説明

断熱材の断熱特性リモートセンシング方法及び装置

【課題】 断熱材の断熱特性を正確に測定可能にして、例えば断熱材内フロンの残存量の測定に適用できるフォトサーマル赤外検知法を用いた断熱材の断熱特性測定方法及び装置。
【解決手段】 周期的に変調した加熱光4を試料1に照射し、試料1から放出される熱放射光5を検出し、加熱光1に対する検出信号の周波数−位相差特性を測定し、その周波数−位相差特性の解析を行うことにより試料1の熱伝導率及び温度伝導率を求める断熱材の断熱特性リモートセンシング方法において、試料の断熱材1の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルム2を密着させ、そのフィルム2を介して加熱光4を照射すると共に、熱放射光5を検出する断熱材の断熱特性リモートセンシング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断熱材の断熱特性リモートセンシング方法及び装置に関し、特に、フォトサーマル赤外検知法を用いたリモートセンシング可能な断熱材の断熱特性測定方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オゾン層破壊や地球温暖化の原因物質であるフロンは、近年使用が禁止され、回収の方向に向かっている。日本において、冷媒用フロンの回収・処理が義務付けられている一方、断熱材に含まれるフロンは、回収・処理に関する具体的な規制や対策までには至っていない。しかし、断熱材内に残存しているフロンの量は、冷媒用フロンの1.5〜2倍程度と推定されており、今後、断熱材内残存フロンを回収・処理する動きは活発になると予想される。
【0003】
特に建築用断熱材は、施工方法や使用環境によってフロン残存量が大きく異なり、発泡断熱材内のフロンを回収・処理する際には、フロン残存量に応じた適切な処理プロセスが必要となる。そのため、判定の段階でフロン残存量を測定することが非常に重要となり、断熱材内フロン残存量を現場で簡易に測定できる検査方法が望まれている。
【0004】
断熱材内フロンの分析法に関して、JIS、ISO及び主要諸国においても規格化したものは存在しない。フロン残存量の現場簡易測定法に求められることは、(1)装置が小型、(2)高精度、(3)短時間測定、(4)安価といった特徴である。
【0005】
フロン残存量の測定法としてガスクロマトグラフィが注目されている。ガスクロマトグラフィは一般に普及しているため比較的安価に入手可能であるが、高い精度を得ようとすると装置が大掛かりになるため、その場測定には不向きである。また、試料を切り出して測定する必要があるが、試料を切り出すと切断面からフロンが放散し精度良く測定することが困難となる。
【0006】
ところで、断熱材内フロンの分析法とは直接関係ないが、本出願人は、特許文献1において、試料の断熱材の表面に金属箔を押し付け、その金属箔を介して加熱光を照射すると共に、熱放射光を検出して断熱材の断熱特性をリモートセンシングするフォトサーマル赤外検知法を提案している。
【特許文献1】特開2002−340828号公報
【非特許文献1】J. Appl. Phys., 47-1, (1976), 649.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
断熱材の気泡内にはフロンガスの減少に伴い、空気が流入すると考えられる。フロンと空気では熱物性値に大きな違いがあり(空気の熱伝導率はフロンの一種のCFC11の約3倍、温度伝導率は約9倍)、断熱材の空隙率が90%を超えることを考慮すると、断熱材内部のフロン濃度の減少に伴って断熱材の熱物性値が大きく変化すると考えられる。
【0008】
本発明は従来技術のこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、フォトサーマル赤外検知法を用いてリモートセンシング可能な断熱材の断熱特性測定方法及び装置において、断熱材の断熱特性を正確に測定可能にして、例えば断熱材内フロンの残存量の測定に適用できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成する本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法は、周期的に変調した加熱光を試料に照射し、試料から放出される熱放射光を検出し、加熱光に対する検出信号の周波数−位相差特性を測定し、その周波数−位相差特性の解析を行うことにより試料の熱伝導率及び温度伝導率(熱拡散率)を求める断熱材の断熱特性リモートセンシング方法において、
試料の断熱材の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルムを密着させ、そのフォトセレクティブフィルムを介して前記加熱光を照射すると共に、前記熱放射光を検出することを特徴とする方法である。
【0010】
この場合、測定された周波数−位相差特性に対して理論式をカーブフィッティングすることにより試料の断熱材の熱伝導率及び温度伝導率を求めるようにすることが望ましい。
【0011】
なお、フォトセレクティブフィルムとしては例えばホウケイ酸ガラスを用いることができる。
【0012】
また、以上の方法は、例えば、熱伝導率及び温度伝導率を求めることにより、試料のフロンを含む発泡断熱材中のフロン残存量を測定するのに適用できる。
【0013】
本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング装置は、試料の断熱材の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルムを密着させ、そのフォトセレクティブフィルムを介して周期的に変調した加熱光を試料に照射し、そのフォトセレクティブフィルムを介して試料の断熱材から放出される熱放射光を検出し、加熱光に対する検出信号の周波数−位相差特性を測定し、その周波数−位相差特性の解析を行うことにより試料の熱伝導率及び温度伝導率を求める断熱材の断熱特性リモートセンシング装置であって、前記の周期的に変調した加熱光を試料に照射する加熱光照射手段と、前記熱放射光を検出する熱放射光検出手段と、前記加熱光に対する前記熱放射光の検出信号の周波数−位相差特性を測定する周波数−位相差特性測定手段と、前記フォトセレクティブフィルムの物性値と前記断熱材の吸収係数を入力する物性値入力手段と、前記フォトセレクティブフィルムの物性値と前記断熱材の吸収係数に基づいて理論式を決定する理論式決定手段と、測定された周波数−位相差特性に対して理論式をカーブフィッティングするカーブフィッティング手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0014】
この場合に、物性値入力手段において入力する物性値は、フォトセレクティブフィルムの温度伝導率、熱伝導率、厚み、吸収係数、断熱材の吸収係数が必要である。
【発明の効果】
【0015】
以上の説明から明らかなように、本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法及び装置によると、試料の断熱材の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルムを密着させ、そのフォトセレクティブフィルムを介して加熱光を照射すると共に、熱放射光を検出するので、高精度で断熱材の熱伝導率と温度伝導率を同時に求めることができ、また、測定試料の断熱材の厚さに制限がなく、しかも、現場で非破壊で断熱材の断熱特性を測定することが可能になる。そして、この方法と装置は、例えばフロンを含む発泡断熱材中のフロン残存量を測定するのに利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
従来の特許文献1で提案したフォトサーマル赤外検知法を用いた断熱特性測定方法は、断熱材表面に金属箔を貼り付けて測定を行うものであり、試料の厚さによらない測定、3次元熱伝導や対流の影響を受け難い高周波領域での測定を可能にしているが、フロン濃度の変化に敏感な温度伝導率や熱伝導率の正確な測定には必ずしも十分なものではない。
【0017】
そこで、本発明においては、金属箔に代えて、加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しない例えばホウケイ酸ガラスの薄板(以下、フォトセレクティブフィルムと呼ぶ。)を用いることを考えた。このような特性のフォトセレクティブフィルムを断熱材の表面に密着して加熱光を照射すると、試料内部での光の吸収と発熱が起こり、測定される位相差に試料の熱物性値に起因した情報が増え、熱伝導率と温度伝導率の同時測定が可能となる。
【0018】
以下、フォトサーマル赤外検知法と原理的に同じ光音響法(RG理論:非特許文献1)を変形した本発明のフォトサーマル赤外検知法の理論を説明する。この理論は次の仮定を前提としている。
1)加熱光の光強度は正弦波状に変化する。
2)試料以外(気体)は光を吸収しない。
3)試料に吸収された光は全て熱に変わる。
4)熱の移動は光軸と平行な1次元方向のみである。
5)試料と気体の界面に熱抵抗はない。
6)気体中で対流は起こらない。
【0019】
図1に本発明の理論の1次元モデルを示す。図1(a)がAC温度振幅の減衰の様子、図1(b)が光の吸収の様子を示している。図1に示すように、測定対象の断熱材1の表面にフォトセレクティブフィルム2を密着させてそのフォトセレクティブフィルム2にガス3側から正弦波変調したレーザー光4を照射するようにした。以下の議論において、各記号の意味は後記の表1の記号表参照。
【0020】
波長λ、光強度I0 の加熱光4を角周波数ωで正弦波状に変調して試料に照射すると、加熱光強度Iの時間変化は、試料と入射する光強度時間の関数で(1)式のように表すことができる。
【0021】
I=1/2×I0 (1+cosωt) ・・・(1)
この加熱光4は試料内部まで進入し、減衰する。その減衰の度合いを表すパラメータが吸収係数βp 、βs であり、加熱光4はβp 、βs を用いて次式のように減衰する。
【0022】
I(x)=Iexp(βp x) 〔−Lp ≦x≦0〕 ・・・(2)
I(x)=Iexp(−βp p )exp{βs (x+Lp )} 〔x≦−Lp
・・・(3)
この結果、生じる熱流束qは(4)、(5)式のように表せる。
【0023】
q=1/2×βp 0 exp(βp x)(1+cosωt) 〔−Lp ≦x≦0〕
・・・(4)
q=1/2×βs 0 exp{βs (x+Lp )−βp p
×(1+cosωt) 〔x≦−Lp 〕 ・・・(5)
吸収された光が全て熱に変わり、この熱がx軸1次元方向のみに伝わるという仮定3)、4)により、フォトセレクティブフィルム、試料、気体(ガス)に対する1次元熱伝導方程式は、複素数を考慮に入れた複素温度Φを用いて次式のように表すことができる。
【0024】
2 Φg /∂x2 =1/ag ×∂Φg /∂t 〔0≦x〕 ・・・(6)
2 Φp /∂x2 =1/ap ×∂Φp /∂t
−βp 0 /(2λp )×exp(βp x){1+exp(jωt)}
〔−Lp ≦x≦0〕 ・・・(7)
2 Φs /∂x2 =1/as ×∂Φs /∂t
−βs 0 /(2λs )×exp{βs (x+Lp )−βp p
×{1+exp(jωt)} 〔x≦−Lp 〕 ・・・(8)
また、境界条件は温度と熱流束の連続の条件から次のようになる。
【0025】
Φg (0,t)=Φp (0,t) ・・・(9)
Φp (−Lp ,t)=Φs (−Lp ,t) ・・・(10)
−λg ×∂Φg (0,t)/∂x=−λp ×∂Φp (0,t)/∂x
・・・(11)
−λp ×∂Φp (−Lp ,t)/∂x=−λs ×∂Φs (−Lp ,t)/∂x
・・・(12)
Φg (∞,t)=0 ・・・(13)
Φs (−∞,t)=0 ・・・(14)
以上の式を解いて試料−ガス界面での複素温度振幅θ1 を求めると次のようになる。
【0026】
θ1 =βp 0 /{2λp (βp 2 −σp 2 )}
×{(b+1)(γp −1)exp(σp p )−(b−1)(γp +1)
×exp(−σp p )+2(b−γp )exp(−βp p )}
÷{(b+1)(g+1)exp(σp p
−(b−1)(g−1)exp(−σp p )}
+βs 0 /{2λs (βs 2 −σs 2 )}
×{2b(γs −1)exp(−βp p )}
÷{(b+1)(g+1)exp(σp p )−(b−1)(g−1)
×exp(−σp p )} ・・・(15)
ここで、試料表面でのAC温度変化は、
ΦAC(0,t)=θ1 exp(jωt) ・・・(16)
となる。実際に測定される温度は(16)式の実部であるから、θ1 を(17)式のようにおくと、実際の温度変化δTは(18)式のように表される。
【0027】
θ1 =θR +jθI =Aexp(−jφ) ・・・(17)
δT=Acos(ωt−Δφ) ・・・(18)
ここで、Δφ、Aは次のようにおく。
【0028】
Δφ=tan-1(Imθ1 /Reθ1 )=tan-1(−θI /θR ) ・・・(19)
A=√(θR 2 +θI 2 ) ・・・(20)
また、(19)式を詳しく書くと以下のようになる。
【0029】
Δφ=tan-1{(E×Q+F×P+G×N+H×M)
÷(E×P−F×Q+G×M−H×N)} ・・・(21)
P=(b+1)2 (g+1)(Bp −1)exp(2kp p
+(b2 −1)(g+1){Bp sin(2kp p
−(Bp +1)cos(2kp p )}
+2(b+1)(g+1)exp(kp p )exp(−βp p
×{Bp sin(kp p )+(b−Bp )cos(kp p )}
+(b−1)2 (g−1)(Bp +1)exp(−2kp p
−(b2 −1)(g−1){Bp sin(2kp p
+(Bp −1)cos(2kp p )}
+2(b−1)(g−1)exp(−kp p )exp(−βp p
×{Bp sin(kp p )−(b−Bp )cos(kp p )}
・・・(22)
Q=−Bp (b+1)2 (g+1)exp(2kp p
+(b2 −1)(g+1){(Bp +1)sin(2kp p
+Bp cos(2kp p )}
+2(b+1)(g+1)exp(kp p )exp(−βp p
×{−(b−Bp )sin(kp p )+Bp cos(kp p )}
−Bp (b−1)2 (g−1)exp(−2kp p
−(b2 −1)(g−1){(Bp −1)sin(2kp p
−Bp cos(2kp p )}
−2(b−1)(g−1)exp(−kp p )exp(−βp p
×{(b−Bp )sin(kp p )+Bp cos(kp p )}
・・・(23)
M=2b(b+1)(g+1)exp(kp p )exp(−βp p
×{−Bs sin(kp p )+(Bs −1)cos(kp p )}
−2b(b−1)(g−1)exp(−kp p )exp(−βp p
×{Bs sin(kp p )+(Bs −1)cos(kp p )}
・・・(24)
N=−2b(b+1)(g+1)exp(kp p )exp(−βp p
×{(Bs −1)sin(kp p )+Bs cos(kp p )}
+2b(b−1)(g−1)exp(−kp p )exp(−βp p
×{−(Bs −1)sin(kp p )+Bs cos(kp p )}
・・・(25)
E=(Zp βp 2 )/(βp 4 +4kp 4 ) ・・・(26)
F=(2Zp kp 2 )/(βp 4 +4kp 4 ) ・・・(27)
G=(Zs βs 2 )/(βs 4 +4ks 4 ) ・・・(28)
H=(2Zs ks 2 )/(βs 4 +4ks 4 ) ・・・(29)
ただし、Bp 、Bs 、Zp 、Zs は次のようにおく。
【0030】
Bp =βp /(2kp ) ・・・(30)
Bs =βs /(2ks ) ・・・(31)
Zp =βp 0 /(2λp ) ・・・(32)
Zs =βs 0 /(2λs ) ・・・(33)
測定される振幅A、位相差Δφには、試料の熱物性値、吸収係数、厚みの情報が含まれており、ある周波数領域で測定し適当な解析をすることにより、試料の厚み方向に関する熱物性値の情報を得ることができる。
【0031】
表1 (記号表)
────────────────────────────────────
記号 式 意味〔単位〕
────────────────────────────────────
i λi /ρi i 物質iの温度伝導率〔m2 /s〕
b es /ep 試料とフォトセレクティブフィルムの熱浸透率の比
i 物質iの定圧比熱〔J/(kg・K)〕
i √(λi ρi i ) 物質iの熱浸透率〔Ws0.5 /(m2 ・K)〕
f 変調周波数〔Hz〕
g eg /ep 空気とフォトセレクティブフィルムの熱浸透率の比
h 対流熱伝達率〔W/(m2 ・K)〕
0 照射光強度〔W/m2
j 虚数単位
i √(πf/ai ) 物質iの温度波の波数〔m-1
i 物質iの厚み〔m〕
i 物質iに流入する熱流束〔W/m2
T 温度〔K〕
βi 物質iの吸収係数〔m-1
Φ 複素温度
Δφ 変調光と熱放射信号との位相差〔°〕
γi βi /σi
λi 物質iの熱伝導率〔W/(m・K)〕
θ 複素温度係数
ρi 物質iの密度〔kg/m3
σi (1+j)ki 物質iの複素温度波の波数 〔m-1
ω 2πf 変調角周波数〔rad/s〕
────────────────────────────────────
サブスクリプトのiは、g:気体、p:フォトセレクティブフィルム、s:試料
を意味する。
【0032】
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【0033】
本発明においては、図1に示すように、測定対象の断熱材1の表面にフォトセレクティブフィルム2を密着させてそのフォトセレクティブフィルム2にガス3側から正弦波変調したレーザー光4を照射し、変調光4とフォトセレクティブフィルム2表面からの熱放射光5との周波数fに対する位相差Δφ特性を測定し、その測定値に理論式がフィットするようにして、as とλs を決めることにより、断熱材1の温度伝導率(熱拡散率)as と熱伝導率λs を求めるものである。
【0034】
本発明の上記理論を適用するに当たっては、測定対象の断熱材1の表面に密着させてガス3側から正弦波変調したレーザー光4を照射するフォトセレクティブフィルム2としては、ビオ数が小さく対流による影響を抑制するものを用いる。
【0035】
ここで、ビオ数Bi とは、
Bi =hL/λ ・・・(34)
で定義されるもので、hは対流熱伝達率〔W/(m2 ・K)〕、λは固体の熱伝導率〔W/(m・K)〕、L〔m〕は代表長さ(一般的には、L=体積/表面積)である。
【0036】
すなわち、ビオ数は、物体表面の熱伝達による熱抵抗(1/h)と、物体内部の熱伝導による熱抵抗(L/λ)の比であり、熱損失の寄与を表す。ビオ数が無限大のときは、熱伝達率hが大きく、この場合、流体(ここでは空気)に熱が逃げて一定の動きをするので、対流の影響を大きく受けることになる。そして、試料の表面温度と媒体の流体温度は等しくなる。逆に、ビオ数が0に近いときは、対流の影響が内部の熱伝達現象に影響を与え難くなる。
【0037】
断熱材のような低熱伝導性の試料のビオ数は大きく、対流の影響を受けやすい。
【0038】
これに対して、図1に示すように、断熱材1の表面にホウケイ酸ガラスのようなフォトセレクティブフィルム2を密着させ、固体(すなわち測定対象)のビオ数を小さくすると、対流による影響を受け難くでき、上記のようなRG理論を変形した本発明の理論の(1)〜(33)式が正確に適用できるようになる。
【0039】
さて、(21)式の変調光4と熱放射光5との位相差Δφは、次式のように表現される。ただし、fは変調周波数である。
【0040】
Δφ=F(f:g,b,kp ,ks ,Lp ,βp ,βs ) ・・・(35)
ここで、
b=√(λs ρs s )/√(λp ρp p ):フォトセレクティブフィルムと試料の熱浸透率の比、
g=√(λg ρg g )/√(λp ρp p ):フォトセレクティブフィルムと空気の熱浸透率の比、
i =√(πf/ai ):温度波の波数、
p :フォトセレクティブフィルムの厚み、
i =λi /ρi i :温度伝導率、
ρi :密度、
i :定圧比熱、
λi :熱伝導率、
βi :吸収係数、
である。ただし、サブスクリプトのiは、g:気体、p:フォトセレクティブフィルム、p:試料を意味する。
【0041】
(35)式を以下のように書き換えることができる。
【0042】
Δφ=F(f:g,b,kp ,ks ,Lp ,βp ,βs
=F(f:√(λg ρg g )/√(λp ρp p ),
√(λs ρs s )/√(λp ρp p ),
√(πf/ap ),√(πf/as ),Lp ,βp ,βs
=F(f:√(λg ρg g )/√(λp ρp p ),
(λs /√as )/(λp /√ap ),
√(πf/ap ),√(πf/as ),Lp ,βp ,βs
・・・(36)
となる。フォトセレクティブフィルム2の物性値であるap 、λp 、Lp 、βp は既知であり、また、試料の断熱材1の吸収係数βs は他の方法で測定できて既知であり、g=√(λg ρg g )/√(λs ρs s )≒0とみなせるので、
Δφ=F(f:λs ,as ) ・・・(37)
と、変調光4と熱放射光5との位相差Δφは、加熱光4の変調周波数fと測定対象の断熱材1の温度伝導率as と熱伝導率λs との関数の形になる。この(37)式が、理論的な測定対象の断熱材1の周波数−位相差曲線を与えることになる。
【0043】
さて、本発明においては、例えば図2のような配置で、測定対象の断熱材1に関して変調光4と熱放射光5との周波数fに対する位相差Δφ特性を測定し、その測定値に上記(37)式がフィットするように、as とλs を決めることにより、断熱材1の温度伝導率as と熱伝導率λs を求めるものである。
【0044】
図2において、符号10はパソコン、11はパソコン10の制御により任意の周波数fの正弦波の信号を生成するファンクションジェネレーター、12は近赤外の例えば波長810nmのレーザー光を発振する半導体レーザーで、ファンクションジェネレーター11により周波数fで正弦波状に変調されたレーザー光を発振する。13は半導体レーザー12から発振されたレーザー光を所定位置にガイドする光ファイバー、14は光ファイバー先端に設けられた光学系で、測定対象の断熱材1表面に密着されたフォトセレクティブフィルム2上の測定点を含む広い範囲に光ファイバー13内をガイドされた加熱レーザー光4を照射する。このように測定点を含む広い範囲に変調光4を照射する理由は、3次元熱伝導による誤差の影響を緩和するためである。15は焦点が加熱光4照射範囲の中心に位置するように配置されたZnSeレンズで、フォトセレクティブフィルム2上の加熱光4照射位置から放射された熱放射光5を集めて平行に射出させる。16は焦点が赤外線検出器18の検出面に一致する別のZnSeレンズで、ZnSeレンズ15で平行にされた熱放射光5を赤外線検出器18の検出面に集光する。17は赤外線検出器18の検出面の前に配置された赤外線フィルターで、熱放射光5、例えば波長10μmの赤外線を透過し、フォトセレクティブフィルム2で反射された加熱レーザー光4、散乱光等を阻止する。19は赤外線検出器18で検出された信号を増幅するプリアンプ、20はプリアンプ19で増幅された検出信号とファンクションジェネレーター11からの変調信号とを入力して両者の位相差Δφと信号強度を出力するロックインアンプである。ロックインアンプ20からの位相差Δφと信号強度はパソコン10に入力される。
【0045】
したがって、パソコン10によりファンクションジェネレーター11で生成される正弦波の信号の周波数fが所定範囲で順次変更され、半導体レーザー12から発振される加熱レーザー光4はその周波数fで変調され、断熱材1表面に密着したフォトセレクティブフィルム2を照射して周波数fで周期的に加熱するようになっている。加熱された断熱材1からフォトセレクティブフィルム2を経て放出される熱放射光5は、2個のZnSeレンズ15、16と赤外線フィルター17を介して赤外線検出器18の検出面に集光され、赤外線検出器18の検出信号はプリアンプ19により電圧信号に変換され、ファンクションジェネレータ11からの変調信号と共にロックインアンプ20に入力され、変調光4と熱放射光5との位相差Δφと信号強度が測定される。この位相差Δφと信号強度はパソコン10に入力され、以下に説明するような解析が行われる。
【0046】
図3は、パソコン10内での処理とそのディスプレイ等への出力を示すフローチャートであり、ステップST1で、(35)式の基礎式:Δφ=F(f:g,b,kp ,ks ,Lp ,βp ,βs )、すなわち、(21)式が読み出され、ステップST2で、既知のフォトセレクティブフィルム2のap 、λp 、Lp 、βp と、断熱材1のβs を入力し、その基礎式:Δφ=F(f:g,b,kp ,ks ,Lp ,βp ,βs )にそのap 、λp 、Lp 、βp 、βs を代入して、ステップST3で、(37)式の理論式:Δφ=F(f:λs ,as )を決定する。一方、図2で説明したようにして測定した測定値ΔφをステップST4で入力する。また、ステップST5で、断熱材1のλs ,as の初期値と、ステップST6のカーブフィッティングの収束条件を入力する。ここで、λs ,as の初期値としては、具体的な断熱材1の種類に応じて知られた熱伝導率、温度伝導率の推定値若しくは近似値を用いるのが普通である。なお、ステップST4とステップST5の入力は、ステップST5以前の何れの時期に入力してもよい。その後、ステップST6で、ステップST3で得た理論式:Δφ=F(f:λs ,as )を、ステップST4で入力した測定値Δφへカーブフィッティングする。このカーブフィッティングの手法としては、シンプレックス法、最小二乗法等周知の何れのカーブフィッティング法を用いてもよい。このカーブフィッティングの結果、理論式:Δφ=F(f:λs ,as )中のλs とas が決定される。その後、ステップST7で、ステップST4で入力した測定値ΔφとステップST6のカーブフィッティング結果とをCRT、プリンター等にグラフィカルに表示する。そして、最後にステップST8で、解析結果の断熱材1のλs ,as を表示する。
【0047】
以上のようにして、本発明のリモートセンシング方法により、断熱材1の熱伝導率λs と温度伝導率as とが正確に求まる。
【0048】
ここで、断熱材1の密着させるフォトセレクティブフィルム2に求められる条件は、以下のようになる。
(1)加熱光(試料が吸収する波長なら波長は限定されない。ただし、検知波長と重複しないこと。)を全部又は一部透過するもの。
【0049】
試料の熱物性値を感度良く測定するには、加熱光に対する適度な吸収係数を持つことが望ましい。
(2)熱放射光(検知波長5.5〜11.0μm)を透過しないもの。
【0050】
1層目表面の温度変化を熱放射として検知しているため、熱放射を透過する材料では1層目の表面温度のみを検知することができない。
(3)全半球放射率が大きいもの
熱放射を信号として検知しているため、放射率の大きな材料を用いることで放射エネルギーが大きくなり、信号が安定しやすい。
(4)熱伝導率が大きいもの
測定系のビオ数が小さくなり、対流の影響を抑制できる。ちなみに、ホウケイ酸ガラスを用いた測定系のビオ数は断熱材の場合の1/25程度となり、十分に小さく、対流の影響はそれ程大きくないと考えられる。
(5)薄く加工しやすいもの
1層目の材料が薄い材料の場合、熱拡散長が小さくなる高周波領域での測定が可能となり、3次元熱伝導や対流の影響を受け難くなる。
(6)単層構造のもの。
【0051】
フォトサーマル赤外検知法は薄いコーティング材であっても、その情報が位相差に敏感に現れるため、誤差要因となる。
(7)取り扱いが容易なもの。
【0052】
最終的に現場測定を考えた際に求められる特質である。
【0053】
次に、実際に断熱材1として、フロン残存量の異なるポリスチレンフォームを測定した。その結果を図4に示す。フロン残存量は、(財)建材試験センターでガスクロマトグラフィにより測定を行っている。フォトセレクティブフィルム2として厚み70μmホウケイ酸ガラス(SCHOTT GLAS,D263T)を用いた。加熱は波長810nmのレーザー光で行い、検知波長は5.5〜11.0μmである。また、その温度伝導率(熱拡散率)の測定結果を図5に示す。
【0054】
フォトセレクティブフィルム2の物性値に関して、この測定では熱物性値既知の標準試料を測定し、逆算して求めている。また、本発明の方法は接触熱抵抗の影響を大きく受けることが理論的に分かっているが、得られた周波数−位相差曲線の最大位相差の周波数より、接触熱抵抗の影響を見積もることが可能であり、解析の際にはその値を利用している。
【0055】
図4より、フロン残存量に対応した系統的な信号が得られていることが分かる。また、図5より、フロン残存量の減少に伴って温度伝導率が上昇する傾向を捉えていることが分かる。図4、図5の測定において、測定と推算式の両者に誤差を含むと考えられ、特に測定の誤差要因として、接触熱抵抗が正確に見積もられていないこと、ホウケイ酸ガラスが測定波長領域の赤外線を若干透過していること、試料表面での加熱光の散乱の影響等が考えられる。しかし、フロン残存量に対応した温度伝導率の系統的傾向を捉えられていることから、本発明の測定方法によりフロン残存量センシングが可能となることが分かる。
【0056】
以上、本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法の実施例として、特に発泡断熱材中のフロン残存量の測定を例にあげて説明してきたが、本発明はこの実施例に限定されず種々の断熱材の断熱特性を現場で非破壊で正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法を説明するためのモデル図である。
【図2】本発明の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法を実施するための配置の1例を示す図である。
【図3】本発明の断熱材の断熱特性を求めるためフローチャートの1例を示す図である。
【図4】本発明に基づく測定結果とフィッティングカーブとの例を示す図である。
【図5】本発明に基づく温度伝導率の測定結果と推算式との例を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1…断熱材(試料)
2…フォトセレクティブフィルム
3…ガス
4…レーザー光(加熱光、変調光)
5…熱放射光
10…パソコン
11…ファンクションジェネレーター
12…半導体レーザー
13…光ファイバー
14…光学系(集光光学系)
15、16…ZnSeレンズ
17…赤外線フィルター
18…赤外線検出器
19…プリアンプ
20…ロックインアンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期的に変調した加熱光を試料に照射し、試料から放出される熱放射光を検出し、加熱光に対する検出信号の周波数−位相差特性を測定し、その周波数−位相差特性の解析を行うことにより試料の熱伝導率及び温度伝導率(熱拡散率)を求める断熱材の断熱特性リモートセンシング方法において、
試料の断熱材の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルムを密着させ、そのフォトセレクティブフィルムを介して前記加熱光を照射すると共に、前記熱放射光を検出することを特徴とする断熱材の断熱特性リモートセンシング方法。
【請求項2】
前記の測定された周波数−位相差特性に対して理論式をカーブフィッティングすることにより試料の断熱材の熱伝導率及び温度伝導率を求めることを特徴とする請求項1記載の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法。
【請求項3】
前記フォトセレクティブフィルムがホウケイ酸ガラスからなることを特徴とする請求項1又は2記載の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法。
【請求項4】
熱伝導率及び温度伝導率を求めることにより、試料のフロンを含む発泡断熱材中のフロン残存量を測定することを特徴とする請求項1から3の何れか1項記載の断熱材の断熱特性リモートセンシング方法。
【請求項5】
試料の断熱材の表面に加熱光を全部又は一部透過し、熱放射光を透過しないフォトセレクティブフィルムを密着させ、そのフォトセレクティブフィルムを介して周期的に変調した加熱光を試料に照射し、そのフォトセレクティブフィルムを介して試料の断熱材から放出される熱放射光を検出し、加熱光に対する検出信号の周波数−位相差特性を測定し、その周波数−位相差特性の解析を行うことにより試料の熱伝導率及び温度伝導率を求める断熱材の断熱特性リモートセンシング装置であって、前記の周期的に変調した加熱光を試料に照射する加熱光照射手段と、前記熱放射光を検出する熱放射光検出手段と、前記加熱光に対する前記熱放射光の検出信号の周波数−位相差特性を測定する周波数−位相差特性測定手段と、前記フォトセレクティブフィルムの物性値と前記断熱材の吸収係数を入力する物性値入力手段と、前記フォトセレクティブフィルムの物性値と前記断熱材の吸収係数に基づいて理論式を決定する理論式決定手段と、測定された周波数−位相差特性に対して理論式をカーブフィッティングするカーブフィッティング手段とを備えていることを特徴とする断熱材の断熱特性リモートセンシング装置。
【請求項6】
前記物性値入力手段において入力する物性値が、前記フォトセレクティブフィルムの温度伝導率、熱伝導率、厚み、吸収係数、前記断熱材の吸収係数を含むことを特徴とする請求項5記載の断熱材の断熱特性リモートセンシング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−292604(P2006−292604A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−115350(P2005−115350)
【出願日】平成17年4月13日(2005.4.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年10月20日 日本熱物性学会発行の「第25回 日本熱物性シンポジウム 講演論文集」に発表
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】