説明

放射線または紫外線測定法

【課題】簡便な放射線および電磁波のような放射線または紫外線の測定方法であって、しかも、その放射線または紫外線の種類の同定が可能な方法、ならびに、そのための組成物およびキットを提供することを本発明の課題とする。
【解決手段】上記課題は、(a)細胞を、放射線または紫外線に曝露する工程;(b)曝露された細胞中のATP量を測定する工程;および、(c)該ATP測定値から、放射線または紫外線の量を決定する工程を包含する方法を提供することによって、解決された。さらに、上記課題は、(a)細胞集団を、放射線または紫外線に曝露する工程;(b)曝露された細胞集団中の生存細胞数を測定する工程;および、(c)該生存細胞数から、放射線または紫外線の量を決定する工程を包含する方法を提供することによっても解決された。また、これら方法において使用するための組成物およびキットも本発明によって提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線または紫外線の測定法の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
生命に悪影響を与える放射線または紫外線についての関心が高まっている。
【0003】
放射線としては、例えば、宇宙環境放射線が挙げられる。また、原子力発電所、核廃棄物処理場などにおいても、高容量の放射線に対する曝露の危険性が存在する。
【0004】
人類の月面ミッションや火星ミッションにおいて、無重力と並んで、あるいはそれ以上に問題になるのは放射線であろう。これは圏外生物学においても同様である。宇宙環境放射線に関する生物学的調査として、これまで人体への影響評価や人体防護を目的とした医学的研究が多く行われてきた(非特許文献1および2)が、これらの研究は、放射線による医学的影響に関するものであり、いかに放射線を測定するかについては、重点が置かれていなかった。
【0005】
宇宙線の物理的測定方法は、例えば、プラスチックの薄板を用いて粒子線がその薄板に穴を開け、その穴の数を画像解析で測定する方法があるが、現実的には画像解析に多大な労力と時間を要する。さらに、従来法では、放射線の種類を同定することが困難であり、さらに、電磁波による照射を検出できない、放射線と紫外線の同時測定が困難であるという不利な点もある。
【0006】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては、次のものがある。
【非特許文献1】Yatagai F (Supplement editor-in-chief) (2002) Space Radiation Research. J. Rad. Res. 43 Supplement, S1-S264.
【非特許文献2】藤高和信、福田俊、保田浩志(2004)宇宙からヒトを眺めて−宇宙放射線の人体への影響、研成社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、簡便な放射線および電磁波の測定方法であって、しかも、その種類を特定する方法の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、細胞を放射線または紫外線に曝露し、その細胞におけるATP量を測定すること、および/または、その曝露した細胞集団中で生存し続ける細胞数を測定することによって、放射線または紫外線の定量および種類の同定が可能であることを見出し、上記課題を解決した。
【0009】
従って、本発明は以下を提供する:
(項目1) 放射線または紫外線を測定するための組成物であって、細胞を含有する、組成物。
(項目2) 前記細胞が微生物由来である、項目1に記載の組成物。
(項目3) 前記微生物が細菌である、項目2に記載の組成物。
(項目4) 上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、項目3に記載の組成物。
(項目5) 少なくとも2種類の細胞を含有する、項目1に記載の組成物。
(項目6) 放射線または紫外線を測定するためのキットであって、細胞を含む、キット。
(項目7) 前記細胞が微生物由来である、項目6に記載のキット。
(項目8) 前記微生物が細菌である、項目7に記載のキット。
(項目9) 上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、項目8に記載のキット。
(項目10) 少なくとも2種類の細胞を含む、項目6に記載のキット。
(項目11) さらに、ATP測定試薬を含む、項目6に記載のキット。
(項目12) さらに、前記細胞の培養に使用するための試薬を含む、項目6に記載のキット。
(項目13) 放射線または紫外線を測定する方法であって、
(a)細胞を、放射線または紫外線に曝露する工程;
(b)曝露された細胞中のATP量を測定する工程;および
(c)該ATP測定値から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する方法。
(項目14) 前記細胞が微生物由来である、項目13に記載の方法。
(項目15) 前記微生物が細菌である、項目14に記載の方法。
(項目16) 上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、項目15に記載の方法。
(項目17) 少なくとも2種類の細胞を用いる、項目13に記載の方法。
(項目18) さらに、
(d)該ATP測定値から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する、項目17に記載の方法。
(項目19) 放射線または紫外線を測定する方法であって、
(a)細胞集団を、放射線または紫外線に曝露する工程;
(b)曝露された細胞集団中の生存細胞数を測定する工程;および
(c)該生存細胞数から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する方法。
(項目20) 前記細胞が微生物由来である、項目19に記載の方法。
(項目21) 前記微生物が細菌である、項目20に記載の方法。
(項目22) 上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、項目21に記載の方法。
(項目23) 少なくとも2種類の細胞を用いる、項目19に記載の方法。
(項目24) さらに、
(d)該生存細胞数から、放射線または紫外線の種類を決定する工程、
を包含する、項目23に記載の方法。
(項目25) 前記生存細胞数を測定する工程が、生存細胞を培養して得られるコロニー数の係数による、項目19に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に従って、簡便な放射線および電磁波の測定方法であって、しかも、その種類を特定する方法が提供される。さらに、そのような測定に使用するための組成物およびキットもまた、提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。
【0012】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0013】
本明細書において使用する場合、用語「放射線」とは、直接又は間接に空気を電離する能力をもつものであり、
(1)アルフア線、重陽子線、陽子線その他の重荷電粒子線およびベータ線
(2)中性子線
(3)ガンマ線および特性エックス線(軌道電子捕獲に伴って発生する特性エックス線)、ならびに
(4)電子線およびエックス線
をいう。
【0014】
本明細書において使用する場合、用語「紫外線」とは、10−400nmの波長である電磁波、すなわち、可視光線より短く軟X線より長い不可視光線の電磁波をいう。
【0015】
用語「細胞」は、どの生物由来の細胞、たとえば、任意の種類の多細胞生物(例えば、動物(たとえば、哺乳動物細胞、鳥類細胞、魚類細胞、および両生類細胞などの脊椎動物、ならびに昆虫細胞などの無脊椎動物)、植物(たとえば、単子葉植物、双子葉植物など)、真菌類(例えば、キノコ、カビ、酵母など)、単細胞生物(例えば、細菌(例えば、大腸菌)など)由来の細胞)でもよい。好ましくは、本発明において使用される細胞は、細菌である。また、本発明において使用される細胞は、天然に存在する生物由来に限定されることはなく、細胞の改変体であってもよい。改変体としては、変異体、形質転換体、トランスジェニック生物由来の細胞、および、遺伝子組換え体が挙げられるが、これらに限定されない。例えば、Escherichia coli(E. coli)のminB変異株およびminB変異株から産生されるミニセルもまた、本発明の微生物に包含される。本発明において使用される好ましい微生物は、Escherichia coli、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体が挙げられるが、これに限定されない。また、使用する細胞の状態は、特に限定されず、増殖中の細胞であっても、休止中の細胞(例えば、内生胞子など)であってもよい。
【0016】
本発明において「細胞」を使用する場合、その細胞組成物に添加(または残存)する水分量を調整することが可能である。そして、水分量が少ない場合、水を介した細胞に対する傷害が減少するため放射線または紫外線に対する耐性が高まり感受性が低下し、水分量が多い場合、水を介した細胞に対する傷害が増加するため放射線または紫外線に対する耐性が低下し感受性が高まる。細胞を含む組成物の水分量の低下は、例えば、その生物を風乾させること、あるいは、凍結乾燥することによって達成可能である。細胞を風乾する場合、細胞は、シリカゲル乾燥キャビネットで達成できる乾燥に相当する水分量を含有することになる。また、細胞を凍結乾燥する場合、含まれる自由水は、ほぼゼロになる。
【0017】
本明細書において「組織」(tissue)とは、多細胞生物において、実質的に同一の機能および/または形態をもつ細胞集団をいう。通常「組織」は、同じ起源を有するが、異なる起源を持つ細胞集団であっても、同一の機能および/または形態を有するのであれば、組織と呼ばれ得る。通常、組織は、器官の一部を構成する。植物では、構成細胞の発達段階によって分裂組織と永久組織とに大別され、また構成細胞の種類によって単一組織と複合組織とに分けるなど、いろいろな分類が行われている。動物の組織は,形態的、機能的または発生的根拠に基づき、上皮組織、結合組織、筋肉組織、神経組織などに区別される。本発明の放射線測定においては、細胞のみならず、組織も使用することができる。
【0018】
本明細書中において、用語「組織」は、どの生物由来のどの組織(たとえば、任意の種類の多細胞生物(例えば、動物(たとえば、脊椎動物、無脊椎動物)、植物(たとえば、単子葉植物、双子葉植物など)、真菌類など)由来の組織)でもよい。好ましい休眠組織としては、完熟種子、未熟種子、冬芽、および塊茎が挙げられ、特に好ましくは完熟種子であるが、これに限定されない。
【0019】
用語「器官」は、生物個体のある機能が個体内の特定の部分に局在して営まれ,かつその部分が形態的に独立性をもっている構造体をいう。一般に多細胞生物(例えば、動物、植物、真菌類)では器官は特定の空間的配置をもついくつかの組織からなり、組織は多数の細胞からなる。そのような器官としては、植物の場合には、根、葉、茎、および花などが挙げられ、動物の場合には、皮膚、心臓、血管、角膜、網膜、腎臓、肝臓、膵臓、腸、胎盤、臍帯、肺、脳、神経、四肢末梢などが挙げられるが、それらに限定されない。本発明の放射線測定においては、細胞のみならず、器官も使用することができる。
【0020】
(一般的技術)
波長(λ)0.2 nmの光量子のエネルギーは1×10-15 J(6.2 keV)であり、ウィーンの変位則〔λ(μm)= 2898/K〕により約1450万Kの黒体輻射に相当する。X線の「照射線量」の単位レントゲン(R)は1 R = 2.58×10-4 C kg-1である。空気の電離エネルギー(W値)34 eVをそのまま適用して「吸収線量」に変換すると1 R≒8.77 mGy(mJ kg-1)になる。気体のW値ではなく、乾固した微生物細胞(固体)の電離エネルギー(ε値;一般にW値より小さい)を用いることも可能ではあるが、本明細書においては、乾固した微生物細胞(固体)の電離エネルギーを考慮しない。また、6 keVのX線に対する水、炭素(グラファイト)、酸素の質量エネルギー吸収係数はそれぞれ空気の1.06、0.46、1.19倍なので(Hubbell & Seltzer, 1996)1倍と近似して、本明細書においては照射線量1 R≒吸収線量8.77 mJ kg-1(= 5.47×1015 eV kg-1)をそのまま用いる。
【0021】
実施例において使用した照射X線は500 R s-1/0.9 cm2であったので、ターゲットウェル面積(0.07 cm2)当りでは約39 R s-1ということになる。このターゲットウェルに適下し風乾した微生物懸濁液100μl中の細胞数は1.1×106個〜100×106個である(表1参照)。
【0022】
細胞の断面積を1 μm2(0.5×2 μm;0.5 μmφのミニセルは0.2 μm3)とすると、その合計は0.002 cm2(ミニセル)、0.07 cm2(E. coli)、1 cm2(D. radiodurans)となる。D. radioduransの場合はターゲットウェル面積(0.07 cm2)より値が大きいので、これは細胞が重なり合っていると想定し、ターゲットウェル面積をもって有効照射面積とした。E. coliの場合は細胞断面積の合計とターゲットウェル面積がほぼ一致したと考えられた。ミニセルの細胞断面積の合計へのX線照射率は1 R s-1程度(500×0.002/0.9)だったと考えられる。
【0023】
人間は100 R h-1、5時間程度の照射で致命的といわれている。自然放射線は17〜1100 μR h-1である。人の一生で被曝する自然放射線の量は約20 R(200 mSv)である(寿命を75年とし、自然放射線の量を 30 μR h-1として計算)。従来の放射線影響評価の研究では1 R h-1程度の線量率が主に用いられていた。直接的な比較はできないが、この事実は、今回用いたX線がいかに大線量であったかを示す。
【0024】
(細胞生存率測定法)
細胞の生存率は、種々の周知の手法によって測定することが可能である。例えば、細胞がコロニーを形成できる場合(例えば、細菌、酵母、動物細胞の細胞株など)には、プレートに播種して、コロニーを形成させ、そのコロニーを計数することによって、生存率を決定することが可能である。あるいは、0.3%トリパンブルー液(PBS(−))と細胞を混合し、青く染色されていない細胞を生存している細胞として計数することが可能である。また、生きた細胞の健全な細胞膜には透過しないが、死細胞の自己消化しつつある細胞膜には透過する蛍光色素と細胞を混合し、蛍光染色されていない細胞を生存している細胞として計数することが可能である。さらに、細胞内ATP量は細胞生存性と相関関係があり、生細胞数の指標となり得、本発明で精細胞数の指標の1つとして用いた(いきなり下記のATP測定法を書くより何の目的で使用するのか書いた方が良いと思いました)。
【0025】
(ATP測定法)
ATP(アデノシン三リン酸)の定量は、種々の周知の手法を用いることが可能である。例えば、ルシフェラーゼが過剰量ルシフェリン存在下で発光する場合、発光量はATP量に比例することから、ATP量を測定することが可能である。この原理を用いるATP測定キットは市販されている。
【0026】
以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、以下の実施例は、例示の目的のみに提供される。従って、本発明の範囲は、上記発明の詳細な説明にも下記実施例にも限定されるものではなく、請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0027】
(材料と方法)
照射試験に供した微生物は、(1)放射線耐性微生物D. radiodurans NBRC 15346、(2)大腸菌E. coli X-1488および、(3)そのDNA欠損細胞であるミニセル(minicell)の3種類を用いた。D. radioduransとE. coliはNBRC-802培地とLB培地でそれぞれ常法に従い培養した。
【0028】
E. coliミニセルをJaffeら(J. Bacteriol.,(1988)vol. 170, pp.3094-3101)に従って調製した。具体的には、min欠損株の培養液から細胞を遠心分離(14000×g、15 min)して集め、上澄みを捨ててATP-free の150 mM NaClおよび50 mM Tris-HCl に懸濁することをそれぞれ2回繰り返した。最終的に細胞懸濁液100 μl当りのATP量および細胞数は表1のとおりであった。ATP量は以下の記載のように実測した。細胞数は、3.5×105 cells/pmol ATP(Kimura et al. 2003の最小のcell-per-ATP係数)から算出した。
【0029】
【表1】

(表1:各照射対象となるウェルに添加した、100μlの溶液に懸濁した微生物の初期ATP濃度および細胞数)
細胞懸濁液各100μlをスライドグラス上に作成したターゲットウェル(3 mmφ、1 mm深の凹部)に滴下して風乾し、照射試料とした。この滴下・風乾作業は照射直前に無菌的に行った。
【0030】
風乾試料への放射線照射は高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光施設(PF)のBL-27Bにおいて行った。使用した放射光は波長0.2 nm(6.2 keV)のX線で、照射線量率は500 R s-1、照射面は約0.9 cm2(3 mm×30 mm)であった。これを各試料(0.07 cm2 = 3 mmφ)に0、0.5、1、2、3、4および5分間照射した(n = 2 or 3)。
【0031】
照射後、試料を無菌的に回収し、広島大学にて残存ATPと生残CFUの定量を行った。まずターゲットウェルに100 μlの緩衝液を滴下して風乾標品を再懸濁し、ATP定量およびCFU計数に供した。ATPはルシフェリン−ルシフェラーゼ反応による発光を東亜DKK社製AF-70にて測定した。CFUは、0、0.5、1および2分照射試料の再懸濁液を寒天平板に塗布して常法に従って培養し、形成されたコロニー数として計数した。
【0032】
(結果)
まず微生物懸濁液を調製した時の初期ATP含量(表1)と照射0分の乾燥試料からの再懸濁液のATP量を比較すると、1/3程度の減少が見られた。これは、細胞懸濁液を調製してからKEK-PFで照射を行うまでの間に微生物の死、あるいは、微生物細胞内のATP消費による減少と考えられる。
【0033】
X線照射により、微生物ATPは減少した(図1)。一般にATPは生細胞(生菌)現存量の指標になるので、このATPの減少はX線照射による微生物の死滅を反映すると考えられる。
【0034】
一方、E. coliおよび放射線耐性菌D. radioduransではATP減少が緩やかであった。E. coliとD. radioduransで同様の傾向が見られた。
【0035】
ATPより直接的な生菌指標としてCFU(colony forming unit、コロニー形成単位)がある。CFUもX線照射により減少した(図2)。
【0036】
(実施例2)
複数種の微生物を用いて照射放射線の線種と線量を同時に計測できることを実証した。
【0037】
例えば、ガンマ線とエックス線について、よく知られた放射線耐性菌であるeinococcus radioduransと一般的な実験微生物であるEscherichia coli(大腸菌)は異なる耐性を示す。従って、例えば、この二種類の微生物の組合せで、ガンマ線とエックス線による照射を区別することが可能である。具体的には、ガンマ線照射に対しては、E. coli(大腸菌)は60グレイという線量のガンマ線で死滅する一方、D. radioduransは15,000グレイで63%が死滅(37%は生残)する。このとき、E. coliの100%死滅とD. radioduransの63%死滅のガンマ線量の比は60:15000 = 1:250となり、大きな差を示す。
【0038】
さらに、本実施例において、乾燥処理を行わないD. radiodurans(図3のD. rad wet)、および、乾燥処理を行わないE.coli(図3のE.coli wet)を用いた場合、エックス線照射(0.2 nm、500 R s-1)に対しては、照射300秒(150,000レントゲン)により、E. coliの死滅率78%(生残率22%)、D. radioduransの死滅率75%(生残率25%)と、両者の死滅率の間に、ガンマ線の場合ほど大きな差は見られないことが判明した。従って、E. coliとD. radioduransの死滅率に大きな差がある場合はガンマ線照射、大きな差がない場合はエックス線照射であることが合理的に推定できた。このように、線種に対する耐性・感受性の異なる細胞を用いることによって、線種を同定することが可能であることが示された。なお、当然のことながら、照射線量とともに死滅率も増すので、死滅率から照射線量を推定することも可能である。
【0039】
さらに、用いる微生物の乾燥状態をコントロールすることにより、死滅率(生残率)を調節することができ、低線量(図3においては、短時間の照射が相当する)から高線量(図3においては、長時間の照射が相当する)まで幅広いレンジの線量を測定することが可能となる。たとえば、下図の「wet」と「dry」は微生物細胞の乾燥状態を示すが、「dry」のように十分乾燥させることで照射線量に対して死滅しにくくなり、より高線量まで測定可能になる。なお、乾燥状態が異なっている場合であっても、線種に対する感受性・耐性の傾向は維持された。例えば、X線照射の場合、E. coliとD. radioduransの死滅率の間にガンマ線の場合ほど大きな差が見られないという傾向は維持されていた。
【0040】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に従って、簡便な放射線および電磁波の測定方法であって、しかも、その種類を特定する方法が提供される。さらに、そのような測定に使用するための組成物およびキットもまた、提供される。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】図1は、D. radiodurans、E. coli、およびE. coliミニセルに対して、記載される時間X線を照射した後のATP量を示すグラフである。
【図2】図2は、D. radiodurans、およびE. coliに対して、記載される時間X線を照射した後のCFUを示すグラフである。
【図3】図3は、十分に乾燥させたD. radiodurans(D. rad dry)、乾燥させなかったD. radiodurans(D. rad wet)、十分に乾燥させたE. coli(E. coli dry)、乾燥させなかったE. coli(E. coli wet)、十分に乾燥させたE. coliミニセル(Minicell dry)、および、乾燥させなかったE. coliミニセル(Minicell wet)に対して、示された時間X線を照射した後にATPを測定した結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線または紫外線を測定するための組成物であって、細胞を含有する、組成物。
【請求項2】
前記細胞が微生物由来である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記微生物が細菌である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
少なくとも2種類の細胞を含有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
放射線または紫外線を測定するためのキットであって、細胞を含む、キット。
【請求項7】
前記細胞が微生物由来である、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
前記微生物が細菌である、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
少なくとも2種類の細胞を含む、請求項6に記載のキット。
【請求項11】
さらに、ATP測定試薬を含む、請求項6に記載のキット。
【請求項12】
さらに、前記細胞の培養に使用するための試薬を含む、請求項6に記載のキット。
【請求項13】
放射線または紫外線を測定する方法であって、
(a)細胞を、放射線または紫外線に曝露する工程;
(b)曝露された細胞中のATP量を測定する工程;および
(c)該ATP測定値から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する方法。
【請求項14】
前記細胞が微生物由来である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記微生物が細菌である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
少なくとも2種類の細胞を用いる、請求項13に記載の方法。
【請求項18】
さらに、
(d)該ATP測定値から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
放射線または紫外線を測定する方法であって、
(a)細胞集団を、放射線または紫外線に曝露する工程;
(b)曝露された細胞集団中の生存細胞数を測定する工程;および
(c)該生存細胞数から、放射線または紫外線の量を決定する工程、
を包含する方法。
【請求項20】
前記細胞が微生物由来である、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記微生物が細菌である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
上記細菌が、Clostridium botulinum、Clostridium tetani、Bacillus subtilis、Aspergillus niger、Saccharomyces cerevisiae、Salmonella typhimurium、Deinococcus apachensis、Deinococcus deserti、Deinococcus erythromyxa、Deinococcus ficus、Deinococcus frigens、Deinococcus geothermalis、Deinococcus grandis、Deinococcus hohokamensis、Deinococcus hopiensis、Deinococcus indicus、Deinococcus maricopensis、Deinococcus marmoris、Deinococcus mumbaiensis、Deinococcus murrayi、Deinococcus navajonensis、Deinococcus papagonensis、Deinococcus pimensis、Deinococcus proteolyticus、Deinococcus radiodurans、Deinococcus radiophilus、Deinococcus radiopugnans、Deinococcus saxicola、Deinococcus sonorensis、Deinococcus yavapaiensis、Acinetobacter radioresistens、Hymenobacter actinosclerus、Kineococcus radiotolerans、Methylobacterium radiotolerans、Rubrobacter radiotolerans、Pyrococcus furiosus、Thermococcus gammatolerans、Thermococcus marinus、および、Thermococcus radiotolerans、ならびにこれらの改変体からなる群から選択される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
少なくとも2種類の細胞を用いる、請求項19に記載の方法。
【請求項24】
さらに、
(d)該生存細胞数から、放射線または紫外線の種類を決定する工程、
を包含する、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記生存細胞数を測定する工程が、生存細胞を培養して得られるコロニー数の係数による、請求項19に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−209318(P2008−209318A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−48073(P2007−48073)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】