説明

新生仔予防接種用変異ワクシニアウイルスアンカラ

【課題】ヒト新産児および新産動物を、外来抗原ならびにそれぞれヒトおよび動物の疾患に関係する抗原に対して、それぞれ予防接種する手段を提供すること。
【解決手段】
本発明は、ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するための医薬の製造にウイルスを使用する方法において、上記ウイルスは、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないことを特徴とする、上記使用する方法に関する。上記ウイルスは、好ましくは、変異ワクシニアウイルスアンカラである。特に本発明は、予防接種に使用するウイルスと同じウイルス群に属するウイルスによる感染に対する新生仔の予防接種に関する。また、本発明は、上記ウイルスに関連する抗原とは異なる外来抗原および腫瘍抗原から選ばれる抗原に対する新生仔の予防接種に関する。さらに本発明は、樹状細胞またはその前駆細胞を活性化する因子のレベルを増加させること、及び(又は)樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させること、及び(又は)インターフェロン(IFN)またはIL−12の産生量及び(又は)細胞含量を増加させることを目的とする、上記定義したウイルスを使用する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するための医薬の製造にウイルスを使用する方法において、上記ウイルスは、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないことを特徴とする使用に関する。上記ウイルスは、好ましくは、変異ワクシニアウイルスアンカラ(Modified Vaccinia Virus Ankara)である。
【0002】
特に本発明は、予防接種に使用するウイルスと同じウイルス群に属するウイルスによる感染に対する新生仔の予防接種に関する。また、本発明は、上記ウイルスに関連する抗原とは異なる外来抗原および腫瘍抗原から選ばれる抗原に対する新生仔の予防接種に関する。さらに本発明は、樹状細胞またはその前駆細胞を活性化する因子のレベルを増加させること、及び/又は樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させること、及び/又はインターフェロン(IFN)もしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることを目的とする、上記に定義したウイルスを使用する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
動物およびヒトの自然環境には、ウイルス、細菌または真菌などの極めて多様な感染性病原体が含まれている。これらの感染性病原体は感染した宿主に疾患を引き起こしうる。感染した宿主は、通常の状況下では、感染性病原体が誘発した疾患から一定期間後に回復する。この回復は動物またはヒトの免疫系によるものである。
【0004】
免疫系は、感染性病原体の排除を担っている人体または動物体の一部である。免疫応答は特異反応と非特異(生得的)反応とに分類されるが、両者は密接に協力し合っている。非特異免疫応答は広範囲にわたる多様な異物および感染性病原体に対する即時防御である。ウイルスに対する生得的免疫応答では、初期ウイルス複製を抑制するため、およびナチュラルキラー(NK)細胞を活性化して感染細胞を直ちに殺すために、インターフェロン(IFN)−αおよびIFN−βが、絶対的に不可欠である。細菌性または寄生虫性の細胞内病原体は、NK細胞中及び/又は一部のT細胞サブセット中のIFN−γをアップレギュレートするIL−12を誘導する。IFN−γ活性化NK細胞は細胞内病原体を殺すことができるようになる。さらに、IFN−γはマクロファージを活性化して、それらが、内在化した病原体を殺すことができるようにする。
【0005】
1細胞あたりに換算した場合、IFN−α/βの格段に豊富な供給源は樹状細胞(DC)である。樹状細胞は体中の要所要所に分布している特殊な細胞集団である。形質細胞様DCまたはCD11c CD8 DCは、最もよいIFN−α/β産生細胞の一つである。細胞内非ウイルス病原体に感染したCD8 DCは、免疫防御の初期段階に不可欠なIL−12を分泌することができる極めて重要な細胞である。
【0006】
生物が特定の異物(抗原)による攻撃を初めて受けた場合は、その異物に対する特異免疫応答が、遅延期を経てから誘導されうる。特異免疫応答の開始もDCによって調整される。これらの細胞には末梢から二次リンパ系器官であるリンパ節または脾臓への一定した流れがあり、その二次リンパ系器官にはナイーブなT細胞およびB細胞が再循環している。DCがこれらの器官に運搬する抗原により、ナイーブなT細胞およびB細胞は活性化されてエフェクターT細胞およびエフェクターB細胞になることができる。そのために、DCは抗原を運搬するだけでなく、病原体認識の柔軟性がDCにおけるさまざまな遺伝子活性化を可能にし、その結果、病原体に合わせたT細胞の初回免疫が可能になる。
【0007】
特異免疫応答は極めて効率がよく、ある特異的感染から回復した個体がその特異的感染に対して保護されるという事実の原因になっている。したがって、同じ感染性病原体または極めて類似する感染性病原体による2回目の感染では、この病原体に対する「既存の特異免疫」が既に存在するので、症状がはるかに軽くなるか、または症状が全く現れない。そのような免疫および免疫記憶はそれぞれ長期間持続し、一生涯続く場合もある。したがって、免疫記憶の誘導を、予防接種(すなわち、ある特異的病原体による感染に対して個体を保護すること)に利用することができる。
【0008】
予防接種を行うには、誘導しようとしている免疫応答の対象である病原体よりは有害ではないワクチンで、免疫系を攻撃する。ワクチンは、予防接種の対象である病原体に見いだされるエピトープまたはその病原体によって発現されるエピトープを含むか、またはそのエピトープを発現させる。したがって、その生物は、ワクチンの一部であるエピトープを含む病原体に対して免疫されることになる。
【0009】
典型的なワクチンは、弱毒化または不活化ウイルス(例えばポリオワクチンまたは天然痘ウイルスワクチン)、組換えタンパク質(例えば組換えB型肝炎ウイルスSタンパク質)、熱不活化細菌毒素(破傷風菌毒素)または細菌莢膜壁の多糖類(肺炎連鎖球菌)である。
【0010】
感染性疾患は新産仔および哺乳仔では極めて重大な状態をもたらす可能性があるので、子どもおよび新産動物をできるだけ早く予防接種することに関心が持たれている。予防接種を行うことが望ましい状態の例は、天然痘を含むポックスウイルス感染症である。しかし、新産仔の予防接種を成功させようとする試みにとっては、新産動物の免疫系がまだ成熟していないという事実が障害になる。新生幼若仔および新生哺乳動物の免疫系は、一定の期間をかけて徐々に成熟すると考えられている。ヒトの場合はその生涯の最初の1年で成熟が起こる。新生児年齢群がこの最初の1年間はさまざまな感染症に対して無防備であるという事実の理由は、ここにある(非特許文献1)。具体的に述べると、新生乳児ではB細胞機能が損なわれており、樹状細胞による一次抗原提示が不十分で、T細胞増殖も限られている(非特許文献1)。誕生後間もない時期は、脾臓中のT細胞レベルが、成人におけるレベルの1000分の1である。少なくとも弱い免疫処置を達成するために、免疫処置に複製型ウイルスを使用することまたはアジュバントを含む製剤を使用することが提案された。しかし、ウイルスクリアランスにはT細胞が必要なので、複製型ウイルスには、未成熟な免疫系がウイルス感染または生ウイルスワクチンに圧倒される危険が常につきまとう(非特許文献2)。新生児ではTh−1ヘルパーT細胞によるサイトカインの産生量が少ないので、乳児による応答は主としてTh−2である。したがって、細胞傷害性T細胞は動員されず、ウイルスクリアランスは達成されない。
【0011】
哺乳動物における状況もヒトの場合と非常によく似ている。すなわち、誕生後の免疫系はまだ成熟していない。新生マウスでは、脾臓CD4+ T細胞の数が80,000であり、CD8+ T細胞数は成体の脾臓の1000分の1である。また、これらのマウスではインターフェロン(IFN)産生系も未成熟である。したがって新産マウスは、感染部位で、細胞内病原体の拡大をIFNによって効率よく抑制することができない。また、免疫細胞の数があまりにも少なく、その活性化段階もおそらく不十分すぎるので、予防接種に使用される迅速に拡大する病原体または複製型ウイルスに対処することができない。
【0012】
生ウイルスワクチンには危険が伴うので、ヒトを含む新生動物を複製型ウイルスで予防接種することは勧められない。例えば、天然痘に対する新生仔の予防接種には、天然痘が根絶されるまで使われていたエルストリー(Elstree)株、コペンハーゲン(Copenhagen)株およびNYCBH株などのワクシニアウイルス株を使用しないように勧告されている。米国における最近の勧告では、12ヶ月齢未満の赤ん坊には今までに市販された天然痘ワクチンを接種すべきでないとされている。
【0013】
アジュバントを含む製剤による新生仔の予防接種には、数多くの有害物質が体内に導入されるという欠点がある。したがってヒト新生児の予防接種は、例えばB型ウイルス感染の場合など、緊急時にのみ行われる。
【0014】
要約すると、免疫系は誕生時点では成熟していないことに留意すべきである。複製能を持つウイルスまたはアジュバントを含む製剤による予防接種には重大な欠点があるので、ドイツでは生後2ヶ月未満(Empfehlung der Staendigen Impfkommission STICO,2001)、米国では生後6ヶ月未満(ACIP「Recommended Childhood Immunization Schedule, United States」)の乳児には、予防接種は行われない。
【0015】
免疫系の発達の遅延は、妊娠中のまたは母乳栄養による母親から哺乳仔への母性抗体の移行によって、その一部が補われている。しかし、さまざまな理由で、すべての乳仔が母乳栄養を受けるわけでない。したがって、ヒトでは、免疫系が未成熟であるために完全には機能していない乳児が母性抗体を受け取らず、予防接種が通常は成功しないかまたは危険すぎるという極めて危機的な期間が、約6週間〜8週間存在する。
【0016】
この状況は、哺乳動物、特に、ウシなどの経済上重要な動物またはネコやイヌなどのコンパニオン動物でも、非常によく似ている。経費を節減するために、母ウシから仔ウシに与えられる牛乳の量は激しく削減されることが多い。その代わりに仔ウシには、時には生後1週間目には早くも、粉乳、離乳飼料および特殊濃縮飼料の混合物が与えられる。その結果、仔ウシは必要な量および種類の母性抗体を受け取ることがなく、したがって未成熟な免疫系は極めて感染を起こしやすい。さらに、仔ウシを繁殖させる農業者と、食肉生産用に仔ウシを育てる農業者とは、同じでない場合が多い。仔ウシは4〜6週齢になると、異なる繁殖農場から集められ、食肉生産のために他の農場に出荷される。この時点で、母性抗体は低レベルであり、免疫系も完全には発達していないが、動物達はストレス条件下で新しい感染性病原体にばく露される。これは、感染の危険を増大させるが、そのような感染は予防接種によって防止することができるだろう。同様の状況は、感染圧が高いネコ飼育所やイヌ繁殖施設にも見いだすことができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Gansら,J. Am. Med. Assoc.(1998)280,527−532
【非特許文献2】Hassettら,J. Virol.(1997)71,7881−7888
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
発明の目的
ヒト新産児および新産動物を、外来抗原ならびにそれぞれヒトおよび動物の疾患に関係する抗原に対して、それぞれ予防接種する手段を提供することが、本発明の目的である。具体的に述べると、新産動物およびヒト新産児の免疫系の成熟を加速させうる手段を提供することが、本発明の目的である。また、ヒトを含む新生動物をポックスウイルス感染に対して、特に天然痘に対して、予防接種することを可能にする手段を提供することも、本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0019】
発明の詳細な説明
本発明によれば、意外なことに、ヒトを含む新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力は持たないウイルスを用いて、ヒトを含む新生動物または出生前動物を安全にしかも効率よく予防接種及び/又は処置できることが見いだされた。特に、本発明で使用されるウイルス、例えばMVA、とりわけMVA−BNおよびその誘導体(下記参照)は、新産仔に投与しても有害な作用を何も示さないことが明らかになった。以下に詳述するように、上記のウイルスによる動物の予防接種は、予防接種に使用したウイルスに対する特異免疫応答をもたらし、かつ/または外来抗原および腫瘍抗原に対する一般予防接種になる。さらに、本発明で使用されるウイルスは、樹状細胞数の増加およびインターフェロンなどの因子の増加を伴う、免疫系の成熟の誘導及び/又は強化をもたらす。本発明で使用されるウイルスによる予防接種は、動物に投与される製剤がアジュバントを含んでいなくても可能である。
【0020】
要約すると、本発明で使用されるウイルスは、(i)新生仔に有効な免疫応答を惹起し、(ii)投与するのにアジュバントの必要がなく、(iii)生物を圧倒する危険を持たない。
【0021】
本発明によれば、最初の予防接種後、少なくとも5日間、好ましくは少なくとも7日間、14日間または28日間は、保護効果が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1A】MVA−BNおよびDISC−HSVが新産動物において、CD11cおよびCD8表現型のDCを誘導することを示す。
【図1B】MVA−BNおよびDISC−HSVが新産動物において、CD11cおよびCD8表現型のDCを誘導することを示す。
【図1C】MVA−BNおよびDISC−HSVが新産動物において、CD11cおよびCD8表現型のDCを誘導することを示す。
【図2】MVA−BNで予防接種して2週間後、脾臓中および血中のCD11c単独陽性細胞およびCD11c/CD8二重陽性細胞のパーセンテージを、フローサイトメトリーで測定して示す。
【図3】マウスの血清中のネズミFlt3−LをELISAによって測定して、その値をpg/mlで示す。
【図4】マウスを100×LD50のHSV−1 F株にばく露して、生き残っている動物の数を21日間モニターした結果を示す。
【図5】100 LD50のHSV−1を使って行った9回の異なるチャンレンジ実験を示す。
【図6】誕生1日目にMVA−BNで予防接種した後、致死的ワクシニアチャレンジを受けた成体マウスの生存を示す。
【0023】
「細胞に感染する能力を持つ」ウイルスとは、そのウイルスまたは少なくともそのウイルスゲノムが宿主細胞内に取り込まれるような形で宿主細胞と相互作用することができる構造をウイルス表面上に保持しているウイルスである。本発明で使用されるウイルスは宿主細胞に感染する能力を持つが、感染細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力は持っていない。本発明に関して「上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルス」という用語は、少なくとも一部は転写され、ウイルスタンパク質に翻訳されるか、または複製されることさえあるが、感染性ウイルス粒子にはパッケージングされないゲノムを持つウイルスを指す。したがって、本発明で使用されるウイルスは、宿主に不稔感染をもたらすウイルスである。不稔感染は2つの理由で起こりうる。第1の選択肢によれば、ある細胞は感染に対して感受性を持ちうるが、例えば上記細胞におけるウイルスの増殖に必要なウイルス遺伝子の全てが発現されるわけではないかつ/またはウイルスゲノム中に存在するわけではないなどの理由で、ウイルスの増殖には非許容的でありうる。ヒト細胞の場合、本発明に合致するこのタイプのウイルスの一例は、以下に詳述する変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)である。第2の選択肢によれば、不稔感染は、ウイルス遺伝子が完全には揃っていない欠損ウイルスによる細胞の感染によっても起こりうる。ヒト細胞の場合、本発明に合致するそのようなウイルスの一例は、DISC−HSV1(disabled single−cycle Herpes simplex virus)、すなわち1感染サイクルに制限された単純ヘルペスウイルスである(Dillooら,Blood 1997,89:119−127)。このウイルスは、必須糖タンパク質H(gH)の遺伝子を欠いているが、gHを発現させる補完細胞株では高力価に増殖することができる。ヘルペスウイルスの増殖に対して許容的な非補完細胞株では、1サイクルの複製に制限され、非感染性ウイルスの放出をもたらす。「複製される能力を持たない」という用語は、好ましくは、予防接種された動物の細胞内で全く複製しないウイルスを指す。しかし、新生仔の未成熟な免疫系によって抑制される程度のわずかな残存複製活性を示すウイルスも、本願の範囲に包含される。
【0024】
本発明のウイルスは、動物の細胞に感染する能力を持つが上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスであれば、何でもよい。ある動物種の細胞に感染する能力を持つが上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスも、別の動物種では異なる挙動を示しうると理解すべきである。例えばヒトの場合、MVA−BNとその誘導体(下記参照)は、ヒトの細胞に感染する能力を持つがヒト細胞では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスである。同じウイルスがニワトリでは複製する場合がある。すなわちニワトリでは、MVA−BNは、ニワトリの細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスではない場合がある。ある特定の動物種に対してどのウイルスを選択する必要があるかは、当業者には知られている。あるウイルスが新生動物または出生前動物内で複製される能力を持つか持たないかを決定することができる試験は国際公開公報(WO)第02/42480号に開示されており、その試験ではAGR129マウス株を使用する。このマウスモデルで得られる結果はヒトでの結果を指し示す。したがって、本願で使用する「感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たない」という用語は、国際公開公報(WO)第02/42480号でマウスに関して使用されている「生体内では複製不能(failure to replicate in vivo)」という用語に対応している。この試験については以下に詳述する。本発明のウイルスは、好ましくは、少なくとも1種の動物種の少なくとも1タイプの細胞内で複製される能力を持つ。したがって、予防接種及び/又は処置すべき動物への投与に先立って、ウイルスを増幅することができる。一例として、CEF細胞内で増幅することはできるが、ヒト新生児またはヒト胎児では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスである、MVA−BNが挙げられる。これに関連して、化学的または物理的に不活化されたウイルスは、この好ましい態様の性質の全てを持つわけではないことに留意すべきである。なぜなら、不活化ウイルスは、ヒトを含む新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持ち、しかもヒトを含む新生動物または出生前動物内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないが、これらのウイルスは少なくとも1種の動物種の少なくとも1タイプの細胞内で複製する能力を持たないからである。
【0025】
上記のウイルスは、好ましくは、DNAウイルスである。哺乳類細胞の場合、特にヒト細胞の場合、より好ましくは、上記DNAウイルスはDISC−ヘルペスウイルスおよび変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)から選ばれる。
【0026】
変異ワクシニアアンカラ(MVA)ウイルスは、ポックスウイルス科のオルトポックスウイルス属の一員であるワクシニアウイルスと近縁関係にある。MVAは、ワクシニアウイルスのアンカラ(Ankara)株(CVA)をニワトリ胚線維芽細胞で516代にわたって連続継代することによって作出された(概要については、Mayr,A.ら,Infection 3,6−14[1975]を参照されたい)。この長期間にわたる継代の結果、得られたMVAウイルスはそのゲノム配列の約31キロ塩基が欠失しており、それゆえに宿主が鳥類細胞に著しく制限されると記載されている(Meyer,H.ら,J. Gen. Virol. 72,1031−1038[1991])。得られたMVAは著しく非病原性であることが、さまざまな動物モデルで示されている(Mayr,A.およびDanner,K.[1978]Dev. Biol. Stand. 41:225−34)。また、このMVA株は、ヒト天然痘に対する免疫処置用のワクチンとして、臨床試験でも検証された(Mayrら,Zbl. Bakt. Hyg. I, Abt. Org. B 167,375−390[1987]、Sticklら,Dtsch. med. Wschr. 99,2386−2392[1974])。これらの研究には高リスク患者を含めて120,000人を超える人々が関与し、これらの研究からMVAは、ワクシニアに基づくワクチンと比較して、良好な免疫原性を保ったまま、毒力または感染力は低くなっていることが判明した。
【0027】
本発明で好ましい株は、動物細胞培養物の欧州収集所(European Collection of Animal Cell Cultures(ECACC))に受託番号V00120707として寄託されているMVA575、および同じ機関に受託番号V000083008として寄託されているMVA−BN、ならびにその誘導体である。ヒトを予防接種/処置しようとする場合は、MVA−BNおよびその誘導体が特に好ましい。
【0028】
特に好ましいMVA株、好ましくは、最も好ましいヒト用の株、例えばMVA−BNおよびその誘導体などの性質は、次のように要約することができる:
(i)ニワトリ胚線維芽細胞(CEF)および細胞株BHKでは増殖的に複製する能力を持つが、ヒト細胞株HaCatでは増殖的に複製する能力を持たない、
(ii)生体内では複製不能、
(iii)致死チャレンジモデルで既知の株MVA575(ECACC V00120707)よりも高い免疫原性を誘導及び/又は
(iv)DNA初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式と比較して、ワクシニアウイルス初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式で少なくとも実質的に同レベルの免疫を誘導。
【0029】
本発明で好ましいMVA株は、(ii)予防接種または処置すべき生物内で及び/又は後述するような対応する試験系で複製不能であるという性質を持ち、好ましくは上述した性質を他にも1つ、より好ましくは上述した性質を他にも2つ持っている。最も好ましいのは、上述した性質を全て持つMVA株である。ヒトにおいて上述した性質を全て持つMVA株の一例はMVA−BNである。MVA−BNの好ましい誘導体は、(ii)の性質の他に、上述した性質の少なくとも1つ、より好ましくは上述した性質の少なくとも2つを持つ誘導体である。最も好ましいのは、上述した性質を全て持つMVA−BN誘導体である。
【0030】
あるMVA株が上述した性質(i)〜(vi)の1つ以上を持つかどうかを決定するために使用されるアッセイに関する詳細な情報については、国際公開公報(WO)第02/42480号を参照されたい。この公開公報には、望ましい性質を持つウイルスを取得する方法も開示されている。特に国際公開公報(WO)第02/42480号には、MVA−BNの性質およびMVA−BN誘導体の性質について詳細な定義が記載されており、あるMVA株がMVA−BNまたはその誘導体であるかどうかを決定するために使用される生物学的アッセイが詳細に開示されている。言い換えると、MVA−BNの性質、あるMVA株がMVA−BNまたはその誘導体であるかどうかを評価することを可能にする生物学的アッセイの説明、およびMVA−BNまたはその誘導体の取得を可能にする方法は、国際公開公報(WO)第02/42480号に開示されている。上述した性質の1つ以上を持つMVA株に到達する方法、および与えられたMVA株が上記性質の1つ以上を持っているかどうか、したがって本発明での最も好ましいウイルスであるかどうかを調べる方法を、以下に短く要約する。以下の要約は国際公開公報(WO)第02/42480号と本願との関連を以下の情報に限定するものであると解釈してはならない。そうではなくて、国際公開公報(WO)第02/42480号は参照により本明細書にそのまま組み込まれるものとする。
【0031】
細胞株HaCAT(Boukampら,1988,J Cell Biol 106(3):761−71)で「増殖的に複製する能力を持たない」という用語を、本願では、国際公開公報(WO)第02/42480号での定義に従って使用する。したがって、細胞株HaCATで「増殖的に複製する能力を持たない」ウイルスは、ヒト細胞株HaCatで1未満の増幅比を示すウイルスである。本発明でベクターとして使用されるウイルスの増幅率は、ヒト細胞株HaCatでは、好ましくは0.8以下である。ウイルスの「増幅比」は、感染細胞から産生されるウイルス(産出量)と、最初に細胞を感染させるために使用した元の量(投入量)との比(「増幅比」)である。産出量と投入量との比が「1」であるとは、感染細胞から産生されるウイルスの量が、細胞を感染させるために最初に使用した量と同じである増幅状態を意味する。ECACC V00083008として寄託されたウイルスの「誘導体」という用語は、好ましくは、上記寄託株と基本的に同じ複製特徴を示すが、そのゲノムの1つ以上の部分に相違を示すウイルスを指す。寄託ウイルスと同じ「複製特徴」を持つウイルスとは、CEF細胞ならびに細胞株BHK、HeLa、HaCatおよび143Bにおいて寄託株とよく似た増幅比で複製し、かつAGR129トランスジェニックマウスモデル(下記参照)で決定した場合に生体内でよく似た複製を示すウイルスである。
【0032】
「生体内では複製不能」という用語を、本願では、国際公開公報(WO)第02/42480号での定義に従って使用する。したがってこの用語は、国際公開公報(WO)第02/42480号で説明されているように、ヒトおよびマウスモデルでは複製しないウイルスを指す。国際公開公報(WO)第02/42480号で使用されているマウスは成熟したB細胞およびT細胞を産生することができない(AGR129マウス)。特に、MVA−BNおよびその誘導体は、10pfuのウイルスを腹腔内投与することによってマウスを感染させた後、少なくとも45日の期間内に、より好ましくは少なくとも60日以内に、最も好ましくは90日以内に、AGR129マウスを殺すことがない。「生体内での複製不能」を示すウイルスは、好ましくは、10pfuのウイルスを腹腔内投与することによってマウスを感染させてから45日後、好ましくは60日後、最も好ましくは90日後に、AGR129マウスの臓器または組織からウイルスを回収することができない点を、さらなる特徴とする。
AGR129マウスの代わりに、成熟したB細胞およびT細胞を産生することができず、したがって重度の免疫無防備状態であり、複製型ウイルスに著しく感染しやすいマウス株であれば、他のどのマウス株でも使用することができる。
【0033】
あるMVA株が「既知の株MVA575よりも高い免疫原性」を持つかどうかを決定するために使用される致死チャレンジ実験の詳細は、国際公開公報(WO)第02/42480号に説明されている。そのような致死チャレンジモデルでは、予防接種を受けていないマウスは、ウェスタン・リザーブ(Western Reserve)株L929 TK+やIHD−Jなどの複製能を持つワクシニア株による感染後に死亡する。致死チャレンジモデルの説明では、複製能を持つワクシニアウイルスによる感染を「チャレンジ」と呼ぶ。チャレンジの4日後に、通常はマウスを屠殺し、VERO細胞を用いる標準的プラークアッセイにより、卵巣中のウイルス力価を決定する。予防接種していないマウスと、MVA−BNおよびその誘導体で予防接種したマウスについて、ウイルス力価を決定する。より具体的に述べると、MVA−BNおよびその誘導体は、この試験では、10 TCID50/mlのウイルスによる予防接種後に、予防接種を受けていないマウスと比較して、卵巣ウイルス力価を少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%減少させることを特徴とする。
【0034】
好ましい一態様として、MVAなどの本発明のウイルス、特にMVA−BNおよびその誘導体は、初回免疫/追加免疫投与に有用である。ウイルス、特に本発明で最も好ましく使用されるMVA株、例えばMVA−BNおよびその誘導体、ならびに異種配列を保持する対応組換えウイルスは、生まれたままの動物ならびにポックスウイルスに対して既存の免疫を持っている動物における免疫応答を、効率よくまず初回刺激し、次に追加刺激するために使用することができる。したがって、最も好ましい本発明のウイルスは、DNA初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式と比較して、ワクシニアウイルス初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式で少なくとも実質的に同レベルの免疫を誘導する。
【0035】
国際公開公報(WO)第02/42480号に記載の「アッセイ1」および「アッセイ2」の一方(好ましくは両方)のアッセイで測定されるCTL応答が、DNA初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式と比較して、ワクシニアウイルス初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式で少なくとも実質的に同じであるならば、ワクシニアウイルス、特にMVA株は、DNA初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式と比較して、ワクシニアウイルス初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式で少なくとも実質的に同レベルの免疫を誘導するとみなされる。より好ましくは、ワクシニアウイルス初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫投与後のCTL応答は、少なくとも一方のアッセイで、DNA初回免疫/ワクシニアウイルス追加免疫方式よりも高い。最も好ましくは、どちらのアッセイでもCTL応答が高い。
【0036】
本発明で使用されるウイルスはMVAなどの非組換えウイルス、すなわち異種ヌクレオチド配列を含まないウイルスであることができる。非組換えワクシニアウイルスの一例はMVA−BNおよびその誘導体である。もう一つの選択肢として、ウイルスは組換えウイルス、例えばそのウイルスにとって異種である追加ヌクレオチド配列を含む組換えMVAなどであってもよい。
【0037】
本願で使用する「異種」という用語は、自然界において通常は当該ウイルスと密接に関係して見いだされることのない核酸配列の任意の組合せを指し、そのようなウイルスを「組換えウイルス」ともいう。
【0038】
異種核酸配列は、好ましくは、少なくとも1種の抗原、抗原エピトープ、有益タンパク質及び/又は治療化合物をコードする配列から選ばれる。
【0039】
本願で使用する「有益タンパク質」という用語は、当該ウイルスに関連する抗原とは異なる腫瘍抗原および外来抗原から選ばれる抗原に対して動物を保護するのに役立つ、任意のタンパク質を指す。あるいは、より具体的に述べると、「有益タンパク質」は、樹状細胞を活性化する因子のレベルを上昇させる活性を持ち、かつ/または樹状細胞の数を増加させる活性を持ち、かつ/またはインターフェロン(IFN)もしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させる活性を持つ。したがってそのような有益タンパク質の例は、IFN−αやIFN−βなどのインターフェロン、IL−12、Flt−3−L及び/又はGM−CSFである。
【0040】
抗原エピトープは、そのエピトープに対する免疫応答を誘導することに意味のあるものなら、どのエピトープであってもよい。抗原エピトープの例は、熱帯熱マラリア原虫、マイコバクテリウム、インフルエンザウイルス由来のエピトープ、フラビウイルス科、パラミクソウイルス科、肝炎ウイルス類、ヒト免疫不全ウイルス類から選択されたウイルス由来のエピトープ、またはハンタウイルスやフィロウイルス、すなわちエボラウイルスもしくはマーブルグウイルスなどの出血熱を引き起こすウイルス由来のエピトープである。したがって例えば、異種エピトープを発現させる組換えMVAを本発明に従って新生仔の予防接種に使用する場合は、その処置の結果は、免疫系の成熟が加速されることによる一般予防接種になるだけではなく、異種MVAから発現させる異種エピトープに対する特異的予防接種にもなる。
【0041】
組換えウイルス中の異種核酸がコードする「治療化合物」は、例えば、アンチセンス核酸などの処置核酸、または望ましい生物学的活性を持つペプチドもしくはタンパク質などであることができる。
【0042】
異種核酸配列の挿入は、好ましくは、ウイルスゲノムの非必須領域に行われる。もう一つの選択肢として、異種核酸配列をウイルスゲノムの天然欠失部位(MVAについてはPCT/EP96/02926に開示されている)に挿入する。ポックスウイルスゲノムなどのウイルスゲノムに異種配列を挿入する方法は、当業者に知られている。
【0043】
本発明は、例えばヒトを含む生きている動物の身体に免疫応答を誘導するための、MVAなどの本発明ウイルスを含む医薬組成物およびワクチンも提供する。
【0044】
本医薬組成物は、一般に、1つ以上の薬学的に許容できるかつ/または承認された担体、添加剤、抗生物質、保存剤、アジュバント、希釈剤及び/又は安定剤を含みうる。そのような補助物質は、水、食塩水、グリセロール、エタノール、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝物質などであることができる。適切な担体は、典型的には、大きくてゆっくり代謝される分子、例えばタンパク質、多糖、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、アミノ酸ポリマー、アミノ酸コポリマー、脂質凝集物などである。
【0045】
ワクチンを製造するには、ウイルスまたはその組換え体を生理学的に許容できる形態に変換する。そのような方法は当業者に知られている。MVAおよび他のポックスウイルスの場合、ワクチンは、天然痘の予防接種に用いられるポックスウイルスワクチン(Stickl,H.ら[1974]Dtsch. med. Wschr. 99,2386−2392に記載されている)を製造する際の経験に基づいて製造することができる。例えば、精製ウイルスは、5×10 TCID50/mlの力価で約10mMトリスおよび140mM NaCl(pH7.4)中に製剤化して、−80℃で保存することができる。ワクチン注射剤を製造するには、例えば2%ペプトンおよび1%ヒトアルブミンの存在下で、リン酸緩衝食塩水(PBS)100mL中のウイルス粒子(MVAなど)10〜10個を、アンプル(好ましくはガラスアンプル)内で凍結乾燥する。もう一つの選択肢として、ワクチン注射剤は、製剤中のウイルスの段階的凍結乾燥によって製造することもできる。この製剤は、さらに、例えばマンニトール、デキストラン、糖、グリシン、ラクトースもしくはポリビニルピロリドンなどの添加剤、または、生体内投与に適した酸化防止剤もしくは不活性ガス、安定剤もしくは組換えタンパク質(例えばヒト血清アルブミン)などの他の添加剤も含むことができる。次に、ガラスアンプルを封印して、4℃〜室温で数ヶ月間保存することができる。しかし、必要がない限り、アンプルは−20℃未満の温度で保存することが好ましい。
【0046】
予防接種または処置を行うには、上記の凍結乾燥物を0.1〜0.5mlの水性溶液、好ましくは生理食塩水またはトリス緩衝液に溶解し、それを全身的または局所的に、すなわち非経口投与、筋肉内投与、または当業者に知られる他の任意の投与経路によって、投与することができる。当業者であれば、投与様式、投与量および投与回数を、既知の方法で最適化することができる。
【0047】
本発明のウイルス、特にMVAは、経口適用、鼻腔内適用、筋肉内適用、静脈内適用、腹腔内適用、皮内適用、子宮内適用、及び/又は皮下適用によって投与することができる。小型動物の場合、免疫処置のための接種は、好ましくは、非経口的にまたは鼻腔内に行われるが、大型動物またはヒトでは、皮下接種、筋肉内接種または経口接種が好ましい。
【0048】
MVAは好ましくは10 TCID50(組織培養感染価)〜10 TCID50の用量で投与される。
【0049】
上述したように、本発明のウイルス、特にMVA、例えばMVA−BNおよびその誘導体は、1回目の接種(「初回接種」)および2回目の接種(「追加接種」)において、処置有効量で投与することができる。
【0050】
本発明に関して「動物」という用語はヒトも包含する。より一般的には、動物は脊椎動物、好ましくはヒトを含む哺乳動物である。動物の具体例は、イヌ、ネコなどのペット、仔ウシ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタなどの経済上重要な動物、ならびにマウス、ラットなどの他の動物である。これらの動物種およびヒトの場合、MVAおよびDISC−HSAは特に好ましいウイルスである。また、鳥類細胞に感染する能力を持つが上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスを使用するのであれば、本発明は、経済上重要な鳥類、例えば七面鳥、アヒル、カモおよび雌鶏などにも使用することができる。
【0051】
本明細書で使用する「家畜」という用語は、好ましくは哺乳類の家畜を指し、より好ましくはイヌ、ネコ、仔ウシ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウマ、シカを指す。
【0052】
第1の選択肢として、本発明のウイルス、特にMVA−BNおよびその誘導体は、特異的ワクチンとして、すなわち予防接種された新産仔を、予防接種に使用したウイルスと同じウイルス群、ウイルス科またはウイルス属に属する病原性ウイルスが引き起こす疾患から保護する免疫応答を惹起するために、使用することができる。一例として、上に定義したMVA、特にMVA−BNおよびその誘導体は、ポックスウイルス感染、特に天然痘に対するヒト新産児の予防接種に使用することができる。MVA、特にMVA−BNおよびその誘導体は、獣医学上重要なポックスウイルス感染に対する脊椎動物の予防接種にも使用することができる。この第1選択肢では、予防接種に使用するウイルスは、MVA−BNまたはその誘導体などの非組換えウイルスであってもよいし、ウイルスゲノム中に自然界ではそのゲノムに見いだされない遺伝子を保持している組換えウイルスであってもよい。組換えウイルスは、好ましくは、免疫応答を刺激するのに役立つ追加遺伝子を保持する。この種の遺伝子の例はサイトカイン遺伝子およびインターフェロン遺伝子である。
【0053】
第2の、ただし関連する選択肢では、上に定義した異種核酸配列を保持する組換えウイルスで新生仔を予防接種することにより、その異種核酸配列から発現されるアミノ酸配列に対する免疫応答を誘導する。一例として、上記核酸配列は、上に定義した抗原または抗原エピトープをコードしうる。この態様の組換えウイルスの例は、(i)MVA以外のウイルス、例えばHIV−1、HIV−2、デングウイルス、ウエストナイルウイルス、日本脳炎ウイルス、麻疹ウイルスなど、(ii)腫瘍抗原、(iii)細菌、(iv)真菌に由来する抗原をコードする異種核酸を含む組換えMVA、特に組換えMVA−BNまたはその誘導体である。組換えウイルスから発現される抗原が例えばHIV抗原であるなら、その組換えウイルスを使って、予防接種した新生仔においてHIVに対する免疫応答を誘導し、AIDSを予防することができる。より広い意味では、抗原または抗原エピトープを発現させる組換えウイルスを使って、異種配列の由来となった病原体に対する免疫応答及び/又は抗原または抗原エピトープを含む病原体に対する免疫応答を誘導することができる。
【0054】
第3の選択肢として、ヒトを含む新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つがヒトを含む新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスは、そのウイルスに関連する抗原とは異なる腫瘍抗原および外来抗原から選ばれる抗原に対して、ヒトを含む動物、特に新産動物を保護するための医薬の製造に使用できることが、予想外に見いだされた。
【0055】
この第3の選択肢によれば、本発明のウイルス、特にMVA、例えばMVA−BNおよびその誘導体で予防接種した新産仔は、感染性病原体などの外来抗原によるチャレンジに対して保護される。したがって、本発明のウイルス、特にMVAは、新産仔の一般ワクチンである。すなわち、本発明のウイルス、特にMVAで新産仔を予防接種することにより、その新産仔の免疫系は、ウイルスなどの外来抗原に対処する能力が向上する。実施例では、MVAによる予防接種と、それに続く1型単純ヘルペスウイルスによるチャレンジで、これを例証する。したがって、本発明のウイルス、特にMVAを新産仔の予防接種に使用すれば、機能的で成熟した免疫系が樹立されるまでの危機的期間において、予防接種を受けた動物は予防接種を受けていない動物よりも外来抗原から保護される。
【0056】
本発明では、「腫瘍抗原及び/又は外来抗原は、ウイルスに関連する抗原とは異なっている」。この表現は、本発明のこの態様では、MVAなどのウイルスを使用する主な目的が、そのウイルスそのものに対する免疫応答を誘導することにはないことを表すと、解釈すべきである。むしろ本ウイルスは、それぞれ、そのウイルスには付随していない外来抗原および腫瘍抗原に対して宿主を保護する免疫応答または少なくとも一般免疫刺激を誘導するために使用される。「ウイルスに関連する抗原」という用語は、ウイルスゲノムが発現した結果であるウイルス粒子のエピトープおよび抗原ならびにそのウイルスに感染した細胞の表面上の抗原およびエピトープを指す。
【0057】
この態様に関して「外来抗原」とは、本来はその動物体の一部または一成分でない任意の抗原およびエピトープを指す。外来抗原は、とりわけ、感染性病原体および毒素由来の抗原およびエピトープである。典型的な感染性病原体はヘルペスウイルス、レトロウイルス、狂犬病ウイルス、ラブドウイルス、アデノウイルスなどのウイルス、サルモネラ、マイコプラズマ、髄膜炎菌、ヘモフィルスなどの細菌、プリオンまたは真菌である。
【0058】
本発明は、外来抗原に対する動物の予防接種に有益なばかりでなく、別の態様として、腫瘍抗原に対する予防接種にも適している。「腫瘍抗原」は、一定の腫瘍性疾患に付随する抗原である。腫瘍抗原は、腫瘍を発生させた宿主のゲノムによってコードされている抗原であることが、最も多い。したがって厳密な意味では、腫瘍抗原は外来抗原ではない。しかし、腫瘍抗原は腫瘍には顕著な量で見いだされるのに対して、正常組織における腫瘍抗原量は有意に少なく、多くの場合、腫瘍抗原は正常組織には全く見いだされない。腫瘍抗原の例は当業者には知られており、例えばMAGE抗原などがこれに含まれる。MVAはこれらの腫瘍抗原に対して有効である。なぜなら、動物の予防接種により、免疫系の活性化及び/又は免疫系の成熟の加速が起こり、それが腫瘍細胞の破壊をもたらしうるからである。
【0059】
「抗原に対して保護する」という用語は、その外来抗原または腫瘍抗原に向けられた免疫応答の発達を指す。外来抗原が感染性病原体である場合、宿主はその病原体に対して保護される。すなわち宿主は、その抗原に対する免疫応答を発達させる。結果として、その感染性病原体に感染しても、疾患の重症度が低くなるか、または疾患が全く起こらない。「保護する」という用語を、外来抗原または腫瘍抗原に対する100%の保護が常に起こるという意味に解釈してはならない。そうではなくて、本願で使用される「保護」という用語は、動物がそれぞれその外来抗原および腫瘍抗原に対処するのを助ける何らかの有益な効果を指す。
【0060】
本発明によれば、そのような効果は、最初の予防接種後、少なくとも5日間、好ましくは少なくとも7、14または28日間にわたって発揮される。言い換えると、予防接種及び/又は処置を受けた動物は、例えばある外来抗原に対して、その動物がそれぞれ5、7、14および28日後に上記抗原と接触した場合に、保護される。
【0061】
本発明に関して、本発明のウイルス、特にMVAで新産仔を予防接種することの効果は、免疫系の成熟の誘導または強化及び/又は免疫系の活性化によって説明することができる。本発明に関して「免疫系の成熟の誘導または強化」という用語は、とりわけ、予防接種を受けた個体における樹状細胞またはその前駆体の増加が加速されることを指す。免疫系の「成熟の加速」という用語と免疫系の「成熟の強化」という用語は、本明細書では可換的に使用される。
【0062】
「免疫系の活性化」は、細胞/細胞相互作用または細胞/細胞輸送を容易にする分子およびホルモンの細胞表面での発現及び/又は細胞による上記分子およびホルモンの分泌を特徴とする。特異的受容体がこれらのシグナルを受け取り、応答する。活性化マーカーには、なかんずく、Flt3−L、IL−12、IFN−α、MHC−IIおよびCD8、特にCD8αがある(下記参照)。
【0063】
免疫系の発達/成熟の加速は、樹状細胞(DC)またはその前駆細胞を活性化及び/又は動員する因子のレベルの増加、及び/又は樹状細胞数とその前駆細胞数の増加、及び/又はインターフェロンもしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量の増加と相関する。本発明のウイルス(特にMVA)によって誘導されるDC前駆細胞の例は、ウイルス感染に対する防御にとって極めて重要であり、IFNα/βを産生すると思われる、形質細胞様DC前駆体である。
【0064】
より具体的に述べると、免疫系の成熟の強化は、好ましくは、DC上に見いだされる表面マーカー、例えばMHC−II、CD40及び/又はCD80/86などの少なくとも2倍の増加によって定義づけられる。好ましくは、そのような増加は血中で測定することができる。免疫系の成熟の強化を特徴づける他のマーカーには、Flt3−L、IL−12、IFN−α、MHC−IIおよびCD8aがある(下記参照)。
さらに、免疫系の成熟の加速は、好ましくは、新産動物へのMVA−BNの投与の7日後に、MVA−BNを投与されていない対照動物と比較して、血中及び/又は脾臓中のCD11c陽性細胞数の少なくとも1.5倍の増加、好ましくは少なくとも2.0倍の増加と関連づけられる。さらに、免疫系の成熟の強化は、好ましくは、本発明のウイルスによる新生仔の予防接種の2日後に、年齢対応対照群と比較して、Flt3−L濃度の少なくとも1.5倍の増加、好ましくは少なくとも2.0倍の増加と関連づけられる。
【0065】
これに関連して、表面表現型によって特徴づけることができるネズミおよびヒトDC集団の表現型と機能の間には関連があることに注目すべきである(Hochreinら,2002 Hum. Immunol. 63:1103)。血中のDCは、形質細胞様DCなどの特定DC集団の同定を可能にする一連の表面マーカー(MacDonaldら,2002,Blood. 100:4512)を使って、フローサイトメトリーで検出することができる(Dzionekら,2002,Hum Immunol. 63:1133、Dzionekら 2000,J. Immunol. 165:6037)。同様の技術を使って、他のヒト組織中のDCを検出することもできる(Summersら,2001,Am. J. Pathol. 159:285)。
【0066】
本発明によれば、上に定義したウイルスは、樹状細胞(DC)またはその前駆細胞を活性化及び/又は動員する因子のレベルを増加させること、及び/又は樹状細胞およびその前駆細胞の数を増加させること、及び/又はインターフェロンもしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることを目的とする新生動物または出生前動物の処置にも使用することができるだろう。MVA−BNによる予防接種後に、形質細胞様樹状細胞では、IL−12産生量が有意に多くなり、IFN−α産生量が増加し、MHC−IIおよびCD8aがアップレギュレートされることが証明された。本発明で使用されるウイルスの投与後に起こるIL−12の増加は、好ましくは2倍、より好ましくは100倍、500倍、1000倍、2500倍または5000倍である。本発明のウイルスによる(最も好ましくはMVA−BNまたはその誘導体による)新生仔の予防接種の2日後に起こるFlt3−L濃度の増加は、年齢対応対照群と比較して、好ましくは1.5倍、より好ましくは2.0倍である。
【0067】
「樹状細胞またはその前駆体の活性化」という用語は、ホルモンおよび刺激によって、DCが不明確な細胞段階を経て抗原提示細胞に成熟することを指す。DCの中間体を前駆体と呼ぶ。これらの未成熟DCは末梢に到達する。さまざまな(抗原)刺激がDCを活性化する。活性化された樹状細胞中でアップレギュレートされる活性化マーカーとしては、なかんずく、Flt3−L、IL−12、IFN−α、MHC−IIおよびCD8aが挙げられる(下記参照)。
【0068】
GM−CSFなどのホルモンは、末梢に、より多くの未成熟DCをもたらすことが指摘されている。GM−CSFは骨髄、血液および末梢器官(およびそこへ移動する必要がある細胞)に、より多くのDC前駆体をもたらすので、この現象は、「樹状細胞またはその前駆体の動員」と名付けられている。この定義を本明細書でも使用する。
【0069】
結果として、樹状細胞(DC)またはその前駆細胞を活性化する因子のレベルを増加させること、及び/又は樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させること、及び/又はインターフェロンもしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることを意図するなら、ヒトを含む動物の予防接種はとりわけ有用である。
【0070】
樹状細胞を活性化する因子には、なかんずく、Flt3−L(Lymanら,Cell 1993,75:1157−1167)およびGM−CSFが含まれる。本発明での典型的なインターフェロンはIFN−αおよびIFN−βである。本発明で使用されるウイルスはFlt3−Lを誘導するが、観察される有益な効果の一部は、この誘導によるものであると考えられる。
【0071】
本発明に関して、新産動物またはヒト新産児は、成熟した免疫系をまだ持っていない動物またはヒトと定義される。本明細書の全体を通して、「新産動物」という用語と「新生動物」という用語は、同義語として使用する。成熟した免疫系は、生得的免疫系を完全に活性化する能力と、知られている全てのT細胞およびB細胞の機能および産物、特にIgAおよびIgEなどの免疫グロブリンイソタイプが、しかるべきところに見いだされるという事実とによって、特徴づけられる。したがって、未成熟免疫系は、T細胞、B細胞および樹状細胞の数が成体と比較して少ないこと、成体と比較すると少ないIFN産生量、および二次リンパ系器官が完全には成熟していないという事実によって特徴づけられる。より具体的に述べると、本発明に関して「新生仔」または「新産仔」とは、脾臓CD4+細胞の数が、成体における脾臓CD4+細胞の平均数と比較して、好ましくは2分の1以下、より好ましくは20分の1以下、より好ましくは200分の1以下、より好ましくは2000分の1以下、最も好ましくは20,000分の1以下であるような幼若仔動物と定義される。
【0072】
マウスの場合、免疫系は4週齢で成熟する。ヒトの場合、成熟はおそらく6ヶ月〜1年だろう。ネコおよびイヌでは、免疫系は通常は6ヶ月齢で成熟し、仔ウシ、ヒツジおよびブタの場合は4〜12週齢である。本発明のウイルス(特にMVA)による予防接種は、好ましくは、免疫系が成熟する前に行われる。しかし、成熟は誕生後ほとんど指数的に進展するので、誕生後できるだけ早期に本発明のウイルス(特にMVA)で予防接種することが最も好ましい。関係のあるすべての家畜およびヒトでは、誕生後4週間よりも速く免疫系が成熟することはないので、本発明のウイルス(特にMVA)による予防接種は、好ましくは誕生後4週間以内に、より好ましくは誕生後2週間以内、さらに好ましくは誕生後1週間以内に、最も好ましくは誕生後3日以内に行われる。これらの一般期間は、ヒトの他、全ての重要な家畜に、特に全ての重要な哺乳類家畜に適用することができる。もっと歳をとった動物でも、本発明では新産仔/新生仔と見なされる場合があるという事実、またしたがって、免疫系が誕生の4週間後も成熟していない場合は、もっと歳をとった動物でも予防接種を成功裏に行いうるという事実は、当業者にはわかるだろう。例えばヒトでは、予防接種を誕生後6ヶ月以内、より好ましくは誕生後3ヶ月以内、より好ましくは誕生後2ヶ月以内、より好ましくは誕生後4週間以内、より好ましくは誕生後2週間以内、さらに好ましくは誕生後1週間以内、最も好ましくは誕生後3日以内に行うことができる。
【0073】
本発明のウイルス、特に一般ワクチンとしてのMVAの最善の効果は、ウイルスが未成熟な免疫系に投与された時に観察されるので、ヒトを含む出生前動物でさえ、予防接種することが好ましいかもしれない。仔ウシまたは豚などの経済上重要な動物には出生前予防接種が望ましいだろう。胎盤がウイルスを通すなら、単に母動物を予防接種することによって、出生前仔を予防接種することができる。したがって、出生前仔の予防接種を目的とする母動物の予防接種は、内皮絨毛膜胎盤を持つ動物、例えばイヌ、ネコ、ラットおよびマウスや、血液絨毛膜胎盤を持つ動物、例えばヒトを含む霊長類などでは、とりわけ有望である。上皮絨毛膜胎盤を持つ動物、例えばウシおよびヒツジや、結合組織絨毛膜胎盤を持つ動物、例えばブタおよびウマなどでは、出生前仔の予防接種は、子宮投与によって、好ましく行うことができる。もちろん、この投与様式は、内皮絨毛膜胎盤または血液絨毛膜胎盤を持つ動物にも行うことができる。
【0074】
本発明のウイルス、特にMVAは免疫系の成熟を加速させるので、またそれゆえに、本発明のウイルス、特にMVAは一般ワクチンとして有用なので、予防接種された動物は、さまざまな疾患から保護される。より具体的に述べると、本発明のウイルス、特にMVAは、一般的健康のために、またネコヘルペスもしくはネコ感染性腹膜炎に対して、ネコを予防接種するために使用することができる。本発明のウイルス、特にMVAは、一般的健康のために、また気道関連(ウイルス)疾患に対して、イヌに使用することができる。本発明のウイルス、特にMVAは、一般的健康のために、またヘモフィルスまたはマイコプラズマ感染に対して、ブタに、とりわけ肥育ブタに使用することができる。
【0075】
上述したように、予防接種に使用されるウイルスに関連する抗原とは異なる外来抗原及び/又は腫瘍抗原に対して新産仔または出生前動物を保護するために、上記動物で本発明のウイルス、特にMVAを使用することは、好ましい態様である。しかしこの態様は新産動物および出生前動物に限定されない。むしろ、もう一つの態様として、本発明は、どの年齢の動物にも行うことができる。なぜなら、有益な効果は成体動物でも観察することができるからである。したがってこの態様によれば、上に定義したウイルス、特にMVA−BNおよびその誘導体は、そのウイルスに関連する抗原とは異なる腫瘍抗原および外来抗原から選ばれる抗原に対してヒトを含む動物を保護するのに有用である。上述したように、本発明で使用されるウイルスは、動物の細胞に感染する能力を持つが、上記細胞内で感染性子孫ウイルスに複製される能力は持っていない。新生仔に関して上述した情報、定義(保護効果の持続時間の定義を含む)ならびに好ましい態様、より好ましい態様および最も好ましい態様は全て、ウイルスを成体にも投与することができる態様にも適用できる。
【0076】
新産仔とは異なり、成体動物の免疫系は既に成熟している。それでもなお、免疫系は一定の疾患により、または単にその動物の年齢の問題で、弱くなっているかもしれない。とりわけ、免疫無防備状態にある人々および老齢者では、本発明のウイルス、特にMVAを、動物に投与することにより、なかんずく、樹状細胞(DC)またはその前駆細胞を活性化及び/又は動員する因子のレベルを増加させることによって、かつ/または樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させることによって、かつ/またはインターフェロンもしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることによって、有益な効果を得ることができる。したがって、成体動物でも、本発明のウイルス、特にMVAを投与することにより、外来抗原及び/又は腫瘍抗原に対処する免疫系の能力に増大が起こりうる。言い換えると、本発明で使用されるウイルスは、免疫系全般の活性化に有用である。
【0077】
さらに本発明は、ヒトを含む動物に投与される医薬であって、樹状細胞を活性化する因子のレベルを増加させ、かつ/または樹状細胞の数を増加させ、かつ/またはインターフェロン(IFN)もしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させる医薬を製造するための本発明のウイルス、特にMVAに関する。他の態様に関して上述した定義は全て、この態様にも適用できる。この態様では、本発明は、外来抗原及び/又は腫瘍抗原に対する保護を誘導することを、主な目標としない。むしろこの態様では、樹状細胞を活性化する因子のレベルが低いこと、及び/又は樹状細胞の数が不十分であるか少なすぎること、及び/又はインターフェロン(IFN)もしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量が低いことを特徴とする状態および疾患を処置することを目標とする。したがって、この態様では、本発明のウイルス、特にMVAで処置することにより、アレルギーまたは自己免疫疾患に対する保護を得ることができるだろう。この場合も、本発明のウイルス、特にMVAを新産動物に投与すれば、この処置はとりわけ有望である。
【0078】
また、さらにもう一つの態様によれば、本発明のウイルス、例えばMVA、特にMVA−BNおよびその誘導体は、免疫無防備状態の動物、例えばSIVに感染したサル(CD4<400/μl血液)または免疫無防備状態のヒトにおける免疫応答を誘導するのにとりわけ有用である。「免疫無防備状態の」という用語は、ある個体の免疫系の状態であって、不完全な免疫応答しか示さないか、感染性病原体に対する防御の効率が低下している状態を表す。
【0079】
さらに本発明は、本発明のウイルス、特に変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)を投与することによって、腫瘍抗原および外来抗原から選ばれる抗原に対して、ヒトを含む動物を保護する方法であって、上記腫瘍抗原及び/又は上記外来抗原が、上記ウイルスに関連する抗原とは異なる方法に関する。
【0080】
さらにもう一つの態様として、本発明は、樹状細胞を活性化する因子のレベルを増加させるため、かつ/または樹状細胞の数を増加させるため、かつ/またはインターフェロン(IFN)もしくはIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させるために、ヒトを含む動物を処置する方法であって、変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)を投与することを含む方法に関する。
【0081】
発明の要旨
ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するための医薬の製造にウイルスを使用する方法において、当該ウイルスは、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないことを特徴とする、上記使用する方法。
【0082】
ヒトを含む新生動物または出生前動物の処置又は予防接種方法において、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスを投与することを特徴とする、上記方法。
【0083】
ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するためのウイルスにおいて、当該ウイルスが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルス。
【0084】
上記ウイルスがDNAウイルスである、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0085】
上記ウイルスがDISC−ヘルペスウイルスおよび変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)から選ばれる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0086】
上記MVA株が、動物細胞培養物の欧州収集所(European Collection of Animal Cell Cultures(ECACC))に受託番号V00083008として寄託されているMVA−BNおよびその誘導体である、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0087】
MVAが経口適用、鼻腔適用、筋肉内適用、静脈内適用、腹腔内適用、皮内適用、子宮内適用および/または皮下適用によって投与される、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0088】
MVAが、1回目の接種(「初回接種」)および2回目の接種(「追加接種」)において、治療有効量で投与される、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0089】
MVAが、ヒトを含む上記動物に、少なくとも10 TCID50(組織培養感染感染価)の量で投与される、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0090】
予防接種がポックスウイルス感染に対して行われる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0091】
上記ポックスウイルス感染が天然痘感染である、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0092】
ウイルスゲノムが少なくとも1つの異種核酸配列を含む、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0093】
上記異種核酸配列が、少なくとも1つの抗原、抗原エピトープおよび/または治療化合物をコードする配列から選ばれる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0094】
上記予防接種が、上記異種配列の由来となった病原体、または上記少なくとも1つの抗原もしくは抗原エピトープを含む病原体に対するものである、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0095】
上記予防接種が、腫瘍抗原および外来抗原から選ばれる抗原に対してヒトを含む上記動物を保護するためのものであって、その際上記腫瘍抗原および/または上記外来抗原は、当該ウイルスに関連する抗原とは異なる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0096】
上記外来抗原が感染性病原体および毒素から選ばれる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0097】
上記感染性病原体がウイルス、細菌、プリオンおよび真菌から選ばれる、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0098】
上記の予防接種または処置が、免疫系の成熟および/または活性化を誘導または強化することにある、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0099】
上記の処置が、(i)樹状細胞またはその前駆細胞を活性化及び/又は動員(mobilize)する因子のレベルを増加させることにあるか、(ii)樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させることにあるか、あるいは(iii)インターフェロン(IFN)又はIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることにある、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。上記樹状細胞を活性化させる因子がFlt3−L及び/又はGM−CSFである、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0100】
上記インターフェロンがIFNαおよび/またはIFNβである、上記使用方法、上記処置又は予防接種方法又は上記ウイルス。
【0101】
上記に定義された通りのウイルスを含む医薬組成物。
【0102】
上記に定義された通りのウイルスを含むワクチン。
【0103】
図面の簡単な説明
図1A:誕生後24〜48時間以内の新産マウスに、10p.f.u.のMVAまたはDISC HSV−1を1回注射するか、または対照として生理食塩水(NaCl)による処置を行った。7日齢時に、汎DCマーカーであるCD11cを使って、末梢血中のこれらの細胞を、フローサイトメトリーで決定した。3〜5回の実験の平均および標準偏差を示す。
【0104】
図1B:図1Aと同様の実験。ただし、脾臓中のCD11c細胞をフローサイトメトリーで決定した。
【0105】
図1C:図1Aと同様の実験。ただし、腹膜液中のCD11c細胞をフローサイトメトリーで決定した。
【0106】
図2:左の列に示すように、マウスをMVA−BNで予防接種した。2週間後に、脾臓中および血中のCD11c単独陽性細胞およびCD11c/CD8二重陽性細胞のパーセンテージを、フローサイトメトリーで決定した。
【0107】
図3:1日齢および5日齢の新産マウスにMVAを注射するか、または対照としてNaClを注射した。8日齢時に、これらのマウスの血清中のネズミFlt3−LをELISAによって決定した。その値をpg/mlで表す。
【0108】
図4:誕生後24〜48時間以内の新産マウスに、10p.f.u.のMVAを1回注射するか、または対照としてNaClによる処置を行った。7日齢時に、全てのマウスを100×LD50のHSV−1 F株にばく露した。生き残っている動物の数を21日間モニターした。
【0109】
図5:マウスに図4と同様の処置を行った。データは、100 LD50のHSV−1を使って行った9回の異なるチャンレンジ実験を表している。このチャレンジに耐えて生き残った対照動物はいなかった。
【0110】
図6:誕生1日目にMVA−BNで予防接種した後、致死的ワクシニアチャレンジを受けた成体マウスの生存。各組6匹の1日齢仔からなる3組の同腹仔(マウス18匹)をMVA−BN(2.5×10 TCID50)で予防接種し、4週齢時(成体マウス)に、致死量のワクシニアをチャレンジした。明らかに、MVA−BN予防接種は、成体になるまで持続する保護免疫を、新生マウスに誘導した。
【実施例】
【0111】
以下の実施例によって本発明をさらに例証する。以下に記載する実施例は、決して、本発明が提供する技術の利用可能性をこれらの実施例に限定するような形で解釈してはならない。
【0112】
例1
(i)MVA−BNおよびDISC−HSVは、新産動物において、CD11cおよびCD8表現型のDCを誘導する。
【0113】
第1実験セット:新産マウスは、IFN系が成熟していないため、もともと免疫不全状態である。現在知られているIFNの最もよい産生細胞であるDCの数および活性化状態は解析されてない。DCはさまざまな刺激によってインビトロでもインビボでも誘導することができる。これらの研究では、抑制されたMVA−BN複製がDCを誘導できるかどうかを調べ、その表現型を解析した。マウス群に、10プラーク形成単位(p.f.u.)のMVA−BNまたは食塩水のみを、誕生後1〜2日以内に注射し、場合によっては誕生の5日後に注射した。両群の個々のマウスから得た血液と脾細胞をFACSによって解析し、データを比較した。
【0114】
7〜8匹のマウスから得られたデータは、MVA−BNで処置すると、CD11c細胞が2〜3倍増加し、それと同時にMHC IIの発現量が増加し、CD4型またはCD8型のT細胞の存在量も増加することを示した。興味深いことに、成熟B細胞のマーカーであるCD19/54は減少した。これは、これらの細胞が脾臓以外の器官に移動したか、またはB細胞の前駆体が他の系統に、とりわけ初期B細胞マーカー(B220)を保持する形質細胞様表現型のDCに、早期に動員されたことを示している。
【0115】
3つの異なる実験から得られた結果は、再現性と有意差を示した。別の複製抑制ウイルスワクチンであるDISC−HSV−1を使った実験でも、新生仔初回免疫後に同じような量のCD11cが誘導された。
【0116】
結果を図1A〜Cに要約する。
【0117】
血中および脾臓中のDCの亜集団をさらに詳しく調べ、MVA−BNによる処置の長期効果を解析するために、血中および脾臓中の細胞を2週齢時に解析した。処置した動物は、この時点で、脾臓中のCD11c細胞数が1週齢時点の約2倍だったが、ウイルスによる1回の処置を誕生時に行うと、2週間後にはこれらの細胞数が3倍に上昇する(図2)。CD11c+/CD8a+が約4倍高かったことを除けば、血中でも同様の効果が見られた。誕生の7日後にMVA−BNで1回処置すると、CD11c+/CD8a+が13〜40倍増加するが、CD11c+細胞に対する効果はそれほど激しくはない。予想通り、誕生時と7日齢時に2回の予防接種を行うと、CD11c細胞に顕著な効果があった。さまざまな効果を図2に示す。
【0118】
第2実験セット:2.5×10 TCID50のMVA−BNを誕生時に予防接種した1週齢マウスは、対照マウスと比較して、脾臓および血液における免疫関連細胞集団の組成が異なっていた(表1)。血液では、CD8陽性リンパ球集団が増加すると共に、NK細胞数も増加していた。CD11c陽性細胞数は対照よりも約3倍多く、B細胞(B220およびCD19二重陽性細胞)の割合は有意に低下した。脾臓では、免疫処置動物と対照との間に細胞総数の違いはなかった。血液とは対照的に、予防接種した動物の脾臓では、対照よりもCD4陽性Tリンパ球が多く、NK細胞の数は増加しなかった。血液と同様に、CD8陽性リンパ球の相対数は増加し、B細胞数は減少した。CD11c陽性細胞のパーセンテージは、対照よりも、約3倍高かった。本発明者らは、MVA−BNによる予防接種後5日目に、樹状細胞のパーセンテージの相違に初めて気付いた。この時点で、4匹のMVA−BN予防接種マウスの脾臓におけるCD11c陽性細胞の数が4.8%であるのに対して、4匹の無処置対照では3.6%だった。同じ量のUV不活化MVA−BNでは、新生マウスの予防接種後の細胞集団に、対照群と比較して優位な変化は起こらなかった(データの記載なし)。最初の予防接種量は恣意的に選択した。接種物を滴定した後、予防接種には、2.5×10 TCID50という標準量(最初の実験の10分の1)を選択した。この用量で、最大数のDCが誘導された(表2)。
【0119】
表1.2.5×10 TCID50のMVA−BNによる免疫処置の1週間後に新産マウスの血液および脾細胞に誘導される変化
【0120】
【表1】

マン−ホイットニーU検定
表2.1日齢の野生型マウスおよび遺伝子標的破壊マウスの脾臓におけるMVA処置後7日以内のCD11c陽性細胞の誘導
【0121】
【表2】

Wt=C57BL/6または129Sv/Evマウス
組換え活性遺伝子にRAGマウス欠失(すなわち機能的なT細胞およびB細胞なし)
IFN受容体I型(IFN−αおよびIFN−β)ならびにII型(IFN−γ)のAG129遺伝子標的破壊
(ii)MVA−BNは形質細胞様樹状細胞(pDC)を優先的に誘導する。
【0122】
他の著者らによれば、CD45RAまたはCD45Rも発現させるCD11c陽性細胞は、pDCと見なされる(Asselin−Paturelら,2001,Nat Immunol,12:1144)。MVA−BNがpDCの増加を誘導するかどうかが問われた。CD11c陽性細胞上のCD45RAまたはCD45Rを解析する実験も行った。CD11cおよびCD45R二重陽性細胞のパーセンテージは、MVA−BN処置マウス(5.6±0.7%)では、どちらの対照群(無処置:3.0±0.3%、p=0.01、UV不活化MVA−BN:3.0±0.2%、p=0.006、マン−ホイットニーU検定)よりも有意に高かった。
(iii)MVA−BNで処置した新生マウスでは血清Flt3−Lのレベルが上昇している。
【0123】
Flt3−Lは、成体動物におけるDCレベルを増加させる造血因子である。ヒトにおける、そしておそらくはマウスにおける、この因子の最も豊富な供給源は活性化T細胞である。DC数の増加が誘導されたFlt3−Lの結果であるかどうかを決定するために、この因子の存在に関して、MVA−BN処置マウスの血清を、モック処置動物と比較した。2日齢時および5日齢時に処置した動物は、血清中のFlt3−Lレベルが、モック処置動物の血清の2倍だった。したがって、Flt3−LはDC数の増加の原因となりうる因子の一つである(図3)。
【0124】
MVA−BNを投与した後の新産マウスにおけるFlt3−L誘導の時間経過を評価した。新産仔では、MVA−BN予防接種により、Flt3−L濃度の増加が24時間以内に誘導された。この誘導は48時間後には最大に達し、7日目でもまだ存在した。通常は、この7日目の時点で脾細胞を解析し、HSV−1に対する抵抗性を調べた(下記参照)。予防接種したマウスでは、血清中のFlt3−L濃度が、予防接種の24時間後および48時間後に、年齢対応対照動物と比較して2倍だった。
【0125】
例2
(i)MVA−BN処置新生マウスは100〜500 LD50のHSV−1によるチャレンジに耐えて生き残る。
【0126】
マウス群を、誕生の1日後または2日後に、標準量のMVA−BNで処置し、7〜8日齢時に100〜500 LD50の単純ヘルペスウイルス(HSV−1)をチャレンジした(図4)。MVA−BN処置マウスは、HSV1によるチャレンジに耐えて生き残ったが、対照マウスは全てチャレンジウイルスの接種後5〜6日以内に死亡した。
【0127】
これらの観察結果をさらに裏付けるために、40匹のMVA−BN処置マウスと45匹の対照マウスを使って、9回のチャレンジ実験を行った。80%を超えるウイルス処置マウスがこのチャレンジに耐えて生き残ったが、対照マウスは全て死亡した(図5)。
【0128】
別の実験セットでは、マウスを誕生時にMVA−BN(2.5×10 TCID50/マウス)で処置した。8日目に、10(1 LD50)または10(100 LD50)PFUのHSV−1によるチャレンジを行った。MVA−BN予防接種後は、65%のマウスが、対照マウスの100%殺すウイルス用量(100 LD50)に耐えて生き残り、90%のマウスが、対照の45.5%を殺す用量(1 LD50)に耐えて生き残った。さらなる実験では、UV不活化MVA−BNで予防接種した7匹のマウスからなる群を、HSV−1に感染させた。そのうちの5匹が7日以内に死亡した。残りの2匹は成長を止めて、22日目および29日目に死亡した。したがって、MVA−BNで処置したマウスはHSV−1に対する抵抗性が増大した状態に至った。これは、生MVA−BNでは起こるが、不活化MVA−BNでは起こらなかった。
【0129】
機能的なT細胞を持たないマウスで行った対照実験では、MVA−BNによる予防接種後のHSV−1に対する保護が、MVA−BNによって誘導される交差反応性細胞傷害性Tリンパ球によるものではないことを確認した。
【0130】
DC細胞が、MVA−BNによる予防接種後のHSV−1に対するマウスの保護を担っているかどうかを調べた。この目的を達成するため、MVA処置マウスの細胞を移植した4時間後に、ナイーブ8日齢マウスに、5×10 PFUのHSV−1をチャレンジした。第1の実験では、1日齢時にMVA−BNで処置した8日齢マウスの脾細胞を、高DC(低密度)画分と、低DC(高密度)画分とに分離した。高DC画分の細胞5×10個を受容したマウスは50%がチャレンジに耐えて生き残ったが、DC量が10分の1の懸濁液を受容したマウスまたは無処置のマウスは全て5日以内に死亡した。第2のアプローチは、1日齢時にMVA−BNで処置した8日齢マウスからポジティブに分離したCD11c陽性細胞を、ナイーブ年齢対応マウスに移植することによって行われた。MVA−BN処置マウス由来のCD11c陽性細胞が80%を超えている脾細胞2×10個の懸濁液は、ナイーブマウスをHSV−1感染に対して保護した。対照的に、4匹の無処置同腹仔ならびに8匹の他の無処置動物は、チャレンジ後に死亡した。さらに、陰性画分から同じ量の脾細胞を受け取ったマウスまたは陰性画分から1脾臓相当量(50×10細胞)を受け取ったマウスは、HSV−1に対する抵抗性の増加を示さなかった。このようにCD11c陽性細胞はマウスをHSV−1に対して保護することができる。
【0131】
MVAの投与後、約24時間の短期保護効果は、先行技術に記載されている(Vilsmeier,B.,Berl. Muench. Tieraerztl. Wschr. 112(1999),329−333)。その刊行物で使用されているウイルスは、使用した新生動物または出生前動物で感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルスではないが、Vilsmeierの文献に開示されている作用様式が、本願で説明する作用様式と類似しているかどうかを調べた。具体的に述べると、Vilsmeierは、MVA、特に不活化MVAが、約24時間にわたってパラムニティ(paramunity)を誘導すると記載している。このパラムニティ効果が本願に開示する保護効果にも重要であるかどうかを調べ得るために、誕生後24時間のマウスをMVA−BNまたは不活化MVA−BNで予防接種した。7日齢時に、マウスに致死量のHSV−1(10 PFU HSF−1f)をチャレンジした。予防接種を受けていない対照マウスはチャレンジの6日後に死亡した。不活化MVA−BNで予防接種したマウスも、HSV−1によるチャレンジに対して保護されなかった。これらのマウスにおけるDC細胞数は上昇しなかった。これに対して、非不活化MVA−BNで予防接種したマウスは、HSV−1によるチャレンジに対して有意に保護された。チャレンジの30日後に、80%を超えるマウスがまだ生きていた。予防接種の2日後には、血清Flt3−Lの上昇が血清にみとめられた。脾臓にはDC数の上昇が見られた。Flt3−Lの増加はDC数の上昇と関連していた。これにより、パラムニティ効果は、観察された保護の原因ではないことが確認された。
(ii)MVA−BNは成体期まで持続する特異免疫を新生仔に誘導する。
【0132】
1日齢のC57Bl/6マウス(群の大きさは18匹)をMVA−BN(2.5×10 TCID50)で予防接種(i.p)した。予防接種の4週間後に、マウスは成体であると見なして、致死量(1×10 TCID50)のワクシニア・ウェスタンリバース(VV−WR)をチャレンジした。MVA−BN予防接種動物は1匹を除いて全て生き残った。対照的に、プラセボ予防接種動物は全て7日以内に死亡し、被毛の逆立ち(ruffled fur)、体重減少および活動性の低下など、重度の臨床症状を示した。これは、明らかに、MVA−BN予防接種が新生動物で安全なばかりでなく、致死的ワクシニア(MVA−BNの類縁ウイルス)感染に対する防御的免疫応答を誘導する能力を持つことの明瞭な証明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するための医薬の製造にウイルスを使用する方法において、当該ウイルスは、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないことを特徴とする、上記使用する方法。
【請求項2】
ヒトを含む新生動物または出生前動物を予防接種または処置するためのウイルスにおいて、当該ウイルスが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物の細胞に感染する能力を持つが、ヒトを含む上記新生動物または出生前動物では感染性子孫ウイルスに複製される能力を持たないウイルス。
【請求項3】
当該ウイルスがDNAウイルスである、請求項1又は2記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項4】
当該ウイルスがDISC−ヘルペスウイルスおよび変異ワクシニアウイルスアンカラ(MVA)から選ばれる、請求項1〜3のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項5】
上記MVA株が、動物細胞培養物の欧州収集所(European Collection of Animal Cell Cultures(ECACC))に受託番号V00083008として寄託されているMVA−BNおよびその誘導体である、請求項4に記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項6】
MVAが経口適用、鼻腔適用、筋肉内適用、静脈内適用、腹腔内適用、皮内適用、子宮内適用及び/又は皮下適用によって投与される、請求項4又は5記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項7】
MVAが、1回目の接種(「初回接種」)および2回目の接種(「追加接種」)において、治療上有効な量で投与される、請求項4〜6のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項8】
MVAが、ヒトを含む上記動物に、少なくとも10 TCID50(組織培養感染価)の量で投与される、請求項4〜7のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項9】
上記予防接種がポックスウイルス感染に対して行われる、請求項4〜8のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項10】
上記ポックスウイルス感染が天然痘感染である、請求項9に記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項11】
ウイルスゲノムが少なくとも1種の異種核酸配列を含む、請求項1〜10のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項12】
上記異種核酸配列が、少なくとも1種の抗原、抗原エピトープ及び/又は治療化合物をコードする配列から選ばれる、請求項11記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項13】
上記予防接種が、上記異種配列の由来となった病原体に対するものであるか、又は上記少なくとも1種の抗原もしくは抗原エピトープを含む病原体に対するものである、請求項11又は12記載の使用する方法又はウイルス又はウイルス又はウイルス。
【請求項14】
上記予防接種が、腫瘍抗原及び外来抗原から選ばれる抗原に対して、ヒトを含む上記動物を保護するためのものであって、その際上記腫瘍抗原及び/又は上記外来抗原は当該ウイルスに関連する抗原と異なる、請求項1〜8又は11〜12のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項15】
上記外来抗原が感染性病原体および毒素から選ばれる、請求項14記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項16】
上記感染性病原体がウイルス、細菌、プリオンおよび真菌から選ばれる、請求項15記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項17】
上記予防接種または処置が、免疫系の成熟及び/又は活性化を誘導又は強化することにある、請求項1〜8のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項18】
上記の処置が、(i)樹状細胞またはその前駆細胞を活性化及び/又は動員(mobilize)する因子のレベルを増加させることにあるか、(ii)樹状細胞またはその前駆細胞の数を増加させることにあるか、あるいは(iii)インターフェロン(IFN)又はIL−12の産生量及び/又は細胞含有量を増加させることにある、請求項1〜8のいずれか1つに記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項19】
樹状細胞を活性化する因子がFlt3−L及び/又はGM−CSFである、請求項18記載の使用する方法又はウイルス。
【請求項20】
上記インターフェロンがIFNα及び/又はIFNβである、請求項18又は19記載の使用する方法又はウイルス。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−157400(P2011−157400A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−115564(P2011−115564)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【分割の表示】特願2003−585745(P2003−585745)の分割
【原出願日】平成15年4月16日(2003.4.16)
【出願人】(502240076)バヴァリアン・ノルディック・アクティーゼルスカブ (18)
【Fターム(参考)】