説明

放射線プロテクタ

【課題】放射線被曝から海馬を保護するための放射線プロテクタを提供する。
【解決手段】放射線プロテクタ10は、頭部から入射する放射線を遮蔽する頭部遮蔽部100と、顔面から入射する放射線を遮蔽する顔面遮蔽部200とを備え、頭部遮蔽部100は、頭頂部、前頭部および側頭部を覆うように構成され、顔面遮蔽部200は、眼部およびその周辺を覆うように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は放射線プロテクタに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脳の神経細胞は高度に分化した細胞であるので、高線量の放射線治療等による放射線被曝を除いては放射線被曝による細胞障害は受け難いものと考えられていた。しかし、近年では、ヒトの脳神経細胞の中でも神経細胞の新生が常時生じていることが明らかになってきており、特に、記憶形成に重要な役割を担う部位である海馬の歯状回という部位で神経細胞の新生が常時生じていることが明らかになってきた。また、新生細胞は、幼若な細胞であるため放射線に対する感度が非常に鋭敏であり、放射線の照射を受けることにより新生細胞の新生、増生、生存等に障害が発生することが知られるようになってきた。さらに、低線量のエックス線の照射によっても海馬の新生細胞が容易に障害を受けることも知られ、動物実験では海馬の新生細胞が放射線の照射を受けることにより放射線障害を引き起こし認知機能が低下することも知られるようになってきた(非特許文献1〜5参照)。
【0003】
最近では、脳血管障害(クモ膜下出血、脳動脈瘤、脳動脈狭窄および脳動静脈奇形等)や狭心症等の循環器系の治療の際に、開頭又は開胸手術のような人体への侵襲の度合いの大きい外科的な治療法ではなく、術後の予後等を考慮してカテーテル等を用いた低侵襲の血管内治療(IVR)が盛んに行われるようになってきた。IVRでは、エックス線画像等を見ながらカテーテル等を患部に到達させて治療を行うので、医療従事者はもとより患者も多量の放射線被曝を受ける機会が増大している。そのため、近年ではIVR時の白内障予防のためのガイドラインや皮膚障害防護に関するガイドライン等も出されるようになってきた(非特許文献6〜7参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Marko NF. et al., "Radiotherapy Neurocognitive considerations in the treatment of brain metastases." Nat. Rev. Clin. Oncol. 2010 Apr;7(4) p.185−186
【非特許文献2】Kim JS. et al., "Transient impairment of hippocampus−dependent learning and memory in relatively low−dose of acute radiation syndrome is associated with inhibition of hippocampal neurogenesis"
【非特許文献3】Raber J. et al., "Radiation−induced cognitive impairments are associated with changes in indicators of hippocampal neurogenesis."
【非特許文献4】Gan HK. et al., "Cognitive Functioning After Radiotherapy or Chemoradiotherapy for Head−and−Neck Cancer." Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. Aug. 12, 2010
【非特許文献5】Bruel−Jungerman et al., (2007). "Adult Hippocampal Neurogenesis, Synaptic Plasticity and Memory: Facts and Hypothesis." Reviews in the Neurosciences Vol.18 p.93−114. 2007
【非特許文献6】医療放射線防護連絡協議会、「IVRに伴う放射線皮膚障害の防止に関するガイドライン」(2004)
【非特許文献7】永井良三ら、「循環器診療における放射線被ばくに関するガイドライン」、Circulation Journal Vol. 70, Suppl. IV, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のとおり、眼や皮膚等の放射線による障害についてはガイドラインの発表等により広く知られ、これに対する予防策も十分講じられるようになってきているが、脳、特に記憶の形成に重要な役割を果たす海馬の放射線による認知機能障害等の予防についてのガイドライン等は未だに発表されていないのが現状である。
【0006】
本発明は上記問題点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、放射線被曝から海馬を保護するための放射線プロテクタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的は、下記の手段によって達成される。
(1)すなわち、本発明は、海馬に入射する放射線を遮蔽する遮蔽部を備えることを特徴とする放射線プロテクタである。
(2)本発明はまた、前記遮蔽部は、頭部から入射する放射線を遮蔽する頭部遮蔽部と、顔面から入射する放射線を遮蔽する顔面遮蔽部と、を備えることを特徴とする(1)に記載の放射線プロテクタである。
(3)本発明はまた、前記頭部遮蔽部は、少なくとも頭頂部、前頭部および側頭部を覆うように構成されていることを特徴とする(1)または(2)に記載の放射線プロテクタである。
(4)本発明はまた、前記頭部遮蔽部は、後頭部が開口して構成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(5)本発明はまた、前記顔面遮蔽部は、少なくとも眼部およびその周辺を覆うように構成されていることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(6)本発明はまた、前記顔面遮蔽部は、顔面全体を覆うように構成されていることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(7)本発明はまた、前記顔面遮蔽部は、端部が前記頭部遮蔽部に回動自在に軸支されていることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(8)本発明はまた、前記頭部遮蔽部と前記顔面遮蔽部とは一体成形されてなることを特徴とする(1)〜(6)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(9)本発明はまた、前記遮蔽部は、金属、含鉛合成樹脂または含鉛ガラスからなる放射線遮蔽材を含むことを特徴とする(1)〜(8)に記載の放射線プロテクタである。
(10)本発明はまた、前記顔面遮蔽部は、透明であることを特徴とする(1)〜(9)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
(11)本発明はまた、前記頭部遮蔽部の内面の少なくとも一部に弾性および吸水性を有するクッション材をさらに備え、前記クッション材を介して頭部と当接することを特徴とする(1)〜(10)に記載の放射線プロテクタである。
(12)本発明はまた、前記頭部遮蔽部は、前記放射線プロテクタを頭部に固定するための帯状の固定手段をさらに備えることを特徴とする(1)〜(11)のいずれか1項に記載の放射線プロテクタである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の放射線プロテクタによれば、海馬に入射する放射線を遮蔽する遮蔽部を備えるので、放射線による海馬の被曝を防止でき、医療従事者等の記憶障害等を有効に予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の第1の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の全体構成を示す概略側面図である。
【図2】第1の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の正面図である。
【図3】第1の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の背面図である。
【図4】本発明の第2の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の側面図である。
【図5】本発明の第3の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0011】
図1は、本発明の第1の実施形態にかかる放射線プロテクタ10の全体構成を示す概略側面図である。図1〜3に示すように、本実施形態にかかる放射線プロテクタ10は、頭部遮蔽部100と顔面遮蔽部200とを備えてなる。
【0012】
頭部遮蔽部100は、頭頂部、前頭部および両側頭部を覆うように構成されており、後頭部が開口した構成となっている。後頭部が開口した構成となっていても、頭頂部、前頭部および側頭部が覆われていれば、頭部から海馬300に入射される放射線を十分に遮蔽できるとともに、使用者が、放射線プロテクタ10を頭部へ装着し易くなったり、プロテクタ内部が蒸れたり、熱くなるのを防止することができる。但し、頭頂部、前頭部および両側頭部に加えて後頭部も覆われた構成としてもよい。
【0013】
頭部遮蔽部100の側頭部被覆部は、側頭部からの放射線を遮断するため耳全体を覆うように構成され、さらに、海馬300の形状に合わせて後頭部側へも突出するように構成さている。
【0014】
頭部遮蔽部100として利用可能な素材としては、金属、含鉛合成樹脂または含鉛ガラスがある。金属としては、鉛、ステンレス鋼、タングステン、タングステン合金またはタングステン複合材があり、含鉛合成樹脂としては、含鉛アクリル樹脂、含鉛メタクリル樹脂等がある。但し、含鉛合成樹脂を用いる代わりに、ABS樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレン樹脂、FRP樹脂(強化プラスチック)、ポリプロピレン樹脂等の合成樹脂に金属または含鉛合成樹脂を被覆または貼り合わせて積層したものを用いてもよい。
【0015】
顔面遮蔽部200は、眼部およびその周辺を覆い、鼻から下は開放されて構成されている。鼻から下が開放されていたとしても、眼部およびその周辺が覆われていれば、顔面から海馬300に入射される放射線を十分に遮蔽することができるとともに、放射線プロテクタ10を装着している間でも息苦しくなく、会話もし易く、顔面遮蔽部200が曇ったりすることもない。
【0016】
顔面遮蔽部200は、両端部が、軸支部500を介して頭部遮蔽部100の側頭部被覆部に回動自在に軸支されている。これにより、軸支部500を支点にして顔面遮蔽部200を上下にスライドさせることにより、前頭部に移動させて顔面を開放することができるようになっている。但し、図4に示すように、顔面遮蔽部200が顔面全体を覆ように構成してもよい。
【0017】
顔面遮蔽部200には頭部遮蔽部100に用いたのと同様の素材であって透明なものを用いることができる。透明なものとすることで、良好な視認性を確保することができる。
【0018】
なお、頭部遮蔽部100と顔面遮蔽部200とを分離して構成せずに、図5に示すように一体として構成してもよい。
【0019】
図1〜3に戻って、頭部遮蔽部100の頭頂部被覆部と前頭部被覆部の内側には弾性および吸水性を有するクッション600および700が設けられている。これにより、放射線プロテクタ10を頭部に装着した際に頭部が直接頭部遮蔽部100に当接することがないので、快適な装着感が得られるとともに、クッション600および700により汗等の水分が適切に吸収され、頭部遮蔽部100の内部が蒸れたりすることがない。このようなクッション600および700の素材としては、例えば、ポリウレタン等があげられる。
【0020】
図3に示すように、頭部遮蔽部100には、一端が頭部遮蔽部100の両側頭部被覆部の下端に固定され、他端に係止部800を備えた一対の帯状の固定手段400が備えられている。係止部800は、例えば、面ファスナ、バックル、ベルト、ボタン、ホック等で構成される。また、係止部800を設けずに端部同士を結んで留めるように構成してもよい。さらに、これら固定手段400は、長さ調節機構を有してもよい。
【0021】
尚、本発明の放射線プロテクタは、上記した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0022】
次に、本発明の放射線プロテクタを実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
含鉛アクリル樹脂(鉛当量0.07mmPb)を用いて、図1〜3に示した放射線プロテクタ10を作製し、島津製血管造影装置を用いてX線を10秒間照射した場合のX線遮蔽率を測定した。また、比較のために他の放射線防護用具(放射線防護エプロンおよび甲状腺防護用のど当て)も同様にしてX線を10秒間照射した場合のX線遮蔽率を測定した。線量の測定にはUNFORS線量測定装置を使用した。X線の照射は3回行ったが、表には照射線量の平均値のみを示した。
【表1】

【0024】
表1より明らかなとおり、本発明の放射線プロテクタのX線遮蔽率は58%であり、エプロン(54%)、のど当て(47%)と比較して高い遮蔽率を示した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
上述したように、本発明の放射線プロテクタは、海馬に入射する放射線を遮蔽するので、放射線による海馬の被曝を防止するための放射線プロテクタとして利用した場合極めて有用である。
【符号の説明】
【0026】
10 放射線プロテクタ
100 頭部遮蔽部
200 顔面遮蔽部
300 海馬
400 固定手段
500 軸支部
600 クッション
700 クッション
800 面ファスナ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海馬に入射する放射線を遮蔽する遮蔽部を備えることを特徴とする放射線プロテクタ。
【請求項2】
前記遮蔽部は、頭部から入射する放射線を遮蔽する頭部遮蔽部と、顔面から入射する放射線を遮蔽する顔面遮蔽部と、を備えることを特徴とする請求項1に記載の放射線プロテクタ。
【請求項3】
前記頭部遮蔽部は、少なくとも頭頂部、前頭部および側頭部を覆うように構成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の放射線プロテクタ。
【請求項4】
前記頭部遮蔽部は、後頭部が開口して構成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項5】
前記顔面遮蔽部は、少なくとも眼部およびその周辺を覆うように構成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項6】
前記顔面遮蔽部は、顔面全体を覆うように構成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項7】
前記顔面遮蔽部は、端部が前記頭部遮蔽部に回動自在に軸支されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項8】
前記頭部遮蔽部と前記顔面遮蔽部とは一体成形されてなることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項9】
前記遮蔽部は、金属、含鉛合成樹脂または含鉛ガラスからなる放射線遮蔽材を含むことを特徴とする請求項1〜8に記載の放射線プロテクタ。
【請求項10】
前記顔面遮蔽部は、透明であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。
【請求項11】
前記頭部遮蔽部の内面の少なくとも一部に弾性および吸水性を有するクッション材をさらに備え、前記クッション材を介して頭部と当接することを特徴とする請求項1〜10に記載の放射線プロテクタ。
【請求項12】
前記頭部遮蔽部は、前記放射線プロテクタを頭部に固定するための帯状の固定手段をさらに備えることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の放射線プロテクタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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