説明

改善した質量分析法

マトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析イメージング(MALDI−MSI)装置および方法は、レーザ(100)と、レーザ光をMADLIイオン源(104)に伝達するマルチモード光ファイバ(101)とを具える。光ファイバ(101)の長さに沿った領域に振動連結部(109)が設けられており、光ファイバ(101)に振動運動を与えて試料(104)の照射強度の最大点を移動させ、効果的に照射表面域を増加させる。本装置および方法は、画像感度を増加させて、対応するデータ収集時間を減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析に関し、具体的には、排他的ではないが、マルチモード光ファイバの供給によって対象にレーザ光を与えるマトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析(MALDI−MS)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザ脱離/イオン化(MALDI)は、質量分析(MS)に対して適応性が高いソフトイオン化法である。1980年代後半に開発され、MALDI−MSはプロテオミクスにおける多くの用途に見出されると同時に、薄い生物の組織部の表面から直接的に蛋白質の分析および画像化できるようになり、その万能性は近年拡大してきた。
【0003】
画像を得る質量分析の利用は、二次イオンイメージング質量分析(SIMS)の開発で始まった。イメージングSIMSでは、試料の表面に、表面からニュートラルと荷電種の排出(またはスパッタ)を誘発する高エネルギイオンが衝突する。排出された種は、原子、原子および分子片のクラスタを含んでもよい。従来のSIMSでは、質量分析されるのは正イオンのみである。この技術はプローブとして原子イオンのビーム(すなわち、荷電粒子)を用いるため、入射ビームを集束させて、次いで表面にわたって走査することは比較的簡単なことである。ラスタ地点において選択された質量の検出反応が、画像の画素となる。イオンビームを用いることにより、サブミクロンの空間解像度が生じる。
【0004】
イメージングSIMSは、細胞レベルおよび細胞レベル下における薬物の監視を含む様々な医薬の用途に用いられてきた。今では、SIMSを生物試料における低質量(<500u)の有機化合物および代謝産物に利用するまで発展した。しかしながら、この技術によって分析できる質量の範囲は大幅に制限されている。
【0005】
MALDI−MSイメージングにおける最初のステップは、マトリックスの薄層を試料に適用するステップを含む。試料の化学構造は、静止したレーザの下に試料を移動させ、各点から質量スペクトルを得ることによって画像化される。絶対イオン存在量に対するxとyの空間次元をプロットすることによって3次元画像を得ることができ、これは被分析物濃度に比例するとみなされる。
【0006】
MALDI−MSの更なる発展は、ビームを形成し、光ファイバの供給を用いてレーザ媒体から試料に送達するステップを必要とする。通常、内部反射によって複数の光路を生成する単一のマルチモード光ファイバが用いられる。光ファイバは、試料の表面に分布した強度が空間的に調整された分析結果となるように機能する。空間的に成形することなく、試料のビーム強度は、従来用いられる固体レーザのように、単一の最大値(強度ピーク)を有するガウス(Gaussian)分布またはガウス分布に近いものを示す。
【0007】
しかしながら、マルチモード光ファイバの供給は試料に複数の強度ピークをもたらし、データ収集の感度および速度は光ファイバの物理的構成に制限される。
【0008】
英国特許第2422954号は、試料の空間的な強度分布が1またはそれ以上の強度ピークを示すように、空間的に適合されたパルス状レーザ光を生成するよう構成されたMALDIを基礎としたレーザシステムを開示している。レーザ光の強度を空間的に適合させる光学要素または電気光学要素が開示されており、中心点においてレーザ光を完全にまたは部分的に吸収、反射または拡散させるレンズアレイ、デジタル光学要素またはマスクを具えている。光学要素または電気光学要素は、試料に異なるビームの空間的強度分布を生成するように調整することができる。
【0009】
しかしながら、英国特許第2422954号のレーザシステムは通常、4乃至10時間程度の膨大なデータ収集時間を必要としており、重要なことに感度を制限してしまう。
【0010】
イメージング質量分析法(IMS)を実施する場合に、解像度を可能な程度に改善しながら、感度を上げてデータ収集時間を減少させるMALDI−MS装置が必要である。
【0011】
本発明は、現在の質量分析技術に優る、高い感度を提供しながら対応するデータ収集時間を減少させる質量分析を用いる分析システムを提供するものである。特に、本発明は、幅広い非生物および生物試料を画像化するのに適したMALDI−MSに用いる装置および方法を提供するものである。特定の実施例によると、現在のMALDIイメージング技術よりも優れ、感度が十倍も増加することが確認された。
【0012】
本発明者は、レーザ光を試料/イオン源に伝達するために用いる光ファイバの領域を振動させることにより、強度最大点が試料において繰り返し移動し、これにより単一の画素領域範囲内の試料のイオン化の程度が増加することを発見した。
【0013】
本発明はマルチモード光ファイバを使用し、特に、単一のマルチモードファイバは、試料に伝達されるときのレーザ光が空間的に分布するように構成され、複数の強度最大点が発生する。適切な振動手段を用いて光ファイバを調整することにより、複数の強度最大点が効果的に増加し、試料の表面領域の照射が増加する。
【0014】
本発明はさらに、試料における入射強度の最大点が増加するようにスペックルの発生を乱す手段と共に、試料に複数の強度最大点を生じさせる代替的な手段および方法を具える。
【0015】
本発明の第1の態様によると、レーザ光を生成する手段と、レーザ光をイオン源に伝達するマルチモード光ファイバと、イオン源におけるレーザ光の空間的な強度分布が1よりも多くの強度ピークを示すように光ファイバを振動させるよう構成された振動手段とを具える質量分析計が設けられている。
【0016】
本発明は、所望の波長、一般に約200乃至360nmの波長を提供するよう構成された、幅広い異なるレーザでの使用に適している。特定の一実施例によると、レーザは、355nmの波長を与えるために周波数が3倍された、ネオジムドープのイットリウムオルソバナジウム(neodynium doped yttrium ortho vanadate)Nd:YVO4である。代替的なレーザは、例として、ネオジムドープのイットリウムアルミニウムガーネット(neodymium doped yttrium aluminium garnet)(Nd:YAG)である。特に、当該技術分野の当業者は理解するであろうが、本発明の特定の実施例は、ネオジム、イッテルビウムを含む能動イオン、または他のホストと適切な波長のレーザ出力をもたらすように設計された非線形結晶などの様々な周波数を変換する手段を有するか有さない能動イオンとの組合せを有する、YAG、バナジウム、イットリウム・フッ化リチウム(YLF)を含んでもよい。
【0017】
光ファイバを発振/振動させる手段は、光ファイバと物理的に連結された、または連結されていない、縦軸に対して横または垂直方向に光ファイバの振動運動を付与するように設計された任意の機械的、電気的、音波または空気変位ベースの装置を具えていてもよい。例示的な振動手段は、運動を誘発するために光ファイバの領域に触知性音波パルスを生成するよう設計された電気モータ、圧電スイッチまたはスピーカシステムを含む。
【0018】
当該技術分野の当業者は理解するであろうが、この質量分析計は、3つの基礎要素、すなわちイオン化源と、分析計と、検出器とを具える。好適には、このシステムは、MALDIイオン化源、特に直交MALDI(oMALDI)イオン源に用いられる適切な検出システムを有するハイブリッド四重極飛行型分析計を具える。
【0019】
好適には、振動手段は、イオン源/試料チャンバまたは試料支持部に近位の光ファイバの一端を向いた領域における質量分析計に取り付けられる。特に、光ファイバが試料チャンバに向かって物理的に連結された領域からおよそ1乃至5cm離して振動連結器を取付けることが有意であることが見出された。当該技術分野における当業者は理解するであろうが、この振動手段を光ファイバの長さに沿った任意の領域に配置すると、MALDIイオン源の強度最大点が物理的に移動するように作用する振動運動を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
本発明の特定の実施例を例示としてのみ、添付の図面を参照して示す。
【図1】図1は、本発明の特定の実施例による光ファイバの縦軸に対して横方向に振動運動を付与するように光ファイバに配置された振動連結器を具える質量分析計を概略的に示す。
【図2】図2は、振動手段が動作している動的調整モードでの動作と、振動手段が動作していない別のモードのMALDI試料のイオン化強度を対比した、図1の質量分析計での時間に対する強度のイオンクロマトグラフを示す。
【図3】図3は、図2の最高かつ最大強度の領域による、振動手段が動作して光ファイバの調整をしている状態で得られる質量スペクトルを示す。
【図4】図4は、図2における別の低い強度の領域による、振動連結部が動作していない状態で得られる質量スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
質量分析計は、第1の端部105で光ファイバ101が連結されたレーザ100(Nd:YVO4のような媒体に基づく)を具える。ファイバ101の第2の端部106は、適切なねじ型の連結部107によって、試料ハウジング102に連結される。光ファイバ101の送達端部106は、ハウジング102の内部チャンバ108内の適切な試料支持部103に取り付けられた試料/MALDIイオン源104の領域を照射するように方向付けられる。
【0022】
振動連結部109は、ビーム送達端部106を向いて光ファイバ101に連結されており、端部106からおよそ1乃至5cm離れている。振動手段109は、ファイバ101の外面と物理的に連結するために、適切な台部(図示せず)を用いて分析計内に支持されて取り付けられてもよい。本発明のさらなる特定の実施例によると、振動連結部109は光ファイバ101の外面とは物理的に連結されないが、流体、特に空気などの光ファイバ101の外面を覆っている媒体を介して振動運動を付与する。特に、振動手段109は、ファイバ101の外面に向かって空気パルスを誘導するよう設計された空気ポンプまたはスピーカシステムを具えていてもよい。
【0023】
使用時、かつ振動連結部109が動作している状態では、光ファイバ101は、当該光ファイバ101の縦軸に対して横向き、特に垂直に調整された方向110に沿って、前後に振動させられる。
【0024】
振動連結部109の領域における振動運動110は、光ファイバ101の長さに沿って伝達され、照射端部106において振動運動は比較的小さくなる。これには、試料表面104における照射強度の最大点を物理的に移動させる効果がある。振動連結部109は、端部106における光ファイバ101の調整運動が、およそ150×100μmの寸法の単一ピクセル内にのみ強度最大点を配置させるには十分となるように構成される。現行の質量分析計装置の感度を高めるため、本発明者は25×25μm程度の画素範囲で解像度を高めることが可能なシステムを提供する。
【0025】
[MALDI質量分析イメージングによる調査]
振動連結部109が動作モードおよび非動作モードであるMALDI−MSI機器の感度における効果を測定して、比較調査を実施した。この結果を図2乃至図4に示す。
【0026】
この質量分析は、Applied Biosystems/MDS Sciex社(カナダ、オンタリオ州、コンコード)による、API「Q−Star」パルサー・アイ・ハイブリッド四重極の飛行時間型機器を使用して実施され、これは、直交MALDI源および「o−MADLIサーバ4.0」、イオン画像化ソフトに適している。画像処理は、BioMap画像ソフト(www.maldi-msi.org)を用いて実施した。
【0027】
ネオジムドープのイットリウムオルソバナジウム(neodynium doped yttrium ortho vanadate)(Nd:YVO4)のレーザを、およそ150×100μmの寸法のレーザスポットに使用した。画像は、30%のレーザ出力および(更に高いか低い周波数を用いてもよいが)1kHzのレーザ反復速度を用いて、200μmのインクリメントにおいて各スポット毎におよそ2秒間の焼灼時間で得られた。Applied Biosystems/MDS Sciex社「Dynamic Pixel」のMALDI MSI取得モードのベータ試験版を総ての調査に使用した。
【0028】
図2は、振動連結部109が動作してビームプロファイルを調整している状態(領域200)、および光ファイバ101が方向110に振動せずに動作していない(領域202)状態の合計イオンクロマトグラフを図示している。図2は、試料104を照射しながら光ファイバの端部106が前後に移動しているときに試料の表面域を照射することによって得られる、試料のイオン化の強度差を示している。図2に示すように、領域200と領域202との間の強度差は、およそ一桁である。この突然変化する領域201は、機械的な振動連結部109の動力の終了に相当し、強度が急に低下する。
【0029】
図3は、図2の領域202による、振動連結部109が動作していない状態で得られる質量スペクトルを示している。
【0030】
図4は、図3の調査に用いたものと同一のMALDIイオン化源および機器パラメータを利用した、図2の領域200による連結部109が動作している状態で得られる質量スペクトルを示している。
【0031】
図3および図4を参照すると、イオン化データは、振動連結部109が動作していない状態では領域300および301にのみ現れている。対照的に、連結部109が動作している状態では強度特性は著しく増加し、強度の領域400および401によると広い試料表面域を照射している。特に、本発明の感度が増加したため、このデータは図3の装置では不可能であるデータが、領域402では得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を生成する手段と;
前記レーザ光をイオン源に送達するマルチモード光ファイバと;
前記イオン源における前記レーザ光の空間的な強度分布が1よりも多くの強度ピークを示すように、前記光ファイバを振動させるよう構成された振動手段とを具える質量分析計。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析計において、前記振動手段が、機械的な振動装置を具えることを特徴とする質量分析計。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析計において、前記振動手段が、圧電スイッチを具えることを特徴とする
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の質量分析計において、前記振動手段が、前記光ファイバと物理的に連結されることを特徴とする質量分析計。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析計において、前記振動手段が、前記光ファイバを振動させるために当該光ファイバの領域に空気の波動を生成する手段を具えることを特徴とする質量分析計。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか一項に記載の質量分析計において、前記レーザ光を生成する手段が利得媒体を具えており、当該利得媒体が:
YAGと;
イットリウムオルソバナジウム(Yttrium ortho vanadate)と;
イットリウム・フッ化リチウム(Yttrium lithium fluoride)のうちの任意の1つまたはこれらの組合せを含むことを特徴とする質量分析計。
【請求項7】
請求項6に記載の質量分析計において、前記レーザ光を生成する手段がさらに:
ネオジムと;
イッテルビウムのうちの任意の1つまたはこれらの組合せを含むことを特徴とする質量分析計。
【請求項8】
請求項6に記載の質量分析計において、前記レーザ光を生成する手段がさらに、周波数を変換する1またはそれ以上の非線形結晶を具えることを特徴とする質量分析計。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れか一項に記載の質量分析計がさらに試料チャンバを具えており、前記レーザ光が前記試料チャンバ内を向くように前記光ファイバが前記試料チャンバと連結されることを特徴とする質量分析計。
【請求項10】
請求項9に記載の質量分析計において、前記振動手段が、前記光ファイバを振動させるために当該光ファイバの長さに沿って前記試料チャンバから1乃至5cm離れて配置されることを特徴とする質量分析計。
【請求項11】
請求項1乃至10の何れか一項に記載の質量分析計が、イメージング質量分析計であることを特徴とする質量分析計。
【請求項12】
請求項1乃至11の何れか一項に記載の質量分析計が、マトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析計であることを特徴とする質量分析計。
【請求項13】
マトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析の一部としてレーザ光を試料に送達する方法において:
レーザ光を生成するステップと;
マルチモード光ファイバを用いて前記レーザ光をイオン源に送達するステップと;
前記イオン源における前記レーザ光の空間的な強度分布が1よりも多くの強度ピークを示すように、前記光ファイバの長さに沿った領域において振動手段を用いて前記光ファイバを振動させるステップとを具えることを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項13に記載の方法が、質量分析イメージング法であることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2011−522366(P2011−522366A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−511093(P2011−511093)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【国際出願番号】PCT/GB2009/050532
【国際公開番号】WO2009/144487
【国際公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(502068654)シェフィールド ハラム ユニバーシティ (1)
【氏名又は名称原語表記】SHEFFIELD HALLAM UNIVERSITY
【Fターム(参考)】