説明

新規なニトリラーゼ

【課題】ニトリル化合物、及び/又はアルデヒド化合物とシアン化合物との混合物からカルボン酸、例えば光学活性なヒドロキシカルボン酸の合成反応において、優れた光学選択性、広い基質特異性を示す新規なニトリラーゼを提供する。
【解決手段】下記の理化学的性質を有するニトリラーゼを提供する。(i)分子量:ゲルろ過法による測定値:450KDa、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による測定値:38KDa、(ii)至適温度40〜45℃、(iii)至適pH pH7.5〜9.0。好ましくは、ニトリラーゼはジベレラ(Gibberella)属細菌由来である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニトリラーゼ及びそのニトリラーゼを用いたカルボン酸の生成方法に関する
【背景技術】
【0002】
ニトリラーゼはニトリル化合物を対応するカルボン酸に変換する酵素であり、R-マンデル酸などを初めとする工業的に有用なカルボン酸の製造に利用される酵素である。
【0003】
ニトリラーゼ活性を有する酵素をもつ微生物として、カゼオバクター(Caseobacter)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、ノカルジア(Nocardia)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、アースロバクター(Arthrobacter)属、ゴルドナ(Gordona)属、バチルス(Bacillius)属、バクテリジウム(Bacteridium)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、アシネトバクター(Acinetobacter)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、フザリウム(Fusarium)属等に属する微生物が知られている(特許文献1〜7、非特許文献1)。
【0004】
また、最近では土壌からDNAを採取し、ニトリラーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子を取得したという報告(非特許文献2、特許文献8)もあり、種々の性能を有するニトリラーゼが求められている。
【0005】
一方、ジベレラ(Gibberella)属細菌においては、フェニルアセトニトリルと3-シアノピリジンがアミドを経由して分解されることから、ジベレラ属細菌にはニトリルヒドラターゼとアミダーゼが存在するものと予想されているが、ニトリラーゼを有することは予想されていない(非特許文献3)。
【0006】
【特許文献1】特公昭63−2596号公報
【特許文献2】特開平4−40898号公報
【特許文献3】特開平8−173152号公報
【特許文献4】特開平8−173175号公報
【特許文献5】国際公開WO96−09403号公報
【特許文献6】国際公開97−32030号公報
【特許文献7】特許第3009421号公報
【特許文献8】特表2006−511195号公報
【非特許文献1】Biotech.Appl.Biochem.(1989)11,581-601
【非特許文献2】Appl.Environ.Microbiol.(2004)70,2429-2436
【非特許文献3】Appl.Environ.Microbiol.(2000)66,2290-2296
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の第一の目的は、ニトリル化合物、及び/又はアルデヒド化合物とシアン化合物との混合物からカルボン酸、例えば光学活性なヒドロキシカルボン酸の合成反応において、優れた光学選択性、広い基質特異性を示す新規なニトリラーゼを提供することである。
本発明の第二の目的は、上記酵素を使用してニトリル化合物、及び/又はアルデヒド化合物とシアン化合物との混合物などからカルボン酸、例えば光学活性なヒドロキシカルボン酸を合成することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、本発明者は、ジベレラ(Gibberella)属に属する細菌由来の新たなニトリラーゼを見出すことに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以下を包含する。
(1) 下記の理化学的性質を有する、ニトリラーゼ。
(i)分子量:
ゲルろ過法による測定値:450KDa
SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による測定値:38KDa
(ii)至適温度
40〜45℃
(iii)至適pH
pH7.5〜9.0
(2)ニトリラーゼがジベレラ(Gibberella)属に属する細菌由来のものである、上記(1)に記載のニトリラーゼ。
(3)ジベレラ属に属する細菌がジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605である、上記(2)に記載のニトリラーゼ。
(4)ジベレラ属に属する細菌又は上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載のニトリラーゼを、ニトリル、及び/又はアルデヒドとシアン化合物との混合物に接触させて、カルボン酸を生成する工程を含む、カルボン酸の製造方法。
(5)カルボン酸が光学活性なヒドロキシカルボン酸である、上記(4)に記載の方法。
【0010】
なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、その全体が参照として本明細書に組み入れられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、新規なニトリラーゼが提供される。本発明の好ましい態様によれば、本発明のニトリラーゼは優れた光学選択性及び広い基質特異性を示し、工業的にも極めて有用である。本発明のさらに好ましい態様によれば、本発明のニトリラーゼは光学活性がS体の例えばS-マンデル酸を製造するために有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
【0013】
1.ニトリラーゼ
(1)ニトリラーゼ活性
ニトリラーゼ活性とは、ニトリルからカルボン酸を生成する反応を触媒する作用を指す。より具体的には、ニトリラーゼ活性とは、ニトリルのニトリル基に作用し、ニトリル基をカルボキシル基とアンモニアに加水分解する反応を触媒する作用を指す。本発明の好ましい態様によれば、本発明のニトリラーゼは、下記式(I)で示される2−ヒドロキシニトリルに対して鏡像選択的加水分解を行い、下記式(II)で示される光学活性な2−ヒドロキシカルボン酸を生成する。
【0014】
【化1】

【0015】
【化2】

【0016】
なお、式(I)で示される2−ヒドロキシニトリルは、反応媒体中では下記式(III)に示すようにアルデヒドとシアン化合物に可逆的に分解されるため、アルデヒド及びシアン化合物の混合物との間で平衡状態にある。
【0017】
【化3】

【0018】
よって、本発明の好ましい態様によれば、ニトリラーゼは、上記式(I)で示される2−ヒドロキシニトリルの代わりに上記式(III)で示されるアルデヒドとシアン化合物との混合物から、式(II)で示される光学活性な2−ヒドロキシカルボン酸を生成することもできる。もちろん、2−ヒドロキシニトリルとアルデヒドとシアン化合物の混合物から式(II)で示される光学活性な2−ヒドロキシカルボン酸を生成することもできる。
【0019】
(2)ジベレラ属由来細菌
本発明のニトリラーゼは、好ましくはジベレラ(Gibberella)属に属する細菌由来のニトリラーゼである。ジベレラ属細菌としては、例えば、ジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605、NBRC30307、NBRC5268、NBRC7188、NBRC7704、NBRC7705及びNBRC4474などを挙げることができるが、好ましくは、本発明のニトリラーゼは、ジベレラ・フジクロイNBRC6605由来のニトリラーゼである。
【0020】
(3)基質
本発明のニトリラーゼの基質となるニトリルは、特に限定されるものではなく、例えば、飽和又は不飽和脂肪族ニトリル、ハロゲン、複素環又は芳香族で置換された脂肪族ニトリル、及びジニトリル等を挙げることができる。ニトリルは、より具体的には、(a)プロピオニトリル、ブチロニトリル、バレロニトリル及びヘキサノニトリルなどの短鎖又は中鎖脂肪族ニトリル、(b)アクリロニトリル、(c)マンデロニトリル、3−シアノピリジン及びベンゾニトリルなどの芳香族ニトリル、並びに(d)チオフェンアセトニトリル等である。好ましくは、本発明のニトリラーゼの基質となるニトリルは、プロピオニトリル、ブチロニトリル、アクリロニトリル、2、3、4−シアノピリジン、ベンゾニトリル、バレロニトリル、ヘキサンニトリル、オクタンニトリル、イソバレロニトリル、ペラグロニトリル、イソブチロニトリル、2−メタクリロニトリル、ヒドロキシアセトニトリル、メトキシアセトニトリル、シアノ酢酸エチルエステル、アジポニトリル、クロトノニトリル、メタクリロニトリル、エチレンシアンヒドリン、o、m-シアノフェノール、m、p―トルニトリル、m、p−アミノベンゾニトリル、ベンジルシアニド、マンデロニトリル、シアノピリジン、2−ピリジンアセトニトリル、2−チオフェンアセトニトリル及び2−ヒドロキシ−4―メチルチオブチロニトリルである。
【0021】
また、本発明のニトリラーゼは、前述のように、アルデヒドとシアン化合物との混合物からカルボン酸を生成することもできる。
カルボン酸の生成に用いるアルデヒドは、例えば、前記のように2−ヒドロキシニトリルが可逆的に分解されたときに生じるアルデヒドである。そのようなアルデヒドとしては、例えば、ベンズアルデヒドを挙げることができる。
シアン化合物は、例えば、シアン化水素(青酸)、又はシアン化ナトリウム(青酸ナトリウム)若しくはシアン化カリウム(青酸カリウム)等の塩である。
【0022】
(4)分子量
(i)ゲルろ過法による測定値
本発明の好ましい態様によれば、ニトリラーゼの分子量は、ゲルろ過法で測定した場合、約450KDaである。ここで、ゲルろ過法によるニトリラーゼの分子量は、一般的な手法で測定することができる。例えば、菌体の無細胞注出液からクロマトグラフィー等により活性画分を分画し、その分画した活性画分を回収濃縮し、それをゲルろ過法により溶出する。そして、分子量マーカーの溶出曲線との比較により、あるいは、分子量が既知のタンパク質を利用した検量線を基準にして、ニトリラーゼの溶出に要した溶媒の液量からニトリラーゼの分子量を求めることができる。
【0023】
(ii)SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による測定値
本発明の好ましい態様によれば、ニトリラーゼの分子量は、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で測定した場合、約38KDaである。ここで、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるニトリラーゼの分子量の測定は、例えば、Davis and Laemmliの方法等の一般的な手法で実施できる。ゲルろ過法により分子量を測定する場合と同様にクロマトグラフィー等により分画した活性画分を、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、分子量マーカーとの比較により、あるいは分子量が既知のタンパク質を利用した検量線と対比して、ニトリラーゼの分子量を求めることができる。
【0024】
(5)至適温度
本発明のニトリラーゼは、例えば0〜60℃、0〜50℃、10〜55℃、10〜30℃、20〜53℃、又は40〜45℃の温度範囲において、触媒活性が高く、基質のニトリルからカルボン酸、例えば光学活性なヒドロキシカルボン酸を生成する。本発明のニトリラーゼの反応温度40℃での活性値を100%とした場合、本発明のニトリラーゼは、20〜53℃の温度範囲における相対活性が例えば40%以上、好ましくは50%以上である。酵素の活性値は、例えば後述の比活性の値である。ニトリラーゼの至適温度は、好ましくは40〜45℃である。
【0025】
(6)至適pH
本発明のニトリラーゼは、例えばpH1〜14、pH4〜11、pH5〜12、pH6〜10、pH6〜11、又はpH7.5〜9のpH範囲において、触媒活性が高く、ニトリルからカルボン酸、例えば光学活性なヒドロキシカルボン酸を生成する。本発明のニトリラーゼのpH9での活性値を100%とした場合、本発明のニトリラーゼは、pH6〜11のpH範囲における相対活性が、例えば40%以上、好ましくは50%以上である。酵素の活性値は、例えば後述の比活性の値である。ニトリラーゼの至適pHは、好ましくはpH7.5〜9である。
【0026】
2.ニトリラーゼの製造方法
(1)ジベレラ(Gibberella)属細菌の培養
本発明のニトリラーゼをもつジベレラ属細菌、例えばジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605は、公知の培養方法に準じて培養することができる。使用する培地には、一般微生物の栄養源として公知のものを利用することができ、グリセリン、クエン酸、酢酸及びグルタミン酸等の炭素源、硫酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウム等の窒素源、肉エキス、酵母エキス、麦芽エキス及びペプトン等の有機栄養源、リン酸、マグネシウム、カリウム、鉄及びコバルト等の無機栄養源、並びにビタミン類を適宜組み合わせて使用できる。ジベレラ属細菌のニトリラーゼの量を増大させるため、培地には、さらにn−ブチロニトリル等のニトリル又はε−カプロラクタム等のアミドを添加するのが好ましい。培地のpHは例えばpH5〜10の範囲であり、培養温度は例えば10〜38℃、好ましくは25〜32℃である。培養日数を例えば1〜5日の範囲とし、菌体中の目的のニトリラーゼの含量が最大になるまでジベレラ属細菌を培養することが好ましい。
【0027】
(2)ニトリラーゼの精製
ニトリラーゼの精製は、通常の酵素精製法を用いて行うことができる。例えば上記のようにして得た培養終了液から遠心分離等によって菌体を集め、超音波処理又はダイノミル等の機械的方法によって菌体を破砕する。菌体の粉砕液から細胞片等の固形物を遠心分離によって除き、粗酵素となる細胞抽出液を得る。
次に、細胞抽出液に対して、超遠心分離、塩析、有機溶媒沈澱、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、及び結晶化等からなる群から選択される少なくとも1つの精製手法を施すことによりニトリラーゼを精製することができる。本発明の好ましい態様によれば、ニトリラーゼの精製は、遠心分離により得た細胞抽出液に対して、例えば硫安分画等の塩析、DEAE-Sephacelカラムクロマトグラフィー、Phenyl-Sepharoseカラムクロマトグラフィー及びButyl-Toyopearlカラムクロマトグラフィーを単独で、又は適宜組み合わせて行う。
【0028】
3.酵素活性の測定
ニトリラーゼの酵素活性の測定方法は特に限定されるものではなく、通常の測定法を用いることができる。例えば、前記の精製工程で得られた、細胞抽出画分、硫安画分又はクロマトグラフィーによる溶出画分などの各画分をニトリルに接触させて、カルボン酸及びアンモニアを生成させる。「接触」とは、ニトリラーゼとニトリルを同一の反応系又は培養系に存在させることを意味し、例えば、ジベレラ属細菌の処理物とニトリルを混合すること、ジベレラ属細菌の培養容器にニトリルを添加すること、及びジベレラ属細菌をニトリルの存在下で培養することなどが含まれる。そして、高速液体クロマトグラフィーなどにより測定したカルボン酸又はアンモニアの生成量からニトリラーゼの酵素活性(units)を求め、求めた酵素活性(units)を使用したタンパク質総量(mg)、または使用した菌体量〔mg-DC(dry cell)〕で除することで、酵素の比活性(units/mg、またはunits/mg-DC)を求める。ここで、1単位(unit)は、1分間当たり1μmolのカルボン酸又はアンモニアをニトリルから生成するのに要するニトリラーゼの量である。
【0029】
また、ニトリラーゼの光学選択性は、例えば次のように調べることができる。前記の精製工程で得られた、細胞抽出画分、硫安画分又はクロマトグラフィーによる溶出画分などの各画分をニトリルに接触させて、カルボン酸及びアンモニアを生成させる。次に、生成したカルボン酸を、例えば高速液体クロマトグラフィーにかけることにより、光学異性体を分離し、各鏡像体(S体及びR体)の量を求める。そして、求めた各鏡像体(S体及びR体)の量からエナンチオマー過剰率(e.e.)を求める。これにより、ニトリラーゼの光学選択性が、S体優位かR体優位かを確認することができる。
【0030】
ここで、ニトリラーゼの基質としてマンデロニトリルを用いてマンデル酸を生成する場合を例に、マンデル酸の生成量及び各鏡像体の生成量の測定方法を説明する。
マンデロニトリル20mM、リン酸カリウム緩衝液(pH8.2)25mM及び亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3)100mMを含む溶液に適当量の酵素液を加え、30℃にて1時間反応させる。そして、15% (v/v)リン酸0.2mlを、反応液に添加して反応を停止させる。生成したマンデル酸の量及び各鏡像体の量は、高速液体クロマトグラフィーにより以下の分析条件で測定することができる。
【0031】
マンデル酸の生成量の分析条件を以下に示す。
(HPLC分析条件1)
カラム:spheriosorb S5 ODS2(ウォーターズ社製)
移動相:50mMリン酸とアセトニトリル=85:15
流速:1.0ml/min
検出:UV254nm
【0032】
各鏡像体の生成量の分析条件を以下に示す。
(HPLC分析条件2)
カラム:CHIRALCEL OD-RH(ダイセル化学社製)
移動相:10mMリン酸:メタノール=8:1
流速:0.5ml/min
検出:UV254nm
【0033】
次に、ニトリラーゼの基質として3-シアノピリジンを用いてニコチン酸を生成する場合を例に、ニコチン酸の生成量の測定方法を説明する。3-シアノピリジン100mM及びリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)100mMを含む溶液に適当量の酵素液を加え、30℃にて10分間反応させる。そして、15% (v/v)リン酸0.2mlを、反応液に添加して反応を停止させる。生成したニコチン酸の量は高速液体クロマトグラフィーにより以下の分析条件で測定することができる。
【0034】
ニコチン酸の生成量の分析条件を以下に示す。
(HPLC分析条件3)
カラム:Wakosil -II 5C18RS(和光純薬)
移動相:10 mM KH2PO4/H3PO4(pH2.8):アセトニトリル=9:1(v/v)
流速:1.0ml/min
検出:UV230 nm
【0035】
なお、マンデロニトリル又は3-シアノピリジンから、マンデル酸又はニコチン酸とともに生成したアンモニアは、例えばConwayの微量拡散分析法とメルク社製のスペクトロクァントアンモニウムテストキットを使用し定量することができる。
【0036】
4.カルボン酸の生成方法
本発明は、ジベレラ(Gibberella)属細菌又は本発明のニトリラーゼを、ニトリル、及び/又はアルデヒドとシアン化合物との混合物に接触させて、カルボン酸を生成する方法を提供する。生成されるカルボン酸は、例えば、光学活性なヒドロキシカルボン酸である。「接触」とは、ニトリラーゼとニトリルを同一の反応系又は培養系に存在させることを意味し、例えば、ジベレラ属細菌の処理物とニトリルを混合すること、ジベレラ属細菌の培養容器にニトリルを添加すること、及びジベレラ属細菌をニトリルの存在下で培養することなどが含まれる。ジベレラ属細菌の処理物には、菌体の粉砕物、乾燥菌体、又は菌体から分離精製したニトリラーゼなどが含まれる。
【0037】
ここで、カルボン酸生成方法の一例として、マンデロニトリルから光学活性なマンデル酸を生成する方法を説明する。マンデロニトリルを加水分解して光学活性なマンデル酸を生成するには、例えば、前記の様にして培養したジベレラ属細菌の培養液から菌体を分離し、分離した菌体又は菌体処理物等を水又は緩衝液に懸濁し、これにマンデロニトリル、及び/又はベンズアルデヒドと青酸との混合物を共存させるようにすればよい。マンデロニトリルをラセミ化するためには、例えば反応中、反応系を例えば弱酸性付近から塩基性、好ましくは中性付近から塩基性に保つように調整する。より具体的には、反応中、反応系のpHを例えばpH4〜11、好ましくはpH6〜10に調整する。その他の反応条件は、ニトリル、ベンズアルデヒド及び青酸に対するニトリラーゼの感受性に依存して変わるが、通常、次の通りである。反応液中のマンデロニトリルの濃度は、例えば0.1〜2.0重量%、好ましくは0.5〜1.0重量%であり、ベンズアルデヒドの濃度は、例えば0.1〜1.0重量%、好ましくは0.1〜0.5重量%であり、青酸の濃度は、例えば0.1〜0.5重量%、好ましくは0.1〜0.2重量%である。また、反応温度は、例えば0〜50℃、好ましくは10〜30℃である。さらに、反応時間は、例えば0.1〜24時間である。
【0038】
加水分解反応で生成したマンデル酸は公知の方法により取得することができる。例えば遠心分離により微生物を除き、さらに必要であれば限外ろ過などにより顆粒成分と蛋白、多糖成分の除去を行ない、また必要であれば活性炭処理を施した後、減圧濃縮、または酸性下での有機溶媒による抽出を行ない、酢酸エチルエステルなどを用いて再結晶をくり返すことにより高純度結晶を得ることができる。
【0039】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
ジベレラ・フジクロイ(Gibberalla fujikuroi) NBRC6605の培養
本実施例では、ジベレラ(Gibberella)属細菌のうち、ジベレラ フジクロイ(Gibberalla fujikuroi)NBRC6605を用いた。ジベレラ フジクロイ(Gibberalla fujikuroi)NBRC6605は独立行政法人 製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部 生物遺伝資源部門(NBRC)から入手可能である。
Gibberella fujikuroi NBRC6605株を、以下の組成の培地を用いて28℃、125rpmで4日間振とう培養した。
【0041】
(培地組成:1L中)
コハク酸 2g
ポリペプトン 5g
K2HPO4 7g
KH2PO4 3g
MgSO4・7H2O 0.1g
酵母エキス 0.2g
ε-カプロラクタム 1g
培地のpH pH6.0
【0042】
4日間の培養後、培養液を遠心分離にかけて菌体を集菌し、集菌した菌体を50mMリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁させることで、休止菌体を調製した。
【実施例2】
【0043】
マンデロニトリルからS-マンデル酸の生成
実施例1で調製した休止菌体を使用し、以下の組成の反応液を用いてマンデロニトリルからS-マンデル酸を生成した。S-マンデル酸の生成量から、休止菌体のニトリラーゼ活性を調べた。
【0044】
(反応液組成)
マンデロニトリル 15mM
NaHSO3 150mM
リン酸緩衝液 25mM
休止菌体 1mg-DC(dry cell)
1ml反応液
【0045】
反応は30℃で行い、反応開始から1時間後に反応液を遠心分離にかけて菌体を沈殿させた。遠心分離で除菌した上清を以下の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析に使用した。
【0046】
マンデル酸の生成量は以下のHPLC分析条件で測定した。
(マンデル酸の分析条件)
カラム:spheriosorb S5 ODS2(4.6×150mm)
移動相:50mMリン酸:アセトニトリル=85:15
流速:1.0ml/min
検出:254nm
【0047】
そして、測定したマンデル酸の量から、次のようにして、比活性(U/mg-DC)を求めた。
マンデル酸の分析値は6mMであり、ニトリラーゼの比活性は6μmol/60min/0.1mgcell=1.0units/mg-DCとなる。
【0048】
また、各鏡像体の生成量は以下のHPLC分析条件で測定した。
(マンデル酸の光学分割条件)
カラム:CHIRALCEL OD−RH
移動相:10mMKH2PO4/H3PO4(pH2.8):MeOH=8:1
流速:0.5ml/min
検出:254nm
カラム温度:35℃
【0049】
表1に示すように、分析の結果、ジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605の休止菌体により、マンデロニトリルからマンデル酸を生成することができ、また、マンデロニトリルに対する光学選択性はS体優位であることが確認できた。
【0050】
【表1】

【実施例3】
【0051】
1.ニトリラーゼの精製
以下で説明するニトリラーゼの精製には全て1mMDTTを含む緩衝液を使用し、また、活性測定には基質として3-シアノピリジンを使用(30℃で反応)した。
実施例1で取得した菌体を50mMリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し、超音波破砕装置(Kubota 201M)によって110W、30分間で菌体を破砕した。次に、菌体の粉砕溶液を13500rpm、30分間の遠心分離にかけ、上清から無細胞抽出液を得た。
この無細胞抽出液に対して30-60%飽和の硫安分画を行い、約40%の酵素を回収した。
次に、回収した酵素の溶液に対して、(a)DEAE−Sephacel、(b) Phenyl-Sepharose、及び(c)Butyl-Toyopearlの順に精製を行った。以下にこれらの精製方法を記す。
【0052】
(a)DEAE-Sephacel カラムクロマトグラフィー
50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)でカラムを平衡化した後、硫安分画(30〜60%飽和)の沈殿画分を同緩衝液で十分に透析して、脱塩し、その脱塩した酵素液をカラムに供した。その後、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)及び0.1M KClを含む同緩衝液(pH7.5)でカラムを洗浄し、さらに、0.2M KClを含む同緩衝液(pH7.5)でニトリラーゼ活性を示す酵素を溶出させた。
【0053】
(b)Phenyl-Sepharoseカラムクロマトグラフィー
DEAE-Sephacel カラムクロマトグラフィーによる酵素の溶出画分から20%飽和硫酸アンモニウムを含む酵素液を調製した。
20%飽和硫酸アンモニウム及び10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)でカラムを平衡化した後、調製した20%飽和硫酸アンモニウムを含む酵素液をカラムにのせ、15%飽和硫酸アンモニウム、10%飽和硫酸アンモニウム及び5%飽和硫酸アンモニウムを含む同緩衝液 (pH7.5)でカラムを洗浄し、硫酸アンモニウムを含まない同緩衝液(pH7.5)でニトリラーゼ活性を示す酵素を溶出させた。
【0054】
(c)Butyl-Toyopearlカラムクロマトグラフィー
Butyl-Toyopearlカラムクロマトグラフィーによる酵素の溶出画分から30%飽和硫酸アンモニウムを含む酵素液を調製した。
30%飽和硫酸アンモニウム及び10mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.5)でカラムを平衡化した後、調製した30%飽和硫酸アンモニウムを含む酵素液をカラムにのせ、25%飽和硫酸アンモニウム及び20%飽和硫酸アンモニウムを含む同緩衝液(pH7.5)でカラムを洗浄し、15%飽和硫酸アンモニウムを含む同緩衝液(pH7.5)でニトリラーゼ活性を示す酵素を溶出させた。
【0055】
上記各精製段階で、それぞれ、タンパク質総量(mg)、全酵素活性(units)、比酵素活性(units/mg)、精製度(倍)及び収率(%)を求めた。その結果を表2に示す。
表2において、約5%の回収率で比活性約34units/mgの精製酵素が取得できた。尚、表2において、精製度は無細胞抽出液の比活性(53.4 units/mg)を1.0とした倍率で示している。
【0056】
【表2】

【0057】
2.SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量測定
上記の様に精製した酵素を、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供したところ、ニトリラーゼは、38KDaのほぼ均一なバンドとして確認された。図1にSDS-PAGEにより得られたパターンを示す。
【0058】
尚、SDS-PAGEの条件は、次の通りである。
(ゲルの組成)
30% アクリルアミド(終濃度10%) 10.5 ml
0.68M Tris /HCl (終濃度 354 mM) 16.5 ml
1% (w/v) SDS溶液 3.15 ml
10% (w/v) TEMED 0.375 ml
2% (w/v) APS 1.125 ml
Total 31.65 ml
泳動用buffer:25 mM Tris, 192 mM Glycine 0.1% SDS
泳動条件:濃縮ゲル 20 mA 2時間
分離ゲル 40 mA 3時間
装置:パワーサプライ ATTO MODEL AE-8450, 泳動装置 AE-6200
【0059】
3.ゲルろ過法による分子量測定
10 mMリン酸緩衝液(pH 7.5)/0.2M KClでSephacryl-S200HRカラム(15 (1150 mm)を平衡化した後、上記のように精製した酵素の溶液をカラムにのせ、同緩衝液でニトリラーゼ活性を示す酵素を溶出させた結果、本酵素は450KDaに溶出された。図4に、この時の測定データを示す。
尚、ゲルろ過の条件は、次の通りである。
Column :TSK gel G 3000 SW (0.75 × 60 cm)Solvent :50 mM KPi buffer (pH 7.0) + 0.2M KCl Flow rate :0.7 ml / minDetection :280 nmInjection volume :5 μl
【実施例4】
【0060】
基質特異性
実施例3で精製したジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605由来の酵素を使用し、様々な基質で酵素活性を測定することにより、酵素の基質特異性を調べた。
酵素活性の測定は、休止菌体反応で生成したアンモニアを、Conwayの微量拡散分析法にしたがって硫安としてトラップした後、硫安溶液をメルク社製のスペクトロクァント アンモニウム テストキット(ネスラー試薬)に供し、690 nmの波長で分析し、休止菌体反応で生成したアンモニアの量を求めた。そして、求めたアンモニア生成量から、実施例3と同様に比活性(units/mg)を求めた。
【0061】
なお、休止菌体反応の反応条件は次の通りである。
(休止菌体反応)
反応液組成:基質終濃度 20mM
リン酸カリウム緩衝液(pH7.5)
休止菌体 1.2mg(乾燥菌体重量)
全体積 1ml
反応温度:30℃
反応時間:3-10分間
【0062】
実施例3で精製したニトリラーゼについて、様々な基質に対する酵素活性を測定した結果を表3に示す。表3中、基質が3−シアノピリジンのときの比活性(units/mg)値を100として、各基質に対する相対活性を示した。
【0063】
【表3】

【0064】
以上の結果より、本発明のニトリラーゼは、プロピオニトリル及びブチロニトリルなどの短鎖又は中鎖脂肪族ニトリル、アクリロニトリル、3-シアノピリジン及びベンゾニトリル類などの芳香族ニトリル、並びに2-チオフェンアセトニトリル及び2-ピリジンアセトニトリルなどのアリールアセトニトリル類などの基質に対して酵素活性を示すことが判った。すなわち、本発明のニトリラーゼが広い基質特異性を有することが示された。
【実施例5】
【0065】
至適温度
実施例3で精製したニトリラーゼについて、3-シアノピリジンを基質に使用し、下記の方法で各温度における活性測定を行った。
【0066】
(反応液1mlの組成)
3-シアノピリジン 100mM
リン酸カリウム緩衝液(pH7.5) 100mM
DTT(ジチオスレイトール) 1mM
KCl 500mM
酵素溶液 10U
【0067】
上記組成の反応液を用いて、10℃〜70℃の各温度で3〜10分間反応させた。そして、15%(v/v)リン酸0.2mlを反応液に添加して、反応を停止させ、生成したニコチン酸の量を下記分析条件で高速液体クロマトグラフィーにより測定した。そして、測定したニコチン酸の生成量から各温度の比活性(units/mg)を求めた。
(分析条件)
カラム:Wakosil -II 5C18RS
移動相:10 mM KH2PO4/H3PO4(pH2.8):アセトニトリル=9:1(v/v)
検出波長:230 nm
【0068】
各温度におけるニトリラーゼの酵素活性を図2のグラフに示す。尚、図2では、30℃のときの比活性値を100として、各温度における酵素活性を相対値で示した。
その結果、本発明のニトリラーゼは40〜45℃でニトリルの加水分解活性が最大活性を示すことが判った。
【実施例6】
【0069】
至適pH
反応液のpHを変化させたこと、また反応温度を30℃としたことを除いて、実施例5と同様の方法で各pHの比活性値を求め、至適pHについて調べた。
反応液のpHは、100mMのクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸カリウム、Tris-HCl及びグリシン-NaOHを用いて変化させた。
各pHにおけるニトリラーゼの酵素活性を図3に示す。図3では、リン酸カリウム pH7.5のときの比活性値を100として、各pHにおける酵素活性を相対値で示した。
その結果、本発明のニトリラーゼはpH7.5〜9.0でニトリルの加水分解活性が最大活性を示すことが判った。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明のニトリラーゼのSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動のパターンを示す写真である。
【図2】本発明のニトリラーゼの至適温度を示すグラフである。
【図3】本発明のニトリラーゼの至適pHのグラフである。
【図4】本発明のニトリラーゼの分子量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の理化学的性質を有する、ニトリラーゼ。
(i)分子量:
ゲルろ過法による測定値:450KDa
SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による測定値:38KDa
(ii)至適温度
40〜45℃
(iii)至適pH
pH7.5〜9.0
【請求項2】
ニトリラーゼがジベレラ(Gibberella)属に属する細菌由来のものである、請求項1に記載のニトリラーゼ。
【請求項3】
ジベレラ属に属する細菌がジベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)NBRC6605である、請求項2に記載のニトリラーゼ。
【請求項4】
ジベレラ属に属する細菌又は請求項1〜3のいずれか一項に記載のニトリラーゼを、ニトリル、及び/又はアルデヒドとシアン化合物との混合物に接触させて、カルボン酸を生成する工程を含む、カルボン酸の製造方法。
【請求項5】
カルボン酸が光学活性なヒドロキシカルボン酸である、請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−27968(P2009−27968A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−194771(P2007−194771)
【出願日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】