説明

放電イオン化電流検出器

【課題】プラズマ生成用ガス(He)に含まれる又は配管内壁から放出される不純物に起因するノイズを低減することでSN比を改善する。
【解決手段】Heからプラズマを生成するための誘電体バリア放電を発生させる電極6〜8で囲まれるプラズマ生成領域と、プラズマの作用によりイオン化された試料成分を検出する電極13、14で囲まれるイオン化電流検出領域との間で、ガス流路4に供給されたHeの一部を分岐して排出する分岐排気路10を設ける。Heに混入していた又はプラズマ生成領域付近の円筒間3内面から放出された不純物の一部もHeとともに管外に排出されるため、イオン化電流検出領域に達する不純物の量を減らしてノイズを低減できる。試料成分のイオン化はプラズマからの励起光の寄与が支配的であるため、HeとともにHe励起種の一部が排出されてしまっても試料成分のイオン化効率は下がらない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてガスクロマトグラフ(GC)用の検出器として好適な放電イオン化電流検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ用の検出器としては、熱伝導度検出器(TCD)、エレクトロンキャプチャ検出器(ECD)、水素炎イオン化検出器(FID)、炎光光度検出器(FPD)、フレームサーミオニック検出器(FTD)など、様々な方式の検出器が、従来から提案され、実用に供されている。こうした検出器の中で最も一般的に、特に有機物を検出するために使用されているのは、水素炎イオン化検出器である。水素炎イオン化検出器は、水素炎により試料ガス中の試料成分をイオン化し、そのイオン電流を測定するものであり、6桁程度の広いダイナミックレンジを達成している。
【0003】
しかしながら、水素炎イオン化検出器は、イオン化効率が低いため十分に低い最小検出量が得られない、危険性の高い水素を必要とするため防爆設備等の特別な設備を設置する必要があり、取扱いも面倒である、といった欠点を有している。
【0004】
一方、無機物から低沸点有機化合物までを高い感度で検出可能な検出器として、パルス放電イオン化電流検出器(PDD:Pulsed Discharge Detector)が従来知られており(特許文献1など参照)実用にも供されている(非特許文献1など参照)。パルス放電イオン化電流検出器では、高圧のパルス放電によってヘリウム分子などを励起し、その励起状態にある分子が基底状態に戻る際に発生する光エネルギーを利用して分析対象の分子をイオン化する。そして、そのイオン電流を検出し、分析対象の分子の量(濃度)に応じた検出信号を得る。
【0005】
したがって、パルス放電イオン化電流検出器は水素炎イオン化検出器とは異なり水素を必要とせず、取扱いが容易である。また、そのイオン化効率は水素炎イオン化検出器よりも高い。一例として、プロパンに対するイオン化効率は水素炎イオン化検出器が0.0005[%]に過ぎないのに対し、パルス放電イオン化電流検出器では0.07[%]を実現している。しかしながら、それにも拘わらずパルス放電イオン化電流検出器のダイナミックレンジは水素炎イオン化検出器に及ばず、1桁程度低いのが実状である。これが、パルス放電イオン化電流検出器が水素炎イオン化検出器ほど普及しない一つの原因である。
【0006】
従来のパルス放電イオン化電流検出器におけるダイナミックレンジの制約要因は明確に解明されているわけでないが、次のような要因が考えられる。即ち、従来の一般的なパルス放電イオン化電流検出器では、数[mm]以下の微小間隔を隔てて配置された電極間に短時間の高電圧パルスを印加することで放電を行い、プラズマを発生させるようにしている。これは、DC放電を改良したものであり、印加電圧をパルス化することでDC放電による電極の発熱やプラズマの不安定性を抑制することを意図している。
【0007】
しかしながら、その結果として、パルス電圧の立ち上がり、ピーク電圧、立ち下がりといった電圧状態の遷移に伴うプラズマの周期的変動が発生し、それがそのままイオン化の周期的変動を引き起こす。即ち、周期的にしか効率のよい励起が行われていないため、それによって平均的な励起効率が低下し、それに起因するプラズマの不安定性がイオン化の不安定性をもたらすと推定できる。また、周期的なプラズマ状態の変動はバックグラウンドノイズの要因となり得る。こうしたことから、結果的に、従来のパルス放電イオン化電流検出器では検出信号のSN比が十分に上がらず、それがダイナミックレンジの制約要因となっているものと考えられる。
【0008】
プラズマ状態を定常化するためには高周波放電を利用することが考えられるが、そうするとプラズマが高温になり、それによる種々の問題の発生が予想される。具体的には、電極等が高温になることで発生する熱電子などがプラズマに影響を及ぼし、プラズマ状態を不安定にするおそれがある。また、検出器として耐熱性を考慮した構成・構造が必要となり、大きなコスト増加要因となる。
【0009】
そこで、本願発明者らは、イオン化のためのプラズマを生成するために非特許文献2などに報告されている低周波交流励起誘電体バリア放電を利用することに想到し、低周波交流励起誘電体バリア放電により生成したプラズマを利用して試料成分の検出が可能であることを実験的に確認した(非特許文献3参照)。また、非特許文献3の公開に先立ち、本願発明者らは低周波交流励起誘電体バリア放電を利用した放電イオン化電流検出器の基本的な構成を特願2008−76917号により提案している。低周波交流励起誘電体バリア放電を用いた放電イオン化電流検出器は、プラズマ自体の安定性が高いため、異常放電などプラズマに起因したイオン化電流出力におけるノイズの影響は小さい。
【0010】
【特許文献1】米国特許第5,394,092号明細書
【非特許文献1】「無機ガス分析はppbの領域へ PDD高感度分析システム」、[online]、株式会社島津製作所、[平成20年8月15日検索]、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/products/gc/pdd.htm>
【非特許文献2】テシュケ(M. Teschke)ほか4名、「ハイ-スピード・フォトグラフス・オブ・ア・ダイエレクトリック・バリア・アトモスフェリック・プレッシャ・プラズマ・ジェット(High-Speed Photographs of a Dielectric Barrier Atmospheric Pressure Plasma Jet)」、アイトリプルイー・トランスアクション・オン・プラズマ・サイエンス(IEEE Transaction on Plasma Science), Vol. 33, No, 2, April 2005, pp.310-311
【非特許文献3】品田恵、ほか3名、「大気圧マイクロプラズマを用いたガスクロマトグラフ用イオン化電流検出器」、2008年春季第55回応用物理学関係連合講演会予稿集、平成20年3月28日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明者は上記放電イオン化電流検出器のさらなる性能改善を目的とした様々な検討を行っているが、その過程で、プラズマ生成用ガスに含まれる微量の不純物やガス流路を構成する配管内壁等から放出される微量な不純物がノイズの一因となることを見い出した。即ち、こうした不純物成分は微量ではあるものの、プラズマによって高い効率で直接励起されるため、検出対象の試料成分が微量である場合にはそのイオン化電流に比べて無視できないレベルになり得る。そのため、そうした不純物由来のイオン化電流はイオン化電流検出出力におけるオフセット電流となって出力を不安定化させたりノイズとなったりする。このような不純物に起因するノイズを下げるため、プラズマ生成用ガスの純度を高める、プラズマ生成用ガスをガス精製器を通した後に検出器に供給する、不純物の放出が少ない配管材料を使用する、といった対策が考えられる。しかしながら、こうした対策には限界があり、また分析コストが高くなるという問題がある。
【0012】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、プラズマ生成用ガスに混入している或いはガス流路の配管等から放出される不純物に起因するノイズを低減させることにより、分析精度や分析感度を向上させることができる放電イオン化電流検出器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明は、放電により生起させたプラズマを利用して試料ガス中の試料成分をイオン化し検出する放電イオン化電流検出器であって、
a)プラズマ生成用ガスが流通するガス流路中に、周波数範囲が1[kHz]〜100[kHz]である交流電場による誘電体バリア放電を発生させ、該放電によりプラズマ生成用ガスからプラズマを生成するプラズマ生成手段と、
b)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域よりも下流側の前記ガス流路中に試料ガスを導入する試料ガス導入流路と、
c)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域よりも下流側の前記ガス流路中にあって、前記プラズマの作用によってイオン化された前記試料ガス中の試料成分によるイオン電流を検出する電流検出手段と、
d)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域と前記電流検出手段によるイオン電流検出領域との間で、前記ガス流路に流通するプラズマ生成用ガスの一部を分岐して排出する分岐排気流路と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
上記プラズマ生成用ガスとしては、ヘリウム、アルゴン、窒素、ネオン、キセノンのいずれか1つ、又はそれらの混合ガスなどを用いることができる。
【0015】
上記プラズマ生成手段は、少なくとも一方の表面が誘電体に被覆された対をなす放電用電極と、該放電電極に周波数範囲が1[kHz]〜100[kHz]である低周波交流電圧を印加する交流電源と、を含むものとすることができる。
【0016】
本発明に係る放電イオン化電流検出器では、プラズマ生成手段により誘電体バリア放電が発生すると、その近傍でプラズマ生成用ガスからプラズマが生成される。これは安定した大気圧マイクロプラズマである。ガス流路中のこのプラズマ生成領域を通過したプラズマ生成用ガスの一部は分岐排気流路に流れ込み、残りのプラズマ生成用ガスには試料ガス導入流路を通して試料ガスが混合されて電流検出手段によるイオン電流検出領域に向かう。したがって、プラズマ生成領域を通過するプラズマ生成用ガスの流量に比べて、イオン電流検出領域を通過するプラズマ生成用ガスの流量は少なくなる。
【0017】
一般に、プラズマ励起による試料のイオン化は、プラズマからの励起光と、プラズマによって生成されたプラズマ生成用ガスの励起種の作用によるものであるとされている。したがって、十分なイオン化効率を得るためには、プラズマ生成領域を通過したプラズマ生成用ガスを全てイオン電流検出領域に流すのが最良の方法であると考えられてきた。しかしながら、本願発明者の検討によれば、低周波交流励起誘電体バリア放電の場合には、プラズマによって生成された励起種のイオン化への寄与はかなり小さく、イオン化の殆どはプラズマ発光によるものであることが判明した。換言すれば、低周波交流励起誘電体バリア放電において試料をイオン化するためには、プラズマからの励起光を無駄なくイオン電流検出領域に到達させさえすればよく、プラズマ生成用ガスの全てをイオン電流検出領域に通すことの必要性はあまりないことになる。
【0018】
一方、プラズマ生成領域を通過した後にプラズマ生成用ガスの一部を排出してしまい、イオン電流検出領域を通過させるプラズマガス生成用ガスの流量を小さくすれば、次のような利点を享受できる。
(1)もともとプラズマ生成用ガスに含まれていた不純物やガス流路の配管内壁等(特に相対的に不純物が放出され易いプラズマ生成領域付近の部分)から放出された不純物やこれに由来するイオンの一部も、イオン電流検出領域に達する前にプラズマ生成用ガスとともに排出される。したがって、イオン電流検出領域に到達する、プラズマによって直接励起された不純物の量が減少するため、この不純物に起因するオフセット電流やノイズを減らすことができる。
【0019】
(2)試料ガスはイオン電流検出領域を通るプラズマ生成用ガスによって希釈されるので、このプラズマ生成用ガスの流量を減らすことは、試料成分の濃度が相対的に高くなることを意味し、イオン化電流信号の増加につながる。
(3)イオン電流検出領域を通るプラズマ生成用ガスの流量を減らしても、プラズマ生成領域を通るプラズマ生成用ガスの流量は変えずに済む。それ故に、ガス流路の配管内壁等から放出される不純物の希釈度は下がらず、(1)に示した不純物量の削減の効果を十分に発揮させることができる。
【0020】
即ち、本発明に係る放電イオン化電流検出器では、プラズマ生成用ガスがプラズマ生成領域を通過した後であってイオン電流検出領域に到達する前に、その一部を排出してしまうことにより、上述した利点を享受することができる。一方、プラズマ生成用ガスの一部を途中で排出してもプラズマ生成領域付近から発せられる励起光が弱まるわけではなく、上述のようにプラズマ生成用ガスの励起種が減少しても試料成分のイオン化には殆ど影響がない。したがって、イオン化効率は高い状態を維持できる。
【0021】
なお、本発明に係る放電イオン化電流検出器において、プラズマ生成領域付近から発せられる励起光をイオン電流検出領域に無駄なく導入するために、プラズマ生成領域とイオン電流検出領域との間でガス流路が直線状である構成とするとよい。
【0022】
また、分岐排気流路を通したプラズマ生成用ガスの適切な分岐割合は、ガス流路内への試料ガスの導入方向や試料ガスの流量などにも依存するが、一例として、プラズマ生成領域を通過するプラズマ生成用ガスの流量の半分を分岐排気流路を通して排出するとよい。上述したようにプラズマ生成用ガスの励起種は試料成分のイオン化に殆ど寄与しないものの、一般に試料ガスの流量はプラズマ生成用ガスの流量に比べて格段に少ないため、分岐排気流路を通した分岐割合を大きくし過ぎると、イオン電流検出領域を通過するプラズマ生成用ガス流量が少なくなり過ぎて試料ガスの円滑な流通に支障をきたす。そこで、こうした状況を考慮すると、プラズマ生成領域を通過したプラズマ生成用ガスのうち、少なくとも1/10程度の量をイオン電流検出領域に流すように分岐割合を決めるとよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る放電イオン化電流検出器によれば、従来の良好なイオン化効率を損なうことなく、不純物に起因するノイズを低減することができる。それにより、検出対象である試料成分由来のイオン電流のSN比を改善することができ、ダイナミックレンジを拡大することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の一実施形態による放電イオン化電流検出器について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施形態による放電イオン化電流検出器の構成図である。
【0025】
この放電イオン化電流検出器は、その内部の上部がガス流路4となっている円筒管3に沿って、プラズマ生成部1とイオン電流検出部2とを備える。ここでは円筒管3は石英からなるが、セラミック、ガラス、ポリマーなど他の誘電体からなるものでもよい。円筒管3の上端開口はプラズマ生成用ガスをガス流路4内に導入するガス供給口5となっている。ここではプラズマ生成用ガスとしてヘリウム(He)を使用しているが、電離され易いガスであればよく、アルゴン、窒素、ネオン、キセノンなどのうちの1種又はそれらを2種以上混合したガスなどでもよい。
【0026】
プラズマ生成部1は、円筒管3の外壁面に互いに所定距離離して配設された金属製のプラズマ生成用電極7、6、8と、励起用高圧電源9と、を含む。プラズマ生成用電極6〜8は例えば銅箔などの導電性テープを円筒管3の周囲に巻回することにより容易に設けることができる。
【0027】
プラズマ生成用電極6〜8とガス流路4との間には誘電体である円筒管3の壁面が介在するから、この壁面が各プラズマ生成用電極6〜8の表面を被覆する誘電体被覆層となる。つまり、金属製のプラズマ生成用電極6〜8とそれぞれの表面を被覆する誘電体被覆層とがプラズマ生成用の放電用電極として機能する。ヘリウムの流れに沿った上下両側のプラズマ生成用電極7、8は接地され、中央のプラズマ生成用電極6に励起用高圧電源9が接続される。励起用高圧電源9は低周波の高圧交流電圧を発生するものであり、その周波数は1[kHz]〜100[kHz]の範囲、さらに好ましくは5[kHz]〜50[kHz]の範囲とするとよく、電圧振幅は1[kVp-p]〜10[kVp-p]程度の範囲とするとよい。また、この交流電圧の波形形状は、正弦波、矩形波、三角波、鋸歯状などのいずれでもよい。
【0028】
イオン電流検出部2は、円筒管3内に露出したイオン電流検出用電極13、14と、円筒管3の外側に設けられた検出回路部20と、を含む。イオン電流検出用電極13、14は白金などからなる同軸二重管であり、その外筒管がバイアス直流電圧印加用のイオン電流検出用電極13、内筒管が電荷収集用のイオン電流検出用電極14となっている。内筒管は酸化アルミニウムなどからなる絶縁管15の中に挿入されており、これにより両電極13、14の間の電気的絶縁性が保証される。内側のイオン電流検出用電極14は検出回路部20に含まれる電荷収集用の電流アンプ22に接続され、もう一方のイオン電流検出用電極13はバイアス直流電源21に接続されている。
【0029】
内筒管であるイオン電流検出用電極14の内側は試料ガス流路16となっており、その下端の試料ガス供給口17から導入された試料ガスは試料ガス流路16中を図1中に上向き矢印で示すように進む。円筒管3の上端のガス供給口5に供給されたヘリウムはガス流路4中を下向きに流れ、試料ガス流路16中を上昇してくる試料ガスと合流して、外筒管であるイオン電流検出用電極13と絶縁管15との間の間隙に形成される合流流路18を下向きに進んで、その下端のガス排出口19から吐き出される。
【0030】
本実施形態の放電イオン化電流検出器における特徴的な構成として、円筒管3にあってプラズマ生成部1とイオン電流検出部2との間に分岐排気管10が接続されている。ガス流路4を下向きに流れるヘリウムは分岐接続部12付近で下向き、つまりイオン電流検出用電極13、14側と、横向き、つまり分岐排気管10とに分岐して流れる。ガス供給口5に流量Qtのヘリウムが供給されるとき、イオン電流検出用電極13、14側に流れるヘリウムの流量Qdと分岐排気管10側に流れるヘリウムの流量Qpとの割合は、分岐接続部12以降のそれぞれの流路抵抗の比で決まる。ここでは、両方の流路抵抗がほぼ等しくなるように流路のサイズ等を設計してあるため、Qd=Qp=Qt/2であるとみなすことができる。
【0031】
次に、本実施形態の放電イオン化電流検出器における試料成分の検出動作を説明する。
上述したように、ガス供給口5にはプラズマ生成用ガスとしてのヘリウムが所定流量で供給され、試料ガス供給口17には分析対象の試料成分を含む試料ガスが所定流量で供給される。例えば、本検出器をガスクロマトグラフの検出器として用いる場合には、カラムで成分分離された試料ガスを試料ガス供給口17に導入すればよい。後述する実測例で明らかなように、通常、試料ガス流量はプラズマ生成用ガスの供給流量に比べて格段に少ない。
【0032】
ヘリウムはガス流路4を下向きに流れ、分岐接続部12付近で分岐されて一部(この例では約半分)が分岐排気路10を経て外部へと排出され、残りのヘリウムはさらに下向きに進む。上向きに流れる試料ガスの流量は小さいので、試料ガス流路16の上縁端付近で試料ガスはヘリウムと合流し、外側に拡がって合流流路18を下方に向かって流れ、最終的にガス排出口19から排出される。
【0033】
上述したようにヘリウムがガス流路4内に流れている状態で、図示しない制御回路からの制御信号により励起用高圧電源9が駆動され、励起用高圧電源9は低周波の高圧交流電圧をプラズマ生成用電極6とプラズマ生成用電極7、8との間に印加する。これによってプラズマ生成用電極6とプラズマ生成用電極7、8との間で誘電体被覆層(円筒管3の壁面の一部)を通した誘電体バリア放電が起こる。この誘電体バリア放電によって、ガス流路4中を流れるヘリウムが電離されてプラズマが発生する。このプラズマは大気圧非平衡マイクロプラズマである。
【0034】
この放電イオン化電流検出器において、高電圧が印加されるプラズマ生成用電極6を二つの接地されたプラズマ生成用電極7、8で挟み込んだ構造としているのは、プラズマ生成用電極6付近で発生したプラズマが、上流側及び下流側に拡がるのをできるだけ抑え、2つのプラズマ生成用電極7、8の間にプラズマ生成領域を制限するためである(例えば、北野ほか、「低周波大気圧マイクロプラズマジェット」、応用物理Vol.77、 No.4、2008年、pp.383-389など参考)。
【0035】
金属であるプラズマ生成用電極6〜8はガス流路4内に露出していないので、この金属からの二次電子の放出はない。また、大気圧非平衡プラズマでは、プラズマの急激な加熱が進行する前に印加電圧による電力の供給が一旦遮断されるため、プラズマが高温になりにくい。しかも、ここでは電力の供給が低周波で行われるため、プラズマの温度が低く維持される。そのため、ガス流路4に面した管路内壁面などの温度上昇が抑えられ、管路内壁面などからの不純物の放出は抑制される。こうしたことから、上述したプラズマ生成領域に、安定したプラズマを形成することができる。
【0036】
上記のように生成されたプラズマにより励起光とヘリウム励起種とが発生する。ヘリウム励起種はヘリウムの流れに従って、その一部がヘリウムとともに分岐排気管10を経てガス排出口11から管外に排出される。この際に、もともとヘリウムに混入していた微量の不純物や円筒管3の内壁面等から放出された微量の不純物も、ガスの分割比とほぼ同じ割合で分割されて管外に排出されることになる。これにより、イオン電流検出電極13、14間のイオン電流検出領域に達する不純物の量を減らすことができる。
【0037】
一方、プラズマから発生した励起光はヘリウムの分岐の影響を受けずに直進するから、ほぼ全てがイオン電流検出領域まで到達する。そして、試料ガス中の試料成分分子(又は原子)をイオン化する。こうして生成された試料イオンは、イオン電流検出用電極13に印加されているバイアス直流電圧の作用により、イオン電流検出用電極14で電子を授受する。これにより、生成された試料イオンの量、つまりは試料成分の量に応じたイオン電流が電流アンプ22に入力され、電流アンプ22はこれを増幅して検出信号として出力する。このようにして、この放電イオン化電流検出器では、導入された試料ガスに含まれる試料成分の量(濃度)に応じた検出信号が出力される。
【0038】
試料成分分子はプラズマによる励起光やヘリウム励起種の作用でイオン化されるが、低周波励起誘電体バリア放電では、励起光によるイオン化が支配的である。したがって、一部のヘリウム励起種を分岐排気路10を通して排出してしまっても、試料成分分子のイオン化には殆ど影響がない。一方、分岐排気路10を通して半分程度のヘリウムが排出されることで、上述したようにもともとヘリウムに混入していた或いは円筒管3内壁等から放出された微量の不純物も半分程度に減少した状態でイオン電流検出領域に到達する。こうした不純物はプラズマにより直接的に励起され易く、それがイオン電流検出用電極13、14に達するとノイズとなるが、こうした不純物を減らすことでノイズを低減することができる。
【0039】
また、合流流路18に流れるヘリウムの流量が減ることは合流したガス中の試料成分の濃度が相対的に上がることになるから、試料成分由来のイオン化電流の増加につながる。それによって、検出信号のSN比を向上させることができる。また、同様の効果を得るにはガス供給口5に供給するヘリウムの流量自体を減らしてもよさようであるが、そうすると、もともとヘリウムに混入していた不純物の量は減るものの、円筒管3内壁などから放出される不純物の希釈度合いが下がり、不純物の影響が相対的に大きくなる。これに対し、本実施形態の放電イオン化電流検出器では、例えばイオン化電流検出領域に流れるヘリウムを半分に減らしながらプラズマ生成領域に流れるヘリウムの流量は従来と同じにすることができる。このため、プラズマ生成領域付近での不純物の希釈度を下げずに済み、プラズマ形成の安定化にも有利である。
【実施例】
【0040】
次に上記実施形態の放電イオン化電流検出器を用いた実測例について説明する。実験に用いた検出器の各部の寸法は、円筒管3は外径が3.9[mm]、内径が2.5[mm]であり、イオン電流検出用電極14となる内筒管の外径は0.7[mm]、イオン電流検出用電極13となる外筒管の外径は2.0[mm]、絶縁管15の外径は1.2[mm]、である。また、プラズマ生成条件及び測定条件は以下の通りとした。
・プラズマ励起周波数: 11[kHz]
・プラズマ励起電圧: 5.4[kVp-p]
・イオン電流検出用バイアス電圧: 100[V]
・試料ガス: メタン
・試料ガス流量: 1[ml/min]
実験では、試料ガスを上記流量一定に維持しつつヘリウムガス供給流量を変えた場合のイオン化電流を測定し、得られたイオン化電流からイオン化効率を計算した。また、試料ガス濃度がゼロ(ヘリウム100%)である場合のイオン化電流変動を測定し、ヘリウム流量との関係を調べた。上述したように、分岐接続点12からガス排出口11までの分岐排気路10の流路抵抗と分岐接続点12からガス排出口19までのガス流路4、合流流路18の流路抵抗とはほぼ同じであるので、ガス排出口11を開放した場合にはQd=Qp=Qt/2の関係になり、ガス排出口11を閉鎖した場合には、Qd=Qt (Qp=0)となる。
【0041】
図2は、ガス排出口11を開放した場合と閉鎖した場合のイオン化効率を、イオン電流検出領域に流れる(ガス排出口19から排出される)ガス流量Qdに対してプロットしたグラフである。図3は、イオン化電流ノイズを、同じくイオン電流検出領域に流れるガス流量Qdに対してプロットしたグラフである。図2のイオン化効率のグラフから明らかなように、ガス排出口11を開放した場合と閉鎖した場合とを比べると、同じガス流量Qdに対してはイオン化効率の有意差はない(誤差の範囲である)。前述した測定条件から、プラズマ生成領域を流れるガス流量Qtは、ガス排出口11を開放した場合に閉鎖した場合の2倍となる。
【0042】
一方、図3のイオン化電流ノイズを見ると、特にガス流量Qdが少ない場合に、ガス排出口11を閉鎖するとノイズが顕著に増加することが分かる。換言すれば、分岐排気路10を通して半分程度のヘリウムを排出することにより、特にガス流量Qdが少ない場合でもノイズの増加を回避できることが分かる。これは、プラズマ生成領域を通過したヘリウムの一部を取り除いてイオン化電流検出領域に流すガス量を減らすことで、その中に含まれる不純物に起因するノイズを低減することができるためであると想定できる。このように、プラズマ生成領域を通過してからイオン電流検出領域に到達するまでにヘリウムの一部を取り除くことで、イオン化効率を維持したまま、ノイズを低減することができることが実験の上からも確認できた。
【0043】
上記実施形態では、プラズマ生成領域を通過したヘリウムの半分程度の流量を分岐排気路10を通して排出し、残りの半分程度の流量をイオン電流検出領域に流すようにしていたが、ヘリウム、つまりプラズマ生成用ガスの分岐割合はこれに限るものではない。イオン電流検出領域に到達する不純物の量を減らすという観点では、分岐排気路10を通してより多量のヘリウムを排出することが好ましいと言えるが、その場合、イオン化電流検出領域に流れるヘリウムの流量が減るため、試料ガスが合流流路18に円滑に流れにくくなる。特に図1に示した構造の場合、試料ガス流路14の上端で試料ガスの流れとヘリウムの流れとが対向しているため、ヘリウムの流量が少な過ぎると、試料ガスの乱流が生じたり滞留し易くなる。その結果、イオン化電流検出信号が不安定になるという現象が起こることがある。実験上からは、プラズマ生成領域を通過したヘリウムのうち、数分の1〜1/10程度はイオン電流検出領域に流す必要があると考えられる。但し、これは試料ガスの導入の方向などによっても変わることが想定される。
【0044】
また、上記実施例はいずれも本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の一実施形態による放電イオン化電流検出器の構成図。
【図2】ガス排出口を開放した場合と閉鎖した場合のイオン化効率をイオン電流検出領域に流れるガス流量Qdに対してプロットしたグラフ。
【図3】ガス排出口を開放した場合と閉鎖した場合のイオン化電流ノイズをイオン電流検出領域に流れるガス流量Qdに対してプロットしたグラフ。
【符号の説明】
【0046】
1…プラズマ生成部
2…イオン電流検出部
3…円筒管
4…ガス流路
5…ガス供給口
6、7、8…プラズマ生成用電極
9…励起用高圧電源
10…分岐排気路
11…ガス排出口
12…分岐接続部
13、14…イオン電流検出用電極
15…絶縁管
16…試料ガス流路
17…試料ガス供給口
18…合流流路
19…排出口
20…検出回路部
21…バイアス直流電源
22…電流アンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電により生起させたプラズマを利用して試料ガス中の試料成分をイオン化し検出する放電イオン化電流検出器であって、
a)プラズマ生成用ガスが流通するガス流路中に、周波数範囲が1[kHz]〜100[kHz]である交流電場による誘電体バリア放電を発生させ、該放電によりプラズマ生成用ガスからプラズマを生成するプラズマ生成手段と、
b)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域よりも下流側の前記ガス流路中に試料ガスを導入する試料ガス導入流路と、
c)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域よりも下流側の前記ガス流路中にあって、前記プラズマの作用によってイオン化された前記試料ガス中の試料成分によるイオン電流を検出する電流検出手段と、
d)前記プラズマ生成手段によるプラズマ生成領域と前記電流検出手段によるイオン電流検出領域との間で、前記ガス流路に流通するプラズマ生成用ガスの一部を分岐して排出する分岐排気流路と、
を備えることを特徴とする放電イオン化電流検出器。
【請求項2】
請求項1に記載の放電イオン化電流検出器であって、
前記プラズマ生成領域と前記イオン電流検出領域との間で前記ガス流路は直線状であることを特徴とする放電イオン化電流検出器。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の放電イオン化電流検出器であって、
前記プラズマ生成領域を通過するプラズマ生成用ガスの流量の半分を前記分岐排気流路を通して排出するようにしたことを特徴とする放電イオン化電流検出器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−60354(P2010−60354A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−224482(P2008−224482)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】