説明

放電加工用ワイヤ

【課題】一方向等の特定方向の加工のための放電加工用ワイヤにおいて、ワイヤ張力を増大させても剥離物が生じず、高精度な加工を実現することのできるようにする。
【解決手段】ワイヤ表面にワイヤ長手方向に連続する放電域Aと非放電域Bを有する放電加工用ワイヤ10とし、非放電域は、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂等からなるハードセグメントと、ポリビニルブチラール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、SEBS等の、熱硬化性樹脂と同種類または異種類のエラストマーからなるソフトセグメントとが、混合または化学的結合により混ざり合ってなる、厚み0.1〜6μm、ショアD硬度60〜90の絶縁層12により形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電エネルギーにより被加工物を切断するワイヤ放電加工のための放電加工用ワイヤに関し、特に、放電スライシング等の一方向加工その他特定方向の加工に適した放電加工用ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ワイヤ放電加工は、細いワイヤを電極線として、電極線(ワイヤ)と被加工物との間に電圧を印加し、放電による熱で被加工物を切断する加工方法である。この加工では、電極線を、張力をかけた状態で連続走行させながら、加工液雰囲気において電極線と被加工物(例えば金型やダイス等)との間に電圧をかけ、被加工物と電極線との間でパルス状の放電を繰り返し発生させる。その際、安定して放電を発生させるために電極線と被加工物との間に数μm〜数十μmの間隙(極間距離)すなわち放電ギャップが必要で、加工中の放電電圧および放電電流をモニターしながら被加工物を加工方向へサブミリ秒オーダで前進後退させて放電ギャップを適正に保持する制御(極間サーボ制御)を行う。加工液としては純度の高い水または油が使用される。そして、加工液が放電部位に供給される中で、あるいは加工液中で放電加工が行われる。
【0003】
放電加工は、溶融、爆発、飛散、冷却、スラッジ除去の一連の工程で構成される。そして、電極線と被加工物が連続して接近することで放電加工が繰り返し行われ、被加工物が所定の形状に加工される。使用する電極線は、線径0.2mm程度のものが一般的である。また、微細加工では、線径100μm以下(0.01mm〜0.1mm)の細線径の電極線を使用する。
【0004】
図6は、従来の代表的な放電加工用ワイヤのワイヤ長手方向に直交する断面図(a)〜(c)である。
【0005】
図6の(a)に示す従来の放電加工用ワイヤ1は、母材11のみからなるワイヤで、例えば黄銅線や、タングステン線、モリブデン線等である。線径が比較的大きいものでは黄銅線が一般に使用されている。黄銅線は、導電率が高いため放電時の発熱が小さく、放電特性も優れている。しかし、黄銅線は強度(引張り強さ)が大きくないため、線径が小さい電極線には使用することができない。そこで、線径が小さいもの、特に、微細加工用の線径100μm以下の電極線には、高温での強度(引張り強さ)が高いタングステン線やモリブデン線が使用されている。但し、タングステン線やモリブデン線は、価格および製造性に問題がある。
【0006】
また、図6の(b)に示す従来の放電加工用ワイヤ2は、母材11の表面に金属層13をメッキあるいは改質により形成したもので、例えば、母材11として鋼線(ピアノ線)を用い、金属層13としてブラスメッキ層等を形成したもの(例えば、特許文献1参照。)が知られている。表面にメッキ等で金属層を形成することで、伸線性が向上する
【0007】
また、図6の(c)に示す従来の放電加工用ワイヤ3は、母材11の表面に金属層13をメッキあるいは改質により形成し、更に最表面の略全面に母材11よりも電気抵抗の大きい高抵抗層14を形成したもので、例えば、母材11として鋼線(ピアノ線)を用い、金属層13としてブラスメッキ層等を形成し、最表面の高抵抗層14として、アルキド樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエステル樹脂等の樹脂、金属炭化物等の非絶縁高抵抗層を設けたもの(例えば、特許文献2参照。)が知られている。このような構成のワイヤは、小さな放電ギャップで安定して放電を発生させることができる。また、ワイヤ放電加工機に使用して極間サーボ制御(サーボ電圧値の制御)を最適化することで、放電ギャップを小さくして加工面を平滑にすることができるとともに、加工溝幅を小さくすることができ、且つ、放電回数を増やして加工速度を速くすることができ、微細加工の加工能率を高めることが可能となる。
【0008】
ワイヤ放電加工は元来、様々な曲面を有する物品の製作に使用されてきたもので、従来は、複雑な加工面を形成するのに好んで使用されてきた。しかし、近年では、ワイヤ放電加工は、加工性能が向上したことにより、複雑な形状の加工のみならず、SiやSiCの化合物半導体等の硬脆性材料のスライス加工(放電スライシング)への使用が検討されている。
【0009】
そして、そのような放電スライシングの方法として、放電加工用ワイヤを供給リールから供給しローラ間に等間隔で多重に巻き掛けて排出リールに巻き取り、そのワイヤのローラ間で互いに平行な状態で走行する複数条のワイヤ部分に前記放電域側から被加工物を近づけつつ、前記給電域側から給電子を介し電圧を印加して放電を発生させることにより、被加工物の複数箇所を同時に切断加工する所謂マルチ放電加工(例えば、特許文献3、4参照。)が従来から知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−136952号公報
【特許文献2】特開2008−296350号公報
【特許文献3】特開平9−248719号公報
【特許文献4】特開2000−107941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、従来の放電加工用ワイヤは、放電スライシングのような、加工方向が一方向等に特定される加工には適していない。複雑な加工面を形成するための放電加工と、放電スライシングのような単純スリット加工とでは、要求される加工性能に差異がある。
【0012】
従来の放電加工用ワイヤのようにワイヤ表面が全面において均一な加工性能を有していることは、放電スライシングのような一方向等の特定方向の加工においてはかえって不都合で、加工方向以外に無用な放電が発生し、その無用な放電が加工面を荒らし、また、加工溝幅を大きくしてしまうために、被加工物の歩留まりが低下し、特に、マルチ放電加工では、加工溝幅の増大による歩留まりの低下が大きくなる。
【0013】
複雑な加工面を形成するための放電加工では、複雑な加工面を得るために、放電により切り進む方向(以下、加工方向と称す。)が刻々と変わり、その際、被加工物に対し加工方向に対面するワイヤ表面の周方向位置が刻々と変わる。そのため、このような複雑な加工面を得るための放電加工に使用するワイヤは、ワイヤ表面の全面において均一な加工性能を有することが求められていた。加工方向が不特定であると、放電加工性能がワイヤ表面の全面において均一でないと、安定した加工を行うことができないものである。それに対し、放電スライシングのような一方向等の特定方向の加工の場合は、従来の放電加工用ワイヤのようにワイヤ表面が全面において均一な加工性能を有していることが、かえって弊害となる。
【0014】
一方向等の特定方向の加工の場合は、特定の加工方向にのみ放電が行われればよいであるが、従来の放電加工用ワイヤを用いたのでは、加工方向のみならず、加工方向に対する幅方向両側から後方にかけての広い範囲で放電が発生する。そうした加工方向以外の放電は、加工に直接寄与しない無用な放電であるばかりでなく、有害であり、加工方向以外の無用な放電が加工面を荒らし、また、加工溝幅を大きくしてしまう。
【0015】
放電加工では、被加工物を溶融し、爆発し、飛散させる。加工溝幅が大きいというのは、溶融し、爆発し、飛散する量が多いということである。つまり、加工溝幅は被加工物の歩留まりに大きく影響する。特に、マルチ放電加工の場合、加工溝幅の影響が大きいため、できるだけ加工溝幅を小さくすることが求められる。例えばSiウエハを数十枚、数百枚一度にスライスするマルチ放電加工の場合、加工溝幅の僅かな増大が歩留まりを大きく低下させることになる。
【0016】
このように、一方向等の特定方向の加工に使用する放電加工用ワイヤは、特定の方向の加工に寄与する放電を効率的に発生させて高速加工を実現することができるとともに、特定の方向の加工に寄与しない無用な放電の発生を抑えて、平滑な加工面の形成を実現することができ、また、加工溝幅を小さくて被加工物の歩留まりを良くすることができることが要求される。
【0017】
そこで、そのような一方向等の特定方向の加工に要求される加工性能を有する放電加工用ワイヤとして、ワイヤ表面の一部に非放電域を形成して放電域を特定方向に限定し、一方向等の特定方向の加工に要求される加工性能を得るよう構成した放電加工用ワイヤ、例えば、ワイヤ表面に、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する放電域と、該放電域に沿ってワイヤ長手方向に連続する非放電域を有する放電加工用ワイヤが考えられている。非放電域は、樹脂等の被覆により形成することができる。
【0018】
このように放電加工用ワイヤを構成することで、ワイヤの表面において放電する部分が周方向に特定されるため、加工方向にのみ効率的に放電を発生させることができ、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑えて、歩留まりを良くすることが可能になる。
【0019】
ところで、ワイヤ放電加工の加工精度を高めるには、加工時に、走行するワイヤが左右等にぶれないよう、ワイヤ張力を増大させることが必要となる。しかし、ワイヤ表面の一部に樹脂を被覆して非放電域を形成し、放電域の領域を周方向に限定して一方向等の特定方向の加工に要求される加工性能が得られるようした放電加工用ワイヤの場合、ワイヤ張力を例えば通常の10N程度から20〜30N程度にまで増大させると、樹脂の剥離が生じやすくなる。
【0020】
非放電域を形成するために被覆する樹脂としては、まず、ポリスチレン樹脂やポリエステル樹脂等の一般的な樹脂が考えられる、これらポリスチレン樹脂やポリエステル樹脂は、硬度がそれほど高くないため、ワイヤ張力を例えば20〜30N程度まで増大させるとに、加工設備内でローラ等でこすられることにより、樹脂が剥離し、剥離物がローラや加工部に溜まって加工に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0021】
そこで、より硬度の高い樹脂、例えば、フェノール樹脂や、ポリイミド樹脂や、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂を用いることが考えられる。しかし、これら硬度の高い熱硬化性樹脂は、柔軟性が低く、屈曲に弱いために、ワイヤ張力を例えば20〜30N程度まで増大させると、加工設備内でローラ等で曲げられる時に、表面割れが発生して、剥離が生じ、やはり剥離物がローラや加工部に溜まって加工に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0022】
したがって、一方向等の特定方向の加工において加工方向にのみ効率的に放電を発生させ、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑えて、歩留まりの良い加工を行うことができ、且つ、ワイヤ張力を増大させても剥離物が生じず、高精度な加工を実現することのできる放電加工用ワイヤを提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、鋭意研究を重ねた結果、硬度の高い材料と相対的に柔軟性の高い材料とが混合または化学的結合により混ざり合った樹脂を用いることにより上記課題を解決できることを見出し、それを放電加工用ワイヤとして具現化したものである。
【0024】
すなわち、本発明の放電加工用ワイヤは、ワイヤ表面に、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する放電域と、該放電域に沿ってワイヤ長手方向に連続する非放電域を有する放電加工用ワイヤであって、非放電域が、相対的に硬度の高い材料(ハードセグメント)と相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料(ソフトセグメント)とが混合または化学的結合により混ざり合った樹脂を被覆してなる絶縁層により形成されていることを特徴とする。
【0025】
この放電加工用ワイヤは、相対的に硬度の高い材料(ハードセグメント)として、例えば、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂を用い、相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料(ソフトセグメント)として、例えば、ポリビニルブチラール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、SEBS(スチレン=エチレン=ブチレン=スチレン)等の、熱硬化性樹脂と同種類または異種類のエラストマーを用いるのがよい。そして、それらが混ざり合った絶縁層の樹脂は、ショアD硬度(JIS K 7215 に規定されたデュロメータD硬さ)が60〜90であるのがよい。
【0026】
この放電加工用ワイヤは、ワイヤ表面に、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する放電域と、該放電域に沿ってワイヤ長手方向に連続する非放電域を有するものであって、ワイヤの表面において放電する部分が、周方向に特定される。そのため、放電スライシング等の一方向加工その他特定方向のワイヤ放電加工において、加工方向にのみ効率的に放電を発生させることができ、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑えて、歩留まりを良くすることができる。
【0027】
そして、この放電加工用ワイヤは、非放電域が、相対的に硬度の高い材料(ハードセグメント)と相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料(ソフトセグメント)とが混合または化学的結合により混ざり合った樹脂を被覆してなる絶縁層により形成されていることにより、絶縁層の樹脂の硬度を適度に高くすることができ、また、適度な柔軟性を有し、屈曲性に優れ、密着性がよいものとすることができる。そのため、ワイヤ張力を通常より増大させても、加工設備内でローラ等でこすられることによる樹脂の剥離や、ローラ等で曲げられることによる剥離が生じ難いものとすることができ、したがって、ワイヤ張力を通常より増大させることができ、加工時のワイヤのぶれを抑えて、より高精度な加工を実現することができる。
【発明の効果】
【0028】
このように、本発明の放電加工用ワイヤによれば、放電スライシング等の一方向加工その他特定方向の加工において、加工方向にのみ効率的に放電を発生させ、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑えて、歩留まりの良い加工を行うことができ、且つ、ワイヤ張力を増大させても剥離物が生じず、高精度な加工を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態の一例に係る断面円形の放電加工用ワイヤのワイヤ長手方向に直交する断面図(a)および外観斜視図(b)である。
【図2】図1の実施形態に係る断面円形の放電加工用ワイヤの変形態様の説明図(a)〜(c)である。
【図3】本発明の他の実施形態に係る断面円形の放電加工用ワイヤのワイヤ長手方向に直交する断面図(a)〜(c)である。
【図4】本発明の更に他の実施形態に係る放電加工用ワイヤのワイヤ長手方向に直交する断面図(a)〜(e)である。
【図5】本発明の実施形態に係るマルチ放電加工機の概略図である。
【図6】従来の代表的な放電加工用ワイヤのワイヤ長手方向に直交する断面図(a)〜(c)である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1の(a)および(b)は、本発明の実施形態の一例に係る断面円形の放電加工用ワイヤ10を示している。この放電加工用ワイヤ10は、芯材部分が母材11のみからなる断面円形のワイヤであって、ワイヤ表面に、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側において放電域Aに沿ってワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bを有している。そして、二つの非放電域Bによって放電域Aから隔てられた配置で、ワイヤ長手方向に連続する給電域Cが形成されている。そして、この例では、放電域Aと非放電域Bと給電域Cは、図1の(a)に示すように、ワイヤ断面において放電域Aおよび給電域Cを通る対称軸Sに関して線対称の配置となっている。非放電域Bは、二つであるのが好ましいが、それより多くてもよい。
【0031】
母材11は、黄銅、タングステン、モリブデン等である。一般的にはタングステンが使用される。タングステン線は電気伝導度が高く、且つ強靭である。この母材11が、ワイヤ断面において対向した配置でワイヤ表面に露出し、その母材11が露出したワイヤ表面の領域が放電域Aと給電域Cを形成している。そして、放電域Aと給電域Cに挟まれた領域が、ワイヤ表面において母材11よりも電気抵抗が高く、通常使用における電圧(50V〜300V)において電気を通さない絶縁性を有する樹脂からなる厚み0.1〜6μm(これに限定されるものではない)、ショアD硬度60〜90の絶縁層12で覆われていて、それにより非放電域Bが形成されている。
【0032】
絶縁層12は、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂等からなるハードセグメント(相対的に硬度の高い材料)と、ポリビニルブチラール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、SEBS等の、熱硬化性樹脂と同種類または異種類のエラストマーからなるソフトセグメント(相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料)とが、混合または化学的結合により混ざり合った樹脂で形成されている。
【0033】
この樹脂の絶縁層12は、例えば、母材11のみからなるワイヤ芯材を伸線加工した後、走行させながら、ハードセグメントとソフトセグメントが混ざり合って溶融した樹脂に浸漬し、更に走行させながら、非放電域Bとしたい領域以外の、放電域Aとしたい領域と給電域Cとしたい領域に付着した樹脂を剥ぎ落とすことによって形成することができる。こうして放電域Aとしたい領域と給電域Bとしたい領域に付着した樹脂を剥ぎ落とした後、乾燥させることにより、剥ぎ落とされなかった樹脂によって絶縁層12が形成され、その絶縁層12が形成された領域が非放電域Bとなる。そして、樹脂が剥ぎ落とされた領域が放電域Aおよび給電域Cとなる。
【0034】
この放電加工用ワイヤ10は、放電スライシング(化合物半導体等のスライス加工)等の一方向加工その他特定方向の加工に適し、特にマルチ放電加工に適したもので、放電域Aがワイヤの表面において周方向に特定されるため、加工方向にのみ効率的に放電を発生させることができて、高速加工を実現することができ、また、特定方向の加工に寄与しない無用な放電の発生を抑えて、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑え、平滑な加工面の形成を実現するとともに、加工溝幅を小さくて被加工物の歩留まりを良くすることができる。
【0035】
そして、非放電域Bを形成する樹脂の絶縁層12は、ハードセグメントとソフトセグメントとが混ざり合ったもので、適度な硬度と柔軟性があって、密着性がよく、放電スライシング用のワイヤに被覆する樹脂にとって必要な、屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、耐熱性に優れ、特に、加工設備内でローラ等でこすられることによる剥離や、ローラ等で曲げられることによる剥離を生じ難くい。そして、高精度な加工を実現するようワイヤ張力を20〜30N程度に増大させることが可能となる。
【0036】
また、この放電加工用ワイヤ10は、ワイヤ表面において、給電域Cが非放電域Bによって放電域Aから隔てられていて、放電域Aは放電専用、給電域Cは給電専用とすることができ、しかも、放電域Aと非放電域Bと給電域Cが、ワイヤ断面において放電域Aおよび給電域Cを通る対称軸Sに関して線対称の配置で、放電域Aと給電域Cとが対向し、給電域Cが放電域Aから十分に離れているため、給電域Cからの無用な放電を抑制して、給電面を常に平滑に保つことができ、したがって、マルチ放電加工のようにワイヤの同じ部分の放電域Aが被加工物の複数箇所に順次接近して幾度も放電を繰り返すために放電面が荒れる場合でも、安定した給電を行うことができ、そのため放電も安定する。
【0037】
放電域Aは、ワイヤ断面の円周に占める割合が、円周角で120°〜250°であるのがよく、特に120°〜170°であるのが好ましい。また、被加工物の加工面が平滑となり、精度の高い加工となるようにするには、放電加工機の電圧設定を低めにし、放電ギャップを小さくした条件で放電加工を行うが、その場合、放電域Aは160°〜170°に設定するのがよい。また、加工速度を高めるには、放電加工機の電圧設定を高めにし、放電ギャップを大きくした条件で放電加工を行うが、その場合、放電域Aは狭くしておくのがよい。放電域Aが狭くなっても、大きな放電により加工が行われることで、ワイヤが進むのに十分な加工溝幅を確保できる。
【0038】
放電域Aの割合(ワイヤ断面における円周角)は、非放電域Bの大きさや配置によって種々変更が可能である。図2の(a)〜(c)は、図1の実施形態に係る断面円形の放電加工用ワイヤの変形態様を示している。(a)は非放電域Bを狭くした放電加工用ワイヤ101、(b)は非放電域Bを広くした放電加工用ワイヤ102、(c)は放電域Aを給電域Cより広くした放電加工用ワイヤ103をそれぞれ示している。
【0039】
図2の(a)に示す放電加工用ワイヤ101のように、非放電域Bを狭くすると、放電域Aが広くなり、広角の放電となる。この場合、小さな放電による加工となり、加工面の平滑性を高めることができる。また、図2の(b)に示す放電加工用ワイヤ102のように、非放電域Bを広くすると、放電域Aが狭くなり、狭小角度での放電となる。この場合、大きな放電による加工となり、加工速度を高めることができる。また、図2の(c)に示す放電加工用ワイヤ103のように、放電域Aが給電域Cより広くなるよう非放電域Bを配置することで、広角の放電が可能なよう放電域を確保することができ、小さな放電による加工として加工面の平滑性を高めることが容易になる。
【0040】
また、本発明は、上記実施形態のように芯材部分が母材のみからなる放電加工用ワイヤ以外に、芯材部分が母材表面にメッキ等により金属層を形成してなる放電加工用ワイヤや、芯材部分が、母材表面に金属層を形成し、更に最表面に高抵抗層を形成してなる断面円形のワイヤにも適用することができる。図3の(a)〜(c)は、本発明の他の実施形態に係る断面円形の放電加工用ワイヤの構造を示している。
【0041】
図3の(a)に示す放電加工用ワイヤ111は、芯材部分が、母材11の表面に金属層13を形成してなる断面円形のワイヤである。そして、この放電加工用ワイヤ111は、ワイヤ表面に、図1に係る放電加工用ワイヤ10と同様、線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。非放電域Bは、二つであるのが好ましいが、それより多くてもよい。
【0042】
この放電加工用ワイヤ111も、母材11の材質は、図1に係る実施形態の場合と同様である。また、金属層13は、メッキあるいは改質により形成したもので、例えばブラスメッキ層である。そして、その金属層13が、ワイヤ断面において対向した配置でワイヤ表面に露出し、その金属層13が露出したワイヤ表面の領域が放電域Aと給電域Cを形成している。そして、放電域Aと給電域Cに挟まれた領域が、ワイヤ表面において金属層13よりも電気抵抗が高く、通常使用における電圧(50V〜300V)において電気を通さない絶縁性を有する樹脂からなる厚み0.1〜6μm(これに限定されるものではない)の絶縁層12で覆われていて、それにより非放電域Bが形成されている。非放電域Bの絶縁層12は、図1に係る実施形態の場合と同様にして形成される。
【0043】
図3の(b)に示す放電加工用ワイヤ112は、芯材部分が、母材11の表面に金属層13を形成し、更に最表面の略全面に母材11よりも電気抵抗の大きい高抵抗層14を形成してなる断面円形のワイヤである。そして、この放電加工用ワイヤ112は、ワイヤ表面に、やはり図1に係る放電加工用ワイヤ10と同様、線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。非放電域Bは、二つであるのが好ましいが、それより多くてもよい。
【0044】
この放電加工用ワイヤ112も、母材11の材質は、図1に係る実施形態の場合と同様である。また、金属層13は、メッキあるいは改質により形成したもので、例えばブラスメッキ層である。また、高抵抗層14は、酸化金属層(例えば酸化亜鉛層)、金属炭化物等の非絶縁高抵抗層である。その高抵抗層14が、ワイヤ断面において対向した配置でワイヤ表面に露出し、その高抵抗層14が露出したワイヤ表面の領域が放電域Aと給電域Cを形成し、放電域Aと給電域Cに挟まれた領域が、ワイヤ表面において高抵抗層14よりも電気抵抗が高く、通常使用における電圧(50V〜300V)において電気を通さない絶縁性を有する樹脂からなる厚み0.1〜6μm(0.1〜6μmが好ましいが、これに限定されるものではない。)の絶縁層12で覆われていて、それにより非放電域Bが形成されている。非放電域Bの絶縁層12は、図1に係る実施形態の場合と同様にして形成される。
【0045】
図3の(c)に示す放電加工用ワイヤ113は、芯材部分が、母材11の表面に金属層13を形成してなる断面円形のワイヤであって、更に最表面の、放電域となる領域のみに、母材11よりも電気抵抗の大きい高抵抗層14が形成され、ワイヤ表面に、やはり図1に係る放電加工用ワイヤ10と同様、線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域A(高抵抗層14が露出した領域)と、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有するものとなっている。この場合も、非放電域Bは、二つであるのが好ましいが、それより多くてもよい。
【0046】
この放電加工用ワイヤ113も、母材11の材質は、図1に係る実施形態の場合と同様である。また、金属層13は、メッキあるいは改質により形成したもので、例えばブラスメッキ層である。また、高抵抗層14は、アルキド樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエステル樹脂等の樹脂、金属炭化物等の非絶縁高抵抗層であって、放電域Aを形成している。そして、この高抵抗層14に対し、ワイヤ断面において対向した配置で金属層13がワイヤ表面に露出して給電域Cを形成し、放電域Aと給電域Cに挟まれた領域が、ワイヤ表面において高抵抗層14よりも電気抵抗が高く、通常使用における電圧(50V〜300V)において電気を通さない絶縁性を有する樹脂からなる厚み0.1〜6μm(0.1〜6μmが好ましいが、これに限定されるものではない。)の絶縁層12で覆われていて、それにより非放電域Bが形成されている。非放電域Bの絶縁層12は、図1に係る実施形態の場合と同様にして形成される。高抵抗層14は、絶縁層12を形成した後で、絶縁層12と同様にして形成する(絶縁層12の形成に先立って形成するようにしてもよい。)。なお、図3の(c)に示す放電加工用ワイヤ113の変形例として、高抵抗層14を、放電域Aのみでなくて、給電域Cにも設けるようにしてもよい。
【0047】
図3の(b)および(c)に示す例(変形例を含む)において、高抵抗層14は、通常使用における電圧、具体的には50Vから300Vの電圧において、集中放電を回避し、分散放電性を高めるためのものである。
【0048】
これらの放電加工用ワイヤ111〜113は、やはり放電スライシング(化合物半導体等のスライス加工)等の一方向加工その他特定方向の加工に適し、特にマルチ放電加工に適したもので、放電域Aがワイヤの表面において周方向に特定されるため、加工方向にのみ効率的に放電を発生させることができて、高速加工を実現することができ、また、特定方向の加工に寄与しない無用な放電の発生を抑えて、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑え、平滑な加工面の形成を実現するとともに、加工溝幅を小さくて被加工物の歩留まりを良くすることができる。
【0049】
そして、非放電域Bを形成する樹脂の絶縁層12は、ハードセグメントとソフトセグメントとが混ざり合ったもので、適度な硬度と柔軟性があって、密着性がよく、放電スライシング用のワイヤに被覆する樹脂として必要な、屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、耐熱性に優れ、特に、加工設備内でローラ等でこすられることによる剥離や、ローラ等で曲げられることによる剥離を生じ難くい。そのため、高精度な加工を実現するよう、ワイヤ張力を20〜30N程度に増大させることが可能となる。
【0050】
また、これらの放電加工用ワイヤ111〜113は、ワイヤ表面において、給電域Cが非放電域Bによって放電域Aから隔てられていて、放電域Aは放電専用、給電域Cは給電専用とすることができ、しかも、放電域Aと非放電域Bと給電域Cが、ワイヤ断面において放電域Aおよび給電域Cを通る対称軸に関して線対称の配置で、放電域Aと給電域Cとが対向し、給電域Cが放電域Aから十分に離れているため、給電域Cからの無用な放電を抑制して、給電面を常に平滑に保つことができ、したがって、マルチ放電加工のようにワイヤの同じ部分の放電域Aが被加工物の複数箇所に順次接近して幾度も放電を繰り返すために放電面が荒れる場合でも、安定した給電を行うことができ、そのため放電も安定する。
【0051】
本発明は、円形以外の様々な断面形状の放電加工用ワイヤにも適用することができる。図4の(a)〜(e)は、円形以外の断面形状の放電加工用ワイヤに適用した本発明の実施形態を示している。
【0052】
図4の(a)に示す放電加工用ワイヤ121は、芯材部分が母材11のみからなる断面四角形のワイヤで、ワイヤ表面に、図1に係る放電加工用ワイヤ10と同様に、線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。ワイヤ断面において四角形の対向する一対の角部を中心とするそれぞれの領域に放電域Aと給電域Cが位置し、他の対向する一対の角部を中心とするそれぞれの領域に非放電域Bが位置する。
【0053】
図4の(b)に示す放電加工用ワイヤ122は、芯材部分が母材11のみからなる断面六角形のワイヤで、ワイヤ表面に、やはり線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。ワイヤ断面において六角形の対向する一対の角部を中心とするそれぞれの両側の辺部に放電域Aと給電域Cが位置し、他の角部の間に位置する対向する一対の辺部に非放電域Bが位置する。
【0054】
図4の(c)に示す放電加工用ワイヤ123は、芯材部分が母材11のみからなる断面楕円形のワイヤで、ワイヤ断面が一方向に長く、ワイヤ表面に、やはり線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。ワイヤ断面において楕円形の対向する長径側の周縁部にそれぞれ放電域Aと給電域Cが位置し、短径側の周縁部に非放電域Bが位置する。
【0055】
図4の(d)に示す放電加工用ワイヤ124は、芯材部分が母材11のみからなる断面略前方後円形のワイヤで、ワイヤ断面が、一方向に長く、対向して長手方向に延びる一対の直線部を有し、それら一対の直線部の両端の互いに対向する端部同士を接続する部分のうちの一方である後端部分に、外側へ膨らんだ曲線部を有している。そして、ワイヤ表面に、やはり線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。ワイヤ断面において略前方後円形の後端部分の曲線部がワイヤ長手方向に連続してなる曲面部に放電域Aが位置し、前端部分に給電域Cが位置し、側面部分に非放電域Bが位置する。
【0056】
図4の(e)に示す放電加工用ワイヤ125は、芯材部分が母材11のみからなる断面トラック形のワイヤである。すなわち、ワイヤ断面が、一方向に長く、対向して長手方向に延びる一対の直線部を有し、それら一対の直線部の両端の互いに対向する端部同士を接続する部分に、それぞれ外側へ膨らんだ曲線部を有している。そして、ワイヤ表面に、やはり線対称となる配置で、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する一つの放電域Aと、該放電域Aの周方向両側においてワイヤ長手方向に連続する二つの非放電域Bと、これら非放電域Bによって放電域Aから隔てられたワイヤ長手方向に連続する給電域Cとを有している。ワイヤ断面においてトラック形状の長手方向の両端部分にそれぞれ放電域Aと給電域Cが位置し、両側直線部分に非放電域Bが位置する。
【0057】
これらの放電加工用ワイヤ121〜125も、母材11の材質は、図1に係る実施形態の場合と同様で、母材11が、ワイヤ断面において対向した配置でワイヤ表面に露出し、その母材11が露出したワイヤ表面の領域が放電域Aと給電域Cを形成している。そして、放電域Aと給電域Cに挟まれた領域が、ワイヤ表面において母材11よりも電気抵抗が高く、通常使用における電圧(50V〜300V)において電気を通さない絶縁性を有する樹脂からなる厚み0.1〜6μm(これに限定されるものではない)、ショアD硬度60〜90の絶縁層12で覆われて、非放電域Bが形成されている。非放電域Bの絶縁層12は、図1に係る実施形態の場合と同様にして形成される。
【0058】
これらの放電加工用ワイヤ121〜125は、やはり放電スライシング(化合物半導体等のスライス加工)等の一方向加工その他特定方向の加工に適し、特にマルチ放電加工に適したもので、放電域Aがワイヤの表面において周方向に特定されるため、加工方向にのみ効率的に放電を発生させることができて、高速加工を実現することができ、また、特定方向の加工に寄与しない無用な放電の発生を抑えて、被加工物が溶融・除去される部分を最小限に抑え、平滑な加工面の形成を実現するとともに、加工溝幅を小さくて被加工物の歩留まりを良くすることができる。
【0059】
そして、非放電域Bを形成する樹脂の絶縁層12は、ハードセグメントとソフトセグメントとが混ざり合ったもので、適度な硬度と柔軟性があって、密着性がよく、放電スライシング用のワイヤに被覆する樹脂として必要な、屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、耐熱性に優れ、特に、加工設備内でローラ等でこすられることによる剥離や、ローラ等で曲げられることによる剥離を生じ難くい。そのため、高精度な加工を実現するよう、ワイヤ張力を20〜30N程度に増大させることが可能となる。
【0060】
また、これらの放電加工用ワイヤ121〜125は、ワイヤ表面において、給電域Cが非放電域Bによって放電域Aから隔てられていて、放電域Aは放電専用、給電域Cは給電専用とすることができ、しかも、放電域Aと非放電域Bと給電域Cが、ワイヤ断面において放電域Aおよび給電域Cを通る対称軸に関して線対称の配置で、放電域Aと給電域Cとが対向し、給電域Cが放電域Aから十分に離れているため、給電域Cからの無用な放電を抑制して、給電面を常に平滑に保つことができ、したがって、マルチ放電加工のようにワイヤの同じ部分の放電域Aが被加工物の複数箇所に順次接近して幾度も放電を繰り返すために放電面が荒れる場合でも、安定した給電を行うことができ、そのため放電も安定する。
【0061】
これらワイヤ断面が円形でない放電加工用ワイヤ121〜125の中で、図4の(C)、(d)および(e)の放電加工用ワイヤ123、124、125のようなワイヤ断面が一方向に長く、長手方向の両端部分に放電域Aと給電域Cを有するワイヤは、加工溝幅を大きくすることなく引張強度を大きくすることができ、あるいは、引張強度小さくすることなく加工溝幅を小さくすることができる点で好ましい。中でも、図4の(d)および(e)の放電加工用ワイヤ124、125は、ワイヤ断面が、対向して長手方向に延びる一対の直線部を有し、それら一対の直線部の両端の互いに対向する端部同士を接続する部分のうちの少なくとも一方に外側へ膨らんだ曲線部を有していて、その曲線部がワイヤ長手方向に連続してなる曲面部の一つが放電域Aとなっているため、加工溝幅をより小さくでき、また、加工方向に対して均一な放電を発生させ易い点で有利である。そして、特に、図4の(e)の断面トラック形状の放電加工用ワイヤ125は、加工溝幅をより小さくでき、また、加工方向に対して均一な放電を発生させ易いだけでなく、角部がないため、ワイヤ成形の面でも有利である。
【0062】
なお、本発明を適用可能な断面円形以外の放電加工用ワイヤは、図4の(a)〜(e)に示すものに限定されるものではない。本発明は、他の様々な断面形状の放電加工用ワイヤにも適用することができる。
【0063】
また、図4の(a)〜(e)に示す実施形態は、芯材部分が母材11のみからなる放電加工用ワイヤの例であるが、本発明は、図4の(a)〜(e)に示すものと同様あるいは他の異形断面形状で、図3の(a)に示すワイヤと同様に芯材部分が母材表面にメッキ等により金属層を形成してなる放電加工用ワイヤや、図3の(b)に示すワイヤや、図3の(c)に示すワイヤと同様に、芯材部分が、母材表面に金属層を形成し、更に最表面に高抵抗層を形成してなる放電加工用ワイヤにも適用することができる。
【0064】
図5は本発明の実施形態に係るマルチ放電加工機20の概略構造を示している。このマルチ放電加工機20は、ワイヤW(放電加工用ワイヤ)を供給する供給リール21と、供給リール21から供給されるワイヤWを誘導する供給側のガイドローラ22と、それぞれがローラ面にワイヤWを等間隔で多重に巻き掛ける溝を有する矩形配置の平行な複数本(図示の例では4本)のメインローラ23と、メインローラ23間で走行するワイヤWの周囲に加工液雰囲気を形成する加工液供給装置24と、加工液供給装置24の前後で、走行するワイヤWに張力をかけて放電によるワイヤWの振れを防止しつつワイヤ間隔(ピッチ)を一定に保つ溝付きの位置決めローラ25と、加工液供給装置24の前後で、走行するワイヤWに対し、位置決めローラ25とは反対の側(図示の例では下側)から給電を行う給電子26と、被加工物Kを昇降させ、給電子26とは反対の側(図示の例では上側)から被加工物Kを近づけ(図示の例では下降)、加工液雰囲気中でワイヤWと被加工物Kとの間に放電を発生させるワーク送り装置27と、メインローラ23間を複数回走行した使用済みのワイヤWを誘導する排出側のガイドローラ28と、誘導された使用済みのワイヤWを巻き取る排出リール29を備えている。
【0065】
このマルチ放電加工機20を使用し、ワイヤWを供給リール21から供給して、ガイドローラ22で誘導してメインローラ23間に等間隔で多重に巻き掛け、メインローラ23間で加工液雰囲気中を通し、位置決めローラ25で張力をかけた状態で、給電子26により給電を行いつつ、ワイヤWを複数のワイヤ部分がメインローラ23間で互いに平行となる状態で走行させる。そして、そのメインローラ23間で互いに平行な状態で走行する複数のワイヤ部分に放電域A側から被加工物を近づけつつ、複数のワイヤ部分に対し給電域C側から給電子26を介し給電を行って、それらワイヤ部分と被加工物Kとの間に放電を発生させることにより、被加工物Kの複数箇所を同時に放電切断加工(スライス加工)する。そして、使用済みワイヤWはガイドローラ28で誘導して排出リール29に巻き取る。こうした方法で、化合物半導体等のスライス加工(放電スライシング)を行う。
【0066】
その際、ワイヤW(放電加工用ワイヤ)として、図1、図2、図3、図4に示す実施形態の放電加工用ワイヤ(10、101〜103、111〜113、121〜125)等、本発明の放電加工用ワイヤを使用する。そして、そのワイヤWは、加工位置にて放電域Aが被加工物K側に面し、給電域Cが給電子26に面する姿勢で走行するようマルチ放電加工機20にセットする。
【0067】
以上、本発明の各実施形態について説明したが、本発明は、これらに限定されるものではない。例えば、本発明は、上記のように、ワイヤ表面に、放電域と非放電域を有するとともに、非放電域によって放電域から隔てられた配置で給電域を有する放電加工用ワイヤに適用する以外に、ワイヤ表面が放電域と非放電域とで構成され、放電域において給電も行う放電加工用ワイヤに適用することも可能である。そして、そのようにワイヤ表面が放電域と非放電域とで構成された放電加工用ワイヤに適用する場合に、非放電域は、一つで、放電域を除くワイヤ表面の全域を占めるものであってよく、また、二つ以上に分かれたものであってもよい。また、ワイヤ表面に、非放電域によって放電域から隔てられた配置で給電域を有する放電加工用ワイヤに適用する場合も、放電域と、非放電域、給電域は、必ずしも対称配置でなくてもよい。その他、本発明は、特許請求の範囲に記載された発明の技術的思想の範囲で様々な実施形態が可能である。
【実施例1】
【0068】
図4の(e)に示す断面トラック形の金属コアワイヤ、すなわち、芯材部分が母材金属(例えばタングステン)のみからなり、ワイヤ断面においてトラック形状の長手方向の両端部分を放電域および給電域とし、両側直線部分を非放電域とする放電加工用ワイヤ(金属コアワイヤ)に本発明を適用し、ハードセグメントとして、レゾール型フェノール樹脂(Dic社製TD−447)を、ソフトセグメントとして、ポリビニルブチラール樹脂(DENKA社製#3000−1(平均重合度600)を用い、それらハードセグメントとソフトセグメントからなる樹脂を、非放電域とする両側直線部分のそれぞれに6μmの厚みで被覆したワイヤを、ハードセグメントの混合割合(重量パーセント)を10〜100から変えて複数用意し、それらの屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、硬度について評価を行った。その結果は、表1に示すとおりである。
【0069】
【表1】

【0070】
屈曲性は、直径50mmのローラにワイヤを巻きつけた後のワイヤを観察し、剥離が生じたものは×、生じないものは○として評価した。
【0071】
耐剥離性は、直径50mmのローラにワイヤを巻きつけ、荷重を30N付与して、ワイヤを走行させた後のワイヤ表面を観察し、剥離があったものを×、なかったものを○として評価した。
【0072】
耐摩耗性は、剥離性の評価と同様に、直径50mmのローラにワイヤを巻きつけ、荷重を30N付与して、ワイヤを走行させた後のワイヤ表面を観察し、樹脂が厚み0〜1μmしか残存していないものを×、1〜3μm残存しているものを△、3μm以上残存しているものを○として評価した。測定には、接触式の測定装置を用いた(レーザ顕微鏡などを用いて測定することも有効であると思われる。)。
【0073】
この場合、表1に示すように、ハードセグメントとソフトセグメントからなる絶縁層の樹脂のショアD硬度が60〜90であるものは、屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性の評価がいずれも○で、高精度加工の実現に必要な屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性を備えている。
【0074】
表2は、やはり図4の(e)に示す断面トラック形の金属コアワイヤにおいて、非放電域を形成する絶縁層の樹脂が、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂である場合(従来例)と、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂である場合(比較例)について、表1の場合と同様にして屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、硬度の評価を行った結果を示している。
【0075】
【表2】

【0076】
表2に示すように、ポリスチレン樹脂あるいはポリエステル樹脂の絶縁層を有するワイヤ(従来例)では、荷重30Nで、耐摩耗性評価が△となり、また、剥離性評価は×であった。また、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂あるいはエポキシ樹脂の絶縁層を有するワイヤ(比較例)では、ポリアミド樹脂の場合は屈曲性のみが○で、フェノール樹脂とエポキシ樹脂の場合は耐摩耗性のみが○であった。
【実施例2】
【0077】
やはり図4の(e)に示す断面トラック形の金属コアワイヤにおいて、ハードセグメントとして、ポリイミド樹脂でハードタイプの、新日本理化社製リカコートGN−20ポリイミド樹脂を、ソフトセグメントとして、やはりポリイミド樹脂であるがソフトタイプの、新日本理化社製リカコートFN−40ポリイミド樹脂を用い、それらハードセグメントとソフトセグメントからなる樹脂を、非放電域とする両側直線部分のそれぞれに6μmの厚みで被覆したワイヤを、ハードセグメントの混合割合(重量パーセント)を10〜100から変えて複数用意し、表1の場合と同様にして屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性、硬度の評価を行った。その結果は、表3に示すとおりである。
【0078】
【表3】

【0079】
この場合も、表3に示すように、ハードセグメントとソフトセグメントからなる絶縁層の樹脂のショアD硬度が60〜90であるものは、屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性の評価がいずれも○で、高精度加工の実現に必要な屈曲性、耐摩耗性、耐剥離性を備えている。
【符号の説明】
【0080】
10 放電加工用ワイヤ
11 母材
12 絶縁層
13 金属層
14 高抵抗層
101、102、103 放電加工用ワイヤ
111、112、113 放電加工用ワイヤ
121、122、123、124、125 放電加工用ワイヤ
A 放電域
B 非放電域
C 給電域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ表面に、ワイヤ断面の周縁同一部位においてワイヤ長手方向に連続する放電域と、該放電域に沿ってワイヤ長手方向に連続する非放電域を有する放電加工用ワイヤであって、
前記非放電域が、相対的に硬度の高い材料と相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料とが混合または化学的結合により混ざり合った樹脂を被覆してなる絶縁層により形成されていることを特徴とする放電加工用ワイヤ。
【請求項2】
前記相対的に硬度の高い材料が、熱硬化性樹脂であり、前記相対的に硬度が低く柔軟性の高い材料が、前記熱硬化性樹脂と同種類または異種類のエラストマーである請求項1記載の放電加工用ワイヤ。
【請求項3】
前記熱硬化性樹脂が、フェノール樹脂、エポキシ樹脂またはポリイミド樹脂であり、前記エラストマーが、ポリビニルブチラール樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、またはSEBSである請求項2記載の放電加工用ワイヤ。
【請求項4】
前記絶縁層の樹脂のショアD硬度が60〜90である請求項1、2または3記載の放電加工用ワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−245567(P2012−245567A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116529(P2011−116529)
【出願日】平成23年5月25日(2011.5.25)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【出願人】(000110147)トクセン工業株式会社 (44)
【Fターム(参考)】