説明

改質基材および改質基材の製造方法

【課題】長期保管しても血液適合性が損なわれない材料およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】改質基材は、放射線滅菌後の改質基材において、水中に浸漬させて25kGyから35kGyのγ線線量を照射した後のヒト血小板付着数が20個/(4.3×10μm)以下および/またはフィブリノーゲンの相対吸着率が90%以下である。この改質基材は、好ましくはエステル基を含有し、かつ疎水性基を有するポリマーを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期保管しても劣化の少ない改質基材およびその製造方法に関するものである。すなわち、医療用具、水処理用分離膜、バイオ実験関連器具、バイオリアクター、分子モーター、タンパクチップ、DNAチップ、バイオセンサー、あるいは、分析機器部品、防汚用フィルム、防汚用樹脂などに好適に用いることができる。なかでも、放射線滅菌後においても、血液適合性が長期間にわたって必要な医療用具に対して好適に用いられる。すなわち、人工腎臓などの血液浄化用モジュールに好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
人工血管、カテーテル、血液バッグ、コンタクトレンズ、眼内レンズ、人工腎臓など、体液と接触する医療用具においては、高度な血液適合性が要求される。さらには、医療用具の血液適合性が、実際に使用されるまでの間に劣化や変性しないこともまた重要である。
医療用具の多くは滅菌が必要であり、近年は残留毒性の少なさや簡便さの点から、放射線滅菌法が多用されている。一方で、放射線滅菌は高エネルギー処理であるために、医療用具の構成素材の劣化や変性を引き起こすことが問題となっている。
例えば、分離膜に血液適合性を付与するためにブレンドされているポリビニルピロリドンが、放射線照射による過度な架橋、変性により、その効果の低減が知られている(特許文献1)。
【0003】
放射線滅菌時の変性を抑制するために、ピロ亜硫酸ナトリウムなどの抗酸化剤溶液を含浸させる方法が開示されている(特許文献2)。また、グリセリンを共存させてγ線滅菌する方法(特許文献3)や、ポリプロピレングリコールなどの2価アルコールを共存させてγ線滅菌する方法(特許文献4)も開示されている。さらには、抗血栓性の少ない材料に、親水性高分子と抗酸化剤を共存させ、放射線照射させることで、親水性高分子の過度な変性を抑制させつつ、材料にグラフトさせる方法(特許文献5)が開示されている。
【0004】
これらの添加剤は、何れも放射線照射時の変性を抑制することを目的としており、滅菌処理後の経時的な安定性に対しては、何ら言及していない。放射線滅菌の場合には、滅菌後においても少量のラジカルが残留することで、長期保管中に医療用具の構成素材が変性し、血液適合性が低下することが懸念されている。すなわち、放射線滅菌時の医療用具の劣化や変性は抑制できても、実際に使用する際には、血液適合性が損なわれていることが起こり得ていた。
【0005】
一方で、放射線照射後の医療用具の安定性については、血液浄化器において、膜に含有されるラジカル量を一定値以下にする方法が開示されている(特許文献6)。これは、放射線照射後にラジカル発生源となりうる膜表面の過剰な親水性高分子を除去するものである。しかしながら、かかる過剰の親水性高分子を除去したところで、ある程度の親水性高分子は表面に残っているため、残留ラジカルの影響は避けられない。
【0006】
また、血液浄化膜の膜製造工程で製品に混入した微量の重金属がラジカル発生の原因とならないように、紡糸原液中にキレート剤を添加することが開示されている(特許文献7,8)。しかしながら、放射線の高エネルギーによって、膜に直接ラジカルが発生することや、周囲の水分子から発生するヒドロキシラジカルによってラジカルが生成することは避けられない。
【0007】
すなわち、これらの方法は、何れも放射線照射によるラジカルの発生を抑制するものであって、ラジカル耐性の強い材料ではないために、本質的な解決策とは言い難い。これに対してすなわち、上記した長期保管による血液適合性の低下がなく、また、滅菌線量の数倍の放射線を照射された場合であっても、良好な血液適合性を示す、ラジカル耐性の強い血液適合性材料の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−323031号公報
【特許文献2】特許2754203号公報
【特許文献3】特許2672051号公報
【特許文献4】特許3107983号公報
【特許文献5】特再WO04−018085号公報
【特許文献6】特開2000−296318号公報
【特許文献7】特開2005−334319号公報
【特許文献8】特開2005−342411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、かかる従来技術の欠点を改良し、長期保管しても血液適合性が損なわれない材料およびその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を達成するため、鋭気検討を重ねた結果、本発明を完結した。すなわち、本発明は、下記の(1)〜(16)の構成によって達成される。
(1)1価のアルコール水溶液、またはモノマーもしくはそのポリマー単位について水酸基が結合している炭素間に1以上の炭素原子を有する2価以上であり、かつ分子量が2000未満のアルコール水溶液が基材に接触した状態で基材に放射線照射することを特徴とする改質基材の製造方法。
(2)前記アルコールが3価以下のアルコールであることを特徴とする(1)に記載の改質基材の製造方法。
(3)前記基材がエステル基含有ポリマーを含むことを特徴とする(1)または(2)に記載の改質基材の製造方法。
(4)前記アルコール水溶液の濃度が0.0001重量%〜40重量%であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
(5)前記アルコール水溶液中および/または前記基材中に水溶性高分子が実質含有されていないことを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
(6)前記エステル基含有ポリマーがメタクリル酸系ポリマーであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
(7前記メタクリル酸系ポリマーがポリメタクリル酸メチルまたはその誘導体であることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
(8)放射線滅菌後の改質基材において、水中に浸漬させて25kGyから35kGyのγ線線量を照射した後のヒト血小板付着数が20個/(4.3×10μm)以下および/またはフィブリノーゲンの相対吸着率が90%以下であることを特徴とする改質基材。
(9)エステル基を含有し、かつ疎水性基を有するポリマーを含むことを特徴とする(8)に記載の改質基材。
(10)前記疎水性基がアルカン基であることを特徴とする(8)または(9)に記載の改質基材。
(11)前記ポリマーがポリメタクリル酸メチル誘導体であることを特徴とする(8)〜(10)のいずれかに記載の改質基材。
(12)医療用基材であることを特徴とする(8)〜(11)のいずれかに記載の改質基材。
(13)血液浄化用モジュールの構成部材であることを特徴とする(8)〜(12)のいずれかに記載の改質基材。
(14)中空糸膜であることを特徴とする(8)〜(13)のいずれかに記載の基材の改質基材。
(15)分離膜であることを特徴とする(8)〜(14)のいずれかに記載の改質基材。
(16)前記血液浄化用モジュールが人工腎臓であることを特徴とする(13)〜(15)に記載の改質基材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、長期間保管しても血液適合性が損なわれない材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に用いられる人工腎臓の一態様を示す。
【図2】13C−NMRのスペクトルを示す。
【符号の説明】
【0013】
1.動脈側ヘッダー
2.静脈側ヘッダー
3.血液導入口
4.血液導出口
5.中空糸膜
6.血液
7.モジュールケース
8.透析液導入口
9.透析液導出口
10.ポッティング部
11.血液回路
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、医療用具等に用いられる基材、特にエステル基含有ポリマーからなる基材を製造する工程において、基材に特定のアルコール水溶液を接触させた状態で、放射線照射により処理することを特徴とする。放射線としてはα線、β線、γ線、X線、紫外線、電子線などが用いられる。また、人工腎臓などの医療用具は滅菌することが必要であり、近年は残留毒性の少なさや簡便さの点から、放射線滅菌法が多用されており、特に、γ線や電子線が好適に用いられている。すなわち、本発明の方法を用いることにより、滅菌を同時に行うことができるので、医療用基材に用いることが好ましい。
【0015】
医療用具の滅菌線量としては、15kGyから35kGyが好適とされている。本発明の改質基材は、ラジカル耐性に優れているため、放射線滅菌後の改質基材を水中に浸漬させて25kGyから35kGyのγ線線量を再度、照射した後でも、良好な血液適合性を維持する。ここでいう良好な血液適合性とは、ヒト血小板付着数が20個/(4.3×10μm)以下、好ましくは15個/(4.3×10μm)以下、さらに好ましくは10個/(4.3×10μm)以下、および/または、フィブリノーゲンの相対吸着率が90%以下、好ましくは70%以下、さらに好ましくは50μ%以下の条件を満たすことをいう。
【0016】
ここで、ヒト血小板付着数は、以下の方法によって測定されるものである。
測定する試料を底面の直径18mm程度の円筒管内に貼り付け、ヘパリンナトリウム液を50U/mlになるように添加し、健常人の静脈血を1.0ml入れて37℃にて1時間振盪させる(採血後10分以内に行うことが望ましい。)。グルタルアルデヒドを含有する生理食塩水を用いて血液成分の固定を行い、蒸留水にて洗浄した試料を10時間減圧乾燥させる。次に、スパッタリングにより、白金−パラジウムの薄膜を中空糸膜に形成させて試料とし、膜の内表面をフィールドエミッション型走査型電子顕微鏡等(倍率は1500倍が好ましい。)で観察し、1視野中(4.3×10μm)の付着血小板数を数える。試料は、異なる10視野での付着血小板数の平均値を血小板付着数(個/(4.3×10μm))とする。
さらに、フィブリノーゲンの相対吸着率は、以下の方法によって測定されるものである。
【0017】
フィブリノーゲンPBS溶液を試料と接触させた後、抗ヒトフィブリノーゲンHRP標識抗体で吸着フィブリノーゲンをマーキングし、TMB one solutionで発色させる。発色反応は経時的に進行するため、発色を見ながら、1N−塩酸で停止させる。吸光度は450nmで測定する。
【0018】
iso−ポリメタクリル酸メチル1重量部とsyn−ポリメタクリル酸メチル2重量部を、クロロホルム97重量部に加えて、室温にて溶解させ、フィルム原液を得る。このフィルム原液を、ガラスシャーレ(直径90mm)に10g注ぐ。室温で一晩放置し、クロロホルムを揮発させ、フィルムを形成させる。この後、シャーレからフィルムを剥がし、ポリメタクリル酸メチルフィルムを得る。フィブリノーゲンの相対吸着率は、このポリメタクリル酸メチルフィルムを、脱気した純水に浸漬させて、25kGyのγ線照射を行ったフィルムの吸光度を100としたときの試料サンプルの吸光度の相対的な割合(%)である。
【0019】
ヒト血小板付着数およびフィブリノーゲンの相対吸着率の測定方法の詳細については実施例において後述する。
また、改質基材を水中に浸漬させてγ線照射をすることがラジカル耐性の評価の指標として優れている理由としては、気体中で照射するより過酷な条件となるためである。すなわち、材料の変性は、γ線の高エネルギーによって材料自体にラジカルが発生する直接効果によるよりも、周囲の水分子から発生するヒドロキシラジカルを介する間接効果による方が高いためである。
【0020】
本発明でいうところの改質基材とは、ラジカル耐性に優れた血液適合性材料になるように合成されたポリマー成型体、もしくは表面反応や表面コーティングなどが施されたポリマー成型体等のことをいう。その形状としては、繊維、フィルム、樹脂、分離膜などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
本発明の改質基材は、その主鎖もしくは側鎖にエステル基を含有することが好ましく、かつ疎水性基を有するポリマーを構成成分に含んでいることが好ましい。
【0022】
本発明における改質基材の血液適合性を高くするためには、エステル基を含有するポリマーの存在が好ましいと考えられる。すなわち、エステル基は、親水性の官能基であり、周りに水和層を形成する。一般的に親水性の材料に対して、血小板などが付着しにくいのは、材料表面に水和層が形成されるためと考えられている。かかる基材に水和した水のなかには、強く材料と相互作用し、マイナス80度程度に冷却しても凍らない不凍結結合水といわれている水と、比較的弱い相互作用で、バルクの自由水と交換反応が起きる凍結結合水といわれる水の2種類が存在することが知られている。親水性の材料のなかでも、凍結結合水の多い材料表面は、バルクの自由水と絶えず交換反応が起きている動的な表面であるため、血小板などが付着しにくいことが知られている。エステル基と水分子との相互作用は、アミド基や水酸基と水との相互作用よりも、弱いと言われている。すなわち、エステル基によって、凍結結合水に覆われた材料表面になっている可能性が考えられる。
【0023】
また、本発明の改質基材のラジカル耐性が高い理由は詳細には不明であるが、疎水性基の存在が重要であると考えられる。すなわち、γ線照射によって、ポリマーが分解などの変性を受けても、疎水性基同士の相互作用により、エステル基が表面の水に露出した状態を維持しうるのではないかと考えられる
なお、材料表面に水溶性高分子の散漫層を形成させ、血液適合性を発揮する方法も知られている。これも、材料表面の水溶性高分子の分子運動によって動的な表面になっているために、血小板などが付着しにくいものと考えられている。
【0024】
しかしながら、本発明において、このような水溶性高分子が、改質基材に多くブレンドされている場合には、ラジカル耐性が得られない。この理由としては、次のように考えられる。水溶性高分子が、放射線により架橋が起きた場合には、分子運動性が低下し、血液適合性の低下につながる。また、水溶性高分子が放射線によって崩壊した場合には、散漫層に欠点ができることとなり、血液適合性の低下につながる。また、高分子であるために、どこかの1点でも架橋などの反応が起きた場合の全体に与える影響が大きい。つまり、水溶性高分子の散漫層は、放射線に対して敏感であるといえる。このことから、水溶性高分子が、改質基材に多くブレンドされている場合には、水溶性高分子が、エステル基を覆うような状態になってしまい、ラジカル耐性が得られないのではないかと考えられる。
【0025】
したがって、本発明においては、改質基材中に水溶性高分子が実質含有されていないことが好ましい。ここでいう実質とは、ラジカル耐性に影響を及ぼさない程度のという意味であり、水溶性高分子が微量に含有していても構わない。改質基材中の水溶性高分子の含有率は、水溶性高分子の種類やエステル基を含有するポリマーなどによっても異なり、一概には言えないが、5重量%以下、好ましくは1重量%以下、さらに好ましくは0.1%重量以下である。
【0026】
なお、ここでいうところの水溶性高分子とは、25℃の水に対する溶解度が好ましくは0.01重量%以上、さらに好ましくは0.1重量%以上であり、かつ分子量が2000以上の物質をさす。水溶性高分子の例としては、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。
【0027】
本発明の改質基材において、エステル基を含有するポリマーとして例示すると、主鎖に含有するものとしては、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチルテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのテレフタル酸系ポリマー、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリカプロラクトン、などが挙げられる。側鎖に含有するものとしては、ポリアミノ酸、セルロースジアセテート、セルローストリアセテートなどの天然由来の高分子、ポリ酢酸ビニルやポリアクリル酸メチルなどのビニル系ポリマーや、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸プロピル、2−ヒドロキシエチルメタクリレートもしくは、2−エチルヘキシルアクリレートでなどのメタクリル酸系ポリマー、アクリル酸系ポリマーが挙げられる。さらに、これらのエステル基含有ポリマーは、ポリマー内に、ここで挙げたようなユニットを含んでいれば、他のモノマーとの共重合体やグラフト体などの誘導体であってもかまわない。また、これらのエステル基含有ポリマーからなる基材は、上記のようなポリマーを単独で用いてもよいし、混合物でもよい。
【0028】
本発明の改質基材は、これらのエステル基を含有するポリマー等に、疎水性基が結合されているポリマーを含むことを特徴とする。かかる疎水性基としては、飽和炭化水素(アルカン)基が好ましく、炭素数が2以上の飽和炭化水素基が特に好ましい。一方、炭素数が多くなると、表面に疎水性部分が露出してくることもあるため、炭素数は12個以下、好ましくは8個以下、さらに好ましくは4個以下である。炭化水素基としては、直鎖状であっても、分岐を有していてもよい。ただし、不飽和結合を持った炭化水素基は、血液を活性化させることがある。さらには、不飽和結合は、ラジカルを発生することがあり、ラジカル耐性も高くないため、好ましいとはいえない。
【0029】
疎水性基の導入方法の一例としては、疎水性モノマーとエステル基を含有するモノマーから共重合させる方法があげられる。例えば、メタクリル酸メチルとエチレンをラジカル重合することによって、ポリメタクリル酸メチルとポリエチレンとの共重合体を得ることができる。共重合体の組成比としては、モノマーの種類によって異なるため、一概には言えないが、エステル基に対する疎水性基の割合が50モル%以下、好ましくは10モル%以下、さらに好ましくは1モル%以下である。例えば、メタクリル酸メチルとエチレンの場合であれば、メタクリル酸メチルに対するエチレンの割合は、20モル%以下が好適な範囲である。
【0030】
また、疎水性基の導入方法の他の一例としては、エステル基を含有するポリマーに疎水性基を導入する方法があげられる。このとき、疎水性基の結合箇所としては、特に限定されず、ポリマーの主鎖に結合していても、側鎖に結合していてもよい。また、疎水性基とポリマーの結合の間にエーテル基などのリンカー部分が存在しても構わない。例えば、ポリアクリル酸メチルとジエチルパーオキサイドを混合し、高温、高圧化で反応させることにより、ポリアクリル酸メチルにエトキシ基を導入することができる。一般的に、共重合よりもグラフト重合のほうが、主鎖ポリマーの物理化学的な特性が残りやすいために、好適に用いられる方法である。ポリマー中の疎水性基は、ラジカル耐性を向上させるが、その割合が多くなりすぎると、表面の親水性が低下し、血液適合性も低下する。従って、疎水性基の割合は、主鎖ポリマーや疎水性基の種類によって異なるために一概には言えないが、エステル基を含有する場合は、エステル基に対する疎水性基の割合は80モル%以下、好ましくは20モル%以下、さらに好ましくは5モル%以下である。
【0031】
また、ポリマーへの疎水性基の導入の方法としては、放射線グラフト法を用いる方法があげられる。例えば、前述の飽和炭化水素基を与える化合物としてはアルコールが好ましく用いられるが、エステル基を含有する基材をアルコール水溶液中に浸漬させて、放射線照射することで、アルコールをポリマーにグラフトさせることができる。この方法は簡便であるため、特に好ましい。つまり、放射線によって改質することで、γ線によるラジカル耐性の強い改質材料を得ることができる。
【0032】
かかるアルコールのうち、2価以上のアルコールにおいて、エチレングリコールやグリセリンなどのように水酸基が結合している炭素原子が隣接しているものについては、放射線によって不飽和結合が生成しやすい。これは、水酸基が結合している炭素にラジカルが発生しやすいため、水酸基が結合している炭素原子が隣接していると、不飽和結合が生成しやすくなるものと考えられる。
【0033】
不飽和結合を持った炭化水素基が、ポリマーにグラフトされると、前述したように、血液適合性が低下するばかりではなく、不飽和結合の開裂などによってラジカルを発生しやすいので、ラジカル耐性も低い。
【0034】
したがって、かかるアルコールとしては、1価のアルコール、もしくはモノマーもしくはそのポリマー単位について水酸基が結合している炭素間に1以上の炭素原子を有する2価以上のアルコールが好適に用いられるが、特に1価のアルコールが好ましい。また、4価以上では、ラジカルの発生点が多くなるため、不飽和結合が形成される確率も高くなると考えられる。したがって、3価以下のアルコールが好適に用いられる。
【0035】
1価アルコールの具体例としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、1−ブタノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノールなどのように1級アルコールでも、イソプロパノールやt−ブタノールなどの2級、3級アルコールであってもよい。また、2価以上のアルコールの例としては、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、ペンタエリスリトールなどが挙げられる。なお、アルコールの級数(1級、2級、3級のいずれか)は限定されない。
【0036】
また、かかるアルコール水溶液中のアルコール濃度については、濃度が低すぎるとアルコールのグラフト反応が起きにくいことがある。また、アルコール濃度が高すぎても、アルコール同士で反応してしまうために、ポリマーへのグラフト反応が起きにくくなることがある。このため、アルコール水溶液の濃度としては、0.0001重量%以上が好ましく、0.001重量%以上がより好ましい。一方、40重量%以下であることが好ましく、10重量%以下であることがより好ましく、0.1重量%以下であることがさらに好ましい。
【0037】
アルコールの分子量については、分子量が大きい場合には、グラフトされたアルコールが、材料表面のエステル基を覆うことが起こりえるため、高分子量のポリビニルアルコールやポリアリルアルコールなどを用いることは好ましくはない。以上のことから、アルコールの分子量は、2000未満がよい。さらには200以下が好ましい。アルコールの分子量に分布がある場合は、重量平均分子量とする。分子量は、質量分析計やゲルパーミエーションクロマトグラフィなどを用いることによって知ることができる。
【0038】
また、アルコール水溶液中に、前述した水溶性高分子が含有されている場合には、水溶性高分子が、材料表面にグラフトし、エステル基を覆うことが起こり得る。したがって、アルコール水溶液中に、水溶性高分子が含まれていると、本発明における基材を改質する効果が得られない。ただし、本発明の効果を妨げない程度の量が含まれていても構わない。水溶性高分子の濃度は、水溶性高分子の種類やエステル基を含有するポリマーなどによっても異なり、一概には言えないが、100重量ppm以下、好ましくは10重量ppm以下、さらに好ましくは1重量ppm以下である。
【0039】
グラフト反応に用いる放射線としては、前述のα線、β線、γ線、X線、紫外線、電子線などが用いられる。放射線の照射線量としては、グラフト反応を開始させるだけのエネルギーが必要である。グラフト反応が起きる照射線量としては、アルコールや、グラフトさせるポリマーの構造にもよる。したがって、一概に決定することはできないが、多くの場合は、5kGy以上、さらには15kGy以上が好ましい。また、照射線量が高すぎる場合には、グラフト反応以外の副反応を生じる場合がある。このため、照射線量が50kGy以下、さらには35kGy以下とすることが好ましい。
【0040】
また、放射線によってアルコールをグラフトさせる方法は、エステル基が含有されているポリマーに対しては特に限定されず適用でき、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチルテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのテレフタル酸系ポリマー、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリカプロラクトン、ポリ酢酸ビニルやポリアクリル酸メチルなどのビニル系ポリマー、ポリアミノ酸、セルロースジアセテート、セルローストリアセテートなどの天然由来の高分子、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸プロピル、2−ヒドロキシエチルメタクリレートもしくは、2−エチルヘキシルアクリレートなどのメタクリル酸系ポリマー、アクリル酸系ポリマーなどに用いられる。このなかでも、直鎖のポリマーで、放射線崩壊型のポリマーが、アルコールのグラフト効率が高いため、特に好適に用いられる。例えば、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリカプロラクトン、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸プロピルなどが挙げられる。特にポリメタクリル酸メチルは、入手などのしやすさから好適に用いられる。
【0041】
本発明の改質基材は、長期保管しても血液適合性が低下する懸念が少ないため、医療用具に好適に用いられる。また、血液適合性が高い材料は、有機物などの吸着も少ないため、水処理用分離膜、バイオ実験関連器具、バイオリアクター、分子モーター、DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)、タンパクチップ、DNAチップ、バイオセンサー、あるいは、分析機器部品、防汚用フィルム、防汚用樹脂などにも好適に用いることができる。本発明の技術は、メタクリル酸系ポリマーに使用できるため、透明性と防汚性が必要な防汚用フィルム、防汚用樹脂には、特に好適に用いられる。
【0042】
医療用具としては、生体成分の分離に用いられる医療用分離膜、人工血管、カテーテル、血液バッグ、コンタクトレンズ、眼内レンズ、手術用補助器具、血液浄化用モジュールなどにおいて特に好適に用いられる。
【0043】
血液浄化用モジュールとは、血液を体外に循環させる際に、吸着や濾過、拡散によって血中の老廃物や有害物質を取り除く機能を有したモジュールのことをいい、人工腎臓や外毒素吸着カラムなどがある。
【0044】
血液浄化用モジュールに内蔵される分離膜の形態は特に限定されるものではなく、平膜、中空糸膜などの形態で用いられる。しかし、処理効率すなわち血液と接触する表面積の確保などを考慮すると中空糸膜型であることが好ましい。このように、本発明の改質基材は、医療用基材として好適に用いられる。ここで医療用基材とは、体液もしくは血液など生体由来成分に接触するもので、血液適合性や安全性の高いものが好ましい。なお、ここでいう医療基材は医療用具を構成する部材とする。
【0045】
本発明にかかる血液浄化用モジュールの製造方法としては、その用途により、種々の方法があるが、大まかな工程としては、血液浄化用の分離膜の製造工程と、その分離膜をモジュールに組み込むという工程にわけることができる。
本発明の改質基材が分離膜である場合には、主鎖もしくは側鎖にエステル基を含有し、かつ疎水性基を有するポリマーを合成し、分離膜に成型してもよい。また、分離膜成型後に、放射線照射による分離膜への疎水性基のグラフト反応を利用してもよい。特に、グラフト反応を利用する場合、グラフト反応と滅菌を同時に行えるので、好ましい方法である。すなわち、疎水性基を与える化合物としてアルコールを用いる場合、分離膜をモジュールに組み込んだ後にモジュール内をアルコール水溶液で満たして、滅菌線量を照射して放射線照射を行えばよい。モジュール化の後に放射線照射するのであれば、滅菌も同時に行うことができるので好ましい。ただし、アルコール濃度が高いと、未反応のアルコールが、最終製品の中に残存する場合がある。このため、アルコール濃度は、1重量%以下、好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下である。一方、アルコール濃度は、上述したように0.0001重量%以上、さらには0.001重量%以上が好ましい。(医療用具で滅菌と同時に行う場合で規定しているので、上限を前記と違えています)
【0046】
人工腎臓に用いられる中空糸膜モジュールの製造方法についての一例を示す。人工腎臓に内蔵される中空糸膜の製造方法としては、つぎのような方法がある。すなわち、iso−ポリメタクリル酸メチル5重量部とsyn−ポリメタクリル酸メチル20重量部を、ジメチルスルホキシド75重量部に加え、加熱溶解し製膜原液を得る。この製膜原液をオリフィス型二重円筒型口金から吐出し、空気中を300mm通過させた後、水100%の凝固浴中に導き中空糸分離膜を得ることができる。この際、内部注入気体として乾燥窒素を用いる。
【0047】
中空糸膜をモジュールに内蔵する方法としては、特に限定されないが、一例を示すと次の通りである。まず、中空糸膜を必要な長さに切断し、必要本数を束ねた後、筒状ケースに入れる。その後両端に仮のキャップをし、中空糸膜両端部にポッティング剤を入れる。このとき遠心機でモジュールを回転させながらポッティング剤を入れる方法は、ポッティング剤が均一に充填されるために好ましい方法である。ポッティング剤が固化した後、中空糸膜の両端が開口するように両端部を切断し、中空糸膜モジュールを得る。
【0048】
放射線としてはα線、β線、γ線、X線、紫外線、電子線などが用いられる。また、人工腎臓などの医療用具は滅菌することが必要であり、近年は残留毒性の少なさや簡便さの点から、放射線滅菌法が多用されており、特に、γ線や電子線が好適に用いられている。すなわち、本発明の方法を用いることにより、滅菌を行うことができるので、医療用基材に用いることは好ましい。例えば、血液浄化用モジュールをγ線で滅菌するには15kGy以上の線量照射が好ましい。ただし、滅菌が不要な用途に用いる場合は、この線量に限定されない。
【0049】
上記のようにして得られた中空糸膜モジュールを用いた人工腎臓の基本構造の一例を図1に示す。円筒状のモジュールケース7に中空糸膜5の束が挿入されており、中空糸の両端部をポッティング部10で封止している。ケース7には透析液の導入口8および導出口9が設けられており、中空糸膜5の外部には透析液、生理食塩水、濾過水等が流れるようになっている。ケース7の端部にはそれぞれ動脈側ヘッダー1および静脈側ヘッダー2が設けられている。血液6は動脈側ヘッダー1に設けた血液導入口3より導入され、漏斗状の動脈側ヘッダー1によって、中空糸膜5の内部に導かれる。中空糸膜5によってろ過された血液6は、静脈側ヘッダー2によって集合させられ、血液導出口4より排出される。血液導入口3および血液導出口4には、血液回路11が接続される。
【実施例】
【0050】
以下に、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
1.基材の作成
(1)中空糸膜モジュール
iso−ポリメタクリル酸メチル5重量部とsyn−ポリメタクリル酸メチル20重量部を、ジメチルスルホキシド75重量部に加え、加熱溶解し製膜原液を得た。この製膜原液をオリフィス型二重円筒型口金から吐出し、ドライゾーン雰囲気を有する空気中を300mm通過させた後、水100%の凝固浴中に導き中空糸膜を得た。この際、二重円筒型口金への内部注入気体として乾燥窒素を用いた。得られた中空糸分離膜の内径は0.2mmであり 、膜厚は0.03mmであった。
得られた中空糸12000本を図1に示すような、透析液入口および透析液出口を有する円筒状のプラスチックケースに挿入し、両端部をウレタン樹脂で封止して、膜面積1.6mの人工腎臓用中空糸膜モジュールを作成した。膜面積は中空糸内径から算出される中空糸内表面積に、モジュールに挿入された糸本数と端面長を乗じて算出される値である。
【0051】
(2)フィルム
下記のように、ポリメタクリル酸メチルおよびポリ乳酸のフィルムを作成した。なお、該ポリマー以外の種類のポリマーを用いてフィルムを作成する際には、ポリマーを溶解するための溶媒を適宜選択し、溶媒が蒸発するように、減圧や加熱などを行えばよい。
(a)ポリメタクリル酸メチルフィルム
iso−ポリメタクリル酸メチル1重量部とsyn−ポリメタクリル酸メチル2重量部を、クロロホルム97重量部に加えて、室温にて溶解させ、フィルム原液を得た。このフィルム原液を、ガラスシャーレ(直径90mm)に10g注いだ。室温で一晩放置し、クロロホルムを揮発させ、フィルムを形成させた。この後、シャーレからフィルムを剥がし、血小板付着試験用のポリメタクリル酸メチルフィルムを得た。
(b)ポリ乳酸フィルム
D−ポリ乳酸(カーギルダウ社製、重量平均分子量15万)1.5重量部とL−ポリ乳酸(フナコシ社製、重量平均分子量10万)1.5重量部を、クロロホルム97重量部に加えて、室温にて溶解させ、フィルム原液を得た。この後、上記(a)と同様の操作を行い、血小板付着試験用のポリ乳酸フィルムを得た。
【0052】
2.改質基材の作成方法
(1)改質中空糸膜の作成方法
改質に用いるアルコールもしくはポリマーを、脱気した純水に溶解させて水溶液を調整した。ここで、脱気した水とは、室温にて、−500〜−760mmHgに減圧した状態で30分から1時間攪拌した水を意味する。水中の溶存酸素は、γ線照射時にラジカル開始剤となる。したがって、脱気されていない水を用いると、その後の実験のばらつきの一因になるため、注意が必要である。
該水溶液を、1.(1)で作成した中空糸膜モジュールの血液導入口3から入れ、血液導出口4から透析液の導出口9へ誘導し、透析液の導入口8から排出させ、該水溶液で中空糸膜モジュールを充填した。このときの水溶液の流速は450mL/min、通液時間は1分間とした。該中空糸膜モジュールについて25kGyのγ線を照射し、中空糸膜の改質と中空糸膜モジュールの滅菌を同時に行った。
なお、13Cで標識されたCH13CH−OHの0.1重量%の水溶液を上記のように中空糸膜モジュールに充填し、25kGyのγ線照射を行った。該中空糸膜を切り出し、減圧乾燥機(東京理化器械社製)で乾燥させて2.0g秤量した。該中空糸膜をメタノール:クロロホルム=4:1(容積比)で調整した混合溶媒50mLに浸積させ、15分間撹拌した。溶け残った中空糸膜を取り除き、エバポレーションし、乾固物を得た。乾固物を重クロロホルム(テトラメチルシラン1%含有、シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)に溶解させ、13C−NMR分析を行った。図2に示した通り、30〜40ppmのアルカン基由来のピークが観測され、改質が行われていることが確認できた。一方で、純水を上記のように中空糸膜モジュールに充填し、25kGyのγ線照射を行った中空糸膜について、同様の操作を行った結果、図2に示した通り、30〜40ppmのピークは観測されなかった。
【0053】
(2)改質フィルムの作成方法
改質に用いるアルコールを、脱気した純水に溶解させて水溶液を調整した。1.(2)で作成したフィルムを該アルコール水溶液に浸漬させて、25kGyのγ線照射を行った。フィルムおよび試験管を純水で洗浄したのち、自然乾燥させた。
【0054】
3.測定方法および試験方法
改質基材は1水準につき2サンプル準備し、1サンプルは水中でのγ線照射を行わずに、もう1サンプルについては、水中でのγ線照射を行った。両者を血小板付着試験およびフィブリノーゲン付着試験に供することで、改質基材の血液適合性およびラジカル耐性を評価した。
【0055】
(1)水中でのγ線照射
放射線滅菌後の改質基材を十分に水で洗浄した後、脱気した純水に浸漬させた。
改質基材が中空糸膜モジュールの場合は、水を血液導入口3から入れ、血液導出口4から透析液の導出口9へ誘導し、透析液の導入口8から排出させ、洗浄した。流速は450mL/min、洗浄時間は10分間とした。この後、脱気した純水を同様に通液し、中空糸膜モジュールを脱気した純水で満たした。流速は450mL/min、通液時間は5分間とした。
改質基材がフィルムの場合は、フィルム重量の約100倍量の水で3回以上洗浄した。この後、脱気した純水に浸漬させた。
上記のようにして水で浸漬させた改質基材に対して照射線量が25kGy〜35kGyの範囲内に入るようにγ線照射を行った。
なお、放射線滅菌後の基材を、水中でのγ線照射に供する場合には、滅菌後1年以内に行うことが望ましい。さらに、血小板付着試験やフィブリノーゲン付着試験に供するサンプルは、放射線照射後、1年以内のものが好ましい。
【0056】
(2)血小板付着試験方法
直径18mmのポリスチレン製の円形板(フィルム状)に両面テープを貼り付け、そこに中空糸膜を固定した。貼り付けた中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜の内表面を露出させた。試料がフィルムの場合は、フィルムを3〜5mm角に切り取り、円形版に貼り付けた(中空糸やフィルムの表面に汚れや傷、折り目などがあると、その部分に血小板が付着し、正しい評価ができないことがあるので注意を要する。)。
【0057】
筒状に切ったFalcon(登録商標)チューブ(直径18mm、No.2051)に該円形板を、中空糸膜やフィルムを貼り付けた面が、円筒内部に入るように取り付け、パラフィルムで取り付け部分の隙間を埋めた。この円筒管内を生理食塩水で洗浄後、生理食塩水で満たした。健常人の静脈血を採血後、直ちにヘパリンナトリウム注射液(味の素社製)を50U/mlになるように添加した。前記円筒管内の生理食塩水を廃棄後、前記血液を、採血後10分以内に、円筒管内に1.0ml入れて37℃にて1時間振盪させた。その後、中空糸膜を10mlの生理食塩水で洗浄し、2.5容積%のグルタルアルデヒド(ナカライテスク社製)を含有する生理食塩水で血液成分の固定を行い、20mlの蒸留水にて洗浄した。洗浄した中空糸膜を常温66Pa絶対圧にて10時間減圧乾燥した。この円形版を走査型電子顕微鏡の試料台に両面テープで貼り付けた。その後、スパッタリングにより、白金−パラジウムの薄膜を中空糸膜もしくはフィルム表面に形成させて、試料とした。この中空糸膜の内表面もしくはフィルム表面をフィールドエミッション型走査型電子顕微鏡(日立社製S800)にて、倍率1500倍で観察し、1視野中(4.3×10μm)の付着血小板数を数えた。中空糸長手方向もしくはフィルムにおける中央付近で、異なる10視野での付着血小板数の平均値を血小板付着数(個/(4.3×10μm))とした。中空糸の長手方向における端の部分や、フィルムの端は、血液溜まりができやすいためである。
【0058】
なお、血小板付着試験においては、試験が適切に行われているかどうかを確認するために、ポジティブコントロールとネガティブコントロールを実験毎に水準に入れる。ポジティブコントロールとは、血小板付着が多いことがわかっている既知のサンプルである。また、ネガティブコントロールとは、血小板付着が少ないことがわかっている既知のサンプルである。ポジティブコントロールとしては東レ社製人工腎臓“フィルトライザー”BG−1.6Uの中空糸膜、ネガティブコントロールとしては川澄化学社製人工腎臓PS−1.6UWの中空糸膜とする。上記の実験条件で血小板付着数が、ポジティブコントロールとしては40(個/(4.3×10μm))以上、かつ、ネガティブコントロールとしては5(個/(4.3×10μm))以下であったときに、測定値を採用する。コントロールの血小板付着数が上記範囲からはずれた場合は、血液の鮮度が欠けていたり、血液の過度な活性化が生じていることなどが考えられるので、試験をやり直す。
本実験で血小板付着数が20(個/(4.3×10μm))以下であれば、血液適合性が良好であると考えられる。
【0059】
(3)フィブリノーゲン吸着試験方法
(a)サンプルの作成
フィブリノーゲンが容器に吸着することで、実験結果のばらつきが発生する。このため、試験に供する改質基材を溶媒に溶かした後、栄研チューブ(2号、栄研器材社製)の内壁に直接コートした。
すなわち、改質基材を適当な溶媒に溶解させた。濃度は3重量%程度で行うことが好ましい。栄研チューブの内側にエポキシ樹脂をコーティングし、80℃のオーブンで2時間加温し、熱硬化させた後、放熱した。エポキシ樹脂コーティング部分を改質基材溶液で再度コーティングし、50℃のオーブンで2時間加温して乾固させ、フィブリノーゲン吸着試験用サンプルを得た。
【0060】
(b)フィブリノーゲン相対吸着率の測定
フィブリノーゲンPBS(−)溶液(ヒト由来フィブリノーゲン、シグマケミカル社製)(ダルベッコPBS(−)粉末、日水製薬社製)をフィブリノーゲン濃度が1000ng/mLになるよう調製した。抗ヒトフィブリノーゲンHRP標識抗体をPBS(−)Tween水溶液(PBS(−)1Lにポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(ICI社商標Tween20相当品、和光純薬工業社製)を50μL溶かしたもの)で10000倍に希釈した。
【0061】
乾燥させたそれぞれの改質基材コート試験管にフィブリノーゲンPBS(−)溶液を100μLずつ加え、室温で60min放置した。続いてPBS(−)Tweenで5回洗浄した。抗フィブリノーゲンHRP標識抗体を100μLずつ加え、室温でさらに60min放置した。PBS(−)Tweenで再度5回洗浄し、TMB one solution(プロメガ社製)を100μLずつ加えた。室温で10分間撹拌し発色具合を見ながら1N−HCl(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製)を100μLずつ加えた。試料液を96穴ELISAプレートに移し、プレートリーダー(東ソー社製、MPR−A4i II型)で450nmの吸光度を測定した。吸光度が高いほど、フィブリノーゲン吸着量が多いことを表す。フィブリノーゲンの相対吸着率は、1.(2)(a)で作成したポリメタクリル酸メチルフィルムを、脱気した純水に浸漬させて、25kGyのγ線照射を行ったフィルムの吸光度を100としたときの試料サンプルの吸光度の相対的な割合(%)である。
【0062】
(実施例1)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%のエタノールを含有する水溶液(以下、0.1重量%エタノール水溶液の様に記載する。)を用いて2.(1)の手順に従って中空糸膜の改質と滅菌を同時に行った。この後、3.(1)の手順に従って純水に置換し、再度γ線を照射した。γ線照射線量は28kGyであった。純水に置換して再度γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ3.(1)または3.(2)の手順によるヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持できるラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0063】
(実施例2)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.01重量%エタノール水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0064】
(実施例3)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%n−ヘキサノール水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0065】
(実施例4)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%1,3−プロパンジオール水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0066】
(実施例5)
ポリメタクリル酸メチルのフィルムに対して、2.(2)の手順に従って0.1重量%エタノール水溶液を用いて改質フィルムを作成した。前述の方法で純水に置換し、再度γ線を照射した。γ線照射線量は28kGyであった。純水に置換、γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0067】
(実施例6)
ポリメタクリル酸メチルのフィルムに対して、0.1重量%1,3−プロパンジオール水溶液を用いた以外は、実施例5と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0068】
(実施例7)
ポリ乳酸のフィルムに対して、2.(2)の手順に従って0.1重量%エタノール水溶液を用いて改質フィルムを作成した。前述の方法で純水に置換し、再度γ線を照射した。γ線照射線量は28kGyであった。純水に置換、γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0069】
(実施例8)
ポリ乳酸のフィルムに対して、0.1重量%1,3−プロパンジオール水溶液を用いた以外は、実施例7と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高く、再度γ線を照射しても、良好な血液適合性を維持したラジカル耐性に優れた改質基材であった。
【0070】
(実施例9)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールを、γ線未照射の状態で、血小板付着試験に供した。その血小板付着数は0.23(個/4.3×10μm)であり、良好な血液適合性を示した。このような中空糸膜モジュールを用いて、0.046重量%(0.01mol/L)のエタノール(アルドリッチ社製)水溶液を血液導入口3から入れ、血液導出口4から透析液の導出口9へ誘導し、導入口8に通液する順で充填した。その後、該モジュールにγ線を照射した。γ線照射線量は27kGyであった。該モジュールの中空糸を切り出し、血小板付着試験を行った。なお、ポジティブコントロールとしては、東レ社製人工腎臓“フィルトライザー”BG−1.6U(製品ロット:91110412)を、ネガティブコントロールとしては川澄化学社製人工腎臓PS−1.6UW(製品ロット:1Y7335)を用いて、血小板付着試験が成立していることを確認した。以下の実施例、比較例も同様のものを使用し、血小板付着試験の成立を確認して行った。結果は表2の通りであった。
【0071】
(実施例10)
0.060重量%(0.01mol/L)の2−プロパノール(アルドリッチ社製)水溶液を用いた以外は実施例9と同様の操作を行い、血小板付着試験に供した。なお、γ線照射線量は27kGyであった。結果は表2の通りであった。
【0072】
(比較例1)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、2.(1)に示す手順における改質に用いるアルコールもしくはポリマーの水溶液の代わりに純水を充填し、その他は2.(1)に示す手順に従って滅菌を行った。この後、前述の方法で純水に置換し、再度γ線を照射した。再度γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0073】
(比較例2)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%エチレングリコール水溶液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0074】
(比較例3)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%プロピレングリコール水溶液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高かったが、再度γ線を照射することで、良好な血液適合性を維持できないラジカル耐性に弱い改質基材であった。
【0075】
(比較例4)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%グリセリン水溶液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0076】
(比較例5)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%ポリビニルアルコール(アルドリッチ社製、重量平均分子量10000、親水性単位80%)水溶液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高かったが、再度γ線を照射することで、良好な血液適合性を維持できないラジカル耐性に弱い改質基材であった。
【0077】
(比較例6)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールに対して、0.1重量%ポリビニルピロリドン(BASF社製、重量平均分子量1万)水溶液と0.1重量%エタノール水溶液の混合水溶液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該改質基材は血液適合性が高かったが、再度γ線を照射することで、良好な血液適合性を維持できないラジカル耐性に弱い改質基材であった。
【0078】
(比較例7)
ポリメタクリル酸メチルのフィルムに対して、2.(1)に示す手順における改質に用いるアルコールもしくはポリマーの水溶液の代わりに純水を充填し、その他は2.(1)に示す手順に従って純水中でγ線滅菌した。この後、前述の方法で純水に置換し、再度γ線を照射した。再度γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0079】
(比較例8)
ポリメタクリル酸メチルのフィルムに対して、0.1重量%グリセリン水溶液を用いた以外は、比較例7と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0080】
(比較例9)
ポリ乳酸のフィルムに対して、2.(1)に示す手順における改質に用いるアルコールもしくはポリマーの水溶液の代わりに純水を充填し、その他は2.(1)に示す手順に従って純水中でγ線滅菌した。この後、前述の方法で純水に置換し、再度γ線を照射した。再度γ線照射する前と後のサンプルについて、それぞれ血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0081】
(比較例10)
ポリ乳酸のフィルムに対して、0.1重量%グリセリン水溶液を用いた以外は、比較例9と同様の操作を行い、ヒト血小板付着試験とフィブリノーゲン吸着試験に供した。なお、純水に置換し、再度γ線を照射した際のγ線照射線量は28kGyであった。
結果は、表1に示した通りであった。すなわち、該基材は血液適合性が低かった。
【0082】
(比較例11)
ポリメタクリル酸メチルの中空糸膜モジュールを用いて、純水を血液導入口3から血液導出口4に通液し、次に透析液側導出口9から透析液側導入口8に通液する順で充填した。その後、該モジュールにγ線を照射した。γ線照射線量は27kGyであった。該モジュールの中空糸を切り出し、血小板付着試験を行った。結果は表1の通りであった。血小板付着数が非常に多くなり、γ線による変性で血液適合性が損なわれていることが分かった。
【0083】
(比較例12)
0.19重量%(0.01mol/L)のピロ亜硫酸ナトリウム(アルドリッチ社製)水溶液を用いた以外は比較例11と同様の操作を行い、血小板付着試験に供した。なお、γ線照射線量は27kGyであった。結果は表2の通りであった。
【0084】
【表1】

【0085】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1価のアルコール水溶液、またはモノマーもしくはそのポリマー単位について水酸基が結合している炭素間に1以上の炭素原子を有する2価以上であり、かつ分子量が2000未満のアルコール水溶液が基材に接触した状態で基材に放射線照射することを特徴とする改質基材の製造方法。
【請求項2】
前記アルコールが3価以下のアルコールであることを特徴とする請求項1に記載の改質基材の製造方法。
【請求項3】
前記基材がエステル基含有ポリマーを含むことを特徴とする請求項11または2に記載の改質基材の製造方法。
【請求項4】
前記アルコール水溶液の濃度が0.0001重量%〜40重量%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
【請求項5】
前記アルコール水溶液中および/または前記基材中に水溶性高分子が実質含有されていないことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
【請求項6】
前記エステル基含有ポリマーがメタクリル酸系ポリマーであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
【請求項7】
前記メタクリル酸系ポリマーがポリメタクリル酸メチルまたはその誘導体であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の改質基材の製造方法。
【請求項8】
放射線滅菌後の改質基材において、水中に浸漬させて25kGyから35kGyのγ線線量を照射した後のヒト血小板付着数が20個/(4.3×10μm)以下および/またはフィブリノーゲンの相対吸着率が90%以下であることを特徴とする改質基材。
【請求項9】
エステル基を含有し、かつ疎水性基を有するポリマーを含むことを特徴とする請求項8に記載の改質基材。
【請求項10】
前記疎水性基がアルカン基であることを特徴とする請求項8または9に記載の改質基材。
【請求項11】
前記ポリマーがポリメタクリル酸メチル誘導体であることを特徴とする請求

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−254350(P2012−254350A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−218994(P2012−218994)
【出願日】平成24年10月1日(2012.10.1)
【分割の表示】特願2006−530825(P2006−530825)の分割
【原出願日】平成18年3月28日(2006.3.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】