説明

放電式ワイヤソー装置及び放電加工方法

【課題】放電式ワイヤソー装置を用いた切断加工において、切り粉の排出性を向上させることによって、加工精度を上げると共に断線率を下げる。
【解決手段】放電式ワイヤソー装置1は、複数のワイヤガイド2に螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤ3と被加工物Wとの間に電圧を印加しながら、切断用ワイヤ3に対して被加工物Wを切断送りすることにより、被加工物Wに対して切断加工を行う。放電式ワイヤソー装置1は、ワイヤガイド2と共に切断用ワイヤ3を揺動させる揺動手段91と、被加工物Wが円弧状の加工形状を持つように、被加工物Wを保持する保持手段51の位置を切断用ワイヤ3の揺動角度に応じて制御する制御手段8とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばシリコンインゴット等の被加工物を切断する放電式ワイヤソー装置及び放電加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、一般的に、シリコンインゴット等の被加工物(以下、ワークと称する)から薄板状のウェーハを切り出す手段としてワイヤソー装置が用いられている。ワイヤソー装置においては、複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤを走行させながら、切断用ワイヤにワークを押し当てることによって、複数箇所でワークを同時に切断している。
【0003】
しかし、このようなワイヤソー装置においては、切断用ワイヤがワークに直接接触するため、切断加工中に切断用ワイヤが断線するおそれがあり、このような断線が生じた場合には復旧までに長時間を要してしまう。また、加工能率についても、従来のワイヤソー装置を用いた場合、例えば直径8インチのインゴットからウェーハを切り出すのに8時間程度を要してしまう。
【0004】
そこで、ワークを効率良く切断する手段として、ワークと切断用ワイヤとの間に電圧を印加することによって、放電加工の原理を用いてワークを切断する放電式ワイヤソー装置の開発が進められている(例えば特許文献1参照)。
【0005】
このような放電式ワイヤソー装置によると、高速切断が可能となるだけではなく、ワークと切断用ワイヤとが接触しないので、切断用ワイヤの断線率を下げることができる。また、ワークと接触しない切断用ワイヤの径を細くできることから、カーフロス(切断代)を低減することができると共にダメージ層の発生を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09−248719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の放電式ワイヤソー装置においては、今後のワークの大口径化、カーフロスのさらなる低減のためのワイヤ径の縮小、及び、さらなる切断速度の向上等に伴って、切り粉の排出性が悪くなって加工精度が劣化してしまうと共に断線率が増大してしまうという問題が生じる。
【0008】
前記に鑑み、本発明は、放電式ワイヤソー装置を用いた切断加工において、切り粉の排出性を向上させることによって、加工精度を上げると共に断線率を下げることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するために、本願発明者らは、まず、非放電式の従来のワイヤソー装置においては、切り粉の排出性を向上させるために、ワイヤガイドによって切断用ワイヤを走行させると同時にワイヤガイドと共に切断用ワイヤを揺動させながら、ワークに対して切断加工を行っていることに着目した。このように切断用ワイヤを揺動させると、切断用ワイヤを揺動させない場合と比較して、ワークと切断用ワイヤとの接触距離が短くなるため、切り粉の排出性が良くなるので、加工精度を向上させることができると共に断線率を下げることができる。
【0010】
しかし、本願発明者らが、従来の揺動型のワイヤソー装置について調べたところ、図8(a)及び(b)に示すように、ワイヤガイド101と共に切断用ワイヤ102を揺動させながら、切断用ワイヤ102にワークWを押し当てていくと、ワークWの加工形状は略V字になり、切断用ワイヤ102とワークWとが線接触してしまうことが分かった。
【0011】
それに対して、放電式ワイヤソー装置においては、切断用ワイヤとワークとの接触が許されないため、揺動型の放電式ワイヤソー装置を実現するためには、図8(a)及び(b)に示すような接触が起こらないように、揺動する切断用ワイヤとワークとの位置関係を適切に制御する必要がある。
【0012】
そこで、本願発明者らは、切断用ワイヤの揺動とワークの保持手段の位置とを同期制御してワークを円弧状に加工することにより、揺動する切断用ワイヤとワークとを常に離間させがら切断加工を行うという発明を想到した。
【0013】
具体的には、本発明に係る放電式ワイヤソー装置は、複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤと被加工物との間に電圧を印加しながら、前記切断用ワイヤに対して前記被加工物を切断送りすることにより前記被加工物に対して切断加工を行う放電式ワイヤソー装置であって、前記ワイヤガイドと共に前記切断用ワイヤを揺動させる揺動手段と、前記被加工物が円弧状の加工形状を持つように、前記被加工物を保持する保持手段の位置を前記切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御する制御手段とを備えている。
【0014】
本発明に係る放電式ワイヤソー装置によると、被加工物が円弧状の加工形状を持つように、被加工物を保持する保持手段の位置を切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御する。言い換えると、揺動する切断用ワイヤの延びる方向が常に被加工物の加工形状である円弧の接線方向となるように、被加工物を保持する保持手段の位置を制御する。このため、揺動する切断用ワイヤとワークとの接触を防止しつつ、放電加工の原理を用いてワークを切断することができるので、高速切断が可能となると共に切断用ワイヤの断線率が下がる。また、ワークと接触しない切断用ワイヤの径を細くできることから、カーフロスを低減することができると共にダメージ層の発生を抑制することができる。すなわち、本発明に係る放電式ワイヤソー装置は、例えばサファイアや炭化ケイ素(SiC)等の難削材からなる被加工物の切断に好適である。
【0015】
また、本発明に係る放電式ワイヤソー装置によると、ワイヤガイドと共に切断用ワイヤを揺動させながらワークの切断加工を行うことができるため、今後のワークの大口径化、カーフロスのさらなる低減のためのワイヤ径の縮小、及び、さらなる切断速度の向上等に対しても、切り粉の排出性を向上させることができるので、加工精度を上げることができると共に断線率を下げることができる。
【0016】
本発明に係る放電式ワイヤソー装置において、前記切断用ワイヤが、前記円弧状の加工形状の接線方向に沿って揺動すると、前述の効果を確実に得ることができる。
【0017】
本発明に係る放電式ワイヤソー装置において、前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記被加工物の最大切断長をL、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をAとして、A≧L/(2×sinθ)であると、切断用ワイヤの揺動角度が大きくなった場合にも、切断用ワイヤと被加工物とが接触することを防止することができる。
【0018】
本発明に係る放電式ワイヤソー装置において、前記被加工物に対する切断加工が進むに従って、前記円弧状の加工形状の半径を小さくしていってもよいし、又は、前記被加工物に対する切断加工の開始直後は、前記切断用ワイヤを揺動させなくてもよい。このようにすると、切断加工の開始直後における被加工物の切断長が小さい被加工物、例えば円柱状の被加工物を効率よく切断することができる。
【0019】
本発明に係るワイヤソー装置において、前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記ワイヤガイドの半径をr、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をA、前記保持手段の基準位置をP0、前記保持手段の制御位置をPとして、P=P0−((r+A)/cosθ−(r+A))であると、各ワイヤガイド中心を結ぶ線上の中点に揺動中心が位置する場合に、前述の効果を確実に得ることができる。
【0020】
また、本発明に係る放電加工方法は、複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤと被加工物との間に電圧を印加しながら、前記切断用ワイヤに対して前記被加工物を切断送りすることにより前記被加工物に対して切断加工を行う放電加工方法であって、前記ワイヤガイドと共に前記切断用ワイヤを揺動させながら、前記被加工物が円弧状の加工形状を持つように、前記被加工物を保持する保持手段の位置を前記切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御する。
【0021】
本発明に係る放電加工方法によると、被加工物が円弧状の加工形状を持つように、被加工物を保持する保持手段の位置を切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御する。言い換えると、揺動する切断用ワイヤの延びる方向が常に被加工物の加工形状である円弧の接線方向となるように、被加工物を保持する保持手段の位置を制御する。このため、揺動する切断用ワイヤとワークとの接触を防止しつつ、放電加工の原理を用いてワークを切断することができるので、高速切断が可能となると共に切断用ワイヤの断線率が下がる。また、ワークと接触しない切断用ワイヤの径を細くできることから、カーフロスを低減することができると共にダメージ層の発生を抑制することができる。すなわち、本発明に係る放電加工方法は、例えばサファイアや炭化ケイ素(SiC)等の難削材からなる被加工物の切断に好適である。
【0022】
また、本発明に係る放電加工方法によると、ワイヤガイドと共に切断用ワイヤを揺動させながらワークの切断加工を行うことができるため、今後のワークの大口径化、カーフロスのさらなる低減のためのワイヤ径の縮小、及び、さらなる切断速度の向上等に対しても、切り粉の排出性を向上させることができるので、加工精度を上げることができると共に断線率を下げることができる。
【0023】
本発明に係る放電加工方法において、前記切断用ワイヤが、前記円弧状の加工形状の接線方向に沿って揺動すると、前述の効果を確実に得ることができる。
【0024】
本発明に係る放電加工方法において、前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記被加工物の最大切断長をL、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をAとして、A≧L/(2×sinθ)であると、切断用ワイヤの揺動角度が大きくなった場合にも、切断用ワイヤと被加工物とが接触することを防止することができる。
【0025】
本発明に係る切断加工方法において、前記被加工物に対する切断加工が進むに従って、前記円弧状の加工形状の半径を小さくしていってもよいし、又は、前記被加工物に対する切断加工の開始直後は、前記切断用ワイヤを揺動させなくてもよい。このようにすると、切断加工の開始直後における被加工物の切断長が小さい被加工物、例えば円柱状の被加工物を効率よく切断することができる。
【0026】
本発明に係る切断加工方法において、前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記ワイヤガイドの半径をr、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をA、前記保持手段の基準位置をP0、前記保持手段の制御位置をPとして、P=P0−((r+A)/cosθ−(r+A))であると、各ワイヤガイド中心を結ぶ線上の中点に揺動中心が位置する場合に、前述の効果を確実に得ることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によると、放電式ワイヤソー装置を用いた切断加工において、切り粉の排出性を向上させることによって、加工精度を上げることができると共に断線率を下げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1は、実施形態に係る放電式ワイヤソー装置の全体構成を示す図である。
【図2】図2は、実施形態に係る放電式ワイヤソー装置の要部を示す斜視図である。
【図3】図3は、実施形態に係る放電式ワイヤソー装置の電圧印加回路を示す図である。
【図4】図4は、実施形態に係る放電加工方法におけるワーク移動軸Xと切断用ワイヤの揺動との関係を示す図である。
【図5】図5は、実施形態に係る放電加工方法における加工円弧と切断用ワイヤの揺動との関係を示す図である。
【図6】図6は、実施形態に係る放電加工方法において揺動角度の変化に伴って切断用ワイヤと加工円弧との位置関係が変化する様子を模式的に示す図である。
【図7】図7は、実施形態に係る放電加工方法における揺動角度及びテーブル位置の時間変化の一例を示す図である。
【図8】図8(a)は、従来の揺動型ワイヤソー装置の問題点を示す図であり、図8(b)は、図8(a)の要部を拡大して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の一実施形態に係る放電式ワイヤソー装置及び放電加工方法について、図面を参照ながら説明する。
【0030】
図1は、本実施形態に係る放電式ワイヤソー装置の全体構成を示す図である。尚、図1の全体構成図においては、放電加工を行うための機構の図示を省略している。また、図2は、放電加工を行うために切断用ワイヤに電圧を印加する電極ユニットを含む放電式ワイヤソー装置の要部を示す斜視図であり、図3は、当該電極ユニット及びワークに電圧を印加する回路を示す図である。
【0031】
図1に示す放電式ワイヤソー装置1は、例えば半導体装置や太陽電池等の製造に用いられるシリコンインゴット等の被加工物(以下、ワークWと称する)を複数箇所で同時に薄板状ウェーハに切断するために使用される。
【0032】
図1に示すように、放電式ワイヤソー装置1は、貫通孔12が形成された側壁プレート10を備えており、当該側壁プレート10の貫通孔12には、回転軸心が水平方向に延びる揺動円板91が回動自在に取り付けられている。揺動円板91における側壁プレート10の正面側には、上方が開放され且つ側面視で略コ字状の形状を持つワイヤガイド支持部4が取り付けられている。揺動円板91における側壁プレート10の背面側には、サーボモータ制御され且つ回転軸心が水平方向に延びる2つのワイヤガイド駆動モータ20が取り付けられている。側壁プレート10の背面におけるワイヤガイド駆動モータ20の側方には、揺動円板91を揺動駆動させる揺動駆動モータ92が取り付けられている。揺動駆動モータ92は、図示していないタイミングベルト等を通じて、回転力を揺動円板91に伝達し、揺動円板91をその軸心周りに所定の角度範囲で揺動させる。
【0033】
ワイヤガイド支持部4には、並列配置された2つのワイヤガイド2が回転自在に取り付けられている。各ワイヤガイド2の回転軸は、各ワイヤガイド駆動モータ20の出力軸に連結されており、各ワイヤガイド駆動モータ20の回転駆動により、各ワイヤガイド2はその水平軸心周りに回転する。尚、揺動円板91の軸心(以下、揺動中心と称することもある)は、各ワイヤガイド2の中心(回転軸)を結ぶ線上の中点に位置している。
【0034】
各ワイヤガイド2には、ワークWを切断するための1本のワイヤ(以下、切断用ワイヤ3と称する)が各ワイヤガイド2の水平軸心方向に所定のピッチで螺旋状に巻き付けられている。切断用ワイヤ3の一端側は、一方のワイヤガイド2の外側に位置しており、複数の円盤状プーリPに案内されながらワイヤ供給装置6まで延びている。ワイヤ供給装置6は、切断用ワイヤ3の新線部分が巻装された供給側ボビン61と、当該供給側ボビン61を回転駆動させるアシストモータ62とを備えており、これにより、切断用ワイヤ3をワイヤガイド2へ送り出している。切断用ワイヤ3の他端側は、他方のワイヤガイド2の外側に位置しており、複数の円盤状プーリPに案内されながらワイヤ巻取装置7まで延びている。ワイヤ巻取装置7は、ワイヤガイド2から送り出される切断用ワイヤ3を巻き取る巻取側ボビン71と、当該巻取側ボビン71を回転駆動させるアシストモータ72とを備えている。尚、切断用ワイヤ3の張力を制御するために、各ワイヤガイド2の外側に配置されている円盤状プーリPの1つにテンションアーム11が取り付けられている。
【0035】
本実施形態の放電式ワイヤソー装置1においては、ワイヤガイド駆動モータ20並びにアシストモータ62及び72の回転駆動により、切断用ワイヤ3に対して、前述の送り出しと、当該送り出し長さよりも所定長さだけ小さい巻き取りとを交互に繰り返し行う。これにより、切断用ワイヤ3の新線部分がワイヤ供給装置6側から順次繰り出され、ワイヤ巻取装置7側へ送り出される。
【0036】
各ワイヤガイド2の中心(回転軸)を結ぶ線上の中点(つまり揺動中心)の上方には、各ワイヤガイド2に巻き付けられた切断用ワイヤ3と対向するように略直方体状のワーク保持部材51が配設されている。ワーク保持部材51の下端にはワークWが保持される一方、ワーク保持部材51の上端には、サーボモータ制御されるワーク昇降モータ52が取り付けられている。ワーク昇降モータ52を回転駆動すると、図示していないボールネジ機構によってワーク保持部材51が下降してワークWが切断用ワイヤ3に対して切断送りされる。
【0037】
また、図1に示すように、ワイヤガイド駆動モータ20、ワーク昇降モータ52、アシストモータ62及び72並びに揺動駆動モータ92には、これらのモータを制御する制御装置8が接続されている。制御装置8は、図示していないが、中央演算処理装置(CPU)及び制御プログラムが格納されたメモリ等を備えている。制御装置8は、切断用ワイヤ3の送り出し及び巻き取りを交互に繰り返しながら切断用ワイヤ3の新線部分が順次繰り出されるように、ワイヤガイド駆動モータ20並びにアシストモータ62及び72を制御している。また、制御装置8は、ワーク保持部材51が昇降するようにワーク昇降モータ52を制御していると共に、各ワイヤガイド2と共に切断用ワイヤ3が揺動するように揺動駆動モータ92を制御している。
【0038】
さらに、本実施形態の放電式ワイヤソー装置1においては、切断用ワイヤ3によってワークWを放電切断するために、ワークWと切断用ワイヤ3との間に電圧を印加する手段を備えている。具体的には、図2に示すように、ワークWと各ワイヤガイド2との間に、切断用ワイヤ3に電圧を印加する電極ユニット40が配置されていると共に、図3に示すように、電極ユニット40及びワークWのそれぞれに電圧を印加するための電圧印加回路が設けられている。尚、図2においては、ワイヤガイド支持部4及びワーク保持部材51等の図示を省略していると共に、各ワイヤガイド2における切断用ワイヤ3の巻き数を実際よりも少なく示している。
【0039】
図2に示すように、各電極ユニット40は、切断用ワイヤ3と接する複数の導体ブロック41と、導体ブロック41間に設けられた絶縁ブロック42とから構成されている。また、図示は省略しているが、各ワイヤガイド2と共に揺動する切断用ワイヤ3の所定部分と各電極ユニット40とが接触するように、各電極ユニット40は、揺動円板91における側壁プレート10の正面側に取り付けられている。尚、各電極ユニット40を、各ワイヤガイド2と共にワイヤガイド支持部4に取り付けてもよい。
【0040】
また、図3に示すように、電極ユニット40の各導体ブロック41と、ワークWに電圧を印加するためのワーク側接続端子38との間には、トランジスタT及び直流電源Eが直列に配置されている。ここで、ワーク側接続端子38は、例えば、ワーク保持部材51の底部に配置されており、ワークWと直接接続されている。各トランジスタTのベースは、制御装置8に接続されており、この制御装置8による制御信号の出力によって、各トランジスタTは個別に所定の周波数でオンオフ作動し、それにより、当該周波数を持つパルス電圧が、ワーク側接続端子38(つまりワークW)と電極ユニット40の各導体ブロック41(つまり切断用ワイヤ3)との間に個別に印加される。言い換えると、ワークWと切断用ワイヤ3との間に電圧が断続的に印加される。
【0041】
さらに、図3に示す回路の特徴として、各導体ブロック41とワーク側接続端子38との間に印加される電圧を検出する電圧検出器37が各導体ブロック41毎に設けられていると共に、各電圧検出器37の検出信号が制御装置8に入力されるようになっている。これにより、制御装置8は、各電圧検出器37から入力される検出電圧をモニタし、当該モニタ結果に基づき、ワーク昇降モータ52に適当な制御信号を出力してワークWの切断送り速度を制御することができる。
【0042】
以上に説明した構成により、本実施形態の放電式ワイヤソー装置1においては、各ワイヤガイド2に螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤ3とワークWとの間に電圧を印加しながら、切断用ワイヤ3に対してワークWを切断送りすることにより、放電加工の原理を用いてワークWに対して切断加工を行うことができる。これにより、複数箇所でウェーハが同時に切り出される。
【0043】
本実施形態の特徴は、制御装置8が、ワークWの加工形状が円弧状になるように、ワーク保持部材51の位置を切断用ワイヤ3の揺動角度に応じて制御することである。言い換えると、制御装置8は、揺動する切断用ワイヤ3の延びる方向が常にワークWの加工形状である円弧の接線方向となるように、ワーク保持部材51の位置を制御する。これにより、切断用ワイヤ3とワークWとの接触を防止しつつ、放電加工の原理を用いてワークWを切断することができるので、高速切断が可能となると共に切断用ワイヤ3の断線率が下がる。また、ワークWと接触しない切断用ワイヤ3の径を細くできることから、カーフロスを低減することができると共にダメージ層の発生を抑制することができる。すなわち、本実施形態に係る放電式ワイヤソー装置1は、例えばサファイアや炭化ケイ素(SiC)等の難削材からなる被加工物の切断に好適である。
【0044】
また、本実施形態によると、ワイヤガイド2と共に切断用ワイヤ3を揺動させながらワークWの切断加工を行うことができるため、今後のワークの大口径化、カーフロスのさらなる低減のためのワイヤ径の縮小、及び、さらなる切断速度の向上等に対しても、切り粉の排出性を向上させることができるので、加工精度を上げることができると共に断線率を下げることができる。
【0045】
以下、各ワイヤガイド2の中心(回転軸)を結ぶ線上の中点に揺動円板91の軸心(揺動中心)が位置する場合を例として、制御装置8によるワーク保持部材51の位置制御について、図4〜図7を参照しながら説明する。
【0046】
図4は、揺動中心とワークW(ワーク保持部材51)の中央とを結ぶ線(以下、ワーク移動軸Xという)と、切断用ワイヤ3の揺動との関係を示す図である。ここで、ワイヤガイド2の半径をr、切断用ワイヤ3の揺動角度(本実施形態では各ワイヤガイド2の中心(回転軸)を結ぶ線が水平方向となす角度:以下同じ)をθとすると、図4に示すように、ワーク移動軸Xと切断用ワイヤ3とが交差する点の位置C1は、揺動角度θ=0°のときの位置を基準(0)として、C1=(r/cosθ)−rと表される。
【0047】
図5は、ワークWの加工形状である円弧(以下、加工円弧という)と、切断用ワイヤ3の揺動との関係を示す図である。ここで、加工円弧の半径(但し、放電加工に必要な、切断用ワイヤ3とワークWとの離間距離を含む)をAとすると、図5に示すように、加工円弧の接線方向に沿って延びる切断用ワイヤ3と加工円弧との接点の位置(ワーク移動軸X方向の位置)C2は、揺動角度θ=0°のときの位置を基準(0)として、C2=(A/cosθ)−Aと表される。
【0048】
従って、ワーク保持部材51の基準位置をP0、ワークWが円弧状の加工形状を持つように基準位置P0に偏差量を加えたワーク保持部材51の制御位置をPとして、
P=P0−C1−C2
=P0−((r/cosθ)−r)−((A/cosθ)−A))
=P0−((r+A)/cosθ−(r+A))
と表すことができる。ここで、本実施形態のワーク保持部材51の位置制御を行わないとした場合にワーク保持部材51が例えば一定の速度V0で下降しているとすると、基準位置P0は、加工時間をtとして、P0=V0×tと表される。尚、図1に示す放電式ワイヤソー装置1の場合、基準位置P0、制御位置P及び速度V0はそれぞれ、下方向を正方向とする。
【0049】
図6は、ワイヤガイド2の半径rを111mm、加工円弧半径A(但し、放電加工に必要な、切断用ワイヤ3とワークWとの離間距離を含む)を1000mmとして、本実施形態のワーク保持部材51の位置制御を行った場合において、揺動角度θの変化に伴って切断用ワイヤ3と加工円弧との位置関係が変化する様子を模式的に示している。図6に示すように、揺動角度θの最大値が例えば10°である場合に、円弧角度(ワーク移動軸Xと、切断用ワイヤ3に対して垂直な方向とがなす角度)が10°を超えてしまうと、切断用ワイヤ3とワークWとは接触してしまう。従って、揺動角度θが大きくなった場合にも、切断用ワイヤ3とワークWとが接触する事態を回避するためには、ワークWの最大切断長(本実施形態ではワーク移動軸Xに対して垂直な方向におけるワークWの最大寸法)をLとして、加工円弧半径Aについて、A≧L/(2×sinθ)が成り立つ必要がある。
【0050】
図7は、ワイヤガイド2の半径rを111mm、加工円弧半径A(但し、放電加工に必要な、切断用ワイヤ3とワークWとの離間距離を含む)を1000mmとして、本実施形態のワーク保持部材51の位置制御を行った場合における、揺動角度θ及びワーク保持部材51の位置(図中ではテーブル位置)の時間変化の一例を示している。尚、図7においては、比較例として、本実施形態のワーク保持部材51の位置制御を行わなかった場合におけるテーブル位置の時間変化も示している。図7に示すように、比較例では、テーブル位置が単調に変化している(つまりワーク保持部材51は一定の速度で下降している)のに対して、本実施形態では、揺動角度θに応じて細かなテーブル位置制御(つまりワーク保持部材51の昇降)が行われている。
【0051】
尚、本発明が適用可能な放電式ワイヤソー装置は、図1〜図3に示す放電式ワイヤソー装置1に限られるものではなく、複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤと被加工物との間に電圧を印加しながら、切断用ワイヤに対して被加工物を切断送りすることにより被加工物に対して切断加工を行うタイプの放電式ワイヤソー装置に本発明は広く適用可能である。例えば、放電式ワイヤソー装置1には2つのワイヤガイド2が取り付けられていたが、3つ以上のワイヤガイドを備えた放電式ワイヤソー装置にも本発明は適用可能である。また、放電式ワイヤソー装置1において、切断用ワイヤ3に放電加工用の加工液を供給しながら切断加工を行ってもよい。また、図2に示すように、切断用ワイヤ3に電圧を印加する電極ユニット40を配置したが、このようなユニット化を行わずに、各導体ブロック41に相当するワイヤ側接続端子を個別に配置してもよい。また、図3に示すように、ワーク側接続端子38をワーク保持部材51の底部に配置して、ワークWと直接接続したが、これに代えて、ワーク保持部材51とワークWとの間に、例えばワークWと同様の材質からなるスライスベースを介在させ、当該スライスベースにワーク側接続端子38を接続してもよい。
【0052】
また、図1に示すように、放電式ワイヤソー装置1においては、揺動円板91の軸心(揺動中心)を、各ワイヤガイド2の中心(回転軸)を結ぶ線上の中点に位置させたが、揺動中心の配置位置は特に限定されるものではなく、例えば、ワーク移動軸X上の任意の点に揺動中心を位置させてもよい。但し、揺動中心の配置位置に応じて、ワーク保持部材51の制御位置Pの算出式を変える必要がある。また、本実施形態では、ワーク保持部材51が一定の速度で下降している場合を想定してワーク保持部材51の基準位置P0を設定したが、基準位置P0の設定方法は特に限定されるものではなく、例えば、ワークWの切断加工の進み具合に応じてワーク保持部材51の速度が段階的に変化している場合を想定して基準位置P0を設定してもよい。
【0053】
また、本発明が適用可能なワークWの形状(加工前の形状)も特に限定されるものではなく、例えば円柱状や直方体状等の様々な形状を持つワークWに本発明は広く適用可能である。ここで、切断加工の開始直後におけるワークWの切断長(本実施形態ではワーク移動軸Xに対して垂直な方向におけるワークWの寸法)が小さい被加工物、例えば円柱状の被加工物を効率よく切断するために、ワークWに対する切断加工が進むに従って、加工円弧半径を小さくしていってもよい。或いは、ワークWに対する切断加工の開始直後は、切断用ワイヤを揺動させなくてもよい。また、ワークWの材質もシリコン等に特に限定されるものではく、ワークWが例えばサファイアや炭化ケイ素(SiC)等の難削材から構成されていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、例えばシリコンインゴット等の被加工物を切断する放電式ワイヤソー装置及び放電加工方法に好適である。
【符号の説明】
【0055】
1 放電式ワイヤソー装置
2 ワイヤガイド
3 切断用ワイヤ
4 ワイヤガイド支持部
6 ワイヤ供給装置
7 ワイヤ巻取装置
8 制御装置
10 側壁プレート
11 テンションアーム
12 貫通孔
20 ワイヤガイド駆動モータ
37 電圧検出器
38 ワーク側接続端子
40 電極ユニット
41 導体ブロック
42 絶縁ブロック
51 ワーク保持部
52 ワーク昇降モータ
61 供給側ボビン
62 アシストモータ
71 巻取側ボビン
72 アシストモータ
91 揺動円板
92 揺動駆動モータ
P プーリ
W ワーク
T トランジスタ
E 直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤと被加工物との間に電圧を印加しながら、前記切断用ワイヤに対して前記被加工物を切断送りすることにより前記被加工物に対して切断加工を行う放電式ワイヤソー装置であって、
前記ワイヤガイドと共に前記切断用ワイヤを揺動させる揺動手段と、
前記被加工物が円弧状の加工形状を持つように、前記被加工物を保持する保持手段の位置を前記切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御する制御手段とを備えていることを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項2】
請求項1に記載の放電式ワイヤソー装置において、
前記切断用ワイヤは、前記円弧状の加工形状の接線方向に沿って揺動することを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の放電式ワイヤソー装置において、
前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記被加工物の最大切断長をL、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をAとして、
A≧L/(2×sinθ)
であることを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の放電式ワイヤソー装置において、
前記被加工物に対する切断加工が進むに従って、前記円弧状の加工形状の半径を小さくしていくことを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の放電式ワイヤソー装置において、
前記被加工物に対する切断加工の開始直後は、前記切断用ワイヤを揺動させないことを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の放電式ワイヤソー装置において、
前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記ワイヤガイドの半径をr、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をA、前記保持手段の基準位置をP0、前記保持手段の制御位置をPとして、
P=P0−((r+A)/cosθ−(r+A))
であることを特徴とする放電式ワイヤソー装置。
【請求項7】
複数のワイヤガイドに螺旋状に巻き付けられた切断用ワイヤと被加工物との間に電圧を印加しながら、前記切断用ワイヤに対して前記被加工物を切断送りすることにより前記被加工物に対して切断加工を行う放電加工方法であって、
前記ワイヤガイドと共に前記切断用ワイヤを揺動させながら、前記被加工物が円弧状の加工形状を持つように、前記被加工物を保持する保持手段の位置を前記切断用ワイヤの揺動角度に応じて制御することを特徴とする放電加工方法。
【請求項8】
請求項7に記載の放電加工方法において、
前記切断用ワイヤは、前記円弧状の加工形状の接線方向に沿って揺動することを特徴とする放電加工方法。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の放電加工方法において、
前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記被加工物の最大切断長をL、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をAとして、
A≧L/(2×sinθ)
であることを特徴とする放電加工方法。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか1項に記載の放電加工方法において、
前記被加工物に対する切断加工が進むに従って、前記円弧状の加工形状の半径を小さくしていくことを特徴とする放電加工方法。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれか1項に記載の放電加工方法において、
前記被加工物に対する切断加工の開始直後は、前記切断用ワイヤを揺動させないことを特徴とする放電加工方法。
【請求項12】
請求項7〜11のいずれか1項に記載の放電加工方法において、
前記切断用ワイヤの揺動角度をθ、前記ワイヤガイドの半径をr、前記円弧状の加工形状の半径(但し前記切断用ワイヤと前記被加工物との離間距離を含む)をA、前記保持手段の基準位置をP0、前記保持手段の制御位置をPとして、
P=P0−((r+A)/cosθ−(r+A))
であることを特徴とする放電加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−240128(P2012−240128A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109661(P2011−109661)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】