説明

改善されたフォールディングの空気ガス処理によってインスリンを抽出する方法

本発明は、システインまたは塩酸システインとカオトロピック補助剤の存在下で、正しく結合したシスチン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体を抽出するための改善された方法に関する。フォールディングは反応調製物中で行われ、それにより、表面に対する容積の比率は1より大きく、および/または、酸素濃度は1〜15mg/lである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、システインまたは塩酸システインとカオトロピック補助剤の存在下で、正しく結合したシスチン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体を得るための改善された方法に関し、本方法において、フォールディングは反応混合物中で行われ、反応混合物の表面に対する容積の比率は1より大きく、および/または、酸素濃度は1〜15mg/lである。
【背景技術】
【0002】
ヒトインスリンは、連結された51個のアミノ酸残基からなる2つのアミノ酸鎖を有するタンパク質である。この2つのアミノ酸鎖は6個のシステイン残基を含み、いずれの場合も2つのシステイン残基は、ジスルフィド架橋を介して互いに連結している。生物学的に活性なヒトインスリンにおいて、A鎖とB鎖とは、2つのシスチン架橋を介して互いに連結しており、さらなるシスチン架橋が、A鎖に存在している。統計学的に、1個のヒトインスリン分子内に、15個のジスルフィド架橋が形成される可能性がある。これらの15個の可能性のある形成のうち1つが、生物学的に活性なヒトインスリン中に生じる。ヒトインスリンにおいて、以下のシステイン残基が互いに連結している:
A6−A11
A7−B7
A20−B19。
【0003】
文字AおよびBは、それぞれのインスリンアミノ酸鎖を示し、数字は、特定のアミノ酸鎖のアミノ末端からカルボキシル末端へ向かってカウントされたアミノ酸残基の位置を示す。また、ジスルフィド架橋は、2個のヒトインスリン分子間でも形成される場合があり、大量の様々なジスルフィド架橋が容易に生産可能である。
【0004】
既知のヒトインスリン製造方法は、ヒトプロインスリンの使用に基づく。ヒトプロインスリンは、86個のアミノ酸残基からなる直鎖状アミノ酸鎖を有するタンパク質であり、ヒトインスリンB鎖およびA鎖は、35個のアミノ酸残基を含むCペプチドを介して互いに連結している。ヒトインスリンに存在するジスルフィド架橋は、例えばS−スルホン酸基(−S−SO3-)のような硫黄保護基を有するヒトインスリンのシステイン残基を有する中間体を介して形成される(EP0037255)。その他の既知の方法は、正しく結合したシスチン架橋を有するプロインスリンを得る方法であり(Biochemistry,60,(1968),622〜629頁)、この方法は、ブタ膵臓から得られたプロインスリン(システイン残基がチオール残基(−SH)として存在する)から開始される。用語「正しく結合したシスチン架橋」は、生物学的に活性な哺乳動物インスリン中に存在するジスルフィド架橋を意味する。
【0005】
遺伝子工学的な方法により、アミノ酸配列および/またはアミノ酸の鎖長がヒトインスリンとは異なるインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体、特にヒトプロインスリンまたはプロインスリンを微生物中で製造することができる。遺伝学的に改変されたエシェリキア・コリ(Escherichia coli)細胞によって生産されたプロインスリンは、正しく結合したシスチン架橋をまったく有さない。E.コリを用いることによってヒトインスリンを得る方法の1つ(EP0055945)は、以下の工程に基づく:
微生物培養−細胞の破壊−融合タンパク質の単離−融合タンパク質のハロゲン化シアンの切断−プロインスリン配列を有する切断産物の単離−S−スルホン酸基によるプロインスリンのシステイン残基の保護−S−スルホン酸のクロマトグラフィー精製−正しく結合したシスチン架橋の形成−プロインスリンの脱塩−正しく結合したシスチン架橋を有するプロインスリンのクロマトグラフィー精製−プロインスリン溶液の濃縮−濃縮されたプロインスリン溶液のクロマトグラフィー精製−ヒトインスリンを得るためのプロインスリンの酵素的な切断−得られたヒトインスリンのクロマトグラフィー精製。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この方法の欠点は、工程数と精製工程の際の損失であり、低いインスリン収率しか得られない。多段階による方法経路のため、顕著な損失は許容しなければならない。プロインスリンのハロゲン化シアンの切断、亜硫酸分解および精製によって単離された融合タンパク質の段階で、最大40%のプロインスリンの損失が想定される(EP0055945)。同様の規模の損失が、それに続く最終産物までの精製工程の際に起こり得る。
【0007】
必要な工程数を実質的に減少させることができるならば、ヒトインスリンのまたはインスリン誘導体の遺伝子操作された生産の収率を増加させることができる。
【0008】
EP0600372A1(またはUS5,473,049)、および、EP0668292A2は、それに対応して改善されたインスリンおよびインスリン誘導体を得る方法を開示しており、本方法は、メルカプタン(例えばシステイン)、および、少なくとも1種のカオトロピック補助剤(例えば尿素または塩酸グアニジン)の存在下で、シスチン架橋が正しく連結されていないインスリン前駆体またはインスリン誘導体前駆体を、正しく結合したシスチン架橋を有するインスリン前駆体またはインスリン誘導体前駆体に変換することを含む。開示された方法は、まず、前記タンパク質を、極めて低濃度で、カオトロピック補助剤、または、様々なカオトロピック補助剤の混合物の水溶液に溶解させることを含む。次に、このタンパク質混合物を、メルカプタン水溶液と混合する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
驚くべきことに、我々は、第一工程で前駆体をカオトロピック補助剤によって溶解させることによってではなく、まず、メルカプタン(すなわちシステインまたは塩酸システイン)を、上記前駆体の水性懸濁液に導入し、さらに、それに続く工程においてのみ、カオトロピック補助剤の水溶液に上記前駆体を導入して溶解させ、最終的に、上記混合物を好ましいシステインまたは塩酸システイン濃度に希釈すること、前記混合物を適切な量の水に導入することによって、前記前駆体を正しくフォールディングさせることによって、正しくフォールディングされたインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体の収率を増加させることが可能であり、さらに、フォールディングプロセスに関する反応時間を減少させることができることを発見した。
【0010】
従って、本発明は、システインまたは塩酸システインとカオトロピック補助剤の存在下で、正しく結合したシスチン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体を得る方法に関し、本方法は、以下の工程:
(a)インスリンまたはインスリン誘導体の前駆体の水性懸濁液に、前記前駆体のシステイン残基1個あたりシステインまたは塩酸システインのSHラジカルが1〜15個となる量のシステインまたは塩酸システインを加える工程、
(b)前記前駆体のシステインまたは塩酸システインを含む懸濁液を、4〜9モル濃度のカオトロピック補助剤を含む溶液に、約8〜約11.5のpHおよび約15〜約55℃の温度で導入し、得られた混合物をこの温度で約10〜60分間維持する工程、そして、
(c)前記混合物を、約8〜約11.5のpHおよび約5〜約30℃の温度で、前記混合物中の前記システインまたは塩酸システインの濃度が約1〜5mMに希釈され、かつ、前記カオトロピック補助剤の濃度が0.2〜1.0Mに希釈される量の水に導入する工程、を引き続いて行うことを含み、ここで、工程(c)における混合物は、容器中で、懸濁液中の酸素濃度が1〜15mg/lになるようにガス処理され、前記混合物の表面に対する容積の比率は、1mより大きく、特に2mより大きい、特に3mより大きく、さらに、前記混合物中の酸素濃度は、好ましくは2〜10mg/lであるとするものである。
【0011】
好ましくは、本方法はまた、
工程(a)において、前記システインまたは塩酸システインの量は、前記前駆体のシステイン残基1個あたり前記システインまたは塩酸システインのSHラジカルが1〜6個となる量に相当しており、
工程(b)において、前記前駆体のシステインまたは塩酸システインを含む懸濁液は、前記4〜9モル濃度のカオトロピック補助剤を含む溶液に、pH8〜11および温度30〜45℃で導入され、得られた混合物は、この温度で20〜40分間維持し、そして、
工程(c)において、前記混合物は、pH8〜11および温度15〜20℃で、前記混合物中の前記システインまたは塩酸システインの濃度が約1〜5mMに希釈され、かつ、前記カオトロピック補助剤の濃度が0.2〜1.0Mに希釈される量の水に導入される方法でもある。
【0012】
カオトロピック補助剤は、水溶液中で水素結合を壊す化合物であり、例えば硫酸アンモニウム、塩酸グアニジン、エチレンカーボネート、チオシアネート、ジメチルスルホキシド、および、尿素である。
【0013】
本発明の方法で用いられるカオトロピック補助剤は、好ましくはグアニジン、塩酸グアニジンであり、または、特に好ましくは尿素である。
【0014】
本発明の方法の工程(b)におけるカオトロピック補助剤の濃度は、好ましくは7.0〜9.0Mであり、工程(b)における温度は、好ましくは40℃であり、工程(b)におけるpHは、好ましくは10〜11である。
【0015】
本発明の方法の工程(c)におけるpHは、好ましくは10〜11である。本発明の方法の工程(c)において、混合物が導入される水の量は、好ましくは、混合物中のシステインまたは塩酸システインの濃度が、2.5〜3.0mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.5Mになるように選択される。
【0016】
本発明の方法において特に好ましくは、工程(b)においてカオトロピック補助剤の濃度は約8Mであり、工程(b)において温度は約40℃であり、工程(b)においてpHは約10.2であり、工程(c)においてpHは約10.6であり、工程(c)において水の量は、混合物中のシステインまたは塩酸システインの濃度が約2.5〜3.0mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.5Mになるような量である。
【0017】
本発明の方法の生成物は、システイン架橋が正しく連結されたインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体、特にプロインスリンである。
【0018】
インスリン誘導体は、天然に存在するインスリン、すなわちヒトインスリン(配列番号1=ヒトインスリンA鎖を参照;配列番号2=ヒトインスリンB鎖、配列表を参照)、または、動物インスリンの誘導体であり、これらは、少なくとも1つの天然に存在するアミノ酸残基の置換、および/または、少なくとも1つのアミノ酸残基および/または有機残基の付加によって、その他の点で同一な対応する天然に存在するインスリンとは異なっている。
【0019】
最終的に、EP0600372A1(またはUS5,473,049)またはEP0668292A2で説明されている方法によって、トリプシンまたはトリプシン様酵素(必要に応じてさらにカルボキシペプチダーゼB)を用いた酵素的な切断、それに続く吸着性樹脂での精製によって、本発明の方法を用いて得られたインスリン前駆体またはインスリン誘導体前駆体から、正しく結合したシスチン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体を製造することもできる。
【0020】
上記前駆体から製造可能なインスリンまたはインスリン誘導体は、好ましくは、式Iで示すことができる:
【化1】

式中、
Yは、遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基であり、
Zは、
a)His、Arg、または、Lysからなる群より選択されるアミノ酸残基、
b)2または3個のアミノアミノ残基を有するペプチド(前記ペプチドのカルボキシル末端にアミノ酸残基ArgまたはLysを含む)、
c)1〜5個のヒスチジン残基を含む、2〜35個の遺伝子的にコード可能なアミノ酸を有するペプチド、または、
d)OHであり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)、または、共有結合であり、
3は、遺伝学的にコード可能なアミノ酸残基であり、
ここにおいて、ヒトインスリン、動物インスリンまたはインスリン誘導体のA鎖のアミノ酸配列に対応する残基A2〜A20は式Iを簡易化するために示しておらず、さらに、ヒトインスリン、動物インスリンまたはインスリン誘導体のB鎖のアミノ酸配列に対応する残基B2〜B29は式Iを簡易化するために示していない。
【0021】
上記ペプチドおよびタンパク質のアミノ酸配列は、アミノ酸鎖のN末端から開始されるように示されている。式I中の括弧内の情報、例えばA6、A20、B1、B7またはB19は、インスリンA鎖およびB鎖におけるアミノ酸残基の位置に相当する。
【0022】
用語「遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基」は、アミノ酸Gly、Ala、Ser、Thr、Val、Leu、Ile、Asp、Asn、Glu、Gln、Cys、Met、Arg、Lys、His、Tyr、Phe、Trp、Pro、および、セレノシステインで示される。
【0023】
動物インスリンの「残基A2〜A20」、および、「残基B2〜B29」という用語は、例えば、ウシ、ブタ、または、ニワトリインスリンのアミノ酸配列を意味する。インスリン誘導体の「残基A2〜A20」、および、「B2〜B29」という用語は、アミノ酸を他の遺伝子的にコード可能なアミノ酸で置換することによって形成されるヒトインスリンの対応するアミノ酸配列を意味する。
【0024】
ヒトインスリンA鎖は、例えば、以下の配列(配列番号1)を有する:
Gly Ile Val Glu Gln Cys Cys Thr Ser Ile Cys Ser Leu Tyr Gln Leu Glu Asn Tyr Cys Asn。
【0025】
ヒトインスリンB鎖は、以下の配列(配列番号2)を有する:
Phe Val Asn Gln His Leu Cys Gly Ser His Leu Val Glu Ala Leu Tyr Leu Val Cys Gly Glu Arg Gly Phe Phe Tyr Thr Pro Lys Thr。
【0026】
本明細書において、式I中のR3はアスパラギン(Asn)であり、R1はフェニルアラニン(Phe)であり、Yはスレオニン(Thr)であり、ZはOHである。
【0027】
従って、本発明の方法は、一般式IIで示され、シスチン架橋(式IIに示さず)が正しくフォールディングされたインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体を得るのに特に適している:
2−R1−(B2〜B29)−Y−X−Gly−(A2〜A20)−R3 (II)
式中、
2は、
a)水素、
b)リシン(Lys)、および、アルギニン(Arg)からなる群より選択されるアミノ酸残基、または
c)2〜45個のアミノ酸残基を有するペプチド(前記ペプチドのカルボキシル末端にアミノ酸残基リシン(Lys)またはアルギニン(Arg)を含む)
であり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)、または、共有結合であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリン、動物インスリン、または、インスリン誘導体B鎖のB2〜B29の位置におけるアミノ酸残基(前記位置の1またはそれ以上において改変されたものであってよい)であり、
Yは、遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基であり、
Xは、
a)リシン(Lys)、および、アルギニン(Arg)からなる群より選択されるアミノ酸残基、
b)2〜35個のアミノ酸残基を有するペプチド(前記ペプチドのN末端とカルボキシル末端に、アミノ酸残基リシン(Lys)若しくはアルギニン(Arg)を含む)、または、
c)1〜5個のヒスチジン残基を含む、2〜35個の遺伝子的にコード可能なアミノ酸を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリン、動物インスリン、または、インスリン誘導体A鎖のA2〜A20の位置におけるアミノ酸残基(前記位置の1またはそれ以上において改変されたものであってよい)であり、そして、
3は、遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基である。
【0028】
1.好ましくは、式IIにおいて:
2は、
a)水素、または、
b)2〜25個のアミノ酸残基を有するペプチド(前記ペプチドのカルボキシル末端にアミノ酸残基アルギニン(Arg)を含む)であり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリンB鎖のB2〜B29位におけるアミノ酸残基であり、
Yは、アラニン(Ala)、スレオニン(Thr)、および、セリン(Ser)からなる群より選択されるアミノ酸残基である、
Xは、アミノ酸残基アルギニン(Arg)であるか、または、ヒトインスリンC鎖のアミノ酸配列を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリンA鎖のA2〜A20位におけるアミノ酸残基であり、および、
3は、アスパラギン(Asn)、セリン(Ser)、および、グリシン(Gly)からなる群より選択されるアミノ酸残基である。
【0029】
ヒトインスリンC鎖は、以下の配列(配列番号3)を有する:
Arg Arg Glu Ala Glu Asp Leu Gln Val Gly Gln Val Glu Leu Gly Gly Gly Pro Gly Ala Gly Ser Leu Gln Pro Leu Ala Leu Glu Gly Ser Leu Gln Lys Arg。
【0030】
2.好ましくは、式IIにおいて:
2は、
a)水素、または、
b)カルボキシル末端にアルギニン残基(Arg)を含む2〜15個のアミノ酸残基を有するペプチドであり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリンB鎖のB2〜B29位におけるアミノ酸残基であり、
Yは、スレオニン残基(Thr)であり、
Xは、アミノ酸残基アルギニン(Arg)であるか、または、始点および終点に、2つの塩基性アミノ酸残基、特にアルギニン(Arg)および/若しくはリシン(Lys)を含む2〜35個のアミノ酸残基を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリンA鎖のA2〜A20位におけるアミノ酸残基であり、および、
3は、アミノ酸残基アスパラギン(Asn)、または、グリシン(Gly)である。
【0031】
式Iで示されるインスリンまたはインスリン誘導体の残基Zは、通常、式IIで示される前駆体のXのアミノ酸配列の一部であり、これは、トリプシン、トリプシン様酵素またはカルボキシペプチダーゼBのようなプロテアーゼの活性によって形成される。残基R3は、インスリンA鎖のA21位にあるアミノ酸残基である。残基Yは、インスリンB鎖のB30位にあるアミノ酸残基である。
【0032】
トリプシンまたはトリプシン様酵素は、アルギニンまたはリシン残基でアミノ酸鎖を切断するプロテアーゼである。
【0033】
カルボキシペプチダーゼBは、アミノ酸鎖のカルボキシ末端に位置するArgまたはLysのような塩基性アミノ酸残基を除去するエキソプロテアーゼである(Kemmler等,J.Biol.Chem.246,6786〜6791頁)。
【0034】
例えば、正しく結合したシスチン架橋を有する式Iで示されるインスリンまたはインスリン誘導体を、上記1で述べられた前駆体(Y、R1、R2、R3、A2〜A20およびB2〜B29は1で定義された通りであり、Zはアルギニン残基(Arg)、ペプチド残基Arg〜Arg、または、−OHである)から得ることが可能である。
【0035】
例えば、正しく結合したシスチン架橋を有する式Iで示されるインスリンまたはインスリン誘導体を、2で述べられた前駆体(Y、R1、R2、R3、A2〜A20およびB2〜B29は2で定義された通りであり、Zはアルギニン残基(Arg)、ペプチド残基Arg−ArgもしくはLys−Lys、または、−OHである)から得ることが可能である。
【0036】
式IIで示される前駆体は、微生物中で多数の遺伝子操作されたコンストラクトを用いて生産してもよい(EP0489780、EP0347781、EP0453969)。前記遺伝子操作されたコンストラクトは、発酵中に、エシェリキア・コリ、または、ストレプトミセテス(streptomycetes)のような微生物中で発現される。生産されたタンパク質は、微生物の内部に保存されるか(EP0489780)、または、発酵溶液に分泌される。
【0037】
本発明の方法に、細胞が破壊した直後に、発酵溶液または微生物由来の大量のタンパク質が混在したままの式IIで示されるインスリンまたはインスリン誘導体の前駆体を使用することが可能である。しかしながら、式IIで示される前駆体はまた、予め精製した状態で、例えば沈殿またはクロマトグラフィー精製の後で用いてもよい。
【0038】
以下、実施例によって本発明を説明するが、これらに限定されない。
【0039】
実施例1(比較例、従来技術)
遺伝子操作されたエシェリキア・コリ細胞(EP0489780)を培養して、以下のアミノ酸配列を有する融合タンパク質を生産した。
【0040】
プロインスリン配列1(配列番号4):
Ala Thr Thr Ser Thr Gly Asn Ser Ala Arg Phe Val Asn Gln His
Leu Cys Gly Ser His Leu Val Glu Ala Leu Tyr Leu Val Cys Gly Glu
Arg Gly Phe Phe Tyr Thr Pro Lys Thr Arg Arg Glu Ala Glu Asp Leu
Gln Val Gly Gln Val Glu Leu Gly Gly Gly Pro Gly Ala Gly Ser Leu
Gln Pro Leu Ala Leu Glu Gly Ser Leu Gln Lys Arg Gly Ile Val Glu
Gln Cys Cys Thr Ser Ile Cys Ser Leu Tyr Gln Leu Glu Asn Tyr Cys
Asn。
【0041】
プロインスリン配列1は、式IIに相当し、ここにおいて、
Xは、ヒトインスリンのCペプチドであり、
Yは、Thr(B30)であり、
1は、Phe(B1)であり、
2は、11個のアミノ酸残基を有するペプチドであり、
3は、Gly(A21)であり、および
A2〜A20は、ヒトインスリンA鎖のアミノ酸配列(アミノ酸残基2〜20)であり、B2〜B29は、ヒトインスリンB鎖のアミノ酸配列(アミノ酸残基2〜29)である。
【0042】
発現されたプロインスリン配列1を含む融合タンパク質は、E.コリ細胞内に蓄積され、封入体を形成した。培養が完了した後、遠心分離で細胞を除去し、一般的な高圧の均質化により破壊した。放出された融合タンパク質の封入体を遠心分離で単離した。
【0043】
融合タンパク質40kg(アリコートの凍結乾燥によって測定された)を含む融合タンパク質の水性懸濁液を、塩酸システイン水和物5kgと混合した。
【0044】
この懸濁液(インスリンを含む融合タンパク質の比率は、HPLCを用いて測定され、50%であった)を、pH10.2および40℃のプロインスリン配列1を含む8M尿素溶液550Lに溶解させた。この透明な溶液を、pH10.6、および、温度16℃で水9000Lに撹拌した。撹拌しながら4時間たった後に、反応混合物中の正しく結合したシスチン架橋を有するプロインスリン配列Iの含量(5kg)を分析HPLCを用いて測定したところ、25%の変換に相当した。
【0045】
この溶液9500Lを、1NのHClでpH5.0に調節し、分離した。次に、この溶液を、1N水酸化ナトリウム溶液を加えてpH9に調節した。この溶液に、トリプシン10gを導入した。HPLCで測定したところ約2.2kgのインスリン前駆体2が生産された。
【0046】
インスリン2は、式Iに相当し、式中、
Yは、Thr(B30)であり、
Zは、Arg−Argであり、
1は、Phe(B1)であり、
3は、Gly(A21)であり、および
A2〜A20は、ヒトインスリンA鎖のアミノ酸配列(アミノ酸残基2〜20)であり、B2〜B29は、ヒトインスリンB鎖のアミノ酸配列(アミノ酸残基2〜29)である。
【0047】
インスリン2は、
以下の配列を有するA鎖:
Gly Ile Val Glu Gln Cys Cys Thr Ser Ile Cys Ser Leu Tyr Gln Leu Glu Asn Tyr Cys Gly(配列番号5)、および、
以下の配列を有するB鎖:
Phe Val Asn Gln His Leu Cys Gly Ser His Leu Val Glu Ala Leu Tyr Leu Val Cys Gly Glu Arg Gly Phe Phe Tyr Thr Pro Lys Thr Arg Arg(配列番号6)
からなり、これらは、正しく結合したシスチン架橋を介して互いに連結している。
【0048】
この溶液を濃縮し、吸着性樹脂によって精製した。
【0049】
インスリン2を含む溶出液を、水で希釈し、pHを調節し、その後、さらなるクロマトグラフィーカラムで即座に精製してもよい。
【0050】
実施例2(本発明の方法)
アミノ酸配列プロインスリン配列1(配列番号4)を有する融合タンパク質を、遺伝子操作されたエシェリキア・コリ細胞の培養(EP0489780)によって生産した。
発現されたプロインスリン配列1を含む融合タンパク質は、E.コリ細胞内に蓄積され、封入体を形成した。培養が完了した後、遠心分離で細胞を除去し、一般的な高圧の均質化により破壊した。放出された融合タンパク質の封入体を遠心分離で単離した。
融合タンパク質40kg(アリコートの凍結乾燥によって測定された)を含む融合タンパク質の水性懸濁液を、塩酸システイン水和物5kgと混合した。
【0051】
この懸濁液(インスリンを含む融合タンパク質の比率は、HPLCを用いて測定され、50%であった)を、pH10.2および40℃のプロインスリン配列1を含む8M尿素溶液550Lに溶解させた。この透明な溶液を、pH10.6、および、温度15℃で水9000Lに撹拌した。ここでは、反応時間全体にわたって速度4m3/hで撹拌される混合物上に空気を通気させて、容器のガス空間をガス処理することが行なわれた。容積10000L、直径2000mmであり、円柱形の断面上に2つの隔壁を有する容器中で、3工程の台形の撹拌器(直径1100mmの撹拌素子を有し、電力は2kW)で、内容物にガスが隅々まで混合されるようにフォールディング用溶液9500lを循環させた。反応混合物の表面に対する容積の比率は、1:3.14であった。酸素含量は、撹拌およびガス処理により8mg/lに維持した。
【0052】
4時間たってフォールディング反応が完了した後、反応混合物中で、正しく結合したシスチン架橋を有するプロインスリン配列Iの含量10.0kgは、分析HPLCを用いて、50%変換に相当することが測定された。
【0053】
この溶液9500lを、1NのHClでpH5.0に調節し、分離した。次に、この溶液を、1N水酸化ナトリウム溶液を加えてpH9に調節した。この溶液に、トリプシン10gを導入した。HPLCで測定したところ4.5kgのインスリン2が生産された。
【0054】
この溶液を濃縮し、吸着性樹脂によって精製した。
【0055】
インスリン2を含む溶出液を、水で希釈し、pHを調節し、その後、さらなるクロマトグラフィーカラムで即座に精製してもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリンまたはインスリン誘導体の前駆体から、正しく結合したシステイン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体を製造する方法であって、
上記前駆体を、システインまたは塩酸システインとカオトロピック補助剤の存在下にフォールディングプロセスに付し、続いてトリプシンまたはトリプシン様酵素(必要に応じてさらにカルボキシペプチダーゼB)を用いた酵素による切断、続いて吸着性樹脂での精製により、正しく結合したシステイン架橋を有するインスリンまたはインスリン誘導体を得るもので、この方法は上記フォールディングプロセスを、
(a)インスリンまたはインスリン誘導体の前駆体の水性懸濁液に、該前駆体のシステイン残基1個あたりシステインまたは塩酸システインのSHラジカルが1〜15個となる量のシステインまたは塩酸システインを加える工程、
(b)上記前駆体のシステインまたは塩酸システインを含む懸濁液を、4〜9モル濃度のカオトロピック補助剤を含む溶液に、約8〜約11.5のpHおよび約15〜約55℃の温度で導入し、得られた混合物をこの温度で約10〜60分間維持する工程、並びに、
(c)混合物を、約8〜約11.5のpHおよび約5〜約30℃の温度で、該混合物中のシステインまたは塩酸システインの濃度が約1〜5mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.2〜1.0Mに希釈される量の水に導入する工程、
を引き続いて行うことによって実施することを含み、ここで、工程(c)における混合物は、容器中で、懸濁液中の酸素濃度が1〜15mg/lになるようにガス処理される、上記方法。
【請求項2】
工程(c)における混合物の表面に対する容積の比率は、1より大きい、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
混合物の表面に対する容積の比率は、2より大きい、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
混合物中の酸素濃度は、2〜10mg/lである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
工程(a)において、システインまたは塩酸システインの量は、前駆体のシステイン残基1個あたり該システインまたは塩酸システインのSHラジカルが1〜6個となる量に相当しており、
工程(b)において、前駆体のシステインまたは塩酸システインを含む懸濁液は、4〜9モル濃度のカオトロピック補助剤を含む溶液に、pH8〜11および温度30〜45℃で導入され、得られた混合物は、この温度で20〜40分間維持し、そして、
工程(c)において、混合物は、pH8〜11および温度15〜20℃で、該混合物中のシステインまたは塩酸システインの濃度が約1〜5mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.2〜1.0Mに希釈される量の水に導入される、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
カオトロピック補助剤は、グアニジン、塩酸グアニジン、または、尿素である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
工程(b)におけるカオトロピック補助剤の濃度は、7.0〜9Mである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
工程(b)における温度は、40℃である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
工程(b)におけるpHは、10〜11である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
工程(c)におけるpHは、10〜11である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
工程(c)において、水の量は、混合物中のシステインまたは塩酸システイン濃度が、2.5〜3.0mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.5Mに希釈される量である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
工程(b)におけるカオトロピック補助剤の濃度は約8Mであり、工程(b)における温度は、約40℃であり、工程(b)におけるpHは、約10.2であり、工程(c)におけるpHは、約10.6であり、そして、工程(c)における水の量は、混合物中のシステインまたは塩酸システインの濃度が約2.5〜3.0mMに希釈され、かつ、カオトロピック補助剤の濃度が0.5Mに希釈される量である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
インスリンまたはインスリン誘導体の前駆体は、一般式II;
2−R1−(B2〜B29)−Y−X−Gly−(A2〜A20)−R3 (II)
[式中、
2は、
a)水素、
b)リシン(Lys)、および、アルギニン(Arg)からなる群より選択されるアミノ酸残基、または、
c)2〜45個のアミノ酸残基を有するペプチド(該ペプチドのカルボキシル末端にアミノ酸残基リシン(Lys)またはアルギニン(Arg)を含む)
であり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)、または、共有結合であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリン、動物インスリン、または、インスリン誘導体B鎖のB2〜B29の位置におけるアミノ酸残基(該位置の1またはそれ以上において改変されたものであってよい)であり、
Yは、遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基であり、
Xは、
a)ヒスチジン(His)、リシン(Lys)、および、アルギニン(Arg)からなる群より選択されるアミノ酸残基、または、
b)2〜35個のアミノ酸残基を有するペプチド(該ペプチドのN末端とカルボキシル末端に、アミノ酸残基リシン(Lys)若しくはアルギニン(Arg)を含む)、または、
c)1〜5個のヒスチジン残基を含む、2〜35個の遺伝子的にコード可能なアミノ酸を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリン、動物インスリン、または、インスリン誘導体A鎖のA2〜A20の位置におけるアミノ酸残基(該位置の1またはそれ以上において改変されたものであってよい)であり、そして、
3は、遺伝子的にコード可能なアミノ酸残基である]
の配列を有する、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
式IIにおいて、
2は、
a)水素、または、
b)2〜25個のアミノ酸残基を有するペプチド(該ペプチドのカルボキシル末端にアミノ酸残基アルギニン(Arg)を含む)であり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリンB鎖のB2〜B29位におけるアミノ酸残基であり、
Yは、アラニン(Ala)、スレオニン(Thr)、および、セリン(Ser)からなる群より選択されるアミノ酸残基であり、
Xは、アミノ酸残基アルギニン(Arg)であるか、または、ヒトインスリンC鎖のアミノ酸配列を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリンA鎖のA2〜A20位におけるアミノ酸残基であり、そして、
3は、アスパラギン(Asn)、セリン(Ser)、および、グリシン(Gly)からなる群より選択されるアミノ酸残基である、
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
式IIにおいて、
2は、
a)水素、または、
b)カルボキシル末端にアルギニン残基(Arg)を含む2〜15個のアミノ酸残基を有するペプチドであり、
1は、フェニルアラニン残基(Phe)であり、
(B2〜B29)は、ヒトインスリンB鎖のB2〜B29位におけるアミノ酸残基であり、
Yは、スレオニン残基(Thr)であり、
Xは、アミノ酸残基アルギニン(Arg)であるか、または、始点および終点に、2つの塩基性アミノ酸残基、特にアルギニン(Arg)および/またはリシン(Lys)を含む2〜35個のアミノ酸残基を有するペプチドであり、
(A2〜A20)は、ヒトインスリンA鎖のA2〜A20位におけるアミノ酸残基であり、そして、
3は、アミノ酸残基アスパラギン(Asn)、または、グリシン(Gly)である、請求項13に記載の方法。

【公表番号】特表2008−502594(P2008−502594A)
【公表日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−505426(P2007−505426)
【出願日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【国際出願番号】PCT/EP2005/002843
【国際公開番号】WO2005/097827
【国際公開日】平成17年10月20日(2005.10.20)
【出願人】(397056695)サノフィ−アベンティス・ドイチュラント・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (456)
【Fターム(参考)】