説明

放射線計測装置

【課題】陽子線を用いた場合であっても、放射線照射装置が水中に形成する3次元の線量分布を一度に計測し、計測時間を短縮する。
【解決手段】複数のイオンチェンバー210を積層した放射線計測装置であって、イオンチェンバー210は、放射線の入射により発生した信号を取り出す信号取り出し電極と、信号取り出し電極と対向して配置される電圧印加電極と、イオンチェンバー及び他の前記イオンチェンバーの間に配置され、イオンチェンバーの放射線阻止能に関する水等価厚と放射線拡散量に関する水等価厚を一致させる調整体を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線照射装置の調整や性能評価は、放射線照射装置が照射した放射線によって水中に形成される線量分布を計測することで行われる。照射体として水を用いる理由は、放射線照射装置の主な照射対象である人体の7割が水のためである。
【0003】
線量分布計測に最も一般的に使用される計測器は、小型の放射線計測器を内部に搭載した水ファントムである。小型計測器は、モーター駆動によって水ファントム内部を自由に移動できる仕組みになっている。調整や性能評価の対象となる放射線照射装置を使って水ファントムに放射線を照射し、小型計測器を細かく走査して水ファントム中に形成された線量分布を計測する。計測線量に対する出力の線形性を考慮して、小型計測器にはイオンチェンバーや半導体検出器が用いられる。このような線量分布の計測方法は、小型計測器の走査に伴って長大する計測時間が課題である。
【0004】
非特許文献1には、重粒子線治療装置から出射された炭素ビームの、ビーム進行方向(照射方向)における線量分布を測定する線量計測器(積層型計測器)が開示されている。
この積層型計測器は、炭素線の照射方向(以下、縦方向)に対してイオンチェンバーを多数積層した計測器で構成される。積層型計測器に放射線を照射すると、積層型計測器内における線量分布を一度に計測できる。積層型計測器による、線量計測時間の短縮が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M.Shimbo, et al.“Development of Multi-layer Ion Chamber for Measurement of Depth Dose Distributions of Heavy-ion Therapeutic Beam for Individual Patients”Nihon Igaku Hoshasen Gakkai zasshi. Nippon acta radiologica 60 issue.5 274-279 (2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
積層型計測器で計測された3次元線量分布は、水中における結果へ換算される必要がある。ただし換算のためには、積層型計測器において、放射線阻止能の水等価厚が放射線拡散量の水等価厚と一致している必要がある。放射線の拡散は、計測器内での放射線のドリフトと散乱に起因する。物質中での散乱が無視できるほど少ない重粒子線(例えば、炭素線)では、縦方向のイオンチェンバーの厚みを重粒子線阻止能の水等価厚と一致させることで、換算のための条件を満足できる。従って、炭素線の場合、積層型計測器で計測した3次元の線量分布を、水中における結果へ換算できる。
【0007】
しかしながら、従来の積層型計測器は、陽子線程度の質量である放射線(例えば、陽子やヘリウムを用いた荷電粒子ビーム)に対してこの条件を満足できず、水中の線量分布を得ることが困難であった。結局、放射線照射装置の調整項目又は性能評価項目によっては、小型の放射線計測器を内部に搭載した水ファントムを別途用意する必要があり、効果的に計測時間を短縮できていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の特徴は、複数のイオンチェンバーを積層した放射線計測器であって、イオンチェンバーと他のイオンチェンバーの間に配置され、イオンチェンバーの放射線阻止能に関する水等価厚と放射線拡散量に関する水等価厚を一致させるための調整体を有することにある。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、陽子線程度の質量を有する放射線を用いた場合であっても、放射線照射装置が水中に形成する3次元の線量分布を一度に計測でき、計測に必要となる時間を短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の好適な一実施例である放射線計測器の陽子線照射装置への適用例を示す図である。
【図2】本発明の好適な一実施例である放射線計測器の構成図であり、(a)は放射線計測器の斜視図、(b)は可動装置の概略図、(c)は可動装置の斜視図である。
【図3】図2に示す放射線計測器を構成するセンサー部の構成図である。
【図4】図2に示す放射線計測器を構成するセンサー部の斜視図である。
【図5】図2に示す放射線計測器を構成する信号電極基板の構成図である。
【図6】図2に示す放射線計測器を構成する高圧電圧電極基板の構成図である。
【図7】図2に示すセンサー部における陽子線のエネルギー損失と拡散量を示す図であり、(a)は陽子線のエネルギーが250MeVでのエネルギー損失分布、(b)は陽子線のエネルギーが70MeVでのエネルギー損失分布、(c)は陽子線のエネルギーが250MeVでの空間分布、(d)は陽子線のエネルギーが70MeVでの空間分布、(e)は陽子線のエネルギーが250MeVでの散乱角度分布、(f)は陽子線のエネルギーが70MeVでの散乱角度分布を示す図である。
【図8】本発明の好適な一実施例である放射線計測器によって計測された陽子線の線量分布を示す図であり、(a)は陽子線のエネルギーが70MeVでの縦方向の線量分布、(b)は陽子線のエネルギーが250MeVでの縦方向の線量分布、(c)は陽子線のエネルギーが250MeVでの横方向の線量分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施例を、図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0012】
本発明の好適な一実施例である放射線計測器を図1で説明する。本実施例の放射線計測器101は、放射線照射装置の1種である陽子線照射装置102の調整および性能評価を行うため、陽子線照射装置102が水中で形成する線量分布を計測する。なお本実施例では放射線照射装置の例として陽子線照射装置102を上げたが、陽子線以外で物質毎の散乱量の差を無視することが困難である線種、例えばヘリウムを用いた放射線照射装置でも同様の効果が得られる。
【0013】
陽子線照射装置102は、図1に示すように、陽子線発生装置103,陽子線輸送装置104、および回転式照射装置105を有する。なお、本実施例の照射装置は回転式であるが、固定式でも同様の効果が得られる。
【0014】
陽子線発生装置103は、イオン源106,前段加速器107(例えば直線加速器)及びシンクロトロン108を有する。イオン源106で発生した陽子イオンは、前段加速器107でまず加速される。前段加速器107から出射された陽子線は、シンクロトロン108で所定のエネルギーまで加速された後、出射デフレクタ109から陽子線輸送装置104に出射される。陽子線は陽子線輸送装置104を経て回転式照射装置105に導かれ、放射線計測器101に照射される。回転式照射装置105は、回転ガントリー(図示せず)及び照射野形成装置110を有する。照射野形成装置110は回転ガントリーに設置され、回転ガントリーと共に回転する。また、陽子線輸送装置104の一部は、回転ガントリーに取り付けられている。なお、本実施例では陽子線加速器としてシンクロトロン108を採用したが、サイクロトロンや直線加速器を用いた場合にも同様の効果が得られる。
【0015】
次に、本実施例の回転式照射装置105によって実現されるスキャニング照射法の概略を以下に説明する。スキャニング照射法では、被照射体はビーム進行方向(縦方向)において複数の層に分割され、陽子線が1つの層ごとに回転式照射装置105に搭載される2対の走査電磁石(図示せず)を用いて縦方向と垂直な方向(以下、横方向)に2次元走査される。まず、ある層に対して陽子線を既定位置まで走査し、回転式照射装置105から陽子線を出射する。既定線量の照射を完了した時点で陽子線の照射が停止し、次の既定位置へ再度陽子線が走査される。1つの層内での照射が終了すると、シンクロトロンもしくはレンジシフタを使って陽子線のエネルギーが変更される。これにより、他の層内において前述の陽子線照射が実行される。
【0016】
なお、本実施例では回転照射装置105によって実現される陽子線照射法としてスキャニング照射法を採用したが、単一エネルギーの陽子線が形成するブラッグピークを所望の線量分布に合わせて縦方向に拡大する機能をもつ飛程変調ホイールやリッジフィルタなどの機器を使用し、さらに陽子線経路に設置した散乱体を使って陽子線を横方向に拡大して、均一な線量分布を形成する照射法でも同様の効果が得られる。
【0017】
次に、放射線計測器101の構造について、図2を用いて以下に説明する。放射線計測器101は、図2(a)に示すようにスポットポジションモニター201(位置モニター、以下、SPM),レンジシフタ202,レンジシフタ挿入機構203,線量計測部204,可動装置205、及び主制御装置206を有する。
【0018】
SPM201は、SPM201に入射した陽子線の横方向における重心位置(ビーム進行方向に対して垂直な平面において、通過した陽子線の重心位置)を計測する。SPM201は、複数の電極線をガス容器内部に数mmの間隔で配置したイオンチェンバーである。
SPM201によれば、スキャニング照射法等によって照射された陽子線の重心位置と、横方向に対する陽子線の広がりを、線量計測部204と比較して精度良く計測できる。また、SPM201は、図1に示す陽子線照射装置102の調整項目及び性能評価項目に応じて、脱着可能な構成である。SPM201は、ビーム進行方向に対して線量計測部204よりも上流側に配置される。
【0019】
レンジシフタ202は、調整項目及び性能評価項目に応じて、ビームの進行方向と平行な方向(縦方向)の計測位置を変更する。レンジシフタ202は、厚さが異なる複数のエネルギー吸収体(例えば、0.1mm,0.2mm,0.4mm,0.8mm,1.6mm,3.2mm,6
.4mmの7つのエネルギー吸収体)を有する。一つのエネルギー吸収体、又は複数のエネルギー吸収体を組み合わせてビーム通過位置に配置することで、ビーム進行方向の計測位置(通過する陽子線のエネルギー)を変えることができる。本実施例のレンジシフタ202の場合、0.1mm間隔で縦方向の計測範囲を変更でき、変更範囲は0.1mmから12.7mmである。ただし、使用されるレンジシフタ202の素材と厚みの種類は、陽子線照射装置102の調整及び性能評価の項目に応じて任意である。本実施例では、レンジシフタの素材としてABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(Acrylonitrile butadiene styrene)樹脂)製の板を使用する。レンジシフタ202は、ビーム進行方向に対して
線量計測部204よりも上流側に配置される。
【0020】
レンジシフタ挿入機構(レンジシフタ制御部)203は、ビーム通過位置に所定の厚みのエネルギー吸収体が配置されるようにレンジシフタ202を駆動・制御する。
【0021】
可動装置205は、可動天板A207,可動天板B208,車輪209を有する。可動天板A207の上にSPM201,レンジシフタ202,レンジシフタ挿入機構203が配置される。可動天板B208の上に線量計測部204が配置される。可動装置205は、陽子線照射装置102の調整及び性能評価の項目に応じて、図2(b)(c)に示すように、縦方向1軸と横方向2軸に可動天板B208を走査する。可動天板A207は、可動天板B208と連動して横方向2軸に可動する。また放射線計測器101のアライメントのために、可動装置205は図2(b)に示すように、地面と垂直な方向を軸として可動天板A207と可動天板B208を同時に回転できる。また、可動天板A207と可動天板B208において機器の設置面は、縦方向と平行であるように調整される。可動装置205の底面部には車輪209が設けられ、図1に示す放射線計測器101を任意の場所へ移動して使用できる。ただし、線量分布の計測時は、放射線計測器101は定位置に固定される。車輪は、ボールベアリングで代用できる。
【0022】
線量計測部204は、複数のイオンチェンバー210(例えば、縦方向に数十層のイオンチェンバー210)を積層して構成される。イオンチェンバー210は、イオンチェンバー210とイオンチェンバー210の間にできるだけ隙間ができないよう積層される。
イオンチェンバー210は1枚ずつ脱着可能であり、ある層のイオンチェンバーが故障した場合、ただちに交換できる。ただし、イオンチェンバー210の積層数は、陽子線照射装置102の調整及び性能評価の項目に応じて任意である。イオンチェンバー210は、陽子線の線量に感度を持つセンサー部211と、信号処理装置212を有する。
【0023】
センサー部211の構成を、図3〜図6に示す。センサー部211は、図3に示すように、調整体302,スペーサ303,信号電極基板304,高電圧電極基板305を有する。調整体302は、陽子線に対する物理的性質が水と近い物質が好ましい。例えば、密度が2.0g/cm3以下である、アクリル,ABS,ガラスエポキシ,カプトンなどの合成樹脂である。本実施例では、調整体302としてアクリルを用いた例を説明する。調整体302は、センサー部211における陽子線の阻止能と拡散量を調整する。スペーサ303は絶縁体で成形され、センサー部211の電離層を確保するために信号電極基板304と高電圧電極基板305の間に配置される。即ち、スペーサ303の厚みが、電離層の厚みである。スペーサ303内の電離層は、電離ガスで満たされる。本実施例では、電離ガスである空気を密封する例を示すが、外部に備わったガスポンプを用いて電離ガスを循環させる構成であってもよい。循環させる場合、スペーサ303には電離ガスの流入出口が設けられる。信号電極基板304と高電圧電極基板305は、電極として銅を表面に蒸着したガラスエポキシ板である。銅電極には、ニッケルメッキと金メッキが施される。電極基板は、絶縁体であればガラスエポキシ板である必要は必ずしもない。以下、信号電極基板304と高電圧電極基板305が互いに向き合う面を表側、表側と反対の面を裏側と表現する。また、信号電極基板304の表側に備えられた電極が信号電極306(図5)であり、高電圧電極基板305の表側に備えられた電極が高電圧電極307(図6)である。つまり、信号電極(信号取り出し電極)306は、信号電極基板304とスペーサ303の間に設けられ、高電圧電極(電圧印加電極)307は高電圧電極基板305とスペーサ303の間に設けられる。高電圧電極307は、信号電極306と対向して配置される。イオンチェンバーを積層した場合、イオンチェンバーと他のイオンチェンバーの間に調整体302が配置されるように構成される。本実施例のセンサー部211は、信号電極基板304,スペーサ303及び高電圧電極基板305を、第一の調整体302及び第二の調整体302で挟む構成としたが、いずれか一方の調整体302を配置する構成であってもよい。
【0024】
調整体302,スペーサ303,信号電極基板304,高電圧電極基板305は、図3のように絶縁体で形成されたネジ308を用いて固定される。ネジ308で固定された状態のセンサー部211の構成を、図4に示す。図2に示したイオンチェンバー210の積層時、ネジ308がイオンチェンバー210の間に隙間を作らないよう、調整体302にはネジ308を隠す穴があけられる。本実施例では、センサー部211の固定に絶縁体で成形されたネジ308を用いたが、確実にセンサー部211を固定できる方法であって、かつイオンチェンバー210の積層を邪魔しない方法であれば、センサー部211の固定に関して手段は問わない。
【0025】
信号電極306は、電気的に独立した素子(第1素子)309に分割される。素子309は面積が数mm〜数百mm平方であり、電極の中心に十字状配列される。各素子309には
、導体で形成された信号線310が電気的に接続されている。十字状に分割されていない信号電極四隅の大型素子(第2素子)311も、それぞれ信号線310が電気的に接続されている。信号線310は、信号電極基板304の裏側を通って信号電極基板304の外側まで延長される。電場が一様である領域を使うため、電極の端から数mmの範囲312は
使用せず、信号電極306の外部で接地される。また信号電極の素子309,大型素子311は、信号線310と抵抗を介して接地される。高電圧電極307には、高電圧線313が電気的に接続されている。高電圧線313は、高電圧電極基板305の裏側を通って高電圧電極基板305の外側まで延長される。高電圧電極307には、高電圧線313を介して数百ボルト程度の電圧がかけられている。ただし、信号電極306及び高電圧電極307のパターンや信号線310の配線方法については、図1に示す陽子線照射装置102の調整及び性能評価の項目に応じて任意である。
【0026】
信号処理装置212は、センサー部211の周囲を取り囲むように配置される。つまり、センサー部211に入射する陽子線の進行を妨げない位置に、信号処理装置212が配置される。
【0027】
センサー部211に陽子線が照射されると、センサー部211の電離層(即ち、スペーサ303の内側である)に封入された電離ガス(本実施例では大気)が電離し、電離層にイオン対が生成される。このとき生成するイオン対の数は、電離層における陽子線のエネルギー損失量に比例する。信号電極306と高電圧電極307との間の電位差によって発生する電場により、イオン対は電極方向にドリフトする。イオン対が電極に到達すると、イオン対の数に応じた電荷が電極に発生する。信号電極306に関しては、イオン対の生成位置とおおよそ最短距離に位置する素子309で電荷が発生する。信号電極306に発生する電荷は、電離層における陽子線のエネルギー損失量に比例する。信号電極306で発生した電荷は、信号線310を通して素子309毎に図2に示す信号処理装置212へ出力される。信号処理装置212は、素子309毎の入力電荷をチャージアンプ(図示せず)で積分してアナログの電圧値に変換し、さらに得られたアナログの電圧値をアナログ−デジタルコンバータ(図示せず。以下、ADC)を使ってデジタル値に変換する。本実施例のチャージアンプは任意のタイミングで蓄電荷を放電できる機能を有する。得られたデジタル値は、図2に示す主制御装置206に送信される。
【0028】
センサー部211を構成する調整体302,スペーサ(即ち、電離層)303,信号電極基板304及び高電圧電極基板305(以下、電極基板)の厚み、及び調整体302の素材を決定する方法を、以下に説明する。センサー部211を構成する調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材は、センサー部211の陽子線阻止能と陽子線拡散量を考慮して決められる。
具体的には、まずセンサー部211と、厚みがセンサー部211と同じである水に対して初期条件が等しい陽子線を照射し、陽子線のエネルギー損失に関する比較と拡散量に関する比較をそれぞれ行う。これを調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材に関して異なる組み合わせで繰り返し試行し、エネルギー損失と拡散量がそれぞれ同時に近い値となる組み合わせをセンサー部211の構造として採用する。即ち、本実施例におけるセンサー部211は、巨視的には陽子線に対して水と同じ性質である。従って本実施例において、図2に示すイオンチェンバー210を積層した線量計測部204内で形成される陽子線の線量分布は、水中における陽子線の線量分布と等価である。ここで、阻止能とは、ある物質・物体において、通過した放射線にエネルギー損失を与える能力を示す。例えば、阻止能の高い物質・物体では、通過した陽子線は大きくエネルギー損失することになる。また、拡散量とは、ある物質・物体を通過した放射線における、位相空間(X[mm],X′[rad])分布の変化量(特に増加量)を示す。Xはある1陽子に関するビーム軸からの距離で陽子線の実空間上の広がりを示し、ビーム軸上に存在する陽子はX=0mmである。X′はある1陽子
の進行方向とビーム進行方向がなす角度でXの変化量を示し、ビーム進行方向と順平行に進行する陽子はX′=0radである。なお、調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材に関して、センサー部211に関する陽子線阻止能の水等価厚と、陽子線拡散量の水等価厚が一致する組み合わせでセンサー部211を構成しても、同様の効果が得られる。ただし、図2に示す線量計測部204で得られた線量分布を水中の線量分布に換算する場合、線量計測部204で得られた線量分布をセンサー部211の水等価厚に従って補正する必要がある。ここで、阻止能の水等価厚とは、ある阻止能の物質・物体と同等のエネルギー損失を水で発生させようとした場合に、必要とされる水の厚みを示す。また、拡散量の水等価厚とは、ある物質・物体を通過した放射線と同等の拡散量を水で与えようとした場合に、必要とされる水の厚みを示す。
【0029】
また、センサー部211を構成する調整体302,スペーサ303及び信号電極基板304,高電圧電極基板305の接着に接着剤を用いた場合、接着剤がセンサー部211の水等価性に与える影響を考慮して、調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材を決める必要がある。
【0030】
さらにまた、電離ガスとして空気以外の物質を用いた場合と、電極基板としてガラスエポキシ板以外の素材を用いた場合、それらがセンサー部211の水等価性に与える影響を考慮して、調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材を決める必要がある。
【0031】
以上、センサー部211を構成する調整体302,スペーサ303,信号電極基板304の厚み、高電圧電極基板305の厚み、及び調整体302の素材を決定するためには、センサー部211と、厚みがセンサー部211と同じである水における陽子線阻止能と陽子線拡散量をそれぞれ知る必要がある。その手段としては、センサー部211を実際に製作して実験的に計測する方法や、放射線の物理モデルに従ったシミュレーションで計算する方法が考えられる。
【0032】
図7(a)(b)は、上記方法に従って構成物を決定した図3のセンサー部211における陽子線のエネルギー損失分布を示す。センサー部211における陽子線のエネルギー損失は、センサー部211の陽子線阻止能と関係する。横軸がエネルギー損失量、縦軸が事象数である。ただし陽子線は、センサー部211の中心に対して縦方向と平行に照射した。図7(a)(b)には、厚みがセンサー部211と同じである水における陽子線のエネルギー損失分布も重ねて示した。センサー部211におけるエネルギー損失量の中心値は、厚みがセンサー部211と同じである水におけるエネルギー損失と±1%以内で一致している。また、図7(c)(d)は、エミッタンスゼロの陽子線がセンサー部211を通過した後に持つ空間分布である。横軸が空間的な位置、縦軸が事象数である。センサー部211に対する陽子線の照射位置が横軸の原点である。ただし陽子線は、センサー部211の中心に対して縦方向と平行に照射した。図7(c)(d)には、厚みがセンサー部211と同じである水を通過した陽子線が持つ空間分布も重ねて示した。さらに図7(e)(f)は、エミッタンスゼロの陽子線がセンサー部211を通過した後に持つ散乱角度分布である。横軸が散乱角度tanθ、縦軸が事象数である。図7(e)(f)には、厚みがセンサー部211と同じである水を通過した陽子線が持つ散乱角度分布も重ねて示した。ただし陽子線は、センサー部211の中心に対して縦方向と平行に照射した。センサー部211を通過した陽子線の実空間分布(位相空間でいうとX[mm]の分布)と散乱角度分布(位相空間でいうとX′[rad]の分布)は、センサー部211の陽子線拡散量(位相空間分布の変化量)に関係する。センサー部211と厚みがセンサー部211と同じである水に関して、これら2つの分布の分散(空間分散,散乱角分散)は共に±5%以内で一致している。なお、図7(a)(c)(e)が入射される陽子線の初期エネルギーが250MeVの場合、図7(b)(d)(f)が入射される陽子線の初期エネルギーが70MeVの場合の結果を示している。以上、本実施例におけるセンサー部211が、陽子線に対して水とほぼ等価である事が分かる。ここで、空間分散とは、放射線の実空間分布(位相空間でいうとX[mm]の分布)における分散(1σ)を示す。例えば、ビーム軸上にのみ粒子が存在する場合、放射線の空間分散は0mmとなる。また、散乱角分散とは、放射線の持つ散乱角度分布(位相空間でいうとX′[rad]の分布)における分散(1σ)を示す。例えば、ビーム軸方向と順平行に進行する粒子のみが存在する場合、放射線の散乱角度分散は0radとなる。
【0033】
本実施例の放射線計測器は、陽子線の線量計測を目的とする。しかしながら、物質における放射線の阻止能と拡散量は、放射線の種類毎に異なる。従って、異なる種類の放射線に適用する場合には、センサー部211の構造は改めて決定する必要がある。
【0034】
次に、図2を用いて、陽子線照射装置102が形成する線量分布を本実施例の放射線計測器101で計測する手順を説明する。まず操作者は、陽子線照射装置102の照射室(図示せず)に放射線計測器101を搬送し、電源を投入する。電源の投入で可動装置205が使用可能になり、放射線計測器101をアライメント可能になる。放射線計測器101は、積層された全センサー部211の横方向中心位置が、図1に示す回転式照射装置105の走査電磁石で走査されない陽子線の照射軸と一致するように設置される。照射軸は、陽子線の重心が通る経路である。まず、可動装置205の底面に備わった車輪209で放射線計測器101を配置し、次に可動装置205を細かく走査及び回転してアライメントを調整する。可動装置205の操作には、可動装置205に備わったコントローラ(図示せず)を用いる。コントローラは、数メートルのケーブル(図示せず)を介して可動装置205に接続されている。
【0035】
アライメントが終了すると、操作者は照射室から退出し、制御室(図示せず)へ移動する。制御室では、主制御装置206による図1に示す放射線計測器101の制御を行う。
また、主制御装置206を使って、陽子線照射装置102の制御も行われる。まず操作者は、主制御装置206に備わるユーザーインターフェース(図示せず)を使ってSPM201と線量計測部204の電源を投入する。線量計測部204への電源投入により、イオンチェンバー210のセンサー部211に高電圧がかかり、さらに信号処理装置212が動作可能になる。
【0036】
操作者は、陽子線照射装置102に照射条件を設定し、設定条件での陽子線の照射を指示する。陽子線の照射が指示されると、陽子線照射装置102は主制御装置206に対して照射開始信号を送信する。主制御装置206が照射開始信号を受信すると、主制御装置206によって線量計測部204とSPM201に計測開始信号が送信される。線量計測部204が計測開始信号を受信すると、イオンチェンバー210に備わる信号処理装置212は、信号処理装置212に備わるチャージアンプ(図示せず)の蓄電荷を放電する。放電が完了すると、チャージアンプは信号電極306で発生した電荷を積分してアナログの電圧値へ変換可能な状態に再び移行する。直後、図1に示すシンクロトロン108で加速された陽子線が陽子線輸送装置104に出射され、回転式照射装置105を経て放射線計測装置に照射される。
【0037】
陽子線が線量計測部204に照射されると、イオンチェンバー210に備わるセンサー部211の電離層が陽子線によって電離し、電離層における陽子線のエネルギー損失に比例した電荷を図3に示す信号電極306に発生させる。信号電極306で発生した電荷は、信号線310を伝って素子309毎に信号処理装置212へ出力される。信号処理装置212は、入力した電荷をチャージアンプで積分して電圧値に変換する。つまり、信号電極306は、陽子線の入射によって発生した電荷(取り出し信号)を、信号処理装置212に出力する。また、SPM201では、入射された陽子線に基づいて、横方向における陽子線の重心位置と広がりが計測される。
【0038】
陽子線の照射が完了すると、陽子線照射装置102から主制御装置206に照射完了信号が送信される。主制御装置206が照射完了信号を受信すると、主制御装置206は線量計測部204とSPM201に計測完了信号を送信する。線量計測部204が計測完了信号を受信すると、イオンチェンバー210に備わる信号処理装置212は、ADCを使ってチャージアンプの出力電圧値をデジタル値変換する。さらに、変換で得られたデジタル値は、主制御装置206に送信される。また、SPM201が計測完了信号を受信すると、計測結果を主制御装置206に送信する。主制御装置206にデジタル値が送信されると、信号処理装置212はチャージアンプの蓄電荷を放電する。送信された線量計測部204のデジタル値とSPM201の計測結果は、主制御装置206内に記録される。
【0039】
記録されたデジタル値は、デジタル値を出力したイオンチェンバー210と信号電極306の素子309で識別される。主制御装置206は、縦方向におけるイオンチェンバー210の位置と横方向における信号電極306内の素子309位置から、デジタル値を線量計測部204内における3次元位置で再識別する。さらにデジタル値は、デジタル値と線量値の変換テーブルに従って線量値へ変換される。変換テーブルは、較正用線源を使ったセンサー部の較正等により事前に取得される。
【0040】
本実施例では、すべてのイオンチェンバー210におけるすべての図3に示す素子309に関するデジタル値を主制御装置206に出力することを想定している。ただし、操作者が注目するイオンチェンバー210や素子309に関するデジタル値のみを出力して、主制御装置206に記録することもできる。
【0041】
主制御装置206は、線量値とその位置情報から線量計測部204内に形成された陽子線の線量分布分を求める。つまり、主制御装置206は、線量計測器204に設けられた信号電極306から取り出された信号に基づいて、ビーム進行方向(縦方向)における陽子線の線量分布を求める。また、主制御装置206は、信号電極306からの信号に基づいて、ビーム進行方向と垂直な平面内(横方向)における陽子線の線量分布を求める。求められた陽子線の線量分布は、主制御装置206に備わったディスプレイ(図示せず)へ表示される。表示される線量分布は、図1に示す陽子線照射装置102の調整項目及び性能評価項目に応じて任意である。従って、イオンチェンバー210毎に積分した線量値を縦方向1次元に示した分布や、あるイオンチェンバー210における線量値を横方向2次元で示した分布といったように、操作者が所望する任意の線量分布をディスプレイに表示できる。
【0042】
また、主制御装置206に記録された線量値は、ネットワークや携帯可能な外部記録媒体(図示せず)を通して別の記録媒体(図示せず)に保存できる。
【0043】
以上のように、本実施例では計測の開始と停止を図1に示す陽子線照射装置102の照射開始と照射停止で制御したが、陽子線照射装置102の調整項目及び性能評価項目に応じて任意のタイミングで制御可能である。
【0044】
本実施例の放射線計測器において、縦方向の計測間隔はイオンチェンバー210の厚みと等しい。本実施例におけるイオンチェンバー210の厚みは、センサー部211の構造から計算しておよそ数mm〜数十mmである。本実施例における図1に示す放射線計測器10
1では、線量計測部204上流へのレンジシフタ202挿入によって、注目する計測位置を縦方向に平行移動できる。移動可能な間隔は、挿入可能なレンジシフタ202における最小の厚みで決まり、0.1mmである。最大の平行移動量は、挿入可能なレンジシフタ202の合計で、12.7mmである。従って、イオンチェンバー210の厚みよりも細かい0.1mmの間隔で線量分布を計測できる。レンジシフタ202の挿入によって計測位置を縦方向に平行移動させる場合、計測の前に操作者は、所望の平行移動量を主制御装置206に入力する。入力が完了すると、まず、入力された平行移動量の分だけ縦方向に可動天板B208が走査される。可動天板B208の走査が完了すると、可動天板B208の走査によって形成された空間に、平行移動量分の厚みであるレンジシフタ202がレンジシフタ挿入機構203によって挿入される。この状態で陽子の線量分布を計測すると、平行移動の分だけ深い位置での線量分布が放射線計測器で計測される。また、可動天板B208を横方向に走査することで、横方向の計測点も細かく計測できる。任意の位置への可動天板B208の走査は、レンジシフタ202の挿入と同様に、制御室の主制御装置206から実行できる。照射野形成装置110に備わる線量モニター(図示せず)等で計測した陽子線のビーム強度が主制御装置206に記録されるので、レンジシフタ202の厚みを変更して繰り返し計測しても、操作者は各計測毎に得られた線量の相対値を把握できる。
【0045】
手動でのレンジシフタ202挿入及び可動装置205の可動も、本実施例と同様の効果が得られる。ただし、操作者は陽子線の照射完了後に照射室へ移動し、可動装置205の可動天板B208を可動装置205のユーザーインターフェースで可動させ、さらにレンジシフタ202を入れ替えた後、制御室に戻って計測を再開する必要がある。
【0046】
本実施例の放射線計測器によって、図1に示す陽子線照射装置102が水中に形成する線量分布が得られる。図8に、本実施例の放射線計測器101で計測される70MeV及び250MeVの陽子線の線量分布を示す。図8(a)は、放射線計測器で計測される70MeVの陽子線の縦方向線量分布である。陽子線は、図2に示すセンサー部211の中心に対して縦方向と平行に入射している。また、図8(a)に示す線量分布は、センサー部211の中心を中心とした1辺20mmの正方形領域内に付与される横方向の線量を積分
した結果である。図8(b)は、図8(a)と同様の方法で示した、本実施例の放射線計測器で計測される250MeVの陽子線の縦方向線量分布である。なお、図8(a)(b)には、70MeVと250MeVの陽子線が水中で形成する縦方向線量分布をそれぞれ重ねて示した。本実施例の放射線計測器によって計測される線量分布は、±5%以内で水中での線量分布と一致している。また図8(c)には、250MeV陽子線の形成するブラッグピーク近傍における横方向の線量分布を示した。図8(c)に示す横方向線量分布の分散も、水中での結果と±5%以内で一致している。
【0047】
本実施例の放射線計測器によれば、放射線の3次元の線量分布を一度に測定できるため、水ファントムを用いる従来方法と比較して、計測に必要な時間を短縮できる。
【0048】
本実施例の放射線計測器によれば、水を使用しないため従来方法の水ファントムを用いる場合と比較して管理の手間が低減できる。また、任意のガントリー回転角における線量分布計測も容易に可能となる。さらに、水ファントムの容器が持つ厚みを考慮して線量分布を計測する必要がないため、飛程の浅い陽子線の線量分布も正確に計測可能となる。
【符号の説明】
【0049】
101 放射線計測器
102 陽子線照射装置
103 陽子線発生装置
104 陽子線輸送装置
105 回転式照射装置
106 イオン源
107 前段加速器
108 シンクロトロン
109 出射デフレクタ
110 照射野形成装置
201 スポットポジションモニター
202 レンジシフタ
203 レンジシフタ挿入機構
204 線量計測部
205 可動装置
206 主制御装置
207 可動天板A
208 可動天板B
209 車輪
210 イオンチェンバー
211 センサー部
212 信号処理装置
302 調整体
303 スペーサ
304 信号電極基板
305 高電圧電極基板
306 信号電極
307 高電圧電極
308 ネジ
309 素子
310 信号線
311 大素子
312 不使用領域
313 高電圧線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のイオンチェンバーを積層した放射線計測装置であって、
前記イオンチェンバーは、
放射線の入射により発生した信号を取り出す信号取り出し電極と、
前記信号取り出し電極と対向して配置される電圧印加電極と、
前記イオンチェンバー及び他の前記イオンチェンバーの間に配置され、前記イオンチェンバーの放射線阻止能に関する水等価厚と放射線拡散量に関する水等価厚を一致させる調整体を備えることを特徴とする放射線計測装置。
【請求項2】
請求項1に記載の放射線計測装置であって、
前記調整体は、前記イオンチェンバーでの放射線阻止能及び放射線拡散量が、前記放射線の進行方向における前記イオンチェンバーの厚みと同じ長さの水を通過したときの放射線阻止能及び放射線拡散量と同じになるように調整することを特徴とする放射線計測装置。
【請求項3】
請求項1に記載の放射線計測装置であって、
前記調整体は、2.0g/cm3以下の密度を有する合成樹脂で構成されることを特徴とする放射線計測装置。
【請求項4】
請求項2に記載の放射線計測装置であって、
前記調整体は、前記イオンチェンバーを通過した放射線のエネルギー損失量と、前記イオンチェンバーを通過した放射線の空間分散と、前記イオンチェンバーを通過した放射線の散乱角分散が、それぞれ前記イオンチェンバーと同じ厚みの水を通過した放射線のエネルギー損失量と、前記イオンチェンバーと同じ厚みの水を通過した放射線の空間分散と、前記イオンチェンバーと同じ厚みの水を通過した放射線の散乱角分散と、±5%以内で一致するように調整することを特徴とする放射線計測装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の放射線計測装置であって、
前記信号取り出し電極から出力される信号に基づいて、前記放射線が形成する線量分布を求める制御装置を備えることを特徴とする放射線計測装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の放射線計測装置であって、
前記放射線の進行方向に対して前記イオンチェンバーより上流側に配置され、通過した前記放射線のエネルギーを変更するレンジシフタを備えることを特徴とする放射線計測装置。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の放射線計測装置であって、
前記放射線の進行方向に対して前記レンジシフタより上流側に配置され、前記放射線の通過位置を測定する位置モニターを備えることを特徴とする放射線計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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