説明

文化財用表打ち材料及びそれを用いた文化財修復方法

【課題】 壁画等を損傷なしに修復するのに使用する表打ち材料、及び修復方法を提供する。
【解決手段】 石壁上に描画漆喰層が設けられた壁画の修復又は保存に用いる表打ち材料は接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、石壁から描画漆喰層を剥離するときに描画漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、透明プラスチックフィルム間及び表打ち材料と描画漆喰層との間の接着層はセルロース誘導体又は布海苔からなり、もって接着層を溶解するが透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて、描画漆喰層に損傷を与えないように透明プラスチックフィルムを一枚ずつ剥離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、古墳壁画、洞窟壁画、書画等の文化財の修復時に使用する表打ち材料及びそれを用いた文化財修復方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古墳壁画、洞窟壁画、書画等の文化財は、美術史上重要である。しかし、例えばキトラ古墳の壁画の現状を挙げると、絵画が描かれた漆喰層(描画層)の多くの部分が石壁(担体)から剥離しており、落下する危険性が高い。また掛軸、巻子、屏風、襖等の書画は、絵や文字が描かれた本紙(描画層)と裏打ち層(担体)とが部分的に剥離していることが多い。裏打ち層が剥離していると、本紙に凹凸が生じ易く、このことが巻き解きの際に本紙が擦れる原因となる。絹本絵画の場合、本紙料絹から膠の膠着力が失われると、裏彩色層の剥離や、料絹の欠失の原因となる。そのため傷んだ文化財を早急に修復し、保存を図る必要がある。
【0003】
そこで、壁画の剥離した描画層と担体とを接着する方法が提案されている。例えば、バーミヤーン仏教壁画の修復方法として、消石灰及びセルロースパルプを主成分とする充填材、並びにメチルセルロース、アクリル樹脂及びセルロースパルプを主成分とする充填材を、岩盤と描画層(顔料及び膠着材の混合物)との間隙に埋める方法が提案されている(大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行:非特許文献1)。
【0004】
しかし、漆喰層を有する古墳壁画を接着法により修復する場合、(1) 広範囲に剥離した漆喰層の裏側に万遍なく接着剤を塗布するのは困難であり、十分に接着できない、(2) 将来接着剤が漆喰層表面に滲み出して汚れが生じる可能性がある、(3) 剥離した漆喰層と石壁の間隙に、安全に除去するのが困難な岩石片、カビ胞子等が存在し、これらを除去しないまま接着すると、漆喰層に新たな亀裂が生じたり、内部からカビが生じたりする可能性があるといった問題がある。
【0005】
そこで、漆喰層を石壁から剥ぎ取って石室の外で保存処理する方法が検討されている。具体的な剥ぎ取り作業は、壁画の損傷を防止するため、漆喰層の表面に合成樹脂を塗布し、レーヨン紙及び和紙の積層体を貼る表打ちを行った後、漆喰層の割れ目にヘラを入れて漆喰層を外す手順で行われる[例えば“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>:非特許文献2]。
【0006】
レーヨン紙及び和紙の積層体からなる表打ち材料は、壁画を転移させる時に漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、漆喰層から剥がす時に漆喰層に損傷を与えない程度の柔軟性を有する。しかし漆喰層の表面にレーヨン紙及び和紙を貼ると、剥ぎ取られる漆喰層の状況、剥ぎ取り作業の進行状況等が表側から視認できないという問題がある。
【0007】
一方、書画を修復する場合、裏打ち層を取り替える方法がとられている。裏打ち層を除去する方法の一つとして、本紙の損傷を防ぐために、本紙の表面全体にレーヨン紙を接着する表打ちを行った後、裏打ち層を除去する方法がある(例えば“肌裏紙の除去について”、(online)、株式会社岡墨光堂、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://www.bokkodo.co.jp/gijutsu_hadaura.html>:非特許文献3)。
【0008】
裏打ち層を除去した本紙を修復する場合、本紙の裏側から修復する。しかし表打ち材料としてレーヨン紙を用いると、修復される絵の状況、修復作業の進行状況等を、本紙の表側から視認できず、修復作業が困難であり、熟練した技術を要する。また肌裏紙(本紙に直接接着する裏打ち)にも模様や絵が描かれている場合、新たな肌裏紙の絵と本紙の絵の位置合わせをしなければならないが、本紙の表側から視認できないので、位置合わせの微調整が困難であった。
【0009】
よって、文化財の描画層を担体から転移させるのに使用する表打ち材料には、転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、描画層の表面を視認可能な透明性を有し、描画層から剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の柔軟性を有することが求められる。
【0010】
【非特許文献1】大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行
【非特許文献2】“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>
【非特許文献3】“肌裏紙の除去について”、(online)、株式会社岡墨光堂、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://www.bokkodo.co.jp/gijutsu_hadaura.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明の目的は、文化財の描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、描画層の表面を視認可能な透明性を有し、描画層から剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の柔軟性を有する表打ち材料、及びそれを用いた文化財の修復方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、積層した透明プラスチックフィルムからなる表打ち材料は、文化財の描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、描画層の表面を視認可能な透明性を有し、描画層から剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の柔軟性を有することを見出し、本発明に想到した。
【0013】
すなわち、本発明の第一の表打ち材料は、石壁上に描画漆喰層が設けられた壁画の修復又は保存に用いる表打ち材料であって、(a) 前記表打ち材料は接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記描画漆喰層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付けた後に前記石壁から前記描画漆喰層を剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、(b) 各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、(c) 前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画漆喰層との間の接着層はセルロース誘導体又は布海苔からなり、もって前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画漆喰層から剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えないことを特徴とする。
【0014】
本発明の第二の表打ち材料は、本紙からなる描画層と裏打ち層とを有する書画の修復に用いる表打ち材料であって、(a) 前記表打ち材料は接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記描画層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付けた後に前記裏打ち層を前記描画層から剥離するときに前記描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、(b) 各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、(c) 前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画層との間の接着層はセルロース誘導体又は布海苔からなり、もって前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画層から剥がすときに前記描画層に損傷を与えないことを特徴とする。
【0015】
かかる表打ち材料において、前記透明プラスチックフィルムは、ポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアクリルウレタン、セルローストリアセテート、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、アイオノマー樹脂及びポリ塩化ビニルからなる群から選ばれた少なくとも一種の透明樹脂からなるのが好ましい。前記透明プラスチックフィルム一枚の厚さは5〜500μmであるのが好ましい。
【0016】
石壁上に描画漆喰層が設けられた壁画を表打ち材料を用いて修復又は保存する本発明の方法は、(1) 前記描画漆喰層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付け、(2) 前記石壁から前記描画漆喰層を剥離し、(3) 前記描画漆喰層に裏打ち材を貼り付け、(4) 前記描画漆喰層から前記表打ち材料を剥離する工程を有し、前記表打ち材料は、接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記石壁から前記描画漆喰層を剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画漆喰層との間の接着層にセルロース誘導体又は布海苔を使用し、前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画漆喰層から剥離することにより、前記描画漆喰層に損傷を与えずに前記表打ち材料を剥離することを特徴とする。
【0017】
上記方法において、前記壁画を挟んで対向配置された一対の平行なレールと、両レール上の対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、前記スライダに支持された一対のリールと、一方のリールから繰り出されて他方のリールに巻き取られるダイヤモンドワイヤと、前記リールを駆動する手段と、前記ダイヤモンドワイヤに張力を付与するように各スライダに設けられたロールとを有するワイヤソー装置を使用し、前記ダイヤモンドワイヤを前記石壁と前記描画漆喰層との界面に沿って走行させることにより前記石壁から前記描画漆喰層を剥離するのが好ましい。
【0018】
本紙からなる描画層と裏打ち層とを有する書画を表打ち材料を用いて修復する本発明の方法は、(1) 前記描画層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付け、(2) 前記裏打ち層を前記描画層から剥離し、(3) 前記描画層に接着層を介して新たな裏打ち層を貼り付け、(4) 前記描画層から前記表打ち材料を剥離する工程を有し、前記表打ち材料は、接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記裏打ち層を前記描画層から剥離するときに前記描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画層との間の接着層にセルロース誘導体又は布海苔を使用し、前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画層から剥離することにより、前記描画層に損傷を与えずに前記表打ち材料を剥離することを特徴とする。
【0019】
前記セルロース誘導体はハイドロキシプロピルセルロース及び/又はメチルセルロースであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の表打ち材料は、文化財の描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、描画層の表面を視認可能な透明性を有し、描画層から剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の柔軟性を有する。本発明の表打ち材料を用いると、描画層に損傷を与えずに、容易に文化財を修復したり、保存したりすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の文化財用表打ち材料は、担体及びその表面に設けられた描画層を有する文化財(例えば古墳壁画、洞窟壁画、書画等)に貼り付け、描画層を担体から転移させるのに使用する。ここで「担体」とは、描画層に直接接着して描画層を支持する層を意味する。担体は、石、土、木、紙、織物、金属等からなる。古墳壁画又は洞窟壁画の場合、例えば石壁、土壁等を担体として有し、書画の場合、例えば少なくとも肌裏紙を含む裏打ち層を担体として有する。
【0022】
「描画層」とは、彩色材料により描かれたり、彩色されたりした絵、模様及び文字を有し、担体に支持された層を意味する。描画層としては、例えば彩色材料のみからなる層、下地に彩色材料が含浸又は付着した層、彩色材料及び樹脂(例えば漆、膠等)からなる混合層、彩色材料及び砂又は岩石微粉からなる混合層、これらの表面に保護層を有するもの等が挙げられる。彩色材料としては、例えば顔料、染料、墨等の絵具;金属箔;金属粉等が挙げられる。彩色材料の下地としては、漆喰、白土、漆、紙、絹織物等からなる。保護層を構成する材料としては、漆、膠等が挙げられる。古墳壁画の場合、例えば絵具を用いて絵画が描かれた漆喰製下地を描画層(以下単に「描画漆喰層」とよぶことがある)として有し、洞窟壁画の場合、例えば絵具と膠の混合物を用いて形成された絵画又は模様を有する層を描画層として有する。書画の場合、例えば絵具、金箔等を用いて絵、模様、文字等が描かれた本紙を描画層として有する。
【0023】
[1] 文化財用表打ち材料
図1は本発明の文化財用表打ち材料の一例を示す。表打ち材料1は、担体から転移させた描画層に損傷を与えないように剥がす必要があるので、柔軟性を有する透明プラスチックフィルム10の積層体により構成されており、描画層から剥がす時に最外側のフィルム10から一枚ずつ剥がす。図示の例では、表打ち材料1は、接着層11を介して積層された六枚の透明プラスチックフィルム10からなる。フィルム10は、その引き剥がしの開始が容易となるように、表打ち材料1の一方の端部が階段状となるように積層されている。
【0024】
(a) 透明プラスチックフィルム
透明プラスチックフィルム10を構成する透明樹脂は特に制限されず、例えばポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアクリルウレタン、セルローストリアセテート、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、アイオノマー樹脂、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。中でもポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン及びポリウレタンが好ましい。
【0025】
ポリエステルフィルムは脂肪族系ポリエステル及び芳香族系ポリエステルの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。脂肪族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸の炭素数は2〜6が好ましい。脂肪族系ポリエステルの具体例として、ポリブチレンサクシネートが挙げられる。ポリブチレンサクシネートフィルムの市販品として、例えば「ビオノーレ」(昭和高分子株式会社製)が挙げられる。芳香族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び芳香族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオールの炭素数は2〜6が好ましい。芳香族ジカルボン酸として、例えばテレフタル酸が挙げられる。芳香族系ポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートが好ましい。ポリエチレンテレフタレートフィルムの市販品として、例えば「メリネックス」(帝人デュポンフィルム株式会社)が挙げられる。
【0026】
ポリスチレンフィルムは、スチレン単独重合体、スチレン−ブタジエン共重合体、スチレン−アクリロニトリル共重合体及びこれらの混合物のいずれからなるものであってもよい。好ましくは、スチレン単独重合体又はこれとスチレン−ブタジエン共重合体の混合物である。ポリスチレンフィルムの市販品として、例えば「プラバン」(アクリサンデー株式会社)が挙げられる。
【0027】
ポリオレフィンフィルムはポリエチレン及びポリプロピレンの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。ポリエチレン及びポリプロピレンは、単独重合体及び他のオレフィンとの共重合体のいずれでも良い。ポリエチレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレン、ブテン-1、ペンテン-1、ヘキセン-1、4-メチルペンテン-1、オクテン-1、酢酸ビニル、メタクリル酸メチル、スチレン等のα−オレフィン、ブタジエン、1,5-ヘキサジエン、1,7-オクタジエン、1,9-デカジエン等のジオレフィン等が挙げられる。ポリプロピレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレンを除く上記α−オレフィン及びジオレフィン、並びにエチレンが挙げられる。
【0028】
ポリウレタンフィルムは公知のポリウレタンからなるもので良い。ポリウレタンとして、例えばジイソシアネート、ポリオール及び低分子ジオールを主成分として反応させたものが挙げられる。ジイソシアネートは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリオールとしては、ポリエーテルポリオール及びポリエステルポリオールが好ましい。低分子ジオールは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリウレタンフィルムの市販品として、例えば「ユニグランドXN」(日本ユニポリマー株式会社)が挙げられる。
【0029】
透明プラスチックフィルム10は、透明性を損なわない限り、上記透明樹脂以外に熱可塑性エラストマー及び/又はゴムを含んでもよい。熱可塑性エラストマーは、オレフィン系、スチレン系、ウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系及び塩ビ系のいずれでもよい。オレフィン系エラストマーとして、例えばエチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-非共役ジエン共重合体等が挙げられる。ゴムとしては、ジエン系ゴム(例えばイソプレンゴム等)及び非ジエン系ゴム(例えばブチルゴム等)のいずれでもよい。
【0030】
透明プラスチックフィルム10は、必要に応じて、可塑剤、酸化肪止剤や紫外線吸収剤等の安定剤、帯電防止剤、界面活性剤、流動性の改善のための潤滑剤、無機充填剤等の添加剤を適宜含有しても良い。
【0031】
(b) 透明プラスチックフィルムの厚さ
フィルム10の柔軟性は、主として厚さを選択することにより調整する。フィルム10一枚当たりの厚さは、描画層の種類、傷み具合、フィルム10を構成する樹脂等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、フィルム10一枚当たりの厚さは5〜500μmが好ましく、10〜400μmがより好ましい。特に古墳壁画の描画漆喰層を転移させる場合、フィルム10一枚当たりの厚さは10〜500μmが好ましく、50〜400μmがより好ましい。書画の本紙を転移させる場合、フィルム10一枚当たりの厚さは5〜300μmが好ましく、10〜250μmがより好ましい。
【0032】
(c) 透明プラスチックフィルムの柔軟性
フィルム10は、作業環境(約0℃〜約40℃)において十分な柔軟性を有する必要がある。具体的には、フィルム10は、半径1mm程度の小さな曲率で湾曲させた場合でも折れが生じないのが好ましい。折れが生じると、文化財を傷つける恐れがある。フィルム10はまた、二つ折りにした場合でも破断しない程度の強度を有するのが好ましい。
【0033】
(d) 表打ち材料の厚さ
表打ち材料1の厚さ(フィルム10の合計厚)は、描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度であればよく、描画層の種類、傷み具合等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、古墳壁画の描画漆喰層を転移させる場合、表打ち材料1の厚さは100〜3,000μmが好ましく、200〜2,400μmがより好ましい。限定的ではないが、書画の本紙を転移させる場合、表打ち材料1の厚さは10〜1,800μmが好ましく、20〜1,600μmがより好ましい。
【0034】
(e) 接着剤
接着層11を形成する接着剤としては、フィルム10を剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の接着力を有するものが好ましい。そのような接着剤として、セルロース誘導体又は布海苔が挙げられる。セルロース誘導体としてはハイドロキシプロピルセルロース及びメチルセルロースが好ましい。接着剤として、特開2005-336386号に記載の布海苔抽出物接着剤を使用してもよい。この接着剤は、布海苔を常温の水で抽出することにより得られる。これらの接着剤は、フィルム10に塗布する時に、溶媒により希釈した上で用いるのが好ましい。溶媒としては、接着剤を溶解するがフィルム10を溶解しないものが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0035】
[2] 古墳壁画の修復・保存方法
(a) 手順
古墳壁画は、石壁を担体としており、その上に設けられた漆喰製下地に絵画が描かれた描画層を有する。古墳壁画を保存する方法の一つとして、描画漆喰層を石壁から剥ぎ取った上で修復し、保存する方法がある。本発明の表打ち材料は、描画漆喰層を剥ぎ取る時に、その損傷防止(例えば顔料等の剥落防止)のために用いる。以下古墳壁画の修復方法について、図面を用いて詳細に説明する。
【0036】
図2(a)に示すように、石壁3から剥ぎ取る描画漆喰層2に、接着層12を介して表打ち材料1を貼る。接着層12は、予め表打ち材料1の一面に接着剤を塗布し、形成する。接着剤は上記と同じでよい。表打ち材料1は、少なくとも剥ぎ取る描画漆喰層2の範囲をカバーする形状であればよい。図2(b)に示すように、描画漆喰層2に接着した表打ち材料1を、緩衝材70を介して、壁に固定した複数の長板状支持具7で押さえながら、ワイヤソー、へら、ナイフ等の切削具を用いて、石壁3から描画漆喰層2を除々に剥がす。切削具としてワイヤソーを使用する場合、図2(b)に示すように、石壁3と描画漆喰層2の界面においてダイヤモンドワイヤ6を走行させながら、ワイヤ6をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させるのが好ましい。
【0037】
表打ち材料1は透明であるので、剥ぎ取る描画漆喰層2の状況、作業の進行状況等を視認しながら、剥ぎ取り作業を行うことができるという利点がある。そのため表打ち材料1を用いると、従来の不透明な紙からなる表打ち材料を用いる場合に比べて、剥ぎ取り作業が非常に容易となる。
【0038】
図2(c)及び(d)に示すように、描画漆喰層2を転移させた表打ち材料1が落ちないように、長板状支持具7を順次除きながら、表打ち材料1の表面に、一面に接着層13を設けた支持板4を貼る。接着層13に用いる接着剤も上記と同じでよい。支持板4は、剛性が高く、軽量であるのが好ましい。具体的には、支持板4は、ポリプロピレン、ポリカーボネート等のプラスチックのダンボール構造体からなるのが好ましい。必要に応じて、支持板4を複数重ねてもよい。
【0039】
図2(e)に示すように、描画漆喰層2、表打ち材料1及び支持板4の一体物を、石壁3から離隔し、水平に安置する。必要に応じて、表打ち材料1に支持させた状態で描画漆喰層2の裏面(石壁3に接していた面)から、クリーニング等の修復処理を施す。描画漆喰層2のクリーニング方法として、例えばレーザー光を照射する方法、過酸化水素水で酸化還元する方法等を用いることができる。
【0040】
図2(f)に示すように、描画漆喰層2の裏面に、接着層14を介して、紙により裏打ち材5を設ける。紙としてはレーヨン紙及び和紙が好ましい。接着層14に用いる接着剤も上記と同じでよい。描画漆喰層2に損傷を与えないように、表打ち材料1から支持板4を除々に剥がした後、図2(g)に示すように、最外側のフィルム10から一枚ずつ順に剥がし、表打ち材料1を除く。柔軟なフィルム10を一枚ずつ剥がすことにより、描画漆喰層2に掛かる負荷を小さくできるので、描画漆喰層2に損傷を与えずに表打ち材料1を除去することができる。限定的ではないが、フィルム10を剥がす速度は0.5〜10 mm/秒が好ましく、1〜6mm/秒がより好ましい。特に描画漆喰層2に直接接着したフィルム10を剥がす速度は0.5〜3mm/秒が好ましく、1〜3mm/秒がより好ましい。フィルム10は、一端から一方向に剥がしても良いし、両端から剥がしても良い。必要に応じて、接着剤を溶解するがフィルム10を溶解しない溶媒を、フィルム10の層間やフィルム10と描画漆喰層2との間に注入し、接着層11及び12を溶解させながらフィルム10を剥がしても良く、これにより描画漆喰層2に掛かる負荷を一層小さくできる。特に描画漆喰層2に直接接着したフィルム10は、接着層12を溶媒に溶解させながら剥がすのが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0041】
表打ち材料1を除いた状態(図2(h)参照)とした後、裏打ち材5に支持させた状態で描画漆喰層2の表側からクリーニング等の修復処理を施すのが好ましい。クリーニング方法は上記と同じでよい。修復処理後の描画漆喰層2は、石壁3から分離した状態で保管室等で保存するか、石室の元の位置に貼り直した状態で保存するか、石壁3を解体した石材に貼り直して保管室等で保存する。
【0042】
(b) ワイヤソーによる描画漆喰層剥離方法
以下、ワイヤソーによる描画漆喰層剥離方法について詳細に説明する。図3〜5は、描画漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す。この例の装置は、壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレール100,100と、両レール100,100上のほぼ対向位置に設けられ、レール100,100に沿って移動自在な一対のスライダ200,200と、支持部材300を介して各スライダ200に支持され、ダイヤモンドワイヤ6の繰り出し及び巻き取りを行ってワイヤ6を走行させる一対のリール500,500と、リール500,500を駆動させる手段600,600と、各スライダ200に設けられたロール200a、210、220及び230とを有する。
【0043】
リール500を駆動させる手段600としてはモータが好ましい。支持部材300,300は部材300aにより接続されている。そのためリール500,500は、レール100,100に沿って一体的に移動できる。レール100,100は、両端部が部材130,130により接続されて平行が保持されている。
【0044】
各レール100の内側面には、その長手方向に延在する一対の対向する溝100a,100bが設けられている。スライダ200は、レール100の溝100a,100bにより移動自在に挟持された滑り板240を有している。そのためリール500,500は、レール100,100に沿ってスムーズに移動できる。またワイヤソー装置を配置する壁面の角度に関わらず、リール500,500がレール100,100に保持される。そのためワイヤソー装置は、側壁のみならず、天井壁に配置しても、支障なく使用できる。滑り板240の代わりに、溝100a,100bにより転動自在に挟持される車輪を設けてもよい。
【0045】
スライダ200には、リール500側から順に、ガイドロール200a,210,220及び230が設けられている。ガイドロール200a,220及び230は、レール100,100と平行な軸線を有する。一対のガイドロール210,210は、ガイドロール200a及び230の軸線を通る面に対してほぼ垂直な軸線を有する。ガイドロール200a,210及び220には、ワイヤ6をガイドする溝が設けられている。最も壁面に近いガイドロール230の下面は、レール100,100の壁接触面110とほぼ同じ高さとなっている。このような四段のガイドロール200a,210,220及び230を設けることにより、レール100,100の壁接触面110,110を通る面とほぼ平行にワイヤ6を走行させることができ、また装置の運転中における描画漆喰層2の厚さ方向及びスライダ移動方向のワイヤ6のブレを抑制したり、ワイヤ6に適度な張力を掛けたりすることができる。ワイヤ6に掛ける張力(長さ当りの張力)は、0.5〜10 kgf/mの範囲内が好ましい。
【0046】
ダイヤモンドワイヤ6の構造は特に制限されず、公知のものでよい。ダイヤモンドワイヤ6は、通常多数のダイヤモンドビーズを所定間隔で鋼製ワイヤの外周に固定した構造を有する。ダイヤモンドビーズは、鋼製ワイヤに金属バインダにより電着されていてもよいし、樹脂バインダを介して固着されていてもよい。限定的ではないが、ワイヤ6の直径は0.1〜0.5 mmが好ましい。ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmが好ましい。ワイヤ6の長さは特に制限されず、剥離する描画漆喰層2の面積に応じて適宜設定する。
【0047】
レール100,100の間隔及び長さは、剥離する描画漆喰層2の面積に応じて適宜設定する。レール100,100は壁面の形状に合わせた形状とすればよい。例えば装置を平らな壁面に配置する場合、図示の例のように、レール100,100は直線状でよい。装置をアーチ型の天井壁に配置する場合、レール100,100は配置部位の曲率に合わせた円弧状のものとすればよい。
【0048】
図6に示すように、ワイヤソー装置を壁面に配置し、描画漆喰層2に接着した表打ち材料1を、緩衝材70を介して、複数の長板状支持具7で押さえる。ワイヤソー装置はボルト等を用いて石壁3に固定すればよい。長板状支持具7はレール100,100に設けられた穴120,120に差し込むことにより固定する。
【0049】
駆動手段600により一方のリール500から繰り出されたワイヤ6は、スライダ200に設けられたガイドロール200a,210,220及び230を介して、石壁3と描画漆喰層2の界面に沿って走行し、ガイドロール230,220,210及び200aを介して、他方のリール500に巻き取られる。図6及び図7に示すように、石壁3と描画漆喰層2の界面においてダイヤモンドワイヤ6を走行させながら、スライダ200,200をレール100,100に沿って移動させ、ワイヤ6をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させると、描画漆喰層2を石壁3から剥がすことができる。走行するワイヤ6により、描画漆喰層2の石壁3に対する接触面に沿って描画漆喰層2が切削されるものと推測される。
【0050】
限定的ではないが、描画漆喰層2の周囲の無地の漆喰層は、予めヘラ等を用いて除去しておくのが好ましく、これにより石壁3と描画漆喰層2の界面にワイヤ6を通すのが容易となる。この場合、ワイヤソー装置のレール100,100を、露出した石壁3上に配置すればよい。ただし必要に応じて、描画漆喰層2の周囲の無地の漆喰層を残した状態で、無地の漆喰層上にワイヤソー装置のレール100,100を配置してもよい。この場合、石壁3と描画漆喰層2の界面にワイヤ6を通すために、描画漆喰層2の近傍の無地の漆喰層の割れ目等からワイヤ6を挿入する。
【0051】
ワイヤ6の走行速度は20〜100 m/分が好ましく、30〜60 m/分がより好ましく、45〜55 m/分が特に好ましい。スライダ200,200の移動速度は、描画漆喰層2の厚さ、傷み具合等に応じて適宜設定する。スライダ200,200の移動速度は、5〜50 mm/分が好ましく、6〜30 mm/分がより好ましく、10〜20 mm/分がより特に好ましい。スライダ200,200は手動で移動させればよいが、必要に応じてモータ等の駆動手段を設けて電動で移動させてもよい。
【0052】
[3] 書画の修復方法
紙、絹等に描かれた絵画、書跡等の書画の装訂には、掛軸装、巻子装、屏風装、襖装等がある。一般的に書画は、少なくとも肌裏紙(本紙に直接接着する裏打ち)を含む裏打ち層を担体としており、その上に絵、模様、文字等が描かれた本紙からなる描画層が設けられている。本紙の表側に表装を有する場合もある。本発明の表打ち材料は、書画を修復する時に、本紙を保護するために用いる。以下書画の修復方法について、図面を用いて詳細に説明する。
【0053】
図8(a)に示すように、接着層15を介して本紙20の全面に表打ち材料1を貼る。接着層15に用いる接着剤は上記と同じでよい。表装を有する場合、表装を本紙20から取り外した後、本紙20に表打ち材料1を貼る。図8(b)に示すように、本紙20から裏打ち層30を剥がす。裏打ち層30を剥がすには、公知の方法を用いればよい。例えば裏打ち層30側から水分を浸透させ、本紙20と裏打ち層30の間の接着層16を溶解させた後、裏打ち層30を除去する方法を用いる。
【0054】
図8(c)に示すように、表打ち材料1で支持した状態で本紙20を修復する。本紙20に見られる主な損傷は、虫損等による欠失や顔料の剥落である。欠失した部分は、修復用の紙や絹で補填し、補彩する。欠失部を補修する方法として、例えば特許第3335309号に記載の方法を利用することができる。特許第3335309号に従えば、(a) 本紙20の画像データから欠失部パターンのみを抽出した画像データを求め、(b) 欠失部パターンの画像データから補紙パターンの画像データを作成し、(c) 補紙パターンの画像データを出力装置より出力して開口シートを作成し、(d) 開口シート上に支持シートを重ね、紙繊維を含有するスラリーを注ぐことにより支持シート上に補紙を作成するか、開口シートに紙繊維を含有するスラリーを注ぐことにより補紙を作成し、(e) 補紙を本紙20の欠失部に充填することにより、欠失部を補修することができる。
【0055】
顔料の剥落は、合成樹脂を用いて修理する。表打ち材料1は透明であるので、補紙の充填、補彩、合成樹脂による剥落止め等が施される本紙20の状況を、本紙20の表側から視認しながら、修復作業を行うことができるという利点がある。そのため表打ち材料1を用いると、従来の不透明な紙からなる表打ち材料を用いる場合に比べて、修復作業が非常に容易となる。
【0056】
図8(d)に示すように、本紙20の裏面に、接着層16'を介して、少なくとも肌裏紙を含む裏打ち層30'を新たに設ける。接着層16'に用いる接着剤も上記と同じでよい。必要に応じて、肌裏紙の上に増肌裏紙及び総肌裏紙を設けてもよい。肌裏紙にも模様や絵が描かれている場合、本紙20の絵と肌裏紙の絵の位置合わせをしなければならないが、表打ち材料1は透明であるので、位置合わせの微調整が容易であるという利点がある。そのため表打ち材料1を用いると、従来の不透明な紙からなる表打ち材料を用いる場合に比べて、裏打ち作業が非常に容易となる。
【0057】
裏打ち層30'を設けた後、図8(e)に示すように、最外側のフィルム10から一枚ずつ順に剥がし、表打ち材料1を除く。フィルム10を剥がす速度は上記と同じでよい。上記と同様に、接着剤を溶解するがフィルム10を溶解しない溶媒により、接着層11及び15を溶解させながら、フィルム10を剥がしても良い。表打ち材料1を除いた状態(図8(f)参照)とした後、必要に応じて本紙20の表側から修復処置を行ってもよい。修復方法は上記と同じでよい。
【0058】
以上の通り、図面を参照して本発明の文化財用表打ち材料及びそれを用いた文化財修復方法を説明したが、本発明はそれに限定されず、その趣旨を変更しない限り種々の変更を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の文化財用表打ち材料の一例を示す断面図である。
【図2(a)】図1の表打ち材料を描画漆喰層に貼り付けた状態を示す断面図である。
【図2(b)】描画漆喰層を石壁から剥離する様子を示す断面図である。
【図2(c)】描画漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼る様子を示す断面図である。
【図2(d)】描画漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼り付けた状態を示す断面図である。
【図2(e)】描画漆喰層、表打ち材料及び支持板の一体物を、石壁から離隔した状態を示す断面図である。
【図2(f)】描画漆喰層に裏打ち材を設けた状態を示す断面図である。
【図2(g)】描画漆喰層から表打ち材料を剥離する様子を示す断面図である。
【図2(h)】描画漆喰層から表打ち材料を除去した状態を示す断面図である。
【図3】描画漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す平面図である。
【図4】図3のワイヤソー装置の斜視図である。
【図5】図3のワイヤソー装置の部分拡大斜視図である。
【図6】図3のワイヤソー装置により描画漆喰層を石壁から剥離する様子を示す斜視図である。
【図7】図3のワイヤソー装置により描画漆喰層を石壁から剥離する様子を示す平面図である。
【図8】図1の表打ち材料を用いて書画を修復する手順を示す断面図であって、(a)は本紙に表打ち材料を貼り付けた状態を示し、(b)は本紙から裏打ち層を剥がす様子を示し、(c)は本紙から裏打ち層を剥がした状態を示し、(d)は本紙に新たな裏打ち層を設けた状態を示し、(e)は本紙から表打ち材料を剥離する様子を示し、(f)は本紙から表打ち材料を除去した状態を示す。
【符号の説明】
【0060】
1・・・表打ち材料
10・・・透明プラスチックフィルム
11・・・接着層
2・・・描画漆喰層
3・・・石壁
4・・・支持板
5・・・裏打ち材
6・・・ダイヤモンドワイヤ
7・・・長板状支持具
12,13,14,15,16,16'・・・接着層
20・・・本紙
30・・・裏打ち層
70・・・緩衝材
100・・・レール
100a,100b・・・溝
110・・・壁接触面
120・・・穴
130・・・接続部材
200・・・スライダ
200a,210,220,230・・・ロール
240・・・滑り板
300・・・支持部材
300a・・・接続部材
500・・・リール
600・・・駆動手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石壁上に描画漆喰層が設けられた壁画の修復又は保存に用いる表打ち材料であって、(a) 前記表打ち材料は接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記描画漆喰層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付けた後に前記石壁から前記描画漆喰層を剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、(b) 各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、(c) 前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画漆喰層との間の接着層はセルロース誘導体又は布海苔からなり、もって前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画漆喰層から剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えないことを特徴とする表打ち材料。
【請求項2】
本紙からなる描画層と裏打ち層とを有する書画の修復に用いる表打ち材料であって、(a) 前記表打ち材料は接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記描画層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付けた後に前記裏打ち層を前記描画層から剥離するときに前記描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、(b) 各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、(c) 前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画層との間の接着層はセルロース誘導体又は布海苔からなり、もって前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画層から剥がすときに前記描画層に損傷を与えないことを特徴とする表打ち材料。
【請求項3】
石壁上に描画漆喰層が設けられた壁画を表打ち材料を用いて修復又は保存する方法であって、(1) 前記描画漆喰層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付け、(2) 前記石壁から前記描画漆喰層を剥離し、(3) 前記描画漆喰層に裏打ち材を貼り付け、(4) 前記描画漆喰層から前記表打ち材料を剥離する工程を有し、前記表打ち材料は、接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記石壁から前記描画漆喰層を剥離するときに前記描画漆喰層に損傷を与えない程度の強度を有し、各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画漆喰層との間の接着層にセルロース誘導体又は布海苔を使用し、前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画漆喰層から剥離することにより、前記描画漆喰層に損傷を与えずに前記表打ち材料を剥離することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法において、前記壁画を挟んで対向配置された一対の平行なレールと、両レール上の対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、前記スライダに支持された一対のリールと、一方のリールから繰り出されて他方のリールに巻き取られるダイヤモンドワイヤと、前記リールを駆動する手段と、前記ダイヤモンドワイヤに張力を付与するように各スライダに設けられたロールとを有するワイヤソー装置を使用し、前記ダイヤモンドワイヤを前記石壁と前記描画漆喰層との界面に沿って走行させることにより前記石壁から前記描画漆喰層を剥離することを特徴とする方法。
【請求項5】
本紙からなる描画層と裏打ち層とを有する書画を表打ち材料を用いて修復する方法であって、(1) 前記描画層に接着層を介して前記表打ち材料を貼り付け、(2) 前記裏打ち層を前記描画層から剥離し、(3) 前記描画層に接着層を介して新たな裏打ち層を貼り付け、(4) 前記描画層から前記表打ち材料を剥離する工程を有し、前記表打ち材料は、接着層を介して積層した透明プラスチックフィルムからなるとともに、前記裏打ち層を前記描画層から剥離するときに前記描画層に損傷を与えない程度の強度を有し、各透明プラスチックフィルムは半径1mmの曲率で湾曲させた場合でも折れが生じない程度の柔軟性を有し、前記透明プラスチックフィルム間の接着層及び前記表打ち材料と前記描画層との間の接着層にセルロース誘導体又は布海苔を使用し、前記接着層を溶解するが前記透明プラスチックフィルムを溶解しない溶媒を用いて前記透明プラスチックフィルムを一枚ずつ前記描画層から剥離することにより、前記描画層に損傷を与えずに前記表打ち材料を剥離することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2(a)】
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【図2(b)】
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【図2(c)】
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【図2(d)】
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【図2(e)】
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【図2(f)】
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【図2(g)】
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【図2(h)】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−269605(P2010−269605A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175600(P2010−175600)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【分割の表示】特願2007−124995(P2007−124995)の分割
【原出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【出願人】(507151858)独立行政法人国立文化財機構 (5)