラフォルムアルデヒド、0.1%グルタールアルデヒドを用いてマイクロウエーブ固定を行い、常法に従って脱水しパラフィンに包埋した。5μmの厚さで切片を作製し、常法に従ってヘマトキシリン・エオジン染色を行い顕微鏡で観察した。
【0045】
ヘマトキシリン・エオジン染色の結果を図1に示す。図1に示すように大型(直径〜1.5cm程度)の均質な三次元癌組織モデルを構築することができた。
【0046】
実施例2:細胞足場材料を用いた、多数の三次元癌組織モデルの構築
細胞足場材料は、コラーゲンスポンジ(テルダーミス(真皮欠損用グラフト:コラーゲン単層タイプ:オリンパステルモバイオマテリアル株式会社))を生検パンチ(3mmφ)でくり抜いたもの(150個)を用いた。
【0047】
MG63(ヒト骨髄種由来樹立細胞株)を、培養液(DMEM(high glucose)(WAKO)+10%FBS(Sigma)+antibiotics−antimycotics(Gibco,BRL))で単層培養した後、トリプシンを用いて剥離・回収した。回収した細胞を同培地に懸濁し(細胞濃度1x10細胞/ml)、得られた懸濁液にコラーゲンスポンジ150個を浸漬して、減圧下にて当該コラーゲンスポンジに細胞を播種した。その後、5時間静置培養した後、RWVバイオリアクターの培養ベッセル(250cc用)に足場材料/癌細胞コンポジット150個を新鮮な培養液(同組成)とともに注ぎ、回転培養を行った。回転速度は最初12rpmからはじめ、足場材料/癌細胞コンポジットが培養液中にふわふわ浮く状態に回転速度を目視で調整した。6日間培養した(回転速度は12〜15rpmの範囲で調整した)後、多数の均質な三次元癌組織モデルを構築することができた(直径1.5mm程度の大きさ)。
【0048】
実施例3:三次元癌組織モデルの薬効評価
実施例2で得られた三次元癌組織モデルを、96穴プレートに移動し、新鮮な培養液(DMEM(high glucose)(WAKO)+10%FBS(Sigma)+antibiotics−antimycotics(Gibco,BRL))で静置培養を24時間行った。次に、抗ガン剤(ドキソルビシン,Sigma)を添加した培地(それぞれ10μg/ml,1.0μg/ml,0.1μg/ml,0μg/ml)に置換し、2日間培養した。12時間ごとにサンプリングを行い(各抗ガン剤組成に対してn=6サンプル)、−80℃にて保存した。比較実験のために、96穴プレートにMG63を平面培養(5000細胞/well)して二次元癌組織モデルを構築し、上と同様にドキソルビシンで処理して、−80℃にて保存した。
【0049】
DNA定量:ピコグリーンアッセイ
各癌組織モデルのDNA定量には、PicoGreen(Quanti−iTTM PicoGreen dsDNA Reagent and Kits P11496, invitrogen)を用いた。−80℃にて保存したサンプルを自然解凍し、それに細胞溶解液(SCIVAX Spheroid Lysis Buffer:SLB)を培養液の10%ずつ加え室温でホモジナイズした(キアゲン;TissueLyserII)。遠心により上澄みを回収後、同量のTE緩衝液を加え、製造元のプロトコールに従いpicogreen溶液を調整し、サンプル液に加えて10分間放置し、その後蛍光測定を行うことによりDNA量を測定した(Molecular Devices SPECTRA MAX GEMINI EM)。
【0050】
各癌組織モデルにおけるDNAの定量結果を図2〜4に示す。
図2に示すように、RWV回転培養により得られた三次元癌組織モデルのドキソルビシン曝露によるDNA量の変化はドキソルビシンの濃度依存的であった。しかし、ドキソルビシン濃度が0μg/ml(Dox0)および0.1μg/mlである場合、三次元癌組織モデルのDNA量に与える影響は小さく、ドキソルビシン濃度が1μg/mlおよび10μg/mlである場合、三次元癌組織モデルのDNA量に与える影響が比較的大きくなることが観察された。
【0051】
一方、図3に示すように、平面培養により得られた二次元癌組織モデルのドキソルビシン曝露によるDNA量の変化も、ドキソルビシンの濃度依存的であった。しかしながら、ドキソルビシンの濃度変化とDNA量との間には、逆比例の関係が見られ、図2の三次元癌組織モデルの結果とは明らかに異なっていた。
【0052】
図4は、ドキソルビシン曝露後24時間および48時間における各癌組織モデルのDNA量を示す棒グラフ図である。各癌組織モデルのDNA量は、それぞれドキソルビシン濃度が0μg/ml(Dox0)である場合の発現量を100とする相対値によって示す。この結果より明らかなように、平面培養により得られた二次元癌組織モデル(Flat)においてはドキソルビシンの濃度変化とDNA量との間には、逆比例の関係が見られるのに対して、RWV回転培養により得られた三次元癌組織モデル(3D)においては、1μg/ml以上の濃度のドキソルビシンを用いた場合に、飛躍的に高い効果が得られた。
【0053】
これらの結果は、二次元培養により得られた癌組織モデルと三次元培養により得られた癌組織モデルでは、同じ薬剤の効能が大きく変わってくることを示す。一般に、抗癌剤の効果は、固形癌において低いことが臨床的報告により示されている。その理由として、癌細胞が三次元の組織構造を有することにより、当該組織の内部まで抗癌剤が浸潤しにくいこと、また当該三次元組織によって、抗癌剤に対する反応性が二次元培養の場合とは異なっていることが挙げられる。上記のとおり三次元培養により得られた癌組織モデルのデータは、二次元培養により得られた癌組織モデルのデータとは明らかに異なっていた。これは、抗癌剤の癌組織モデルの組織内部への浸潤性の違いであり、および/または三次元組織の抗癌剤に対する反応性の変化であると考えられる。
【0054】
本発明方法により得られた三次元癌組織モデルは、抗癌剤に対する固形癌の反応性を反映していると考えられ、真に癌組織に効能を持つ薬剤のスクリーニングに適している。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、均質な三次元癌組織モデルを効率的に構築することができる。このため、本発明は抗癌剤など薬効スクリーニングおよび薬効評価を行うのに有用な三次元癌組織モデルを提供することが可能であり、抗癌剤開発の分野における貢献が大いに期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞を擬微小重力環境下で培養することを特徴とする、三次元癌組織モデルの構築方法。
【請求項2】
播種される癌細胞が樹立細胞株または初代培養細胞である、請求項1に記載の構築方法。
【請求項3】
癌細胞を複数の均質な細胞足場材料に播種する工程、および擬微小重力環境下で該細胞足場材料に播種された癌細胞を培養する工程、を含む、請求項1または2に記載の構築方法。
【請求項4】
細胞足場材料がコラーゲン、ポリマー、またはそれらの混合物を含む、請求項3に記載の構築方法。
【請求項5】
コラーゲンが、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲン、VI型コラーゲン、VII型コラーゲンおよびそれらの混合物からなる群より選択される、請求項4に記載の構築方法。
【請求項6】
ポリマーが、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリアルギン酸、およびポリ(D,L−乳酸)からなる群より選択される、1種または2種以上の物質を含む、請求項4に記載の構築方法。
【請求項7】
細胞足場材料への癌細胞の播種が、該癌細胞の懸濁液中に該細胞足場材料を浸漬することによって行われる、請求項4〜6のいずれか1項に記載の構築方法。
【請求項8】
癌細胞の懸濁液中に細胞足場材料を浸漬する工程を減圧下にて行う、請求項7に記載の構築方法。
【請求項9】
擬微小重力環境が、時間平均して地球の重力の1/100〜1/10に相当する重力を物体に与える環境である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の構築方法。
【請求項10】
擬微小重力環境が、回転で生じる応力によって地球の重力を相殺することにより、地上で擬微小重力環境を実現する、1軸回転式バイオリアクター、または2軸式回転バイオリアクターを用いて実現される、請求項1〜9のいずれか1項に記載の構築方法。
【請求項11】
1軸回転式バイオリアクターがRWV(Rotating Wall Vessel)バイオリアクターである、請求項10に記載の構築方法。
【請求項12】
2軸式バイオリアクターがクリノスタットである、請求項10に記載の構築方法。
【請求項13】
さらに、擬微小重力環境下で培養することにより得られた三次元癌組織モデルを、単層培養または三次元培養に付す工程を含む、請求項1〜12のいずれか1項に記載の構築方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−165719(P2012−165719A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31122(P2011−31122)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構 研究成果最適展開支援事業フィージビリティスタディ・ステージ探索タイプ「ナノピラー・擬微小重力培養を用いた3次元癌組織構築とドラッグスクリーニングへの応用検討」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】