説明

改質ポリフッ化ビニリデン膜、及びタンパク吸着用積層膜、並びにその製造方法

【課題】プロテインチップ用基板として、タンパク質吸着性の膜とタンパク質非吸着性の膜を同一平面上に配置したプロテインチップ用改質基板を提供する。
【解決手段】ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ関係式:T≧−0.015P+105(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)を満たす条件で熱圧処理することを特徴とする、改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改質ポリフッ化ビニリデン膜、及びタンパク吸着用積層膜、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテインチップは複数のプローブを予め基板上に配置した後、検体を基板表面に接触させ、プローブと検体中のタンパク質とを特異的に結合させることで検体中のタンパク質の機能解析(診断)を行うものである。DNAを設計図として実際の生体活動をつかさどるタンパク質の機能解析が可能なことから、個々人に合致した迅速で的確な医療(テーラーメイド医療)における診断方法のツールとして期待されている。
【0003】
プロテインチップは、例えば、既知のプローブタンパク質を基板表面に予め配置し、それと特異的に結合する検体中のタンパク質などの結合物質を捕らえることにより解析を行う。このプロテインチップをプロテインアレイとも呼ぶことがあり、同一基板上に複数のプローブを大量に配置すれば、一度の診断で並列的に大量(多種)のタンパク質の機能の情報を得ることができるようになり、診断時間の大幅な短縮や検体量の節約が期待できる。このプロテインチップには、複数のプローブが表面に固定化された基板が必要であり、プローブを結合させる基板の開発、及び基板へのプローブの結合方法が精力的に研究されている。
このプロテインチップの基板として、タンパク質非吸着性のスライドガラスやマイクロプレートを用い、その表面をコーティング処理することにより、タンパク質を結合しやすくする方法が検討されている。このような方法の例として、金表面を持つ基板上にアルカンチオールなどのSH基を有する化合物を自己組織成長させてタンパク質を結合させる方法(特許文献1)が提案されているが、製造工程が複雑で材料費も高価であり実用的ではない。
【0004】
一方、タンパク質吸着性の材料、例えば、ポリスチレン、コラーゲン、フッ素系樹脂、セルロース樹脂などの膜を、プロテインチップの基板として用いることも検討されている。しかしながら、これらの膜にタンパク質の溶解液を用いてタンパク質を吸着させる場合、膜自体がタンパク質吸着性であるため、滴下した溶解液が滲んだりすることによって、一定の領域に一定の量のタンパク質を正確に吸着させることができないなどの問題がある。従って、多数の種類のタンパク質を吸着させるためには、それぞれのタンパク質を吸着させる領域を区分する必要がある。しかしながら、タンパク質を吸着させる領域を区分するための簡便で効果的な方法がなかった。
【0005】
【特許文献1】特表2001−503760号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プロテインチップに用いる膜において、タンパク質を吸着させる領域を区分するために、タンパク質吸着性の膜の周囲にタンパク質非吸着性の膜を接着剤などで固定化する方法があるが、膜の接着工程が煩雑であり、更に、接着剤を用いているため、タンパク質を吸着させる場合に、有機溶媒を用いることができない。
従って、本発明は、タンパク質を吸着させる領域を区分するための簡便で効果的な方法、及びプロテインチップ用基板として、有用なタンパク質吸着用の膜を提供することにある。
【0007】
本発明者は、前記の課題を解決するため、プロテインチップに用いるタンパク質吸着性の材料において、タンパク質を吸着させる領域を区分する方法について、鋭意研究を重ねたところ、タンパク質吸着性の領域の周囲の膜をタンパク質非吸着性に改質し、タンパク質吸着性の領域の周囲を囲むことによって、タンパク質を結合させる領域を簡便に効率よく区分できることを見出した。具体的には、タンパク質吸着性の膜であるポリフッ化ビニリデン膜を、特定の温度及び特定の圧力の組み合わせで熱圧処理することにより、ポリフッ化ビニリデンの構造が劇的に変化し、タンパク質非吸着性の膜に改質できることを見出した。更に、本発明者は、タンパク質吸着性の膜とタンパク質非吸着性の膜を加熱融着により積層し、タンパク質吸着性の膜の一定の領域をタンパク質非吸着性の膜で囲むことによって、タンパク質を結合させる領域を簡便に効率よく区分できることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
従って、本発明は、ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式:
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件で熱圧処理することを特徴とする、改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法に関する。
本発明による改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法の好ましい態様においては、前記熱圧処理が、金型を用いて行われることを特徴とする。
本発明による改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法の別の好ましい態様においては、前記ポリフッ化ビニリデン膜が、0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜である。
また、本発明は、(1)ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式:
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件の熱圧処理により、改質ポリフッ化ビニリデン膜とする工程、及び
(2)前記改質ポリフッ化ビニリデン膜とタンパク質吸着性の膜を加熱融着により積層させる工程、
を含む、タンパク質吸着用積層膜の製造方法に関する。
本発明によるタンパク質吸着用積層膜の製造方法の好ましい態様においては、前記熱圧処理が、金型を用いてポリフッ化ビニリデン膜全面にわたって行われることを特徴とする。
また、本発明は、ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式(I):
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件にて熱圧処理してなる改質領域を有する、改質ポリフッ化ビニリデン膜に関する。
更に、本発明は、CuKα線によるX線回折スペクトルにおいて、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°に回折ピークを示す、改質領域を有する、改質ポリフッ化ビニリデン膜にも関する。
本発明による改質ポリフッ化ビニリデン膜の好ましい態様においては、前記改質ポリフッ化ビニリデン膜が、ポリフッ化ビニリデン膜の特定の領域を熱圧処理することにより得られる。
本発明は、ポリフッ化ビニリデン膜を、全面にわたり、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ関係式(I):T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)を満たす条件にて熱圧処理してなる、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜と、0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜とが、加熱融着により積層されていることを特徴とする、タンパク質吸着用積層膜に関する。
更に、本発明は、CuKα線によるX線回折スペクトルにおいて、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°に回折ピークを示す、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜と、0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜とが、加熱融着により積層されていることを特徴とする、タンパク質吸着用積層膜に関する。
また、本発明は、タンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜を加熱融着により積層した、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜に関する。
本発明によるタンパク質吸着用積層膜の好ましい態様においては、前記タンパク質吸着性の膜が、ポリフッ化ビニリデン、ナイロン、ニトロセルロース、又はポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択された1種又は2種以上の積層の多孔質膜である。
また、本発明は、タンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜を、加熱融着した、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜の製造方法に関する。
本発明によるタンパク質吸着用積層膜の好ましい態様においては、前記タンパク質吸着性の膜が、ポリフッ化ビニリデン、ナイロン、ニトロセルロース、又はポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択された1種又は2種以上の積層の多孔質膜である。
本明細書において、「タンパク質」とは、アミノ酸残基からなるものであればその長さは限定されず、合成することによって得ることのできる数個のアミノ酸残基からなるオリゴペプチドから、生体内に存在する完全長のタンパク質までを含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、タンパク質吸着性の膜を、簡便で効果的にタンパク吸着性領域とタンパク非吸着性領域に区分することが可能であり、多数のタンパク質及び/又はペプチドを結合することのできるタンパク質吸着性の膜を提供することが可能である。
また、本発明によれば、熱圧処理によりポリフッ化ビニリデン膜を改質するか、又は加熱融着によりタンパク質吸着性の膜とタンパク質非吸着性の膜とを積層させることにより、同一平面上に実質的に均一な高さでタンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を配置することができるため、プロテインチップとして用いた場合に、吸着領域への検体の接触が容易である。また接着剤を用いて積層した積層膜と比較すると、積層した膜の剥離などの問題が発生せず、プロテインチップとして用いた場合の、洗浄工程においても高い信頼性を持ったプロテインチップを提供することができる。更に、接着剤を用いていないため、タンパク質の固定化工程において、有機溶媒に溶解したペプチドやタンパク質を吸着させることも可能である。
また、本発明の製造方法における熱圧処理、及び加熱融着処理は、広い面積の膜を処理することが可能であるため、高い生産性を持ったプロテインチップ用基板の製造方法を提供することができる。加えて、これまでの製造方法では困難であった文字及び図形を容易に作製することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
[1]本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法は、ポリフッ化ビニリデン膜を特定の温度及び特定の圧力で熱圧処理することにより、ポリフッ化ビニリデン膜を改質する方法であり、具体的には、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式:
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件の熱圧処理によりポリフッ化ビニリデン膜を改質することができる。
本明細書において「改質」とは、タンパク質吸着性のポリフッ化ビニリデンの構造が変化し、タンパク質非吸着性になることを意味し、前記熱圧処理によりポリフッ化ビニリデンの構造が劇的に変化し、タンパク質吸着性のポリフッ化ビニリデン膜が、タンパク質非吸着性のポリフッ化ビニリデン膜に改質される。
具体的には、温度(T)を縦軸に、圧力(P)を横軸としたグラフ(T:30℃〜170℃、P:1000N〜5000N/cm)において、一次関数T=−0.015P+105を境界とした下方の温度と圧力の組み合わせの熱圧処理では、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起こらないのに対して、一次関数を含む上方の温度と圧力の組み合わせの熱圧処理によれば、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起こる。
【0011】
本発明における熱圧処理は、前記のように特定の温度と特定の圧力を組み合わせることによって行う。後述の比較例7(温度が室温(25℃)、圧力1800N/cm)及び比較例11(温度150℃、圧力0N/cm)に示すように、圧力のみの処理、又は温度のみの処理では、ポリフッ化ビニリデン膜をタンパク質非吸着性に改質することはできず、温度と圧力の組み合わせが重要である。
【0012】
熱圧処理における温度の範囲は、30℃〜170℃、好ましくは40℃〜170℃、より好ましくは45℃〜170℃、最も好ましくは50℃〜160℃である。30℃未満の温度では、改質が困難になるとともに、冷却設備も別途必要になる。また、ポリフッ化ビニリデン膜の軟化点は170℃であるが、後述の比較例14〜17に示したように、温度が170℃を超えると、膜のサイズの縮小がおこり、サイズ制御が困難になる。すなわち、寸法安定性が悪くなる。また、膜の全体にわたり、凹凸が発生するため、プロテインチップの基板用の膜として使用することが困難になる。更に、ポリフッ化ビニリデン膜の融点を超えると膜が金型に付着したり、膜が破損したり、ポリフッ化ビニリデン膜が分解して有害ガスが発生する可能性がある。
【0013】
熱圧処理における圧力の範囲は、1000〜5000N/cm、好ましくは1500〜5000N/cm、より好ましくは1750〜5000N/cm、最も好ましくは、1800〜5000N/cmである。圧力が、1000N/cm未満であると、タンパク質吸着量の低下が不十分であり、5000N/cmを超えると、熱圧機器及びポリフッ化ビニリデン膜へのダメージが大きい。
【0014】
熱圧処理の時間は特に限定されないが、好ましくは1〜60秒であり、より好ましくは2〜30秒であり、最も好ましくは5〜20秒である。1秒未満では、処理領域が不均一になり、60秒を超えると処理時間のロスとなり、膜へのダメージも大きい。
【0015】
図1は、前記の温度範囲及び圧力範囲による熱圧処理を行ったサンプル(実施例1〜6及び比較例1〜13)について、タンパク質吸着試験を行い、熱圧処理された領域のタンパク質の吸着性を調べたものである。図1より、改質が起きる温度と圧力の組み合わせと、改質が起こらない温度と圧力の組み合わせの間に境界線があると考えられる。この境界線は、一次関数に近似しているようであり、簡易には、一次関数T=aP+bとして表すことが可能である。この一次関数を含む上方の温度と圧力の組み合わせが、改質が起きる熱圧処理であり、この一次関数の下方の温度と圧力の組み合わせでは、改質が起こらないと考えられる。
従って、熱圧処理は、前記の温度範囲及び圧力範囲に加え、温度(T)をグラフのy軸に、圧力(P)をグラフのx軸にとった場合に、
関係式:T≧aP+b
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)を満たす熱圧処理であることが好ましい。前記関係式において、「a」は、一次関数T=aP+bの傾きを、「b」はy軸との交点(y切片)を示すが、この傾き「a」及びy軸との交点「b」は、例えば、簡便には以下のように求めることができる。
【0016】
温度及び圧力の熱圧条件において、前記の境界線に近いが、膜の改質の起きる熱圧処理ポイント1と、膜の改質が起きない熱圧処理ポイント2の2つを選択する。そして、その熱圧処理ポイント1と熱圧処理ポイント2との中間値の中間ポイントAを決定する。同様に前記熱圧処理ポイント1、及び熱圧処理ポイント2と異なる膜の改質の起きる熱圧処理ポイント3と、膜の改質が起きない熱圧処理ポイント4の2つを選択する。そして、その熱圧処理ポイント3と熱圧処理ポイント4との中間値の中間ポイントBを決定する。この中間ポイントA及び中間ポイントBを結んだ一次関数を求めることにより、前記一次関数T=aP+bの傾き「a」及びy軸との交点「b」を決定することができる。
具体的には、図1において、圧力2000N/cmの実施例1と比較例9を比較し、実施例1の温度80℃(ポイント1)では、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起きるが、比較例9の温度70℃(ポイント2)では、改質が起こらない。従って、その中間値のポイントである、圧力2000N/cm、温度75℃を中間ポイントAとする。同様に2つめのポイントとして、圧力4000N/cmの実施例3と比較例4を比較し、実施例3の温度50℃(ポイント3)では、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起きるが、比較例4の温度40℃(ポイント4)では、改質が起こらない。従って、その中間値のポイントである圧力4000N/cm、温度45℃を中間ポイントBとする。
この中間ポイントA(圧力2000N/cm、及び温度75℃)と、中間ポイントB(圧力4000N/cm、及び温度45℃)から、温度と圧力の一次関数を求めることにより、傾き「a」及びy軸との交点「b」を決定することができる。
この方法により、得られた一次関数は、
T=−0.015P+105
で表され、この一次関数より上方の温度と圧力の組み合わせ、すなわち、
T≧−0.015P+105
を満たす熱圧処理により、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起きる。
【0017】
熱圧処理の方法は、タンパク質吸着性の膜に、一定の温度と一定の圧力を制御してかけることができる方法であれば、特に限定されないが、例えば、金型を用いる熱圧処理、クラフトボール等の厚紙を用いる熱圧処理を挙げることができる。
【0018】
熱圧処理によるポリフッ化ビニリデン膜の改質の有無は、タンパク質の吸着性を試験することで確認することができる。改質ポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質がほとんど吸着しなくなり、例えば、タンパク質の結合容量は、0.005μg/cm以下になる。また、外観は、未改質ポリフッ化ビニリデン膜が、白色で不透明であるのに対して、改質された領域は半透明となる。更に、改質された領域は、X線回折によっても未改質ポリフッ化ビニリデン膜と異なる回折ピークを示すようになるため、X線回折を行うことによって、改質の有無を確認することもできる。
【0019】
熱圧処理による改質ポリフッ化ビニリデン膜の改質領域は、CuKα線によるX線回折スペクトルにおいて、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°の回折ピークを示す。一方、未改質ポリフッ化ビニリデン膜は、回折角(2θ°)0.8°±0.2°の回折ピークが見られず、回折角(2θ°)18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°の回折ピークを示す(図2a、図2b参照)。改質ポリフッ化ビニリデン膜は、未改質ポリフッ化ビニリデン膜と比較するとポリフッ化ビニリデンの構造が劇的に変化しており、この構造変化は、回折角(2θ°)0.8°±0.2°の回折ピークが表れることによって容易に判別可能である。X線回折は、例えば、「X線回折の手引き」(理学電機株式会社分析センター編集、理学電機株式会社、1986年12月30日改訂第四版発行)に記載の方法に従って行うことができる。
【0020】
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法に使用することのできる未改質のポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質が吸着することができるポリフッ化ビニリデン膜であれば、特に限定されないが、未改質のポリフッ化ビニリデン膜のタンパク質の結合容量は、0.1μg/cm以上が好ましく、0.5μg/cm以上がより好ましく、1.0μg/cm以上が最も好ましい。また、未改質のポリフッ化ビニリデン膜は、好ましくは疎水性のポリフッ化ビニリデン膜である。親水性のポリフッ化ビニリデン膜に比べて、疎水性のポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質の吸着性能が高いからである。
未改質ポリフッ化ビニリデン膜に結合されるタンパク質の分子量は、特に、限定されないが5kD〜1000kDのタンパク質を結合することができる。
また、未改質のポリフッ化ビニリデン膜は多孔性であり、細孔直径は1〜2000nmが好ましく、10〜1500nmがより好ましく、100〜1000nmが最も好ましい。
【0021】
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜は、例えば、本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法によって得ることができる。本発明の製造方法によれば、ポリフッ化ビニリデン膜の全面を改質することも、部分的に改質することもできる。全面が改質された全面改質ポリフッ化ビニリデン膜は、例えば、膜の全面にわたって接触面が平坦な金型を用いて熱圧処理することによって得ることができる。一方、部分的に改質された部分改質ポリフッ化ビニリデン膜は、一部が膜と接触しない金型、例えば、膜と接触する面に空洞などを有する金型を用いて熱圧処理することによって得ることができる。すなわち、本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜は、改質領域のみからなる全面改質ポリフッ化ビニリデン膜並びに、改質領域及び非改質領域を含む部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を含む。
【0022】
前記部分改質ポリフッ化ビニリデン膜の構造を、図3の断面図及び図4の平面図に従って模式的に説明する。部分改質ポリフッ化ビニリデン膜は、非改質領域12及び改質領域11からなる。非改質領域12の面積、位置、及び形状は、特に限定されるものではなく、任意の面積、位置、及び形状をとることができる。例えば、部分改質ポリフッ化ビニリデン膜は、図4に示す態様のように、非改質領域12の周囲を改質領域11に囲まれていることが好ましい。非改質領域12が、改質領域11に周囲を囲まれていることによって、非改質領域に結合させたタンパク質が、他の非改質領域に結合させたタンパク質と明確に分離されるからである。このような態様の場合においても、非改質領域12の大きさ、形状及び数は限定されるものではなく、タンパク質を結合させることができる限り、任意の大きさ、形状及び数を取ることが可能である。改質領域11は、非改質領域12の周囲を囲んだ形状であることが好ましいが、非改質領域12に合わせて任意に設定することが可能である。
【0023】
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜において、改質領域は、具体的にはタンパク質非吸着領域であり、非改質領域はタンパク質吸着領域である。タンパク質非吸着領域は、実質的にタンパク質が吸着しないタンパク質非吸着性の膜からなり、タンパク質の結合容量は、0.01μg/cm以下が好ましく、0.005μg/cm以下がより好ましく、0.001μg/cm以下が最も好ましい。一方、タンパク質吸着領域は、タンパク質吸着性の膜からなり、タンパク質の結合容量は、0.1μg/cm以上が好ましく、0.5μg/cm以上がより好ましく、1μg/cm以上が最も好ましい。
【0024】
〔2〕加熱融着によるタンパク質吸着用積層膜の製造方法
タンパク質吸着用積層膜の製造方法は、タンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜を加熱融着により積層する方法である。加熱融着により製造するため、融着したタンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜は、ほぼ凹凸がない同一平面状に位置する。加熱温度は、融着させるタンパク質吸着性の膜、及びタンパク質非吸着性の膜の少なくとも1つの膜の軟化点以上で、いずれかの膜を軟化させることによって、タンパク質吸着性の膜と、タンパク質非吸着性の膜とを融着させることが可能になる。加熱温度は、いずれかの膜の軟化点から軟化点+5℃の範囲が好ましい。例えば、ポリフッ化ビニリデン膜を用いる場合、加熱温度は、170℃〜175℃が、特に好ましい。170℃未満では、ポリフッ化ビニリデン膜が軟化せず、175℃を超えると、膜が溶融して熱融着の操作が困難になるからである。
加熱時間は、特に限定されないが、好ましくは3〜60秒であり、より好ましくは5〜30秒であり、最も好ましくは10〜20秒である。また、加熱方法も膜の全面の温度を均一に維持できる限り、特に限定されないが、例えば、恒温器SPHH−201(エスペック株式会社製)を用いて加熱することが可能である。
【0025】
本発明のタンパク質吸着用積層膜の製造方法に使用することのできるタンパク質吸着性の膜としては、ポリフッ化ビニリデン膜、ナイロン膜、ニトロセルロース膜、又はポリテトラフルオロエチレン膜を挙げることができる。また、タンパク質非吸着性の膜としては、ポリフッ化ビニリデン膜、又はポリテトラフルオロエチレン膜を挙げることができるが、前記改質ポリフッ化ビニリデン膜が好ましく、特には、前記の全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を用いることが好ましい。また、非改質のポリフッ化ビニリデン膜であっても、タンパク質結合容量が、0.01μg/cm以下のポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質非吸着性の膜として、使用することが可能である。例えば、親水性のポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質非吸着性の膜として、疎水性のポリフッ化ビニリデン膜は、タンパク質吸着性の膜として用いることができる。
【0026】
本発明のタンパク質吸着用積層膜の構造を、図5の断面図及び図6の平面図に従って模式的に説明する。タンパク質吸着用積層膜は、タンパク質吸着領域22及びタンパク質非吸着領域21からなる。タンパク質吸着領域22の面積、位置、及び形状は、特に限定されるものではなく、任意の面積、位置、及び形状をとることができる。例えば、部分改質ポリフッ化ビニリデン膜は、図6に示す態様のように、タンパク質吸着領域22の周囲をタンパク質非吸着領域21に囲まれていることが好ましい。タンパク質吸着領域22が、タンパク質非吸着領域21に周囲を囲まれていることによって、タンパク質吸着領域22に結合させたタンパク質が、他のタンパク質吸着領域22に結合させたタンパク質と明確に分離されるからである。このような態様の場合においても、タンパク質吸着領域22の大きさ、形状及び数は限定されるものではなく、タンパク質を結合させることができる限り、任意の大きさ、形状及び数を取ることが可能である。タンパク質非吸着領域21は、タンパク質吸着領域22の周囲を囲んだ形状であることが好ましいが、タンパク質吸着領域22に合わせて任意に設定することが可能である。
【0027】
タンパク質非吸着領域は、実質的にタンパク質が吸着しないタンパク質非吸着性の膜からなり、タンパク質の結合容量は、0.01μg/cm以下が好ましく0.005μg/cm以下がより好ましく、0.001μg/cm以下が最も好ましい。一方、タンパク質吸着領域は、タンパク質吸着性の膜からなり、タンパク質の結合容量は、0.1μg/cm以上が好ましく、0.5μg/cm以上がより好ましく、1.0μg/cm以上が最も好ましい。
【0028】
吸着させるタンパク質としては、合成されたタンパク質を用いることも可能であるし、ヒト及びヒト以外の生物から分離されたタンパク質を利用することも可能である。また、ヒト、ヒト以外の動物、並びに細菌及び酵母、植物などから分離された遺伝子から、組み換えタンパク質を作製し、その組み換えタンパク質を用いることもできる。また、生物由来のタンパク質由来のアミノ酸配列以外に、変異の導入されたタンパク質やランダムに合成された人工的なアミノ酸配列からなるタンパク質や、非天然のアミノ酸を用いたタンパク質を用いることも可能である。具体的なタンパク質としては、抗体、抗原タンパク質などを挙げることができる。
タンパク質の結合方法は、公知の方法を用いることができる。本発明に用いる膜は、タンパク質が吸着しやすいものであり、タンパク質が溶解した溶液の状態でタンパク質を結合させることができる。また、アミノ酸残基数の少ない、短鎖のオリゴペプチドの場合、有機溶媒に溶解させて、結合させることも可能である。更に物理的吸着や化学的吸着を利用することによりタンパク質を結合させることもできる。更には、強制的にタンパク質を結合させる方法としては、例えば、光リソグラフィー法、機械的マイクロスポッティング法、マイクロプリンティング法、エレクトロスプレイ法、及びインクジェットプリント法などを挙げることができる。
【0029】
《作用》
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法において、タンパク質吸着性のポリフッ化ビニリデン膜が、改質されタンパク質非吸着性に改質される機構は、詳細には解明されていないが、以下のように考えることができる。しかしながら、本発明は、以下の説明によって限定されるものではない。
改質されたポリフッ化ビニリデン膜は、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°に回折ピークを示す。特に、非改質のポリフッ化ビニリデン膜では見られない回折角(2θ°)0.8°±0.2°の回折ピークが改質によって出現する。通常、タンパク質吸着性の非改質ポリフッ化ビニリデン膜の構造は、トランスとゴーシュの構造が不規則になっている。この不規則なトランスとゴーシュの構造が、本発明の製造方法による熱圧処理によって、部分的に規則的なトランスとゴーシュの構造となり、非吸着性の改質ポリフッ化ビニリデン膜に改質されると考えられる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0031】
《実施例1》
80℃の温度に加熱した金型を、小型加熱プレス(株式会社井元製作所製、IMC−11D2)にセットし、2000N/cmの圧力で、5cmx5cmのポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製、Immun-Blot PVDF Membrane)を15秒間、熱圧処理した。金型はメンブランに接触する部分が5cmx5cmの正方形で、接触面には直径3mmの円形の空洞を168個有しており、その空洞の部分は熱圧処理されない。そのため、金型の空洞以外の接触部分が改質され改質領域と、空洞の部分は改質されず非改質領域となり、非改質領域を改質領域で囲まれる非改質領域が区分された部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を得た。この部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル1と称する。なお、用いたポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製、Immun-Blot PVDF Membrane)の物性は以下のとおりである。
細孔直径:100〜1000nm
タンパク質結合容量:2.1μg/cm
【0032】
《実施例2》
金型の温度を60℃、圧力を3200N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られた部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル2と称する。
【0033】
《実施例3》
金型の温度を50℃、圧力を4000N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られた部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル3と称する。
【0034】
《実施例4》
金型の温度を80℃、圧力を4000N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られた部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル4と称する。
【0035】
《実施例5》
金型の温度を80℃、圧力を1800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られた部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル5と称する。
【0036】
《実施例6》
金型の温度を70℃、圧力を2800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られた部分改質ポリフッ化ビニリデン膜を実施例サンプル6と称する。
【0037】
《比較例1》
金型の温度を80℃、圧力を1600N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル1と称する。
【0038】
《比較例2》
金型の温度を50℃、圧力を2800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル2と称する。
【0039】
《比較例3》
金型の温度を40℃、圧力を4000N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル3と称する。
【0040】
《比較例4》
金型の温度を30℃、圧力を400N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル4と称する。
【0041】
《比較例5》
金型の温度を40℃、圧力を1800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル5と称する。
【0042】
《比較例6》
金型の温度を80℃、圧力を0N/cm(加圧無し)としたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル6と称する。
【0043】
《比較例7》
金型の温度を室温(25℃)、圧力を1800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル7と称する。
【0044】
《比較例8》
金型の温度を70℃、圧力を1800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル8と称する。
【0045】
《比較例9》
金型の温度を70℃、圧力を2000N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル9と称する。
【0046】
《比較例10》
金型の温度を50℃、圧力を3200N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル10と称する。
【0047】
《比較例11》
金型の温度を150℃、圧力を0N/cm(加圧無し)としたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル11と称する。
【0048】
《比較例12》
金型の温度を30℃、圧力を4000N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル12と称する。
【0049】
《比較例13》
金型の温度を30℃、圧力を4800N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル13と称する。
【0050】
《タンパク質吸着試験》
タンパク質として、アルカリフォスファターゼを用い、実施例1〜6で得られた実施例サンプル1〜6及び比較例1〜13で得られた比較例サンプル1〜13の改質領域と非改質領域のタンパク質の吸着性を検出キット(Promega製、Protoblot AP system with Stabilized Substrate、Mouse)を用いて調べた。
20mM Tris−HCl緩衝溶液(pH7.5)に、アルカリフォスファターゼ(Anti−Mouse IgG(H+L) AP conjugate、前記キットに含まれる)を2μg/mLで溶解した。前記実施例サンプル1〜6及び比較例サンプル1〜13を、予めエタノールに浸漬し、その後、ポリスチレンシャーレ(旭テクノグラス株式会社製、SH90−20)に入れたアルカリフォスファターゼ溶解液10mLに、10分間浸漬した。それぞれのサンプルを、Tris−HCl緩衝溶液で5回洗浄した後、NBT溶液(WesternBlue Stabilized Substrate for Alkaline Phosphatase、前記キットに含まれる)を添加して、発色の有無を確認した。アルカリフォスファターゼが吸着した領域は紫色に発色した。
ポリフッ化ビニリデン膜の改質領域及び非改質領域におけるタンパク質の吸着性を、発色の差により目視で確認した。結果を表1に示す。
また、実施例サンプル1については、前記のタンパク質吸着試験以外に、ポリスチレンシャーレに入れたアルカリフォスファターゼ溶解液に浸漬する代わりに、「LIP」の文字が現れるように特定の非改質領域を含む部分の上にスポイトでアルカリフォスファターゼ溶解液を滴下し、10分間静置したことを除いては、同様の操作を繰り返した。結果を図7に示す。アルカリフォスファターゼを滴下した非改質領域を含む部分の非改質領域は、紫色に発色した。
【0051】
【表1】

○:タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を目視にて判別可能
×:タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を目視にて判別不可能
【0052】
表1の熱圧処理によるポリフッ化ビニリデン膜のタンパク質吸着性の改質の結果を、縦軸に温度を、横軸に圧力をとり、図1にプロットした。○が実施例のサンプル1〜6を、△が比較例サンプル1〜13を示す。図1より、特定の温度と特定の圧力の組み合わせにより、ポリフッ化ビニリデン膜の改質が起こり、タンパク質の吸着性が劇的に変化することがわかった。ポリフッ化ビニリデン膜を改質することのできる特定の温度と特定の圧力の組み合わせは、一次関数の上方に位置する組み合わせか、下方に位置する組み合わせであるかにより決定されている。
【0053】
《比較例14〜17》
ポリフッ化ビニリデン膜の軟化点である170℃以上の温度で、熱圧処理を行った。金型を5cmx5cmの正方形で膜の接触面に空洞のない平坦なものを用い、金型の温度を175℃、圧力を0N/cmとしたことを除いては実施例1に記載の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を比較例サンプル14と称する。比較例サンプル14は、全体の数%のサイズの収縮がおきており、更に平面上に凸凹が発生し、膜の平滑性が失われていた。
金型の温度を240℃、圧力を0N/cmとしたこと、金型の温度を175℃、圧力を30N/cmとしたこと、及び金型の温度を240℃、圧力を30N/cmとしたことを除いては実施例1の操作を繰り返した。得られたポリフッ化ビニリデン膜を、それぞれ、比較例サンプル15、比較例サンプル16、比較例サンプル17と称する。比較例サンプル15から17は、全体の数%のサイズの収縮がおきており、特に温度が高くなると、サイズの収縮は大きくなった。更に平面上に凸凹が発生し、膜の平滑性が失われており、改質膜として使用できなかった。
【0054】
《実施例7、及び比較例18並びにX線回折による構造解析》
接触面が平坦な5cmx5cmの正方形の金型を用いたこと、及び金型の温度を 80℃、圧力を4000N/cmとしたことを除いては、実施例1に記載の操作を繰り返して、膜の全面が改質された全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を得た。これを実施例サンプル7と称する。
接触面が平坦な5cmx5cmの正方形の金型を用いたこと、及び金型の温度を80℃、圧力を0N/cmとしたことを除いては、実施例1に記載の操作を繰り返し、非改質のポリフッ化ビニリデン膜を得た。これを比較例サンプル18と称する。
実施例サンプル7、比較例サンプル18及び未処理のポリフッ化ビニリデン膜をX線回折により分析した(図2a、図2b参照)。X線回折測定装置として、M18XHF−SRA(マックサイエンス社製)を用い、X線管の印加電圧を50kV、及び電流を296mAとした。
【0055】
得られた結果を図2a及び図2bに示す。図2aは、2θ角を0°から6.00°まで変化させた小角散乱法による測定結果、図2bは、2θ角を5.00°から30.00°まで変化させた広角散乱法による測定結果である。未処理のポリフッ化ビニリデン膜、及び加熱処理のみで改質されなかった非改質の比較例サンプル18は、回折角18.4°、20.0°、26.8°に回折ピークを示した。一方、改質された実施例サンプル7は、回折角0.8°、18.4°、20.0°、26.8°に回折ピークを示した。
【0056】
《実施例8》
全面改質ポリフッ化ビニリデン膜に未処理のポリフッ化ビニリデン膜を加熱融着により積層し、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜を作製した。
5cm×5cmの全面平坦な金型を、小型加熱プレス(株式会社井元製作所製、IMC−11D2)にセットした。金型を80℃の温度に加熱し、1800N/cmの圧力で、5cm×5cmのポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製、Immun-Blot PVDF Membrane)を全面にわたって熱圧処理し、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を得た。
得られた全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を恒温器(エスペック株式会社製、SPHH−201)の中に設置し、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を171℃に加熱した後、10mm×10mmの未加熱圧処理ポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製Immun-Blot PVDF Membrane)を、加熱された全面改質ポリフッ化ビニリデン膜に接触させて10秒間、加熱融着処理を行った。未処理(非改質)のポリフッ化ビニリデン膜の領域(タンパク質吸着領域)が、改質ポリフッ化ビニリデン膜の領域(タンパク質非吸着領域)で囲まれた、タンパク質吸着用積層膜を得た。
得られたタンパク質吸着用積層膜に、前記のタンパク吸着試験を行い、タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を目視にて明確に判別可能であることを確認した。結果を表2に示す。
【0057】
《実施例9》
未処理のポリフッ化ビニリデン膜に、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を加熱融着により積層し、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜を作製した。
実施例8に記載の方法で得られた全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を10mm×10mmに切断した。5cm×5cmの未改質ポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製、Immun-Blot PVDF Membrane)を、恒温器(エスペック株式会社製、SPHH−201)の中に設置し、171℃に加熱した。前記の切断した全面改質ポリフッ化ビニリデン膜を、加熱された未改質ポリフッ化ビニリデン膜上に接触させて、加熱融着処理を行った。改質ポリフッ化ビニリデン膜の領域(タンパク質非吸着領域)が、未改質のポリフッ化ビニリデン膜の領域(タンパク質吸着領域)で囲まれた、タンパク質吸着用積層膜を得た。
得られたタンパク質吸着用積層膜に、前記のタンパク吸着試験を行い、タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を目視にて明確に判別可能であることを確認した。結果を表2に示す。
【0058】
《実施例10》
タンパク質吸着性の膜とタンパク質非吸着性の膜とを、加熱融着により積層し、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜を作製した。
タンパク質吸着性の膜として未改質ポリフッ化ビニリデン膜(バイオラッド社製、Immun-Blot PVDF Membrane)を、タンパク質非吸着性の膜として、別のポリフッ化ビニリデン膜(クレハエステック株式会社製テラシー(登録商標))を用いた。タンパク質非吸着性のポリフッ化ビニリデン膜を、恒温器(エスペック株式会社製、SPHH−201)の中に設置し、171℃に加熱した。タンパク質吸着性のポリフッ化ビニリデン膜を、タンパク質非吸着性のポリフッ化ビニリデン膜に接触させて、加熱融着処理を行い、タンパク質吸着領域が、タンパク質非吸着領域で囲まれたタンパク質吸着用積層膜を得た。
得られたタンパク質吸着用積層膜に、前記のタンパク吸着試験を行い、タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を目視にて明確に判別可能であることを確認した。結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

表2より、タンパク質吸着性の膜とタンパク質非吸着性の膜とを、加熱融着することで、タンパク質吸着領域とタンパク質非吸着領域を明確に差別化することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜及び積層膜は、プロテインチップ用のタンパク質吸着用基板として用いることができる。また、ウエスタンブロット、ドットブロット用のタンパク質トランスファー膜としても利用することができる。接着剤を用いて作製された積層膜の場合、有機溶媒を使用することができないが、本発明の改質ポリフッ化ビニリデン膜及び積層膜は、接着剤を使用していないので、有機溶媒のみに溶解する短鎖のオリゴペプチドを結合させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】いくつかの熱圧処理条件によりポリフッ化ビニリデン膜を処理した場合のタンパク質の吸着性を示したグラフである。○は、熱圧処理によりタンパク質非吸着性に改質された熱圧条件を示し、▲はタンパク質非吸着性に改質されなかった熱圧条件を示す。
【図2a】未改質のポリフッ化ビニリデン膜、熱圧処理されたポリフッ化ビニリデン膜、及び加熱処理のみのポリフッ化ビニリデン膜のX線回折の回折ピークを示す図である。加熱処理のみのポリフッ化ビニリデンの回折ピークは、未改質のポリフッ化ビニリデン膜の回折ピークとほぼ完全に一致しており、加熱処理のみでは改質が起こらないことと一致している。
【図2b】未改質のポリフッ化ビニリデン膜、熱圧処理されたポリフッ化ビニリデン膜、及び加熱処理のみのポリフッ化ビニリデン膜のX線回折の回折ピークを示す図である。加熱処理のみのポリフッ化ビニリデンの回折ピークは、未改質のポリフッ化ビニリデン膜の回折ピークとほぼ完全に一致しており、加熱処理のみでは改質が起こらないことと一致している。
【図3】本発明の部分改質ポリフッ化ビニリデン膜の構造を模式的に示す断面図である。
【図4】本発明の部分改質ポリフッ化ビニリデン膜の構造を模式的に示す平面図である。
【図5】本発明のタンパク質吸着用積層膜の構造を模式的に示す断面図である。
【図6】本発明のタンパク質吸着用積層膜の構造を模式的に示す平面図である。
【図7】実施例サンプル1の非改質領域を含む特定の部分に、「LIP」の文字が現れるように、スポイトでアルカリフォスファターゼ溶解液を滴下し、タンパク質吸着試験を行った結果を示す。
【符号の説明】
【0062】
1・・・部分改質ポリフッ化ビニリデン膜
11・・・非改質領域
12・・・改質領域
2・・・タンパク質吸着用積層膜
22・・・タンパク質吸着領域
21・・・タンパク質非吸着領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式:
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件で熱圧処理することを特徴とする、改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。
【請求項2】
前記熱圧処理が、金型を用いて行われることを特徴とする、請求項1に記載の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。
【請求項3】
前記ポリフッ化ビニリデン膜が、0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜である、請求項1又は2に記載の改質ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。
【請求項4】
(1)ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式:
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件の熱圧処理により、改質ポリフッ化ビニリデン膜とする工程、及び
(2)前記改質ポリフッ化ビニリデン膜とタンパク質吸着性の膜を加熱融着により積層させる工程、
を含む、タンパク質吸着用積層膜の製造方法。
【請求項5】
前記熱圧処理が、金型を用いてポリフッ化ビニリデン膜全面にわたって行われることを特徴とする、請求項4に記載のタンパク質吸着用積層膜の製造方法。
【請求項6】
ポリフッ化ビニリデン膜を、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式(I):
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件にて熱圧処理してなる改質領域を有する、改質ポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項7】
CuKα線によるX線回折スペクトルにおいて、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°に回折ピークを示す、改質領域を有する、改質ポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項8】
0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜の特定の領域を熱圧処理することにより得られる、請求項6又は7に記載の改質ポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項9】
ポリフッ化ビニリデン膜を、全面にわたり、温度30℃〜170℃、及び圧力1000〜5000N/cmで、且つ
関係式(I):
T≧−0.015P+105
(式中、Tは温度(℃)であり、Pは圧力(N/cm)である)
を満たす条件にて熱圧処理してなる、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜と、
0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜とが、加熱融着により積層されていることを特徴とする、タンパク質吸着用積層膜。
【請求項10】
CuKα線によるX線回折スペクトルにおいて、回折角(2θ°)0.8°±0.2°、18.4°±0.2°、20.0°±0.2°、26.8°±0.2°に回折ピークを示す、全面改質ポリフッ化ビニリデン膜と、
0.1μg/cm以上のタンパク質の結合容量を有するポリフッ化ビニリデン膜とが、加熱融着により積層されていることを特徴とする、タンパク質吸着用積層膜。
【請求項11】
タンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜を加熱融着により積層した、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜。
【請求項12】
前記タンパク質吸着性の膜が、ポリフッ化ビニリデン、ナイロン、ニトロセルロース、又はポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択された1種又は2種以上の積層の多孔質膜である、請求項11に記載のタンパク質吸着用積層膜。
【請求項13】
タンパク質吸着性の膜及びタンパク質非吸着性の膜を、加熱融着した、タンパク質吸着領域及びタンパク質非吸着領域を有するタンパク質吸着用積層膜の製造方法。
【請求項14】
前記タンパク質吸着性の膜が、ポリフッ化ビニリデン、ナイロン、ニトロセルロース、又はポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択された1種又は2種以上の積層の多孔質膜である、請求項13に記載のタンパク質吸着用積層膜の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2a】
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【図2b】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−249439(P2009−249439A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96495(P2008−96495)
【出願日】平成20年4月2日(2008.4.2)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【Fターム(参考)】