説明

敏感肌の診断方法及び敏感肌を予防又は改善する物質のスクリーニング方法

【課題】客観的にかつ高い精度で診断でき、少ない試料に基づいて簡便に診断可能であり、アトピー性皮膚炎との違いも明確に判別できる敏感肌の診断方法を提供すること。
【解決手段】(A1)皮膚から採取された角層細胞中の、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を測定する工程と、(A2)前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を指標として、敏感肌か否かを診断する工程と、を含むことを特徴とする敏感肌の診断方法である。更に、(B1)皮膚から採取された角層細胞中の、カテプシンDの含有量を測定する工程と、(B2)前記カテプシンDの含有量を指標として、アトピー性皮膚炎か否かを診断する工程と、を更に含むことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、客観的にかつ高い精度で診断でき、少ない試料に基づいて簡便に診断可能であり、アトピー性皮膚炎との違いも明確に判別できる敏感肌の診断方法、及び、敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの皮膚の最外層には、角層と呼ばれる約20マイクロメートルの構造が存在している。角層は、皮膚内部からの水分の過剰な蒸散を防ぐと共に、外界からの皮膚への異物や刺激物の侵入を防ぐ働きをしている。このような働きは、皮膚のバリア機能と呼ばれている。皮膚のバリア機能が低下すると、皮膚中の水分が過剰に蒸散したり、外界から皮膚へ異物や刺激物が侵入しやすくなったりする。そのため、皮膚のバリア機能の低下は、敏感肌の一因と考えられている。
【0003】
敏感肌とは、肌がカサつきやすい、肌がかゆくなりやすい、肌が赤くなりやすい、化粧品が合わないことが多い、などの症状で自覚される肌の総称である。敏感肌においては、入浴後、炊事後、化粧品使用時などにおいて、軽度な肌トラブルが引き起こされることもある。皮膚科医及び美容研究者は、敏感肌の定義を、「「平均的」な人々に比べて、接触によって刺激あるいはアレルギー反応を起こしやすい肌である。」としている(非特許文献1)。
しかしながら、敏感肌であるかどうかは、本人の自覚症状により判定されるところが大きく、明確な判定基準は存在していなかった。
【0004】
一方、アトピー性皮膚炎は、免疫が介在する皮膚の炎症である。アトピー性皮膚炎は、その臨床的所見から、敏感肌に比べて診断が容易である。また、アトピー性皮膚炎は、敏感肌よりも状態が悪い、「疾患肌」として分類されるものであり、敏感肌とは、その症状が明らかに異なる(非特許文献2)。しかしながら、例えば、アトピー性皮膚炎の症状が軽微な場合には、アトピー性皮膚炎と敏感肌との判別が困難な場合もある。
【0005】
したがって、客観的にかつ高い精度で診断でき、更には、被検者に対し身体的又は時間的に負担がかからないよう、少ない試料に基づいて簡便に診断可能な敏感肌の診断方法については、未だ満足なものが提供されていないのが現状である。更には、例えば症状が軽微なアトピー性皮膚炎との違いも明確に判別できる、敏感肌の診断方法については、未だ満足なものが提供されていないのが現状である。
【0006】
【非特許文献1】Cosmetic & Toiletries,vol.109,43−50,1994
【非特許文献2】勝村芳雄、「低刺激性・低アレルギー性化粧品の研究開発の現状と課題」、Fragrance Journal,vol.22,No.8,25−34,1994
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来技術における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、客観的にかつ高い精度で診断でき、少ない試料に基づいて簡便に診断可能な敏感肌の診断方法、及び敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。更に、本発明は、アトピー性皮膚炎との違いも明確に判別できる敏感肌の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。即ち、テープ剥離により皮膚から角層細胞を採取し、採取された角層細胞に含まれるカリクレイン6及びカリクレイン14のプロテアーゼ活性を、ザイモグラフィにより測定したところ、正常肌モデルマウスから採取された角層細胞に比べて、敏感肌モデルマウスから採取された角層細胞において、プロテアーゼ活性が高いこと;テープ剥離により皮膚から角層細胞を採取し、採取された角層細胞に含まれるカテプシンDのプロテアーゼ活性を、ザイモグラフィにより測定したところ、正常肌モデルマウス又は敏感肌モデルマウスから採取された角層細胞に比べて、アトピー性皮膚炎モデルマウスから採取された角層細胞において、プロテアーゼ活性が高いこと;を知見した。
【0009】
本発明は、本発明者による前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> (A1)皮膚から採取された角層細胞中の、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を測定する工程と、
(A2)前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を指標として、敏感肌か否かを診断する工程と、
を含むことを特徴とする敏感肌の診断方法である。
<2> 更に、
(B1)皮膚から採取された角層細胞中の、カテプシンDの含有量を測定する工程と、
(B2)前記カテプシンDの含有量を指標として、アトピー性皮膚炎か否かを診断する工程と、
を含む<1>に記載の敏感肌の診断方法である。
<3> 含有量の測定がプロテアーゼ活性を指標として行われる<1>から<2>のいずれかに記載の敏感肌の診断方法である。
<4> 含有量の測定がザイモグラフィにより行われる<3>に記載の敏感肌の診断方法である。
<5> 皮膚からテープ剥離された角層細胞を用いる<1>から<4>のいずれかに記載の敏感肌の診断方法である。
<6> 敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法であって、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量の抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、従来技術における前記諸問題を解決することができ、客観的にかつ高い精度で診断でき、少ない試料に基づいて簡便に診断可能な診断方法、及び、敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法を提供することができる。更に、本発明によると、アトピー性皮膚炎との違いも明確に判別できる敏感肌の診断方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(敏感肌の診断方法)
本発明の敏感肌の診断方法は、(A1)皮膚から採取された角層細胞中の、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を測定する工程、及び、(A2)前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を指標として、敏感肌か否かを診断する工程を含み、更に必要に応じて、その他の工程を含んでなる。
【0012】
<(A1)工程>
−カリクレイン6、カリクレイン14−
前記カリクレインとは、プロテアーゼの1種であり、キニノゲンに作用してキニンを生成することが知られており、ヒトのカリクレインでは、2000年の時点で1〜14が知られている。
カリクレイン6及び14は、セリンプロテアーゼであり、キモトリプシン・ファミリーに属しており、カリクレイン関連ペプチドと位置づけられている。カリクレイン6遺伝子及びカリクレイン14遺伝子の塩基配列は、例えば、ヒト、マウスにおいて公知であり、その配列はGenBank(NCBI)などの公共データベースを通じて容易に入手することができる(例えば、ヒトカリクレイン6遺伝子:NCBI accession number NP_002765、ヒトカリクレイン14遺伝子:NCBI accession number NP_071329)。
【0013】
(角層細胞)
前記角層細胞としては、被検者に由来する皮膚角層細胞を含む限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、非侵襲かつ簡便に採取でき、被検者に身体的又は時間的に負担がかからない点で、被検者の皮膚からテープ剥離により採取された角層細胞が特に好ましい。なお、前記テープ剥離とは、テープの粘着面を皮膚に貼り付けた後に、テープを皮膚から剥離することを意味する。
【0014】
(含有量の測定)
前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を測定する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、プロテアーゼ活性を指標とした測定方法、タンパク質又はmRNAの発現量を指標とした測定方法などが挙げられる。中でも、検出感度が高く、少量の試料に基づいて簡便に測定できる点で、プロテアーゼ活性を指標とした測定方法が好ましい。
【0015】
前記プロテアーゼ活性を指標とした測定方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ザイモグラフィ、基質を添加した溶液中における酵素反応を介した検出などが挙げられるが、検出感度が高く、少量の試料に基づいて簡便に測定できる点で、ザイモグラフィが特に好ましい。
【0016】
前記タンパク質の発現量を指標とした測定方法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、タンパク質に特異的に結合する抗体やタンパク質を利用する方法などが挙げられる。具体的には、例えば、ELISA法、RIA法、FIA法、ウエスタンブロッティング法などが挙げられる。
前記mRNAの発現量の発現量を指標とした測定方法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、mRNAに特異的に結合するプローブ、プライマーを利用する方法などが挙げられる。具体的には、例えば、ノーザンブロッティング法、DNAアレイ法、In situハイブリダイゼーション法などが挙げられる。
【0017】
−ザイモグラフィ−
前記ザイモグラフィは、電気泳動を利用してプロテアーゼを分析する方法であり、あらかじめプロテアーゼの基質となるペプチド又はタンパク質を封入したゲルを用いる。試料を電気泳動後、ゲルを酵素活性が発現する適当な溶液に浸し、適当な時間インキュベートした後、タンパク質を染色する染色液でゲルを染色する。プロテアーゼによって基質が分解された部分は染色されずに透明になり、その位置と透明の度合いから、おおよそのプロテアーゼの活性と分子量を測定できる。
前記ゲルに封入するペプチド又はタンパク質としては、検出を所望する酵素に対する基質である限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記検出を所望する酵素がカリクレイン6又はカリクレイン14の場合には、例えば、カゼイン、ゼラチンなどが挙げられる。中でも、カリクレイン6,14が分解しやすいという基質特異性の点から、カゼインが好ましい。
【0018】
前記ザイモグラフィにおいては、カリクレイン6及びカリクレイン14は、分子量約19,000の位置に検出される。ザイモグラフィにおいて、カリクレイン6及びカリクレイン14が検出されたか否かは、通常、目視により判断可能であるが、デンシトメータ(例えば、アトー株式会社のDensitograph4等の画像解析装置)などを用いて定量的に評価することもできる。
【0019】
<(A2)工程>
前記敏感肌であるか否かを診断する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、正常肌群と比較して、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量が有意に増加している場合には、敏感肌であると診断することができる。また、例えば、敏感肌群と比較して、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量が同等であると判断される場合にも、敏感肌であると診断することができる。ここで、前記正常肌群及び敏感肌群は、被検者の比較対象となるものであるから、前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量の測定を、被検者と同じ条件で行う必要があることは言うまでもない。
なお、本発明者らにより、後記する実施例において、前記カリクレイン6及びカリクレイン14の含有量の測定を、これらのプロテアーゼ活性を指標として行ったときに、正常肌よりも敏感肌の方が、前記カリクレイン6及びカリクレイン14の含有量(プロテアーゼ活性)が高いことが示されている。
【0020】
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、(B1)皮膚から採取された角層細胞中の、カテプシンDの含有量を測定する工程、及び、(B2)前記カテプシンDの含有量を指標として、アトピー性皮膚炎か否かを診断する工程、を含むことが好ましい。
【0021】
<(B1)工程>
−カテプシンD−
カテプシンとは、プロテアーゼの1種であり、細胞内のタンパク質の異化作用や細胞崩壊に関与することが知られている。カテプシンは、B、C、D,E、G、H、Lなどのファミリーが存在することが明らかとなっている。
カテプシンDは、酸性プロテアーゼであり、デスモソームの分解、コーニファイドエンベロープ(Cornified Envelope、CE)成熟化に関与することが知られている。カテプシンD遺伝子の塩基配列は、例えば、ヒト、マウスにおいて公知であり、その配列はGenBank(NCBI)などの公共データベースを通じて容易に入手することができる(例えば、ヒトカテプシンD遺伝子:NCBI accession number NP_001900.1)。
【0022】
(B1)工程において使用する角層細胞は、前記(A1)工程で説明したものと同様である。また、(B1)工程におけるカテプシンDの含有量の測定方法は、前記(A1)工程で説明した含有量の測定方法において、測定対象がカリクレイン6及びカリクレイン14に代えてカリクレインDであること以外は同様であるので、説明を省略する。
【0023】
なお、ザイモグラフィにおいて、ゲルに封入するペプチド又はタンパク質としては、カテプシンDに対する基質である限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、カゼイン、ゼラチンなどが挙げられる。中でも、カテプシンDが分解しやすいという基質特異性の点から、ゼラチンが好ましい。また、カテプシンDは、ザイモグラフィにおいて、分子量約33,000の位置に検出される。
【0024】
<(B2)工程>
前記アトピー性皮膚炎であるか否かを診断する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、正常肌群又は敏感肌群と比較して、カテプシンDの含有量が有意に増加している場合には、アトピー性皮膚炎であると診断することができる。また、例えば、アトピー性皮膚炎群と比較して、カリクレインDの含有量が同等であると判断される場合にも、アトピー性皮膚炎であると診断することができる。ここで、前記正常肌群、敏感肌群及びアトピー性皮膚炎群は、被検者の比較対象となるものであるから、前記カテプシンDの含有量の測定を、被検者と同じ条件で行う必要があることは言うまでもない。
なお、本発明者らにより、後記する実施例において、前記カテプシンDの含有量の測定を、プロテアーゼ活性を指標として行ったときに、正常肌及び敏感肌よりも、アトピー性皮膚炎の方が、前記カテプシンDの含有量(プロテアーゼ活性)が高いことが示されている。
【0025】
前記(B1)工程〜(B2)が行われる時期としては、特に制限はなく、前記(A1)工程〜(A2)工程の前に行われてもよく、後に行われてもよく、並行して行われてもよい。
前記(B1)工程〜(B2)工程によれば、前記(A1)工程〜(A2)工程において敏感肌であると診断した後(又は前)に、アトピー性皮膚炎でないことも明確に判別することができる。
【0026】
前記敏感肌の診断方法の対象動物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、サル、イヌ、ネコなどが挙げられるが、これらの中でも、ヒトが特に好ましい。
【0027】
(敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法)
本発明の敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法は、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量の抑制を指標とすることを特徴とする。
【0028】
前記スクリーニング方法としては、例えば、(C1)皮膚に被験物質を投与する工程、(C2)被験物質を投与された皮膚、及び、被験物質を投与されない皮膚における、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量を測定する工程、(C3)被験物質を投与されない皮膚に比べ、被験物質を投与された皮膚の方で、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量が抑制されている場合に、その被験物質を選択する工程、を含む方法などが挙げられる。
【0029】
−(C1)工程−
前記(C1)工程における被験物質としては、特に制限はなく、各種候補物質の中から、目的に応じて適宜選択することができる。前記被験物質の投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、皮膚への塗布、経口投与などが挙げられる。
【0030】
−(C2)工程−
前記(C2)工程における、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量を測定する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、プロテアーゼ活性の測定、mRNAの発現量の測定、タンパク質の発現量の測定などが挙げられる。
前記プロテアーゼ活性の測定方法、前記mRNAの発現量の測定方法、及び、前記タンパク質の発現量の測定は、前記敏感肌の診断方法の項目において説明したものと同様である。
【0031】
−(C3)工程−
前記(C3)工程において、被験物質を投与されない皮膚に比べ、被験物質を投与された皮膚の方で、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量が抑制されている場合には、前記被験物質が敏感肌を予防又は改善する物質であるとして、選択することができる。
なお、発現量の比較を行う場合には、前記カリクレイン6及び前記カリクレイン14のうち、いずれかの遺伝子の発現量のみを比較してもよく、両者の発現量を組合せて比較してもよい。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0033】
本実施例は、敏感肌モデルマウスの皮膚角層細胞を採取し、採取された皮膚角層細胞中のカリクレイン6及びカリクレイン14のプロテアーゼ活性を、ザイモグラフィにより検出した実施例である。
【0034】
(方法)
<敏感肌モデルマウスの作製>
雌性ヘアレスマウス(Hos:HR−1、日本エスエルシー株式会社)を4週齢で購入し、温度23±1℃、相対湿度60±10%、明暗サイクル(明7:00−19:00、暗19:00−7:00)のSPF環境下で、水と、特殊飼料であるHR−AD(日本農産工業株式会社)とを自由摂取させて、6週間飼育した。背部の経皮水分蒸散量が、Tewameter TM210(Courage+Khazaka社製(ドイツ))を用いて測定した時に、値が40グラム/平方メートル/時間 以上を示したマウス個体を、敏感肌モデルマウスとした。
【0035】
敏感肌モデルマウスに対する正常肌モデルマウスは、上記敏感肌モデルマウスの作製において、飼料をHR−ADに代えて、CE−2(日本クレア株式会社より購入)とした以外は、上記敏感肌モデルマウスの作製と同様にして作製した。
【0036】
<アトピー性皮膚炎モデルマウスの作製>
雌性NC/Ngaマウス(日本チャールス・リバー株式会社)を6週齢で購入し、温度23±1℃、相対湿度60±10%、明暗サイクル(明7:00−19:00、暗19:00−7:00)のSPF環境下で、水と、餌(CE−2;日本クレア株式会社)とを自由摂取させた状態で、飼育した。松田らの方法(International immunology, 9,461−466(1997))に準じて、マウスの肌にアトピー性皮膚炎様の症状を発症させた。即ち、ピクリルクロライド(PCL,東京化成工業株式会社より購入)をエタノール/アセトン(4:1)の混合液に5.0質量%の濃度で溶解し、この溶液を1週間予備飼育したマウスの胸部、腹部、およびフットパットに150マイクロリットル/匹ずつ塗布した。塗布後4日目より週2回の割合で4週間、食用オリーブ油(FilippoBerio、日清製油株式会社より購入)に1.0質量%の濃度で溶解した精製PCLを、背部皮膚と耳介に150マイクロリットル/匹ずつ塗布し、アトピー性皮膚炎モデルマウスとした。
【0037】
アトピー性皮膚炎モデルマウスに対する正常肌モデルマウスは、上記アトピー性皮膚炎モデルマウスの作製において、前記松田らの方法に準じてアトピー性皮膚炎様の症状を発症させる処理を行わなかったこと以外は、上記アトピー性皮膚炎モデルマウスの作製と同様にして作製した。
【0038】
<マウス皮膚角層抽出試料の調製>
前記敏感肌モデルマウス及び前記アトピー性皮膚炎モデルマウス、並びにそれぞれの正常肌モデルマウスの背部皮膚を外科手術用はさみで採取後、角層側を上にして机の上に広げた。皮膚角層表面にテープ(3M社製のScotchテープ #845、2センチメートル×4センチメートル)を貼り付け、軽く圧力を加えてから剥離する操作を、毎回新しいテープを用いて10回繰り返し、角層をテープに貼り付けた状態で採取した。テープを短冊状に裁断し、20ミリリットルの1M(mol/L、以下同じ)酢酸に、37℃で17時間浸漬し、角層中のプロテアーゼを酢酸液中に抽出した。抽出液を4,000回転/分、4℃で15分間遠心後した。
上清は、フィルター(クロマトディスク(クラボウ社)、0.45マイクロメートル、25A)を用いてろ過した後に、凍結乾燥し、後記するザイモグラフィに利用した。沈殿物は、角層細胞数の計測に利用した。
【0039】
−角層細胞数の計測−
前記沈殿物には、1M酢酸不溶性物質および角層が付着したテープが含まれるが、これらに細胞分散液(2質量%ドデシル硫酸ナトリウム、20mMジチオトレイトール 水溶液)を10ミリリットル添加し、95℃、3分間インキュベートすることにより、角層細胞を分散させた。分散させた角層細胞の数を、血球係数板を用いて計測した。
【0040】
<ザイモグラフィ>
凍結乾燥後の試料に対し、100mMトリス−塩酸緩衝液(pH9.0)を500マイクロリットル添加し、10,000回転/分、4℃で5分間遠心分離した。上清100マイクロリットルに対し、SDSサンプルバッファー(Laemmli sample buffer、Bio−Rad社より購入、但し、2−メルカプトエタノールは添加しない)を100マイクロリットル添加し、穏やかに撹拌後、10,000回転/分、4℃で5分間遠心分離し、上清を電気泳動に供した。
【0041】
前記上清を各泳動レーンに供する際には、各泳動レーンにおいて、同じ数の角層細胞数に相当する上清が供されるように上清の量を調製した。
泳動ゲルとしては、インビトロゲン社の、Novex Zymogram Gels(10質量%ゲル、ゼラチン含有:カテプシンD解析用)、及び、Novex Zymogram Gels(12質量%ゲル、カゼイン含有:カリクレイン6,14解析用)を用いた。電気泳動後のゲルを、10倍希釈したRenaturing Buffer(インビトロゲン社)中で、室温で30分間、緩やかに振とうした後に、10倍希釈したDeveloping Buffer(インビトロゲン社)中で、室温で30分間、緩やかに振とうした。その後、10倍希釈したDeveloping Buffer(インビトロゲン社)中で、37℃で17時間、静置した。ゲルを、蒸留水で5分間ずつ3回洗浄した後に、ゲル中に含まれるゼラチン又はカゼインを、SimplyBlue SafeStain(インビトロゲン社)を用いてクマシー・ブリリアント・ブルー染色した。結果を図1及び図2に示す。
【0042】
<結果>
図1は、カゼインゲルを用いたザイモグラフィにより、カリクレイン6及びカリクレイン14を検出した結果を示す図である。図1において、白く抜けている部分は、プロテアーゼが存在することを示す。図1に示すように、分子量19,000の白いバンドが、正常肌モデルマウスに比べ、敏感肌モデルマウスにおいて、より強く検出された。
また、この分子量19,000の白いバンドを切り出して、LC−MS/MS解析(株式会社日立ハイテクノロジーズに解析委託)により、ゲル中に含まれるタンパク質を同定したところ、カリクレイン6及びカリクレイン14が検出された。結果を図3に示す。
【0043】
更に、ザイモグラフィにおいて、正常肌モデルマウス及び敏感肌モデルマウスのバンド強度と、カリクレイン14精製標品(R&D社)により形成されたバンド強度と比較した(図示せず)。その結果、正常肌モデルマウスのバンド強度は、4.0ナノグラム分のカリクレイン14精製標品のバンド強度よりも小さかったのに対し、敏感肌モデルマウスのバンド強度は、5.0ナノグラム分のカリクレイン14精製標品のバンド強度よりも大きかった。即ち、上記実施例の条件でザイモグラフィを行う場合には、所定量のカリクレイン14精製標品により形成されるバンド強度を基準として、正常肌又は敏感肌を診断することができることが示された。
【0044】
図2は、ゼラチンゲルを用いたザイモグラフィにより、カテプシンDを検出した結果を示す図である。図2において、白く抜けている部分は、プロテアーゼが存在することを示す。図1に示すように、分子量33,000の白いバンドが、正常肌モデルマウスに比べ、アトピー皮膚炎モデルマウスにおいて、より強く検出された。
また、この分子量33,000の白いバンドを切り出して、LC−MS/MS解析(株式会社日立ハイテクノロジーズに解析委託)により、ゲル中に含まれるタンパク質を同定したところ、カテプシンDが検出された。結果を図4に示す。
【0045】
実施例の結果から、皮膚角層細胞中のカリクレイン6及びカリクレイン14の含有量を指標とすることにより、敏感肌か否かを判断することができることが示された。
更に、皮膚角層細胞中のカテプシンDの含有量を指標とすることにより、アトピー性皮膚炎か否かを判断することができることが示された。一般に、アトピー性皮膚炎の症状が軽微な症状である場合には、臨床的所見において敏感肌と区別がつきにくい場合があるが、本発明によれば、敏感肌と正常肌とを客観的に高い精度で判別することができ、必要に応じて、敏感肌とアトピー性皮膚炎とを客観的に高い精度で判別することができる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の敏感肌の診断方法は、客観的にかつ高い精度で診断でき、少ない試料に基づいて簡便に診断可能なので、敏感肌を早期かつ高い精度で診断することができ、医学的診断及び治療の分野において、好適に利用できる。更に、本発明の敏感肌の診断方法は、例えば、敏感肌の消費者を対象とした化粧料、皮膚外用剤、洗剤、衣服、寝具等の分野にも好適に利用できる。
また、本発明のスクリーニング方法は、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現抑制を介して、効果的に敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質をスクリーニングすることができるので、敏感肌の治療薬をスクリーニングするために好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、カゼインゲルを用いたザイモグラフィにより、カリクレイン6及びカリクレイン14を検出した結果を示す図である。
【図2】図2は、ゼラチンゲルを用いたザイモグラフィにより、カテプシンDを検出した結果を示す図である。
【図3】図3は、分子量19,000のバンドについての、同定に用いられたペプチド断片の質量分析計による解析結果例を示す図である。解析の結果、カリクレイン6を構成するペプチド断片と同定した。
【図4】図4は、分子量19,000のバンドについての、同定に用いられたペプチド断片の質量分析計による解析結果を示す図である。解析の結果、カリクレイン14を構成するペプチド断片と同定した。
【図5】図5は、分子量33,000のバンドについての、同定に用いられたペプチド断片の質量分析計による解析結果例を示す図である。解析の結果、カテプシンDを構成するペプチド断片と同定した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A1)皮膚から採取された角層細胞中の、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を測定する工程と、
(A2)前記カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの含有量を指標として、敏感肌か否かを診断する工程と、
を含むことを特徴とする敏感肌の診断方法。
【請求項2】
更に、
(B1)皮膚から採取された角層細胞中の、カテプシンDの含有量を測定する工程と、
(B2)前記カテプシンDの含有量を指標として、アトピー性皮膚炎か否かを診断する工程と、
を含む請求項1に記載の敏感肌の診断方法。
【請求項3】
含有量の測定がプロテアーゼ活性を指標として行われる請求項1から2のいずれかに記載の敏感肌の診断方法。
【請求項4】
含有量の測定がザイモグラフィにより行われる請求項3に記載の敏感肌の診断方法。
【請求項5】
皮膚からテープ剥離された角層細胞を用いる請求項1から4のいずれかに記載の敏感肌の診断方法。
【請求項6】
敏感肌を予防又は改善する作用を有する物質のスクリーニング方法であって、カリクレイン6及びカリクレイン14のうち少なくとも1つの発現量の抑制を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−153447(P2009−153447A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335199(P2007−335199)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】