説明

敗血症の質量分析法診断

【課題】血流感染症(敗血症)の血液培養フラスコ内での比較的短い培養のあと、ヒトタンパク質や、赤血球および白血球などの血球の残留分画による干渉なしに、血液から純化形態で微生物病原体を分離することができ、そのタンパク質プロフィールの質量分析測定によって微生物病原体を直接同定することができる方法を提供する。
【解決手段】質量分析測定に必要なMALDIおよびその他のイオン化プロセスにおいて、界面活性剤を添加することにより、該血液培養からの血液試料の血球を溶解させる工程と、遠心分離または濾過によって該微生物を沈殿させる工程と、該微生物のマススペクトルを取得する工程と、該マススペクトルによって該微生物を同定する工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血流感染症(敗血症)の血液培養における病原体の質量分析法による同定に関連する。
【背景技術】
【0002】
数多くの種の微生物、すなわち藻類および原生動物、特に細菌および単細胞真菌(酵母またはカビとして)は、栄養培地を用いた通常の方法におけるコロニー増殖を行い、次に少量の微生物をコロニーから質量分析法試料支持プレートに移し、質量分析法でタンパク質プロフィールを直接測定することによって、高い確度で質量分析法で同定することができる。マススペクトルは特に、微生物中に十分な高濃度で存在するさまざまな水溶性タンパク質の質量と存在量を示す。この微生物のタンパク質プロフィールは、スペクトルライブラリからの参照スペクトルとの類似性分析によって同定を決定するのに使用される。
【0003】
この目的のため、および対応する評価ならびに類似性分析プログラムのための専用質量分析計が、市販されている。現在、この同定手順は非常に優れていることが証明され、世界中の微生物研究機関に急速に普及している。
【0004】
微生物の「同定」とは、ドメイン(真核生物および原核生物)、界、門、綱、目、科、属、種、亜種という階層分類構造に分類することを意味する。微生物試料の同定とは、少なくとも属、通常は種を決定することを含み、可能ならば亜種または菌株までも決定することを含む。これは、例えば亜種または菌株によって病原性が異なる場合には重要である。より一般的には、同定とは、他のより個別の微生物特性に関するある特性付けを意味し、例えば抗生物質に対する微生物の耐性をも意味する。
【0005】
コロニーの培養のための栄養培地は通常、ペトリ皿内の寒天培地として保有され、これは通常、微生物の繁殖力に応じて6時間〜数日間で個別の微生物コロニーの形状で純粋な菌株の成長をもたらす。コロニーの重なり合いや過剰な混合が見られる場合は、通常の方法で再実施する二次培養において純粋なコロニーを得ることができる。
最も単純な方法においては、選択したコロニーから微生物の一部を、小さなスワブを用いて質量分析試料支持体に移し、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)のために、従来のマトリックス物質を強酸性にした溶液(通常はα-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(HCCA)または2,5-ジ-ヒドロキシ-安息香酸(DHB))を撒く。この酸(通常は蟻酸またはトリフルオロエタン酸)が細胞壁を攻撃し、マトリックス溶液の有機溶媒(通常はアセトニトリル)が微生物細胞内に侵入して、細胞壁を弱らせ、破裂させる。試料は次に、溶媒を蒸発させることにより乾かし、これにより、溶解していたマトリックス物質が結晶化する。可溶性タンパク質と、それより少量ながら細胞内の他の物質が、マトリックス結晶内に埋め込まれる。
【0006】
分析対象分子が埋め込まれたマトリックス物質結晶は次に、質量分析計内の紫外線レーザー光の集束フラッシュが照射され、蒸気雲の高温プラズマ内に分析対象分子のイオンが生じる。このイオンが、質量によって分離され、質量分析計で測定される。
この目的には通常、特殊なMALDI飛行時間質量分析計(MALDI-TOF-MS)が使用される。マススペクトルは、これら分析対象イオンの質量値のプロフィールである。これらは主にタンパク質イオンであり、およそ3,000ダルトン〜15,000ダルトンの質量を有する最も有用な情報を備えたイオンである。この方法のタンパク質イオンは主に1価のみ(電荷数z=1)であり、これにより、常に用語「質量電荷比」m/z(これは他のタイプの質量分析では実際に必要であり慣習的である)を使用する代わりに、イオンの質量mを単純に参照することができる。
【0007】
タンパク質のプロフィールは、対象となる微生物種によって非常に特徴的である。各微生物種は、遺伝子によって既定されたタンパク質(それぞれが固有の分子量をもつ)の固有の組み合わせを産生するからである。質量分析法によって検出され得る高濃度のタンパク質の存在量も、遺伝子により大きく制御され、コロニーの栄養状態や成熟度にはわずかしか依存しない。タンパク質プロフィールは、指紋が個々の人間に特徴的であるのと同様に、微生物のタイプに特徴的である。最近では、非常によく文書化された微生物の参照マススペクトルを備えた信頼でき検証済みのライブラリが、公立・私立の数多くの研究機関ならびに大学の微生物研究施設によって拡張されている。この参照ライブラリは、医学的・法的に適格であるための厳しい要件を充足していなければならない。
【0008】
この同定方法は非常に成功を収めていることが証明されている。この正確な同定の信頼度は、現在まで使用されてきた微生物学的同定方法よりはるかに高い。同定の信頼度は、何百種もの異なる微生物種について95パーセントをはるかに上回ることを証明することが可能になっている。これまで使用されていた微生物学的同定方法の結果から逸脱していると見られた疑い事例の多くにおいては、遺伝子配列決定によって、質量分析同定が正確であることが確認されてきた。
【0009】
調べている微生物種の参照マススペクトルがライブラリに含まれていない場合は(微生物種は何百万種もあり、現在のスペクトルライブラリの大きさには制限があるため、これは時折起こる)、ライブラリ検索により通常、微生物の属または科のより高位の分類レベルへの価値ある分類を得ることができる。これは、関連する微生物はしばしば、同一タイプのタンパク質を数多く含むからである。しかしながらこのような事例は稀になってきている。病原性微生物は現在、実際上すべてが参照スペクトルの形態で記録され、よって、微生物種のレベルまで正確に同定することができる。
【0010】
小さなスワブを使用して微生物の一部をコロニーから質量分析試料支持体の試料スポットに広げ、次にマトリックス溶液を撒く、上に簡単に述べた方法は、単純でありながら、最も迅速なタイプの試料調製方法である。培養後にコロニーが見えている場合は、何百個もの試料を同時に分析しなければならない場合であっても、同定を完了するには最長でわずか1〜2時間しかかからない。
48個、96個、または384個の試料スポットをそれぞれ有する質量分析試料支持体は市販されている。これら数多くの試料からマススペクトルを取得するには30分〜2時間かかる。緊急に同定が必要な場合は、個々の微生物試料が培養後数分で同定できる(培養後であっても、これは常に時間のかかる作業である)。
【0011】
他の試料調製方法も研究されており、例えば微生物を超音波や機械的処理で破壊した後にタンパク質を抽出する方法や、細胞壁(堅い場合がある)を強い酸で弱化した後で微生物からタンパク質を抽出する方法がある。これらの破壊的方法はスワブによる通常の方法が失敗した場合にのみ使用される。これは、微生物の細胞壁はマトリックス溶液の散布によって破壊されないからである。スワブを用いる方法で、比較に十分な質のマススペクトルが得られる場合、この破壊的方法はすべて、スワブを用いる方法の場合に非常に似通ったスペクトルをもたらし、しばしば、マススペクトルの干渉性バックグラウンドがより低くなる。
【0012】
今日、微生物タンパク質のマススペクトルは通常、MALDI飛行時間質量分析計(MALDI-TOF)の線形モードで取得される。これらが特に高い検出感度を有するからである。ただし、スペクトルの質量分解能および質量の正確さは、反射モードで飛行時間質量分析計から得られるものの方がより高い。けれども反射モードでは、イオン信号の約20分の1のみが現われ、検出感度が10分の1〜2に悪化する。この高い感度は、安定なイオンだけでなく、より豊富にあるフラグメントイオンと、更には「準安定性」と呼ばれる中性粒子の、イオンの飛行中に起こる崩壊が、飛行時間質量分析計の線形モードで検出されるという事実に基づいている。イオン検出器としては二次電子増倍管(SEM)が使用され、分子イオン、フラグメントイオンおよび中性粒子を測定する。
これらはすべて、衝撃により二次電子を生成するからである。ある種の親イオンからのイオン源が加速した後に生成されるフラグメントイオンおよび中性粒子はすべて、親イオンと同じ速度を有するため、同時にイオン検出器に到達する。この到達時間が、分割されていない元のイオンの質量の測定値である。
【0013】
検出感度の高さは多くの用途において非常に重要であるため、線形モードで飛行時間質量分析計を操作する多くの不利な点(例えば顕著に低い質量分解能など)が許容される。脱着させイオン化するレーザーのエネルギーはこれらの用途のために増大され、時にはこれによりイオン収量が増大するだけでなく不安定性も増大する。ただし、ここではほとんど影響はない。
【0014】
飛行時間質量分析計でマススペクトルを取得するには一般に、非常に多くの個別スペクトルを測定し、次々と連続してデジタル化しなければならず、この個別スペクトルは通常、同じ飛行時間での測定ポイントを加えることによって合計され、総和スペクトルを形成する。
個別スペクトルそれぞれのイオンは、各スペクトルの紫外線パルスレーザーのレーザーフラッシュ1回によって生成される。個別スペクトルの測定ダイナミックレンジが低く、信号のノイズが高いため、総和スペクトルはこの方法で生成されなければならない。少なくとも約50、場合によっては1000を超える個別スペクトルがここで取得される。総和スペクトルは一般に、最新の質量分析計によって取得され数秒以内に集積された数百の個別スペクトルから成っている。
【0015】
微生物の同定については、通常は約2,000ダルトンから、高質量範囲の20,000ダルトンまでのマススペクトルが測定される。しかしながら、最高約3,000ダルトンまでの低い質量範囲における質量信号は、あまり高い信頼性を有してはいない。これは、種類および栄養状態と、たまたま存在している他のさまざまな物質に応じて、微生物の外側に付着した、脂肪酸からの、コーティングペプチドに大半が由来するものであるからである。
最良の同定結果は、3,000〜15,000ダルトンの質量範囲における質量信号のみが評価される場合に得られる。所定の条件によって起こり得るように、質量分解能が低いということは、1ダルトンずつ異なる質量信号を有する同位体群は、この質量範囲では解決されないことがあり得る。質量信号はよって、同位体群の範囲の形状を反映したものになる。
【0016】
この微生物同定方法には、他のタイプの微生物の信号と重なり合わないようなマススペクトルを得るため、「分離物」と呼ばれる同一の微生物の純粋培養が必要である。しかしながら、2つの微生物種の混合物のマススペクトルは、特別な方法によって評価することができ、両方の微生物種とも同定できることが判明した。この同定の確実性はわずかしか低下しなかった。2種を超える微生物種がマススペクトルに含まれる場合、同定の確率と同定の正確さは大きく低下する。
【0017】
微生物の同定は、敗血症と呼ばれる血流中の微生物感染症については特に重要である。微生物は通常、血中に連続的に放出されるか、または感染の未知の病巣から塊として放出される。病原種を非常に早期に同定し、できる限り早く適正な抗生物質で標的を絞った治療を開始することが重要である。
【0018】
質量分析による同定法は、PCR分析に匹敵する。PCR分析では、微生物のDNAのうち特定の遺伝子配列(プライマー対を選択的に機能させることにより特徴付けられる)がポリメラーゼ連鎖反応によって複製される。これらの方法は迅速であり、数時間以内に結果を得ることができる。しかしながらこれらPCR分析法では、適正なプライマー対を選択するために、微生物の種、属、科または綱をあらかじめある程度知っている必要がある。一般には、例えばグラム陽性菌かグラム陰性菌かの特徴による「粗い」分類のみが実施される。微生物種のレベルの判定は、個々の事例においてのみ可能であり、仮定に基づいた標的を非常に絞ったアプローチが必要である。この方法は通常、個々の、頻発し特に危険な病原体、例えば黄色ブドウ球菌に限定される。個々の微生物種の陽性同定は依然として、価値あるまぐれ当たりである。陰性同定の場合、そのような危険な微生物を除外できると知ることは確かに価値があるが、治療の基盤をもたらすものとはならない。すると、微生物種の正確な判定は、従来の微生物学的手法に委ねなければならないが、これには3〜5日はゆうにかかる。
【0019】
下記特許文献1では、体液から遠心分離または濾過により病原体を直接分離し、これにより微生物は沈殿物(遠心分離または濾過のペレット)から試料支持プレートに移すことができる、という方法が記述されている。この文書に記述されている、更に良い方法では、遠心分離管内で上澄みを除去した後、例えば数ミリリットルの強酸性にしたマトリックス溶液を加えることによって沈殿の微生物を分解し、次に、この放出されたタンパク質を含んだ溶液を質量分析試料支持プレートに移す。この分解は、遠心分離によって目に見えるペレットが生じないときであっても可能である。遠心分離ペレットの可視性限界は微生物約106個である。これに対し検出限界は約104個であるが、今後更に改善される可能性がある。104個の微生物は通常、100ピコグラムを超える可溶性タンパク質を含んでいるが、質量分析の検出限界はこれよりはるかに低い。透明な体液では培養段階は不要であるため、質量分析検査室で、体液の直接遠心分離法による同定を数分以内に実施することができる。
【0020】
圧倒的多数の症例において(70パーセントをはるかに上回る)、体液の急性微生物感染は単一の微生物種によってのみ起こるため、この微生物の直接遠心分離法または濾過法は成功を収めている。約15パーセントの低い割合で、2つの微生物種が関与しているが、これらの症例は両方とも、マススペクトルで認識することができる。急性感染症の病原体種の純度は、人体内または人体表面の他の微生物発現に比べ、明らかに対照的である。例えば、ヒト腸内の腸内細菌約1014個は少なくとも400種の細菌から成り、これらは互いに平衡関係を保って生存している。けれども、1ミリリットル当たり104個を超える非常に高濃度で微生物が存在する場合(体内体液としては非常に稀であるが)、直接遠心分離法のみが成功を収める。体液は一般に無菌であり、通常は微生物を一切含まない。
前記文書に記述されているように、この微生物を遠心分離またはマイクロフィルターで沈殿させる方法は、直接適用することができ、リンパ液、滑液、脳脊髄液、更には尿や涙液などの分泌体液にも高い成功率を収めている。例えば全血のように、内因性血球を含んでいる体液については、最初に血液を培養することによって微生物を成長させる中間ステップを導入する必要がある。これは、微生物の濃度が通常、1ミリリットル当たり0.5〜10個の範囲でしかなく、赤血球や白血球などの血球を完全かつ徹底的に破壊してヒトのタンパク質をすべて完全に排除してからとなる。上述の文書において、この破壊は、具体的に蒸留水の添加により実施されている。ヒトの血球の細胞膜は非常にデリケートで、水侵入の浸透圧により容易に破壊される。これは細胞の細胞壁がはるかに強固であるのに比べ対照的である。蒸留水を加えて遠心分離することを繰り返すことにより、十分にクリーンなペレットが得られ、これにはヒト血球の残留物はもはや含まれない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】独国特許出願公開第10 2007 058 516 A1号(国際公開第2009/065580 A1号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
しかしながら、出願者の研究室においてこの蒸留水添加方法を実施した実験では、洗浄と遠心分離のプロセスを数回繰り返した場合であっても、十分にクリーンな遠心分離沈殿を得るのには成功しなかった。沈殿は全く赤みがかっていなかったにもかかわらず、ヒトタンパク質信号の重なりが常に微生物タンパク質信号に干渉し、この沈殿からの同定が不確定になるほどまでになっていた。
【0023】
本発明は、血中の敗血症病原体のクリーンな分離のための迅速な方法を提供し、これにより質量分析同定を種または亜種のレベルまで行い、更に、病原体の他の検査も可能にするためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明は、上記特許文献1から知られる遠心分離または濾過による体液からの微生物の沈殿またはペレット化を介した直接沈殿のための方法に基づくが、血球破壊のために純蒸留水を使用する代わりに、強い界面活性剤(すなわち両親媒性の表面活性化物質)を使用するものである。強い陰イオン界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)は、タンパク質の変性化剤としてバイオテクノロジー分野でも使用されており、(1)微量の界面活性剤はMALDIなどのイオン化プロセスにおいてタンパク質およびその他の分析対象物のイオン化阻害剤として知られていること、および(2)SDSのような強い界面活性剤は微生物を殺すことが知られており、すなわち、微生物の増殖能力を破壊することにより殺菌剤として作用すること、という事実があるにもかかわらず、理想的であることが実証されている。
【0025】
特に単純な実施形態においては、血液培養から約1ミリリットルの血液へ、更なる前処理なしに界面活性剤を直接添加し、振盪器内で10〜30秒間よく混合する。好ましくはこの界面活性剤は、例えば5〜20%SDS水溶液を10μl〜200μlの形態の溶液として添加される。混合後すぐに、混合物を10,000gで2分間遠心分離にかけ、その上澄みを捨てる。ペレットが目に見える場合は、その沈殿は多くの場合、驚くべきことに透明な白色を呈する。界面活性剤の痕跡を完全に除去するには、ペレットを1ミリリットルの蒸留水で洗い、再び遠心分離にかける。その上澄みを再び捨てる。この沈殿物を、数マイクロリットルの蟻酸およびアセトニトリルを加えて取り出し、この溶液の1〜2マイクロリットルを質量分析試料支持体に移すことができ、ここでマトリックス溶液を添加し、乾燥させる。
【0026】
これらすべての調製工程は非常に迅速に実施できるため、試料支持プレート上での試料調製は、最長でも15分以内に質量分析測定が可能になる。試料支持プレートを質量分析計の真空イオン源に導入し、測定にもわずか数分しかかからないため、質量分析同定は30分未満で入手できるようになる。驚くべきことに、活性物質の中間使用にもかかわらず、ヒトタンパク質の干渉信号なしに、微生物のタンパク質プロフィールのクリーンなマススペクトルが得られ、測定は非常に高感度となる。
【0027】
この、質量分析同定のために血液試料から微生物を沈殿させる方法は、血液が1ミリリットル当たり104個を超える高い微生物レベルを有する場合にのみ実行できる。通常、患者から採取した元の血液ではこれに該当しない。通常の敗血症においては、生存し活性である微生物レベルは、「コロニー形成単位」(CFU)で測定され、0,5〜10CFU/mlの範囲である。感染した小児の場合に限り、最高で100CFU/mlおよびこれを超えるレベルを呈する。よって血中の微生物は、好適な血液培養フラスコに入れ最適な温度で好適な添加物と共に血液をインキュベートすることにより培養する必要がある。この培養は周知であり、ペトリ皿内での培養よりも顕著に迅速であり、特に重篤な感染症については、数時間から最長数日間以内に同定するための十分な微生物数をもたらす。非常にゆっくりと成長する微生物(一部のミコバクテリアなど)の場合のみ、数日から数週間の培養時間が必要になる。
【0028】
この方法は、事前の知識なしに、微生物の種または亜種までも分類できるという特有の利点を有している。形態学的(または顕微鏡的)検査や、生化学的基本反応、またはその他のタイプの予備検査は不要である。多くの微生物について、有効な抗生物質についての情報が利用可能であるため、医師は、微生物種を知ることによって、患者に対して標的を絞った治療をすぐに開始することができる。抗生物質に対する微生物種の耐性は、地域によって、あるいは病院によって異なり得るが、これも通常は既知である。敗血症で集中治療室にいる患者に対し、標的を絞った治療を早期に開始することは、患者にとって非常に有利であるだけでなく(救命の点から)、非常にコスト節約にもなる。
【0029】
強い界面活性剤(特にSDS)によって血球を溶解させるのは微生物学では周知ではあるが、この方法は通常は適用されない。SDSのような強い界面活性剤は殺菌剤であると見なされ、微生物の増殖能力は微生物学的同定法において重要だからである。けれどもこれは質量分析同定法には該当しない。というのは、保持される必要があるのは、細胞壁の構造完全性と内部タンパク質の化学的完全性だけであり、増殖能力ではないからである。しかしながら上述の本発明による非常に迅速な方法では、微生物がSDSに曝されるのは最長でも数分間だけであるため、この界面活性剤の抗生物質効果にもかかわらず驚くべきほど多くの微生物が生存してその増殖能力を保持し、血液からの微生物の分離および隔離の方法は、例えば耐性試験などの他の検査のために微生物を更に分離された形態で提供するためにも使用され得る。
【0030】
本発明は具体的に、微生物を破壊することなく、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に溶解させることに基づく。デリケートな血球細胞膜は主にリン脂質で構成されており、この非共有結合によって膜が形成されている。強い界面活性剤(特にSDS)は、タンパク質および脂質の非共有結合すべてを溶解させ、分子の三次構造および四次構造を破壊する。よって細胞膜は完全に溶解する。細胞核の膜や白血球の染色体を含む、血球の内部構造もまたSDSによって破壊されて溶解する。これらの溶解した構成部分はすべて、遠心分離後の上澄み液と共に、または濾過によって、除去される。白血球のDNAに関する複雑な状況については下記に述べる。
【0031】
一方、細菌の細胞壁は非常に安定である。これらは主に共有結合で架橋重合したムレインから成っている。この共有結合メッシュは、界面活性剤の溶解効果に耐える。この後の質量分析同定では、内部のタンパク質が失われていない限り、あるいはその一次構造が変化していない限り、微生物が死んでいるか(例えば内部タンパク質の三次または四次構造がほどけることによって)、それともこの方法中に増殖することができるかどうかは重要ではない。しかしながら多くの微生物では、本発明によるこの短時間の分離および隔離の手法でも、十分な数の微生物が残り、更なる培養のために増殖させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】通常レベルの白血球を有するすべての患者の血液について成功が知られている、単純な基本手順を説明する手順図である。
【0033】
【図2】高レベルの白血球数の場合、DNA凝集の問題を感度低下と引き換えに克服する手順図である。
【0034】
【図3】高レベルの白血球数の血液試料全てに適用できる、通常感度の手順図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の好ましい実施形態は、1ミリリットル当たり約104個を超える十分に高濃度の微生物を有する血液試料に基づくものである。非常に稀な症例においてのみ、これは医師が非常に急性の感染症を報告してきたときの、そのままの状態での供給血液であり得る。通常、本方法は数時間〜数日間、市販されている適切な血液培養フラスコ内で培養した血液に関連する。専門家には周知のように、この培養は通常、複数組の血液培養フラスコ内での複数組の血液試料で実施され、一方は好気性微生物用、もう一方は嫌気性微生物用とする。フラスコはすでに抗凝血薬と栄養物を含んでいる。血液を加えた後、摂氏37°のインキュベーター内でこれらをインキュベーションする。加えて、血液培養フラスコはすでに、多くの抗生物質の阻害剤または吸着材料を含んでいる。元の血液からの即座の同定が試みられた場合(これは将来、質量分析検出の感度が十分に発展した場合、より頻繁に可能になり得る)であっても、血液の未使用部分を培養する方が適切である。この血液は、元の血液での直接同定法が、十分に確かな同定をもたらさなかった場合の予備となる。
【0036】
微生物の十分な成長状態の指示薬が組み込まれている市販の特殊な血液培養フラスコが数種類存在する。多くの場合、これらの指示薬は、微生物によって生成された二酸化炭素の濃度増加の測定に基づいている。これらの血液培養フラスコは取扱いが容易であり、信号により微生物の十分な繁殖が自動的に示される。しかしながら出願者の研究室における研究では、この信号は質量分析同定のためにはかなり遅く現われることが示されている。十分な微生物繁殖が示される2〜4時間前の培養血で、成功した同定がすでに得られている。危険かつ臨界的な敗血症の症例では、よって、信号が現われるのを待つことなく、1時間または2時間ごと、あるいは適切な時間間隔で、培養血中の微生物の質量分析同定を試みることが適切であり得る。
【0037】
ペトリ皿で更に培養を行うため、血液から直接微生物を採取する昔からの方法は、血球の溶解と軟遠心分離を用いるもので、G.L.Dornによって1976年頃に開発された。溶解−遠心分離方法の開発により、有名な「Isolator(商標)」管がもたらされた。これは最初にDuPont社(米国ウィルミントン)によって市販され、次いでWampoleLaboratories社(米国ニュージャージー州クランバリー)によって、および最近ではOxoidLimited社(英国ベイジングストークハント)によっても市販されている。Isolator(商標)はCarter-Wallace社(米国ニューヨーク州ニューヨーク、郵便番号10105)の商標である。過去30年間で、数百万本のIsolator(商標)管が世界中で、特に白血球の一種であるヒトマクロファージ内から放出されたミコバクテリアを含む微生物を分離するために使用されてきた。「WampoleIsolator(商標)Manual」によれば、Isolator(商標)管には、(a)宿主細胞溶解のためのサポニン、(b)発泡抑制剤としてのポリプロピレングリコール、(c)抗凝血薬としてのポリアネトール硫酸ナトリウム(SPS)、(d)抗凝血薬としてのEDTA、(e)細菌濃縮のための、水と非混和性の液体プラスチックFluorinert(遠心分離クッションとして)が含まれる。サポニンにはさまざまなタイプが存在し、これらはすべて、異なる植物によって生成された天然の洗剤(界面活性剤)である。Isolator(商標)管内のサポニンは無毒化したサポニンであり、細菌を殺すことなく、ヒト血球の細胞壁を溶解させることができる。Isolator(商標)管は、30分間というかなり長い時間、微生物を傷めないようにする目的で、わずか3,000gで軟遠心分離を行うのに使用される。この方法の目的は、ペトリ皿内の好適な栄養物上での微生物の再培養のため、血液から活性微生物を抽出することである。
【0038】
この方法とは対照的に、本発明では、同定の妨げとなり得るヒトタンパク質の痕跡をすべて除去する絶対的な必要性を伴う、質量分析同定のため培養血から純化微生物の迅速な回収を目的としている。各種微生物同定法のために重要な微生物の増殖能力は、質量分析同定法では不要である。というのは、保持される必要があるのは、細胞壁の構造的完全さと内部タンパク質分子の化学的完全さのみであり、増殖能力ではないからである。質量分析同定法では、内部タンパク質の三次構造および四次構造がほどけることによって変質した場合、何の役割も果たさない。しかしながら上述の本発明による非常に迅速な方法では、微生物がSDSに曝されるのは最長でも数分間だけであるため、SDSの抗生物質効果にもかかわらず多くの微生物ではその増殖能力が保持されることになり、血液からの微生物の分離および隔離の方法は、例えば耐性試験などの他の検査のために微生物を更に分離された形態で提供するためにも使用され得る。
【0039】
非常に単純ながら、培養血から微生物を隔離および分離する方法の、すでに非常に成功を収めている実施形態を、図1に示す。最初に、約1ミリリットルの血液を数本の特殊遠心分離管それぞれに充填し、界面活性剤溶液を加え、よく攪拌する。この界面活性剤は好ましくは溶液として、例えば5〜20パーセントSDS溶液(好ましくは10パーセント)を20〜200マイクロリットル(好ましくは100マイクロリットル)の形態で添加される。数本の遠心分離管を充填することにより、遠心分離のバランスをとることができ、信頼性の高い同定のために確認試料をすぐに得ることも可能になる。振盪器で10〜30秒間混合した後、遠心分離管内の血液試料を10,000gで2分間遠心分離にかける。例えば取り外し可能な先端を備えた従来型のピペットを用いて、深赤色の上澄み液を除去する。ここで微生物の沈殿を取り出し、蒸留水で洗浄し、更に遠心分離にかけた後、分離された微生物の沈殿が残り、これはもし目に見える場合は完全に白色である。臨界的な(critical)場合にのみ、この洗浄手順を繰り返してヒトタンパク質のすべての痕跡を除去する必要がある。各洗浄プロセスは、合計の手順時間を約2〜3分延長させるだけである。
【0040】
SDS溶液は容易に泡立ち、固い泡は数時間または数日間も残り、その液の使用が難しくなってしまうため、SDS溶液の取扱いには注意が必要である。好ましい態様では、泡抑制剤(消泡剤)をSDS溶液に添加してもよい。いくつかのタイプの消泡剤が市販されている。消泡剤適用の原理は、Isolator(商標)管よりすでに知られている。
【0041】
最後に上澄みを除去した後、微生物の可溶性タンパク質を抽出する必要がある。これは、物理化学的方法で細胞壁を破壊し、タンパク質を溶かすことによって成し遂げることができる。この抽出は通常、単に70パーセント蟻酸を約数マイクロリットル添加することによって実施される。蟻酸は微生物の細胞壁のペプチドグリカン(ムレイン)を激しく攻撃し、細胞構造を破壊する。次に同量のアセトニトリルを加え、できるだけ多くのタンパク質を溶解させる。稀な場合に限り、超音波または機械的破壊などの他の方法が必要になる。この可溶性タンパク質の溶液を遠心分離にかけて、例えば細胞壁フラグメントなどの固体成分を沈殿させ、約1マイクロリットルの上澄みをそれぞれ、MALDI試料支持プレートの試料スポットにピペットで移す。乾燥させた後、約1マイクロリットルのマトリックス物質溶液(好ましくはHCCAまたはDHBを水およびアセトニトリル中に溶かし、少量のトリフルオロエタン酸を加えた溶液)を試料調製物それぞれに加える。これらの手順はすべて、血液試料を充填した数本の遠心分離管に対して同時に実施する。乾燥させた後、試料支持プレート上の試料調製物は、マススペクトル取得の準備ができたことになる。分析する血液試料が他にもある場合は、同時に作業し、同じMALDI試料支持プレートの他の試料スポットに試料調製物を置くことができる。
【0042】
MALDI試料支持プレートは、試料スポットが48個、96個、および384個の、いろいろなタイプのものが市販されている。例えば、疎水性環境において直径約2ミリメートルの親水性アンカー部分を含む試料支持プレートがある。そのアンカー部分では、移した溶液が直径約2ミリメートルの半球形液滴を形成する。別の市販試料支持プレートは、試料スポット上に組み込まれたマトリックス物質層(HCCA)を含む。単回使用の試料支持プレートは、直径2ミリメートルの目に見えるレーザー彫りリングを有しており、液滴が広がるのがこれで阻止される。これらの試料支持プレートはすべて、本発明による方法の一部として質量分析測定に適切に使用することができる。
【0043】
測定試料の単純な調製方法は、幅広くさまざまな方法で改変することができる。1つのオプションは、マトリックス物質(例えばHCCA)の薄い層をすでに有している試料支持プレートを使用することである。次に蟻酸およびアセトニトリルの上澄みを、この薄層の上に直接ピペットで移す。この薄層は、マトリックス結晶の表面にあるすべてのタンパク質を即座に吸着する性質を有しており、これにより、約1分後に残る液を除去することができる(例えばピペットで、または単に吸収紙を用いて)。これで、塩や残留界面活性剤などの不純物も除去される。所望により次にアセトニトリル1滴を添加することにより、薄層の小さな結晶上にタンパク質を埋め込むことができ、これにより感度を高めることができる。
【0044】
遠心分離により微生物を沈殿させる代わりに、マイクロ濾過により微生物を沈殿させ、洗浄することもできる。界面活性剤の添加により、血球の細胞膜およびその内部構造が実質的に完全に溶解するため、微生物の純粋な分離も、マイクロ濾過によって得られる。
【0045】
血液から微生物を分離し、測定試料の調製を行うためのこれらプロセスには、合計で約10〜15分しかかからない。ここで、試料調製された試料支持プレートを、通常の方法で、真空ロックを介して、市販の質量分析計のイオン源に導入する。質量分析計は約5分で作動可能になる。紫外線パルスレーザーが200ヘルツで作動する質量分析計では、使用可能な集積スペクトルを得るために、1つの測定試料から十分な数の個別スペクトルを取得するのに、わずか数秒しかかからない。よってマススペクトルの取得は、1分後に完了することができる。(最近ではMALDI-TOF質量分析計は2キロヘルツレーザーを備えたものが市販されている)。
【0046】
また、「Biotyper」(ドイツ・ブレーメンのBrukerDaltonik社)のように、マススペクトルを用いて微生物の順次同定を行うコンピュータープログラムも市販されている。良好なマススペクトルから微生物同定を行うのに必要な時間は、コンピューターの性能、参照スペクトルのライブラリのサイズ、および類似性分析のアルゴリズムに依存する。質量分析計に、市販のコンピューターを用いて、確認試料を含む試料のマススペクトルの同定を行うには、わずか数秒から最長でも数分しかかからない。よって微生物の同定は、血中の微生物培養成功終了から30分でデジタルまたは印刷の形式で入手できる。
【0047】
微生物の純粋な沈殿を取得し、次に質量分析法による同定を行うこれらの単純な方法はすべて、病院に初めて搬送されてきた通常の患者から採取した血液で、非常に首尾良く機能する。本発明の最も単純な実施形態の同定成功率は95パーセントを超える。
【0048】
しかしながら、慢性かつ原因が全く不明の疾患を有する患者が最終的に徹底的な検査と特殊治療を受けるような最終段階として、高度に専門化した病院も存在する。
稀少かつ難しい疾患を有する患者を擁するそのような種類の病院では、最高40パーセントの血液試料が、SDS溶液で処理した後、深赤色液中に隠れて浮遊する大きな粘液塊を形成する。これらの粘液プラグは、未知の割合の微生物を抱き込んでいる。熟練した当業者は、更なる治療のために、プラグ周囲から液の一部をピペットで採取することができるが、この方法は難しく、未知の要素により検出限度が低下する。ある研究では、これらの粘液塊は主に過剰に増加した白血球のDNAを含んでおり、おそらくは血液の凝固したタンパク質と混合していることが示唆されている。患者は通常、血中の白血球数の非常な増加を示している。
【0049】
この問題には、いくつかの解決策がある。第1の非常に単純な解決策では、血液を蒸留水で2倍〜10倍(好ましくは約5倍)に希釈してから、SDS溶液を追加し得る。5倍に希釈することによって成功率は90パーセントを超えるまでに増加するが、同じ1 ml遠心分離管を使用した場合にはこの方法の感度は5分の1に低下する。臨界的な場合においては、より多くの微生物を産生に必要なだけ培養時間を延長することができないことがある。
【0050】
凝固の問題に関する第2の解決策では、SDS溶液添加の前に血液試料を遠心分離する方法を使用することができる。おそらくはSDS溶液の添加前に血液の凝固タンパク質すべてを除去することによって、この成功率は改善される。本発明のこの非常に好ましい実施形態は、専門病院での標準手順として導入することができ、ここにおいて遠心分離管に最初に充填した血液は、界面活性剤溶液を添加することなく最初に遠心分離にかけられる。何百種ものタンパク質と、追加された栄養物および抗凝固剤を含んだ、上澄みの透明な血漿が次に除去され、界面活性剤(例えば1パーセントSDS溶液)を合計最高1ミリリットル、管に入れて、深赤色の沈殿だけを取り出す。
この深赤色の沈殿は、微生物だけでなく、1ミリリットルの血液に由来する500万個の赤血球、7000個の白血球、20万個の血小板を通常含んでおり、振盪器内で追加された界面活性剤と混合されることにより、血球の細胞膜が破壊され、可溶性タンパク質が放出される。この深赤色溶液を再び遠心分離にかけ、今度は上澄みが深赤色のままとなり、沈殿はもし見える場合は純白となる。この上澄みを除去し、界面活性剤溶液を充填し、遠心分離にかけるプロセスを、ここで繰り返して行い、血球の最後の残留物すらも除去することができる。このプロセスを純蒸留水を用いて繰り返すことにより、界面活性剤を除去することができる。この界面活性剤は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)を阻害する可能性があるためである。上澄みを最後に除去した後、その沈殿物は、目に見えるものであるか否かを問わず、上述の方法で分解され、可溶性タンパク質は試料支持プレートに移される。
【0051】
血液凝固の問題に対処する第3の解決策では、SDS溶液を特殊な抗凝固剤を入れて調製し、粘液プラグの形成を阻害することができる。この問題解決策は、第2の問題解決策と組み合わせることができる。
【0052】
第4の解決策では、1種類以上のヌクレアーゼを添加することによって粘液プラグを溶解させることができる。
【0053】
最終洗浄段階の後に沈殿が目に見える場合は、本発明の別の実施形態を適用することができ、これにはスワブを用いて少量の微生物を試料支持プレート状に移すことが含まれ、このプレートで通常通り調製することができる。この従来のスワブ技法を用いたときのマススペクトルは、遠心分離管内で酸を用いる分解技法でのマススペクトルとかなりの度合で類似している。ここで相違が明らかな場合、両タイプの試料調製のマススペクトルを、ライブラリ内に参照スペクトルとして入力することができる。
【0054】
本発明は、血中の微生物病原体の信頼できる同定方法を提供するものであり、これは以前の微生物学的方法よりはるかに単純かつ迅速であり、また、ゲル上またはペトリ皿上での微生物培養を介して実際的に常に実施することができる。本発明は、培養手順後に血液から直接、純化した微生物(十分な種純度で存在している)を入手でき、これはヒトの体内または別の場所の表面で生じている微生物の場合とは異なる。PCR分析方法とは異なり、この同定は、事前の知識なしに実施することができ、微生物種または亜種のレベルでの同定を直接導くことができる。他のいかなる同定方法も、速さと信頼性においてこれより劣っている。
【0055】
本発明は特に、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に破壊することに依存しており、これにより微生物が非常に純粋な形態で得られ、血球由来の内因性血液タンパク質が同定に干渉しない。微生物細胞の構造は、血球とは対照的に、このプロセスでは破壊されない。デリケートな血球細胞膜は主にリン脂質で構成されており、この非共有結合によって膜が形成されている。タンパク質および脂質に対する界面活性剤、特にSDSの効果は、特に、すべての非共有結合を破壊し、これにより細胞膜および細胞構造分子の三次構造および四次構造を破壊することに依存している。細胞膜およびすべての細胞内構造はこれにより完全に溶解し、界面活性剤は可溶化剤として作用する。細胞膜のリン脂質はそれ自体が両親媒性であり、すなわち界面活性剤特性を有しており、ミセルを形成することによって他の界面活性剤によりナノコロイド的に溶解し得る。細胞核の膜や白血球の染色体を含む、血球の内部構造も、SDSによって破壊されほとんど溶解する。これらの溶解した構成部分はすべて、遠心分離後の上澄みと共に、またはマイクロ濾過によって、除去される。
【0056】
一方、細菌の細胞壁は非常に安定である。これらは主に共有結合で架橋することにより重合したムレイン(ペプチドグリカン)から成っている。グラム陽性菌については、テイコ酸と更に架橋しており、テイコ酸自体も重合している。これらの共有結合したメッシュ構造は、少なくとも数分間という短時間では、界面活性剤の溶解作用に耐える。この後の質量分析同定のためには、内部のタンパク質が放出されていない限り、またはその一次構造に変化がない限り、微生物がこの方法で死滅するかどうかは関係がない。しかしながら多くの微生物では、本発明によるこの短時間手法でも、十分な数の微生物が生存したままであり、更なる培養のために増殖させることができる。
【0057】
本方法は驚くべきほどに単純である。このようにして得られた、分離された微生物の同定は、従来方法に従っているが、しかしながらこれは通常、培養培地上で分離したコロニーを成長させることによる、ある1種の微生物の分離に基づいている。この分離は自動的に存在する。というのは、急性の感染症では、1種類だけ、または多くとも2種類の微生物だけが、病原体として見出されるからである。これは、感染血からこれら微生物を分離することで、十分に純粋な微生物培養物(分離物)を代表するだけの微生物量が提供される、ということを意味する。2種類の微生物が存在する場合であっても、この方法は依然として十分満足できる状態で機能する。
【0058】
血中微生物の同定方法を単純化するため、すぐ使えるように界面活性剤および消泡剤との混合物を備えた分析キットを製造し、市販することも可能となる。この混合物は、追加の抗凝固剤とヌクレアーゼを更に含んでいてよい。これら混合物の滅菌部分は、簡単に血液試料を満たすことができるような、すぐに使用可能な真空遠心分離カップを含み得る。この分析キットは更に、沈殿した微生物からのタンパク質抽出、あるいは、質量分析試料支持プレート上の試料調製のために、マトリックス溶液からのタンパク質抽出を行うための純化溶液を含んでいてもよい。一方向質量分析試料支持プレートであっても、この分析キット内に含まれ得る。
【0059】
微生物分離および隔離の方法が、同定に必要なよりも多い遠心分離管で実施される場合(例えば1ダースの遠心分離管で実施される場合)、分離された微生物沈殿の一部は、例えば微生物の耐性を判定するため、抗生物質の存在下で培養試行を行う従来の機能方法を用いる、更なる診断目的のためにも使用することができる。
【0060】
内因性細胞から蓄積された微生物を分離する方法は、血液に適用することはできず、また膿瘍やその他の炎症患部に使用することもできない。これらは内因性細胞を含んでいるためである。この一例が、化膿性患部、すなわち生きている微生物と、部分的に消化された微生物とが、これらと戦った特定タイプの白血球と混合して蓄積したものである。この場合も、内因性細胞は界面活性剤溶液で溶解させることができる。更なる例は、炎症を起こした鼻の粘液であり、これは鼻の粘膜からスワブで採取され、この微生物の同定は大きな関心の的である。この種の試料は、他の粘膜からも採取され得る。
【0061】
上述の方法において、微生物のマススペクトルは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)を備えた質量分析計で取得された。これは通常の方法であるが、必ずしも唯一の方法ではない。微生物の可溶性タンパク質溶液は、例えばエレクトロスプレーによってイオン化させることもできる。この種のイオン化は、約600〜1,600ダルトンの質量範囲において多価イオンの大幅な重なり合いを生じるため、必然的に高分解能を備えた質量分析計が必要となる。直交イオン注入を備えた飛行時間質量分析計(OTOF-MS)や、イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(ICR-MS)またはその他の高分解能質量分析計を、この質量分析計として使用することができる。
【0062】
エレクトロスプレーイオン化によって形成されたイオンのさまざまな電荷レベルは、微生物スペクトルを取得するため、数学的に組み合わせることができる。ただし、物理的な電荷低減を実施することも可能である。これには、正電荷のタンパク質イオンと、好適な負電荷イオンとを一緒に、エレクトロスプレーイオン源と分析器との間にあるイオン反応器内に入れ、これによりタンパク質イオンの脱プロトン化を起こすことが含まれる。これらは、質量分析計内に導入することができるが、より大きい質量範囲を扱うことが可能でなければならない。
【0063】
イオン化の更なる方法は周知であり、本明細書において使用することができる。有利な方法は、例えば、大気圧化学イオン化(APCI)である。分子は、液体を微粒子にし、その液滴を蒸発させることによって、または、弱い非イオン化レーザー離脱(「レーザアブレーション」)によって、化学イオン化に導かれる。この化学イオン化は実際的に、単価イオンのみを供給するため非常に好ましいが、これも、十分に大きな質量範囲を備えた質量分析計を必要とする。
【0064】
本発明の知識によって、本明細書に記述された方法は、幅広い方法で当業者により改変され得る。これらの改変の一部は上記にすでに説明されている。また、血液、膿瘍、またはその他の炎症組織から微生物を直接分離する基盤において、微生物同定のための望ましい情報を有する微生物マススペクトルを生成することができる更なる方法も存在する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液中の微生物の質量分析同定方法であって、
界面活性剤を添加することにより、該血液培養からの血液試料の血球を溶解させる工程と、
遠心分離または濾過によって該微生物を沈殿させる工程と、
該微生物のマススペクトルを取得する工程と、
該マススペクトルによって該微生物を同定する工程と、を含む、方法。
【請求項2】
前記血液中の十分な数の微生物が、培養によって産生される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
遠心分離によって沈殿した前記微生物を洗浄し、再び遠心分離にかける、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が使用される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記界面活性剤が溶液として添加される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記界面活性剤溶液が消泡剤を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記血液試料に抗凝固剤が添加される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記血液試料に1つ以上のヌクレアーゼが添加される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で1:2〜1:10の希釈率で希釈される、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で約1:5の希釈率で希釈される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記血液試料が遠心分離され、その上澄みを除去してから、前記界面活性剤溶液が添加される、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記沈殿微生物が物理化学的手段によって分解される、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記沈殿微生物が、蟻酸またはトリフルオロエタン酸などの酸を含む溶液と、アセトニトリルなどの有機溶媒とによって分解される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
質量分析試料支持プレート上での測定試料の前記調製が、前記沈殿微生物の可溶性タンパク質が埋め込まれている結晶のマトリックス物質を使用して実施される、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
測定試料の前記調製が、マトリックス溶液を添加する質量分析試料支持体上に、前記沈殿物の微生物の一部を移すことを含む、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記質量分析測定が、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)によるイオン化を備えた飛行時間質量分析計で実施される、請求項14または15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記沈殿微生物が、抗生物質に対する耐性を判定するために使用される、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
質量分析同定のために、血液、膿瘍、炎症組織試料、または粘膜のスワブ採取試料から、ヒトタンパク質による汚染なしに、純粋な形態で微生物を採取するための方法であって、
血液、膿瘍、炎症組織試料、または粘膜のスワブ採取試料の内因性ヒト粒子は界面活性剤によって破壊され、前記微生物は遠心分離または濾過によって沈殿物として液から分離される、方法。
【請求項19】
消泡剤を備えた界面活性剤のすぐ使用できる溶液をさらに含む、請求項1〜18のいずれか1項に記載の、血中微生物の質量分析同定のための、分析キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2012−532618(P2012−532618A)
【公表日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−520014(P2012−520014)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【国際出願番号】PCT/EP2010/060098
【国際公開番号】WO2011/006911
【国際公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【出願人】(512005944)ブルーカー ダルトニック ゲーエムベーハー (1)
【Fターム(参考)】