説明

断熱性を付与した軽量漆樹脂成型物

【課題】本発明の目的は、伝統的な漆塗装の下地材に替わる軽量かつ断熱性の良好な漆樹脂組成物を新たに漆塗装の下地工程に提供すること。また、合成樹脂と木粉などを配合してつくられる樹脂基材の上に漆塗装を施した食器などの商材に対して、新たに漆樹脂そのものを用いて基材となる漆樹脂成型物を提供することである。
【解決手段】漆樹脂に平均粒径が10〜80μmの中空ガラスビーズを配合した漆樹脂組成物を用いて、軽量かつ断熱性の良好な漆塗装の下地材とし、またこの漆樹脂組成物を80℃〜200℃の温度で発泡硬化させることにより、漆を用いた発泡樹脂成型物を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は漆の樹脂成型物に対して断熱性を付与すると共に、その樹脂成型物を軽量化し、多様な漆樹脂成型品を生産可能にする方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然の樹脂である漆は合成樹脂塗料に匹敵する高い塗膜物性を有し、古来より塗料や接着剤、バインダーとして広く利用されてきた。
【0003】
例えば漆器の製造工程においては、基材の下地調整から表面塗装にいたるまで漆樹脂を用いて種々の配合の樹脂組成物が考案され、また実際に施されている。
【0004】
漆器の基材として歴史的に最も多く用いられてきた材料として木材があげられるが、その塗装工程は現在の木材塗装技術と同様に漆塗装の場合も下地工程と表面塗装とに分けることができる。
【0005】
現在の木材塗装技術ではサフェーサー塗装にあたる漆塗装の下地工程の代表的なものとして、本堅地工程があげられる。
【0006】
本堅地工程とは、漆にフィラーを配合して作ったペースト状の下地材を何層にもわたってヘラ木で塗装していく工程をいい、フィラーには粘板岩および頁岩の風化作用により生成される山科砥之粉、山科地之粉のほか、輪島地之粉と呼ばれる焼成珪藻土などが用いられている。
【0007】
この下地材にはさらに水や場合によっては米糊や木粉などが添加されることがあり、硬化の際には水分が揮発するのにともなって下地材に微細な空隙ができ、これによって断熱性を得ることができる。
【0008】
また近代に入ってからは、木材以外の基材として樹脂成型品、木粉含有樹脂成型品なども多く用いられるようになったが、これらの塗装には下地工程は不要である。
【0009】
これらの樹脂成型品や木粉含有樹脂成型品などを基材として製造された漆器は、たとえ漆で表面塗装を行ったとしても、基材自体がいわゆる合成樹脂によって形成されているがために、漆塗装という訴求点を十分に発揮できない商材となっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、新規に軽量かつ断熱性の良好な漆樹脂組成物を漆塗装の下地工程に提供することおよび、漆樹脂組成物そのものを用いて基材となる漆樹脂成型物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、請求項1に係る発明は漆に対して平均粒径が10〜80μmの中空ガラスビーズを配合してなることを特徴とした漆樹脂組成物である。
【0012】
また、請求項2に係る発明は中空ガラスビーズの配合量が全体の5〜60重量%であり、これを漆の酵素反応による常温常圧の硬化雰囲気で硬化させるか、または80℃〜200℃の高温下で焼付硬化させることを特徴とした請求項1記載の漆樹脂成型物である。
【0013】
また、請求項3に係る発明は木材、金属、陶磁器、ガラス、皮革、竹、樹脂成型品、紙器、繊維類、石材、石膏、金型、樹脂金型などを胎として、その塗膜または充填物として形成することを特徴とした請求項1または2記載の漆樹脂成型物である。
【0014】
また、請求項4に係る発明は請求項1〜3において得られた漆樹脂成型物で、樹脂成型後に胎から取り外すことを特徴とした漆樹脂成型物である。
【0015】
また、請求項5に係る発明は請求項1〜4において得られた漆樹脂成型物で、特に80℃〜200℃の高温下で硬化させることで、発泡することを特徴とした漆樹脂成型物である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると例えば木材などを基材に用いて漆器を製造する際に、従来の砥之粉や地之粉を使った本堅地の下地材と比較して、中空ガラスビーズの効果により格段に断熱性が高くかつ軽量な下地材を提供することができる。
【0017】
また、従来合成樹脂を使用して作られていた樹脂成型品や木粉含有樹脂成型品に替わって、本発明の漆樹脂組成物を用いて発泡漆樹脂成型物を形成すれば、中空ガラスビーズの効果と樹脂成型物の発泡による空隙の効果で、極めて軽量で断熱性が高いという特徴を付与した上で、合成樹脂ではなく漆の樹脂によって構成されているという点でも付加価値の高い基材を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明によって得られた漆樹脂組成物および漆樹脂成型物は漆器への利用に限られず、断熱性に優れた漆塗料として幅広く利用できるほか、発泡漆樹脂成型物に関しても食器、アクセサリーや装身具、雑貨、玩具、家具、安全部品、フロート、断熱パネル、浴槽、住宅設備建材、家電製品など、様々な製品の基材や筐体、躯体への利用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明を実施するための方法を説明する。なお、本実施形態は、本発明を実施するための一形態に過ぎず、本発明は本実施形態によって限定されるものではない。
【0020】
本発明に用いる漆樹脂は、天然のウルシ科ウルシ属植物の樹皮に傷をつけたとき、油中水滴型のエマルションで分泌する樹液を採取したもののほか、それらの組成物を念頭に合成された各種の樹脂組成物、または天然の漆樹脂や合成された樹脂組成物を主にして配合された漆系塗料を用いることができる。
【0021】
上記の漆樹脂の中で、いずれも旧・日本精漆工業協同組合の定義によるところの、濾上げ生漆、透無油精製漆、黒無油精製漆、透有油精製漆、黒有油精製漆、梨子地漆が利用できるが、中でも透無油精製漆、黒無油精製漆が望ましい。
【0022】
【特許文献1】特許公開2007-9023
【特許文献2】特許公開2008-1785
【0023】
透無油精製漆、黒無油精製漆のうち、天然の漆樹脂などをいわゆるセラミック製3本ロールミル精製することによって得られた高分散高物性タイプの漆樹脂や、特許公開2007-9023および特許公開2008-1785にみられるような高物性漆系塗料などがより好ましい。
【0024】
そしてこれらの漆樹脂には、本発明の効果を阻害しない程度に、乾性油、ロジン、ガンボージ、その他の天然樹脂、澱粉、蛋白質加水分解物などの伝統的に漆に混合されている添加物や水、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素、ミネラルスピリット、各種テルペン、アセトン、アルコール類などの溶剤を1種または2種以上を混合することもできる。
【0025】
本発明は、上記の漆樹脂に対して平均粒径が10〜80μmの中空ガラスビーズを配合してなることを特徴とするが、平均粒径が10μm以下の中空ガラスビーズは軽量化に対して効果が十分ではなく、平均粒径が80μm以上の中空ガラスビーズは樹脂成型物の表面が疎になるほか、樹脂組成物の攪拌や混練に支障をきたすため好ましくない。
【0026】
本発明で用いられる中空ガラスビーズは特に限定はされないが、例えば住友スリーエム株式会社製のグラスバブルズ(汎用シリーズおよびフローテッドシリーズの各グレード商品)、ポッターズ・バロティーニ株式会社製のQ-CEL、Sphericel、Ceramic Multi Cellular、Extendospheresなどがあげられ、これらの1種または2種以上を混合して配合することもできる。
【0027】
上記の中空ガラスビーズは必要に応じて、カップリング剤で表面処理をすることができる。カップリング剤で表面処理することによって漆樹脂との均質混合性や密着性が向上し、得られる樹脂成型品の強度が向上する。
【0028】
【特許文献3】特許公開2009-183903
【0029】
カップリング剤での表面処理には乾式および湿式の前処理法やインテグラルブレンド法があげられ、カップリング剤の例としては各種シランカップリング剤、チタネート系カップリング剤、アルミニウム系カップリング剤およびジルコアルミネート系カップリング剤などがあげられるが、漆樹脂を常温硬化させる場合には特許公開2009-183903により、式OCNCH2CH2CH2Si(OCH2CH3)3 で表される、γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、または式OCNCH2CH2CH2Si(OCH3)3 で表される、γ−イソシアネートプロピルトリメトキシシランなどのイソシアネート系シランカップリング剤が有効である事が公知である。
【0030】
本発明の樹脂組成物のうち、中空ガラスビーズの配合量は5〜60重量%が望ましく、体積比では30〜90%がより好ましい。
【0031】
また本発明の樹脂組成物には、上記の必須成分以外に、ガラス繊維、樹脂繊維、炭素繊維、天然繊維などの繊維状補強材、木粉、穀物粉、金属粉、無機顔料および有機顔料、ガラスビーズ、アクリルビーズ、中空アクリルビーズ、トスパール、砥之粉、地之粉、珪藻土、陶土、石膏、シリカ、タルク、カオリン、アタパルジャイト、ワラストナイト、酸化マグネシウム、炭酸マグネシウム、アルミナ、炭酸カルシウム、クレー、マイカ、ベントナイト、などのフィラー、そして分散剤、消泡剤、表面調整剤、レベリング剤、粘度調整剤、造膜助剤、タレ止め剤、沈降防止剤、艶消剤、硬化促進剤、光安定剤、抗菌剤、防藻剤、防腐剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤などの塗料用添加剤およびシリコーンオイルやフッ素樹脂などの機能性材料を配合することができる。
【0032】
そして、本発明の樹脂組成物を漆の酵素反応による常温常圧の硬化雰囲気で硬化させるための条件は、温度が10〜30℃で湿度が50〜90%RHであることが望ましく、温度が20〜25℃で湿度が60〜80%RHの条件がより好ましい。
【0033】
また、上記樹脂組成物は配合中の中空ガラスビーズに粒径、殻厚、比重など仕様の異なる1種または2種以上を混合して配合し、あるいはその配合量を調整することによって、得られる樹脂成型物の断熱性や比重、衝撃強度、硬度、切削性、塗布限界膜厚などを任意に設定することができる。
【0034】
なお、この漆樹脂組成物の硬化を促進させるために、各種の硬化促進剤を添加できるほか、漆の酵素反応による常温常圧の硬化雰囲気で初期硬化を行い、さらに60℃〜200℃の温度で焼きしめることによって硬化時間を短縮することもできる。
【0035】
本発明の発泡漆樹脂成型物を得るためには、80℃〜200℃の高温下で硬化させることが望ましく、100℃〜150℃の温度がより好ましい。
【0036】
この発泡漆樹脂成型物を得るための漆樹脂組成物にはこれまでに述べてきた成分ほかに、必要に応じて発泡剤や発泡助剤を混合することもできる。
【0037】
発泡剤は特に限定はされないが、有機系発泡剤として例えば、ジニトロソペンタメチレンテトラミン、アゾジカルボンアミド、p,p'-オキシビスベンゼンスルホニルヒドラジド、ヒドラゾジカルボンアミド、無機系発泡剤として例えば、炭酸水素ナトリウムなどがあげられ、発泡助剤としては尿素系助剤などがあげられる。
【0038】
また、本発明による発泡漆樹脂成型物は樹脂組成物の配合中に、粒径、殻厚、比重など仕様の異なる1種または2種以上の中空ガラスビーズを混合して配合し、その配合量と硬化温度、発泡剤などの添加剤の配合量などを調整することによって、得られる発泡樹脂成型物の発泡倍率やそれに伴う断熱性、比重、衝撃強度、硬度、切削性を任意に設定することができる。
【0039】
本発明の漆樹脂組成物および発泡漆樹脂成型物についての塗装および成型方法は特に選ばないが、一般的に塗装に用いられる方法、例えば、ヘラ、コテ、刷毛、ローラー、エアレススプレー、エアスプレー、静電塗装、ディップコーター、スピンコーター、ロールコーター、フローコーター、グラビアコーター、ナイフコーターなどにより塗装できるほか、一般的な成型に用いられる方法として、例えば、コンプレッション成型、トランスファー成型、押出成型、射出成型、注型成型、石膏型や樹脂型を用いた成型、粘土や陶磁器の造作法にならった成型方法などが利用できる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明する。実施例中、特に断らない限り、「部」はすべて「重量部」を表す。なお、下記実施例は本発明を実施するための一例に過ぎず、本発明は下記実施例およびその配合例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0041】
天然の漆樹液を3本ロールミル精製法により脱水分散させた漆樹脂(MR黒素黒目漆:株式会社佐藤喜代松商店製)80部に、中空ガラスビーズ(グラスバブルズK-25:住友スリーエム株式会社製)20部を混合し、漆樹脂組成物Aを得た。
【0042】
漆樹脂組成物Aを76μmアプリケーターでフロートガラスに塗布して、23〜28℃/60±5%RHの環境で硬化させたところ、均一に中空ガラスビーズが配置された塗膜が得られた。
【0043】
木材を椀型に加工した基材(ミズメザクラ材:カバノキ科カバノキ属、気乾比重0.60〜0.72)に対して、通常の漆塗装においての本堅地工程では、生漆と水、山科地之粉、山科砥之粉、および輪島地之粉と米糊などを配合してつくられるペースト状の下地材を用いる塗装工程において、この漆樹脂組成物Aを塗装した漆椀1と、通常の下地材を用いた漆椀2を作成した。
【0044】
上記工程で、作成された漆椀1と漆椀2には、基材上に漆樹脂組成物Aと通常の下地材がそれぞれ共に300μmの乾燥膜厚で形成されており、その上層に表面塗装として黒無油精製漆(DRM黒素黒目漆:株式会社佐藤喜代松商店製)の塗膜が90μmの乾燥膜厚で形成されている。
【0045】
作成された漆椀1は漆椀2よりも軽量であり、共に95℃の熱水を同量入れたところ、漆椀1は漆椀2と比較して熱水の温度低下が鈍く、保温性に優れていた。
【実施例2】
【0046】
天然の漆樹液を3本ロールミル精製法により脱水分散させた漆樹脂(MR黒素黒目漆:株式会社佐藤喜代松商店製)63部に、中空ガラスビーズ(グラスバブルズK-25:住友スリーエム株式会社製)37部を混合し、漆樹脂組成物Bを得た。
【0047】
4.78gの漆樹脂組成物Bを幅26mm奥行26mm高さ15mmの直方体に成型し、これを150℃の温度で30分間硬化させたところ、4.70gの発泡漆樹脂成型物を得た。
【0048】
得られた発泡漆樹脂成型物は幅約35mm奥行約35mm高さ約20mm、体積25.42cm3で、比重は0.185、発泡倍率は2.549であり、観察のために切断すると、均質な空隙を形成して発泡および硬化していることが確認できた。
【0049】
実施例1で用いた椀型の基材(ミズメザクラ材)の形状を元に型を製作し、この型に漆樹脂組成物Bを150℃の温度で発泡硬化させて、漆椀1および漆椀2の基材と同形状の発泡漆樹脂成型物を作成し、これに漆樹脂組成物Aを300μm、さらに黒無油精製漆(DRM黒素黒目漆:株式会社佐藤喜代松商店製)90μmを乾燥膜厚で形成した漆椀3を作成した。
【0050】
作成された漆椀3は漆椀1よりもさらに軽量であり、漆椀1〜3に95℃の熱水を同量入れ、経時での温度変化を観察したところ、漆椀3は熱水の温度低下が漆椀1よりもさらに鈍く、漆椀1および2と比較して格段に保温性に優れていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
漆に対して平均粒径が10〜80μmの中空ガラスビーズを配合した漆樹脂組成物。
【請求項2】
請求項1において、その樹脂組成物のうち5〜60重量%の中空ガラスビーズを配合し、これを常温乾燥または焼付硬化させて得られた漆樹脂成型物。
【請求項3】
請求項2において得られた漆樹脂成型物で、木材、金属、陶磁器、ガラス、皮革、竹、樹脂成型品、紙器、繊維類、石材、石膏、金型、樹脂金型などを胎として、その塗膜または充填物として形成された漆樹脂成型物。
【請求項4】
請求項3において得られた漆樹脂成型物で、樹脂成型後に木材、金属、陶磁器、ガラス、皮革、竹、樹脂成型品、紙器、繊維類、石材、石膏、金型、樹脂金型などの胎から取り外された漆樹脂成型物。
【請求項5】
請求項3および4において得られた漆樹脂成型物で、80℃〜200℃の温度で硬化させた発泡漆樹脂成型物。

【公開番号】特開2011−74329(P2011−74329A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230011(P2009−230011)
【出願日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【出願人】(708000373)
【Fターム(参考)】