説明

断面形態制御繊維およびその製造方法

【課題】減量加工用繊維、異形断面繊維、極細繊維等の断面形態を制御されたポリエチレンテレフタレート繊維及びその製造方法を提供する。
【解決手段】A成分1,3,5,7,9はポリエチレンテレフタレートであり、B成分2,4,6,8,10はポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックが所定の構成比であるブロックコポリマーであり、B成分のメルトフローレイトが3g/10min以上であり、A成分とB成分が所定の構成比率で、A、B成分の溶融ポリマーが複合紡糸ノズルから押し出され、5km/min以上の紡糸速度で高速紡糸される、断面形態制御繊維の製造方法、およびそれによって得られた複合繊維、およびその複合繊維からB成分が除去されたポリエチレンテレフタレート繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断面形態制御された繊維及びその製造方法に関し、特に、減量加工用繊維、異形断面繊維、極細繊維等の断面形態を制御されたポリエチレンテレフタレート繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維の断面形態制御加工には、アルカリ溶液等による減量加工、複合紡糸による異形断面繊維化、極細繊維化等がある。ポリエチレンテレフタレート繊維からなる織物においては、その繊維の表面をアルカリ濃厚溶液で溶解させ、繊維の剛直感をなくし、さらにこの減量加工により繊維径が小さくなることによって、織物のドレープ性等風合いを向上させるという目的で、アルカリ減量加工が多く用いられている。しかし、本来有効な成分を溶解するという本質的な問題点の他、アルカリ(水酸化ナトリウム)濃厚液に浸漬、溶解、アルカリ除去、乾燥等に多くの労力と時間を要するという問題があった。これらの問題点を軽減する目的で、ポリエチレンテレフタレートと水溶性ポリマーとの複合繊維による方式も試みられている(特開平7−268770号、特開平10−204729号)。しかし、水溶性ポリマーは熱安定性が悪く、複合紡糸すると分子量が低下するので、回収して同一目的に再利用することが困難になる。また、ポリエチレンテレフタレートは、高速紡糸が可能で、単に生産速度が速いばかりでなく、出来た製品の物性が良く、延伸工程が省略できるので、生産性が良いことを特徴とするが、これら水溶性ポリマーとの複合紡糸では、糸切れ等によってポリエチレンテレフタレート繊維単独紡糸の場合よりも高速紡糸しにくくなり、ポリエチレンテレフタレート繊維の生産性の良さが利用されていない。
【0003】
繊維を極細(数マイクロメータ)にすることで、風合いの向上ばかりでなく、人工皮革等の新たな展開をみせている。ポリエチレンテレフタレート繊維においても、ポリスチレンを海成分、ポリエチレンテレフタレートを島成分とする海島繊維紡糸によって極細繊維製造も行われている(例えば、特公昭60−35451号)。ポリスチレンは熱安定性も良く、有機溶剤に対する溶解性も良いので、ポリスチレンをリサイクルして再利用することはできるが、ポリスチレンとポリエチレンテレフタレートとの複合紡糸では、5km/min以上の高速で紡糸することはできるが、ポリスチレン成分の影響によってポリエチレンテレフタレート成分の配向度が十分に高くならず、やはりポリエチレンテレフタレート繊維の生産性の良さが利用されない(例えば、1995年発行繊維学会誌 Vol.51,No.9,p.408)。例えば、特開平11−158726号においては、ポリエチレンテレフタレートとスチレン系ポリマーの複合繊維から、高強度・高伸度のフィラメントを得る発明が記載されているが、紡糸速度を3km/分以下と、低速で紡糸することを要件としている。同様に、ポリエチレンテレフタレートと他のポリマーとの複合紡糸によって異形断面形状繊維を得る場合においても、その他のポリマーをリサイクルして再利用することと、高速紡糸によるポリエチレンテレフタレート繊維の生産性の良さを利用することを両立させることは実現されていない。
【0004】
また、ポリエチレンテレフタレートと複合紡糸される成分に高速紡糸適合性があっても、常温で巻き取られた繊維相互間が膠着することもあるため、得られた複合繊維の単繊維分離性が良いことも必須条件である。さらに、複合紡糸における一成分を除去する溶剤として用いる有機溶剤が、リサイクルして再利用可能であり、人体に有害性のないものであることも、環境面から強く求められている。
【0005】
【特許文献1】特開平7−268770号公報(第1−2頁)
【特許文献2】特開平10−204729号公報(第1−2頁)
【特許文献3】特公昭60−35451号公報(第1−2頁)
【特許文献4】特開平11−158726号公報(第1−2頁)
【非特許文献1】鞠谷雄士、他3名、繊維学会誌(1995年) Vol.51,No.9,p408−415
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点を解決するためのものであって、ポリエチレンテレフタレート繊維のもつ高速紡糸性を損なうことなく、繊維断面形態を様々に制御する手段を提供することにある。また本発明は、ポリエチレンテレフタレートと他のポリマーとの複合紡糸により得られた複合繊維において、ポリエチレンテレフタレート以外の成分を溶剤で溶解除去することで繊維断面形態を制御するが、その他の成分であるポリマーが、高速紡糸性を妨げないばかりでなく、高速紡糸することによって、その他の成分であるポリマーに起因する、巻き取られた繊維相互間の膠着を解消し、単繊維分離性を良好にすることを目的とする。また本発明は、その除去されたポリマー成分が回収されて再利用されることを目的とする。さらに本発明は、そのポリマー成分を溶剤で溶解除去する溶剤が、人体に有害性が少ない溶剤であることを可能にすることにあり、その溶剤も回収して再利用されることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記の目的を達成するためになされたものであって、A成分はポリエチレンテレフタレートであり、B成分はポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーであり、B成分を100%とした時、前者のブロックが5%以上60%以下、かつ後者のブロックが95%以下40%以上であり、B成分のメルトフローレイトが3g/10min以上であり、重量%で、A成分が50%以上で95%以下であり、B成分が5%以上で50%以下である構成比率で、A、B成分の溶融ポリマーが複合紡糸ノズルから押し出され、5km/min以上の紡糸速度で高速紡糸されることを特徴とする、断面形態制御繊維の製造方法に関する。また本発明は、前記B成分のポリオレフィン成分が、エチレン/プロピレン共重合体である、前記の断面形態制御繊維の製造方法に関する。また本発明は、前記複合紡糸ノズルがB成分を鞘、A成分を芯とする芯鞘型複合紡糸ノズルである前記の断面形態制御繊維の製造方法に関する。前記複合紡糸ノズルがA成分とB成分がサイドバイサイドに配置されている複合紡糸ノズルである前記の断面形態制御繊維の製造方法に関する。また本発明は、前記複合紡糸ノズルがA成分を極細繊維成分とする、海島繊維紡糸ノズル又は分割繊維紡糸ノズルである断面形態制御繊維の製造方法に関する。また本発明は、前記A成分と前記B成分からなる複合紡糸によって得られた、前記の断面形態制御繊維に関する。さらに本発明は、前記B成分がリモネンを主成分とする溶剤により除去されて得られた、A成分主体のフィラメントからなり、フィラメントの複屈折が0.09以上であり、沸水収縮率が6%以下である、前記の断面形態制御繊維に関する。
【0008】
本発明は、ポリエチレンテレフタレート(A成分)と他のポリマー(B成分)との複合紡糸により得られた繊維において、B成分を溶剤で溶解除去することによって、種々の断面形態制御を可能にしたものである。本発明で使用されるA成分であるポリエチレンテレフタレートは、通常の高速紡糸に用いられる紡糸用の樹脂が使用され、その極限粘度は、0.5以上1.2以下が好ましく、0.6以上1.1以下がさらに好ましい。そして酸化チタンや紫外線劣化防止剤等も少量配合して使用することができる。
【0009】
本発明の複合紡糸におけるB成分は、ポリエチレンテレフタレート繊維の高速紡糸特性を妨げるものであってはならない。極細繊維等の製造に用いられるポリスチレンは、溶剤溶解性が良いこと、紡糸性が良いことなどの理由で、複合紡糸のB成分として用いられる場合が多い。しかしポリスチレンでは、5km/min以上の速度で紡糸しても、ポリエチレンテレフタレート成分の配向度が高くならないことは既に触れた。その理由は、ポリスチレンの固化温度がポリエチレンテレフタレートの固化温度よりも高いために、複合化した場合にはポリスチレン成分側が先に固化して応力が集中する一方、ポリエチレンテレフタレート(A成分)側は固化に至るまでに配向緩和してしまうことが一因であると考えられる。本発明は、このポリエチレンテレフタレートの高速紡糸性を妨げないB成分について鋭意研究した結果、ポリスチレン成分からなるブロックと、ポリオレフィン成分からなるブロックコポリマーが特殊な構成比率であるコポリマーに到達した。しかも、これらのコポリマーにすることで、ポリマーの固化温度は低下するが、そうすることによって、他方のポリエチレンテレフタレート(A成分)側が先に固化して紡糸応力が集中するようになり、その結果一般的なポリエチレンテレフタレートの高速紡糸速度よりも低い巻取速度で配向度と強度が十分に高い繊維が得られることが判明した。一方、B成分の固化温度の低下に伴い、巻き取られた繊維が膠着して単繊維分離性が悪くなることが懸念されるが、本発明においては、高速紡糸によって繊維自体の強度を十分に高くすることによって単繊維分離性を良好にできることも判明した。
【0010】
本発明の複合繊維を構成するB成分であるブロックコポリマーは、予めポリスチレン成分からなるブロックと、共役ジエン化合物を単独または共重合したポリマーのブロックで構成されるブロックコポリマーを作製し、スチレン成分からなるブロック以外に存在する不飽和結合に対して水素添加することによって、オレフィン成分からなるブロックを形成し、その結果、耐熱劣化性が良くなり、高速紡糸性の良いポリマーとすることができた。
【0011】
本発明のB成分は、ポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーである。そしてその構成比率は、B成分を100%とした時、前者のブロックが5%(以下全て重量%であるので、単に%で示す)以上60%以下、かつ後者のブロックが95%以下40%以上であり、さらに好ましくは、ポリスチレン成分が10%以上で40%以下であるブロックと、ポリオレフィン成分が90%以下、60%以上である。また、B成分であるブロックコポリマーは、ポリスチレン成分からなるブロックとポリオレフィン成分からなるブロックの末端同士が結合し、全体として各ブロックが直鎖状につながっていることが好ましく、ポリオレフィン成分からなるブロックの両末端にスチレン成分からなるブロックが1つずつ結合していることがさらに好ましい。これらのポリマー成分と構成比率にすることにより、a.高速紡糸性を満足し、b.単繊維分離性も良く、c.人体に有害性の少ない植物由来のリモネンを主成分とする溶剤にも可溶であり、d.B成分が除去されたA成分からなるフィラメントが高度の分子配向性を有し、さらに沸水収縮率が低く、そのままでも実用に供することが可能な繊維となり、e.しかも、これらのB成分や溶剤を回収して同一用途に再利用できるため環境に優しく、コスト的にも安価にすることができた。
【0012】
前記のB成分のポリオレフィン成分からなるブロックは、固化温度を低下させるための重要な役割を担うもので、A成分のポリエチレンテレフタレートよりも固化温度の低いポリエチレンやポリプレピレンに代表されるポリオレフィンであることが好ましく、エチレン/プロピレン共重合体がさらに好ましく、エチレン/プロピレン交互共重合体が最も好ましい。エチレン/プロピレン交互共重合体からなるブロックは、B成分であるブロックコポリマー製造のために利用する共役ジエン化合物をイソプレンとし、重合後水素添加することで形成できる。この共重合体が、前記a−eに示した特性を一層発揮できるからである。エチレン/プロピレン共重合体成分を有するブロックコポリマー(B成分)は、溶融紡糸における熱安定性が大幅に向上し、さらにブロックコポリマーのリサイクル性を向上させることができる。
【0013】
本発明における複合紡糸において、高速紡糸性を満足するためには、B成分メルトフローレイトが3g/10min以上であり、さらに好ましくは5g/10min以上であって150g/10min以下である。メルトフローレイトが大きいということは、B成分の分子量が小さいことを意味し、一定の分子量範囲のみが高速紡糸性を満足することを意味する。本発明におけるメルトフローレイトは、JIS K7210に準拠し、230℃、2.16kgfで測定した。実施例では、200℃で荷重10kgfにおいて測定された値も参考にした。
【0014】
本発明におけるA成分とB成分は、特定比率の場合においてのみ、前記a−eの全てを同時に満足することができる。この構成比率は、A成分が50%以上で95%以下であり、B成分が5%以上で50%以下であり、さらに好ましくは、A成分が58%以上で92%以下であり、B成分が8%以上で42%以下であり、最も好ましくは、A成分が65%以上で90%以下、B成分が10%以上で35%以下である。
【0015】
本発明の複合繊維には、必要に応じて離形剤、熱安定剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、難燃剤、抗菌剤、消臭剤、芳香剤、蛍光増白剤、つや消し剤、着色剤、帯電防止剤、無機微粒子等の添加剤を配合してもよい。
【0016】
本発明は、上記A成分とB成分からなる融液が複合紡糸ノズルによって押し出されることによって、複合紡糸されることを特徴とする。複合紡糸ノズルは、B成分を鞘、A成分を芯とする芯鞘型複合紡糸ノズルを用いて、芯鞘型複合繊維とすることができる。また、複合紡糸ノズルがA成分とB成分をサイドバイサイドに配合する複合紡糸ノズルであることにより、サイドバイサイド型複合繊維とすることができる。これらの複合紡糸ノズルによって得られた複合繊維においては、表面にあるB成分を溶剤で簡便に溶解除去できるので、減量加工用ポリエチレンテレフタレート繊維とすることができる。また、これらの複合紡糸ノズルでは、予めA成分の繊維断面形状を制御できるため、B成分を溶解除去することにより、さまざまな異形断面のポリエチレンテレフタレート繊維が得られる。異形断面繊維は、繊維の光沢や風合い、曲げ強度などを変化させることができ、種々の用途に実用化されている。さらに複合紡糸ノズルが、A成分が極細繊維成分とされる、海島繊維紡糸ノズル又は分割繊維紡糸ノズルであることにより、B成分を溶解除去して、ポリエチレンテレフタレートの極細繊維とすることができる。
【0017】
本発明は、複合紡糸において高速紡糸を可能にしたことに特徴がある。ポリエステル単独での高速紡糸は、通常6km/minで行われる。6km/min未満の場合は、紡糸応力が不足するために高い分子配向が得られず、6km/minを超えると高価な巻取装置が必要になるとともに繊維断面内にスキン−コア型の不均一構造が形成されやすくなり、一般的な用途には適さないポリエステル繊維になるためである。高速紡糸は、単に紡糸速度が速いために生産性が良いばかりでなく、できた製品の分子配向性が良く沸水収縮率が小さいなどの実用的物性も良いので、生産性やコスト面からのメリットが大きい。一方、本発明の高速紡糸は、5km/min以上7km/min以下で行うことが好ましい。本発明では、複合紡糸においてポリエステル成分よりも相対的に固化温度の低いブロックコポリマー成分を利用しているため、ポリエステル成分が先に固化して応力が集中し、一般的な高速紡糸よりも低い速度で同じ繊維構造が形成される。ちなみに、複合紡糸ノズルによってポリエステル成分を繊維表面に露出させないよう制御すれば、7km/minを超えた速度であっても不均一構造が生じにくく、糸質の良いフィラメントとなる。このように本発明における高速紡糸は、単に生産性やコスト面ばかりでなく、複合紡糸におけるB成分の単繊維分離性が高速紡糸によって良くなるという本質的な要件となる。
【0018】
本発明においては、複合繊維からB成分を溶剤除去することにより繊維断面形態が制御される。従来のポリエチレンテレフタレート繊維の減量加工では、水酸化ナトリウム溶液を使用して高温(100℃前後)で長時間(60分前後)を要していたが、本発明では、低温(40℃前後)、短時間(15分前後)で処理できる。溶剤は、トリクロルエチレンやトルエン等の有機溶剤も使用できるが、これらは人体に有害性もあり、環境汚染の原因ともなる。そこで本発明は、植物由来のリモネンを主成分とする溶剤によりB成分を除去し、人体にも環境にも影響の少ない溶剤を使用することを特徴とする。リモネンを主成分とする溶剤は、工業的にはd-リモネンを 90 wt%以上含んだ液体が好ましく、B成分の溶解速度を高くする目的で、例えばエタノールのような添加物を配合してもよい。
【0019】
本発明の高速紡糸された複合繊維のB成分が溶剤除去され、繊維断面形態が制御されたポリエチレンテレフタレート繊維となる。このポリエチレンテレフタレート繊維の断面形態については図において詳述する。また、このポリエチレンテレフタレート繊維は、分子配向性が良く、しかも沸水収縮率が小さいという特性を有する。分子配向性の評価は、通常、複屈折を測定することで行われる。本発明によって得られるポリエチレンテレフタレート繊維は、複屈折が0.09以上で、0.10以上あることが好ましい。高速紡糸によって分子配向性を高めたポリエチレンテレフタレート繊維は、複屈折とともに結晶化度も高くなるため、十分な強度と高い耐熱特性を有し、衣料を始めとする幅広い用途で利用可能となる。さらに本発明のポリエチレンテレフタレート繊維は、沸水収縮率が6%以下、好ましくは4%以下と小さく、実用的特性も併せ持つことを特徴とする。沸水収縮率が小さいことは、作製した織物や編物、不織布等が優れた寸法安定性を発揮し、染色や熱セット等の後加工を施す場合に有利となることを意味し、紡糸したままで、特別の処理をすることなく、製品化の工程に供することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、ポリエチレンテレフタレートと特殊構成のブロックコポリマーとの複合紡糸において、ポリエチレンテレフタレート繊維のもつ高速紡糸性を損なうことなく、繊維断面形態を様々に制御することを可能にした複合繊維を得ることができる。また本発明は、
ポリエチレンテレフタレートと他のポリマー(B成分)との複合紡糸により得られた複合繊維において、B成分を溶剤で溶解除去することで繊維断面形態を制御するが、そのB成分であるポリマーが、高速紡糸性を妨げないばかりでなく、高速紡糸することによって、その他の成分であるポリマーに起因する、巻き取られた繊維相互間の膠着を解消し、単繊維分離性を良好にすることができた。また本発明は、低温・短時間の溶剤処理でB成分を除去でき、除去されたポリマー成分が回収されて同一用途に再利用され、さらに、そのポリマー成分を溶剤で溶解除去する溶剤が、人体に有害性が少ない溶剤であるリモネンにすることを可能にし、その溶剤も回収して再利用することを可能にした。すなわち、従来のアルカリ減量加工では、排出液から有害成分が出てくるが、本発明ではそれらの排出成分を全て回収し再利用でき、有害成分を全く含まない廃液処理であるゼロエミッション処理を可能にした。さらに本発明は、他の複合成分が除去されたポリエチレンテレフタレートフィラメントが高度の分子配向性を有し、さらに沸水収縮率が低く、そのままでも実用に供することが可能な繊維を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下本発明を図面で示す実施例に基づいて説明する。図1は、本発明の繊維断面形態制御のための複合紡糸ノズル内の流れを下から見た場合である。A図は、芯鞘型紡糸ノズルで、A成分1を芯とし、B成分2を鞘とした構成で、芯鞘型繊維が紡糸される。B図は、サイドバイサイド型紡糸ノズルで、A成分3とB成分4が、並列に配置されており、異形断面繊維の製造に用いられる。C図からE図は、多層型の複合紡糸ノズルであり、極細繊維の製造や異形断面繊維の製造に使用される。C図は、多重並列型ノズルで、A成分5とB成分6が、多重に並列して並んでいる。D図は、多芯型ノズル、または海島紡糸ノズルで、A成分7が島成分で、B成分8を海成分とする。この海成分を溶剤で溶解除去して、A成分の極細繊維を得ることができる。E図は、放射状ノズルで、A成分9が放射状に配置され、B成分10が、その隙間を埋めている配置で、A成分の放射型異形断面繊維を得ることができる。E図におけるA成分とB成分を逆にして、放射状成分をB成分とすると、A成分の異形極細繊維を得ることができる。これらの紡糸ノズルを用いて紡糸された複合フィラメントの断面は、ほぼ図1に示された構成のものが得られた。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の実施例を表1および表2に基づいて具体的に説明する。本発明における複合繊維のA成分として、固有粘度0.68のポリエチレンテレフタレートであるユニチカ(株)製商品名MA−2103を用い、これをPETと記す。本発明におけるB成分である複合繊維のブロックコポリマーとして、ポリスチレンブロックがエチレン/プロピレン共重合体ブロックの両端に結合しているブロックコポリマーとして、クラレ(株)製商品名セプトン2063および2002、2007、2104を用い、それぞれをSEPS―1、SEPS−2、SEPS−3、SEPS−4と記す。前記4種類のブロックコポリマーのスチレン含有量とメルトフローレイトについて表1に記す。また、参考のため前記ブロックコポリマーに代わり、メルトフローレイトが測定条件230℃、2.16kgfにおいて、30g/10minのポリプロピレンであるサンアロマー(株)製商品名PM900Aと、測定条件200℃、5kgfにおいて18g/10minのポリスチレンであるPSジャパン(株)製商品名679を用い、それぞれPP、PSと記す。実施例1〜4および比較例1〜3において、PETを複合繊維の芯成分、表1に記した4種類のポリマーをそれぞれ鞘成分として複合紡糸を行った。芯鞘各成分のポリマーは、それぞれシリンダー温度285℃、240℃で溶融し、芯鞘複合ノズルの温度を290℃とした。このときの吐出量は5cc/minとした。また、参考例1と2において表1に示したブロックコポリマーの代わりにPPとPSをそれぞれ用い、実施例と同条件で複合紡糸を行った。さらに参考例3としてPET単独での溶融紡糸をシリンダー温度285℃、ノズル温度290℃にて行った。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
以下、各例にて行った評価項目について説明する。曳糸性については、設定した巻取速度にて試作糸が得られた場合を○、巻取りに際して紡糸線上で糸が破断し、試作糸が得られなかった場合を×とした。単繊維分離性については、巻取った複合繊維を力学的作用のみによって単繊維に分離することができた場合を○とし、膠着によって力学的作用のみでは単繊維に分離することができず、糸が破断または著しく塑性変形した場合を×とした。
熱沸水収縮率については、繊維長が120mmとなるように切断したフィラメントを94℃の水中に2分間浸漬後、室温下で繊維長Lを測定し、沸水収縮率(%)={(120−L)/120}×100によって算出した。測定はサンプル毎に5回以上行い、平均値を採用した。溶解除去率については、浸漬前の乾燥重量がW0のサンプルを40℃に保温したリモネン(ヤスハラケミカル(株)製
D−リモネン)に15分間浸漬した後に浸漬後の乾燥重量Wを測定し、溶解除去率(%)={(W0−W)/W0}×100によって算出した。表2より、実施例1−4では、ほぼ完全に溶剤除去されている。本発明では、このように低温・短時間処理の溶剤処理で、B成分を除去できるのも特徴の一つである。参考例1のPPとの複合繊維では、溶剤除去できていない。芯成分の複屈折は、前記溶解除去率の結果によってB成分がほぼ完全に溶解除去したと判定できる場合は、溶解除去後の複合繊維に対して干渉顕微鏡によって屈折率異方性を測定して算出した。また、このとき平均屈折率を算出し、下記の文献の方法によって繊維の密度に換算した。
J. Shimizu
and T. Kikutani, “Polyester 50 years of Achievement,
Ed. J. Hearle”, p.166 (1993)
【0026】
実施例1〜4および比較例1〜3、参考例1〜3における芯鞘比と溶融紡糸の巻取速度、ならびに前記評価項目における結果を表2に記す。この表より実施例1−4のB成分の構成範囲では、高速紡糸性(曳糸性)、単繊維分離性、溶解除去性があり、そして得られたポリエチレンテレフタレートフィラメントの沸水収縮率が6%以下と小さく、フィラメントの複屈折も0.09以上で分子配向度も高い。比較例1は、成分Bの配合が良くても、低速紡糸では単繊維分離性が悪く、沸水収縮率も58.3%と大きい。比較例2は、成分Bのメルトフローレイトが小さいと糸切れによって高速紡糸速度に至らない。比較例3は、B成分のスチレン含有量が高く、B成分のメルトフローレイトが小さい場合で、やはり糸切れによって高速紡糸速度に至らない。
【0027】
参考例1は、B成分としてポリプロピレンを使用した場合で、溶解除去性が悪い。参考例2は、B成分としてポリスチレンを使用した場合で、6km/minの巻取速度であるにもかかわらず、得られたポリエチレンテレフタレートフィラメントの沸水収縮率が大きく、複屈折が小さいので、分子配向度や結晶化度が小さい。参考例3は、B成分もポリエチレンテレフタレート、即ち、複合紡糸ではなく、ポリエチレンテレフタレート単体紡糸の場合を示したもので、注目すべきは、同じ巻取速度である実施例2と比較して、得られたポリエチレンテレフタレートフィラメントの沸水収縮率が大きく、複屈折が小さいので、分子配向度や結晶化度が小さい。また、本発明の実施例3では7km/minまでの高速紡糸が可能で、その場合、分子配向度もさらに良くなり、沸水収縮率もさらに小さくなる。
【0028】
本発明で得られたポリエチレンテレフタレート繊維における複屈折、密度、沸水収縮率の巻取速度依存性を、表3、図2、図3、図4に示す。図において、○印は、芯鞘複合紡糸PET/SEPS−2(77/28重量比)であり、△印は、芯鞘複合紡糸PET/PS(75/25重量比)であり、□印は、PET単独紡糸の場合である。この表3、図2、図3、図4より、本発明の芯鞘複合紡糸PET/SEPS−2(77/28重量比)(○印)は、PET/PS(△印)やPET単独紡糸(□印)に比較して、高速紡糸により、複屈折、密度が大きく、沸水収縮率が小さいことがわかる。
【0029】
図5は、巻取速度6km/minで得た芯鞘複合繊維PET/SEPS−2(77/28重量比)側面の走査型電子顕微鏡写真を示す。図6は、図5の複合繊維を40℃リモネンに15分間浸漬することによって、鞘成分のSEPS−2を除去した繊維側面の走査型電子顕微鏡写真を示す。このように、本発明で得られた複合繊維は、溶剤によって繊維断面が制御され、繊維径が縮小した。
【0030】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のポリエチレンテレフタレート繊維は、織物、編物、不織布等の種々の繊維製品の原料として使用される。

【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の複合紡糸ノズルを下からみた模式図。
【図2】本発明で得られたポリエチレンテレフタレートフィラメントにおける複屈折の巻取速度依存性を示すグラフ。
【図3】本発明でえられたポリエチレンテレフタレートフィラメントにおける密度の巻取速度依存性を示すグラフ。
【図4】本発明で得られたポリエチレンテレフタレートフィラメントにおける沸水収縮率の巻取速度依存性を示すグラフ。
【図5】本発明で得られた芯鞘複合フィラメント側面の走査型電子顕微鏡写真。
【図6】図5のフィラメントを溶剤浸漬によって、鞘成分を除去したフィラメント側面の走査型電子顕微鏡写真。
【符号の説明】
【0033】
1、3、5、7、9:A成分、 2,4、6、8、10:B成分。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
A成分はポリエチレンテレフタレートであり、
B成分はポリスチレンブロックとポリオレフィンブロックで構成されるブロックコポリマーであり、B成分を100%とした時、前者のブロックが5%以上60%以下、かつ後者のブロックが95%以下40%以上であり、
B成分のメルトフローレイトが3g/10min以上であり、
重量%で、A成分が50%以上で95%以下であり、B成分が5%以上で50%以下である構成比率で、A、B成分の溶融ポリマーが複合紡糸ノズルから押し出され、
5km/min以上の紡糸速度で高速紡糸されることを特徴とする、断面形態制御繊維の製造方法。
【請求項2】
前記B成分のポリオレフィン成分が、エチレン/プロピレン共重合体である、請求項1の断面形態制御繊維の製造方法。
【請求項3】
前記複合紡糸ノズルがB成分を鞘、A成分を芯とする芯鞘型複合紡糸ノズルである請求項1の断面形態制御繊維の製造方法。
【請求項4】
前記複合紡糸ノズルがA成分とB成分がサイドバイサイドに配置されている複合紡糸ノズルである請求項1の断面形態制御繊維の製造方法。
【請求項5】
前記複合紡糸ノズルがA成分を極細繊維成分とする、海島繊維紡糸ノズル又は分割繊維紡糸ノズルである請求項1の断面形態制御繊維の製造方法。
【請求項6】
前記A成分と前記B成分からなる複合紡糸によって得られた、請求項1の断面形態制御繊維。
【請求項7】
前記B成分がリモネンを主成分とする溶剤により除去されて得られた、A成分主体のフィラメントからなり、該フィラメントの複屈折が0.09以上であり、沸水収縮率が6%以下である、請求項1の断面形態制御繊維。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−84257(P2010−84257A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−253593(P2008−253593)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター発行「平成20年度 研究発表会要旨集」 表紙、目次、第67頁、奥付のコピー
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】