説明

新規な化合物およびその製造方法

【課題】アゾ顔料として用いた場合に、着色力、色相等の色彩的特性に優れ、かつ耐光性、耐熱性等に優れ、更に、耐溶剤性に優れた新規な化合物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の化合物は、下記一般式(1)で表されることを特徴とする。式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。本発明の化合物は、前記R及びRが、それぞれ独立に炭素数1〜12の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。
[化1]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アゾ顔料として好適な新規な化合物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アゾ顔料は高い着色力と低コストのため、印刷インキ等をはじめとする世界市場の約50%を占めている。しかしながら、アゾ顔料の耐光性、耐熱性、耐溶剤性は、顔料として不動の地位を占めているフタロシアニン(青色)、ペリレン(赤色、褐色、黒色)、キナクリドン(赤色)、ピロロピロール(赤色)等の高級顔料には及ばない。従って、アゾ顔料の現状での出番は黄色顔料であると言っても過言ではない。
【0003】
黄色アゾ顔料としては、高い光堅牢性ならびに熱安定性を持つビスアゾ化合物が提案されている(特許文献1参照)。前記ビスアゾ化合物は、耐溶剤性にはまだ問題があるものの、着色力、色相等の色彩的特性に優れ、かつ耐光性、耐オゾン性等の耐久性にも優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−73992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1で提案された合成方法に基づいて合成された化合物は、本発明者の行った結晶構造解析の結果から、特許文献1に記載されている構造とは異なること、さらに耐溶剤性等の顔料特性にも改良の余地があることが明らかとなった。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、アゾ顔料として用いた場合に、着色力、色相等の色彩的特性に優れ、かつ耐光性、耐熱性等に優れ、更に、耐溶剤性に優れた新規な化合物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明の化合物は、下記一般式(1)で表されることを特徴とする。
【化1】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
(2)本発明の化合物は、前記R及びRが、それぞれ独立に炭素数1〜12の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。
(3)本発明の化合物は、前記Z及びZが、それぞれ独立に5員環の芳香族ヘテロ環基であることが好ましい。
(4)本発明の化合物は、前記Z及びZが、それぞれ独立に下記一般式(2)で表される芳香族へテロ環基であることが好ましい。
【化2】

[式中、Xは硫黄原子又は窒素原子であり、Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基である。]
(5)本発明の化合物の製造方法は、下記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体と酸を反応させる工程を有する下記一般式(1)で表される化合物の製造方法であることを特徴とする。
【化3】

[式中、A及びBはそれぞれ独立に水、アルコール、ケトン、エーテル、アミド、スルホキシド又はフェノール類であり、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【化4】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
(6)本発明の化合物の製造方法は、前記酸を前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体に対して、20〜30倍モル量用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の化合物によれば、着色力、色相等の色彩的特性に優れ、かつ耐光性、耐熱性等に優れ、更に、耐溶剤性に優れたアゾ顔料を提供することができる。
また、本発明の化合物の製造方法によれば、このような顔料としての物性に優れた化合物を提供することができる。
本発明によって製造された顔料を種々の媒体に分散させることにより、例えば、耐久性および分散安定性に優れた着色剤として、塗料、印刷インク、インクジェットインク、電子写真用のカラートナー、着色プラスチック、LCD、PDP等のカラーフィルターなどに使用することができる。また、本発明によって製造された顔料は光伝導性を有することから、電子写真感光体や、光伝導性を利用した素子としても用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の化合物の製造方法に用いられる一般式(3)で表される化合物(B−PAT I)の構造式である。
【図2】本発明の化合物の製造方法に用いられる一般式(3)で表される化合物(B−PAT I)の分子配列図である。
【図3】一般式(3)で表される化合物(B−PAT I)の副産物(by−product)である一般式(7)で表される化合物(M−PAT)の構造式である。
【図4】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの質量分析スペクトルである。
【図5】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの構造式である。
【図6】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの分子配列図である。
【図7】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの単結晶の構造解析結果を基に作成された粉末X線回折ダイアグラムと実際のNa−free B−PATの粉末X線回折ダイアグラムを重ね合わせた図である。
【図8】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの拡散反射スペクトルである。
【図9】本発明の化合物の一態様であるNa−free B−PATの熱重量分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の化合物は、下記一般式(1)で表される新規な化合物である。
【0011】
【化5】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【0012】
前記一般式(1)中、Rは水素原子又はアルキル基を示す。Rにおけるアルキル基の炭素数は、1〜15であることが好ましく、1〜10であることがより好ましく、1〜4であることが特に好ましい。
におけるアルキル基としては、直鎖状、分岐鎖状又は環状のアルキル基が好ましい。
【0013】
直鎖状のアルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デカニル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基、ヘンイコシル基、ドコシル基等が挙げられる。
分岐鎖状のアルキル基としては、具体的には、イソプロピル基、イソブチル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ヘプチル基、イソトリデシル基、イソヘキサデシル基等が挙げられる。
これらの中で、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソプロピル基、イソブチル基、tert−ブチル基が好ましい。
【0014】
環状のアルキル基としては、単環式基であってもよく、多環式基であってもよい。具体的には、たとえば、モノシクロアルカンから1個の水素原子を除いた基;ビシクロアルカン、トリシクロアルカン、テトラシクロアルカンなどのポリシクロアルカンから1個の水素原子を除いた基などが挙げられる。より具体的には、シクロペンタン、シクロヘキサン等のモノシクロアルカンから1個の水素原子を除いた基;アダマンタン、ノルボルナン、イソボルナン、トリシクロデカン、テトラシクロドデカンなどのポリシクロアルカンから1個の水素原子を除いた基などが挙げられる。
【0015】
前記一般式(1)中、Rは水素原子又はアルキル基を示す。Rにおけるアルキル基としては、独立にRと同様のものが挙げられる。
【0016】
前記一般式(1)中、Zは芳香族へテロ環基を示す。本特許請求の範囲及び明細書における「芳香族へテロ環基」とは、炭化水素環を構成する1つ以上の炭素原子がヘテロ原子で置換されているヘテロ環であって芳香族性を有するものを意味するものと定義する。
前記芳香族へテロ環基は、後述するように環を構成する原子に結合する水素原子が置換基で置換されていてもよい。
前記芳香族へテロ環基の炭素数は1〜30であることが好ましく、1〜20であることがより好ましく、1〜10であることが特に好ましい。ただし、該炭素数には、置換基における炭素数を含まないものとする。
前記芳香族へテロ環基として、具体的には、シクロペンテニル基、フェニル基、ビフェニル基、フルオレニル基、ペンタレニル基、インデニル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントリル基等の炭化水素環を構成する1つ以上の炭素原子が酸素原子、硫黄原子、セレン原子、テルル原子、窒素原子等のヘテロ原子で置換された環式基が挙げられる。前記ヘテロ原子としては、硫黄原子又は窒素原子が好ましい。
前記芳香族へテロ環基の好ましいものとしては、5員環の芳香族ヘテロ環基又は6員環の芳香族ヘテロ環基が挙げられる。
5員環の芳香族ヘテロ環基としては例えば、チオフェン、フラン、ピロール、イミダゾール、ピラゾール、1,2,4−トリアゾール、1,2,3−トリアゾール、ベンズイミダゾール、インダゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、オキサジアゾール、ベンゾオキサゾール、ベンゾ[d]イソオキサゾール、チアゾール、イソチアゾール、チアジアゾール、ベンゾチアゾール、ベンゾ[d]イソチアゾール、テトラゾール、ピラゾロトリアゾール、ピロロトリアゾール、カルバゾール等のヘテロ環から1つの水素原子を除いた基が挙げられる。
6員環の芳香族ヘテロ環基としては例えば、ピリジン、ピリミジン、ピリダジン、ピラジン、キノリン、イソキノリン、キナゾリン、フタラジン、シンノリン、キノキサリン、1,3,5−トリアジン、1,2,4−トリアジン、1,8−ナフチリジン、7−アザインドール、プリン、テトラザインデン等のヘテロ環から1つの水素原子を除いた基が挙げられる。
前記芳香族へテロ環基としては、単環式基であっても、多環式基であってもよく、単環式基が好ましい。また、前記芳香族へテロ環基中に、硫黄原子又は窒素原子を1〜4個含むことが好ましく、1〜2個含むことがより好ましい。
前記芳香族へテロ環基としては、5員環の芳香族ヘテロ環基であることが好ましい。
【0017】
前記一般式(1)中、Zは芳香族へテロ環基を示す。Zにおける芳香族へテロ環基としては、独立にZと同様のものが挙げられる。
【0018】
上記芳香族へテロ環基の中で、前記Z及びZが、それぞれ独立に下記一般式(2)で表される芳香族へテロ環基であることが好ましい。
【0019】
【化6】

[式中、Xは硫黄原子又は窒素原子であり、Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基である。]
【0020】
前記Yにおける直鎖状のアルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デカニル基、ウンデシル基、ドデシル基等が挙げられる。
分岐鎖状のアルキル基としては、具体的には、イソプロピル基、イソブチル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ヘプチル基等が挙げられる。
これらの中で、メチル基、エチル基、プロピル基が好ましく、メチル基がより好ましい。
【0021】
本発明の一般式(1)で表される化合物の特に好ましいものは、以下の[1]〜[3]の少なくとも一つを満たすものである。
【0022】
[1]R及びRはそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜12のアルキル基が好ましく、その中でも、炭素数1〜8の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基がより好ましく、メチル基、2級又は3級アルキル基が特に好ましく、メチル基、tert−ブチル基が最も好ましい。
[2]Z及びZはそれぞれ独立に前記一般式(2)で表される芳香族へテロ環基が好ましく、Xが硫黄原子又は窒素原子であることが好ましい。
[3]Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基であり、水素原子又は炭素数1〜8の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基が好ましく、水素原子又はメチル基であることがより好ましい。
【0023】
また、本発明において、前記一般式(1)で表される化合物が下記一般式(10)で表される化合物であることが好ましい。
【0024】
【化7】

[式(10)中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Xは硫黄原子又は窒素原子であり、Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基である。]
【0025】
式(10)中、R、R、X、Yは、前記一般式(1)で表されるR、R、X、Yと同義であり、好ましい例も同じである。
【0026】
後述する分析結果から、前記一般式(1)で表される化合物は、トランス構造になっており、この構造は顔料として使用したときの耐溶剤性の観点から好ましい。
尚、ここで「トランス構造」とは、ピラゾール環に結合している二つのアミノ基が、このピラゾール環とトリアジン環との結合に対して、互いに反対側に位置している構造をいう。
前記一般式(1)で表される化合物の具体例を以下に示すが、本発明の化合物は、下記の例に限定されない。
【0027】
【化8】

【0028】
以下に、本発明の製造方法に関して詳細に説明する。
【0029】
前記一般式(1)で表される化合物は、下記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体と酸を反応させる工程を有する製造方法により製造される。
【0030】
【化9】

[式中、A及びBはそれぞれ独立に水、アルコール、ケトン、エーテル、アミド、スルホキシド又はフェノール類であり、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【0031】
一般式(3)中、R、R、Z、Zは、前記一般式(1)におけるR、R、Z、Zと同義である。
一般式(3)中、A及びBはそれぞれ独立に水、アルコール、エーテル、アミド、スルホキシド又はフェノール類である。
A及びBにおけるアルコールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、tert−ブチルアルコール、アミルアルコール等が挙げられる。
A及びBにおけるケトンとしては、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。
A及びBにおけるエーテルとしては、エチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル等が挙げられる。
A及びBにおけるアミドとしては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン等が挙げられる。
A及びBにおけるスルホン酸としては、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸が挙げられる。
A及びBにおけるフェノール類としては、ヒドロキシベンゼン、クレゾール等の1価フェノール;カテコール、レゾルシノール等の2価フェノール;ピロガロール等の3価フェノール等が挙げられる。
これらの中で、A及びBはそれぞれ独立に水、メタン、アセトン、フェノール、N−メチル−2−ピロリドン等が好ましい。
【0032】
前記一般式(3)で表される化合物は、ジアゾニウム塩の調製の際に使用する亜硝酸ナトリウムのナトリウム原子が分子内に取り込まれた5配位のナトリウム錯体を形成している(H. Shibata and J. Mizuguchi: (2,6−Bis{5−amino−3−tert −butyl−4−[(3−methyl−1,2,4−thiadiazol−5−yl)diazenyl] −1H−pyrazol−1−yl}−4−oxo−1,4−dihydro−1,3,5−triazin−1−ido)methanol(phenol)sodium phenol tetrasolvate, Acta Cryst. E66, m463−m464 (2010).)。A及びBは、その分子中の非共有電子対を有する原子(酸素原子、窒素原子等)を介して、ナトリウム原子と配位結合している。前記一般式(3)で表される化合物の具体例を以下に示すが、本発明においては、下記の例に限定されない。
【0033】
【化10】

【0034】
前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の脱ナトリウム反応に用いられる酸としては、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸等が挙げられ、塩酸が好ましい。また、用いられる酸の量としては、前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体に対して、20〜30倍モル量用いることが好ましい。
前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の溶媒としては、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジオキサン等の高沸点溶媒が用いられる。中でも、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドが好ましく、さらに好ましい溶剤はN−メチルピロリドンである。
脱ナトリウム反応は室温で一瞬に起こるので、反応温度には特に制限はない。あえて限定すれば、10℃〜50℃が好ましく、より好ましくは15℃〜35℃であり、更に好ましくは20℃〜30℃である。
酸の添加により、前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の脱ナトリウム反応は一瞬にして起こり、前記一般式(1)で表されるナトリウムフリーの化合物は直ちに沈殿する。これを水洗し、ろ過、乾燥させれば所望のアゾ化合物が得られる。
【0035】
前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体は、例えば、下記一般式(9)で表されるヘテロ環アミンをジアゾニウム化したジアゾニウム化合物と、下記一般式(5)で表される化合物とのカップリング反応によって製造できる。この時、下記一般式(7)で表される化合物が同時に生成することもある。前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体を製造する方法においては、種結晶として前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の存在下カップリング反応を行うことが好ましい。
【0036】
【化11】

[式中、Xは硫黄原子又は窒素原子であり、Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基である。]
【0037】
【化12】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基である。]
【0038】
【化13】

[式中、Rは水素原子又はアルキル基であり、Zは芳香族へテロ環基である。]
【0039】
一般式(9)中、X、Yは、前記と同義である。
一般式(5)中、R、Rは、前記と同義である。
一般式(7)中、R、Zは、前記一般式(1)におけるR、Zと同義である。
【0040】
一般式(5)、一般式(9)で表される化合物の特に好ましいものは、以下の[1]〜[3]の少なくとも1つを満たすものである。
【0041】
[1]R及びRはそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜12のアルキル基が好ましく、その中でも、炭素数1〜8の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基がより好ましく、メチル基、2級又は3級アルキル基が特に好ましく、メチル基、tert−ブチル基が最も好ましい。
[2]一般式(9)は前記一般式(2)で表される芳香族へテロ環基が好ましく、Xが硫黄原子又は窒素原子であることが好ましい。
[3]Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基であり、水素原子又は炭素数1〜8の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基が好ましく、水素原子又はメチル基であることがより好ましい。
【0042】
一般式(9)で表される化合物のジアゾニウム化は、慣用法によって実施できる。
例えば、下記一般式(8)で表される化合物のジアゾニウム化の場合には、酸(例えば、塩酸、硫酸、リン酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸等)を含有する反応溶媒中で、ニトロソニウムイオン源、例えば亜硝酸、亜硝酸塩、ニトロシル硫酸を用いる慣用のジアゾニウム化合物形成方法が適用できる。
【0043】
【化14】

【0044】
好ましい酸の使用法としては、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、リン酸を単独で使用または併用する方法が挙げられ、その中でもリン酸、または酢酸とリン酸の併用系が特に好ましい。
反応溶媒の好ましい例としては、有機酸、無機酸が例示でき、リン酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸がより好ましく、その中でも酢酸及びまたはプロピオン酸が特に好ましい。
好ましいニトロソニウムイオン源の例としては、亜硝酸ナトリウムが挙げられる。
【0045】
一般式(8)のジアゾニウム塩に対する溶媒の使用量は、0.5〜50質量倍が好ましく、より好ましくは1〜20質量倍であり、特に3〜15質量倍が好ましい。
本発明において、一般式(9)のヘテロ環アミンは溶媒に分散している状態であっても良く、ヘテロ環アミンの種類によっては溶媒に溶解していても良い。
ニトロソニウムイオン源の使用量はヘテロ環アミンに対して0.95〜5.0当量が好ましく、より好ましくは1.00〜3.00当量であり、特に1.00〜1.50当量であることが好ましい。
ジアゾ化反応の反応温度は、−15℃〜30℃が好ましく、より好ましくは−10℃〜10℃であり、更に好ましくは−5℃〜5℃である。−10℃未満では反応速度が顕著に遅くなり合成に要する時間が著しく長くなるため経済的でなく、また30℃を超える高温で合成する場合には、副生成物の生成量が増加するため好ましくない。
反応時間は、30分から300分が好ましく、より好ましくは30分から200分であり、更に好ましくは30分から150分である。
【0046】
本発明のアゾ化合物の合成方法においては、種結晶としての前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の存在下カップリングを行うことが好ましい。この種結晶を用いることによって、得られるアゾ化合物の互変異性体や結晶多型を制御することができる。使用する種結晶は、前記一般式(3)で表される極限構造式を持っている結晶であることが好ましい。また、種結晶の使用量は、カップリング成分の使用量に対して、0.1〜20%当量が好ましく、より好ましくは0.5〜10%当量であり、特に1〜5%当量であることが好ましい。
種結晶を使用する好ましい形態は、一般式(5)で表されるカップリング成分を溶解した溶液に前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体を種結晶として加え、そこにジアゾニウム化合物を加えてカップリング反応を行う形態である。
【0047】
カップリング反応は、酸性反応溶媒中〜塩基性反応溶媒中で実施することができるが、本発明の化合物においては酸性〜中性反応溶媒中で実施することが好ましく、特に酸性反応溶媒中で実施することがジアゾニウム塩の分解を抑制し、効率良くアゾ化合物に誘導することができる。
【0048】
反応溶媒の好ましい例としては、有機酸、無機酸、有機溶媒を用いることができるが、特に有機溶媒が好ましく、反応時に液体分離現象を起こさず、溶媒と均一な溶液を呈する溶媒が好ましい。例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、tert−ブチルアルコール、アミルアルコール等のアルコール性有機溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系有機溶媒、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−プロパンジオール等のジオール系有機溶媒、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル等のエーテル系有機溶媒、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトニトリル等が挙げられる、これらの溶媒は2種類以上の混合液であってもよい。
より好ましい反応溶媒は、炭素数1〜4のアルコール溶液、炭素数1〜4のケトン溶液、またはアセトニトリル溶液である。またこれらの混合溶媒も好ましい。
溶媒の使用量は前記一般式(5)で表されるカップリング成分の1〜200質量倍が好ましい。
本発明において、一般式(5)のカップリング成分は溶解液の状態になっていることが好ましい。
【0049】
本発明において、アゾカップリング部位あたり、ジアゾニウム化合物が0.95〜5.00当量が好ましく、より好ましくは1.00〜3.00当量であり、特に1.00〜1.50当量であることが好ましい。
【0050】
反応温度は、−30℃〜40℃が好ましく、より好ましくは−10℃〜30℃であり、更に好ましくは−5℃〜25℃である。−30℃未満では反応速度が顕著に遅くなり合成に要する時間が著しく長くなるため経済的でなく、また40℃を超える高温で合成する場合には、副生成物の生成量が増加するため好ましくない。
反応時間は、30分から8時間が好ましく、より好ましくは1時間から6時間であり、更に好ましくは1時間から4時間である。
上記方法により製造される前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体の取り出し方法としては、公知慣用の方法が挙げられる。
【0051】
前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体は、ピラゾール環に結合している二つのアミノ基が、このピラゾール環とトリアジン環との結合に対して、互いに同じ側に位置しているシス体であり、ナトリウム原子が配位することで安定化している。
尚、特開2009−73992号公報(特許文献1)には、特許文献1に記載されている製造方法によって製造される化合物は、特許文献1中の式(8)で表される化合物であることが開示されているが、本発明者らの検討により、それは誤りであり、前記製造方法によって製造される化合物は、前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体であることが明らかになった。
【0052】
本発明の方法で製造された前記一般式(1)で表されるアゾ化合物は、顔料として好適に使用することができる。顔料として使用する場合、本発明の方法で製造されたアゾ化合物は粗アゾ顔料として得られるため、後処理を行うことがより望ましい。この後処理の方法としては、例えば、ソルベントソルトミリング、ソルトミリング、ドライミリング、ソルベントミリング、アシッドペースティング等の摩砕処理、溶媒加熱処理などによる顔料粒子制御を行う方法、樹脂、界面活性剤および分散剤等による表面処理を行う方法が挙げられる。
【0053】
本発明のアゾ化合物の着色剤の用途として、塗料、印刷インク、着色プラスチックをはじめとし、カラー画像形成材料が挙げられる。後者の具体例として、インクジェットインク、電子写真用のカラートナー、感熱記録材料、感圧記録材料、転写式ハロゲン化銀感光材料、記録ペン等があり、好ましくはインクジェット方式記録材料、感熱記録材料、電子写真方式を用いる記録材料であり、更に好ましくはインクジェット方式記録材料である。
【0054】
また、CCDなどの固体撮像素子やLCD、PDP等のディスプレーで用いられるカラー画像を記録・再現するためのカラーフィルター、各種繊維の染色の為の染色液にも適用できる。更に、本発明のアゾ化合物は光伝導性を有するので、電子写真感光体や、光伝導現象を利用した検知器等にも使用できる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例中、「部」とは重量部を表す。
【0056】
[合成例1:混合物Aの合成]
27.9部の5−アミノ−3−メチル−1,2,4−チアジアゾールを325部のリン酸に加えて50℃に加熱し溶解させた。この溶液を氷冷して−3℃に保ち、亜硝酸ナトリウム20.9部を加えて1.5時間攪拌し、ジアゾニウム塩溶液を得た。別に式(11)で表される化合物30部をメタノール3000部に加えて完溶させた溶液を用意し、この中に、種結晶として予め合成した混合物Aを2.5部加えて懸濁させた。この懸濁液に上述のジアゾニウム塩溶液を20℃で1時間かけて加えた。このまま4時間20℃で反応させた後、生成した粉末を濾別した。この粉末を1500部の水に加え、水酸化カリウム水溶液で余分の酸を中和した。再度濾過を行い、黄色粉末を得た。この黄色粉末をN,N−ジメチルアセトアミド300部、水300部の混合溶媒に加え、85℃で4時間加熱熟成した。この熟成液を熱時濾過し、さらにメタノールで洗浄して混合物Aを38.6部(収率76.6%)得た。同様の操作を3回繰り返し行ったところ、いずれも同様の粉末X線回折スペクトルを示す混合物Aが得られた。
【0057】
【化15】

【0058】
[混合物Aの組成と構造の解析]
[(1)B−PAT Iの単結晶の育成]
等モルの“フェノール/メタノール”混合溶媒に混合物Aを溶解し、80℃で前記混合物の飽和溶液を調製した。この飽和溶液をメタノールの飽和蒸気の雰囲気に放置し、メタノールを溶液内に拡散させながら自然放冷した。1週間後に0.9x0.3x0.2mm程度の大きさの単結晶(B−PAT I)を得た。
【0059】
[(2)B−PAT II、B−PAT III、M−PATの単結晶の育成]
混合物AのNMPの飽和溶液を100℃で調製し、その後、自然放冷した。2週間後に同一容器内に格子定数の異なる3種類の単結晶(B−PAT II、B−PAT III、M−PAT)を得た。
【0060】
[(3)結晶構造解析]
得られた単結晶をリガク製のRapid F X線回折計(線源:CuKα)を用いて−180℃で反射データを収集した。構造解析には直接法プログラムのSIR2004を用い、構造の精密化はSHELXL97最小二乗プログラムで行った。
【0061】
表1に溶媒和結晶の結晶学的パラメータを示す。構造解析の結果、下記化学式に示されるように、単結晶には、ビス型アゾ化合物(B−PAT)(H. Shibata and J. Mizuguchi: (2,6−Bis{5−amino−3−tert−butyl−4−[(3−methyl−1,2,4−thiadiazol−5−yl)diazenyl]−1H−pyrazol−1−yl}−4−oxo−1,4−dihydro−1,3,5−triazin−1−ido)methanol(phenol)sodium phenol tetrasolvate, Acta Cryst. E66, m463−m464 (2010).)とモノ型アゾ化合物(M−PAT)(H. Shibata and J. Mizuguchi: 6−{5−Amino−3−tert−butyl−4−[(E )−(3−methyl−1,2,4−thiadiazol−5−yl)diazenyl]−1H−pyrazol−1−yl}−1,3,5−triazine−2,4(1H,3H)−dione−1−methylpyrrolidin−2−one−water (1/1/1), Acta Cryst. E66, o944−o945 (2010).)の2種類が存在し、ビス型アゾ化合物は、5配位のナトリウム錯体を形成していることが確認された。B−PAT Iはフェノールとメタノール、B−PAT IIおよびB−PAT III(B−PATsII&III)はNMPと水を配位したナトリウム錯体であるのに対し、モノ型アゾ化合物(M−PAT)はナトリウムを含まず、NMPと水分子の溶媒和結晶である。 B−PAT IとM−PATの結晶構造の詳細を以下に示す。
【0062】
【化16】

【0063】
【表1】

【0064】
図1に溶媒を除いたB−PAT Iの構造式を示す。ナトリウム原子はB−PAT本体のN5, N7, N11ならびにフェノールのO2とメタノールのO8を配位子とした5配位のナトリウムアゾ錯体分子を形成している。自由空間におかれた1分子の分子軌道計算ではトランス型構造が最も安定とされたが、結晶構造解析ではケト型構造でシス型配置をとり、さらにチアジアゾール環のS原子が上を向いた構造である。
C8−O1の距離は1.25Åで、カルボニル基(C=O)の構造である。また、シス型の構造を形成する駆動力は2つのモノアゾ構造を結合するナトリウム原子である。ナトリウム原子は2つのモノアゾ部の“橋架け原子”(bridging atom)となり、ビスアゾ構造の平面性を高めている。
【0065】
図1に示すように、B−PAT IにはN16−H…N3ならびにN16−H…N9、そしてN17−H…N8ならびにN17−H…N13に分子内の水素結合が認められる。さらに、Na−N5、 Na−N7、Na−N9の錯形成により、ビス型ナトリウムアゾ錯体は高い平面性を有している。
【0066】
図2に溶媒を除いたB−PAT Iの分子配列を示す。B−PAT I分子は双極子モーメントを打ち消し合うように、ほぼ二量体を形成し、a軸方向に沿って分子は交互に積層している。また、図1に示すカルボニル基のO1、フェノールのO2、そしてメタノールのO8原子を繋ぐ分子間のOH…O水素結合が積層方向に形成されている。さらに、溶剤の4つのフェノール分子はB−PAT Iの両端に位置するN原子とOH…N結合している。このように、2本の水素結合鎖が分子面に垂直に存在し、結晶の安定化に寄与している。また、B−PAT I分子はシス型であるので大きな双極子モーメント(約3.7 D)を持ち、結晶状態では分子同士が二量体を形成して、静電エネルギーを下げて安定化する。つまり、分子1個の状態ではトランス型の方が安定であるが、結晶状態では双極子モーメントの大きなトランス型分子の方がシス型配置よりも凝集エネルギーが下がる。さらに大きな双極子モーメントを示すチアジアゾール配置では更なる凝集エネルギーの低下が見込まれ、安定性が増すことになる。
【0067】
図3にモノアゾ化合物の構造式を示す。モノアゾ化合物にはナトリウム原子が含まれていない。分子内にはN10−H…N3ならびにN10−H…N7の分子内水素結合が存在し、平面性を高めている。水分子のO4とN10が水素結合をし、水分子は更にNMP分子のO3と水素結合を形成している。アゾ基のN−N距離は1.299(2) Åで、通常のアゾ結合よりは少し長目であるが、ヒドラゾン構造のN−N結合の1.44Åよりは格段に短い。また、モノアゾ分子もビスアゾ分子と同様に二量体的な構造で積層している。
【0068】
[発光分析解析]
原子吸光分析の結果から、合成例1で合成された混合物Aのうち、約84%がナトリウムを含んだNa-ビスアゾ化合物あることが確認された。
【0069】
[混合物Aの元素分析]
合成例1で合成された混合物Aの元素分析を行った結果はC: 37.17% H: 5.10% N: 31.97% S: 8.34% Na: 2.69%であり、これから推定される組成式はC23.839.217.52.0Na0.9となる。しかし、この組成式はNa-ビスアゾ化合物の組成とも、モノアゾ化合物の組成とも一致せず、これらの化合物を主成分とする混合物であることを示している。
【0070】
[実施例1:Na−free B−PATの調製]
合成例1で合成された混合物AのN−メチルピロリドン(NMP)溶液に、モル等量の30倍量の塩酸を加え、Na−free B−PATを沈殿させた。その後、濾過と水洗を行い前記式(1−1)で表される化合物Na−free B−PATを得た。
【0071】
[Na−free B−PATの元素分析]
調製したNa−free B−PATの元素分析を行った結果はC: 42.85% H: 4.73% N: 36.92% S: 9.82%であり、C233117の組成式が提案される。この組成は理論値のC232917に近い値である。
【0072】
[Na−free B−PATの質量分析]
調製したNa−free B−PATの質量分析を行った。結果を図4に示す。質量数624にはっきりとNa−free B−PAT単一分子によるピークが確認できる。この他に、質量分析の常として小さなフラグメントのピークが存在するが、質量数376のM−PAT、質量数646のナトリウムが配位したB−PAT、質量数23のナトリウム原子のピークは観測されない。これより、このNa−free B−PATが純度の高い単一化合物であることが確認された。
【0073】
[Na−free B−PATの単結晶の育成]
クロロホルムにNa−free B−PATを溶解し、25℃で飽和溶液を調製した。この飽和溶液を冷蔵庫内に放置し、1週間後に0.170x0.030x0.010mm程度の大きさの単結晶を得た。
【0074】
[結晶構造解析]
得られた単結晶をリガク製のRapid F X線回折計(線源:CuKα)を用いて−120℃で反射データを収集した。構造解析には直接法プログラムのSIR2004を用い、構造の精密化はSHELXL97最小二乗プログラムで行った。
【0075】
表2に結晶学的パラメータを示す。構造解析の結果、下記化学式に示されるように、単結晶には、ビス型アゾ化合物(Na−free B−PAT)が存在し、前記ビス型アゾ化合物は、トランス構造を形成していることが確認された。Na−free B−PATの結晶構造の詳細を以下に示す。
【0076】
【表2】

【0077】
本構造解析で得られた結晶は溶剤分子を含まない結晶であった。図5にNa−free B−PATの構造式を示す。図5に示すように、Na−free B−PATにはN16−H…N3ならびにN16−H…N8、そしてN17−H…N7ならびにN17−H…N13、それに加えてN9−H…N11に分子内の水素結合が認められる。
【0078】
図6にNa−free B−PATの分子配列図を示す。Na−free B−PAT分子はカルボニル基のO1−H…N9’に分子間の水素結合が認められ、二量体を形成していることが確認された。
【0079】
図7にNa−free B−PATの単結晶の構造解析結果を基に作成された粉末X線回折ダイアグラムと実際のNa−free B−PATの粉末X線回折ダイアグラムを重ねて示す。両者の回折ダイアグラムは完全に一致し、粉末状態の結晶構造は単結晶のものと同一であることが明らかになった。
【0080】
[分子軌道計算]
Na−free B−PATの最安定構造を生成熱から比較するために半経験的分子軌道法のMOPAC2009でAM1ハミルトニアンを用いて、シス型、トランス型の構造最適化を行った。結果を表3に示す。
【0081】
【表3】

【0082】
一般にトランス型はシス型よりも安定とされ、融点等が高いことで示されている(Ray Q. Brewser & William E. McEwen: Organic Chemistry, 3rd Edition, p. 64)。表3に示されるように、トランス型構造はシス型構造と比較して生成熱が約6.1 kcal/molも小さく、圧倒的に安定であることが確認された。また、トランス型にはシス型よりも多くの分子内水素結合が形成され、安定化している。
これらのことからNa−free B−PATが、図5に示される結晶構造解析の結果に加えて、下記式(13)に示されるトランス型の構造をとることが確認された。
【0083】
【化17】

【0084】
[耐光性]
250Wの超高圧水銀灯下でフィルターを装着すること無く、Na−freeトランス型B−PATに紫外線照射を10時間行った。照射前後の試料の拡散反射スペクトルを測定したところ、スペクトル形状ならびに光学密度の変化は認められなかった。結果を図8に示す。
【0085】
[耐熱性]
空気中で熱重量分析を行った。結果を図9に示す。Na−free B−PATは320℃まで分解せずに高い熱安定性を有していることが確認された。
【0086】
[耐溶剤性]
Na−free B−PAT(実施例1)及び混合物A(比較例1)のジメチルホルムアミド(DMF)及びN−メチルピロリドン(NMP)に対する溶解度を測定した。結果を表3に示す。
【0087】
【表4】

【0088】
Na−free B−PAT(実施例1)は、混合物A(比較例1)に対して、優れた耐溶剤性を示した。この難溶解性は赤色顔料として知られているジケトピロロピロール(DPP: Pigment Red 255)に匹敵する。
【0089】
[実施例2:Na−free B−PATを使った電子写真感光体の特性]
電子写真感光体は通常、機能分離型構造をとり、電荷発生層(光伝導体)と電荷輸送層(ヒドラゾン系の化合物を用いることが多い)の2層から構成される。電荷発生剤であるNa−free B−PAT10部に4−メトキシー4−メチルー2−ペンタノン200部を加え、サンドブラインドミルで10時間粉砕し、微粒化分散処理を行った。次に、ポリビニルブチラール(電気化学工業(株)製、商品名「デンカブチラール」#6000C)5部の4−メトキシー4−メチルー2−ペンタノン10%溶液と混合し、分散液を調製した。この分散液をポリエステルフィルム上にアルミニウムを蒸着したフィルム(Al電極がついた支持体)にバーコーターで、乾燥後の膜厚が0.4μmとなるように電荷発生層を設けた。この電荷発生層の上に、N−メチルカルバゾール−3−カルバルデヒドージフェニルヒドラゾン70部、2,6−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシトルエンを4部及びポリカーボネート樹脂(三菱化学(製)、商品名「ノバレックス7030A」)100部を1,4−ジオキサン1000部に溶解させた溶液をフィルムアプリケーターにより塗布し、乾燥後の膜厚が20μmとなるように電荷輸送層を設けた。このように調製した感光体の青色領域(黄色を呈する)の電子写真特性を測定した。コロナ帯電で感光体にマイナスの表面電荷を与え、480nmにピークを持つ青色の光で露光し、表面電荷の減衰量を測定した。その結果、半減露光量は1.8μJ/cmであった。これより、Na−free B−PATが十分な電子写真感度を有することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される化合物。
【化1】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【請求項2】
前記R及びRが、それぞれ独立に炭素数1〜12の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基である請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
前記Z及びZが、それぞれ独立に5員環の芳香族ヘテロ環基である請求項1又は2に記載の化合物。
【請求項4】
前記Z及びZが、それぞれ独立に下記一般式(2)で表される芳香族へテロ環基である請求項1〜3のいずれか一項に記載の化合物。
【化2】

[式中、Xは硫黄原子又は窒素原子であり、Yは水素原子又は炭素数1〜12の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基である。]
【請求項5】
下記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体と酸を反応させる工程を有する
下記一般式(1)で表される化合物の製造方法。
【化3】

[式中、A及びBはそれぞれ独立に水、アルコール、ケトン、エーテル、アミド、スルホキシド又はフェノール類であり、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【化4】

[式中、R及びRはそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基であり、Z及びZはそれぞれ独立に芳香族へテロ環基である。]
【請求項6】
前記酸を前記一般式(3)で表されるナトリウムビスアゾ錯体に対して、20〜30倍モル量用いる請求項5に記載の化合物の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−252093(P2011−252093A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−127125(P2010−127125)
【出願日】平成22年6月2日(2010.6.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年12月4日 日本画像学会発行の「Imaging Conference JAPAN 2009 Fall Meeting」に発表
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)