説明

放射線照射試料用シャーレ及び放射線照射方法

【課題】生物試料を培養し、かつこの生物試料に対して高効率でX線を照射することのできるシャーレを得る。
【解決手段】このシャーレ10における本体11は、円形の底面12と、その周囲の側壁13で構成され、底面12上に液体(培養液等)を収容できる。底面12の中央部には、円形の開口部14が設けられ、開口部14の周囲は、底面が掘り下げられた窓枠固定部15となっている。X線は、この開口部14を通してシャーレ10の内部に照射される。窓枠固定部15に矩形形状の窓枠部20が嵌合して固定される。窓枠部20は、上下のシリコーンゴム膜(弾性膜)21に窒化シリコン膜22が挟まれた矩形体形状の構成を具備する。上下のシリコーンゴム膜21の中央部には、丸形の弾性膜開口(開口)211が設けられており、弾性膜開口211の中心は、シャーレ10の底面の開口部14の中心と略一致するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物試料等に放射線を照射する実験を行なう際に、この試料を培養するために用いられる放射線照射試料用シャーレ、及びこれを用いた放射線照射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、X線レーザー等の技術の進歩により、様々な波長(エネルギー)領域で高い強度をもつX線が得られるようになった。こうした強いX線を試料に照射し、これに伴う試料の変化や試料の分析を行う実験が行われており、こうした実験は、例えば生物等に対して極めて有効である。しかしながら、一般にはX線は試料に達するまでの過程で様々な物質に吸収されるため、所望の波長のX線を充分な強度で試料に照射させることには困難が伴う。
【0003】
一般には、高強度のX線は、X線レーザー発振器や蓄積リング等を光源として発生するが、これらにおいてはいずれも真空中でX線を発生する。一方、例えば生物等の試料は真空中に配置できないため、X線発生装置と試料との間には、真空と大気とを分離し、かつX線透過率の高い窓が必要となる。この窓としては、短波長(高エネルギー)のX線に対しては、透過率が高くかつ機械的強度の高いベリリウムを用いることができる。しかしながら、吸収の大きな長波長のX線に対しては、透過率が高い窓を得ることが困難である。
【0004】
また、例えば試料が生物である場合、生物が生存している大気中や水中におけるX線の吸収も無視できない。これに対しては、例えば水の透過率が高い2〜4nmの波長の軟X線を用いた場合には、この影響を低減することもできる。しかしながら、この領域外である例えば90eV(波長13.8nm)の軟X線の0.5mm程度の厚さの大気(1気圧、25℃)における透過率は2.5%程度しかない。
【0005】
従って、X線を試料に照射する場合には、窓による吸収と、試料の雰囲気(大気や水)による吸収の影響が大きく、これらによって実際に試料まで到達するX線強度は大きく減少する。すなわち、充分なX線照射量を確保することが困難であるという問題がある。
【0006】
試料に到達するまでの間での吸収が大きいために充分な照射量を確保することが困難であるという点については、電子線についても同様である。この点を考慮し、低い減衰率で生物試料に電子線を照射することのできる試料検査装置が、特許文献1に記載されている。この試料検査装置においては、その底面の開口部において試料保持膜が設けられ、試料保持膜上に培養液が設けられ、その中で試料となる細胞を培養する。試料保持膜は、10〜1000nmの膜厚の窒化シリコンで構成され、この上で試料が保持されると同時に、真空と試料(あるいは培養液)とを仕切る窓ともなる。この試料保持膜は、例えば基板上に化学気相成長法等によって基板部(検査装置の底面部)に形成し、その後にこの基板部を部分的にエッチングすることによって、窓状の形態とする。
【0007】
この試料検査装置においては、試料保持膜の直上に間隔をおかずに生物試料(細胞)を設置することができるため、この間における電子線の吸収を小さくすることができる。また、窒化シリコンは軽元素のみで構成される、この程度の膜厚における電子線の吸収も小さいため、試料保持膜中における吸収も小さい。従って、低い減衰率で試料に電子線を照射することができる。この構成は、電子線に限らず、X線に対しても有効である。
【0008】
従って、この試料検査装置を用いれば、特に生物試料に対して、透過率の低い電子線や軟X線等の放射線を、高効率で照射することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−210765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、試料に電子線やX線等を照射する構成としては適しているものの、この構造は、試料を培養する容器(シャーレ)としては不適である。
【0011】
例えば、生物試料を培養するためには、シャーレを洗浄、殺菌してから培養液を導入し、ここで生物試料を培養する。ところが、特許文献1に記載の構造においては、その機械的強度が極めて低い窒化シリコンの薄膜が窓として用いられている。この窓の面積は小さいために、真空と大気とを仕切る窓としての強度は保たれるものの、洗浄の際にはこの部分も直接洗浄することが必要であり、この際にこの窓が破損する可能性が極めて高い。従って、この試料検査装置は、培養と照射を1回ずつ行った後でシャーレごと使い捨てされる場合が多く、この構造をシャーレとして繰り返し用いることは困難であった。
【0012】
すなわち、生物試料を培養し、かつこの生物試料に対して高効率でX線を照射し、繰り返し使用することのできるシャーレを得ることは困難であった。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の放射線照射試料用シャーレは、底面と当該底面の周囲に形成された側壁に囲まれた中に存在する試料に対して前記底面に設けられた薄膜窓を通して放射線を照射させることのできる放射線照射試料用シャーレであって、前記薄膜窓を構成する薄膜が、開口を有する2枚の弾性体膜の間に挟まれた構成をもつ窓枠部を具備し、前記底面には開口部が形成され、前記窓枠部は、前記放射線が入射する側とは反対側から前記底面に押圧されて取り外し自在とされた状態で前記開口部を封止して固定される構成を具備することを特徴とする。
本発明の放射線照射試料用シャーレは、前記底面における前記放射線が入射する側の面において、前記開口部を囲んでOリングが設置される溝が設けられたことを特徴とする。
本発明の放射線照射試料用シャーレは、前記試料が存在する空間を封止し、前記底面と反対側において設置される蓋を具備することを特徴とする。
本発明の放射線照射試料用シャーレにおいて、前記薄膜は窒化シリコンで構成されたことを特徴とする。
本発明の放射線照射試料用シャーレにおいて、前記弾性体膜はシリコーンゴムで構成されたことを特徴とする。
本発明の放射線照射試料用シャーレにおいて、前記放射線はX線又は粒子線であることを特徴とする。
本発明の放射線照射方法は、前記放射線照射試料用シャーレ中における前記薄膜窓上に試料を配置して放射線を照射することを特徴とする。
本発明の放射線照射方法において、前記試料は生物試料であり、前記放射線照射試料用シャーレ内部における前記薄膜窓の表面に細胞接着分子を塗布した後に前記放射線照射試料用シャーレ内で前記生物試料を培養し、前記生物試料に放射線を照射することを特徴とする。
本発明の放射線照射方法は、鉛直方向と垂直の方向に発せられた前記放射線を前記試料に照射することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、生物試料を培養し、かつこの生物試料に対して高効率でX線を照射し、繰り返し使用することのできるシャーレを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレの上面図(a)及び断面図(b)である。
【図2】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレに用いられる窓枠部の構造を示す斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレにおける底面の構造を示す斜視図である。
【図4】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレにおける、本体と蓋との構成を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレにおいて生物試料を培養する際の形態を示す断面図である。
【図6】本発明の実施の形態となる放射線照射試料用シャーレ中の試料に対して放射線を照射する際の形態を示す。
【図7】実施例の放射線照射試料用シャーレを用いて培養及び放射線照射された生物試料の免疫蛍光染色法によって得られた蛍光分析の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る放射線照射試料用シャーレについて説明する。図1は、この放射線照射試料用シャーレ(以下、シャーレ)の上面図(a)及びそのA−A方向の断面図(b)である。このシャーレ10の中に培養液が導入され、この中で生物試料が培養される。その後、この生物試料に対して、図1(b)の矢印で示される方向から、例えば窒化シリコン等の薄膜で形成された薄膜窓を通してX線や粒子線が照射される。生物試料を培養する際には、このシャーレ10の本体11の上部には蓋70(破線で記載)が装着され、X線を照射する際には、このシャーレ10の底部側を、X線照射装置フランジ80(破線で記載)側に装着して用いられる。X線は、図1(b)中の矢印で示される方向からこのシャーレ10に対して入射する。
【0018】
このシャーレ10における本体11は、例えば、洗浄や殺菌処理が可能で生細胞への影響が小さい軽金属からなり、円形の底面12と、その周囲の側壁13で構成され、底面12上に液体(培養液等)を収容できる。底面12の中央部には、円形の開口部14が設けられ、開口部14の周囲は、底面が掘り下げられた窓枠固定部15となっている。X線は、この開口部14を通してシャーレ10の内部に照射される。このシャーレ10においては、窓枠固定部15に矩形形状の窓枠部20が嵌合し、その上に金属製の窓枠カバー16が設置され、2箇所でネジ17によって固定される。例えば窓枠固定部15の1辺を8mm程度の大きさとすることができる。これに対応して、開口部14の大きさは例えば直径3mmφとすることができる。
【0019】
窓枠固定部15に設置される窓枠部20の斜視図が図2である。窓枠部20は、上下のシリコーンゴム膜(弾性膜)21に窒化シリコン膜(薄膜)22が挟まれた矩形体形状の構成を具備する。上下のシリコーンゴム膜21の中央部には、丸形の弾性膜開口(開口)211が設けられており、弾性膜開口211の中心は、シャーレ10の底面の開口部14の中心と略一致するように構成されている。また、弾性膜開口211は、底面12の開口部14内に収まる程度の大きさとすることが好ましく、上記の大きさに対応して、例えば1〜2mmφとすることができる。この構成により、開口部14を通過したX線は、弾性膜開口211中の窒化シリコン膜21を透過してシャーレ10の内部に達する。すなわち、窒化シリコン膜22はX線を透過させる薄膜窓を構成する材料となり、弾性膜開口211に対応した箇所の窒化シリコン膜22が薄膜窓となる。
【0020】
シリコーンゴム膜21の厚さは、0.05〜1.5mm程度とすることができる。その厚さは、窓枠部20を窓枠カバー16を用いて窓枠固定部15で固定できるように適宜設定される。この際、この窓枠部20によって開口部14が封止されるように窓枠部20は固定される。
【0021】
窒化シリコン膜22はシリコーンゴム膜21よりも薄く、その厚さは、X線の透過率を高く保つことができる厚さとして、1μm以下であり、例えば0.1μmとすることができる。その大きさはシリコーンゴム膜21と同様であるが、弾性膜開口211よりも大きくかつこの窓枠部20を窓枠固定部15に設置した際の気密性、強度が保たれる限りにおいて、シリコーンゴム膜21より小さくすることもできる。窒化シリコン膜22は、例えば基板上に化学気相成長法等によって形成した後でこの基板をエッチングすること等によって、薄膜として形成されたものを用いることができる。
【0022】
ここで、シリコーンゴム膜21は厚いためにX線、特に軟X線の透過率は小さく、実質的にX線は弾性膜開口211中の窒化シリコン膜22のみを透過する。従って、弾性膜開口211の大きさは、このX線が透過する窓の大きさを規定する。この面積が大きいほどシャーレ10内部へのX線の照射が容易であるが、一方で、窓としての強度あるいは耐圧は、この面積が大きいほど低下する。従って、弾性膜開口211は2mmφ以下とすることが好ましい。
【0023】
底面12(本体11)における窓枠固定部15周辺の構造の斜視図が図3である。ここでは、窓枠部20、窓枠カバー16等は記載されていない。窓枠固定部15は、底面12が部分的に掘り下げられて形成され、その中心に開口部14が形成されている。なお、ここでは、窓枠固定部15の四隅は、窓枠部20の着脱を容易にするために円形に加工されている。窓枠固定部15の外側には、窓枠カバー16を固定するネジ17に対応したネジ穴17Aが形成されている。こうした構成により、窓枠部20を、図1(b)中の上側(放射線が入射する側と反対側)から窓枠部20を窓枠カバー16を用いて押圧し、底面12に取り外し自在として固定することができる。
【0024】
窓枠固定部15の大きさは、窓枠部20が嵌合するように設定される。その掘り下げられた深さは、窓枠部20の厚さ(シリコーンゴム膜21の厚さの約2倍)よりも浅くする。このシリコーンゴム膜21は弾性変形をするため、これにより、窓枠カバー16をネジ17で固定することによって、窓枠部20が底面12に固定される。この構成においては、シリコーンゴム膜21がOリングの役割を果たすため、窓枠部20と底面12との間は密封され、開口部14は封止される。X線を照射する際には、後述するように、図1(b)中では窓枠部20の下側が真空、上側が大気圧となるため、上側から下側に大気圧に相当する圧力が印加される。この際、窓枠部20は、真空側(放射線が入射する側)とは反対側から窓枠固定部15(底面12)に押圧されて固定されるため、この封止には悪影響は与えない。従って、弾性膜開口211中の窒化シリコン膜22が破損しない限り、窓枠部20の下側の真空は維持される。
【0025】
本体11の上側は開放されており、内部への培養液や生物試料の出し入れがしやすい形態となっている。ただし、図4に示されるように、この上側を覆う蓋70が取り付けられる形態とされる。本体11の側壁上面18には、円形に溝が形成され、その中には例えばバイトン製のOリング19が設けられる。蓋70の蓋下面71は、この側壁上面18と接するように設定され、蓋70と本体11とは、この状態でネジ72によって固定される。この際、Oリング19によって、シャーレ10内の空間は密封され、例えばこの内部をある特定の雰囲気、例えば一定のCO濃度とすることが可能である。なお、シャーレ10内部の状態が肉眼で観察できるように、蓋70をガラス等の透明な材料で構成することが好ましい。
【0026】
なお、底面12の下側の面(放射線が入射する側の面)にも、側壁上面18と同様に、開口部14を囲んで円形の溝が形成され、その中に上記と同様のOリング81が設けられる。このOリング81は、このシャーレ10をX線照射装置フランジ80に設置する際のシールの役割を果たす。
【0027】
このシャーレ10中に培養液90を入れ、その中で生物試料(細胞)91を培養する際の形態の断面図(図1(b)に対応)が図5である。この形態については、特許文献1の段落番号0071以降に記載されているものと同様である。前記の通り、窓枠部20と窓枠固定部15(底面12)との間は密封されるため、ここから培養液90や生物試料91が漏れることはない。この構成により、生物試料91はシャーレ10内で安定して培養されるため、窒化シリコン膜22の表面上においても生物試料91は増殖する。この際、シャーレ10内部側における窒化シリコン膜22の表面に細胞接着分子(コラーゲン等)を予め塗布しておけば、更に効率的に窒化シリコン膜22の表面でこの生物試料(細胞)91を増殖させることが可能である。また、この状態でシャーレ10を傾けても、シャーレ10の内部はOリング19等によって密封されているため、培養液90や生物試料91が漏れることはない。
【0028】
次に、生物試料91の培養後に、この生物試料91に対して放射線を照射する場合の形態の断面構造を図6に示す。図6においても鉛直方向が黒矢印で示されている。ここでは、シャーレ10を図5の状態から鉛直方向に90°回転させてX線照射装置フランジ80に取り付ける。X線照射装置フランジ80は、X線照射装置(例えば放射光ビームライン)の末端部であり、X線照射装置フランジ80の開口から高強度のX線がこのシャーレ10側に照射される。X線照射装置側は、一般的にはX線を透過させるために真空となっているのに対し、シャーレ10の内部は大気圧となっているが、X線照射装置側の真空は、Oリング81と、窓枠部20によって維持される。なお、X線照射装置側は真空となっているためにシャーレ10に対して吸引力が働き、シャーレ10はX線照射装置フランジ80に固定される。ただし、シャーレ10の外周部とX線照射装置フランジ80とをネジを用いて機械的に固定する構成とすることもできる。
【0029】
図6の構成により、X線照射装置から発せられたX線を、弾性膜開口211中の窒化シリコン膜22上の生物試料91に照射することができる。X線ビームの形態は任意であるが、集光光学系を通して、例えば窒化シリコン膜22上における集光サイズを半値幅で40μm程度とすることができる。この場合は、集光されて高強度となったX線を窒化シリコン膜22上の生物試料91に照射することができる。なお、図6においては、図5の状態のままで蓋70を装着しているが、培養液90を除去した場合、あるいは培養液90の流動性が低く蓋70を取り外しても培養液90が流れ出さない場合には、蓋70を取り外した状態でX線を照射してもよい。
【0030】
この構成の場合、X線は、窒化シリコン膜22と、その直上の生物試料91に照射される。前記の通り、窒化シリコン膜22は、軽元素のみで構成され、かつその厚さは1μm以下と薄いため、比較的吸収の大きな軟X線であっても、その透過率を高くすることができる。また、生物試料91は、間隔を置かずに窒化シリコン膜22上に存在するため、培養液90(水)中でのX線の吸収も無視できる。
【0031】
また、窒化シリコン膜22は大気圧と真空との境界の窓となるため、両側の大きな圧力差に耐えうる強度をもつ必要があるが、この構成においては、弾性膜開口211が1〜2mm角、開口部14の大きさが3mmφであり、共に小さい。従って、この強度は充分に保たれる。
【0032】
また、この構成においては、シャーレ10を図6の形態とし、水平方向からX線を入射させて用いることができる。放射光、X線レーザー等のX線を発する光源は多種類あるが、一般には、X線はこれらの光源から水平方向(鉛直方向と垂直な方向)に発せられる場合が多い。上記の構成は、こうした水平方向にX線を発する光源を用いる場合に特に有利である。
【0033】
このように、このシャーレ10を用いて生物試料91を培養し、これに高効率でX線を照射することができる。
【0034】
実際にこうした作業(実験)を行うに際しては、様々な試料に対して同様の作業を行い、X線を照射した試料を多数作成することが必要になる場合が多い。こうした場合においては、一般的に微生物の培養で用いられているガラス製シャーレと同様に、使用後のシャーレ10を洗浄、殺菌し、その後で再び洗浄液90等を導入して用いることが好ましい。この場合、シャーレ10の内部を洗浄するに際しては、この中で最も薄く破損する可能性が高い窒化シリコン膜22を、窓枠部20ごと取り外して行うことができる。洗浄後、新たに準備した窓枠部20(窒化シリコン膜22)を新たに装着すれば、他の生物試料91を培養することができる。すなわち、このシャーレ10を、通常の微生物培養に用いられているガラス製シャーレと同様に繰り返し用いることができる。
【0035】
これに対して、特許文献1に記載の技術においては、X線照射は上記と同様に行うことができるものの、窒化シリコン膜が洗浄時に破損する可能性が高いため、洗浄後に再び生物試料を培養することは困難である。従って、特許文献1に記載の試料検査装置の生物試料を培養する周辺の部分は、実質的に使い捨てとなる。
【0036】
また、生物試料91の培養をこのシャーレ10で行わず、例えば培養用マルチウェルプレート内で、窒化シリコン膜22を基板としてその上で生物試料91を培養してもよい。この場合、この窒化シリコン膜22を用いてシャーレ10を組み立てて更に培養を行うことができ、あるいはそのままX線照射を行うこともできる。すなわち、生物試料の培養をシャーレ毎に行うのではなく、窒化シリコン膜(薄膜)毎に行うこともできる。
【0037】
また、生物試料91に照射するX線の波長に応じて、窒化シリコン膜22を、他の材質で構成された膜に置き換えた方がよい場合もある。例えば、短波長(高エネルギー)のX線を照射する場合には、ベリリウム膜をこの代わりに用いる場合もあるが、こうした場合でも、シャーレ10の本体11はそのまま用い、窓枠部20(窒化シリコン膜22)のみを交換して用いることができる。また、長時間のX線照射後に窒化シリコン膜22が変質して劣化する場合もあるが、こうした場合でも、これを交換することは容易である。窒化シリコンの代わりに用いられる材料としては、高分子材料、カーボン、炭化シリコン等がある。
【0038】
更に、生物試料91が窒化シリコン膜22上に残った状態で窓枠部20を本体11から取り外し、持ち運ぶことも容易である。従って、例えばこの状態のまま、光学顕微鏡や蛍光顕微鏡等でこの生物試料を観察することも容易である。この際、窓枠部20(シリコーンゴム膜21)を、取り扱いに適した大きさ、厚さとすることができるため、その取り扱いも容易である。
【0039】
なお、上記の例では、シリコーンゴムを弾性膜21の材料として用いた場合につき記載したが、シリコーンゴムと同様に、弾性変形をし、かつ窓枠部20と底面12との間の気密性を得ることのできる材料であれば、同様に用いることができることは明らかである。
【0040】
また、上記の例では、X線を照射する場合について説明したが、X線以外にも、大気中や水中での吸収が大きな放射線を試料に照射する場合においても、この放射線照射試料用シャーレが有効であることは明らかである。例えば、X線の代わりに粒子線(電子線や陽子線等)や紫外線を照射する場合においても同様である。また、試料は必ずしも生物である必要はなく、同様に薄膜窓上に設置できる試料であれば、これに高効率で放射線を照射できることは明らかである。
【0041】
(実施例)
実際に、上記の構成の放射線照射試料用シャーレを用いて、生物試料を培養し、これにX線を照射する実験を行った。ここで、シャーレの本体の材料はアルミニウムとし、窓枠部の大きさは8mm角とした。窒化シリコン膜の厚さは0.1μmとし、圧力が印加されない状態での厚さが0.2mmであるシリコーンゴムを弾性膜の材料とし、開口は1mm角とした。底面における窓枠固定部の深さは0.1mmとした。
【0042】
この中に培養液としてダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)を入れて肺腺癌細胞A549を培養した。この際に、雰囲気におけるCO濃度を5%として蓋をし、1日間保持した。
【0043】
その後、このシャーレを図6の構成で軟X線レーザー照射装置に設置し、軟X線レーザーを上記の細胞に対して照射した。ここで、軟X線としては、波長13.9nm(89eV)、パルス幅が7psecのものを用い、集光光学系を用い、生物試料(培養液)付近における集光サイズは40μm程度とした。前記の窒化シリコン膜のこの波長の軟X線に対する透過率は40%程度である。
【0044】
放射線照射後の生物試料(肺腺癌A549)の免疫蛍光染色法による蛍光分析を行えば、この照射によって細胞核内のDNA2本鎖切断が生じている箇所の発光が確認できる。この1回のパルス照射後の蛍光写真を図7に示す。これより、1回のパルス照射でもこの生物試料に対して充分な照射量で軟X線が照射されたことが確認できた。また、その後でこの放射線照射試料用シャーレを洗浄し、窒化シリコン膜を交換して、同様の実験を繰り返し行うことが可能であった。
【符号の説明】
【0045】
10 放射線照射試料用シャーレ
11 本体
12 底面
13 側壁
14 開口部
15 窓枠固定部
16 窓枠カバー
17、72 ネジ
17A ネジ穴
18 側壁上面
19、81 Oリング
20 窓枠部
21 シリコーンゴム膜(弾性膜)
22 窒化シリコン膜(薄膜)
70 蓋
71 蓋下面
80 X線照射装置フランジ
90 培養液
91 生物試料(細胞)
211 弾性膜開口(開口)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面と当該底面の周囲に形成された側壁に囲まれた中に存在する試料に対して前記底面に設けられた薄膜窓を通して放射線を照射させることのできる放射線照射試料用シャーレであって、
前記薄膜窓を構成する薄膜が、開口を有する2枚の弾性体膜の間に挟まれた構成をもつ窓枠部を具備し、
前記底面には開口部が形成され、前記窓枠部は、前記放射線が入射する側とは反対側から前記底面に押圧されて取り外し自在とされた状態で前記開口部を封止して固定される構成を具備することを特徴とする放射線照射試料用シャーレ。
【請求項2】
前記底面における前記放射線が入射する側の面において、前記開口部を囲んでOリングが設置される溝が設けられたことを特徴とする請求項1に記載の放射線照射試料用シャーレ。
【請求項3】
前記試料が存在する空間を封止し、前記底面と反対側において設置される蓋を具備することを特徴とする請求項1又は2に記載の放射線照射試料用シャーレ。
【請求項4】
前記薄膜は窒化シリコンで構成されたことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の放射線照射試料用シャーレ。
【請求項5】
前記弾性体膜はシリコーンゴムで構成されたことを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の放射線照射試料用シャーレ。
【請求項6】
前記放射線はX線又は粒子線であることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の放射線照射試料用シャーレ。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の放射線照射試料用シャーレ中における前記薄膜窓上に試料を配置して放射線を照射することを特徴とする放射線照射方法。
【請求項8】
前記試料は生物試料であり、前記放射線照射試料用シャーレ内部における前記薄膜窓の表面に細胞接着分子を塗布した後に前記放射線照射試料用シャーレ内で前記生物試料を培養し、前記生物試料に放射線を照射することを特徴とする請求項7に記載の放射線照射方法。
【請求項9】
鉛直方向と垂直な方向に発せられた前記放射線を前記試料に照射することを特徴とする請求項7又は8に記載の放射線照射方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−67133(P2011−67133A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−220831(P2009−220831)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】