説明

新品種ストックの作出方法

【課題】ストック栽培において、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを、熟練を必要とせず、定植前の1回だけの作業によって精度よく識別することのできる新品種ストックの作出方法について提案すること。
【解決手段】花粉親として本葉の外形の形質に特長を有するストックを選択し、これと母本となるストックとを人為受粉によって交配することで雑種第1代の個体群を得る工程と、その雑種第一代の個体を自家受粉させて採種した雑種第2代の個体群の中から、個体別に選抜採種して雑種第3代の個体群を得る工程と、該雑種第3代の個体群を個体別に播種して、その中から八重咲きストックの本葉のみに前記花粉側の形質が発現しているストックを、選抜すると共に固定化する工程と、からなること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストック栽培において、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを、熟練を必要とせず、定植前の1回だけの作業によって精度よく識別することのできる新品種ストックの作出方法について提案するものである。
【背景技術】
【0002】
ストック(和名:アラセイトウ)は、アブラナ科マッティオラ族の植物であり、草質またはやや木質状をなす茎を有するとともに、4枚の花弁からなる花を有し、自家受粉で結実する。
【0003】
このストックには一重咲き株と八重咲き株とがあり、いずれも種子播きによって栽培されるが、八重咲き株は、雌しべと雄しべが花弁化して不稔となっているため、一重咲きの株から採種された種子によって栽培されている。なお、現在栽培されているストックの大部分は、一重咲き株から採種された種子を播くと、八重咲き株と一重咲き株とが55:45位の割合で発生することが知られている。
【0004】
ところで、八重咲きストックは、一重咲きストックよりもボリューム感があるため、商品価値が高く、通常、切り花用として出荷されている。一方、一重咲きストックは、切り花用のみならず採種用として栽培および出荷されている。
【0005】
このように八重咲きストックと一重咲きストックとでは、その用途が異なるため、定植を行う前の、幼苗期において両者を鑑別することが必要とされ、従来は、図1および表1に示したように、八重咲き株と一重咲き株の子葉の形質の差を総合的に判断することによって両者の鑑別を行っていた。
【0006】
【表1】

【0007】
また、ストックの八重鑑別法としては、特許文献1に、種子にコーティング加工(コート種子)を施して発芽時に適度なストレスを与えることで、従来に比べて一重咲き株の発芽および苗の育成を遅らせ、その生育の差によって八重咲き株と一重咲き株とを鑑別する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2003−52206号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、こうした従来の子葉を用いた鑑別方法では、たとえ特許文献1のように一重咲きストック株の発芽を遅らせたとしても、播種後10〜14日目くらいの発芽後間もない、子葉の微妙な差をとらえて行う感覚的な作業であるため、誰でも簡単に、かつ精度よく鑑別できる方法ではなく、また、ストックの品種や栽培環境等によって、生育に差があり、八重とも一重ともとれる大きさの子葉が存在することから、子葉の形質の差のみによって、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを正確に鑑別することは極めて困難な作業であった。
【0009】
しかも、ストックには、無分枝系と分枝系があり、無分枝系の子葉には、不整形な一枚葉が20〜30%の割合で出現するため、子葉の形質の差によって正確に八重咲きストック株と一重咲きストック株とを鑑別することには限界があった。
【0010】
また、上記したように八重咲きストックは、商品価値が高く、市場での取引価格が一重咲きストックの3〜4倍にもなる。そのため、定植する前に、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを正確に鑑別し、八重咲きストック株を出来るだけ多く植えるようにしなければ収益に大きな差が生じることになり、一方、採種用となる一重咲きストック株の中に、結実しない八重咲きストック株が、多く交じってしまうと、種子の生産量が著しく減少し、ストックの生産性が低下してしまうという問題点がある。
【0011】
そこで、本発明は、ストック栽培において、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを、熟練を必要とせず、定植前の1回だけの作業によって精度よく識別することのできる新品種ストックの作出方法について提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を実現するため、本発明者は、従来の子葉の形質による鑑別に代わり、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを簡単かつ正確に鑑別できる方法について研究および育種を重ねた結果、八重咲きストックの本葉と、一重咲きストックの本葉とが、それぞれ異なる形質を示す新品種のストックを作出することに成功したのである。
即ち、本発明は花粉親として本葉の外形の形質に特長を有するストックを選択し、これと母本となるストックとを人為受粉によって交配することで雑種第1代の個体群を得る工程と、その雑種第一代の個体を自家受粉させて採種した雑種第2代の個体群の中から、個体別に選抜採種して雑種第3代の個体群を得る工程と、該雑種第3代の個体群を個体別に播種して、その中から八重咲きストックの本葉のみに前記花粉側の形質が発現しているストックを、選抜すると共に固定化する工程と、からなることを特徴とする新品種ストックの作出方法である。
【0013】
また、本発明の新品種ストックの作出方法においては、
(1)前記固定化された新品種ストックの本葉の形質の差によって、八重咲きストック株と一重咲きストック株とに識別して鑑別を行うこと、
(2)前記八重咲きストック株と一重咲きストック株の鑑別は、定植前の、本葉が3枚または4枚に生長した時点で行われること、
(3)前記新品種のストックは、播種によって八重咲きストック株と一重咲きストック株とが50〜70:50〜30の割合で出現するものであること、
(4)前記花粉親の本葉の外形の形質の特長が、葉縁の形状にあること、
(5)前記花粉親の本葉の外形の形質の特長が、葉身の大きさおよび色にあること、が好ましい実施形態となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、八重咲きストック株と一重咲きストック株の本葉の外形が、それぞれ異なる形質を示す新品種のストックを作出することができるため、その本葉の形質の差によって客観的に八重咲きストック株と一重咲きストック株とを識別することができるようになり、従来の発芽後間もない小さな子葉の差による感覚的な方法に比べて、熟練を必要とせず、初心者であっても簡単かつ精度よく鑑別することができる。
【0015】
また、従来品種のストックでは、採種した種子の八重率を検定する際、全株を完全に発蕾させ、蕾の形状を観察することで八重咲きストック株か、一重咲きストック株かを確認していたため、広いスペースと100日以上の栽培日数を必要としていた。しかし、本発明に係る新品種のストックによれば、発芽後25〜30日くらいの幼苗の段階で八重咲きストック株と一重咲きストック株とを正確に識別することができるため、育苗トレイ内において八重率を確認することができるようになる。
【0016】
また、従来品種のストックでは、ストック苗の販売において、八重率を最大90%程度とすることが限界であったのに対し、本発明に係る新品種のストックによれば、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを精度よく識別することができるため、100%に近い八重率のストック苗を販売することができる。
【0017】
さらに、本発明では、播種によって八重咲きストック株と一重咲きストック株とが50〜70:50〜30の割合で出現するため、八重咲きストック株による収益の増加のみならず、一重咲きストック株による種子の安定した供給とを実現することができる。
【0018】
また、本発明によれば、花粉親として本葉の葉縁に、波状や羽状、欠刻、歯牙、鋸歯などの凹凸や切れ込みを有するストックを用いることで、八重咲きストック株の本葉のみに、花粉親の特長的な葉縁の形状を発現させることができ、これによれば、本葉の外形の明確な相違によって、簡単かつ精度よく八重咲きストック株と一重咲きストック株とを鑑別することができる。
【0019】
さらに、本発明によれば、花粉親として本葉の葉身の大きさや色に特長のあるものを用いること、例えば、葉身が大きく、黄緑色を呈するものを用いた場合には、八重咲きストック株の本葉の葉身が大きく、黄緑色を強く呈するようになり、一重咲きストック株の本葉と比較した時の相違が明確で、両者を簡単に鑑別できるようになる。
【0020】
また、本発明では、八重咲きストック株と一重咲きストック株とを、定植適期の本葉が3〜4枚に生長した時点で、前記したように葉縁の形状や、葉身の大きさ、色という明確な違いによって鑑別することで、子葉のように栽培環境に左右されることがなく、また、従来は、育苗期間に4〜5回行っていた鑑別作業が定植前の1回のみで良くなり、鑑別の手間を省くことができ、生産農家の労力を削減することができる。
【0021】
また、本発明に係る新品種のストックの、八重咲きストック株の本葉のみに花粉親の形質の特長が発現するという特徴は、交配によって他のストック品種に移し固定化出来る可能性があり、これによれば、ストック栽培全般における八重鑑別の精度向上と、切花生産と採種生産の効率化を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】従来の子葉を用いたストックの鑑別方法を示す図である。
【図2】従来のストックの、一重咲きストック株と八重咲きストック株の子葉および本葉の形状を比較して示した図である。
【図3】本発明に係る新品種のストックの、一重咲きストック株と八重咲きストック株の子葉および本葉の形状を比較して示した図である。
【図4】4枚目の本葉が生長した時点において、本発明に係る新品種のストックと従来のストックとを比較した図である。
【図5】6枚目の本葉が生長した時点において、本発明に係る新品種のストックと従来のストックとを比較した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明では、八重咲きストック株の本葉と一重咲きストック株の本葉とが、それぞれ異なる形質を示す新品種ストックを、以下のような工程に基づいて作出することができた。
まず、花粉親となるストックとして、本葉の形質に特長のあるストックを選択した。この本葉の形質の特長は、葉縁の形状、あるいは、葉身の大きさや色にあることが好ましく、その理由としては、花粉親の形質の特長が、本葉の形質として発現した際に、客観的に明確であり、鑑別が容易となるためである。
【0024】
次に、選択した花粉親と、母本となるストックとを人為受粉によって交配し雑種第1代の個体群を得た。なお、花粉親の形質の特長は、遺伝的に劣性であるため、雑種第1代の個体群のいずれにも、本葉に花粉親の形質が発現することはなかった。
【0025】
続いて、上記雑種第1代の固体群から採種した種子を播種し、自家受粉させて雑種第2代の個体群を得た。なお、雑種第2代の個体群からは、上記花粉親の有する特長的な形質が発現した個体が分離して出現したが、いずれも八重咲きストック株であった。上記したように八重咲きストック株は、不稔で結実することがないため、したがって、雑種第2代の個体群からは、花粉親の形質を持たない一重咲きストック株から採種が行われた。
【0026】
さらに、雑種第2代の個体群の中から個体別に選抜を行い、これを自家受粉させて採種し、得られた雑種第3代の個体群を個体別に播種し、選抜および育成を図ることで、八重咲きストック株の本葉のみに花粉親の特長的な形質を示す新品種のストックを固定化することができた。なお、各雑種個体群においては、目標となる花色や草丈、開花期などを観察しながら選抜および育成を行った。
そして、新品種のストックについて、自家受粉によりさらに2代以上の観察を行い、上記本葉の形質に変化がないことを確認することで後代検定を行った。
【0027】
また、上記育種過程において、稀に花粉親の有する形質が、一重咲きストック株の本葉に発現した個体が分離する場合があるが、このような一重咲きストック株は、稔性が低く、八重率も25〜30%と低いため淘汰されていくことになるため問題ない。
【0028】
このようにして得た新品種ストックでは、八重咲きストック株の本葉のみに花粉親の有する形質の特長が現れるため、この本葉の形質の差によって八重咲きストックと一重咲きストックとを識別し、両者を鑑別することが好ましく、これによれば従来の子葉による鑑別よりも、一重と八重の相違が明確で、簡単かつ正確に両者を鑑別することができ、ほぼ100%の八重率のストック苗を販売することができ、八重率の低い不良なストックを販売するおそれがない。
【0029】
また、八重咲きストック株と一重咲きストック株との鑑別は、本葉の形質の差が明確に表れる時期であり、定植適期の本葉が3〜4枚に生長した時期に行うことが好ましく、これによれば、定植前の1回の鑑別によって正確に識別することができ、生産農家の手間と労力を削減することができる。
【0030】
したがって、本発明によれば、7月に採種した新種子を通常の播種期である8月中旬〜下旬までに、幼苗の段階で八重咲きストック株と一重咲きストック株とを正確に識別して八重率を検定できることになり、これは、ストック栽培の生産性を向上させる上で非常に画期的なことである。
【0031】
なお、この新品種のストックは、一重咲きストックから採種した種子の播種によって、八重咲きストック株と一重咲きストック株とが、50〜70:50〜30の割合で出現するものであることが好ましく、これによれば、商品価値の高い八重咲きストックによる収益の増加と共に、一重咲きストックによる種子の安定した供給を実現することができる。
【0032】
また、本発明においては、花粉親となるストックとして、本葉の葉縁の形状に特長のあるもの、または本葉の大きさや色に特長のあるものを用いることが好ましい。
本葉の葉縁の形状については、波状、羽状、欠刻、歯牙、鋸歯などの凹凸や切れ込みを有するものが好ましく、これによれば、従来(図2参照)は、八重咲きストックと一重咲きストックにおいて、本葉の形状にほとんど差異がなかったのに対し、本発明(図3参照)では、八重咲きストックの本葉のみに、葉縁に波状の凹凸が現れ、とくに3枚目以降の本葉にあっては、その裂け方が大きくなり、八重咲きストックと一重咲きストックとの違いが非常に明確に表れるようになる。
【0033】
なお、本発明に係る新品種のストックでは、八重咲きストックの葉縁の裂け方が、本葉が15〜20枚くらいになった時に最大に達し、以後、次第に凹凸が減少していき、上部の本葉については従来の凹凸のない葉形となるという特徴を示した。
【0034】
また、本葉(葉身)の大きさについては、例えば、花粉親となるストックとして葉身の大きいものを用いた場合、図4の比較図に示したように、本発明の新品種のストックでは、従来よりも八重咲きストックの生育が早く、一重咲きストックと八重咲きストックの葉身の大きさの違いが明らかに表れるようになる。
【0035】
さらに、本葉(葉身)の色については、例えば、花粉親となるストックとして黄緑色を呈するものを用いた場合には、図5の比較写真に示したように、従来のストックに比べて、八重咲きストックの葉身が強く黄緑色を呈し、一重咲きストックと八重咲きストックの色の違いが明確となる。したがって、この色の違いによって両者を容易に識別することができるようになる。なお、この葉身の黄緑化は、発芽後2週間目くらいから始まり、次第に強くなって3週間目くらいには明確に黄緑色となった。また、この八重咲きストックの黄緑化は、本葉が20〜30枚くらいになった時に最盛となり、発蕾時期から次第に退色し、開花期には一重咲き株と差がほぼなくなるという特徴を示した。
【0036】
したがって、本発明によれば、八重咲きストック株と一重咲きストック株とに、上記したように葉縁の形状や、葉身の大きさおよび色など外形の形質に、客観的な相違が表れるようになるため、これらの相違によって両者を、熟練を必要とせず、初心者であっても1回の作業で簡単かつ精度よく鑑別することができるようになる。
【実施例】
【0037】
本発明に係る新品種のストックと従来のストック(品種:ホワイトカルテット)の種子を、それぞれ288個体ずつ、育苗トレイに播種し、八重咲きストック株と一重咲きストック株の子葉および本葉の形質を比較した。その結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2の結果より、子葉の形質については、本発明および従来のストック共に、八重咲き株と一重咲き株の差が微妙で、両者を正確に鑑別できる程の差異が見られなかった。
それに対し、本葉の形質については、本発明に係るストックでは、八重咲き株のみに葉縁に波形の凹凸が発生し、また、本葉の大きさが、一重咲き株の2倍程度と非常に大きく、両者の差が非常に明確に見られた。一方、従来のストックでは、八重咲き株および一重咲き株の本葉の形質の差が殆どなく、本葉によって両者を鑑別することはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明に係る新品種のストックの、八重鑑別に関する特徴(八重咲きストック株の本葉のみに花粉親の形質の特長が発現すること)は、交配によって他のストック品種に移し固定化出来る可能性があり、これによれば、ストック栽培全般における八重鑑別の精度向上と、切花生産と採種生産の効率化を実現することができるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
花粉親として本葉の外形の形質に特長を有するストックを選択し、これと母本となるストックとを人為受粉によって交配することで雑種第1代の個体群を得る工程と、
その雑種第一代の個体を自家受粉させて採種した雑種第2代の個体群の中から、個体別に選抜採種して雑種第3代の個体群を得る工程と、
該雑種第3代の個体群を個体別に播種して、その中から八重咲きストックの本葉のみに前記花粉側の形質が発現しているストックを、選抜すると共に固定化する工程と、
からなることを特徴とする新品種ストックの作出方法。
【請求項2】
前記固定化された新品種ストックの本葉の形質の差によって、八重咲きストック株と一重咲きストック株とに識別して鑑別を行うことを特徴とする請求項1に記載の新品種ストックの作出方法。
【請求項3】
前記八重咲きストック株と一重咲きストック株の鑑別は、定植前の、本葉が3枚または4枚に生長した時点で行われることを特徴とする請求項2に記載の新品種ストックの作出方法。
【請求項4】
前記新品種のストックは、播種によって八重咲きストック株と一重咲きストック株とが50〜70:50〜30の割合で出現するものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の新品種ストックの作出方法。
【請求項5】
前記花粉親の本葉の外形の形質の特長が、葉縁の形状にあることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の新品種ストックの作出方法。
【請求項6】
前記花粉親の本葉の外形の形質の特長が、葉身の大きさおよび色にあることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の新品種ストックの作出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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