説明

改善された発現特性を示す改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子、及びそれを使用したペルオキシダーゼの生産方法

【課題】安定な品質のペルオキシダーゼを効率的に組換え生産することができる改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子、及びそれを使用したペルオキシダーゼの生産方法を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列または前記配列に対して90%以上相同な塩基配列であって、ペルオキシダーゼ酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるDNA、前記DNAを含む組換え発現ベクター及び形質転換体、並びに前記形質転換体を使用したペルオキシダーゼの生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の宿主での発現のために遺伝子のコドンユーセージを最適化することにより改善された発現特性を示す改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子に関する。また、本発明は、かかる酵素遺伝子を使用して、安定な品質のペルオキシダーゼを効率的に組換え生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペルオキシダーゼは、従来、分析、臨床検査、免疫化学、組織化学、細胞化学などの分野で広く用いられているが、近年、食品分野、廃水処理、環境浄化における有用性から、その需要はますます高まってきている。
【0003】
ペルオキシダーゼは広く植物界に存在しているが、特にワサビ大根(Armoracia rusticana)に多く含まれるため、主としてワサビ大根から抽出されてきた。しかしながら、ペルオキシダーゼを植物から抽出する場合、品種、栽培条件などの様々な要因によってペルオキシダーゼ含量やアイソザイム組成比に著しい変動があるため、安定した品質のペルオキシダーゼを得ることが極めて困難であった。さらに、栽培適地の制限と収穫期に依存して生産地及び生産時期が限定される問題もあった。
【0004】
このような問題を解決し、安定した品質のペルオキシダーゼを効率的に生産するため、遺伝子組換え技術によるペルオキシダーゼの生産が提案されている。例えば、非特許文献1では、西洋ワサビペルオキシダーゼ遺伝子のアイソザイムの一つであるC1aのアミノ酸配列が明らかにされており、さらに特許文献1では、cDNAライブラリーを構築し、シーケンス解析をすることにより、そのDNA配列が明らかにされている。
【0005】
また、特許文献2では、ペルオキシダーゼ遺伝子にpelBシグナルを付加し、さらに発現誘導を加えないことにより、微量の活性型ペルオキシダーゼを大腸菌で発現させることに成功している。しかし、ペルオキシダーゼ遺伝子を高発現させると封入体が形成され、不活性型となることが示されており、酵素タンパク質の品質の点で問題があった。特許文献2では、大腸菌の代わりにSaccharomyces cerevisiaeやPichia pastrisを宿主として使用することも試みられている。この場合は、変異の導入によりある程度生産性は向上するが、ハイパーマンノース構造と呼ばれる過剰な糖鎖結合による分子量の増大及びそれに伴う活性阻害及び比活性の低下や、変異導入による酵素特性の変化が見られ、酵素タンパク質の品質の点でやはり問題があった。このように、従来の方法では、安定な品質のペルオキシダーゼを効率的に組換え生産することは不可能であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭63−207386号公報
【特許文献2】特表2003−503005号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】FEBS letter 72巻19頁、1976
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、安定な品質のペルオキシダーゼを効率的に組換え生産することができる改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子、及びそれを使用したペルオキシダーゼの生産方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、まず、様々な酵素を分泌生産する能力を有する担子菌酵母(クリプトコッカスsp.S−2)を宿主として使用することを想起し、この菌株に、特許文献1に記載されている西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼのアイソザイムC1a遺伝子をクローニングし、組換えペルオキシダーゼの発現を試みた。しかしながら、培養液上清にはペルオキシダーゼ活性は検出されず、野生型のペルオキシダーゼ酵素遺伝子を単にこの菌株に組換え導入しただけでは、ペルオキシダーゼを生産させることができないことがわかった。
【0010】
そこで本発明者らは、野生型遺伝子の改変についてさらに検討したところ、遺伝子のコドンユーセージをこの菌株に合わせて最適化することにより、ペルオキシダーゼが、封入体を形成せずに酵素活性を維持したまま培養液中に高レベルで分泌生産されることを見出した。また、分泌シグナルペプチド配列を最適化することにより、生産性がさらに飛躍的に向上されることを見出した。さらに、得られたペルオキシダーゼの酵素特性が西洋ワサビ由来野生型ペルオキシダーゼと同等であることを見出した。
【0011】
本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものであり、以下の(1)〜(9)から構成されるものである。
(1)以下の(A)または(B)の塩基配列からなることを特徴とするDNA:
(A)配列番号10で示される塩基配列;
(B)配列番号10で示される塩基配列に対して90%以上相同な塩基配列であって、ペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質をコードする塩基配列。
(2)以下の(C)〜(G)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAに続いて、(1)に記載のDNAを結合させて得られることを特徴とする融合DNA:
(C)配列番号11で示されるアミノ酸配列;
(D)配列番号12で示されるアミノ酸配列;
(E)配列番号13で示されるアミノ酸配列;
(F)配列番号14で示されるアミノ酸配列;
(G)配列番号15で示されるアミノ酸配列。
(3)(1)または(2)に記載のDNAを発現ベクターに挿入して得られることを特徴とする組換え発現ベクター。
(4)(3)に記載の組換え発現ベクターを微生物に導入して得られることを特徴とする形質転換体。
(5)組換え発現ベクターを導入した微生物が、担子菌門に分類される微生物であることを特徴とする(4)に記載の形質転換体。
(6)組換え発現ベクターを導入した微生物が、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に分類される微生物であることを特徴とする(5)に記載の形質転換体。
(7)組換え発現ベクターを導入した微生物が、クリプトコッカスsp.S−2(Cryptococcus sp.S−2)(受託番号FERM BP−10961)であることを特徴とする(6)に記載の形質転換体。
(8)(4)〜(7)のいずれかに記載の形質転換体を培養し、得られた培養物からペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質を採取する工程を含むことを特徴とするペルオキシダーゼの生産方法。
(9)(1)または(2)のDNAが発現して得られるペルオキシダーゼ酵素タンパク質であって、糖鎖を含んで52kDa〜65kDaの分子量を有することを特徴とするタンパク質。
【発明の効果】
【0012】
本発明の改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子は、担子菌酵母に代表される特定の宿主での発現のために遺伝子のコドンユーセージが最適化されているため、安定な品質のペルオキシダーゼを高レベルで生産することができる。また、本発明の改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子に分泌シグナルペプチド配列を付加することにより、ペルオキシダーゼの生産効率をさらに飛躍的に増大させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、クリプトコッカスsp.S−2用の発現ベクターpCsUXの模式図である。
【図2】図2は、各ペルオキシダーゼ遺伝子発現コントラクト導入形質転換体のペルオキシダーゼ生産性を示す。
【図3】図3は、組換えペルオキシダーゼの耐熱性試験の結果を示す。
【図4】図4は、組換えペルオキシダーゼのpH安定性試験の結果を示す。
【図5】図5は、組換えペルオキシダーゼの分子量試験の結果を示す。
【図6】図6は、組換えペルオキシダーゼの糖鎖分解試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、特定の宿主での発現のために遺伝子のコドンユーセージを最適化することにより、安定な品質のペルオキシダーゼを高レベルで生産することができる改変型ペルオキシダーゼ酵素遺伝子を提供するものである。即ち、本発明によれば、以下の(A)または(B)の塩基配列からなることを特徴とするDNAが提供される:
(A)配列番号10で示される塩基配列;
(B)配列番号10で示される塩基配列に対して90%以上相同な塩基配列であって、ペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質をコードする塩基配列。
【0015】
(A)の配列番号10で示される塩基配列は、成熟型の西洋ワサビペルオキシダーゼのアイソザイムの一つであるC1aの配列であり、そのコドンユーセージは、野生型と比較してクリプトコッカスsp.S−2での発現に適するように最適化されている。この配列の発現に用いる宿主微生物は、クリプトコッカスsp.S−2と類似のコドンユーセージを有する微生物である限り特に限定されないが、真核生物、好ましくは担子菌、さらに好ましくはクリプトコッカス属の微生物、最も好ましくはクリプトコッカスsp.S−2であることができる。
【0016】
上記のように宿主に最適化された塩基配列からなるDNAを用いることにより、レアコドンの除去や、GC含量の最適化、RNA高次構造の改善がもたらされ、それにより、転写及び翻訳効率の増大、及びペルオキシダーゼ生産性の向上がもたらされる。
【0017】
また、(B)の配列番号10で示される塩基配列に対して90%以上相同な塩基配列であって、ペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質をコードする塩基配列は、(A)の塩基配列との均等の範囲の塩基配列である。これは、酵素タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列の一部に変異が生じたり、またその結果として酵素タンパク質のアミノ酸配列の一部に変異が生じても、機能的には同等の酵素タンパク質であることが多いからである。(B)の塩基配列は、例えばTransformerMutagenesis Kit;Clonetech製、EXOIII/Mung Bean Deletion Kit;Stratagene製、QuickChange Site Directed Mutagenesis Kit;Stratagene製、KOD−Plus−Mutagenesis Kit;東洋紡製などの市販のキットやPCR法を利用して配列番号10に記載の塩基配列を改変することによって得ることができる。得られた遺伝子によってコードされるタンパク質の活性は、後述の実施例に記載の方法によって確認することができる。
【0018】
本発明の好ましい実施態様では、上記の(A)または(B)の塩基配列からなるDNAの上流に、以下の(C)〜(G)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAを結合させた融合DNAが形成される。
(C)配列番号11で示されるアミノ酸配列;
(D)配列番号12で示されるアミノ酸配列:
(E)配列番号13で示されるアミノ酸配列;
(F)配列番号14で示されるアミノ酸配列;
(G)配列番号15で示されるアミノ酸配列。
【0019】
一般的に、分泌タンパク質のN末端には、分泌シグナルペプチドが存在している。この既存の分泌シグナルペプチドを高効率な分泌シグナルペプチドと置換することで、これら分泌タンパク質の発現効率及び発現成功率を上げることができることが報告されている。従って、分泌シグナルペプチドの高効率化は重要な要素である。
【0020】
一方、本発明において用いられる微生物であるクリプトコッカスsp.S−2は、各種難分解性酵素を分泌生産することが確認されており、生でんぷん分解性のα―アミラーゼや酸性キシラナーゼ、生分解性プラスチックを分解するクチナーゼなどの酵素を分泌生産する。
【0021】
しかしながら、これらの分泌タンパク質の有する分泌シグナルペプチドは、従来から分泌タンパク質に見出されており、最も高効率な分泌シグナルペプチドかどうかは不明であった。
【0022】
一方、分泌シグナルペプチドの配列を予測するコンピュータプログラムが提供されている。これらのコンピュータプログラムとしては、例えば、SignalP(http://www.cbs.dtu.dk/services/SignalP/)、PSORT(http://psort.nibb.ac.jp/)等が挙げられる。これらのコンピュータプログラムを用いることで、アミノ酸配列情報から分泌タンパク質に含まれる分泌シグナルペプチドの配列の存在を予測することが可能である。
【0023】
しかしながら、これらコンピュータプログラムにより、各分泌シグナルペプチドの能力を推測することは現在のところ困難である。すなわち、予測された分泌シグナルペプチドが、実際に、分泌タンパク質等のタンパク質の発現に利用可能であるか否か、さらにこれらタンパク質の大量生産に利用できる、より高効率なものであるか否かは予測することができない。さらに、予測される分泌シグナルペプチドの種類によっては、切断部位が数箇所に及ぶ場合もあり、分泌シグナル配列の最適な長さに関しても、予測することは困難である。
【0024】
(C)〜(E)の配列番号11〜13で示されるアミノ酸配列は、いずれもクリプトコッカスsp.S−2が生産する酸性キシラナーゼに由来する分泌シグナルペプチド配列であり、配列番号11は分泌シグナルペプチド配列を開始コドンから37番目のアミノ酸までとした配列(Xs1)であり、配列番号12は分泌シグナルペプチド配列を開始コドンから23番目のアミノ酸までとした配列(Xs2)であり、配列番号13は分泌シグナルペプチド配列を開始コドンから17アミノ酸までとした配列(Xs3)である。
【0025】
(F)の配列番号14で示されるアミノ酸配列は、クリプトコッカスsp.S−2が生産するα―アミラーゼに由来する分泌シグナルペプチド配列(As)である。
【0026】
(G)の配列番号15で示されるアミノ酸配列は、クリプトコッカスsp.S−2が生産するクチナーゼに由来する分泌シグナルペプチド配列(Cs)である。
【0027】
これらの分泌シグナルペプチド配列は、極めて高効率であり、これらを用いることにより、ペルオキシダーゼの生産効率を飛躍的に増大させることができる。
【0028】
本発明の上記DNAのコドンユーセージまたはシグナルペプチド配列部分の改変は、クリプトコッカス sp.S−2による発現に適するように最適化されたものであるが、他のクリプトコッカス属の微生物(Cryptococcus liquefaciens, Cryptococcus flavus, Cryptococcus flavus, Cryptococcus curvatusなど)、さらには他の属の担子菌(Cystofilobasidium capitatum, Filobasidium floriforme, Kurtzmanomyces sp. ,Malassezia furfur, Malassezia sympodialis, Pseudozyma tsukubaensis, Pseudozyma flocculosa, Rhodosporidium toruloides, Rhodosporidium paludigenum, Rhodotorula sp., Rhodotorula graminis, Rhodotorula glutinis, Rhodotorula mucilaginosa, Rhodotorula araucariae, Sporobolomyces singularis, Trichosporon cutaneum, Trichosporon asahii, Trichosporon mucoidesなど)、さらには他の真核生物(Gaeumannomyces graminis, Pleurotus sp., Pleurotus eryngii, Pleurotus sapidus, Trametes pubescens, Trametes sp. C30, Trametes sp. 420, Trametes sp. AH28−2, Trametes villosa, Trametes sp. I−62, Trametes versicolor, Trametes hirsute, Trametes ochraceaなど)にも適用することができる。
【0029】
微生物のコドンユーセージを集計した情報は、Codon Usage Database(http://www.kazusa.or.jp/codon/)から提供されている。これらの情報を用いることで、宿主微生物のコドンユーセージを予測することが可能である。
【0030】
本発明の上記DNAのコドンユーセージは、クリプトコッカスsp.S−2の発現に最適化されたものであるが、そのDNA配列のコドンの3文字目のアミノ酸配列がGもしくはCである比率は92%である。これに比べて、クリプトコッカスsp.S−2で発現が確認されている、αアミラーゼ、クチナーゼ、キシラナーゼのDNA配列のコドンの3文字目のアミノ酸配列がGもしくはCである比率はそれぞれ、81.5%、81.3%、80.0%であり、コドンの3文字目のアミノ酸配列がGもしくはCである比率は非常に高い傾向がある。
【0031】
これらのことから、本発明の上記DNAはクリプトコッカスsp.S−2と類似のコドンユーセージを有する他のクリプトコッカス属の微生物(Cryptococcus liquefaciens, Cryptococcus flavus, Cryptococcus flavus, Cryptococcus curvatusなど)、さらには他の属の担子菌(Cystofilobasidium capitatum, Filobasidium floriforme, Kurtzmanomyces sp. ,Malassezia furfur, Malassezia sympodialis, Pseudozyma tsukubaensis, Pseudozyma flocculosa, Rhodosporidium toruloides, Rhodosporidium paludigenum, Rhodotorula sp., Rhodotorula graminis, Rhodotorula glutinis, Rhodotorula mucilaginosa, Rhodotorula araucariae, Sporobolomyces singularis, Trichosporon cutaneum, Trichosporon asahii, Trichosporon mucoidesなど)、さらには他の真核生物(Gaeumannomyces graminis, Pleurotus sp., Pleurotus eryngii, Pleurotus sapidus, Trametes pubescens, Trametes sp. C30, Trametes sp. 420, Trametes sp. AH28−2, Trametes villosa, Trametes sp. I−62, Trametes versicolor, Trametes hirsute, Trametes ochraceaなど)においても適用することができると予測される。
【0032】
本発明によれば、上記のDNAを発現ベクターに挿入して得られることを特徴とする組換え発現ベクター、及びこの組換え発現ベクターを微生物に導入して得られることを特徴とする形質転換体も提供される。
【0033】
上記のDNAを挿入する発現ベクターとしては、特に限定するものではないが、従来公知のベクター、例えば大腸菌のベクターが挙げられる。大腸菌のベクターとしては、具体的にはpBR322、pUC19、pGEM−T、pCR−Blunt、pTA2、pETなどが挙げられる。好ましくは、ベクターDNAは、栄養要求性マーカー、薬剤耐性マーカー、発現プロモーターDNA配列、発現ターミネーターDNA配列を含み、より好ましくは、クリプトコッカスsp.S−2由来のorotate phosphoribosyl transferase遺伝子、キシラナーゼプロモーター、キシラナーゼターミネーターを含む。
【0034】
上記のDNAを組み込む宿主微生物としては、特に限定するものではないが、担子菌門に分類される微生物を挙げることができる。例えば、Bannoa属, Bensingtonia属, Bullera属, Bulleromuces属, Cryptococcus属, Curvibasidium属, Cystofilobasidium属, Dioszegia属, Erythrobasidium属, Fellomyces属, Fibulobasidium属, Filobasidium属, Filobasidiella属, Guehomyces属, Kockovaella属, Kondoa属, Kurtzmanomyces属, Leucosporidium属, Malassezia属, Mastigobasidium属, Mrakia属, Occultifur属, Pseudozyma属, Rhodosporidium属, Rhodotorula属, Sakaguchia属, Sirobasidium属, Spororidiobolus属, Sporobolomyces属, Sterigmatomyces属, Sterigmatosporidium属, Sympodimycopsis属, Tausonia属, Tilletiopsis属, Trichosporiella属, Trichosporon属, Tsuchiyaea属, Udeniomyces属, Xanthophyllomuces属などに属するものが適しており、さらに好ましくはクリプトコッカス属の微生物が適する。最も適するのはクリプトコッカスsp.S−2(Cryptococcus sp.S−2)(受託番号FERM BP−10961:日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6の独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに1995年9月5日にFERM P−15155として国内寄託し、2008年4月25日に国際寄託に移管済)である。
【0035】
本発明に用いる発現ベクターと宿主微生物の組み合わせとしては、特に限定するものではないが、遺伝子を組み込む宿主由来の栄養要求性マーカー遺伝子または薬剤耐性マーカー遺伝子と、遺伝子を組み込む宿主由来の発現プロモーターDNA配列と、遺伝子を組み込む宿主由来のターミネーターDNA配列とを含む発現ベクターと、栄養要求性変異宿主または薬剤感受性宿主との組み合わせが挙げられ、最も好ましくは、クリプトコッカスsp.S−2由来のorotate phosphoribosyl transferase遺伝子と、キシラナーゼプロモーターDNA配列と、キシラナーゼターミネーターDNA配列とを含む発現ベクターと、クリプトコッカスsp.S−2との組み合わせが挙げられる。
【0036】
上記のように宿主に最適化された塩基配列からなるDNAを、宿主微生物由来の高発現ベクターに導入し、宿主微生物に形質転換することにより、転写及び翻訳効率の増大が期待され、ペルオキシダーゼ生産性の向上が期待される。
【0037】
宿主微生物の細胞に組換え発現ベクターを移入する方法としては、特に限定するものではないが、エレクトロポレーションなどの方法が挙げられる。
【0038】
本発明によれば、上記の形質転換体を培養し、得られた培養物よりペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質を採取する工程を含むことを特徴とするペルオキシダーゼの生産方法も提供される。
【0039】
形質転換体の培養形態は、宿主の栄養生理的性質を考慮して適宜選択すればよく、通常多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気攪拌培養を行うのが有利である。なお、培養に先立って、高ペルオキシダーゼ生産細胞株を予め選抜しておくことが有利である。
【0040】
培養に用いる窒素源は、特定のアミノ酸成分に欠失があるなど特殊なN源を除いて、宿主微生物が利用可能な窒素化合物であればどんなものでも良い。これらは主として有機窒素源であり、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ分解物などが使用される。特に、酵母エキスや大豆蛋白質が好ましいが、これに限定されるものではなく、カゼインポリペプトン、発酵麹エキス、麦芽抽出物などを用いることによっても、形質転換体を培養することができる。
【0041】
その他の栄養源としては、微生物の培養に通常用いられるものが広く使用される。炭素源としては、資化可能な炭素化合物であればよく、例えば、グルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、キシロース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0042】
培養温度は、菌が発育してペルオキシダーゼを生産する範囲で適宜変更しうるが、クリプトコッカスsp.S−2の場合、通常は20〜25℃程度である。培養時間は、条件によって多少異なるが、ペルオキシダーゼが最高収量に達する時期を見計らって適当な時期に培養を終了すればよく、通常は60〜120時間程度である。培地pHは、菌が発育しペルオキシダーゼを生産する範囲で適宜変更しうるが、通常はpH3.0〜9.0程度である。
【0043】
本発明のペルオキシダーゼは、上記形質転換体を培養して得られる菌体を含む培養液をそのまま採取し利用することもできるが、一般には、常法に従って、予め、濾過、遠心分離などにより、ペルオキシダーゼ含有溶液と菌体とを分離した後に利用することもできる。
【0044】
あるいは、このようにして得られたペルオキシダーゼ含有溶液からペルオキシダーゼを精製して利用してもよい。精製方法としては、例えば、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、親水性有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈殿、加温処理や等電点処理、吸着剤或いはゲル濾過剤などによるゲル濾過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー等の処理を挙げることができる。
【0045】
本発明の方法により得られるペルオキシダーゼは、以下の(i)〜(iv)の性質を備えるものであり、従来のものより高品質のペルオキシダーゼである。
(i)作用:メディエーター、過酸化水素存在下でペルオキシダーゼ酵素活性を示す。
(ii)分子量:糖鎖を含んで約55kDa(52kDa〜65kDa)である。
(iii)安定pH範囲:pH4.5〜11.0である。
(iv)熱安定性:55℃10分間の熱処理後に90%以上の残存活性を有する。
【0046】
上記のような酵素化学的特徴を有するペルオキシダーゼは、分析、臨床検査、免疫化学、組織化学、細胞化学等の用途に、更に食品分野、廃水処理、環境浄化等の用途に好適に使用することができる。
【0047】
さらに、植物からのペルオキシダーゼ抽出法において問題となる、ペルオキシダーゼ含量やアイソザイム組成比の著しい変動、及び生産地や生産時期の限定の問題を解決することができ、安定な品質のペルオキシダーゼを効率的に得ることが可能となる。
【0048】
上記の各種の酵素化学的性質は、酵素の諸性質を特定するための公知の手法、例えば、以下の実施例に記載の方法を用いて調べることができる。酵素の諸性質は、本発明のペルオキシダーゼを生産する形質転換体の培養液や、精製工程の途中段階において、ある程度調べることもでき、より詳細には、精製酵素を用いて調べることができる。
【0049】
精製酵素とは、当該酵素以外の成分、特に当該酵素以外のタンパク質(夾雑タンパク質)を実質的に含まない状態に分離された酵素を指す。具体的には、例えば、夾雑タンパク質の含有量が重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満の酵素を指す。
【0050】
本発明において、ペルオキシダーゼの活性測定は以下の条件で行う。
【0051】
[ペルオキシダーゼ活性測定法]
試験管に1.5mlの1mM ABTS/100mM酢酸ナトリウムバッファー(pH4.5)と1.5mlの5.8mM H水溶液の混合溶液を調製し、25℃で約5分間予備加温する。この反応液に(50mMリン酸緩衝液(pH6.0)/0.1%Triton−X100)で適宜希釈したペルオキシダーゼ酵素溶液0.1mlを添加し緩やかに混和後、水を対象に25℃に制御された分光光度計で、405nmの吸光度変化を5分記録し、直線部分から1分間あたりの吸光度変化(ΔODtest)を測定する。盲検はPOD溶液の代わりにペルオキシダーゼを溶解、希釈する溶液を試薬混液に加えて、同様に1分間あたりの吸光度変化(ΔODblank)を測定する。これらの値から以下の式に従ってペルオキシダーゼ活性を求める。ここで、ペルオキシダーゼ活性における1単位(U)は、pH4.5、25℃条件下で1分間に1マイクロモルのABTSを酸化する酵素量として定義している。

U/ml=(ΔODtest−ΔODblank)×希釈倍率×3.1/(34.7×0.1×1.0)

なお、式中の3.1は反応試薬+酵素溶液の液量(ml)、34.7は本活性測定条件におけるミリモル吸光係数(cm/マイクロモル)、0.1は酵素溶液の液量(ml)、1.0はセルの光路長(cm)を示す。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
1.ペルオキシダーゼ遺伝子の発現
ペルオキシダーゼ遺伝子のコドンユーセージの最適化は、クリプトコッカスsp−S−2.の既知の遺伝子であるαアミラーゼ遺伝子、クチナーゼ遺伝子、キシラナーゼ遺伝子のコドンユーセージを参考に行った。最適化された遺伝子配列を配列番号1に示す。
【0054】
次に、配列番号2のHRP(opt)F(sp)及び配列番号3のHRP(opt)R(−ctpp)をプライマーとして用いて、配列番号1のペルオキシダーゼ遺伝子全長から、液胞滞留シグナルペプチドと予測される部位を欠失した配列をPCRにより増幅し、増幅された配列(HRP(opt)―CTP)をMluI処理した。なお、ここで増幅された配列は、配列番号10の配列の5´側に、配列番号21に示す分泌シグナル配列が付与されたものに相当する。
【0055】
一方、Xylプロモーター、Xylターミネーター、及びURA5遺伝子を含むpCsUXプラスミド(5.9kbp)をMluI処理し、Xylプロモーターの直ぐ下流を一箇所切断したのち、脱リン酸化処理した。処理後のプラスミドにHRP(opt)−CTPのペルオキシダーゼ遺伝子断片を連結し、組換えプラスミド(pCsUXHRP(opt)−CTP)を構築した。
【0056】
さらに対照として、配列番号18のHRP(wt)F(sp)及び配列番号19のHRP(wt)R(−ctpp)をプライマーとして用いて、配列番号17の西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼC1a遺伝子全長から、液胞滞留シグナルペプチドと予測される部位を欠失した配列をPCRにより増幅し、増幅された配列(HRP(wt)―CTP)をpCsUXプラスミドに導入し、組換えプラスミド(pCsUXHRP(wt)−CTP)を構築した。
【0057】
なお、図1に示すpCsUXプラスミドはクリプトコッカスsp.S−2に由来する酸性キシラナーゼプロモーター(Xyl−pro)、酸性キシラナーゼターミネーター(Xyl−ter)、及びorotate phosphoribosyl transferase遺伝子(URA5)を市販のpUC19ベクターに常法により連結して組換え体DNAを作製し、この組換え体DNAを用いてE.coli DH5αを常法に従い形質転換することで取得することができる。形質転換体はアンピシリン耐性により選択できる。
【0058】
次に、KOD−plus Mutagenesis kit(東洋紡績社製)を用いて、InversePCRを行い、分泌シグナル配列を置換した。具体的には、組換えプラスミドpCsUXHRP(opt)−CTPにおいて、配列番号4のHRP(opt)F(−sp)及び配列番号5のXylanase(ss)−Xyl−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号11に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列1」に置換したもの(pCsUXXsHRP(opt)−CTP);組換えプラスミドpCsUXHRP(opt)−CTPにおいて、配列番号4のHRP(opt)F(−sp)及び配列番号6のXylanase2(ss)−Xyl2−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号12に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列2」に置換したもの(pCsUX2Xs2HRP(opt)−CTP);組換えプラスミドpCsUXHRP(opt)−CTPにおいて、配列番号4のHRP(opt)F(−sp)及び配列番号7のXylanase2(ss)−Xyl3−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号13に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列3」に置換したもの(pCsUX2Xs3HRP(opt)−CTP);組換えプラスミドpCsUXHRP(opt)−CTPにおいて、配列番号4のHRP(opt)F(−sp)及び配列番号8のAmylase(ss)−Xyl2−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号14に示す「Amylase分泌シグナルペプチド配列」に置換したもの(pCsUX2AsHRP(opt)−CTP);及び組換えプラスミドpCsUXHRP(opt)−CTPにおいて、配列番号4のHRP(opt)F(−sp)及び配列番号9のCutinase(ss)−Xyl2−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号15に示す「Cutinase分泌シグナルペプチド配列」に置換したもの(pCsUX2CsHRP(opt)−CTP)を作製した。
【0059】
さらに、対照として、組換えプラスミドpCsUXHRP(wt)−CTPにおいて、配列番号20のHRP(wt)F(−sp)及び配列番号5のXylanase(ss)−Xyl−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号11に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列1」に置換したもの(pCsUXXsHRP(wt)−CTP);組換えプラスミドpCsUXHRP(wt)−CTPにおいて、配列番号20のHRP(wt)F(−sp)及び配列番号6のXylanase2(ss)−Xyl2−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号12に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列2」に置換したもの(pCsUX2Xs2HRP(wt)−CTP);及び組換えプラスミドpCsUXHRP(wt)−CTPにおいて、配列番号20のHRP(wt)F(−sp)及び配列番号7のXylanase2(ss)−Xyl3−pro−compをプライマーとして用いて、分泌シグナルペプチド配列を、配列番号13に示す「Xylanase分泌シグナルペプチド配列3」に置換したもの(pCsUX2Xs3HRP(wt)−CTP)を作製した。
【0060】
2.クリプトコッカスsp.S−2への形質転換
組換え宿主にはクリプトコッカスsp.S−2. U−5株を使用した。本菌株は、形質転換体の選択のために、クリプトコッカスsp.S−2を自然変異によりウラシル要求性にしたものであり、pCsUX2プラスミドと共に独立行政法人酒類総合研究所において取得されたものである。なお、クリプトコッカスsp.S−2からのウラシル要求性株の取得は、クリプトコッカスsp.S−2にUVを照射し、5−フルオロオロト酸を含む培地で培養し、生き残った株を選抜することにより容易に行うことができる。
【0061】
形質転換は、Infect Immun. 1992 Mar;60(3):1101−8.(Varmaら)に記載の方法で実施した。クリプトコッカスsp.S−2. U−5株を20mlYM培地(酵母エキス0.3%、麦芽エキス0.3%、ポリペプトン0.5%、グルコース1.0%)で25℃、48時間培養し、得られた培養液の吸光度(OD660nm)を測定したところ、2.96Absであった。次に、この培養液6.75mlを200ml液体培地(酵母エキス0.3%、麦芽エキス0.3%、ポリペプトン0.5%、グルコース1.0%)に植菌し、25℃、18時間培養し得られた培養液の吸光度(OD660nm)を測定したところ、0.94Absであった。次に、この培養液を遠心分離して菌体を回収し、Wash buffuer(270mMシュークロース、1mM塩化マグネシウム、4mM DTT、10mM Tris−HCl pH7.6)で菌体を2回洗浄し、Electroporation buffer(270mMシュークロース、1mM塩化マグネシウム、10mM Tris−HCl pH7.6)に吸光度OD660=50Absとなるように懸濁した。得られた懸濁液100μlに、予めSbfIによって制限酵素処理し、直鎖化したプラスミド10μg(〜5μl)を添加し、エレクトロポレーション用のキュベットに移した後、Gene Pulser Xcell (BIO−RAD社)を用いて通電した。通電条件は、C=25μF; V=0.47kVで行った。通電後の液中に600μl Electroporation buffer(270mMシュークロース、1mM塩化マグネシウム、10mM Tris−HCl pH7.6)を加え、選択プレート上に塗り広げた。選択プレートはYNB−ura寒天培地(0.67%Yeast Nitrogen Base W/O amino acid、0.078% −ura DO supplement、2%グルコース、1%寒天粉末)を用いた。植菌したプレートを25℃で1週間静置培養し、生育コロニーを選抜した。
【0062】
形質転換で得られた形質転換体については、配列番号3のHRP(opt)R(−ctpp)及び配列番号4のHRP(opt)F(−sp)、または配列番号19のHRP(wt)R(−ctpp)及び配列番号20のHRP(wt)F(−sp)をプライマーとして用いてKOD−Fx(東洋紡績社製)によるコロニーPCRを行うことにより遺伝子の導入を確認し、遺伝子が導入された菌株に関して、3.で培養を行った。
【0063】
3.ペルオキシダーゼ活性の確認
取得した形質転換体を、3ml液体培地(0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス、0.5%ペプトン、1.0%グルコース)で25℃、230rpm、48時間培養し、前培養液とした。前培養液0.03mlを3ml液体培地(酵母エキス2%、キシロース5%)に植え継ぎ、25℃、230rpm、72時間培養し、ペルオキシダーゼ活性を確認した。
【0064】
数個の菌株に関して培養液上清中のペルオキシダーゼ活性を測定した結果を、図2に示す。図2には、得られた数個の形質転換体のうち、最も生産性の高かった菌株のペルオキシダーゼ活性測定値を示している。
【0065】
図2に示すとおり、コドンユーセージを最適化した遺伝子を導入した菌株(図2のUXHRP(opt)−CTP)では、約2190U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出された。さらに、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列1に変更したもの(図2のUXXsHRP(opt)−CTP)では、最大約22500U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出され、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列2に変更したもの(図2のUX2Xs2HRP(opt)−CTP)では、最大約39500U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出され、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列3に変更したもの(図2のUX2Xs3HRP(opt)−CTP)では、最大約59700U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出され、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のAmylase分泌シグナルペプチド配列に変更したもの(図2のUX2AsHRP(opt)−CTP)では、最大約19100U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出され、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のCutinase分泌シグナルペプチド配列に変更したもの(図2のUX2CsHRP(opt)−CTP)では、最大約22000U/Lのペルオキシダーゼ活性が検出された。
【0066】
これに対し、導入遺伝子のコドンユーセージを最適化せず、分泌シグナルペプチド配列の改変も行わなかった菌株(図2のUXHRP(wt)−CTP)では、ペルオキシダーゼ活性が検出限界未満であり、分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列1に変更したもの(図2のUXXsHRP(wt)−CTP)、及び分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列2に変更したもの(図2のUX2Xs2HRP(wt)−CTP)、及び分泌シグナルペプチド配列をクリプトコッカスsp.S−2のXylanase分泌シグナルペプチド配列3に変更したもの(図2のUX2Xs3HRP(wt)−CTP)についても、ペルオキシダーゼ活性は検出限界以下であった。
【0067】
4.担子菌酵母組換えペルオキシダーゼの取得
UXXsHRP(opt)−CTP株形質転換体を10L容ジャーファーメンターを用いて、培地(5%酵母エキス、2%ポリペプトン、5%キシロース、0.1mMヘミン)で25℃、68時間培養した。培養菌体をろ過した後、培養上清を採取し、以下の実験で粗酵素溶液として用いた。
【0068】
5.酵素の精製
上記の粗酵素溶液から、以下のステップ(1)〜(4)により、組換えペルオキシダーゼを単離精製した。
【0069】
(1)濃縮・脱塩
粗酵素溶液を分画分子量100000の限界濾過膜を透過させ、さらに、分画分子量30000の限界濾過膜で濃縮し、10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)に置換して、粗酵素濃縮液を得た。
【0070】
(2)SPセファロース(GEヘルスケア社製)による精製
10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)で予め平衡化させたSP−sepharose FastFlowカラムに粗酵素濃縮液を通液して、酵素を吸着させた。カラムを同緩衝液で洗浄したのち、同緩衝液から100mMの塩化ナトリウムを含む10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)へのグラジエント溶出法で酵素を溶出させて、活性画分を回収した。
【0071】
(3)Octyl−sepharose FastFlow(GEヘルスケア社製)による精製
活性画分を、60%硫酸アンモニウム飽和(pH4.5)になるように調整後、遠心分離し、上清を得た。60%飽和硫酸アンモニウムを含む10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)で予め平衡化させたOctyl−sepharose FastFlowカラムにこの上清を通液して、酵素を吸着させた。カラムを同緩衝液で洗浄したのち、同緩衝液から10mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)へのグラジエント溶出法で酵素を溶出させて、活性画分を回収した。
【0072】
(4)濃縮・脱塩
活性画分を分画分子量10000の限界濾過膜で濃縮し、イオン交換水に置換した。粗酵素液から得られた精製酵素の比活性は、約3450U/mgであり、酵素の精製倍率は、粗精製酵素の約460倍であった。
【0073】
6.ペルオキシダーゼの特性評価
上記5.で単離した精製酵素の特性を評価した。また、対照として、西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼの精製酵素(東洋紡績社製PEO302)についても同様に特性を評価した。
【0074】
(1)熱安定性
各精製酵素を、50mMクエン酸緩衝液(pH5.5)で20U/ml濃度に調製し、37℃〜65℃の温度で10分間処理し、残存活性を算出した。その結果、西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼの精製酵素は60℃まで90%以上の活性を維持しているのに対して、担子菌組換えペルオキシダーゼ精製酵素は55℃まで90%以上の活性を維持していた。結果を図3に示す。
【0075】
(2)pH安定性
各精製酵素を、100mM酢酸緩衝液(pH3.5〜5.5)、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH5.5〜7.5)、100mMTris−HCl緩衝液(pH7.0〜9.0)、または100mMグリシン−NaOH緩衝液(pH8.5〜11.0)、で140U/ml濃度に調製し、25℃で20分間処理し、残存活性を算出した。その結果、西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼの精製酵素はpH3.5〜11.0の範囲で90%以上の活性を維持しているのに対して、担子菌組換えペルオキシダーゼ精製酵素はpH4.5〜11.0の範囲で90%以上の活性を維持していた。結果を図4に示す。
【0076】
(3)分子量
Nu−PAGE 4−12% Bis−Tris Gel(Invitrogen社製)を用いたSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により、各精製酵素の分子量を求めた。また、脱糖鎖酵素(Roche社製、endoglycosidase H)を用いて本発明のペルオキシダーゼを脱糖鎖処理し、同様に電気泳動により、糖鎖除去後の分子量を求めた。結果を図5及び図6に示す。泳動サンプルは以下の通りである。
レーン1:分子量マーカー(Invitrogen社製、Mark12)
レーン2:クリプトコッカスsp.S−2組換えペルオキシダーゼ精製酵素
レーン3:西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼ精製酵素(東洋紡績社製)
レーン4:クリプトコッカスsp.S−2組換えペルオキシダーゼ精製酵素
レーン5:脱糖鎖処理後のクリプトコッカスsp.S−2組換えペルオキシダーゼ精製酵素
レーン6:分子量マーカー(Invitrogen社製、Mark12)
【0077】
図5からわかるように、本発明のペルオキシダーゼの分子量は約55KDa(52kDa〜65kDa)であった。また、図6からわかるように、脱糖鎖酵素(Roche社製、endoglycosidase H)を用いて糖鎖を除去した後の分子量は約37kDaであった。これらの結果から、本発明のペルオキシダーゼの糖鎖は約18kDaであることが予測され、タンパク質あたりの糖含量は33%程度であると推定される。
【0078】
以上の結果から、本実施例により得られた担子菌組換えペルオキシダーゼは、西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼとほぼ同等の特性を有していることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明によれば、西洋ワサビ由来の野生型ペルオキシダーゼと同等の特性及び安定な品質を有するペルオキシダーゼを微生物により効率的に組換え生産することができる。従って、本発明は、分析、臨床検査、免疫化学、組織化学、細胞化学、食品分野、廃水処理、環境浄化などに用いられるペルオキシダーゼを生産するために極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)または(B)の塩基配列からなることを特徴とするDNA:
(A)配列番号10で示される塩基配列;
(B)配列番号10で示される塩基配列に対して90%以上相同な塩基配列であって、ペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項2】
以下の(C)〜(G)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAに続いて、請求項1に記載のDNAを結合させて得られることを特徴とする融合DNA:
(C)配列番号11で示されるアミノ酸配列;
(D)配列番号12で示されるアミノ酸配列;
(E)配列番号13で示されるアミノ酸配列;
(F)配列番号14で示されるアミノ酸配列;
(G)配列番号15で示されるアミノ酸配列。
【請求項3】
請求項1または2に記載のDNAを発現ベクターに挿入して得られることを特徴とする組換え発現ベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の組換え発現ベクターを微生物に導入して得られることを特徴とする形質転換体。
【請求項5】
組換え発現ベクターを導入した微生物が、担子菌門に分類される微生物であることを特徴とする請求項4に記載の形質転換体。
【請求項6】
組換え発現ベクターを導入した微生物が、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に分類される微生物であることを特徴とする請求項5に記載の形質転換体。
【請求項7】
組換え発現ベクターを導入した微生物が、クリプトコッカスsp.S−2(Cryptococcus sp.S−2)(受託番号FERM BP−10961)であることを特徴とする請求項6に記載の形質転換体。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれか一項に記載の形質転換体を培養し、得られた培養物からペルオキシダーゼ酵素活性を持つタンパク質を採取する工程を含むことを特徴とするペルオキシダーゼの生産方法。
【請求項9】
請求項1または2のDNAが発現して得られるペルオキシダーゼ酵素タンパク質であって、糖鎖を含んで52kDa〜65kDaの分子量を有することを特徴とするタンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−46610(P2013−46610A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−164877(P2012−164877)
【出願日】平成24年7月25日(2012.7.25)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】