説明

新規な血管新生調節因子の利用

【課題】新規な血管新生調節因子の利用を提供する。
【解決手段】本発明に係る血管新生調節剤は、Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新生血管の内皮細胞に発現する新規な血管新生調節因子の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
血管新生とは、動物において、既存の毛細血管等から血管内皮細胞が遊走、増殖し、管腔形成によって新しい血管脈が生成される現象である。一般に、胎児期から成長期において血管新生は盛んに行われるが、成長期を過ぎると血管新生は比較的局限的に行われ、例えば、損傷の治癒、及び炎症の修復等において重要な役割を担っているとされる。また、ある種の疾患には、血管新生が深く関与していることも報告されている。
【0003】
例えば、先進国における主要な失明原因である加齢黄斑変性及び糖尿病性網膜症では、無秩序な血管新生により網膜が不可逆的な変性をきたしていることが報告されている。また、ある種の癌では血管新生が病態の進展に深く関与することが報告されている。すなわち、血管新生が適切に行われることは、損傷及び疾患の予防並びに治療に極めて重要である。
【0004】
血管新生が関与するこれらの疾患に対して、Vascular Endothelial Growth Factor (VEGF:血管内皮成長因子)を標的とした薬剤が開発され、2010年には当該薬剤の市場規模は100億ドルに達している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】CATT Research Group, Martin DF, Maguire MG, Ying GS, Grunwald JE, Fine SL, Jaffe GJ. Ranibizumab and bevacizumab for neovascular age-related macular degeneration. N Engl J Med. 364:1897-1908, 2011.
【非特許文献2】Tolentino M. Systemic and Ocular Safety of intravitreal anti-VEGF therapies for ocular neovascular diseases. Surv Ophthalmol. 56:95-113, 2011.
【非特許文献3】Ogita H, Kunimoto S, Kamioka Y, Sawa H, Masuda M, Mochizuki N. EphA4-mediated Rho activation via Vsm-RhoGEF expressed specifically in vascular smooth muscle cells. Circ Res. 93:23-31, 2003.
【非特許文献4】Margolis SS, Salogiannis J, Lipton DM, Mandel-Brehm C, Wills ZP, Mardinly AR, Hu L, Greer PL, Bikoff JB, Ho HY, Soskis MJ, Sahin M, Greenberg ME. EphB-mediated degradation of the RhoA GEF Ephexin5 relieves a developmental brake on excitatory synapse formation. Cell. 143:442-455, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述のような抗VEGF療法は一定の成功を示す一方で、不十分な血管新生阻害効果、治療後の再発及び増悪、健常な血管及び神経組織への副作用などの問題点が生じる場合があり(非特許文献1〜2参照)、かつ高額な薬剤費による経済的負担の問題点もある。そこで、抗VEGF療法を代替又は補完する、新たな血管新生阻害薬の開発に対する社会的要請が高まっている。
【0007】
本願発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、新生血管の内皮細胞に発現する新規な血管新生調節因子の利用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、VEGFに代わる新規な血管新生調節因子として、新生血管に選択的に発現し、かつ血管新生の制御に深く関与する標的分子の探索を行った。その結果、Arhgef15タンパク質が新規な血管新生調節因子であることを見出し、本願発明に想到するに至った。
【0009】
なお、非特許文献3には、血管平滑筋細胞に発現するArhgef15(別名Vsm-RhoGEF)タンパク質がチロシンキナーゼ型受容体EphA4によりリン酸化され、低分子量Gタンパク質RhoAを活性化することが記載されている。また、非特許文献4には、シナプス後神経細胞の樹状突起に発現するArhgef15(別名Ephexin5)タンパク質は、RhoAを活性化することによりシナプス形成を抑制するが、EphB2受容体シグナルによりリン酸化されたEphexin5がユビキチン化されることにより変性する結果、シナプス形成が促進されることが記載されている。しかし、何れの文献にも、Arhgef15タンパク質と血管新生との関係について記載も示唆もなされていない。
【0010】
すなわち、本発明は、上記の課題を解決するために以下のものを提供する。
1)Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを含有する血管新生調節剤。
2)上記1)に記載のArhgef15タンパク質をコードするポリヌクレオチド、又は上記部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有する血管新生調節剤。
3)上記何れかのポリヌクレオチドを含むベクターの形態である2)に記載の血管新生調節剤。
4)Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドが有する血管新生促進活性を調節する因子を含む血管新生調節剤。
5)上記因子は、Arhgef15タンパク質が有する上記血管新生促進活性を阻害するポリヌクレオチドである4)に記載の血管新生調節剤。
6)上記1)から5)の何れかに記載の血管新生調節剤を有効成分として含む、血管新生関連疾患用医薬。
7)血管新生関連疾患が、悪性腫瘍、加齢黄斑変性、糖尿病性網膜症、未熟児網膜症、又は網膜静脈閉塞症である6)に記載の血管新生関連疾患用医薬。
8)上記6)又は7)に記載の血管新生関連疾患用医薬の有効量を投与対象に投与する工程を含む、血管新生関連疾患の治療又は予防の方法。
9)Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを発現する細胞と、候補化合物とを接触させる接触工程と、次いで、Arhgef15タンパク質、又は上記部分ペプチドの発現量の変化又は血管新生促進活性の変化を評価する評価工程と、を含む、血管新生調節剤のスクリーニング方法。
10)非ヒト動物に対し候補化合物を投与する投与工程と、次いで、上記非ヒト動物におけるArhgef15タンパク質の発現量の変化、又は血管新生を評価する評価工程と、を含む、血管新生調節剤のスクリーニング方法。
11)Arhgef15タンパク質の発現量、及び/又は、Arhgef15タンパク質をコードする遺伝子上の変異を指標にする、血管新生関連疾患の素因の検査方法。
12)上記1)から3)の何れかに記載の血管新生調節剤、又は、4)に記載の血管新生調節剤のうち血管新生促進活性を向上させるものを、培養培地中において細胞の集合体と共存させる工程と、次いで、上記細胞の集合体を培養培地中で培養して、培養培地中において血管を形成する工程と、を含む血管の形成方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、新生血管の内皮細胞に発現する新規な血管新生調節因子の利用を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施例に関するものであり、新生血管内皮細胞に発現する遺伝子の同定のプロセス及び同定の結果を示す図である。
【図2】本発明の他の実施例に関するものでありjn situ hybridization法により、胎仔および新生仔マウスの血管発生、さらに虚血性網膜症モデルマウスの病的血管新生において、Arhgef15遺伝子が内皮細胞に限局して発現することを示す図である。
【図3】本発明のさらに他の実施例に関するものであり、活性型Cdc42タンパク質または活性型RhoJタンパク質とArhgef15タンパク質との相互作用を見るためのプルダウンアッセイの結果を示す図である。
【図4】本発明のさらに他の実施例に関するものであり、RhoJ遺伝子およびArhgef15遺伝子を導入して共発現させた後に免疫沈降アッセイを行った結果を示す図である。
【図5】本発明のさらに他の実施例に関するものであり、Arhgef15遺伝子またはCdc42遺伝子をノックダウンをした細胞を、VEGFまたはSema3Eで刺激するか刺激しない条件で、顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図6】本発明のさらに他の実施例に関するものであり、VEGF刺激による、Arhgef15タンパク質のリン酸化アッセイの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
本明細書において使用される用語は、特に言及する場合を除いて、当該分野で通常用いられる意味で用いられる。以下に本明細書で用いられる用語について説明する。
【0015】
「血管新生」とは、既存の血管から血管内皮細胞が出芽し、組織に進入する形で毛細血
管が形成される現象を意味する。形成過程は、1)プロテアーゼによる血管基底膜の消化、2)血管内皮細胞の遊走・増殖、3)管腔形成の順に進行する。一方、「血管の形成」とは、既存の血管の存在を前提とする血管新生より広義の概念である。
【0016】
「血管新生調節因子」とは、当該因子が非存在な場合と比較して、血管新生を促進する、又は抑制する因子であって、Arhgef15タンパク質、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチド、及びこれらをコードするポリヌクレオチド以外のものを総称する。血管新生調節因子のうち、血管新生を促進する因子のみを指す場合は「血管新生促進因子」と称し、血管新生を抑制する因子のみを指す場合には「血管新生抑制因子、又は血管新生阻害因子」と称する場合がある。
【0017】
「Arhgef15タンパク質」の具体的な一例は、非特許文献3及び4等に記載されているRho グアニンヌクレオチド交換因子15である。Arhgef15タンパク質は、ヒト、マウス、ウシ、ブタ、サル等でその存在が確認されており、例えば、ヒト由来の野生型のArhgef15タンパク質の全長アミノ酸配列は、アクセッション番号NP_079290.1およびNP_776089.2としてGenBankに登録されている(配列番号1)。本発明において「Arhgef15タンパク質」とは、Arhgef15タンパク質、血管新生促進活性を維持した(或いはRho グアニンヌクレオチド交換活性を維持した)そのバリアント、並びにこれらのホモログを意図する。なお、Arhgef15タンパク質は、Vsm-RhoGEFタンパク質、Ephexin5タンパク質、E5タンパク質、FLJ13791タンパク質、KIAA0915タンパク質、MGC44868タンパク質、等として報告されている場合もある(非特許文献3及び4等)。
【0018】
「Arhgef15タンパク質」の具体的な他の例としては、ヒト由来の野生型のArhgef15タンパク質(上記アクセッション番号NP_079290.1およびNP_776089.2)を基準として、アミノ酸配列が70%以上の同一性を示し血管新生促進活性を有するものが挙げられ、好ましくは80%以上の同一性を示し血管新生促進活性を有するものが、より好ましくは90%以上の同一性を示し血管新生促進活性を有するものが、さらに好ましくは95%以上の同一性を示し血管新生促進活性を有するものが挙げられる。なお、Arhgef15タンパク質間において、PH-DHドメイン(Pleckstrin homology-Dbl homologyドメイン:参考文献(Circ. Res. 93,23-31(2003))は高度に保存されていることが好ましい。
【0019】
「血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチド」とは、例えば、Arhgef15タンパク質のPH-DHドメインを含んだ部分ペプチドを指す。PH-DHドメインは、Arhgef15タンパク質のグアニンヌクレオチド交換因子としての活性(GEF活性)を示す部分で、血管新生促進活性に寄与していると推定される(実施例も参照)。ヒト由来の野生型のArhgef15タンパク質(上記アクセッション番号NP_079290.1およびNP_776089.2(配列番号1))が含むPH-DHドメインを基準とした場合、GEF活性を示す限りアミノ酸の相違が許容される。許容されるアミノ酸の相違は、好ましくは10%以下(アミノ酸20個〜30個程度以下)であり、より好ましくは5%以下(アミノ酸10〜15個程度以下)であり、より好ましくは2%以下(アミノ酸5〜6個程度以下)である。なお、ここでアミノ酸の相違とは、同一生物間での変異(挿入、欠失、置換、及び/又は付加)の他、異種生物間でのアミノ酸の相違を指す。なお、「Arhgef15タンパク質の部分ペプチド」の定義には、「Arhgef15タンパク質」自体は含まれない。ただし、ここで説明したPH-DHドメインに許容されるアミノ酸の相違は、Arhgef15タンパク質にも適用される。
【0020】
なお、配列番号1において、DHドメインは421番目〜597番目のアミノ酸に対応し、PHドメインは635番目〜744番目のアミノ酸に対応する。すなわち、Arhgef15タンパク質のPH-DHドメインの一例は、配列番号1における421番目〜744番目のアミノ酸に対応する領域である。
【0021】
「Arhgef15タンパク質をコードするポリヌクレオチド」とは、上記説明の「Arhgef15タンパク質」をコードしている。また、「血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドをコードするポリヌクレオチド」とは、上記説明の「血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチド」をコードしている。
【0022】
「ポリヌクレオチド」の概念には、mRNA、cRNA等のRNA分子、又は、ゲノムDNA、cDNA等のDNA分子が含まれている。ポリヌクレオチドは一本鎖であっても、二本鎖であってもよい。ポリヌクレオチドはコード領域以外に付加配列を含んでいてもよい。付加配列には、転写・翻訳等の制御配列(例えばUTR領域、プロモータ配列、エンハンサ配列)、マーカー又はタグタンパク質をコードする配列等が挙げられる。なお、本発明においては、ポリヌクレオチドのうち天然に存在するものを特に遺伝子と称する場合がある。
【0023】
上記ポリヌクレオチドの一例として、ヒト由来の野生型のArhgef15タンパク質をコードするcDNAは、アクセッション番号NM_173728.3およびNM_025014.1としてGenBankに登録されている(配列番号2)。
【0024】
「血管新生調節剤」とは、上記血管新生調節因子、Arhgef15タンパク質、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチド、並びに、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも一つを含む剤である。血管新生調節剤のうち、血管新生を促進する剤のみを指す場合は「血管新生促進剤」と称し、血管新生を抑制する剤のみを指す場合には「血管新生抑制剤、又は血管新生阻害剤」と称する場合がある。
【0025】
「血管新生関連疾患」としては、動脈硬化、高血圧、狭心症、閉塞性動脈硬化症、心筋
梗塞、脳梗塞、糖尿病性血管障害、血管奇形、アテローム性動脈症等の血管性疾患;肝炎、肺炎、糸球体腎炎、甲状腺炎、骨髄炎、滑膜炎、骨破壊、軟骨破壊、リウマチ、喘息、サルコイドーシス、クロウー深瀬症候群、パンヌス、アレルギー性浮腫、潰瘍、腹水、腹膜硬化、組織癒着等の炎症性疾患;糖尿病性網膜症、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性、未熟児網膜症等の眼内血管新生性疾患;子宮機能不全、胎盤機能不全、卵巣機能過亢進、濾胞性嚢胞等の生殖器官系疾患;脳卒中、血管性痴呆、アルツハイマー病等の中枢神経系疾患;固形癌、血管腫、血管内皮腫、肉腫、カポシ肉腫及び造血器腫瘍等の悪性新生物(悪性腫瘍);等が例示される。
【0026】
「血管新生関連疾患の治療」とは、血管新生関連疾患に特有の症状が顕在化している状態のヒト又は動物に対して、当該症状を軽減、緩和又は消失させるため採られる医学的な処置を指す。治療の範疇には、ヒト又は動物に対する血管新生調節剤(又は血管新生関連疾患用医薬)の投与が含まれる。なお、上記の動物とは、哺乳動物が好ましい。
【0027】
「血管新生関連疾患の予防」とは、血管新生関連疾患に特有の症状が顕在化する以前の状態のヒト又は動物に対して、当該症状の顕在化を阻止又は遅延させるため採られる医学的な処置を指す。予防の範疇には、ヒト又は動物に対する、血管新生調節剤(又は血管新生関連疾患用医薬)の投与が含まれる。なお、上記の動物とは、哺乳動物が好ましい。
【0028】
「医薬」とは、血管新生関連疾患の治療、及び/又は、予防に用いられる剤を総称する。
【0029】
「血管新生関連疾患の素因」とは、血管新生関連疾患の発病し易さの指標となる、Arhgef15タンパク質をコードする遺伝子上の素因を指す。当該遺伝子上の素因は、コードするArhgef15タンパク質の発現を抑制又は促進する、Arhgef15タンパク質の活性を阻害又は向上する、等の作用を引き起こす事で、血管新生関連疾患の発病し易さに関与する。
【0030】
〔1.血管新生調節剤〕
本発明に係る「血管新生調節剤」の例示は、以下の1)〜3)に示す何れかであり、中でも以下の2)又は3)に示すものが好ましい。なお、「血管新生調節剤」は、後述する「血管新生関連疾患用医薬」と同様の手法で製剤化することが可能である。
【0031】
上記血管新生調節剤の用途は、血管新生の促進又は抑制に関る用途であれば特に限定されず、例えば、血管新生関連疾患用医薬、生体外における血管新生誘導剤(例えば、再生医療用途で作製される組織中での血管新生誘導)、血管新生調節用の試薬及びキットの一構成、等が挙げられる。
【0032】
なお、血管新生調節剤を一構成として含むキットを構成する場合、当該キットは、例えば、キットの使用説明書、バッファー、細胞又は組織培養用の培地、試験管、試験用ウェルプレート、マイクロピペット等の構成を任意に含みうる。
【0033】
1)Arhgef15タンパク質関連の剤
この剤の範疇には、Arhgef15タンパク質を含有する血管新生調節剤、並びに、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを含有する血管新生調節剤が包含される。この血管新生調節剤は、血管新生促進剤として機能し、後述する血管新生関連疾患用医薬の一構成成分(有効成分)となる。
【0034】
2)Arhgef15タンパク質をコードするポリヌクレオチド関連の剤
この剤の範疇には、Arhgef15タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有する血管新生調節剤、並びに、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有する血管新生調節剤が包含される。この血管新生調節剤は、血管新生促進剤として機能し、後述する血管新生関連疾患用医薬の一構成成分(有効成分)となる。
【0035】
この剤は、細胞のトランスフェクションがより容易であるという観点から、上記何れかのポリヌクレオチドを発現可能に含むベクターの形態であることがより好ましい。ここで、ベクターの種類は特に限定されず、宿主の種類等に応じて適宜決定すればよいが、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター(好ましくはアデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター等)等が挙げられる。なお、血管新生関連疾患用医薬としてより好適なベクター(治療用ベクター)に関しては後述する。
【0036】
ベクターを、細胞へ導入する方法も特に限定されないが、例えば、電気穿孔法(Nucleic,Acids Res.15,1311-1326(1987))、リン酸カルシウム法(Mol.Cell Biol. 7,2745-2752(1987))、リポフェクション法(Cell 7,1025-1037(1994);Lamb,Nature Genetics 5,22-30(1993))などが挙げられる。
【0037】
3)Arhgef15タンパク質を直接又は間接のターゲットとする剤
この剤の範疇には、Arhgef15タンパク質が有する血管新生促進活性を調節する因子(血管新生調節因子)を含む剤、及び、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドが有する血管新生促進活性を調節する因子(血管新生調節因子)を含む剤、が包含される。この血管新生調節剤は、血管新生調節因子が血管新生を促進する場合は血管新生促進剤として機能し、血管新生を抑制する場合は血管新生抑制剤として機能する。いずれの場合も、後述する血管新生関連疾患用医薬の一構成成分(有効成分)となる。
【0038】
上記血管新生調節因子は、例えば、Arhgef15タンパク質の活性を調節するタンパク質であり、当該活性を調節する低分子化合物であり、当該活性を調節するポリヌクレオチドでありうる。これらの中では、低分子化合物、又はポリヌクレオチドが好ましい。なお、剤にポリヌクレオチドが含まれる場合は、上記2)と同様に当該ポリヌクレオチドを発現可能に含むベクターの形態であることが好ましい。
【0039】
なお、上記ポリヌクレオチドとしては、shRNA、siRNA、microRNA等のRNAi用のポリヌクレオチド;Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドをコードする遺伝子に対するアンチセンスRNA;等が挙げられ、これらは何れも血管新生阻害因子として機能する。
【0040】
〔2.血管新生関連疾患用医薬、及び治療方法等〕
(血管新生関連疾患用医薬)
本発明に係る「血管新生関連疾患用医薬」は、上記何れかの「血管新生調節剤」を有効成分として含むものである。
【0041】
血管新生調節剤として血管新生抑制剤を含む医薬は、血管新生関連疾患の中で、病的血管新生が起こることにより症状が重篤になり得る疾患の予防剤又は治療剤として使用することができる。対象となる血管新生関連疾患としては、血管性疾患、炎症性疾患、眼内血管新生性疾患、生殖器官系疾患、中枢神経系疾患又は悪性新生物(悪性腫瘍)等が挙げられる。これら疾患の中でも、悪性腫瘍、加齢黄斑変性、糖尿病性網膜症、未熟児網膜症、又は網膜静脈閉塞症が好ましい対象である。
【0042】
一方、血管新生調節剤として血管新生促進剤を含む医薬は、血管新生関連疾患の中で、血管新生が誘導されることで症状が軽減し得る疾患の予防剤又は治療剤として使用することができる。対象となる血管新生関連疾患としては、損傷の治癒、炎症の修復、虚血性心疾患、末梢性血管疾患、動脈硬化等が挙げられる。
【0043】
なお、血管新生関連疾患用医薬は、血管新生調節剤を一構成成分として含む薬学的組成物として構成されるものであってもよい。
【0044】
上記薬学的組成物を構成する血管新生調節剤以外の成分は特に限定されず、例えば、薬学的に許容される担体、潤滑剤、保存剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、浸透圧調整用の塩類、緩衝剤、着色剤、香味料、甘味料、抗酸化剤、粘度調整剤、等と混合することができる。また、必要に応じて、抗VEGF剤等を、上記薬学的組成物の一構成として加えて複合剤を構成してもよい。
【0045】
上記薬学的に許容される担体は、特に限定されないが、担体であって、血管新生調節剤と同時投与された場合に血管新生調節剤の機能を実質的に阻害せず、かつ、医薬の投与対象となるヒト又は動物に対して実質的な悪影響を及ぼさないという性質を備えることが好ましい。
【0046】
上記担体としては、この分野で従来公知のものを広く使用でき、具体的には、例えば、水、各種塩溶液、アルコール、植物油、ポリエチレングリコール、ゼラチン、ラクトース、アミロース、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ケイ酸、パラフィン、脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、ヒドロキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等が挙げられるが、特にこれらに限定されない。担体の種類は、薬学的組成物の剤型、薬学的組成物の投与方法、等に応じて、適宜選択すればよい。
【0047】
上記薬学的組成物の剤型も特に限定されず、例えば、錠剤、丸剤、散剤、液剤(点眼剤を含む)、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、坐剤、注射剤等が挙げられ、好ましくは注射剤、液剤(点眼剤を含む)又は経口投与用の剤型である。
【0048】
また、本発明に係る血管新生関連疾患用医薬は、遺伝子製剤でありえる。遺伝子製剤は、治療有効成分たる上記ポリヌクレオチドを、注射によりヒト又は動物に直接投与する形態のものであってもよく、或いは、当該ポリヌクレオチドが組み込まれたベクターを、注射によりヒト又は動物に直接投与する形態のものであってもよい。さらには、当該ポリヌクレオチド又はベクターを、ヒト又は動物から取り出した細胞に導入して、導入後の細胞をヒト又は動物の体内に戻す方法(ex vivo法)も採用可能である。また、上記ベクターは、特に限定されないが、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター等、遺伝子治療に適用可能なベクターが挙げられる。なお、RNAi用のポリヌクレオチドを用いる場合は、RNAi用ベクターの使用が好ましい。なお、上記遺伝子製剤はリポソーム製剤であってもよい。
【0049】
上記遺伝子製剤を構成する上記ベクターには、治療有効成分たる上記ポリヌクレオチドを血管内皮細胞に特異的に発現させる発現調節配列が組み込まれていることが好ましい。ここで、発現調節配列とは、例えば、プロモータ又はエンハンサであり、より具体的には、Tie2プロモーター/エンハンサー(Proc. Natl. Acad. Sci. 94, USA. 3058-3063(1997))、 VE-cadherinプロモーター/エンハンサー(Blood. 105,4657-4663(2995))等が挙げられる。
【0050】
(血管新生関連疾患の治療方法、予防方法)
本発明に係る血管新生関連疾患の治療方法、及び予防方法は、上記の血管新生関連疾患用医薬の有効量を投与対象に投与する工程を含む。
【0051】
血管新生関連疾患用医薬の投与方法は特に限定されず、経口投与、静脈内又は動脈内への血管内投与、腸内投与といった手法により全身投与されてもよく、経皮投与、舌下投与、眼内投与といった手法により局所投与されてもよい。
【0052】
血管新生関連疾患用医薬の投与量(治療有効量)は、投与対象となる上記ヒト又は動物の年齢、性別、症状、投与経路、投与回数等に応じて適宜設定すればよい。また、必要であれば、血管新生関連疾患用医薬を用いたインビボアッセイを事前に行い、過度の実験を要することなく上記投与量を決定することができる。
【0053】
血管新生関連疾患用医薬の投与回数も治療又は予防効果が得られる限り特に限定されず、例えば、血管新生関連疾患用医薬の種類、投与量、投与経路、症状、ヒト又は動物の年齢や性別に応じて適宜設定すればよい。
【0054】
(治療又は予防の対象となるヒト又は動物)
治療又は予防の対象は、特に限定されないが、ヒトを含む哺乳動物が好ましい。哺乳動物の種類は特に限定されないが、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物(ペット);ウシ、ウマ等の家畜;ヒト;が挙げられ、特に好ましくはヒトである。
【0055】
〔3.スクリーニング方法〕
(スクリーニング方法(1))
本発明に係る血管新生調節剤のスクリーニング方法の一例は、
Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを発現する細胞と、候補化合物とを接触させる接触工程と、次いで、
Arhgef15タンパク質、又は上記部分ペプチドの発現量の変化又は血管新生促進活性の変化を評価する評価工程と、を含む方法である。
【0056】
上記接触工程は、血管新生調節剤を実質的に含まない培地中で、候補化合物の存在下、上記細胞を培養しながら行うことができる。ここで、細胞としては、Arhgef15タンパク質を内生的に(endogenous)発現する細胞を用いてもよいが、Arhgef15タンパク質又は上記部分ペプチドを恒常的に発現するように、これらをコードするポリヌクレオチドで形質転換された細胞がより好ましい。また、上記候補化合物の種類は特に限定されないが、低分子化合物であることが好ましい。
【0057】
上記評価工程は、上記候補化合物が非存在な場合を基準にして、Arhgef15タンパク質又は上記部分ペプチドの発現量が変化したかどうか、又は血管新生促進活性が変化したかどうかを評価する。ここで、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドの発現量は、タンパク質等を定量して把握してもよく、これらタンパク質等をコードする遺伝子の発現量を検出して把握してもよい。
【0058】
上記評価工程において、Arhgef15タンパク質又は上記部分ペプチドの発現量を増加させる、又は血管新生促進活性を増強する候補化合物は、血管新生促進剤の候補として選択される。他方で、Arhgef15タンパク質又は上記部分ペプチドの発現量を減少させる、又は血管新生促進活性を抑制する候補化合物は、血管新生抑制剤の候補として選択される。
【0059】
(スクリーニング方法(2))
本発明に係る血管新生調節剤のスクリーニング方法の他の例は、
非ヒト動物に対し候補化合物を投与する投与工程と、次いで、
上記非ヒト動物におけるArhgef15タンパク質の発現量の変化、又は血管新生を評価する評価工程と、を含む方法である。
【0060】
上記投与工程における投与の方法は特に限定されず、非ヒト動物に対して、例えば、経口投与、静脈内又は動脈内への血管内投与、腸内投与といった手法により全身投与されてもよく、経皮投与、舌下投与、眼内投与といった手法により局所投与されてもよい。
【0061】
上記評価工程は、上記候補化合物が非存在な場合を基準にして、非ヒト動物においてArhgef15タンパク質の発現量が変化したかどうか、又は、血管新生が促進又は抑制されたかを評価する。
【0062】
評価工程において、Arhgef15タンパク質の発現量が変化したかを指標にする場合、当該タンパク質を定量して把握してもよく、これらタンパク質等をコードする遺伝子の発現量を検出して把握してもよい。一方、評価工程において血管新生が促進又は抑制されたかを評価する場合は、例えば、上記非ヒト動物から採取した組織を観察すればよい。
【0063】
なお、上記非ヒト動物としては、Arhgef15遺伝子を内生的に(endogenous)発現するものを用いてもよいが、Arhgef15遺伝子がノックアウトされた動物、Arhgef15遺伝子にその発現が減少又は増加するような遺伝子変異が導入された動物、等を用いてもよい。これら遺伝子変異が加えられた非ヒト動物は、血管新生関連疾患のモデル動物として利用可能である。
【0064】
(予備的スクリーニング)
本発明に係るスクリーニング方法で試験される上記候補化合物は、例えば、以下に示す予備的スクリーニングを行って、予め絞り込んでおく事もできる。
【0065】
予備的スクリーニングの一例は、
(I)Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドと、被検物質とを接触させる工程、及び、
(II)工程(I)の後、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドと被検物質との結合を検出し、結合が検出された被検物質を、血管新生調節剤の候補化合物として選択する工程、を含む方法が挙げられる。
【0066】
上記工程(I)は、例えば、タンパク質本来の機能を妨げない溶液(リン酸バッファー化生理的食塩水(PBS)、HEPESバッファー、Trisバッファー等)中で、適切な反応条件の下、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドと被検物質とを反応させることにより行なうことができる。また、工程(II)は、生体分子の相互作用検出に利用可能な各種の方法により行うことができる。
【0067】
また、予備的スクリーニングの他の例としては、
(I)Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドに対して結合性を示す結合物質の存在下、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドと、被検物質とを接触させる工程、及び、
(II)工程(I)の後、上記結合物質と、Arhgef15タンパク質又はその部分ペプチドとの結合量の変化を検出する工程、を含む方法が挙げられる。
【0068】
(スクリーニング方法の応用)
上記のスクリーニング方法は、血管新生調節剤、又は血管新生関連疾患用医薬の評価方法として利用することもできる。
【0069】
〔4.疾患の素因の検査方法〕
本発明に係る血管新生関連疾患の素因の検査方法は、Arhgef15タンパク質の発現量、及び/又は、Arhgef15タンパク質をコードする遺伝子上の変異を指標にして素因の有無を検査する。
【0070】
Arhgef15タンパク質の発現量を指標にする場合、例えば、複数の健常者(血管新生関連疾患に罹病していない者)におけるArhgef15タンパク質の発現量を基準値とし、検査対象者におけるArhgef15タンパク質の発現量と比較する。比較の結果、検査対象者におけるタンパク質の発現量が上記基準値の範囲内ならば、血管新生関連疾患の遺伝的な素因なしと判定し、基準値の範囲外ならば血管新生関連疾患の遺伝的な素因ありと判定する。
【0071】
なお、Arhgef15タンパク質の発現量は、当該タンパク質を定量して把握してもよく、当該タンパク質等をコードする遺伝子の発現量を検出して把握してもよい。
【0072】
一方、Arhgef15タンパク質をコードする遺伝子(Arhgef15遺伝子)上の変異を指標にする場合は、検査対象者から遺伝子サンプルを取得し、Arhgef15遺伝子を、ダイレクトシーケンス、又は各種遺伝子変異の検出(Invader法、TaqMan法等)に供して、重要な遺伝子上の変異の有無を検査する。検査の結果、重要な遺伝子上の変異が無ければ素因なし、当該変異があれば素因ありと判定する。
【0073】
〔5.生体外での血管の形成方法〕
本発明に係る血管新生調節剤のうち血管新生促進剤は、生体外における血管の形成に利用することができる。
【0074】
生体外での血管の形成法は、例えば、
Arhgef15タンパク質、血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチド、これらをコードするポリヌクレオチド(ベクター組み込みのものでもよい)、又は、その他の血管新生促進剤を、培養培地中において細胞の集合体と共存させる工程と、次いで、
細胞の集合体を培養培地中で培養して、培養培地中において血管を形成する工程と、を含んでなる。
【0075】
ここで、細胞の集合体とは、血管前駆細胞を含む又は血管前駆細胞を誘導可能な集合体であればよく、例えば、ES細胞又はiPS細胞から誘導されたFlk1陽性細胞群(中胚葉系の細胞群)等を用いることができる。これら細胞の集合体から血管形成を誘導する培養方法は公知のものを利用すればよく、その培養培地内に上記の血管新生促進剤を添加したり、若しくは細胞の集合体を血管新生促進剤(遺伝子製剤の場合)でトランスフェクトすることで、血管の形成が促進される。
【0076】
細胞の集合体を培養して得られた血管、又は血管を供えた組織は、例えば、再生医療等の用途に寄与する。
【実施例】
【0077】
本発明について、以下の実施例等に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0078】
〔実施例1:マウス網膜における網羅的トランスクリプトーム解析〕
網膜新生血管内皮細胞に特異的に発現する分子の同定を目的として、内皮細胞特異的にGFPを発現するTie2-GFPトランスジェニックマウスの網膜における網羅的トランスクリプトーム解析を以下の通り実施した。
【0079】
生後8日(新生仔)および生後8週(成体)のTie2GFPトランスジェニックマウス(Jackson Laboratory社)の眼球を摘出し、細胞染色溶液(phosphate buffered saline(PBS)、2 mM EDTA、 0.01% NaN3 5% 胎児ウシ血清、 50 U/ml ペニシリン、 0.05 mg/ml ストレプトマイシン)中にて網膜組織を剪断した。
【0080】
剪断した網膜組織を、さらに、37℃パパイン/DNase溶液(Dulbecco’s PBS (Invitrogen)、パパイン(33 U/ml; Sigma)、 L-システイン(0.4 mg/ml; ナカライ)、 EDTA (0.5 mM; Sigma)、 DNase I (125 U/ml; Sigma))、 および37℃オボムコイド/DNase 溶液 (Dulbecco’s PBS、 オボムコイド (2 mg/ml; Sigma)、DNase I (125 U/ml; Sigma)、 ウシ血清アルブミン (1 mg/ml; Wako)) 中にて攪拌し、網膜細胞を分離した。
【0081】
次いで、得られた網膜細胞溶液を300 x gにて5分間遠心し、得られた細胞ペレットを、 5 μg/ml ヨウ化プロビジウム(propidium iodide)を含む細胞染色溶液に溶解した後にナイロンメッシュにて濾過し、FACS Aria (Becton Dickinson, San Jose, CA)にてGFP陽性および陰性細胞を回収した。細胞に発現する全RNAをRNeasy Micro-Kit(QIAGEN社)にて精製し、さらにMessageAmpII aRNA Kit(Ambion社)にて増幅した。その後、BioArray RNA Transcript labeling Kit (Affymetrix社)を用いてビオチン・ラベルcRNAを合成し、反応液(40 mM トリス (pH 8.1)、 100 mM 酢酸カリウム、 30 mM 酢酸マグネシウム)中で94℃、35分反応させた後、Affymetrix社マイクロアレイMGU74v2にハイブリダイズし、eXintegratorシステム(http://www.cdb.riken.jp/scb/documentation/)にてバイオインフォマティクス解析を行った。
【0082】
その結果、図1に示すように、新生血管の内皮細胞にArhgef15遺伝子が発現することが明らかとなった。
【0083】
〔実施例2:In situ hybridization法および免疫染色法〕
ICR系マウス10.5日齢胎仔、生後4日齢新生仔網膜、及び生後16日齢高酸素誘導網膜症モデル網膜(参考文献:Smith LE, et al. (1994) Oxygen-induced retinopathy in the mouse. Invest Ophthalmol Vis Sci. 35:101-111.)を4%パラフォルムアルデヒド(PFA)にて固定した後にPBSで洗浄し、メタノールにてこれら試料を脱水した。これら試料を再親水後、Proteinase K(10 μg/ml、Invitrogen社)処理をし、当該処理の後に0.2%グルタールアルデヒド・4%PFA溶液にて再固定した。
【0084】
その後、参考文献(Wilkinson DG. (1992) In situ hybridization : A practical approach. IRL press, Oxford.)に従ってハイブリダイゼーション、洗浄、及びアルカリフォスファターゼ発色を行った。ハイブリダイゼーションに用いる1141塩基対のArhgef15 cRNAプローブ(NM_177566(GenBank)中の1203番目から2343番目の塩基に対応)は、DIG RNAラベリングキット(Roche社)を用いて合成した。アルカリフォスファターゼ発色後の各網膜サンプルは、ウサギ抗IV型コラーゲン抗体(コスモバイオ社)およびCy3付加ヤギ抗ウサギ免疫グロブリン2次抗体を用いて免疫染色を行った。そして、胎仔サンプルはLeica社実体顕微鏡にて、各網膜サンプルはZeiss社蛍光顕微鏡にて観察した。
【0085】
その結果を図2に示す。図2中の(A)は、マウス胎仔の生理的血管発生を、(B)の上側のパネルは新生仔マウス網膜の生理的血管発生を示し、(B)の下側のパネルは、虚血性網膜症モデルマウスの病的血管新生を示す。何れの場合でも、内皮細胞に特異的なArhgef15遺伝子の発現がみられた。このように、In situ hybridization法により、胎仔および新生仔マウスの血管発生、さらに虚血性網膜症モデルマウスの病的血管新生において、Arhgef15遺伝子が内皮細胞に限局して発現することが明らかになった。
【0086】
〔実施例3:培養293T細胞における遺伝子導入、プルダウン、および免疫沈降実験〕
はじめに、以下の(1)〜(3)に示す実験に用いたプラスミド、抗体等について説明する。
【0087】
プラスミド
ヒト胎盤cDNA libraryよりPCRにて得られた野生型ヒトRhoJタンパク質(RhoJ WT)のcDNAをもとに、ヒトRhoJタンパク質のconstitutive active型変異体(Q79L)( RhoJ CA) のcDNA、およびヒトRhoJタンパク質のdominant negative型変異体(T35N) ( RhoJ DN)のcDNAを作成した。さらにHAタグを付加した野生型、constitutive active型変異体、dominant negative型変異体それぞれのcDNAをpCAGGSプラスミドにサブクローニングした。また、全長Arhgef15タンパク質およびArhgef15タンパク質のPH-DHドメイン(参考文献Circ. Res. 93,23-31(2003))(Arhgef15 PH-DH)にGFPタグあるいはFlagタグを付加したもののcDNAを、pCAGGSプラスミドにサブクローニングした。これらは後述する(2)から(3)の実験に供した。なお、PH-DHドメインは、Arhgef15タンパク質のGEF(guanine nucleotide exchange factor)活性を示すPleckstrin homology(PH)-Dbl homology (DH)ドメインを指す。また、後述する(2)の実験に供したGST融合PAK(p21-activated kinase 1 protein)タンパク質の作成には、pGEX-PAKを用いた。
【0088】
抗体
後述する(2)及び(3)の実験に供した検出用抗体は次の通りである。
1次抗体: monoclonal rat anti-HA (clone 3F10, Roche Applied Science), monoclonal mouse anti-Flag (clone M2, Sigma-Aldich),monoclonal mouse anti-Cdc42 (clone 44/CDC42, BD Biosciences) antibody
2次抗体: horseradish peroxidase-conjugated secondary antibody (DAKO)。
【0089】
(1)細胞培養、及び遺伝子導入
293T細胞は10%ウシ胎児血清、 100 U/mlペニシリン、100 μg/mlストレプトマイシンを添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM) を使用して、5% CO2、37℃の条件下で培養した。293T細胞に対して、Lipofectamin 2000 (Life Technologies) を用いて上記プラスミドの遺伝子導入(トランスフェクション)を行った。
【0090】
(2)プルダウンアッセイ
293T細胞は内在性にCdc42タンパク質を発現するが、Arhgef15タンパク質及びRhoJタンパク質は発現しない。そこで、遺伝子導入293T細胞として、図3に示すMock(mockプラスミドのみ導入)、RhoJ CA(RhoJ CAのcDNAを含むプラスミドを導入)、RhoJ DN(RhoJ DNのcDNAを含むプラスミドを導入)、RhoJ WT(RhoJ WTのcDNAを含むプラスミドを導入)、Arhgef15(Arhgef15タンパク質の全長cDNAを含むプラスミドを導入)、Arhgef15 PH-DH(Arhgef15 PH-DHドメインのcDNAを含むプラスミドを導入)、RhoJ WT+Arhgef15(RhoJ WT及びArhgef15のcDNAを含むプラスミドを導入)、RhoJ WT+Arhgef15 PH-DH(RhoJ WT及びArhgef15 PH-DHのcDNAを含むプラスミドを導入)を準備した。
【0091】
トランスフェクション48時間後にlysis buffer (20 mM Tris-HCl(pH 7.5), 1% Triton X-100, 100 mM NaCl, 10 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 1 mM dithiothreitol)を用いて293T細胞を溶解した。細胞溶解液を12000 rpmで4℃、10分間遠心した後、上清にGST融合PAKタンパク質およびglutathione-Sepharose 4B ビーズ(GE Healthcare)を加え4℃で1時間インキュベートした。上清を捨て、ビーズを、氷冷したlysis bufferで2回洗浄した後、ビーズに結合したGTP結合型Cdc42(活性型Cdc42)タンパク質またはGTP結合型RhoJ(活性型RhoJ)タンパク質をSDS-PAGEおよびウエスタンブロッティングにて検出した。
【0092】
プルダウンアッセイの結果は図3に示す。培養293T細胞に、Arhgef15遺伝子を導入後、プルダウンアッセイを行うことで、内在性Cdc42タンパク質が、Arhgef15タンパク質(又はそのPH-DHドメイン)の存在下に活性化されることが確認された(同図中のB)。さらに、RhoJ遺伝子およびArhgef15遺伝子を導入後、プルダウンアッセイを行うことで、活性型RhoJタンパク質がArhgef15タンパク質(又はそのPH-DHドメイン)の存在下に減少することが確認された(同図中のA)。すなわち、Arhgef15タンパク質がCdc42タンパク質の活性化およびRhoJタンパク質の不活化に関与することが明らかとなった。
【0093】
(3)免疫沈降アッセイ
遺伝子導入293T細胞として、図4の上段に示す組み合わせのものを準備した。Arhgef15-FlagはFlag タグ付のArhgef15のcDNAを含むプラスミドの導入を指し、RhoJ-CA-HA、RhoJ-DN-HA、RhoJ-WT-HAはそれぞれHAタグ付のRhoJ CA、RhoJ DN、RhoJ WTのcDNAを含むプラスミドの導入を指す。ここで+は細胞に遺伝子導入されていることを指し、−は細胞に遺伝子導入されていないことを指す。
【0094】
トランスフェクション48時間後にlysis buffer (150 mM NaCl, 50 mM Tris-HCl, 1% Nonidet P-40, 10 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 1 mM dithiothreitol, 登録商標cOmplete(Roche))を用いて293T細胞を溶解し、12000 rpmで4℃、10分間遠心した。上清にprotein G-Sepharose ビーズ (GE Healthcare)と抗体とを添加し、4℃で1時間インキュベートした。上清を捨て、ビーズを、dithiothreitol およびcOmpleteを含まない、氷冷したlysis bufferで2回洗浄した。ビーズに結合したタンパク質はSDS-PAGEおよびウエスタンブロッティングにて検出した。
【0095】
免疫沈降アッセイの結果は図4に示す。培養293T細胞にRhoJ遺伝子およびArhgef15遺伝子を導入して共発現させた後に免疫沈降アッセイを行った結果から、RhoJタンパク質とArhegf15タンパク質とのタンパク複合体は形成されないことを確認した。すなわち、Arhegf15タンパク質は、間接的に(直接結合せずに)RhoJタンパク質の活性を調節していることが示唆された。
【0096】
〔実施例4:培養HUVECにおける遺伝子ノックダウンおよびリン酸化アッセイ〕
(1)細胞培養
培養HUVEC(ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)は、Endothelial Growth Medium EGM-2 BulletKit (Lonza)を使用して5% CO2、37℃の条件下で培養した。
【0097】
(2)遺伝子ノックダウンアッセイ
1x105細胞の培養HUVECを0.1%ゼラチンでコートした6cm ディッシュに播種した。そして、ARHGEF15 Stealth RNAi siRNAs (HSS117853, HSS117854, HSS117855, Life Technologies) 、CDC42 Stealth RNAi siRNA (VHS40393, Life Technologies)、 及びNontargeting siRNA (Stealth RNAi Negative Control Medium GC Duplex, Life Technologies)をLipofectamine RNAiMAX (Life Technologies)を用いて、別々の培養HUVECにトランスフェクションした。トランスフェクション48時間後に培養HUVECを継代し、さらに24時間後に倒立型顕微鏡 (Olympus IX81)で位相差法により細胞形態を観察した。
【0098】
あるいは、上記と同様に培養HUVECにsiRNAをトランスフェクションした48時間後にBD Biocoat フィブロネクチンカルチャースライド(BD Biosciences)に継代し、さらに24時間後に0.5%ウシ胎児血清を含むMedium199で3時間の血清飢餓(serum starvation)した後に、ヒトVEGF165(50 ng/ml,Humanzyme社)あるいはヒトSema3E(500 ng/ml, R&D社)リコンビナント・タンパク質にて培養HUVECを刺激した。刺激した30分後に、培養HUVECを4%PFAにて固定し、Alexa Fluor 488 phalloidin(Life Technologies社)にて細胞内アクチン分子を染色して、Zeiss社共焦点顕微鏡にて観察した。
【0099】
図5は、上記siRNAsをトランスフェクションして72時間後の培養HUVECを顕微鏡観察した結果を示す。図5中のAは、倒立型顕微鏡(Olympus IX81)による観察結果を示し、培養HUVECにおけるArhgef15遺伝子のノックダウンにより、内皮細胞の収縮が観察された。
【0100】
また、図5中のBに示すように、Arhgef15遺伝子をノックダウンした場合、Cdc42遺伝子のノックダウン及びSema3E刺激と同様に、内皮細胞の収縮、および細胞内ストレスファイバーの消失が観察された。また、Sema3Eの作用は、Arhgef15遺伝子のノックダウン細胞で増強された。一方、Arhgef15遺伝子またはCdc42遺伝子をノックダウンしたHUVECでは、VEGF刺激によるストレスファイバーの増加が観察されなかった。これらの結果から、培養HUVECではArhgef15タンパク質が恒常的にCdc42タンパク質を活性化して細胞形態の維持に寄与していると考えられる。また、VEGF阻害薬及びSema3Eタンパク質による血管新生抑制作用は、Arhgef15阻害剤により増強されると考えられる。
【0101】
(3)リン酸化アッセイ
培養HUVECを0.1%ゼラチンでコートした6cm ディッシュに播種し、60-70%コンフルエントになるように培養した。次いで、培養HUVECを、0.5%ウシ胎児血清を含むMedium199で3時間の血清飢餓(serum starvation)した後に、ディッシュに50 ng/ml human VEGF (HUMANZYME)を添加し、一定時間刺激した。VEGF刺激後にlysis buffer (150 mM NaCl, 50 mM Tris-HCl, 1% Nonidet P-40, 10 mM MgCl2, 1 mM EGTA, 1 mM dithiothreitol, 0.5M NaF, 50 mM Na3VO4, cOmplete (Roche))を用いて細胞(培養HUVEC)を溶解し、12000 rpmで4℃、10分間遠心した。上清にprotein G-Sepharose ビーズ (GE Healthcare)と抗体とを添加し、4℃で1時間インキュベートした。上清を捨て、dithiothreitol ,NaF, Na3VO4およびcOmpleteを含まない、氷冷したlysis bufferで上記ビーズを2回洗浄した。当該ビーズに結合したリン酸化タンパクは、SDS-PAGEおよびウエスタンブロッティングにて検出した。
なお、上記抗体として下記のものを用いた。
1次抗体: monoclonal mouse anti-phosphotyrosin (clone PY20, Millipore), polyclonal rabbit anti-Arhgef15 (311-325, Sigma-Aldich)
2次抗体: horseradish peroxidase-conjugated secondary antibodies。
【0102】
ウエスタンブロッティングの結果は図6に示す。図6に示すように、培養HUVECではVEGFの添加後60分の培養により、Arhgef15タンパク質のチロシン残基のリン酸化が確認された。
【0103】
新生血管の伸長および退縮は、内皮細胞が形成する糸状仮足によって規定される。内皮細胞の糸状仮足形成は、低分子量G蛋白質Cdc42の活性化により促進される一方で、RhoJの活性化により阻害されるため、Cdc42またはRhoJの活性を制御するシグナル分子(Arhgef15タンパク質)は、血管新生調節剤の標的分子となりうる。
【0104】
これまでに70以上の分子が同定されているRhoGEFの内、実施例1〜4で示したようにArhgef15タンパク質がマウス胎仔、新生仔マウス網膜、および虚血性網膜症モデルマウス網膜のいずれにおいても、新生血管の内皮細胞に発現し、かつ健常血管には発現しないことを見出した。さらに、培養血管内皮細胞(培養HUVEC)を用いて、VEGFシグナルにより活性化されたArhgef15タンパク質はCdc42タンパク質を活性化するとともに、間接的にRhoJタンパク質を不活化し、糸状仮足形成及び血管新生を促進することを見出した。したがって、Arhgef15タンパク質を標的とした薬剤は、内皮細胞の糸状仮足形成を阻害又は促進することにより、血管新生を選択的に抑制又は促進しうる。
【0105】
本発明は上述した各実施形態及び実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明は、新生血管の内皮細胞に発現する新規な血管新生調節因子の利用を提供し、例えば、血管新生の促進又は抑制に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを含有する血管新生調節剤。
【請求項2】
請求項1に記載のArhgef15タンパク質をコードするポリヌクレオチド、又は上記部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有する血管新生調節剤。
【請求項3】
上記何れかのポリヌクレオチドを含むベクターの形態である請求項2に記載の血管新生調節剤。
【請求項4】
Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドが有する血管新生促進活性を調節する因子を含む血管新生調節剤。
【請求項5】
上記因子は、Arhgef15タンパク質が有する上記血管新生促進活性を阻害するポリヌクレオチドである請求項4に記載の血管新生調節剤。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の血管新生調節剤を有効成分として含む、血管新生関連疾患用医薬。
【請求項7】
血管新生関連疾患が、悪性腫瘍、加齢黄斑変性、糖尿病性網膜症、未熟児網膜症、又は網膜静脈閉塞症である請求項6に記載の血管新生関連疾患用医薬。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の血管新生関連疾患用医薬の有効量を投与対象に投与する工程を含む、血管新生関連疾患の治療又は予防の方法。
【請求項9】
Arhgef15タンパク質、又は血管新生促進活性を有するArhgef15タンパク質の部分ペプチドを発現する細胞と、候補化合物とを接触させる接触工程と、次いで、
Arhgef15タンパク質、又は上記部分ペプチドの発現量の変化又は血管新生促進活性の変化を評価する評価工程と、を含む、血管新生調節剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
非ヒト動物に対し候補化合物を投与する投与工程と、次いで、
上記非ヒト動物におけるArhgef15タンパク質の発現量の変化、又は血管新生を評価する評価工程と、を含む、血管新生調節剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
Arhgef15タンパク質の発現量、及び/又は、Arhgef15タンパク質をコードする遺伝子上の変異を指標にする、血管新生関連疾患の素因の検査方法。
【請求項12】
請求項1から3の何れか一項に記載の血管新生調節剤、又は、請求項4に記載の血管新生調節剤のうち血管新生促進活性を向上させるものを、培養培地中において細胞の集合体と共存させる工程と、次いで、
上記細胞の集合体を培養培地中で培養して、培養培地中において血管を形成する工程と、を含む血管の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−95680(P2013−95680A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238012(P2011−238012)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【Fターム(参考)】