説明

新規な液晶高分子およびそれを用いた光学素子

【課題】側鎖の配向状態を熱や光照射等の外部刺激により可逆的に制御可能で、製造コストが低く、固有の色が薄く、かつ材料選択の自由度の高い液晶高分子およびそれを用いた表示記録装置を提供する。
【解決手段】フォトクロミズムを示すアゾベンゼンを側鎖に含むアゾベンゼンモノマーと、可視光領域を有しないと共にフォトクロミズムを示さないメソゲン基を有するモノマーの共重合体である液晶高分子からなる光学素子をアゾベンゼンの光異性化をドリガーとして、アゾベンゼンおよびメソゲン基全体の配向状態および液晶高分子の屈折率を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部刺激により側鎖の官能基の配向を可逆的に制御できる新規な液晶高分子およびそれを用いた光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光照射により分子構造が可逆的に変化(異性化)するフォトクロミック分子を利用した記録材料が数多く報告されている。その殆どは、異性化に伴うフォトクロミック分子自体の吸収波長の変化等を利用して記録を行っているが、熱や参照光の照射による逆異性化が起こるため、記録の安定性が低いという問題がある。
【0003】
いわゆる非破壊読み出しを可能にするため、異性化に伴う屈折率の変化を光記録に利用することは1つの有効な手段であり、それに適した屈折率変調材料が種々開発されている。例えば、特許文献1には、非晶性ポリマーを与えるアゾベンゼン骨格含有メタクリル酸エステルと、同じく非晶性ポリマーを与えるシアノビフェニル骨格含有メタクリル酸エステルとから得られる共重合体である屈折率変調ポリマーが開示されている。
【0004】
また、屈折率の異なる2種の材料を光の波長程度の膜厚で交互に積層すると、1次元フォトニック結晶(1DPCs)となり、フォトニックバンドギャップ(PBG)に基づく特定の波長の光を反射する。このような1次元フォトニック結晶は、積層する薄膜の膜厚を変化させることにより、同一の材料から種々の反射波長を有するものを作り出すことが可能であると共に、積層数を増大させることにより容易に感度を増大できるという利点を有している。
【0005】
本発明者らは、側鎖にアゾベンゼン骨格を含む高分子を1次元フォトニック結晶に適用することについて検討し、側鎖のアゾベンゼン骨格が基板に対して垂直配向可能なアクリル系液晶高分子とPVA(ポリビニルアルコール)とを組み合わせた場合に、外部刺激による反射光のon-off制御が可能であることを見出した(例えば、非特許文献1参照)。これは、アゾベンゼン骨格がランダムな配向から基板に対して垂直方向に配向することにより、液晶高分子とPVAとの屈折率差が変化することに起因すると考えられる。なお、特許文献1記載の屈折率変調ポリマーにおいて、高分子の主鎖と側鎖のアゾベンゼン骨格とを連結するスペーサは、アゾベンゼン骨格が基板に対して垂直に配向し、液晶性を発現することがないよう、エチレン基等の炭素数が少ないものが選択される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−2137号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】第58回高分子学会年次大会、「アゾベンゼン高分子からなる一次元フォトニック結晶の光学特性の光制御」、石川猛・緒方智成・森次正樹・栗原清二
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献1記載の液晶高分子は、側鎖にアゾベンゼン骨格を含むモノマー(以下、「アゾベンゼンモノマー」という。)のホモポリマーであるため、橙色に着色しており、直視型の記録材料には好ましくないという課題がある。また、アゾベンゼンモノマーの合成コストが高価であるという課題もある。さらに、側鎖のアゾベンゼン骨格が基板に対して自発的に垂直配向するという特性を有するアゾベンゼンポリマーの種類は限られており、材料選択の自由度が低いという課題もある。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、側鎖の配向状態を熱や光照射等の外部刺激により可逆的に制御可能で、製造コストが低く、固有の色が薄く、かつ材料選択の自由度の高い液晶高分子およびそれを用いた表示記録装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、下記の(1)から(5)のいずれかに記載の液晶高分子を提供することにより上記課題を解決するものである。
(1)下記の式(I)で表される繰り返し単位を有する液晶高分子。
【0011】
【化1】

【0012】
式(I)において、
1およびR2は、両者共に水素原子(H)、あるいは一方がメチル基(CH3)で他方が水素原子のいずれかであり、
pおよびqは、それぞれ独立して、6、8、9、10および12からなる群より選択されるいずれかの整数であり、
3は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基であり、
4は、可視光領域に吸収帯を有しないメソゲン基を表し、
mおよびnは、それぞれ自然数であり、両者の間には、
3≦(m+n)≦1000、および
0.1≦m/(m+n)≦0.95なる関係が成立する。
(2)前記R4が、下記の式(II)〜(VI)で表される官能基からなる群より選択されるいずれかの官能基である(1)記載の液晶高分子。
【0013】
【化2】

【0014】
式(II)〜(VI)において、
5は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基である。
(3)前記R3が、水素原子(H)、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基である(1)または(2)記載の液晶高分子。
(4)前記R5が、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基である(1)から(3)のいずれか1項記載の液晶高分子。
(5)前記式(I)においてp=qである(1)から(4)のいずれか1項記載の液晶高分子。
【0015】
なお、本発明において「メソゲン基」とは、棒状の分子構造を有し、式(I)で表される構造を有する高分子に側鎖官能基として導入した場合に液晶相挙動を誘発する能力を有する任意の基を意味する。
【0016】
本発明の第2の態様は、下記の(6)から(9)のいずれかに記載の光学素子を提供することにより上記課題を解決するものである。
(6)本発明の第1の態様に係る(1)から(5)のいずれか1項記載の液晶高分子を含み、光照射および加熱処理のいずれか一方または双方により、前記液晶高分子の側鎖官能基の配列を配向状態と非配向状態の両者の間で可逆的に制御可能である、1または複数の薄膜状の液晶高分子層を有する光学素子。
(7)前記1または複数の液晶高分子層と交互積層され、前記液晶高分子の側鎖官能基が配向状態を取る場合に該側鎖官能基を所定の方向に配向させる透明高分子を含み、透光性を有する高分子支持層をさらに有する(6)記載の光学素子。
(8)前記高分子支持層の屈折率が、前記液晶高分子の側鎖官能基が配向状態または非配向状態を取る場合における前記液晶高分子層の屈折率とほぼ等しい(7)記載の光学素子。
(9)前記透明高分子がポリビニルアルコールである(7)または(8)記載の光学素子。
【発明の効果】
【0017】
本発明の液晶高分子は、フォトクロミズムを示すアゾベンゼンを側鎖に含むアゾベンゼンモノマーと、可視光領域に吸収帯を有しないと共にフォトクロミズムを示さないメソゲン基を有するモノマーとの共重合体であるが、アゾベンゼンの光異性化をトリガーとしてアゾベンゼンおよびメソゲン基全体の配向状態および液晶高分子の屈折率を制御できる。したがって、本発明の液晶高分子は、アゾベンゼンモノマーのホモポリマーと同様の屈折率変調特性を維持しつつ、安価で製造可能であると共に、アゾベンゼンに由来する着色を抑えることができる。また、アゾベンゼン骨格上の置換基、ポリマーの主鎖と側鎖とを連結するスペーサの長さ、メソゲン基の種類等を適宜選択することにより材料選択の自由度を大幅に拡大できる。
【0018】
本発明の光学素子は、上記の液晶高分子を含む液晶高分子層と、液晶高分子の側鎖に含まれる官能基を所定の方向に配向させる透明高分子を含む透明な高分子支持層とが交互に積層された構造を有するため、1次元フォトニック結晶として機能することができ、熱や光照射等の外部刺激により液相高分子層の屈折率を可逆的に制御できる。また、液晶高分子層がアゾベンゼンモノマーと、可視光領域に吸収帯を有しないメソゲン基を有するモノマーとの共重合体であるため、アゾベンゼンに由来する着色が抑えられている。したがって、直視型の記録材料にも好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層をアニーリング、紫外光照射、次いで可視光照射した後の、側鎖官能基の配向状態の変化を示す模式図で、(A)は所定時間アニーリング後の配向状態、(B)は紫外光照射後の配向状態、(C)は可視光照射後の配向状態をそれぞれ示す。
【図2】本発明の第2の実施の形態に係る光学素子の構造を示す概略図である。
【図3】実施例1で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層におけるアニーリング前後の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図4】実施例2で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層におけるアニーリング前後の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図5】実施例3で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層におけるアニーリング前後の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図6】実施例1で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層に可視光(436nm)を照射した場合の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図7】実施例2で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層に可視光(436nm)を照射した場合の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【図8】実施例3で合成した液晶高分子を用いて形成した液晶高分子層に可視光(436nm)を照射した場合の吸収スペクトルの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を具現化した実施の形態について説明する。本発明の第1の実施の形態に係る液晶高分子(以下、単に「液晶高分子」と略称する場合がある。)は、下記の式(I)で表される繰り返し単位を有している。すなわち、本実施の形態に係る液晶高分子は、アゾベンゼン骨格を含む官能基を側鎖官能基として含むアクリル酸またはメタクリル酸エステルと、可視光領域に吸収帯を有しないメソゲン基R4を含む官能基を側鎖官能基として含むアクリル酸またはメタクリル酸エステルとの共重合体である。以下、この液晶高分子についてより詳細に説明する。
【0021】
【化3】

【0022】
式(I)において、高分子主鎖上の置換基であるR1およびR2は、両者共に水素原子(H)、あるいは一方がメチル基(CH3)で他方が水素原子のいずれかである。すなわち、R1およびR2の可能な組み合わせ[R1,R2]は、[H,H]、[H,CH3]、[CH3,H]の3とおりである。R1およびR2の両者が共にCH3基であると、立体障害により側鎖官能基が配向状態を取ることが困難になる。
【0023】
高分子主鎖とアゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基とを連結するスペーサの炭素数pは、6、8、9、10および12からなる群より選択されるいずれかの整数である。pがこれ以外の整数である場合、液晶高分子を用いて基板上に製膜した場合、側鎖官能基が基板に対して直立した状態で配向させることが困難になったり、成膜性自体が低下したりする。好ましいpの値は、R1=Hのとき、6、8、9および10のいずれか、R1=CH3のとき、8、9および10のいずれかであり、より好ましいpの値は、R1=Hのとき、6または8、R1=CH3のとき8である。
【0024】
高分子主鎖とメソゲン基R4を含む側鎖官能基とを連結するスペーサの炭素数qは、上述のpと同様、6、8、9、10および12からなる群より選択されるいずれかの整数であり、好ましいqの値についてもpと同様であるため、詳しい説明を省略する。なお、pとqの値は同一であっても異なっていてもよいが、側鎖官能基の配向性の向上および光照射による配向の制御の容易さの点から、p=qであることが好ましい。
【0025】
アゾベンゼン上の置換基R3は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基であり、好ましくは、水素原子(H)、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基である。置換基R3は単一のものであってもよく、任意の2以上のものを任意の割合で組み合わせて用いてもよい。置換基R3の種類および組み合わせは、液晶高分子に要求される液晶相転移温度等の物理的および化学的性質に応じて適宜選択される。
【0026】
可視光領域に吸収帯を有しないメソゲン基R4の具体例としては、下記の式(II)〜(VI)で表される官能基が挙げられる。
【0027】
【化4】

【0028】
式(II)〜(VI)において、R5は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基であり、好ましくは、水素原子(H)、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基である。メソゲン基R4は単一のものであってもよく、任意の2以上のものを任意の割合で組み合わせて用いてもよい。メソゲン基R4の種類および組み合わせは、液晶高分子に要求される液晶相転移温度等の物理的および化学的性質に応じて適宜選択される。
【0029】
液晶高分子に含まれる各繰り返し単位の数を表す自然数mおよびnの和(m+n)は、3以上1000以下、好ましくは5以上500以下、より好ましくは10以上250以下である。(m+n)が2以下であると、分子量(重合度)が低すぎるために製膜が困難になる等の問題が生じ、(m+n)が1000を超えると、液晶高分子の溶解度が低下したり成膜性が低下したりする等の問題が生じる。
【0030】
アゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基を有する繰り返し単位数の全繰り返し単位数に対する割合m/(m+n)は0.1以上0.95以下、好ましくは0.25以上0.75以下、より好ましくは0.33以上0.67以下である。m/(m+n)が0.1を下回ると、液晶高分子中のアゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基の割合が低くなりすぎ、光照射による側鎖官能基の配向制御が困難になる等の問題が生じ、m/(m+n)が0.95を超えると、液晶高分子の着色が強くなりすぎる等の問題が生じる。
【0031】
アゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基を有するモノマーは、例えば、下記のスキームにしたがって合成できる。まず、置換基R3を有するアニリンとフェノールとのアゾカップリングによりアゾベンゼン誘導体を合成する。次いで、アセトン、アセトニトリル等の非プロトン性極性溶媒中、炭酸カリウム等の塩基の存在下でアゾベンゼン誘導体をω−ハロアルキルアルコール(下記のスキームでは一例としてω−クロロアルキルアルコールを挙げているが、ω−ブロモアルキルアルコール等であってもよい。)と反応させ、ω−ヒドロキシアルキル化後、アクリル酸またはメタクリル酸とエステル化反応させると、目的のモノマーが得られる。エステル化は硫酸等の酸触媒の存在下で行ってもよく、カルボジイミド等の縮合剤の存在下で行ってもよい。あるいは、カルボン酸の代わりに酸クロリドを用いてもよい。
【0032】
【化5】

【0033】
このようにして得られる、アゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基を有するモノマー(以下、「アゾベンゼンモノマー」と略称する。)と、メソゲン基R4を含む側鎖官能基を有するモノマー(以下、「メソゲンモノマー」と略称する。)とを重合反応させることにより、液晶高分子を合成する。重合反応の具体例としては、アルキルリチウム等を開始剤とするアニオン重合、AIBN、過酸化ベンゾイル等を開始剤とするラジカル重合、ハロゲン化アルキル−銅錯体等を開始剤とする原子移動ラジカル重合(ATRP)、ジチオ安息香酸エステル、ジチオカルバメート等を開始剤とする可逆的付加開裂連鎖移動重合(RAFT)等が挙げられ、所望の分子量および分子量分布等に応じて適当な重合法および開始剤、および連鎖移動剤を適宜選択できる。
【0034】
ランダム共重合体を得るためには、アゾベンゼンモノマーとメソゲンモノマーとを所定のモル比で混合し、重合開始剤の存在下で反応させる。一方、ブロック共重合体を得るためには、リビングアニオン重合、ATRP、RAFT等のリビング重合法を用いて、アゾベンゼンモノマーおよびメソゲンモノマーを任意の順序で順次反応させる。
【0035】
使用する溶媒、反応温度および時間についても、モノマーの種類、所望の分子量および分子量分布等に応じて適宜選択できる。例えば、ラジカル重合法を用いる場合、塊状重合、溶液重合、乳化重合等の任意の方法を用いることができる。
【0036】
このようにして得られた液晶高分子は、例えば、基板上に形成された薄膜として用いることができる。薄膜の形成には、任意の公知の方法を用いることができる。具体的な薄膜の形成方法としては、液晶高分子を適当な良溶媒に溶解した溶液を、スピンコート法、ディップ法、スプレー法、キャスト法により基板上に塗布後乾燥させることにより液晶高分子層を形成する方法が挙げられる。あるいは、固体状の液晶高分子を加熱溶融しプレス加工してもよい。
【0037】
アゾベンゼンは、下式に示すように、紫外光の照射によりtrans体からcis体へ、可視光の照射または加熱によりcis体からtrans体へ異性化することがよく知られている。そして、trans体のアゾベンゼンを側鎖官能基に含む液晶高分子はスメクチック構造を取る液晶高分子の典型例である。
【0038】
【化6】

【0039】
液晶高分子の薄膜を形成後、液晶高分子のガラス転位温度以上の温度で所定時間アニーリングすると、アゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基と共にメソゲン基R4を含む側鎖官能基も基板に対し所定の角度をなすように直立した状態で配列したスメクチック液晶構造(配向状態)を発現する(図1(A)参照。なお、図1(A)〜(C)において、側鎖官能基を模式的にロッドで図示し、そのうちアゾベンゼン骨格を含むものについては斜線を付してある。)。このようにして側鎖官能基の配列を配向状態とした液晶高分子の薄膜に紫外光を照射すると、アゾベンゼン骨格がtrans体からcis体に異性化する。この光異性化により、アゾベンゼン骨格を含む側鎖の配向状態が乱されるだけでなく、メソゲン基R4を含む側鎖官能基の配向状態も乱されるため、全ての側鎖官能基が規則的な配列を取ることができなくなる(非配向状態、図1(B)参照。なお、cis体については屈曲したロッドで図示してある。)。紫外光の照射による配向状態から非配向状態への変化に伴い、液晶高分子の薄膜の吸収スペクトルや屈折率等の光学的性質が変化する。このような性質を利用して、液晶高分子を各種光学素子の構成材料として用いることができる。
【0040】
図1(B)に模式的に示したように、側鎖官能基の配列が非配向状態を取る液晶高分子の薄膜に可視光を照射し、アゾベンゼン骨格をcis体からtrans体に異性化させても、室温では側鎖官能基の分子運動が抑制されているため、側鎖官能基の配列は非配向状態を保持したままとなる(図1(C)参照)。そのため、液晶高分子を光記録媒体の記録層として用いた場合、配向状態から非配向状態への変化に伴う光学的性質の変化を利用して記録した情報の読み出しに可視光を利用した場合、読み出しに伴う情報の破壊が起こらず、いわゆる非破壊読み出しが可能となる。また、フォトンモードでの情報の記録が可能となるため、記録の高密度化が期待される。
【0041】
次いで、図2を参照しながら、本発明の第2の実施の形態に係る光学素子(以下、「光学素子」と略称する場合がある。)10について説明する。光学素子10は、本発明の第1の態様に係る液晶高分子を含む1または複数の薄膜状の液晶高分子層11を有している。上述のとおり、液晶高分子層11において、光照射および加熱処理のいずれか一方または双方により、液晶高分子の側鎖官能基の配列を配向状態と非配向状態の両者の間で可逆的に制御可能である。なお、液晶高分子を用いて薄膜状の液晶高分子層11を形成する方法については上述のとおりであるため、詳しい説明を省略する。
【0042】
図2(A)に示すように、光学素子10において、基板13上に直接液晶高分子層11が形成されていてもよいが、図2(B)に示すように、1または複数の液晶高分子層11と交互積層され、液晶高分子層11に含まれる液晶高分子の側鎖官能基が配向状態を取る場合に、側鎖官能基を所定の方向に配向させる透明高分子を含み、透光性を有する高分子支持層12をさらに有していてもよい。
【0043】
図2(B)に示すような交互積層構造を有する光学素子10は、基板13上に高分子支持層12と液晶高分子層11とを交互に形成し積層させることにより製造することができる。液晶高分子層11および高分子支持層12の形成には、上述の液晶高分子の薄膜の形成と同様に、液晶高分子または透明高分子を適当な良溶媒に溶解した溶液を、スピンコート法、ディップ法、スプレー法、キャスト法により基板上に塗布後乾燥させる方法等の任意の公知の方法を用いることができる。このとき、液晶高分子および透明高分子の良溶媒として、それぞれ、透明高分子および液晶高分子の貧溶媒でもある溶媒を用いると、高分子支持層12と液晶高分子層11とを交互に積層させる際に、下地となる層(高分子支持層12または液晶高分子層11)が溶媒により浸食を受けるおそれがないため好ましい。
【0044】
高分子支持層12の構成材料として用いられる透明高分子としては、透光性を有し、2つの高分子支持層12に挟まれるように形成された液晶高分子層11に含まれる液晶高分子の側鎖官能基が配向状態を取る場合に、側鎖官能基を所定の方向に配向させることができるものであれば任意のものを用いることができる。配向状態において側鎖官能基を基板13に対して所定の方向に配向させるためには、透明高分子として、極性官能基を有する高分子や、液晶高分子層11と高分子支持層12との間に界面張力を生じさせる高分子を用いるのが好ましい。好ましい高分子の具体例としてはポリビニルアルコール(PVA)が挙げられる。PVAは水溶性であるため、高分子支持層12の形成の際に液晶高分子層11を浸食するおそれがない点でも好ましい。
【0045】
アゾベンゼンやメソゲン基は棒状の分子構造を有しているため、屈折率に異方性が存在する。このような棒状分子(側鎖官能基)の長軸(異常軸)方向および短軸(通常軸)方向の屈折率を、それぞれ、ne、noとすると、配向状態においてこれらの棒状分子が高分子薄膜の厚さ方向に配列している場合、高分子液晶層11の厚さ方向に入射する光の屈折率は、入射光の電場の振動面は通常軸方向となるためnoである。一方、側鎖官能基がランダムに配向した非配向状態において、高分子薄膜の厚さ方向に入射する光の屈折率(平均屈折率)は、nav=((ne2+2no2)/3)1/2で表される。以上、1種類の側鎖官能基のみを含む高分子の薄膜の屈折率について述べたが、本発明の第1の実施の形態に係る液晶高分子のように2種類の側鎖官能基を含んでいる場合には、アゾベンゼン骨格を有する側鎖官能基の屈折率nAZおよびメソゲン基R4を含む側鎖官能基の屈折率nMSから、下記の数式(1)より液晶高分子層11の平均屈折率nLQを求めることができる。
【0046】
【数1】

【0047】
なお、数式1において、fはアゾベンゼン骨格を含む側鎖官能基の体積分率を表す。
【0048】
また、高分子液晶層11の膜厚dLQと高分子支持層12の膜厚dTRを合わせた膜厚dと、反射光(基板13に垂直に入射した光を考える)の波長λとの間には、Braggの式 mλ=2dn(mは整数、nは高分子液晶層11と高分子支持層12の平均屈折率で、n=(nLQ×dLQ+nTR×dTR)/(dLQ+dTR)(nTRは、高分子支持層12の屈折率である)で表される。)が成り立つ。このことより、高分子液晶層11と高分子支持層12の膜厚に応じて反射光の波長を制御できることがわかる。
【0049】
図2(B)に示すような交互積層構造を有する光学素子10の場合、繰り返し層数q、高分子支持層12の屈折率nTR、液晶高分子層11の屈折率nLQ、基板13の屈折率nsと、反射率Rとの間には、下記の数式(2)で表される関係が成り立つ。なお、数式(2)において、naはnTRおよびnLQのうち値の大きな方、nbは両者のうち値の小さな方をそれぞれ表す。nLQは配向状態と非配向状態において変化するが、そのうちいずれか一方の値とnTRの値とが等しいとき、数式(2)においてR=0となるため、反射光による光学素子10の着色のコントラストを最大にすることができる。
【0050】
【数2】

【0051】
このようにして得られる光学素子10は、フォトンモードによる情報の書き込みおよび読み出しが可能な光情報記録媒体、ホログラム記録媒体、表示材料、光シャッター等への応用が可能である。
【実施例】
【0052】
(1)モノマーMAz6Acの合成
【0053】
下記のスキームにしたがい、アゾベンゼン骨格を含むモノマーMAz6Acを合成した。
【0054】
【化7】

【0055】
p-メトキシアニリン (20 g)を4N 塩酸水溶液 (50 ml)に溶解した水溶液に亜硝酸ナトリウム (11.2 g)を水40 mlに溶解した水溶液を氷冷下で加えた。この水溶液を3N 水酸化ナトリウム水溶液 (65 ml)に溶解したフェノール(13.7 g)へ氷冷下で滴下により加え、pHが10〜11になるまで3N水酸化ナトリウム水溶液を加えた。さらに室温で4時間撹拌しながら反応させた後、反応溶液が酸性になるまで4N 塩酸水溶液を加え、生じた沈殿をろ過して回収し、ろ液が中性になるまで沈殿物を水で洗浄しMAzOHを得た。(収量28.0g, 収率85.4%, 元素分析:計算値;C:68.41%, H:5.30%, N:12.27%, 測定値;C:67.75%, H:5.35%, N:14.31%, m.p.138 ℃)
【0056】
MAzOH (27 g), 水酸化カリウム (16.4 g), 6-クロロ-1-ヘキサノール (16.2 g), ヨウ化カリウム(0.2g)をジメチルホルムアミド (300 ml)に溶解し、100 °Cで72時間撹拌しながら還流して反応を行った後、反応液を多量の水に注ぎ、生じた沈殿をメタノールで再結晶し、MAz6OHを得た。(収量18g, 収率46.2%, 元素分析:計算値;C:69.49%, H:7.37%, N:8.53%, 測定値;C:69.08%, H:7.27%, N:8.61%, m.p.125 ℃)
【0057】
MAz6OH (17 g), N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(11.2g), N,N-ジメチル-4-アミノピリジン(1.1g)をジクロロメタン (250 ml)に溶解し、アクリル酸 (4.6g)を加え、室温で72時間撹拌して反応させた後不溶物を取り除き、0.5N 炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。有機相を硫酸マグネシウムで乾燥し、エバポレーターで溶媒を除去して得られた粗生成物をメタノール:テトラヒドロフラン=1:2の溶媒で再結晶し、MAz6Acを得た。(収量10.8 g, 収率53%, 元素分析:計算値;C:69.09%, H:6.85%, N:7.32%, 測定値;C:69.07%, H:7.01%, N:7.34%, m.p.82 ℃, 1H-NMR(CDCl3,δ): 6.95-7.90 (m, 8H, aromatic), 6.37-6.46, 5.78-5.84 (d, 2H, CH2=CH), 6.08-6.18 (m, 1H, CH2=CH), 4.12-4.24 (t, 2H, OCH2), 4.00-4.10 (t, 2H, OCH2), 3.9 (s, 3H, ArOCH3), 1.42-2.19 (m, 8H, CH2(CH2)4CH2), FT-IR (ATR, cm-1): 2942, 2865 (CH2), 1716 (-C=O), 1631 (C=C).)
【0058】
(2)液晶高分子の合成
上記(1)で合成したMAz6Acとメソゲン基である4’−メトキシビフェニル基側鎖官能基として有するアクリル酸エステルモノマーMB6Ac(下式参照)をDMF(10mL)に溶解し、AIBN(10mg)を加え脱気後、60℃で48時間反応させた。反応液をメタノールに注ぎ、生じた沈殿を回収した。得られた液晶高分子の分子量は下記のとおりであった。
【0059】
【化8】

【0060】
【表1】

【0061】
(3)液晶高分子層の形成
上記(2)で合成した液晶高分子(実施例1〜3)をシクロヘキサノンに溶解(3重量%)し、ガラス基板上にスピンコーティング(3000rpm、40秒)し、液晶高分子層を形成した。その後、80℃で10分間アニーリングを行った。アニーリング前後の吸収スペクトル(入射角0°および40°で測定した。)を、図3〜図5に示す。図3〜5のいずれの場合においても、アニーリング前の吸収スペクトルの波形は、入射角0°および40°の両者について同一であり、光路長の延長に伴う吸光度の増大が、入射角40°の場合について観測された。このことから、アニーリング前の高分子液晶層において、側鎖官能基は等方的(ランダム)に配列していることがわかる。
【0062】
一方、図3〜5のいずれの場合においても、アニーリング後の吸収スペクトルの波形は、アニーリング前のものと異なっており、全波長にわたって吸光度の減少が観測されたと共に、300〜400nmの吸収帯において、入射角40°の場合におけるピーク波長が入射角0°の場合におけるそれよりも短波長側にシフトしていることが見いだされた。このことから、アニーリング後の液晶高分子層において、アゾ基を含む側鎖官能基が厚さ方向に直立した状態で配向していることが確認された。
【0063】
実施例1〜3で合成した液晶高分子を用いて作製したアニーリング後の液晶高分子層に可視光(436nm)を照射した場合の吸収スペクトルの変化を図6〜8に示す。照射時間の増大と共に、アニーリング前と同様のスペクトルに変化いることから、可視光の照射によるアゾベンゼン骨格のtrans体からcis体への異性化に伴い、側鎖官能基が配向状態から非配向状態へ変化していることがわかる。この状態の液晶高分子層に紫外光および可視光を繰り返し照射しても、吸収スペクトルに顕著な変化は認められなかったが、再度アニーリング処理を行うと、側鎖官能基を配向状態に変化させることができた。
【符号の説明】
【0064】
10 光学素子
11 液晶高分子層
12 高分子支持層
13 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の式(I)で表される繰り返し単位を有することを特徴とする液晶高分子。
【化1】

式(I)において、
1およびR2は、両者共に水素原子(H)、あるいは一方がメチル基(CH3)で他方が水素原子のいずれかであり、
pおよびqは、それぞれ独立して、6、8、9、10および12からなる群より選択されるいずれかの整数であり、
3は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基であり、
4は、可視光領域に吸収帯を有しないメソゲン基を表し、
mおよびnは、それぞれ自然数であり、両者の間には、
3≦(m+n)≦1000、および
0.1≦m/(m+n)≦0.95なる関係が成立する。
【請求項2】
前記R4が、下記の式(II)〜(VI)で表される官能基からなる群より選択されるいずれかの官能基であることを特徴とする請求項1記載の液晶高分子。
【化2】

式(II)〜(VI)において、
5は、水素原子(H)、シアノ基(CN)、ニトロ基(NO2)、炭素数1〜10のアルキル基、および炭素数1〜10のアルコキシル基からなる群より選択されるいずれかの官能基である。
【請求項3】
前記R3が、水素原子(H)、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基であることを特徴とする請求項1または2記載の液晶高分子。
【請求項4】
前記R5が、水素原子(H)、シアノ基(CN)、メトキシ基(OCH3)およびエトキシ基(OC25)からなる群より選択されるいずれかの官能基であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の液晶高分子。
【請求項5】
前記式(I)においてp=qであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の液晶高分子。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項記載の液晶高分子を含み、光照射および加熱処理のいずれか一方または双方により、前記液晶高分子の側鎖官能基の配列を配向状態と非配向状態の両者の間で可逆的に制御可能である、1または複数の薄膜状の液晶高分子層を有することを特徴とする光学素子。
【請求項7】
前記1または複数の液晶高分子層と交互積層され、前記液晶高分子の側鎖官能基が配向状態を取る場合に該側鎖官能基を所定の方向に配向させる透明高分子を含み、透光性を有する高分子支持層をさらに有することを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項8】
前記高分子支持層の屈折率が、前記液晶高分子の側鎖官能基が配向状態または非配向状態を取る場合における前記液晶高分子層の屈折率とほぼ等しいことを特徴とする請求項7記載の光学素子。
【請求項9】
前記透明高分子がポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項7または8記載の光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−77228(P2012−77228A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225087(P2010−225087)
【出願日】平成22年10月4日(2010.10.4)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】