説明

新品種

【課題】元品種よりも早生化されたイネの新品種の提供。
【解決手段】受領番号がFERM AP−22174である、イネ品種コシヒカリかずさ5号(Oryza sativa L.cultivar Koshihikari−kazusa5 gou)、並びに、前記記載の品種の個体及び前記記載の品種の個体の後代個体からなる群より選択される2個体を交配して得られる後代個体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非遺伝子組み換え法により作出された新品種、当該新品種の鑑別方法、及びイネ個体を早生化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
同一生物種に属するが、遺伝的構成が異なるために、ある形質において他の集団と異なる集団を品種という。すなわち、同じ種類の植物であったとしても、品種により、栽培の難易性や病虫害に対する抵抗性、収量、品質等が異なる。このため、農作物、特にイネやムギ類等の主要な作物においては、より優良な品種を得るための品種改良が古くから行われており、近年では、種苗会社等のみならず、国や県等の公的機関においても積極的に行われてきている。
【0003】
近年の核酸解析技術等の進歩に伴い、シロイヌナズナ、イネ、コムギ等の様々な植物の遺伝子が解析され、得られた遺伝子情報が開示されている。これらの開示された遺伝子情報を利用して、遺伝子組み換え法による外来種の遺伝子を導入する品種改良も多く行われている。しかしながら、遺伝子組み換え法による品種改良は、通常は交配不可能な遠縁種が有する形質を導入し得るという利点はあるものの、その安全性に対する検証は必ずしも十分ではないという問題点がある。
【0004】
このため、イネをはじめとする食用植物においては、非遺伝子組み換え法による新品種の作出が多く行われている。例えば特許文献1には、非遺伝子組み換え法により、外来の有用な染色体断片で置換する場合に、導入される外来品種由来の染色体断片による置換領域をコントロールし、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的形質を有する新品種を作製するための方法が開示されている。
【0005】
特に、イネでは、従来の品種と同じ品質・収穫量を備えつつ、従来の品種よりも少し早生若しくは少し晩生である品種の育種が望まれている。日本の大部分の水田では、消費者が好むイネ品種コシヒカリが栽培されているが、コシヒカリのみを大規模に栽培した場合、短期間に収穫関連作業が集中し、大変な労力を要する。特に、大量のイネを収穫する場合、必ずしも各個体に最適な時期に収穫できるとは限らないが、早めに収穫しても、遅くに収穫しても、米の食味や収量に影響するため、農家にとっては大きな問題となっている。収穫期をずらす方法として、種まき期をずらす、という方法が考えられる。しかしながら、コシヒカリは強い感光性を持っているために、たとえ種まき期を2〜3日ずらしたとしても、同じ時期に収穫期を迎えることになる。一方で、種まき期を10日又はそれ以上ずらすことにより、収穫期を分散させることは可能である。しかしながら、種まき期を大幅にずらした場合には、生育期間が短くなり、充分な収穫量が得られないという問題がある。少し早生若しくは少し晩生な品種と従来の品種とを栽培できれば、収穫期をずらすことができるため、品種ごとにそれぞれ時期をずらして収穫作業を行えることが期待できる。
【0006】
しかしながら、従来の品種よりも少し早生若しくは少し晩生な品種、すなわち、僅かに出穂期や収穫期をずらすという微妙な調整を施したコシヒカリ品種を育成することは、技術的に非常に困難である。これは、出穂期のわずかな差を検出し、それと関連する遺伝子を特定することが難しいためである。このような微妙な出穂期の差を遺伝的に検出するためには、水田の土壌や肥料、水、空気の流れなどの圃場環境が極めて均一になっているような精密圃場を要するだけでは足らず、種まき用の種の状態も均一にする必要があるが、現実には非常に困難である。実際には、通常、日本の水田では遺伝的に同じような品種でも、同じ日に種まきして、同じ日に田植えしても7日程度のずれが生じる。つまり、最初に出穂した日と最後に出穂した日との間に7日間もある。農業試験場などの場合は割と精度の高い圃場を使っているものの、それでも3〜5日間のずれが生じるのが普通である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4409610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、元品種よりも早生化されたイネの新品種、及びイネ個体を早生化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、イネ品種ハバタキの第3染色体上に存在する特定の領域の染色体断片を、イネ品種コシヒカリに置換することにより、コシヒカリよりも収穫期を早めることが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) 受領番号がFERM AP−22174である、イネ品種コシヒカリかずさ5号(Oryza sativa L.cultivar Koshihikari−kazusa5 gou)、
(2) 前記(1)記載の品種の個体及び前記(1)記載の品種の個体の後代個体からなる群より選択される2個体を交配して得られる後代個体、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の新品種であるイネ品種コシヒカリかずさ5号は、コシヒカリよりも早生化されているが、品質や収穫量等の収穫期以外の特性はコシヒカリとほぼ同等な新品種である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】コシヒカリ、QTS4ヘテロタイプ、及びQTS4ホモタイプのゲノムを模式的に表した図である。
【図2】コシヒカリ、QTS4ヘテロタイプ、及びQTS4ホモタイプの出穂期を調べた結果を示した図である。
【図3】コシヒカリ、及びQTS14ホモタイプのゲノムを模式的に表した図である。
【図4】コシヒカリ、及びQTS14ホモタイプの出穂期を調べた結果を示した図である。
【図5】コシヒカリの第3染色体上のQTS4領域、QTS14領域及びDNAマーカーの位置を模式的に示した図である。
【図6】コシヒカリかずさ5号のゲノムを模式的に表した図である。
【図7】コシヒカリかずさ5号、コシヒカリ、QTS4ホモタイプ、及びQTS14ホモタイプの出穂期を調べた結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において染色体断片置換系統とは、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている系統を意味する。ここで、外来品種は、元品種以外の品種であれば特に限定されるものではなく、元品種と同一種の植物の品種であってもよく、元品種と異なる種の植物の品種であってもよく、動物等の植物以外の品種であってもよい。なお、本発明において品種とは、同一種の植物であって、遺伝的構成が異なるために、ある形質において同種内の他品種から明確に識別し得る集団を意味する。
【0014】
本発明においてDNAマーカーは、元品種由来の染色体と外来品種由来の染色体を識別し得る染色体上のDNA配列の差異を検出し得るものであれば、特に限定されるものではなく、遺伝子解析分野で通常用いられているDNAマーカーを用いることができる。該DNAマーカーとして、例えば、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一遺伝子多型)やSSR(Simple Sequence Repeats、単純反覆配列)の繰り返し数の違い等の遺伝子多型を検出し得るマーカーであってもよく、RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism、制限酵素断片長多型)マーカーであってもよい。なお、これらのDNAマーカーによる、元品種由来アレルと外来品種由来アレルとの識別は、常法により行うことができる。例えば、各個体から抽出したDNAを鋳型とし、特定のSNPやSSRと特異的にハイブリダイズし得るプライマー等を用いてPCRを行い、電気泳動法等を用いてPCR産物の有無を検出し、各多型を識別することができる。また、各個体から抽出したDNAを制限酵素処理した後、電気泳動法等を用いてDNA断片のパターンを検出し、各多型を識別することができる。なお、特定のSNPやSSRと特異的にハイブリダイズし得るプライマー等は、該SNPやSSRの塩基配列に応じて、汎用されているプライマー設計ツール等を用いて常法により設計することができる。また、設計されたプライマー等は、当該技術分野においてよく知られている方法のいずれを用いても合成することができる。
【0015】
これらのDNAマーカーは、公知のDNAマーカーを適宜用いることができる。また、新規に作製したDNAマーカーであってもよい。公知のDNAマーカーとして、例えば、イネにおいては、国際公開第2003/070934号パンフレット等において開示されているSNPマーカーや、Rice Genome Research Program(RGP:http://rgp.dna.affrc.go.jp/publicdata.html)において公開されているDNAマーカーを用いることができる。
【0016】
なお、各品種の遺伝子情報等は、例えば、国際的な塩基配列データベースであるNCBI(National center for Biotechnology Information)やDDBJ(DNA Data Bank of Japan)等において入手することができる。特にイネの各品種の遺伝子情報は、KOME(Knowledge−based Oryza Molecular biological Encyclopedia、http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/)等において入手することができる。
【0017】
本発明及び本願明細書において「イネ品種日本晴の染色体のX番目の塩基からY番目の塩基までの領域」は、RGBにおいて公開されているイネ品種日本晴のゲノムDNAの塩基配列(バージョン4;IRGSP−build4−06/04/21)に基づいて決定される領域である。
【0018】
また、本発明及び本願明細書において、「イネ品種日本晴の染色体のX番目の塩基からY番目の塩基までの領域に相当する領域」とは、イネ個体の染色体中のイネ品種日本晴の染色体中の当該領域と相同性の高い領域であり、イネ品種日本晴の公知のゲノムDNAと当該イネ個体のゲノムDNAの塩基配列を、最もホモロジーが高くなるようにアラインメントすることにより決定することができる。また、イネ品種日本晴以外のイネ個体中の「イネ品種日本晴のSNPに相当するSNP」は、当該SNPを含む領域において、イネ品種日本晴の公知のゲノムDNAと当該イネ個体のゲノムDNAの塩基配列を、最もホモロジーが高くなるようにアラインメントした場合に、当該SNPに対応する位置にある塩基を意味する。
【0019】
従来の品種よりも少し早生若しくは少し晩生である新品種を育種するため、本発明の発明者は、まず、出穂期に関して、イネ品種ハバタキとイネ品種コシヒカリとを交配して、分離集団でQTL(Quantitative Trait Locus) 解析を行った。この結果、第3染色体の長腕のQTS4領域に、出穂期を遅らせ、晩生とするQTLが存在していることがわかった。コシヒカリの当該領域に含まれている遺伝子をハバタキ由来の遺伝子に置換することにより、元品種コシヒカリよりも晩生のイネが得られると予想された。
【0020】
そこで、コシヒカリで戻し交配をして、コシヒカリのQTS4領域〔イネ品種日本晴の第3染色体の32,309,502番目の塩基から32,314,677番目の塩基までの領域に相当する領域〕を、ハバタキ由来の染色体断片に置換した染色体断片置換系統を作製した。この際、相同染色体の一方のQTS4領域のみがハバタキ由来の染色体断片に置換されたQTS4ヘテロタイプと、相同染色体の両方のQTS4領域がハバタキ由来の染色体断片に置換されたQTS4ホモタイプの両方の個体を得た。図1は、コシヒカリ、QTS4ヘテロタイプ、及びQTS4ホモタイプのゲノムを模式的に表した図である。さらに、千葉県にある圃場において、各イネの出穂期を測定したところ(種まき日:2010年5月6日、移植日: 2010年6月1日)、図2に示すように、コシヒカリの出穂期が7月31日〜8月5日であったのに対して、QTS4ヘテロタイプは8月9日〜8月12日であり、QTS4ホモタイプは8月11日〜8月16日であった。つまり、元品種のコシヒカリよりも、QTS4ヘテロタイプ及びQTS4ホモタイプのいずれも明らかに晩生であり、QTS4ヘテロタイプよりもQTS4ホモタイプのほうがその傾向が強いことが判明した。
【0021】
また、出穂期に関するQTL解析において、イネ品種ハバタキの第3染色体の長腕のQTS14領域〔イネ品種日本晴の第3染色体の31,720,064番目の塩基から31,724,043番目の塩基までの領域に相当する領域〕に、出穂期を早め、早生とするQTLが存在していることもわかった。コシヒカリの当該領域に含まれている遺伝子をハバタキ由来の遺伝子に置換することにより、元品種コシヒカリよりも早生のイネが得られると予想された。
【0022】
そこで、コシヒカリで戻し交配をして、コシヒカリのQTS14領域をハバタキ由来の遺伝子断片に置換した染色体断片置換系統を作製した。図3は、コシヒカリ、及びQTS14ホモタイプのゲノムを模式的に表した図である。さらに、千葉県にある圃場において、各イネの出穂期を測定したところ(種まき日:2010年5月6日、移植日: 2010年6月1日)、図4に示すように、コシヒカリの出穂期が8月5日〜8月8日であったのに対して、QTS14ホモタイプは7月24日〜7月26日であった。つまり、元品種のコシヒカリよりも、QTS14ホモタイプは明らかに早生であることが判明した。
【0023】
これらの結果から、本発明の発明者は、ハバタキ由来のQTS4領域に含まれている晩生形質を発現させる染色体断片(以下、晩生原因染色体断片)と、ハバタキ由来のQTS14領域に含まれている早生形質を発現させる染色体断片(以下、早生原因染色体断片)との両方を、コシヒカリの対応する染色体断片と置換して導入することにより、コシヒカリとは微妙な出穂期の違いを生じる新品種を育種し得るのではないかと考えた。
【0024】
QTS4領域とQTS14領域は互いに隣接している。このため、本発明者は、両領域とその間の領域を含む領域のハバタキ由来の染色体断片をコシヒカリに置換して導入することにより、コシヒカリよりも少し早生若しくは少し晩生のイネの作出を試みた。
【0025】
非遺伝子組み換え法により植物の品種改良を行う場合において、導入される外来品種由来の染色体断片が大きすぎる場合には、目的の形質遺伝子以外の機能不明な他の遺伝子を多数導入してしまうおそれや、元品種が有する好ましい形質を損なうおそれがある。そこで、本発明者は、導入される外来品種由来の染色体断片による置換領域をコントロールし、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的形質を有する新品種を作製するため、特許文献1に記載の方法により、新品種の作出を行った。
【0026】
具体的には、まず、公知のイネの遺伝子情報に基づき、図5に示すような位置関係にある5種類のDNAマーカーを設定した。すなわち、QTS4領域とQTS14領域を含む領域(以下、「(QTS4+QTS14)領域」)の上流側末端又はその上流にDNAマーカーM2を、DNAマーカーM2の上流にDNAマーカーM1を、(QTS4+QTS14)領域の下流側末端又はその下流にDNAマーカーM4を、DNAマーカーM4の下流にDNAマーカーM5を、(QTS4+QTS14)領域中にDNAマーカーM3を、それぞれ設定した。次いで、コシヒカリの染色体のうち、(QTS4+QTS14)領域を含む一部分のみがハバタキ由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統に対して、戻し交配を行い、得られた交雑集団から前記5種類のDNAマーカーM1〜M5に基づいて好ましい個体を選抜した。その後、当該個体に対して適宜自家交配又は戻し交配を行い、同様にDNAマーカーM1〜M5に基づいて好ましい個体を選抜することを適宜繰り返すことにより、ハバタキ由来の染色体断片により置換される領域(図5中、「L」)の上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間、該領域の下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にあるような後代個体を得た。図5に示すように、当該後代個体は、DNAマーカーM1及びM5が元品種であるコシヒカリと同じタイプであり、DNAマーカーM2、M3、及びM4が、ハバタキと同じタイプである。
【0027】
ここで、特許文献1に記載の新品種の製造方法では、DNAマーカーM1とM2の距離d1が長ければ、外来品種由来染色体断片(本願では、ハバタキ由来染色体断片)Lの上流側末端が存在し得る範囲が広く、導入されるハバタキ由来染色体断片Lの長さが確定しにくくなる。一方、距離d1が短ければ、ハバタキ由来染色体断片Lの上流側末端が存在し得る範囲が狭く、導入されるハバタキ由来染色体断片Lの長さが確定しやすくなる。同様に、DNAマーカーM4とM5の距離d3が長ければ、ハバタキ由来染色体断片Lの下流側末端が存在し得る範囲が広く、導入されるハバタキ由来染色体断片Lの長さが確定しにくくなり、距離d3が短ければ、ハバタキ由来染色体断片Lの下流側末端が存在し得る範囲が狭く、導入されるハバタキ由来染色体断片Lの長さが確定しやすくなる。
【0028】
ハバタキ由来染色体断片Lの長さが長くなるほど、QTS4領域とQTS14領域以外の領域に存在する遺伝子も、QTS4領域やQTS4領域に存在する目的の遺伝子とともに元品種コシヒカリに導入される可能性が高くなる。目的の遺伝子以外の遺伝子も導入されるということは、元品種に存在する目的遺伝子以外の遺伝子も置換されてしまうということであり、元品種が有していた優れた形質が、不用意に損なわれてしまうおそれがある。このため、ハバタキ由来染色体断片Lの長さは、QTS4領域とQTS14領域を含む最短の領域(QTS14領域の上流端からQTS4領域の下流端までの領域、以下、「(QTS4+QTS14)領域」ということがある。)と比べて不必要に長くないことが好ましい。
【0029】
本発明者は、DNAマーカーM1〜M5のセットを複数設定し、(QTS4+QTS14)領域を含む長さの異なる染色体断片が導入された複数の個体を作出し、各個体の出穂期を調べた。この結果、いずれもコシヒカリよりも少し出穂期が早い早生の個体であった。さらに、各個体の出穂期以外の形質(例えば、食味や収穫量等)をコシヒカリと比較したところ、後記実施例1に示すように、表1に示すDNAマーカーM1〜M5のセット、すなわち、イネ品種日本晴の第3染色体の31,521,442番目のSNP(一塩基多型)に相当するSNP(イネ品種コシヒカリではA、イネ品種ハバタキではC)をDNAマーカーM1(DNAマーカーM1−Ac)とし、イネ品種日本晴の第3染色体の31,689,690番目のSNPに相当するSNP(イネ品種コシヒカリではC、イネ品種ハバタキではT)をDNAマーカーM2(DNAマーカーM2−Ct)とし、イネ品種日本晴の第3染色体の32,208,924番目のSNPに相当するSNP(イネ品種コシヒカリではA、イネ品種ハバタキではG)をDNAマーカーM3(DNAマーカーM3−Ag)とし、イネ品種日本晴の第3染色体の32,363,157番目のSNPに相当するSNP(イネ品種コシヒカリではA、イネ品種ハバタキではT)をDNAマーカーM4(DNAマーカーM4−Gc)とし、イネ品種日本晴の第3染色体の32,384,799番目のSNPに相当するSNP(イネ品種コシヒカリではT、イネ品種ハバタキではG)をDNAマーカーM5(DNAマーカーM5−Tg)としてそれぞれ用いて作出された個体(イネ品種コシヒカリかずさ5号(Oryza sativa L.cultivar Koshihikari−kazusa5 gou))が、出穂期以外のその他の形質はコシヒカリと同等であることが分かった(表2〜5参照。)。なお、イネ品種コシヒカリかずさ5号は、新品種育種に用いたDNAマーカーセットのうち、導入されるハバタキ由来染色体断片の長さが最も短くなるDNAマーカーセットを用いて製造された個体である。
【0030】
【表1】

【0031】
コシヒカリかずさ5号は、特許文献1に記載の方法により作出された新品種であり、コシヒカリよりもやや早生であるにもかかわらず、コシヒカリが有する味等の優良形質を維持しているという非常に優れた品種である。そこで、出願人は、コシヒカリかずさ5号を、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター中央第6)に新規植物として寄託した(寄託日:平成23年9月20日)。受領番号はFERM AP−22174である。
【0032】
これらの結果から、イネ個体の第3染色体中の、少なくともDNAマーカーM2−CtからDNAマーカーM4−Atまでの領域(すなわち、イネ品種日本晴の第3染色体中の31,689,690番目の塩基から32,363,157番目の塩基までを含む領域に相当する領域)を、イネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片に置換することにより、当該イネ個体を元品種よりも早生化することができることが明らかである。なお、イネ品種コシヒカリかずさ5号の当該領域は、イネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片により構成されているため、イネ品種コシヒカリかずさ5号の当該領域からなる染色体断片によって置換してもよい。また、イネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片を導入することにより早生化するイネ個体は、当該領域がイネ品種コシヒカリと同一若しくは近似した塩基配列を有している品種であればよく、イネ品種コシヒカリに限定されるものではないが、消費者の嗜好性等から、イネ品種コシヒカリ又はそれを親品種として作出された新品種であることが好ましい。
【0033】
また、導入されるイネ品種ハバタキ由来(若しくはイネ品種コシヒカリかずさ5号由来)の染色体断片の上流端が、DNAマーカーM1−Acよりも下流であってDNAマーカーM2−Ctまでの領域(すなわち、イネ品種日本晴の第3染色体中の31,521,443番目の塩基から31,689,690番目の塩基までを含む領域に相当する領域)に存在し、その下流端が、DNAマーカーM4−AtからDNAマーカーM5−Tgよりも上流までの領域(すなわち、イネ品種日本晴の第3染色体中の32,363,157番目の塩基から32,384,798番目の塩基までを含む領域に相当する領域)に存在するように、当該染色体断片をイネ個体の第3染色体中に導入することにより、出穂期以外の形質に明らかな影響を及ぼすことなく、当該イネ個体を、元品種よりも早生化することができる。
【0034】
QTS4領域に含まれる遺伝子を調べたところ、当該領域中の第3染色体の32.3Mbp付近には、イネ品種日本晴とイネ品種カラカスにおいて発見された出穂期のQTL遺伝子Hd6が含まれていることがわかった。Hd6には、Casein kinase II subunit alpha遺伝子をコードする領域が含まれていることが報告されている(Takahashi, et.al., PNAS(2001) vol.98, No.14, p7922-7927)。また、イネ品種ハバタキの当該遺伝子をコードする領域は、イネ品種コシヒカリの対立遺伝子とは配列が異なる。よって、QTS4領域において晩生化を引き起こす原因遺伝子はCasein kinase II subunit alpha遺伝子であると推察される。実際に、イネ品種コシヒカリかずさ5号の第3染色体の32.3Mbp付近の塩基配列を解読したところ、置換により当該イネ個体の染色体に導入されたイネ品種ハバタキ由来の染色体断片中には、イネ品種ハバタキの当該遺伝子をコードする全領域が含まれていることが確認された。
【0035】
なお、Casein kinase II subunit alpha遺伝子は、イネ品種日本晴の対立断片では第3染色体の32,309,502番目の塩基から32,314,677番目の塩基までの領域に、公表されたイネ品種カラサスの対立断片では32,350,406番目の塩基から32,362,686番目の塩基までの領域に、それぞれマップされている。したがって、イネ個体の第3染色体中の、イネ品種日本晴の第3染色体中の32,309,502番目の塩基から32,314,677番目の塩基までを含む領域に相当する領域を、イネ品種コシヒカリかずさ5号又はイネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片に置換することにより、イネ個体を晩生化することができる。
【0036】
同様に、QTS14領域に含まれる遺伝子を調べたところ、当該領域中の第3染色体の31.7Mbp付近には、phytochrome C遺伝子をコードする領域が含まれていた。当該遺伝子は、主に植物の開花時間の制御に関与していることが報告されている(米国特許第7566815号明細書)。よって、QTS14領域において早生化を引き起こす原因遺伝子はphytochrome C遺伝子であると推察される。
【0037】
なお、phytochrome C遺伝子は、イネ品種日本晴では第3染色体の31,720,064番目の塩基から31,724,043番目の塩基までの領域にマップされている。したがって、イネ個体の第3染色体中の、イネ品種日本晴の第3染色体中の31,720,064番目の塩基から31,724,043番目の塩基までを含む領域に相当する領域を、イネ品種コシヒカリかずさ5号又はイネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片に置換することにより、イネ個体を早生化することができる。
【0038】
QTS4領域中の晩生化の原因遺伝子とQTS14領域中の早生化の原因遺伝子を含む領域がハバタキ由来の染色体断片によって置換されていれば、DNAマーカーM2−CtからDNAマーカーM4−Atまでの領域よりも短い領域がハバタキ由来の染色体断片によって置換されているイネ個体であっても、イネ品種コシヒカリかずさ5号と同様に早生化が引き起こされると考えられる。例えば、イネ個体の染色体中の、イネ品種日本晴の第3染色体中の31,720,064番目の塩基から32,314,677番目の塩基までを含む領域に相当する領域を、イネ品種コシヒカリかずさ5号又はイネ品種ハバタキの当該領域からなる染色体断片に置換することにより、当該イネ個体を元品種よりも早生化することができると考えられる。また、この際、当該染色体断片の上流端が、イネ品種日本晴の第3染色体の31,689,691番目の塩基から31,720,064番目の塩基までを含む領域に相当する領域に存在し、かつ当該染色体断片の下流端が、イネ品種日本晴の第3染色体の32,314,677番目の塩基から32,363,156番目の塩基までを含む領域に相当する領域に存在するように、当該染色体断片をイネ個体の第3染色体中に導入することにより、出穂期以外の形質に明らかな影響を及ぼすことなく、当該イネ個体を、元品種よりも早生化することができると考えられる。
【0039】
イネ品種コシヒカリかずさ5号は、収穫量等のコシヒカリのその他の形質に明らかな影響を及ぼすことなく、出穂期が少し早められた新品種である。このため、例えばコシヒカリとコシヒカリかずさ5号とをほぼ同時期に種まきを行った場合でも、コシヒカリかずさ5号は、コシヒカリよりも数日早く出穂期を迎えるため、まず、コシヒカリかずさ5号を収穫した後、コシヒカリを収穫することができる。このように収穫時期をずらすことにより、大規模栽培においても収穫作業を分散させることができる上に、的確な時期に収穫することができるため、良食味で良好なお米を収穫することができる。
【0040】
イネ品種コシヒカリかずさ5号は、元品種コシヒカリと同様の手法により、栽培し、自家交配や人工交配により米を収穫することができる。また、イネ品種コシヒカリかずさ5号及びその後代個体は、元品種コシヒカリと同様に、新品種育成の親個体とすることができる。例えば、イネ品種コシヒカリかずさ5号の個体と別の品種の個体とを交配し、得られた後代個体を、イネ品種コシヒカリかずさ5号の個体と戻し交配することにより、新品種の育種を試みることもできる。
【0041】
また、表1に記載の5種類のDNAマーカー(DNAマーカーM1−Ac、DNAマーカーM2−Ct、DNAマーカーM3−Ag、DNAマーカーM4−At、及びDNAマーカーM5−Tg)は、イネ品種コシヒカリかずさ5号に特有のゲノム情報である。したがって、イネ品種コシヒカリかずさ5号は、これらの5種類のDNAマーカーを適宜用いて鑑別することができる。
【0042】
具体的には、本発明のイネ品種の鑑別方法は、あるイネ個体が、特定の品種であるか否かを鑑別する方法であって、当該イネ個体のゲノム解析により、DNAマーカーM1−Ac、DNAマーカーM2−Ct、DNAマーカーM3−Ag、DNAマーカーM4−At、及びDNAマーカーM5−Tgからなる群より選択される1以上のDNAマーカーをタイピングし、得られたタイピング結果が、イネ品種コシヒカリかずさ5号の結果と一致する場合、すなわち、DNAマーカーM1−AcはA(アデニン)であり、DNAマーカーM2−CtはT(チミン)であり、DNAマーカーM3−AgはG(グアニン)であり、DNAマーカーM4−AtはTであり、DNAマーカーM5−TgはTである場合に、当該イネ個体がイネ品種コシヒカリかずさ5号であると鑑別することを特徴とする。
【0043】
ここで、品種の鑑別には、DNAマーカーM1〜M5の全てを用いてもよく、5個のDNAマーカーのうちの幾つかを用いてもよい。例えば、上流側の組み換えポイントであるDNAマーカーM1とM2のみを用いてもよく、下流側の組み換えポイントであるDNAマーカーM4とM5のみを用いてもよく、DNAマーカーM2とM4のみを用いてもよい。複数のDNAマーカーを適宜組み合わせることにより、より厳密な品種鑑別が可能となる。
【実施例】
【0044】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
コシヒカリの染色体のうち、(QTS4+QTS14)領域を含む一部のみがハバタキ由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統を親個体とし、元品種コシヒカリよりも少し収穫期が早い新品種を作出した。
まず、染色体断片置換系統とコシヒカリとを交配させ、DNAマーカーM3−Agが、コシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体(種子)を10個収穫した。得られた種子を全て栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。
収穫された種子をさらに栽培した。圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1−Acがコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2−Ct及びDNAマーカーM3(DNAマーカーM3−Ag)がコシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である栽培個体を選抜した。
この選抜された栽培個体を自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。この収穫された種子をさらに栽培し、圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1−Ac及びDNAマーカーM5−Tgがコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2−Ct、DNAマーカーM3(DNAマーカーM3−Ag)、及びDNAマーカーM4−Atがハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体1個を選抜した。この選抜された栽培個体が、(QTS4+QTS14)領域を、ハバタキ由来染色体断片に置換した新品種であり、本発明者はこの新品種を「コシヒカリかずさ5号」と命名した。図6はコシヒカリかずさ5号のゲノムを模式的に表した図である。
【0046】
さらに、千葉県にある圃場において、コシヒカリかずさ5号の出穂期を測定したところ(種まき日:2010年5月6日、移植日: 2010年6月1日)、コシヒカリの出穂期が8月5日〜8月8日であったのに対して、コシヒカリかずさ5号は7月27日〜7月30日であった。図7に、コシヒカリ、QTS4ホモタイプ、QTS14ホモタイプの結果とともに、コシヒカリかずさ5号の出穂期の測定結果を示す。元品種のコシヒカリよりも、コシヒカリかずさ5号は明らかにやや早生であるが、QTS14ホモタイプよりも出穂期は遅いことが、図7から明らかである。
【0047】
コシヒカリかずさ5号とコシヒカリの形質を比較検討した(千葉県にて、2009年に実施)。形質の検討は、種苗法(平成10年法律第83号)第5条第1項に基づく品種登録出願のための特性審査に準拠して行った。検討結果を表2〜5に示す。この結果、出穂期及び成熟期のいずれも、コシヒカリかずさ5号はコシヒカリよりも5〜6日程度早くなった。また、コシヒカリかずさ5号はコシヒカリよりも、稈長や穂の主軸の長さ、主茎長が若干短く、穂数及び主茎粒数も少な目であったが、それ以外の形質は基本的にコシヒカリと同じであった。
【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の新品種であるイネ品種コシヒカリかずさ5号は、コシヒカリよりも早生化されている以外は、コシヒカリと同様の品質や収穫量を備えるため、特に農業の分野において利用が可能である。また、本発明のイネ個体を早生化する方法により、イネ個体を元品種よりも早生化することができるため、当該方法は、特に植物の育種の分野において利用が可能である。
【受託番号】
【0053】
FERM AP−22174

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受領番号がFERM AP−22174である、イネ品種コシヒカリかずさ5号(Oryza sativa L.cultivar Koshihikari−kazusa5 gou)。
【請求項2】
請求項1記載の品種の個体及び請求項1記載の品種の個体の後代個体からなる群より選択される2個体を交配して得られる後代個体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−210202(P2012−210202A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−206765(P2011−206765)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【特許番号】特許第4961503号(P4961503)
【特許公報発行日】平成24年6月27日(2012.6.27)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】