説明

放射線を用いる識別方法及びこれに用いる識別材料

【課題】識別するための標識物質の組み合わせが事実上無制限であり、微量の標識物質を用いるのみで識別でき、対象物の素材や製品形状、物性によらずに適用することができる放射線を用いる識別方法を提供する。
【解決手段】カーボンナノチューブを構成する物質以外の物質を標識物質として、ナノチューブの中空部分に内包した内包カーボンナノチューブ、あるいはナノサイズの細孔を有する多孔体を構成する物質以外の物質を、標識物質として細孔に内包した内包多孔体を、識別材料として識別対象物に付与し、対象物に放射線を照射し、標識物質から放射される2次放射線を検知して、識別材料が付与された対象物を識別する識別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の偽造あるいは不正コピーの防止、環境暴露調査等に利用できる放射線を用いる識別方法及びこれに用いる識別材料に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下、CNT)は、グラフェンシートを円筒状にまるめた高アスペクト比を有する中空状のナノサイズ直径炭素繊維である。CNTの中空部分に原子、分子、粒子を挿入、内包したものをピーポッドという。
ピーポッドは、1998年に最初にその合成が報告され、その後いくつかの研究が報告されているが、物性が安定なため、未だ応用方法に関する報告は少ない(非特許文献1)。ピーポッドの応用について、いくつか特許出願が存在するが、いずれも用いられるピーポッドは、フラーレンまたは金属内包フラーレンを内包したピーポッドである(特許文献1〜6)。なお、ピーポッドに内包できる物質は、CNTの中空部分に入り得る物質ならばフラーレンに限らず制限はないことが報告されている(非特許文献2)。
【0003】
活性炭やゼオライトなどの多孔体は様々な物質をその細孔に吸着するが、ナノ細孔は通常の多孔体細孔と異なる性質を有する。ナノ細孔に粒子を内包させた例として、炭素のスリット状ナノ空間にルビジウムを安定的に内包させたものが報告されている(非特許文献3)。
【0004】
偽造あるいは不正コピー防止技術については様々なものが提案されており、外観的に識別が不可能な方法として磁気、光、X線など電磁波を利用するものがある。この内、X線はそれ自体が放射線を放出するActive Indicator(能動型標識)であるが、他は外部から電磁波を照射するPassive Indicator(受動型標識)である。
たとえば、紙や繊維などに異種の繊維を混合することによって識別し、ステンレス繊維を混合することによりX線によって検出する方法が提案されている(特許文献7)。
また、放射線標識識別装置を使用し、放射性同位体を含む物質で標識を形成した被検体を識別する方法が提案されている(特許文献8)。この方法は放射性同位体を被検体に印刷または混合するので検出感度は高いが、安全使用の観点から標識となる放射性同位体の種類に事実上制限がある。
【0005】
また、改善された磁性インクを印刷した被検体を識別する方法も提案されている(特許文献9〜11)。これらは、磁性インクによる識別の守秘性、検出性能の改善である。
また、カード類の一部分に特定周波数に共振する電気的共振回路を埋設することによって電磁気的に識別を行う方法が提案されている(特許文献12)。この方法は共振回路内に電子的な符号を割り振ることによって各共振回路を固有識別することが可能である。しかし、この共振回路を読み取ることによって固有識別符号を判読しコピーをすること、いわゆるスキミングが可能であり、偽造やコピーに対して脆弱性を有する。
【0006】
また、2種類以上の無機元素を定量的に付与した検体をX線で分析することによりセキュリティの高い識別を有効なものにする方法が提案されている(特許文献13)。この方法では、情報を含んだ書類等の検体に無機元素を含んだ粒子を印刷することで識別部分に識別因子を局在化させ、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型X線分光器を使った分析方法(EDX)を用いて定量測定することにより識別を行う。識別の守秘性は該粒子所定量を書類等被検体に付与することによって粒子組成、濃度に基づきEDXで検知されるX線強度を精密に測定することで達成される。この方法は、あらかじめインキに添加される粒子の初期濃度が確定していて、かつ印刷された場所が特定されている場合に有効な手段であるが、検出にSEMを使用する必要があり適用範囲が限られる。
上記のように現在使用されているPassiveタイプの識別方法は識別因子と位置または濃度情報が必要となり、最終製品形態にのみ適用可能である。
製品に使用された材料が使用中、使用後に環境中に放出される際、この材料の環境運命(Environmental fate)を直接追跡する方法は、蛍光を使った油漏れの検出(特許文献14)があるが汎用性のある方法はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−141865号公報
【特許文献2】特開2005−235887号公報
【特許文献3】特開2005−332991号公報
【特許文献4】特開2006−117498号公報
【特許文献5】特開2007−152682号公報
【特許文献6】特開2009−130062号公報
【特許文献7】特開平6−28707号公報
【特許文献8】特開平7−149451号公報
【特許文献9】特開平7−182448号公報
【特許文献10】特開平7−256988号公報
【特許文献11】特開平8−16872号公報
【特許文献12】特開平8−156473号公報
【特許文献13】特表2002−500244号公報
【特許文献14】特開平9−304281号公報
【特許文献15】特開平8−188406号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B.W.Smith et al. Nature 396 323 (1998)
【非特許文献2】篠原久典、月間学術の動向 2009.3 日本学術会議(2009)
【非特許文献3】T.Ohkubo,et.al.,J Am Chem Soc 124(49)11860-11861(2002)
【非特許文献4】金子克美、CSJカレントレビュー03 日本化学会、2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述の様々な識別方法は、特許文献7における方法を除いて何れもインキ等で印刷することを前提としている。印刷技術は高度に発達しており、多様な対象物に印刷が可能であるが適用対象は主に最終製品に限られ、工業原材料であるペーストやペレットといった素材原料自体の識別に適用することは不可能であるか現実的に難しい。
特許文献13に開示されている方法は汎用性が高いが、無機元素を直接インキに混錬させることを前提としているので、使用できる無機元素は実用上限られる。たとえば、水銀は常温で液体であり通常のインキに混ぜて使用することは難しい。
【0010】
また、衣類のタグに標識を付与する案は多数提案されているが、繊維(材料)そのものに標識を付与する方法は稀である。繊維や樹脂チップなどの素材原料を識別するには、識別可能な物質を混合することが必要となる。最終製品に標識を付与する方法は、製造工程あるいは流通の上流から下流までを追跡して偽造または横流しを調査しようとする場合には不適である。
さらに、多くの場合、標識を付与する操作は印刷を前提としているので、印刷位置を事前に決定する必要があり、印刷面に対し法線方向の測定手段が要求されることになり、形状が多様である繊維製品、家庭用品、バッグなどでは本体に標識を施すことに問題があった。
繊維や紙の場合、特定の材料を混錬することにより(特許文献7)、素材原料の識別が可能となるが、物質の相性または使用用途により適用範囲に制限がある。たとえば、ステンレスを含む金属繊維は帯電防止用布帛には使用できない。
使用中または使用後に環境中に放出される材料物質の追跡は粉砕、下水処理、焼却、混練等、様々な物理的、化学的処理を経ることになり、他方、タイヤなど摩擦等により粉塵として放出されるものもあり、物性的に安定でかつごく微量を検出できる標識材料が必要である。蛍光材料は主に放射性物質または有機化合物で、前者は放射線暴露の問題、後者は安定性の問題がある。
【0011】
このように、従来の識別方法には、技術に制限があり簡便で有効な手段とは言い難い。本発明は、識別のための標識物質の組み合わせが事実上無制限であり、微量の標識物質を用いるのみで識別でき、対象物の素材や製品形状、物性によらずに適用することを可能にする、放射線を用いる識別方法及びこの識別方法に好適に利用できる識別材料を提供することを目的とする。また、ごく微量で検出可能であることにより環境中での材料物質運命の追跡において無影響濃度(NOEAL)よりはるかに低い濃度で利用することを可能とする方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る放射線を用いる識別方法は、カーボンナノチューブを構成する物質以外の物質を標識物質としてナノチューブの中空部分に内包した内包カーボンナノチューブ(ピーポッド)、あるいはナノサイズの細孔を有する多孔体を構成する物質以外の物質を標識物質として前記細孔に内包した内包多孔体を識別材料として識別対象物に付与し、対象物に放射線を照射し、前記標識物質から放射される2次放射線を検知して前記識別材料が付与された対象物を識別することを特徴とする。
【0013】
本発明において、内包カーボンナノチューブとは、カーボンナノチューブの中空部分に、放射線を用いる検出方法によって検知可能な標識物質(原子、分子、化合物)を内包したカーボンナノチューブ(CNT)を意味する。
内包カーボンナノチューブを構成するCNTは、単層CNT、2層以上の多層CNT、カップスタック型のCNT 、あるいは カーボンナノホーンのいずれであってもよい。
本発明においては、内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体に内包されている標識物質を放射線によって特定する。したがって、標識物質は内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体の母体を構成する物質とは異なる物質であることが前提となる。カーボンナノチューブを構成する物質以外の物質を標識物質とし、あるいは多孔体を構成する物質以外の物質を標識物質とするのは内包物質を識別検知できるようにするためである。
【0014】
カーボンナノチューブにはさまざまな物質を内包させることができる。内包カーボンナノチューブの製造方法にもよるが、通常、内包カーボンナノチューブには、内包数は別として、同一の物質が内包される。内包される物質は元素に限らず化合物であってもよく、フラーレンのような構造体として内包することもできる。したがって、内包する物質によってさまざまな標識物質を備えた識別材料(内包カーボンナノチューブ、内包多孔体)を提供することができ、標識物質の異なる内包カーボンナノチューブを組み合わせることによってほぼ無制限といってよい組み合わせからなる識別材料を提供することができる。
【0015】
なお、一つの内包カーボンナノチューブに異なる物質を内包させることも可能である。たとえば、カーボンナノチューブに金属塩類を内包させた後、還元処理を施すことにより、内包カーボンナノチューブに金属塩類と還元された金属とが内包される場合がある。同様に、カーボンナノチューブに酸化物を内包させ、還元処理することにより、酸化物と還元された金属とを内包させることができる。このように、内包カーボンナノチューブに異種の物質を内包させ、それらを標識物質とすることも可能である。
【0016】
本発明において、内包多孔体とはナノサイズの細孔を有する多孔体(ナノ多孔体)の細孔に、放射線によって検知可能な標識物質を内包させた多孔体を意味する。
多孔体には任意の標識物質を内包させることが可能であり、一つの多孔体に異種の標識物質を内包させた複合化された内包多孔体を使用することも可能である。
内包多孔体に用いるナノ多孔体は、ナノサイズの細孔を有している物質であれば特に制限はないが、実用的には活性炭、活性炭素繊維、ゼオライトのいずれかが好ましい。
なお、内包カーボンナノチューブと内包多孔体とを混在させて識別材料とすることももちろん可能である。
【0017】
本発明においては対象物に放射線を照射し、対象物(標識物質)と相互作用した結果として得られる2次放射線を検知して標識物質を検知する。使用する放射線として、実用的にはX線が想定されるが、X線以外のγ線等の電磁波、α線、β線、陽子線、中性子線等の粒子線の使用を排除するものではない。本発明において放射線という場合は、これら電磁波と粒子線を包含するものとして解釈する。
【0018】
放射線は、容易に物質を透過する。原子に到達した放射線は原子の内核電子を外殻に弾き出し、その電子空孔に外殻電子が落ちてくるときに2次放射線(蛍光X線、特性X線など)を放射する。また、放射線の持つエネルギーにより、電子の軌道移動による放射に加えて原子核の影響による制動放射が起こる。これらの2次放射線、制動放射線を波長分散型スペクトル分析、エネルギー分散型スペクトル分析、X線吸収端スペクトル分析することにより、原子の種類等を定性的、定量的に分析することができる。
X線を利用する測定方法としてX線の反射波や回折、吸収端を利用するX線分析装置が広く普及している。X線を照射したときの内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体の質量吸収係数または線形吸収係数を検知して物質を特定することも可能である。
【0019】
本発明方法においては検知手段として放射線を利用するから、識別材料が対象物の表面に存在している必要がなく、対象物の内部に識別材料が存在していても(三次元的な配置)、外部から見えない裏側に存在していても検知することができる。これにより、識別材料を付与する位置や対象物の形態による制限を受けないという利点がある。すなわち固体であっても液体であっても検知でき、ペーストあるいはペレットといった原材料を識別対象物として識別することが可能である。さらに、本識別材料が空間中に存在する場合でも識別可能である。放射線の固有スペクトルを利用する方法では、内包原子が1個でも観測が可能である。このようにきわめて高精度の検知が可能であることから、原材料の特性に影響を与えないように、きわめて微量の識別材料を混入して識別することが可能である。
【0020】
識別材料を検知する方法としては、放射線測定方法を利用して内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体に内包されている標識物質を直接的に検出する方法の他に、2次放射線の強度を定量的に計測して識別対象物に付与した識別材料の初期濃度を検出することによって識別することも可能である。
【0021】
以下に、内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体に内包できる元素の例を示す。
リチウム、ベリリウム、ホウ素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、イオウ、塩素、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、銀、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネチウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、ヨウ素、セシウム、バリウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、ポロニウム、アスタチン、ラドン、フランシウム、ラジウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ウラン。
内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体に内包できる物質としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移元素、金属元素、半金属元素、フッ素を除くハロゲン、ヘリウム及びネオンを除く希ガス、リン、イオウ、セレンからなる元素又は該元素を含む化合物がある。
【0022】
本発明において識別対象物に識別材料を付与するとは、何等かの形態あるいは方法によって識別対象物に識別材料を導入する意味である。識別材料を対象物に付与する方法としては、内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体そのものを対象物に添加、混入する方法と、内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体をキャリアに添加し、内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体が添加されたキャリア(標識付きキャリア)を識別対象物に付与する方法がある。
なお、キャリアとは内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体を保持する担体あるいはなんらかの支持体としての機能を備えるものである。キャリアとしては、たとえば印刷用のインク、染料、粘着剤、樹脂などがあげられる。これらのキャリアに内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体を添加したものも拡張した意味での識別材料である。
【0023】
本発明に係る識別材料に用いる内包カーボンナノチューブ及び内包多孔体は、ナノチューブの中空部分あるいは多孔体の細孔に標識物質を取り込んだ形態のものである。カーボンナノチューブあるいは多孔体に物質(標識物質)が取り込まれると、取り込まれた物質はカーボンナノチューブあるいは多孔体の内部にそのまま保持されて、外部に染み出さなくなる(漏出しなくなる)(非特許文献4)。
この性質は内包カーボンナノチューブと内包多孔体等の微細孔に特徴的な性質であり、この性質を利用すると、ハロゲンのような取扱いが難しく、使用する際に適合する材料を選ばなければならないような物質であっても、カーボンナノチューブあるいは多孔体中に閉じ込めて利用することができる。
また、カーボンナノチューブの開放端を閉じる方法は既に報告されているので(特許文献15)、これらの方法を用いて内包操作後にカーボンナノチューブの両端を閉じることにより、内包物の漏出を避けることも可能である。
【0024】
ヨウ素は放射線応答特性に優れることから、識別材料として利用価値があるが、ハロゲンであるために、取扱いが難しい。このような場合でも、標識物質として利用することができる。
また、水銀は常温で液体であるが、カーボンナノチューブに内包することによって利用することができる。同様に、毒性のある物質であっても使用可能であり、これによって広範囲の物質を標識物質として安全に利用することが可能になる。
【0025】
内包カーボンナノチューブ及び内包多孔体の外面は、標識物質を内包していないカーボンナノチューブあるいは多孔体と何ら変わらない。したがって、識別材料を原材料に添加したりキャリアに添加する場合も、標識物質の物性に左右されずに使用できるという優れた利点を有する。
【0026】
内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体を印刷用のインクに混入させる場合や、原材料に混入させる場合に、既存の対象物(印刷インクなど)の組成を調整する必要がないことは、識別材料を取り扱う上できわめて有利である。インクに識別材料を適用する場合に、カーボンナノチューブ及び活性炭はインキに使われているカーボンと相性が良いことが知られているので、混合するための新たな技術を開発する必要はない。
樹脂に内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体を混入、混錬して識別材料を作製する場合も、カーボンナノチューブあるいは多孔体に内包された標識物質は外部に漏出せず、樹脂を変質させることがないという利点がある。
【0027】
また、キャリアに内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体を添加して識別材料とする場合は、単体では扱いにくい内包カーボンナノチューブや内包多孔体を取扱いやすくすることが可能である。
キャリアに添加した識別材料を利用する方法としては、単一種類の標識物質を添加した標識付きキャリアを複数種類用意しておき、これらの標識付きキャリアを組み合わせて識別材料とする方法と、複数種類の標識物質を備える標識付きキャリアを識別材料とする方法がある。
【0028】
識別材料を付与して識別対象とする対象物はとくには限定されないが、例として、各種液体、ペースト体、ペレット、インク、繊維、紙、不織布、樹脂、ゴム、セラミックス、金属、ガラス、セメント、コンクリート、皮革製品等がある。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る放射線を用いる識別方法によれば、識別対象物に影響を与えることなく識別材料を付与することができ、さまざまな対象物の識別ができる。また、本発明に係る識別材料は広範囲の対象物に識別用として付与することができ、放射線を用いる識別方法に好適に利用することができる。さらに、カーボンナノチューブ、ナノ多孔体は物理的、化学的に比較的安定で、ごく微量で検出可能であることから材料物質の環境運命を追跡する環境暴露標識にも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】内包カーボンナノチューブの作成装置の概略図である。
【図2】ガドリニウム内包二層カーボンナノチューブの透過型電子顕微鏡写真である。
【図3】ガドリニウム内包二層カーボンナノチューブのX線質量吸収係数と他の元素(Pb、Gd、Cl、Al)のX線質量吸収係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(内包カーボンナノチューブの作成方法)
図1は、内包カーボンナノチューブを作成する装置の概略図を示す。以下、この装置を使用して内包カーボンナノチューブを作成する方法を説明する。
まず、カーボンナノチューブ略100mgを電子天秤で秤量し、二股グラスチューブの主管10に入れる。一方、標識物質となる三塩化ガドリニウム(III)(和光純薬製)、またはヨウ素(和光純薬製試薬特級)を100mg秤量し、グラスチューブの枝管12に入れる(図1(a))。
【0032】
次いで、主管10をマントルヒーター18内に置き(図1(b))、コック14を開き、真空ポンプ16により主管10と枝管12内が乾燥、真空になるまで脱気操作を行う。この際、マントルヒーター18の加熱温度を150℃に設定し、余分な水分を蒸発させる。
【0033】
その後、コック14を閉じ、グラスチューブの細径に形成したネック部15をバーナーで溶融封函する。
次いで、主管10を覆っているマントルヒーター18をはずし、グラスチューブ全体を別のマントルヒーター内に置き、500℃で24時間放置する。グラスチューブをマントルヒーターより取り出し、放置冷却後、ネック部15部分をやすりで傷を付け、誘導切りでカットして主管10からCNTを取り出す。こうして、ガドリニウムあるいはヨウ素を標識物質として内包する内容カーボンナノチューブが得られる。
【0034】
図2は、三塩化ガドリニウムを内包するカーボンナノチューブの透過型電子顕微鏡写真を示す。図2に示すガドリニウムピーポッドは、二層のカーボンナノチューブ内にガドリニウムが取り込まれたものである。カーボンナノチューブの中心部分にガドリニウムが存在している状態が見られる。
上記実施例と同様な方法によって、カーボンナノチューブに標識物質を内包させることができる。
【0035】
(内包多孔体の作成方法)
ナノサイズの細孔を有する多孔体(ナノ多孔体)に標識物質を内包させる方法として、液相吸着によって内包多孔体を作成する方法を利用することができる。室温での液層吸着による方法では以下のように行う。まず、標識となる物質を水などに溶解して所定濃度の水溶液を作成する。ナノ多孔体をあらかじめガラス管などの密閉容器中で真空中あるいは空気中で110から250oCに加熱し乾燥させる。なお、真空加熱の場合には切り替え用の三方真空コックで該容器、試料溶液導口および真空ポンプを連結する。乾燥状態を保ったまま、ナノ多孔体を該水溶液に浸漬する。コック切り替えで該水溶液を容器に導入し、該ナノ多孔体を1−24時間浸漬後に濾過し、水洗、100oCでの乾燥を行う。これによって、標識物質が内包された内包多孔体を調製できる。
【0036】
内包する標識物質が外部に漏出しやすい物質の場合には、内包多孔体を作成した後の試料をペンタン等の溶媒に1日浸漬して放置した後に濾過し250-500oCにて加熱を行いナノ多孔体の細孔入口に炭素蓋を付与する。この炭素蓋に適する化合物は多孔体の種類によるが、大きさと沸点の異なる分子から選ぶことができる。
この液層吸着による内包多孔体の調製方法は、内包する物質の濃度を変えることで、容易に細孔内の標識物質の濃度を制御でき、かつ加熱温度の制御によって細孔内での標識物質の凝集状態を変えることが可能である。さらに、細孔入口に炭素蓋を付与する前に、必要に応じて還元、酸化、分解反応を行うことによって、標識物質の原子価状態を変え、金属あるいは酸化物などにして標識物質の分布を変化させ最適状態を作り出すことができる。
【0037】
(内包カーボンナノチューブのX線吸収測定)
X線を用いてヨウ素内包カーボンナノチューブとガドリニウム(三塩化ガドリニウム)内包カーボンナノチューブについて、それぞれ吸収測定を行った。
X線吸収測定に際しては、内包カーボンナノチューブをエタノール(和光純薬製試薬特級)で洗浄し、宮本理研工業株式会社製真空検体乾燥機RA-155S型で乾燥させ、取り出した後、タブレット成形製剤ホルダー内に詰めハンディタイプのプレス機でタブレット成形し、これをX線装置の受光器の前に置いてX線を照射し(X線強度Isample)、同様に、受光器の前にサンプルを置かない状態でX線強度を測定した(X線強度Io)。
【0038】
X線質量吸収係数は以下の式より算出する。
【数1】

ただし、(μ/ρ)は質量吸収係数、μは被測定物の線形吸収係数、ρは被測定物の密度、xは被測定物の厚みである。
【0039】
(ヨウ素内包カーボンナノチューブ)
株式会社リガクUltimaIV、X線装置において20keV(波長0.6197オングストローム)、及び17.47keV(波長0.709オングストローム)、で測定を行った。多層カーボンナノチューブ(Mitsui MWNT-7)にヨウ素を内包させたものである。サンプルの厚さは1.561 mmである。X線質量吸収係数を測定した結果は下記のとおりである。
A.波長0.6197オングストローム
ヨウ素内包カーボンナノチューブ:0.496 cm2/g
B.波長0.709オングストローム
ヨウ素内包カーボンナノチューブ:0.716 cm2/g
【0040】
(ガドリニウム内包カーボンナノチューブ)
上記装置を使用して、同一条件で測定を行った。サンプルは2層カーボンナノチューブにガドリニウムを内包させた内包カーボンナノチューブである。サンプルの厚さは0.109 mmである。2層カーボンナノチューブの比重は非常に小さいので、測定された数値(前述した式の|ln (Isample/Io)|)は、試料厚み実測値0.109 mm及び三塩化ガドリニウム(III)(CAS 10138-52-0)の質量4.528 g/ml及び図2より三塩化ガドリニウム(III)内包ピーポッドの比重を推算して質量級数係数を概算した。
【0041】
測定結果は下記のとおりである。
C.波長0.6197オングストローム
|ln (Isample/Io)|:0.02230
ガドリニウム内包ピーポッド:16.7 cm2/g
D.波長0.709オングストローム
|ln (Isample/Io)|:0.02365
ガドリニウム内包ピーポッド:15.7 cm2/g
参考:炭素とガドリニウムの波長0.709オングストロームに対する質量吸収係数はそれぞれ0.625 cm2/g及び 64.4 cm2/g。
【0042】
上記のヨウ素内包カーボンナノチューブとガドリニウム内包カーボンナノチューブの測定結果を比較すると、ヨウ素内包カーボンナノチューブはガドリニウム内包カーボンナノチューブにくらべて、波長による吸収係数の変化が大きくなっている。これは、原子番号の小さいヨウ素はガドリニウムよりX線のエネルギーの影響を受けやすいこと示している。このように、X線波長によって質量吸収係数が異なること、すなわち吸収係数のエネルギー依存性を検知することからも、最も単純な測定方法であり物質固有の数値になるX線質量吸収係数を使ってカーボンナノチューブに内包されている標識物質を特定することができる。
【0043】
図3は、ガドリニウム内包カーボンナノチューブと他の元素(Pb、Gd、Cl、Al)のX線質量吸収係数を示す。元素Pb、Gd、Cl、Alの値は既報値(H.P Klug, L.E. Alexander,“X-ray Diffraction Procedures”,
Wiley&Sons,Inc.,1974.)に基づく。
このように、元素によってX線質量吸収係数が異なることから、異種物質を内包した内包カーボンナノチューブが識別材料として使用できること、ガドリニウムの単体のX線質量吸収係数と比較して、三塩化ガドリニウムを内包した内包カーボンナノチューブのX線質量吸収係数が大きく異なることがわかる。すなわち、三塩化ガドリニウム内包CNTのX線質量吸収係数は元の金属とも、他の金属とも異なる固有の値を示すので、簡便なX線質量吸収の測定において識別可能である。
【符号の説明】
【0044】
10 主管
12 枝管
16 真空ポンプ
18 マントルヒーター



【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブを構成する物質以外の物質を標識物質としてナノチューブの中空部分に内包した内包カーボンナノチューブ、あるいはナノサイズの細孔を有する多孔体を構成する物質以外の物質を標識物質として前記細孔に内包した内包多孔体を識別材料として識別対象物に付与し、
対象物に放射線を照射し、前記標識物質から放射される2次放射線を検知して前記識別材料が付与された対象物を識別することを特徴とする放射線を用いる識別方法。
【請求項2】
前記識別材料として、前記内包カーボンナノチューブあるいは内包多孔体をキャリアに添加して作製した識別材料を使用することを特徴とする請求項1記載の放射線を用いる識別方法。
【請求項3】
前記標識物質は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移元素、金属元素、半金属元素、フッ素を除くハロゲン、ヘリウムおよびネオンを除く希ガス、リン、イオウ、セレンからなる元素又は該元素を含む化合物であることを特徴とする請求項1または2記載の放射線を用いる識別方法。
【請求項4】
前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ、2層以上のカーボンナノチューブ、カップスタック型カーボンナノチューブ、またはカーボンナノホーンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の放射線を用いる識別方法。
【請求項5】
前記多孔体は、活性炭、活性炭素繊維、またはゼオライトであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の放射線を用いる識別方法。
【請求項6】
カーボンナノチューブを構成する物質以外の物質を標識物質としてナノチューブの中空部分に内包した内包カーボンナノチューブ、あるいは前記内包カーボンナノチューブをキャリアに添加して作製したことを特徴とする放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。
【請求項7】
異種の標識物質を内包した複数種の内包カーボンナノチューブがキャリアに添加されていることを特徴とする請求項6記載の放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。
【請求項8】
前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ、2層以上のカーボンナノチューブ、カップスタック型カーボンナノチューブ、またはカーボンナノホーンであることを特徴とする請求項6または7記載の放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。
【請求項9】
ナノサイズの細孔を有する多孔体を構成する物質以外の物質を標識物質として前記細孔に内包した内包多孔体、あるいは前記内包多孔体をキャリアに添加して作製したことを特徴とする放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。
【請求項10】
異種の標識物質を内包した複数種の内包多孔体がキャリアに添加されていることを特徴とする請求項9記載の放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。
【請求項11】
前記多孔体は、活性炭、活性炭素繊維、またはゼオライトであることを特徴とする請求項9または10記載の放射線を用いる識別方法に用いる識別材料。







【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−57577(P2013−57577A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−195546(P2011−195546)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度独立行政法人科学技術振興機構「地域卓越研究者戦略的結集プログラム(エキゾチック・ナノカーボンの創成と応用)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】