説明

敗血症治療用水溶液及びその包装体

【課題】敗血症に起因する多種多様な臓器不全に対して、総合的に改善効果を示し、これらの諸症状を総合的に改善する、敗血症治療剤を提供する。
【解決手段】重炭酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液を敗血症患者に投与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敗血症治療用水溶液及びその包装体に関する。
【背景技術】
【0002】
敗血症は、細菌によって引き起こされる全身性炎症反応症候群(SIRS)であり、病原微生物による直接的侵襲、およびこれに対する生体反応としての過剰な炎症性メディエータ産生が相乗的に作用する結果生じる病態で、急性肺損傷(acute lung injury:ALI)、急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)などの臓器機能障害を高率に併発する。敗血症の治療に関して、2004年に複数学会協賛による国際診療ガイドラインが公表されている(非特許文献1)が、未だ十分なものではない。
【0003】
敗血症が進むと、肺、肝臓、膵臓、腎臓等多くの臓器が機能不全に陥り、例えば、膵臓障害によるインシュリン分泌の低下により、高血糖となる。非特許文献2には、敗血症患者における血糖管理について、外科系ICUに入室した患者に対しては、インスリンを投与することにより厳格な血糖コントロールを行うことにより、長期生存率が改善することが記載されるものの、内科系ICUの患者に対しては厳格な血糖コントロールによる長期生存率の有意な改善効果は得られなかったとの報告もなされ、血糖値の管理だけをとってもまだまだ検討すべき課題は多い。
【0004】
また、例えば、腎不全が起こると、尿量が極端に減るか全くでなくなり、尿素窒素のような代謝性老廃物が血液にたまってきて、種々の障害を引き起こす。
これらの多種多様な臓器不全に対して、総合的に改善効果を示し、敗血症のこれらの諸症状を総合的に改善する、敗血症治療剤の開発が望まれる。
【0005】
一方、上記ガイドライン(非特許文献1)には、敗血症の標準的治療の手順の中に、炭酸水素塩を投与することが記載されているが、これは敗血症に伴う乳酸アシドーシスに対して、それを補正するために用いられるものであり、上記のような敗血症の進行に伴う多種多様な臓器の機能不全の根本的な治癒を目的としたものではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Dellinger RP, Carlet JM, et al. Crit Care Med 2004、vol32、No.3、p.858〜873
【非特許文献2】伊藤壮一、藤島清太郎、治療学 vol.40、No.5、2006、p.61〜65
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の課題は、敗血症に起因する多種多様な臓器不全に対して、総合的に改善効果を示し、これらの諸症状を総合的に改善する、総合的な敗血症治療剤を提供することである。
更には、本発明の目的として敗血症に起因する血糖や血中の尿素窒素の上昇を抑え、敗血症の病状を改善し得る敗血症治療用水溶液ならびに当該敗血症治療用水溶液中の重炭酸イオンの減少を防止し得る包装体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記課題は、重炭酸イオンを含有する水溶液を適用することにより解決されることが見出された。
従来、敗血症治療には、抗生剤の投与が必須であり、敗血症の進行による上記腎臓の障害等によりアシドーシスがみられたときには、その是正のため重炭酸イオン配合液の投与が行われてきた。また、アシドーシスは糖尿病性ケトアシドーシス、慢性腎不全、嘔吐、下痢等様々な要因で生じる病態であり、これら原因の如何に拘わらずアシドーシスになれば血液pHの改善のため重炭酸イオンの投与が行われてきたのが現実である。しかし、本発明者らは、敗血症モデル動物を作成し、重炭酸イオン配合液を投与したところ、アシドーシスの有無に拘わらず、抗生剤の投与を必要とせずに敗血症の改善に顕著な効果があることを見出し本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、下記の構成の敗血症治療用水溶液及びその包装体に関するものである。
【0009】
(1)重炭酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液。
(2)重炭酸イオンを含有し、更にナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、クロールイオン、クエン酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液。
(3)上記(1)又は(2)に記載の敗血症治療用水溶液を炭酸ガス透過性の容器に充填し、その後、炭酸ガス非透過性の外袋に収容する際に、当該容器と外袋の空間部を炭酸ガス雰囲気とした敗血症治療用水溶液の包装体。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、敗血症に起因する多種多様な臓器不全に対して有効に作用し、総合的に優れた治療効果を有する敗血症治療用水溶液及びその包装体を提供することができる。
本発明の敗血症治療用水溶液及びその包装体は、極めて簡易に得ることができ、かつ、患者に対しても極めて簡便に投与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の重炭酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液は、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸水素カリウム、その他の炭酸水素塩の単独の水溶液やこれら各塩と他の成分とからなる水溶液等のいずれでもよい。水溶液の重炭酸イオン濃度は、特に限定されるものではないが、通常10〜50mEq/L程度の範囲にあり、特に好ましくは20〜40mEq/Lである。
【0012】
その他の成分としては、従来公知の電解質輸液剤に用いられるものを適宜選択して用いることができる。
例えば、塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化カリウム、ヨウ化カリウム、クエン酸カリウム、酢酸カリウム、塩化カルシウム、クエン酸カルシウム、グリセロリン酸カルシウム、グルコン酸カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の種々の電解質を挙げることができる。中でも、クエン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムが好ましい。
これらの電解質の濃度も特に限定的ではないが、ナトリウムイオン濃度は50〜150mEq/L、カリウムイオン濃度は1〜25mEq/L、カルシウムイオン濃度は2〜5mEq/L、マグネシウムイオン濃度は1〜3mEq/L、クエン酸イオン濃度は1〜5mEq/L、クロールイオン濃度は40〜150mEq/Lが好ましい。
【0013】
また、ソルビトール、キシリトール等の糖源を添加してもよい。更に、クエン酸、酢酸、乳酸、コハク酸、炭酸ガス等のpH調整剤を添加して、pHを5.8〜8.8に、好ましくはpHを6.8〜7.8に調整するのが望ましい。
【0014】
本発明の敗血症治療用水溶液は、医療用のガラス製容器及びプラスチック製容器等に収容、充填して用いることができる。医療用プラスチック容器としては、従来より医療分野で用いられている各種のものを用いることができ、例えば、ポリエチレン製、ポリプロピレン製、ポリ塩化ビニル製のものや、これらを適当な比率で配合又はラミネートしたもの等を用いることができる。医療用プラスチック製容器を用いる場合には、炭酸ガス非透過性の高い、液体非透過性の外包装材を用いることが好ましい。炭酸ガス非透過性を有する包装材としては、例えばポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニリデン、ナイロン等の材質のものやこれらの表面に更に酸化珪素、酸化アルミニウム等の無機物を蒸着させたものや、これら各種材質の多層フィルムからなるものを例示できる。水溶液を安定化させるために、本発明の水溶液を炭酸ガス透過性のプラスチック製容器に充填し、これを上記炭酸ガス非透過性を有する包装材にて包装し、更に、該容器と包装材との空間部を炭酸ガスを含有するガス雰囲気としてもよい。
上記、医療用プラスチック容器に用いる材料としては、炭酸ガス透過率が室温約23℃、相対湿度約40%RHで、500(ml/m・24hr)以上、包装材の炭酸ガス非透過率は、室温約23℃、相対湿度約40%RHで、50(ml/m・24hr)以下のものが好適に使用し得る。
【0015】
これらの容器や包装材の形状、大きさ等に特に制限はなく、一般には長方形や円筒形のものがよく用いられる。容器の内容量は一般的には約20ml程度から3L程度の範囲が汎用され、本発明でもかかる容器を用いるのが好ましい。
【0016】
本発明の水溶液は、注射剤として用いることが好ましい。包装材の大きさは、容器を収容できることを前提として特に制限されるものではなく、前記容器の約1.2〜3倍容量程度の大きさであるのが望ましい。
【0017】
上記容器と包装材との空間部を炭酸ガス雰囲気とするための手段としては、例えばまず第1に炭酸ガスと空気との混合ガスや炭酸ガスと窒素ガスとの混合ガス、更には空気と炭酸ガスにヘリウム等の希ガスを混合させた炭酸ガスを含有する混合ガスを上記空間部に封入する方法が採用できる。この方法において用いられる混合ガスの炭酸ガス濃度は、プラスチック製容器に充填される薬液の種類、特にその炭酸水素イオン濃度及びpHに応じて適宜決定される。製造後の薬液のpHが所定の範囲内にある場合には、空間部に封入する炭酸ガスは薬液の炭酸ガス分圧にほぼ等しくなるようにすればよい。
【0018】
また、上記容器と包装材との空間部を炭酸ガス雰囲気とするための他の手段としては、例えば上記空間部に存在する酸素ガスを吸収してこれに対して一定割合の容積の炭酸ガスを放出する、炭酸ガス発生型酸素吸収剤を上記空間部に封入する手段を挙げることができる。この炭酸ガス発生型酸素吸収剤としては、例えば三菱瓦斯化学株式会社製「エージレスG」及び同「エージレスGM」や凸版印刷株式会社製の鮮度保持剤Cタイプ等を例示することができる。
【実施例】
【0019】
以下に、実施例および試験例に基づき本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0020】
〔実施例1〕
ポリエチレン製薬液バッグ(平均厚み:250μm)に充填した下記表1の組成の重炭酸塩含有薬液500mlを高圧蒸気滅菌(滅菌後のpH:7.4)後、炭酸ガス7%+空気83%+ヘリウム10%の混合ガスで置換して、ナイロン(厚さ:15μm)/ポリビニルアルコール(厚さ:12μm)/LLDPE(厚さ:40μm)の構成のラミネート袋中に封入して、本発明薬液容器包装体を得た。
【0021】
【表1】

【0022】
〔比較例1〕
下記に示す成分を含有する代謝性アシドーシス改善剤であるラクテック注(商品名。株式会社大塚製薬工場製)を比較例1とした。
【0023】
【表2】

【0024】
〔試験例1:敗血症治療効果の検証(血液生化学的検査、サイトカインの測定)〕
1.群分け
6週齢のSlc:SD系雄性ラットを、ラット用飼料(CRF−1)(日本チャールス・リバー株式会社製)で7日間馴化期間を設けた後4群に分け、単開腹後カテーテル留置術のみの群をA群(n=12)、残りの3群は敗血症モデルとしてCLP術を行い、その後カテーテル留置術のみ行った群をB群(n=11)、カテーテル留置術の後さらに試験液として実施例1記載の組成の水溶液を6時間頸静脈に持続投与(4ml/kg/時間)した群をC群(n=12)、カテーテル留置術の後さらに試験液として比較例1記載の組成の水溶液を6時間頸静脈に持続投与(4ml/kg/時間)した群をD群(n=12)とした。
【0025】
〔敗血症モデルの作成(CLP術)〕
上記の敗血症モデルの作成(CLP術)については、以下のとおりに実施した。
ラットを麻酔下で、皮膚切開部位をあらかじめイソジンアルコールにて消毒し、腹部正中線に沿って開腹後、盲腸を剖出し、内容物の流動性を高めるように揉んだ。引き続き、回盲弁を温存して盲腸根部を絹糸で結紮した。18G注射針を用い、盲腸を2箇所穿孔し、それぞれの孔から内容物をわずかに浸出させた後、盲腸を腹腔に戻し閉腹した。
【0026】
〔カテーテル留置術〕
上記のカテーテル留置術については、以下のとおりに実施した。
麻酔下、頸部皮膚切開部位をあらかじめイソジンアルコールにて消毒し、ラット頸部を切開し、右外頸静脈にカテーテルを留置し頸部切開部を縫合した。カテーテルの逆端は皮下を経由して背部に導出し、ジャケット式ハーネスを装着した。カテーテル留置術後は代謝ケージに一匹ずつ収容した。
【0027】
2.試料採取
試験液を6時間の持続投与直後に全群エーテル麻酔下で開腹して腹部後大動脈から全採血を行った。採取した血液を遠心分離(約1900g、4℃、10分)し、分離後の血漿をそれぞれの検査用に分注し、−80℃で保存した。
【0028】
3.検査
敗血症の指標となるサイトカインIL−6について、ELISAキットを用いてマイクロプレートリーダーヴィエントXS(大日本製薬株式会社製)により測定し、血液生化学的検査項目の中からグルコース、尿素窒素について自動分析装置7170(株式会社日立ハイテクノロジーズ製)により測定した。
【0029】
4.結果
(1)血漿中のIL−6濃度
測定結果を表3に示す。B〜D群のIL−6濃度は、敗血症の影響でA群と比較して明らかに高値を示した。B〜D群の3群間では大差は見られないものの、実施例1を投与したC群で最も低値を示した。
【0030】
【表3】

【0031】
(2)血漿中のグルコース濃度
測定結果を表4に示す。B群のグルコース濃度は敗血症の影響でA群と比較して明らかに高値を示した。術後比較例1を投与したD群では、敗血症の影響によるグルコースの上昇は抑制される傾向にあった。術後実施例1を投与したC群では、グルコースの上昇はD群よりもさらに抑えられ、A群とほぼ近い値を示した。
【0032】
【表4】

【0033】
(3)血漿中の尿素窒素濃度
測定結果を表5に示す。B群の尿素窒素は敗血症の影響でA群と比較して高値を示した。また、術後比較液1を投与したD群では、敗血症の影響による尿素窒素の上昇は抑制される傾向にあり、術後実施例1を投与したC群では、尿素窒素の上昇はD群よりもさらに抑えられた。
【0034】
【表5】

【0035】
〔試験例2:敗血症治療効果の検証(生存率)〕
1.試験方法
6週齢のSlc:SD系雄性ラットを、ラット用飼料(CRF−1)(日本チャールス・リバー株式会社製)で7日間馴化期間を設けた後3群に分け(各群n=15)、敗血症モデルとしてCLP術を行い、その後カテーテル留置術のみ行った群をE群、カテーテル留置術の後さらに試験液として実施例1を12時間頸静脈に持続投与(4ml/kg/時間)した群をF群、カテーテル留置術の後さらに試験液として比較例1を12時間頸静脈に持続投与(4ml/kg/時間)した群をG群とし、試験液の持続投与時間経過時に各群の死亡数を確認した。
【0036】
2.結果
各群の死亡数から生存率を求め、表6に示した。
【0037】
【表6】

【0038】
試験液を投与しなかったE群のラットは、8頭死亡し生存率は46.7%であった。比較例1記載の水溶液を投与したG群のラットでは2頭の死亡がみられ生存率が86.7%であったのに対し、実施例1記載の水溶液を投与したF群では死亡例はみられず生存率は100%であった。
【0039】
上記の結果から、本発明の重炭酸イオンを含む水溶液は、敗血症に起因する種々の臓器不全に伴う種々の症状の改善に総合的に且つ有効に作用して症状を緩和し、敗血症の治療剤として極めて有効であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の敗血症治療用水溶液は、敗血症の治療に有効である。更に、本発明の敗血症治療用水溶液及びその包装体は極めて簡便に製造することができ、また、注射剤とすることで、患者に対しても有効量を持続的に、且つ簡便に投与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重炭酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液。
【請求項2】
重炭酸イオンを含有し、更にナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、クロールイオン、クエン酸イオンを含有する敗血症治療用水溶液。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の敗血症治療用水溶液を炭酸ガス透過性の容器に充填し、その後、炭酸ガス非透過性の外袋に収容する際に、当該容器と外袋の空間部を炭酸ガス雰囲気とした敗血症治療用水溶液の包装体。

【公開番号】特開2012−153683(P2012−153683A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16846(P2011−16846)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000149435)株式会社大塚製薬工場 (154)
【Fターム(参考)】