説明

新規な非天然型アミノ酸、及びその利用

【課題】光クロスリンク能を持つ新規な非天然型アミノ酸、及びその利用を提供する。
【解決手段】本発明に係る化合物は、式(1)で示されるものである。
【化1】


(nは1以上で3以下の整数を表し、R1、R2、R3及びR4は、水素原子、ハロゲン原子、置換基を有しうる炭素数1〜3の炭化水素基、置換基を有しうるアジドメチル基、又はアセチル基を表し、R5は、置換基を有しうる炭素数1〜3のアルキル基、置換基を有しうるアジドメチル基、又は水素原子を表す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光クロスリンク能を持つ新規な非天然型アミノ酸、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質同士をクロスリンクする方法は、細胞内でのタンパク質のオリゴマー化の分析、タンパク質同士の直接的な相互作用の分析、並びに、共有結合を介してインビトロでタンパク質複合体を安定化させる等の目的において有用である。
【0003】
例えば、非特許文献1〜6には、光応答性を示すアリルアジド、p−ベンゾイルフェニル又はジアジリニル部分を有している非天然型アミノ酸(人工合成アミノ酸)が、生細胞においてタンパク質へ部位特異的に導入されたことが記載されている。そして、これらの非天然型アミノ酸は、特定波長の光に応答して、相互作用するタンパク質との間でクロスリンクを形成したことが記載されている。
【0004】
上記非天然型アミノ酸のようなクロスリンカーを、標的タンパク質の特定の部位に導入すれば、実験的に観察されたクロスリンク(相互作用)のパターンの解釈がより容易となる。具体的には、例えば、細胞内でのタンパク質同士の相互作用の分析、及び標的タンパク質に直接結合する分子の同定がより容易となる(非特許文献2、3、7、8)。
【0005】
これまでに報告されている、遺伝的にコードされた、光クロスリンク能を持つアミノ酸の大部分はフェニルアラニン誘導体である(非特許文献9)。これらアミノ酸は、その反応中心がタンパク質の表面付近に位置するように導入され、当該反応中心のごく近傍に位置する、他のタンパク質のアミノ酸残基とのみクロスリンクを形成する。クロスリンクが形成可能な範囲(リーチ)が短いため、これらのアミノ酸は、他のタンパク質中のクロスリンクサイトに対して高い部位選択性を示し、タンパク質間の本来の結合様式をよく反映することが、クロスリンクしたタンパク質複合体の結晶構造解析により示されている(非特許文献10)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.W. Chin, S.W. Santoro, A.B. Martin, D.S. King, L. Wang, and P.G. Schultz, J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 9026-9027.
【非特許文献2】J.W. Chin, A.B. Martin, D.S. King, L. Wang, and P.G. Schultz, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2002, 99, 11020-11024.
【非特許文献3】N. Hino, Y. Okazaki, T. Kobayashi, A. Hayashi, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, Nat. Methods 2005, 2, 201-206.
【非特許文献4】E.M. Tippmann, W. Liu, D. Summerer, A.V. Mack, and P.G. Schultz, Chembiochem. 2007, 8, 2210-2214.
【非特許文献5】L.Y. Huang, G. Umanah, M. Hauser, C. Son, B. Arshava, F. Naider, and J.M. Becker, Biochemistry 2008, 47, 5638-5648.
【非特許文献6】A. Grunbeck, T. Huber, P. Sachdev, and T.P. Sakmar, Biochemistry 2011, 50, 3411-3413.
【非特許文献7】T. Kanamori, S. Nishikawa, I. Shin, P.G. Schultz, and T. Endo, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1997, 94, 485-490.
【非特許文献8】N. Hino, M. Oyama, A. Sato, T. Mukai, F. Iraha, A. Hayashi, H. Kozuka-Hata, T. Yamamoto, S. Yokoyama, and K. Sakamoto, J. Mol. Biol. 2011, 406, 343-353.
【非特許文献9】L. Wang, J. Xie, and P.G. Schultz, Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct. 2006, 35, 225-249.
【非特許文献10】S. Sato, S. Mimasu, A. Sato, N. Hino, K. Sakamoto, T. Umehara, and S. Yokoyama, Biochemistry 2011, 50, 250-257.
【非特許文献11】G. Srinivasan, C.M. James, and J.A. Krzycki, Science 296, 1459-1462.
【非特許文献12】B. Hao, W. Gong, T.K. Ferguson, C.M. James, J.A. Krzycki, and M.K. Chan, Science 2002, 296, 1462-1466.
【非特許文献13】S.K. Blight, R.C. Larue, A. Mahapatra, D.G. Longstaff, E. Chang, G. Zhao, P.T. Kang, K.B. Green-Church, M.K. Chan, and J.A. Krzycki, Nature 2004, 431, 333-335.
【非特許文献14】C. Polycarpo, A. Ambrogelly, A. Berube, S.M. Winbush, J.A. McCloskey, P.F. Crain, J.L. Wood, and D. Soll, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2004, 101, 12450-12454.
【非特許文献15】T. Mukai, T. Kobayashi, N. Hino, T. Yanagisawa, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, Biochem. Biophys. Res. Commun. 2008, 371, 818-822.
【非特許文献16】C.R. Polycarpo, S. Herring, A. Berube, J.L. Wood, D. Soll, and A. Ambrogelly, FEBS lett. 2006, 580, 6695-6700.
【非特許文献17】A. Ambrogelly, S. Gundllapalli, S. Herring, C. Polycarpo, C. Frauer, and D. Soll, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2007, 104, 3141-3146.
【非特許文献18】T. Yanagisawa, R. Ishii, R. Fukunaga, T. Kobayashi, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, Chem. Biol. 2008, 15, 1187-1197.
【非特許文献19】C. Chou, R. Uprety, L. Davis, J.W. Chin, and A. Deiters, Chem. Sci. 2011, 2, 480-483.
【非特許文献20】H.W. Ai, W. Shen, A. Sagi, P.R. Chen, and P.G. Schultz, Chembiochem in press
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来のアミノ酸のようにクロスリンクが形成可能な範囲が短いと、クロスリンク機能が発揮可能に当該アミノ酸を導入できる位置が大きく制限されるという問題があった。加えて、クロスリンクを形成する機会が減少するという問題があった。
【0008】
ピロリジン(図1参照)は、長い側鎖の末端にかさ高い置換基を有するリジン誘導体である。ピロリジンは、メタン生成古細菌(Methanosarcinae属)、及びある種の硫黄還元真正細菌においてアンバーコドンUAGにより遺伝的にコードされている(非特許文献11、12)。この非標準的なアミノ酸は、ピロリジル−tRNAシンセターゼ(PylRS)の働きで、UAGをデコードするtRNAPylと結合する(非特許文献13、14)。
【0009】
本願発明者らは、これまでに、特別なシステムの下、M.mazei由来のtRNAPyl及びPylRS変異型を用いれば、哺乳類細胞において、タンパク質にリジン誘導体を部位特異的に導入できることを示している(非特許文献15)。さらに、古細菌のPylRS−tRNAPylのペアが、大腸菌だけでなく、真核細胞においても、リジン誘導体を部位特異的に導入できることが示されている(非特許文献13、16−18)。
【0010】
また、近年、ジアジリニル部分を有するリジン−カルバミン酸塩誘導体(AbK)(図1)が、生細胞中で遺伝的にコードされ(非特許文献19)、クロスリンク能を有することが示されている(非特許文献19、20)。
【0011】
しかし、上記リジン誘導体は何れも、フェニルアラニン誘導体型のクロスリンカーと比較して、クロスリンクが形成可能な範囲がより長いか否かすらも判明していない。
【0012】
本願発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、クロスリンクが形成可能な範囲がより長い新規な非天然型アミノ酸、及びその利用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明は、上記の課題を解決するために以下のものを提供する。
1)下記式(1)で示される、
【0014】
【化1】

【0015】
(式(1)中で、nは1以上で3以下の整数を表し、R1、R2、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3の炭化水素基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基(アジドメチル基)、又はアセチル基を表し、R5は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3のアルキル基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基(アジドメチル基)、又は水素原子を表す)化合物。
2)R5は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよいメチル基、又は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基である1)に記載の化合物。
3)R1、R2、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、又は炭素数1〜3の炭化水素基である上記1)又は2)に記載の化合物。
4)R1、R2、R3及びR4から選択される3つ又は4つが水素原子である上記3)に記載の化合物。
5)nが1又は2である上記1)〜4)の何れかに記載の化合物。
6)式(1)中におけるアミノ基が、水酸基、ヒドロキシアミノ基、メチルアミノ基、チオール基、又はセレノール基に置き換えられている上記1)〜5)の何れかに記載の化合物。
7)式(1)中におけるカルボキシル基が、リン酸基、スルホ基、チオカルボキシル基、又はセレノカルボキシル基に置き換えられている上記1)〜6)の何れかに記載の化合物。
8)上記1)〜7)の何れか一項に記載の化合物とアミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体とが結合してなるポリペプチド。なお、「A及び/又はB」とは、A及びB、A又はBの双方を含む概念である。なお、当該ポリペプチドの一例としては、天然型ポリペプチド又はその断片を構成するアミノ酸の一部が上記化合物で置換されたアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドが挙げられる。
9)上記8)に記載のポリペプチドを含む光架橋形成キット。
10)上記8)に記載のポリペプチドと、対象試料とを接触させる接触工程と、次いで、上記ポリペプチドに光架橋反応を生じさせる所定波長の光を照射する光照射工程とを含む、光架橋形成方法。
11)上記所定波長が300nm以上で380nm以下の範囲内である上記10)に記載の光架橋形成方法。
12)上記ポリペプチドと対象試料との相互作用検出の目的で行われる、上記10)又は11)に記載の光架橋形成方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、タンパク質の相互作用等の解析に利用可能な新規な非天然型アミノ酸及びその利用を提供することができるという効果を奏する。また、本発明の方法は、細胞内におけるタンパク質相互作用の解析を行うための分析用、研究用試薬のみならず、治療薬、診断薬、農薬、光機能性素材等の開発においても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例で用いたTmdZLysを含む各種リジン誘導体の化学構造を示す図である。
【図2】A〜Dは、本発明の実施例において、全長GSTタンパク質へのリジン誘導体の取り込みを細胞系で行った結果を示す図である。
【図3】A〜Bは、本発明の他の実施例において、リジン誘導体を取り込んだGRB2タンパク質と、EGFR又はSHCとの光架橋(光クロスリンク)を行った結果を示す図である。
【図4】本発明のさらに他の実施例において、リジン誘導体と、対応するtRNA(tRNAPyl)とのアミノアシル化を行った結果を示す図である。
【図5】リジン誘導体が導入される全長GSTタンパク質のアミノ酸配列を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
〔新規化合物〕
(概要)
本発明に係る新規化合物は、下記式(1)で示される非天然型アミノ酸(リジン誘導体)である。
【0020】
【化2】

【0021】
上記式(1)中で、nは1以上で3以下の整数を表し、R1、R2、R3及びR4(総称する場合はR1〜R4と表す場合もある)は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3の炭化水素基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基(すなわち、アジドメチル基、又はハロゲン化アジドメチル基)、又はアセチル基を表し、R5は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3のアルキル基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基、又は水素原子を表す。
【0022】
ここで、炭素数1〜3の炭化水素基とは、具体的には、環状炭化水素基としてのシクロプロピル基;鎖状炭化水素基としてのアルキル基、アルケニル基、アルキニル基;を指す。アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−又はiso−プロピル基が挙げられる。アルケニル基としては、ビニル基、アリル基が挙げられる。アルキニル基としては、エチニル基、プロパルギル基が挙げられる。また、上記ハロゲン原子とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子から選択される何れかの原子を指す。
【0023】
式(1)に示す化合物は、ジアジニリル基を用いた光クロスリンク(光架橋)反応が可能である。また、ジアジニリル基に至るまでのリーチが、従来の光クロスリンク型の非天然型アミノ酸と比較して長くなっている。さらに、後述するように、所定のアミノアシルtRNAシンセターゼにより認識されてポリペプチド内に導入可能という特性も有する。
【0024】
(R1〜R4の詳細)
R1〜R4は何れも、上記の通り、水素原子、又は比較的かさ高さの少ない置換基のみである。そのため、細胞系等を用いて、本発明に係る化合物を取り込んだペプチドを合成する場合に、アミノアシルtRNAシンセターゼ(具体的にはピロリジル−tRNAシンセターゼ)による当該化合物の認識を不所望に阻害する虞が実質的にない。
【0025】
アミノアシルtRNAシンセターゼによる当該化合物の認識精度を向上させる観点では、水素原子;ハロゲン原子;炭素数1〜2のアルキル基又はハロゲン化アルキル基;炭素数2のアルケニル基(ビニル基);炭素数2のアルキニル基(エチニル基);から選択されるものが好ましい。
【0026】
さらに、アミノアシルtRNAシンセターゼによる当該化合物の認識精度を向上させる観点では、R1〜R4のうち少なくとも2つが水素原子であることが好ましく、3つが水素原子であることがより好ましく、4つが水素原子であることがさらに好ましい。なお、R1〜R4のうち少なくとも2つが水素原子の場合、R1とR3とが少なくとも水素原子であることが好ましい。
【0027】
また、R1〜R4は、外部からタグ等を導入する導入起点として用いることもできる。この用途で用いる場合は、R1〜R4は、ハロゲン原子、アルケニル基、アルキニル基、アジド基、アジドメチル基、ハロゲン化アジドメチル基、又はアセチル基から選択され、中でも好ましくは、ヨウ素原子等のハロゲン原子、エチニル基、プロパルギル基、アジドメチル基、ハロゲン化アジドメチル基(例えば、−CHFN、−CF、−CHIN、−CI)、又はアセチル基である。
【0028】
すなわち、アミノアシルtRNAシンセターゼによる認識精度への影響を抑制し、かつ外部からタグ等を導入可能とする観点では、R1とR3とは水素原子であり、かつ、R2及びR4の一方が水素原子であり、他方がハロゲン原子、エチニル基、又はビニル基であることが特に好ましい。
【0029】
なお、式(1)に記載の化合物をポリペプチド内に導入する工程を円滑に進めるため、外部からタグ等を導入する工程は、後述する光架橋反応を行う工程(光照射工程)よりも後に行われる。タグ等の種類は特に限定されないが、例えば、蛍光基、カチオン性分子等が挙げられる。カチオン性分子として四級アンモニウムイオン等を付加させれば、その後に行われる質量分析をより高感度で行うことができる。
【0030】
(R5の詳細)
R5も、R1〜R4と同様に、比較的かさ高さの少ない置換基のみである。そのため、細胞系等を用いて、本発明に係る化合物を取り込んだペプチドを合成する場合に、アミノアシルtRNAシンセターゼ(具体的にはピロリジル−tRNAシンセターゼ)による当該化合物の認識を不所望に阻害する虞が実質的にない。また、これらの置換基は、隣接する光反応性基の反応を阻害する虞も実質的にない。
【0031】
なお、R5は、隣接する光反応性基の反応も考慮すると、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよいメチル基、又は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基であることが好ましい。具体的には、メチル基、ハロゲン化メチル基(例えば、−CHF、−CHI、−CHF、−CHI、−CF、−CI)、アジドメチル基、ハロゲン化アジドメチル基(例えば、−CHFN、−CF、−CHIN、−CI)、等が好ましいものとして挙げられる。
(nの詳細)
nは3以下の正の整数であればよいが、本発明に係る化合物全体のかさ高さを抑制する観点では、nが1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0032】
(化合物の製造方法の一例)
上記式(1)で示される化合物は、ベンジルオキシカルボニル基類縁体でアミノ酸を保護した構造と捉えることもできる。従って、ベンジルオキシカルボニル基でアミノ酸を保護する反応に準じて、本発明の化合物を合成可能である。なお、ベンジルオキシカルボニル基に光反応性基(ジアジリニル基)、及び必要に応じて置換基R1〜R5を導入することも、ベンゼン環に対する各種有機合成反応に準じて行うことができる。なお、化合物合成の一例は、実施例でも示されている。
【0033】
(より具体的な化合物の例示)
上記式(1)で示される本発明の化合物のより具体的な例としては、以下のものが挙げられる。
【0034】
【化3】

【0035】
上記式(2)及び(3)におけるR5の定義は、式(1)と同じであるが、メチル基、−CHF、−CHI、−CHF、−CHI、−CF、−CI等の、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよいメチル基が好ましい。
【0036】
(式(1)で示される化合物の誘導体)
誘導体の一例として、式(1)に示される化合物が有するアミノ基が、水酸基、ヒドロキシアミノ基、メチルアミノ基、チオール基、又はセレノール基に置き換えられている化合物が挙げられる。ここで、置換の対象となるアミノ基は、より具体的には、カルボキシル基を構成する炭素原子に隣接した炭素原子(α炭素原子)に結合するアミノ基(式(1)中で−NH)と示すもの)等である。
【0037】
誘導体の他の例として、式(1)に示される化合物が有するカルボキシル基が、リン酸基、スルホ基、チオカルボキシル基、又はセレノカルボキシル基に置き換えられている化合物が挙げられる。
【0038】
なお、上記アミノ基及びカルボキシル基の何れもが上記した他の基へ置き換えられている化合物も誘導体の範疇に含まれる。
【0039】
〔ポリペプチド〕
(ポリペプチドの定義)
本発明において「ポリペプチド」とは、アミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体が複数個結合してなる分子を広く指す。結合するアミノ酸及びアミノ酸誘導体数の上限は特に限定されない。アミノ酸とは、20種類の天然型アミノ酸(通常、生物のタンパク質合成に使われるアミノ酸)であり、L−型でもD−型でもよい。「アミノ酸誘導体」とは、アミノ酸と化学構造が異なるがアミノ酸の基本骨格を有する非天然型アミノ酸、及びアミノ酸と共通した部分構造を持つ分子、例えば、アミノ酸を構成するアミノ基が水酸基、ヒドロキシアミノ基、メチルアミノ基、チオール基、セレノール基に置換された分子、アミノ酸を構成するカルボキシル基がリン酸基、スルホ基、チオカルボキシル基、又はセレノカルボキシル基に置換された分子などが含まれる。なお、アミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体同士の結合の様式は、例えば、ペプチド結合、アミド結合、エステル結合等が挙げられる。
【0040】
また、本発明において「天然型ポリペプチド」とは、自然界に存在するポリペプチドと同じアミノ酸配列を持つものであり、天然供給源で産生されるものであっても、化学合成したものであってもよく、自然界に存在する限りにおいて1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなる変異体も含む概念である。
【0041】
本発明に係るポリペプチドの一例は、上記式(1)に記載の化合物とアミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体とが結合(例えばペプチド結合等)してなるもの(すなわち、アロタンパク質)である。当該ポリポリペプチドは、式(1)に記載の化合物を一つ以上と、アミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体を一つ以上とを含むものであれば特に限定されない。本発明に係るポリペプチドの他の例は、式(1)に記載の化合物及び/又は当該化合物の誘導体と、アミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体とが結合してなるものである。当該ポリポリペプチドは、式(1)に記載の化合物及び/又はその誘導体を一つ以上と、アミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体を一つ以上とを含むものであれば特に限定されない。
【0042】
本発明に係るポリペプチドの一例では、天然型ポリペプチド又はその断片のアミノ酸配列に基づいて設計される。すなわち、天然型ポリペプチド又はその断片のアミノ酸配列における一部のアミノ酸を上記式(1)に記載の化合物及び/又はその誘導体で置換して、本発明に係るポリペプチドを得る。天然型ポリペプチド又はその断片において、その立体構造等から、他のポリペプチド等と相互作用する部位(相互作用部位)が推定できる場合は、相互作用部位を構成する少なくとも一部のアミノ酸を上記式(1)に記載の化合物及び/又はその誘導体で置換する。
【0043】
本発明に係るポリペプチドの設計の元となる上記天然型ポリペプチドの種類は特に限定されないが、タンパク質同士の相互作用に関与するものが好ましく、例えば、リガンド、受容体、シグナル伝達関連タンパク質、転写因子、翻訳因子、輸送関連タンパク質、酵素、疾患関連タンパク質などが挙げられる。
【0044】
なお、本発明に係るポリペプチドは、例えば、蛍光タンパク質、Hisタグ、FLAGタグ等の標識タンパク質;その他の機能性タンパク質;等と融合タンパク質を構成するものであってもよい。
【0045】
(ポリペプチドの製造例)
本発明に係るポリペプチドのアミノ酸配列を設計した後に、当該ポリペプチドは固相合成法等の化学合成法で製造することもできる。また、当該ポリペプチドは、以下に一例を示すように、生物が有するペプチド合成系を利用して製造することもできる。
【0046】
宿主細胞を用いて本発明に係るポリペプチドを製造する場合、例えば、所望の位置にナンセンス変異を受けた遺伝子(ポリペプチドをコードする)、ピロリジルtRNA(tRNAPyl)、式(1)に示す化合物、及び、PylRS(ピロリジル-tRNAシンセターゼ)変異体を、宿主細胞内で共存させることにより製造を行う。これにより、式(1)に示す化合物が、ナンセンス変異を受けた箇所特異的に導入されたポリペプチドが製造される。
【0047】
ここで、PylRS変異体とは、式(1)に示す化合物(リジン誘導体)とtRNAPylとを特異的に認識し、両者が結合したサプレッサーtRNAを生成させることができるものである。PylRS変異体は、メタン生成古細菌由来のPylRSの変異体が好ましく、中でもメタノサルシーナ・マゼイ(M.mazei)由来のものがより好ましい。PylRS変異体の具体的な一例は実施例にも示している。なお、式(1)に示す化合物(リジン誘導体)について、アミノ基は水酸基、ヒドロキシアミノ基、メチルアミノ基、チオール基、又はセレノール基で置換されていてもよく、カルボキシル基はリン酸基、スルホ基、チオカルボキシル基、又はセレノカルボキシル基で置換されていてもよい。このような誘導体もPylRS変異体を用いたポリペプチドの製造に用いうる。
【0048】
上記PylRS変異体は、宿主細胞としての原核細胞、又は真核細胞内で発現させる。原核細胞の種類は特に限定されないが、例えば、大腸菌、枯草菌等が挙げられる。真核細胞の種類も特に限定されないが、例えば、哺乳類細胞、昆虫細胞、線虫、酵母、植物細胞等が挙げられる。なお、PylRS変異体を真核細胞で発現させる場合、実施例の記載の他に、参考特許文献:特開2007−37445の記載も参酌すればよい。
【0049】
PylRS変異体をコードする遺伝子断片を含むベクターを、宿主細胞へ導入する方法としては、例えば、電気穿孔法(Nucleic,Acids Res.15,1311-1326(1987))、リン酸カルシウム法(Mol.Cell Biol. 7,2745-2752(1987))、リポフェクション法(Cell 7,1025-1037(1994);Lamb,Nature Genetics 5,22-30(1993))などが挙げられる。
【0050】
上記tRNAPylは、サプレッサーtRNAとして機能するためのナンセンスコドンに相補的なアンチコドン及び立体構造を保持しており、宿主細胞としての原核細胞、又は真核細胞内で発現させる。ここで、ナンセンスコドンとしては、UAG(アンバー)、UAA(オーカー)、UGA(オパール)が挙げられるが、UAG(アンバー)コドンを用いることが好ましい。上記tRNAPylは、上記PylRS変異体にのみ認識され、宿主の通常のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)には認識されない、という要件を備えることが好ましい。tRNAPylは、メタン生成古細菌由来のものが好ましく、中でもメタノサルシーナ・マゼイ(M.mazei)由来のものがより好ましい。tRNAPylの具体的な一例は実施例にも示している。
【0051】
なお、tRNAPylを真核細胞で発現させる場合、実施例の記載の他に、参考特許文献:特開2007−37445の記載も参酌すればよい。概略的には、野生型のtRNAPylの5’末端に真核生物由来のtRNAを結合させて真核細胞内で転写させる。このとき、tRNAPylの3’末端に転写終結配列を結合させることが好ましい。
【0052】
また、本発明に係るポリペプチドの製造は、上記した宿主細胞の細胞抽出物を用いた、無細胞タンパク質合成系を用いても行うことができる。
【0053】
〔ポリペプチドの用途〕
本発明に係るポリペプチドは、当該ポリペプチドと相互作用する物質(単に相互作用物質と称する)との間で光クロスリンクを形成するための光架橋形成キットの一構成となる。すなわち、当該ポリペプチドは、式(1)に示すアミノ酸誘導体(リジン誘導体)又はその誘導体を含んでいる。このアミノ酸誘導体(リジン誘導体)等は、光クロスリンク可能な範囲(リーチ)が長いので、ポリペプチドと相互作用物質との間のクロスリンク形成の機会を大きく増やすことができる。なお、相互作用物質は、好ましくはタンパク質又はその断片であるが、遺伝子等でもありえる。
【0054】
本発明に係るポリペプチドは、例えば、1)対象試料中における相互作用物質のスクリーニング(相互作用物質が知られていない場合)、2)対象試料中における相互作用物質の有無、又は存在量の検出(相互作用物質が知られている場合)、3)ポリペプチドと、対象試料中に含まれる相互作用物質との間の相互作用の詳細解明(クロスリンクサイトの同定、結晶構造解析等)、等の種々の目的で使用可能である。そして、何れの目的で使用する場合にも、以下に示す光架橋形成方法が行われる。
【0055】
すなわち、上記の光架橋形成方法は、本発明に係るポリペプチドと、相互作用物質を含みうる対象試料とを接触させる接触工程と、次いで、上記ポリペプチドに光架橋反応を生じさせる所定波長の光を照射する光照射工程とを含む。ここで、所定波長の光とは、ジアジリニル基が相互作用物質との間で炭素−炭素共有結合を形成可能な波長、例えば、波長が300nm以上で380nm以下の範囲内の光を指す。なお、接触工程及び光照射工程を行う時間は適宜設定される。
【0056】
対象試料中に、上記ポリペプチドに対する相互作用物質が含まれていれば、両者は光架橋された複合体を形成する。したがって、光照射工程後に、当該複合体の形成有無を確認する工程をさらに設ければ、相互作用物質のスクリーニング、相互作用物質の有無の検出、又は相互作用物質の存在量の検出を行うことができる。
【0057】
また、得られた上記複合体を精製して更なる詳細分析に供することで、ポリペプチドと相互作用物質との相互作用の詳細解明を行うことができる。一例では、得られた複合体を断片化し(例えばトリプシン等のタンパク分解酵素による断片化)、さらに接触還元を行うことで、式(1)で示される化合物又はその誘導体が有するベンジルオキシカルボニル基類縁体の部分(マスタグと称する)を相互作用物質側に移転することができる(TmdZLysを例にとって示す下記の反応式参照)。その後に、質量分析によってマスタグを有するペプチドを同定すれば、相互作用物質の同定に加えて、相互作用物質中のクロスリンクサイトの同定までを行うことができる。
【0058】
【化4】

【0059】
なお、上記接触還元の方法は特に限定されず、例えば、水素源として水素ガス、ギ酸、又はギ酸塩の水溶液を用い、適切な触媒の存在下で行うことができる。水素源は、ギ酸、又はギ酸塩(例えば、ギ酸アンモニウム、ギ酸グアニジウム等)の水溶液を用いることが緩和な接触還元を実現する上で好ましい。また、触媒は、例えば、活性炭上に担持させたパラジウム触媒を用いることができる。
【0060】
上記した対象試料は、生物から抽出したサンプル(例えば、血液、リンパ液等の体液;細胞抽出液;等)を用いることもできるが、細胞そのものを用いることもできる。細胞そのものを用いる場合は、例えば、本発明に係るポリペプチドを宿主細胞中で発現させて細胞内容物と当該ポリペプチドとを接触させ(接触工程)、次いで、上記光照射工程を行う。そして、光照射工程後の宿主細胞から内容物を抽出し、必要に応じて免疫沈降等の手法によりポリペプチド−相互作用物質の複合体を精製し、得られた複合体をトリプシン消化等で断片化する。次いで、接触還元を行うことで、式(1)で示される化合物又はその誘導体が有するマスタグを相互作用物質側に移転する。その後に、質量分析によってマスタグを有するペプチドを同定して、相互作用物質及びそのクロスリンクサイトを同定する。
【実施例】
【0061】
本発明について、以下の実施例等に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0062】
〔実施例〕
(略称の説明)
実施例中で用いた略称は以下の通りである。
PylRS: pyrrolysyl-tRNA synthetase
TyrRS: tyrosyl-tRNA synthetase
GST: glutathione-S-transferase
EGFP: enhanced green fluorescent protein
GRB2: growth factor receptor-bound protein 2
EGFR: epidermal growth factor receptor;
SHC: Src homology 2 domain-containing adaptor protein
HEK: human embryonic kidney
CHO: chinese hamster ovary
PAGE: polyacrylamide gel electrophoresis
MALDI-TOF: matrix-assisted laser desorption ionization/time of flight; PMF, peptide mass fingerprinting
ESI-IT-TOF: electrospray ionization ion-trap/time-of-flight
ESI-Q-TOF: electrospray ionization quadruple/time-of-flight
(材料及び方法)
実施例で用いた材料の入手、調製方法、及び実験手法を以下に纏めた。
生化学及び分子生物学的実験は、商業的に入手可能な材料、酵素、及び化合物を用いて行った。pNOZLys(図1参照)はBachem社から購入した。4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジルアルコールはテイカ製薬株式会社から購入した。ESI−IT−TOF MS及びMS/MSスペクトルはLCQ−DECA XP(Thermofisher Scientific社製)を用いて測定した。ESI−Q−TOF MS及びMS/MSスペクトルはApplied Biosystems QSTAR Eliteを用いて測定した。NMR測定はBruker AV800 spectrometerを用いて実施した。
【0063】
(1) プラスミドの構築及び部位特異的変異誘発
QuikChange site−deirected mutagenesis kit(Stratagene社)を用いて、pET−GSTwtプラスミド中にある野生型GST遺伝子の25番目のチロシンコドンをアンバーコドンに変異させ、pET−GST(25Am)プラスミドを作製した(参考文献1)。なお、この野生型GST遺伝子はS. japonicum由来のもので、当該GST遺伝子がコードするアミノ酸配列は図5に示す。
【0064】
トリプトファニル−tRNAシンセターゼ(trpS)プロモーター制御下のM.mazeiのPylRS(Y306G−Y384F)遺伝子及びプロリポタンパク質(lpp)プロモーター制御下のtRNAPyl遺伝子を含むpTK2.1−PylRS(Y306G−Y384F)−tRNAPylプラスミドを、pTK2.1−PylRS(Y306A−Y384F)−tRNAPylプラスミド(参考文献1)からPCR変異誘導した。pTK2.1−PylRS(Y306G−Y384F)−tRNAPylプラスミドは、pACYC184由来のプラスミドである。
【0065】
なお、上記PylRS(Y306G−Y384F)とは、M.mazeiの野生型PylRSにおける306番目のTyrがGlyに、384番目のTyrがPheに置換されたPylRS変異体である。同様に、PylRS(Y306A−Y384F)とは、M.mazeiの野生型PylRSにおける306番目のTyrがAlaに、384番目のTyrがPheに置換されたPylRS変異体である。
【0066】
GRB2−EGFP遺伝子(両者の融合タンパク質をコードする)を含む哺乳類用発現プラスミドpcDNA4/TO−GRB2GFP、C末端FLAGタグ(DYKDDDDK)をコードする配列を持つGRB2遺伝子を含む哺乳類用発現プラスミドpOriP−GRB2、SHC遺伝子及びEGFR遺伝子を含む哺乳類用発現プラスミドpcDNA4/TO−SHC−EGFR、tRNAPyl遺伝子の9つのコピーを含む哺乳類用発現プラスミドpOriP9xU6tRNAPyl、及びPylRS(Y306A−Y384F)遺伝子又はPylRS(Y306G−Y384F)遺伝子を含む哺乳類用発現プラスミドpOriP−PylRSを、参考文献2に記載されたように構築した。
【0067】
野生型GRB2遺伝子の変異誘導は、QuikChange kitを用いて行い、103〜112番目の位置にアンバーコドンを有するクローン群を作製した(参考文献2)。
【0068】
(2) PylRS変異体及びtRNAPylの発現及び精製
pET28−PylRS(Y306G−Y384F)プラスミドを有する大腸菌BL21−Gold(DE3)細胞で、PylRS(Y306G−Y384F)を過剰発現させた。得られたPylRS(Y306G−Y384F)を、HisTrap(GE Healthcare)、HiTrap Q(GE Healthcare)、及びSuperdex 75 HiLoad 16/60 (GE Healthcare)を用いた3つのカラムクロマトグラフィーによって精製した。このプロセスは、幾つかの変更を加えた他は参考文献3の記載に従い行った。
【0069】
精製したPylRSタンパク質を、300mMのNaCl及び10mMのβ−メルカプトエタノールを含む200mMのリン酸カリウム緩衝液(pH7.4)で透析し、濃度が3.5mg/mlになるまで濃縮した。
【0070】
また、tRNAPylは、M.mazeiのtRNAPylを転写し、精製した。
【0071】
(3)アミノアシル化アッセイ
参考文献1、3、及び4の記載に従い、酸性尿素PAGEによるアミノアシル化アッセイを行った。アミノアシル化反応は37℃、1時間行なった。標準的なアミノアシル化アッセイ溶液(20μl)は、100mMのNa−Hepes緩衝液(pH7.2)に、精製した2.8μMのPylRS(Y306G−Y384F)、10mMのMgCl、2mMのATP、4mMのDTT、2.1μMのtRNAPyl転写物、及び適切な濃度のアミノ酸(ここでは、TmdZLys、pNOZLys等)が加えられている。なお、PylRS(Y306G−Y384F)及びtRNAPyl転写物は、上記「(2)PylRS変異体及びtRNAPylの発現及び精製」の記載に従い得たものである。
【0072】
非アミノアシル化tRNAPyl及びアミノアシル化tRNAPylを、10%変性尿素−ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し(変性は酸性条件下(pH5.0)で4℃、18時間で行った)、2%のトルイジンブルーで染色した。
【0073】
(4−1〜4−2) タンパク質へのTmdZLysの部位特異的導入、及び細胞内での光クロスリンク
(4−1)タンパク質へのTmdZLys等の部位特異的導入
pET−GST(25Am)プラスミド、及びpTK2.1−PylRS(Y306A−Y384F)−tRNAPyl又はpTK2.1−PylRS(Y306G−Y384F)−tRNAPylプラスミドを、参考文献1の記載に従い大腸菌BL21−Gold(DE3)(Novagen)に導入した。
【0074】
すなわち、PylRS(Y306A−Y384F)/tRNAPylの系、及びPylRS(Y306G−Y384F)/tRNAPylの系を用いて、大腸菌細胞内で、GSTタンパク質にTmdZLysを導入した。そして、得られたGSTタンパク質を精製し、MALD−TOF MS及びESI−MS/MSによる質量分析を行った。この一連の操作は、幾つかの変更を加えた以外は、参考文献1及び5に記載の方法に従って行った。GSTタンパク質へのTmdZLysの導入は、7.5%のDMSOを含むM9培地中で行った。
【0075】
なお、TmdZLysに代えてpNOZLysを用いれば、pNOZLysが部位特異的に導入されたGSTタンパク質を得ることができる。
(4−2)細胞内での光クロスリンク
大腸菌細胞中で発現したGSTタンパク質のウエスタンブロット分析は、参考文献1の記載に従い行った。
【0076】
T−Rex CHO細胞(Invitrogen)及びHEK293 c−18細胞(ATCC)における、タンパク質へのTmdZLysの部位特異的導入、細胞中でのタンパク質の光クロスリンク、免疫沈降、及びウエスタンブロット分析を、参考文献2及び6に記載の方法により行った。10種類のGRB2(TmdZLys)変異体(GRB2(103TmdZLys)〜GRB2(112TmdZLys))(20kDa)の何れかが、EGFR(170kDa)及びSHC(50〜55kDa)と共発現しているHEK293細胞に対して、波長365nmのUV光を0℃で15分間照射した。なお、GRB2(103〜112TmdZLys)とは、GRB2の103番目〜112番目(SH2ドメイン内)にTmdZLysが導入されたGRB2変異体である。
【0077】
<実施例1> Nε−[((4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジル)オキシ)カルボニル]−L−リジン(TmdZLys:図1参照)の合成
4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジルアルコール(300mg,13.9mmol)を1,1’−カルボニルジイミダゾールで活性化した。
【0078】
得られた4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジルオキシカルボニルイミダゾール炭酸塩(45mg,1.45mmol)を、DIPEA存在下において、Nα−t−ブチルオキシカルボニル(Boc)−L−リジン(362mg,14.7mmol)とカップリングした。
【0079】
得られたNα−Boc−Nε−[((4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジル)オキシ)カルボニル]−L−リジンを20%のトリフルオロ酢酸(TFA)で脱保護し、TmdZLys(180mg,0.46mmol)を得た。
【0080】
TmdZLysの化学構造は、H−NMR、13C−NMR、及び19F−NMR(800MHz,DMSO−d6)、並びに質量分析によって確認した。
(NMRデータ)
1H NMR (800 MHz, DMSO-d6): ・ (ppm) 1.380−1.525 (m, 2H), 1.4496−1.562 (m, 2H), 1.774−1.907 (m, 2H), 3.8230 (s, 1H), 3.076−3.123 (m, 2H), 5.183 (s, 2H), 7.4275 (d, J= 8.3 Hz, 2H), 7.4474 (t, J = 6.4 Hz, 1H), 7.5290 (d, J = 8.3 Hz, 2H), 8.156 (bs, 1H). 13C-NMR (200 MHz, DMSO-d6): ・ (ppm) 22.28, 28.495 (d, J = 40.69Hz), 29.377, 30.389, 40.543, 52.857, 64.735, 122.176 (d, J = 273.73 Hz), 127.047, 127.304, 128.757, 140.377, 156.355, 171.358. 19F-NMR (376 MHz, DMSO-d6): ・ (ppm) −64.665.
(MALDI−TOF Mass):Calcd,m/z=388.35[M+H],Obsd,m/z=389.10[M+H]
【0081】
<実施例2> タンパク質にpNOZLysを導入するPylRS変異体のスクリーニング
Tmd基を効果的な光クロスリンクプローブとして適用する場合、ZLysのベンゼン環のパラ位置換はオルト位置換よりも相当によい。
【0082】
そこで、ZLysのベンゼン環のパラ位置換誘導体に適合するPylRSの活性部位を作製するため、タンパク質内に、ベンゼン環のパラ位にニトロ基を有するZLys誘導体(pNOZLys)を導入可能なPylRS変異体をスクリーニングした。
【0083】
PylRS(Y384F)は野生型PylRSと比較して、かさ高いリジンに対する高いアミノアシル化活性を有するため(参考文献1)、PylRS(Y384F)を変異体作製のテンプレートとして用いた。PylRS・ピロリジン複合体の立体構造に基づき(参考文献3)、PylRS(Y384F)の活性部位の残基であるTyr306、Leu309、及びIle413が、合成オリゴヌクレオチドプライマー(意図された変異型はNNK(N=A+G+C+T、K=G+T)によりコードされる)を用いたオーバーラップ伸長PCRによりランダム化されてなるPylRS変異体のライブラリを作製した。
【0084】
次いで、このライブラリを、大腸菌の細胞中でtRNAPyl遺伝子と共発現することによって、pNOZLysを認識できるPylRS変異体をスクリーニングした。より具体的には、以下に説明する2回のポジティブ及びネガティブセレクションの交互選抜によってスクリーニングを行った。
【0085】
まず、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子中にあるアンバーストップコドンのサプレッションに基づいて、PylRS変異体のライブラリに対してポジティブセレクションをした。PylRS変異体のライブラリ及びtRNAPyl遺伝子により形質転換された細胞を1mMのpNOZLysを含むLB培地で生育させ、クロラムフェニコール存在下で生育するものをスクリーニングした。次いで、pNOZLys非存在下で、有毒なバルナーゼ遺伝子中にある2つのアンバーストップコドンのサプレッションに基づいて、PylRS変異体のライブラリに対してネガティブセレクションした。2回のポジティブ及びネガティブセレクションの交互選抜を行った後、pNOZLysを認識できるPylRS(Y306G−Y384F)変異体を得た。この結果は、Tyr306がより小さい残基(グリシン)に変異しているPylRSが、ベンゼン環のパラ位が置換されたZLys誘導体を効率的に認識できることを示唆した。
【0086】
<実施例3> インビトロにおけるアミノアシル化実験
PylRS(Y306G−Y384F)変異体を用いて、各種アミノ酸とtRNAPylとのアミノアシル化実験を、インビトロで行った。なお、アミノアシル化実験は、上記「(3)アミノアシル化アッセイ」の記載に従い行っている。実験の結果を図4に示す。
【0087】
図4において、コントロール以外の各レーンには、PylRS(Y306G−Y384F)変異体とtRNAPyl転写物とを加えている。各レーンは左側から順に、(1)アミノ酸の添加なし、(2)1mMのNε−アセチル−L−リジン(AcLys)の添加、(3)1mMのNε−(tert−ブチルオキシカルボニル)−L−リジン(BocLys)の添加、(4)1mMのZLysの添加、(5)1mMのpNOZLysの添加、(6)2mMのpNOZLysの添加、(7)1mMのTmdZLysの添加、(8)2mMのTmdZLysの添加、という条件下で反応を行ったものである。なお、右側の二つのレーンは、(9)酵素なし(−enz)、(10)tRNAPyl転写物のみ添加、という条件のコントロールを示す。
【0088】
インビトロでのアミノアシル化実験では、TmdZLys及びpNOZLysは同等の効率でtRNAPylと結合できることが示された。
【0089】
<実施例4> パラ位置換されたZLysを認識するPylRS変異体の比較等
ZLysを認識するM.mazeiのPylRS変異体として、PylRS(Y306A−Y384F)変異体が報告されている(参考文献1)。
【0090】
本実施例では、PylRSの306番目のアミノ酸の置換が、パラ位置換されたZLys誘導体を大腸菌のUAGコドンに対応して導入する効率に与える影響を評価した。
【0091】
具体的には、上記「(4−1)タンパク質へのTmdZLys等の部位特異的導入」の記載に従い、25番目にアンバーコドンを有するグルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)遺伝子gst(Am25)(参考文献1及び7)の翻訳を行い、部位特異的にTmdZLys等が導入された全長GSTタンパク質を産生させた。全長GSTタンパク質の産生は、最終濃度1mMとなるように生育培地に添加されたpNOZLys又はTmdZLysの存在下で行った。
【0092】
図2中の(A)は、抗GST抗体を用いて、得られた全長GSTタンパク質を含む試料をウエスタンブロット分析した結果を示す。上段は、PylRS(Y306G−Y384F)変異体を用いた結果であり、下段は、PylRS(Y306A−Y384F)変異体を用いた結果である。同図に示す通り、pNOZLysの導入に関しては、PylRS変異体の種類によらず非常に効率よく導入された。一方、TmdZLysの導入に関しては、PylRS(Y306A−Y384F)変異体の方が、PylRS(Y306G−Y384F)変異体よりも導入効率の観点でより優れていた。
【0093】
なお、M.mazeiのPylRSの結晶構造に基づく、結合ポケットにおけるTmdZLysの構造モデルは、Tyr306Alaの置換によって、Z部分(ベンジル部分)だけでなく、そのパラ位のニトロ置換基又はジアジリニル置換基も収容可能なスペースが、当該ポケット中に作り出されることを示す(図示は省略)。
【0094】
図2中の(B)は、得られた全長GSTタンパク質を精製してゲル電気泳動にかけ、Simply Blue(Invitrogen)で染色した結果を示す。同図の下方に示す数値は、細胞培養液1リットル当たりの全長GSTタンパク質の収量(単位mg)であり、TmdZLysが部位特異的に導入された全長GSTタンパク質が、細胞培養液1リットル当たり0.4mg得られた。なお、TmdZLysが導入された全長GSTタンパク質の収量は、pNOZLysが導入された全長GSTタンパク質と比較して少ないが、インビトロでのアミノアシル化の効率には差が無いことから(実施例3参照)、その一因は、細胞による、TmdZLys及びpNOZLysの取り込み効率の相違と推定される。
【0095】
図2中の(C)は、TmdZLysが導入された全長GSTタンパク質を精製し、そのトリプシン消化物を、ESI−Q−TOF質量分析した結果を示す。当該質量分析では、25番目のTmdLysを含む23〜33番目のアミノ酸残基(NSXSPILGYWK:XがTmdZLys)に対応する、ペプチドの二次ポジティブイオン(m/z=767.9[M+2H]2+)を検出した。
【0096】
<実施例5> 哺乳類細胞に添加するTmdZLys濃度の好適化と光クロスリンク
哺乳類細胞に添加するTmdZLysの最適な濃度を、次の方法で決定した。
【0097】
緑色蛍光タンパク質(GFP)を、細胞シグナルアダプタータンパク質GRB2のC末端に融合し、さらにGRB2のSH2ドメインにおける111番目のアミノ酸に対応するコドンをUAGに置換することで、当該UAGにTmdZlysが導入されたか否かを蛍光発光の有無で検出できるシステムであるGRB2(111Am)−GFPを構築した。具体的には、上記「(1)プラスミドの構築及び部位特異的変異誘発」欄の記載に従い、プラスミドpcDNA4/TO−GRB2GFPを得、このGRB2遺伝子内にUAGに置換する変異を導入した。なお、SH2ドメインは、Srcホモロジー2ドメインの略称であり、本来的な機能は、成長刺激で自己リン酸化された上皮成長因子受容体(EGFR)に結合する。
【0098】
GRB2(111Am)−GFPは、PylRS(Y306A−Y384F)−tRNAPylペアと共にT−Rex CHO細胞(Invitrogen)中で発現させた。細胞培養液中に、TmdZLysが0.05mM〜0.1mMの濃度で添加された場合に最大の蛍光が観察された(図2のD:n=4)。当該濃度は、大腸菌で最大の蛍光が観察される濃度と比較してかなり低かった。
【0099】
<実施例6> TmdZLysとの長距離の光クロスリンクの実証
TmdZLysを、GRB2のSH2ドメインの103〜112番目の位置それぞれに別個に導入して、10種類のGRB2(TmdZLys)変異体を作製した。
【0100】
具体的には、上記「(1)プラスミドの構築及び部位特異的変異誘発」欄の記載に従い、プラスミドpOriP−GRB2を得、このGRB2遺伝子内の所定位置にUAGに置換する変異を導入した。そして、ヒト胎児腎臓(HEK)293細胞内に、プラスミドpOriP−GRB2及びpcDNA4/TO−SHC−EGFRを発現可能に導入して、C末端がFLAGペプチドで標識された、各GRB2(TmdZLys)変異体を、EGFR及びSHCと共に一時的に発現させた。なお、SHCは、EGFRと同様の結合様式でGRB2のSH2ドメインに結合する分子である。
【0101】
そして、HEK293細胞に、EGF刺激(成長刺激)を与え、かつ波長365nmの光を照射して光クロスリンク反応を行った。これにより、フリーのGRB2(TmdZLys)変異体、及び、相互作用物(SHC又はEGFR)と複合体を形成したGRB2(TmdZLys)変異体が生じた。次いで、フリーのGRB2(TmdZLys)変異体、及び受容体と光クロスリンクした複合体を細胞抽出物から免疫沈降し、ウエスタンブロット分析に供した。なお、免疫沈降は、抗FLAG抗体を用いて行った。また、ウエスタンブロット分析は夫々、抗EGFR抗体及び抗SHC抗体を用いて行った。
【0102】
結果を図3に示すが、図中、左側から伸びる矢印はEGFR又はSHCを示し、右側から伸びる矢印はクロスリンクで生じた複合体を示す。GRB2のSH2ドメインの104、106、108、109、及び111番目の位置にTmdZLysが導入されたGRB2(TmdZLys)変異体は、EGFRとのクロスリンクが効率的に形成されていた。一方で、GRB2のSH2ドメインの103及び112番目の位置にTmdZLysが導入されたGRB2(TmdZLys)変異体では、EGFRとのクロスリンクで生じた生成物(複合体)の弱いシグナルが観察された(図3中のA)。同様のクロスリンクのパターンは、SHCの場合でも観察され、SHCの場合はさらに105及び110番目の位置にTmdZLysが導入された変異体で、クロスリンクで生じた生成物の弱いシグナルが観察された(図3中のB)。
【0103】
なお、フェニルアラニン誘導体である、p−ベンゾイル−L−フェニルアラニン(pBpa)及び4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)−L−フェニルアラニン(TmdPhe)は、EGFRのごく近傍に位置するように導入された場合にのみ、GRB2とEGFRとの間のクロスリンクを効果的に形成した。すなわち、これらフェニルアラニン誘導体が、GRB2のSH2ドメインの108、109、及び111番目の位置に導入された場合には、GRB2とEGFRとの間のクロスリンクが効果的に形成されるが、104〜106番目の位置に導入された場合には弱いクロスリンクが形成されるのみであり、103又は112番目の位置に導入された場合にはクロスリンクが全く形成されない(参考文献2、6)。
【0104】
GRB2・EGFR複合体構造において、GRB2のSH2ドメインの103及び112番目のアミノ酸残基のCα原子は、EGFRの最も近いC原子(それぞれ、Ile4のCδ1及びGln6のCδ1)から11〜13Å離れており、また、反応中心とTmdZLysのCαとの距離は15Åである。一方、当該反応中心とpBpaのCαとの距離は7.9Åであり、反応中心とTmdPheのCαとの距離は6.9Åである。したがって、同様の実験により得られたクロスリンクのデータを比較すると、TmdZLysによるクロスリンクは、2つのフェニルアラニン誘導体よりも、かなり長距離をカバーしうることが示された。
【0105】
<実施例7> Ety−TmdZlysの合成
本実施例で合成するEty−TmdZlysは、実施例1で合成したTmdZlysにエチニル基が導入された化合物、より具体的には、上記式(3)で示す化合物においてR5が−CFである化合物に相当する。Ety−TmdZlysの合成ルートは、以下に示す通りである。
【0106】
【化5】

【0107】
(化合物1.から化合物2.を得る工程: ハロゲン化工程)
1等量の4−(3−(トリフルオロメチル)−3−H−ジアジリン−3−イル)ベンジルアルコール、2.89等量のトリフルオロ酢酸タリウム(III)、10.1等量のトリフルオロメタンスルホン酸、及び14.5等量のヨウ化ナトリウムを、トリフルオロ酢酸/水の混合溶媒中で反応させて、化合物2.を得る。
【0108】
(化合物2.から化合物3.を得る工程: THPでの保護工程)
次いで、1等量の化合物2.、2.07等量の3,4−ジヒドロ−2H−ピラン、及び0.1等量のパラトルエンスルホン酸を、ジクロロメタン溶媒中で反応させて、水酸基がテトラヒドロピラニル基(THP)で保護された化合物3.を得る。
【0109】
(化合物3.から化合物4.を得る工程: TMS−アセチレンの導入工程)
次いで、1等量の化合物3.、1等量のトリメチルシリル(TMS)アセチレン、0.01等量のCuI、及び0.02等量のビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム二塩化物を、ジエチルアミン溶媒中で反応させて、化合物4.を得る。
【0110】
(化合物4.から化合物5.を得る工程: 脱TMS工程)
次いで、1等量の化合物4.、及び1.5等量のKOHを、メタノール溶媒中で反応させて、化合物5.を得る。
【0111】
(化合物5.から化合物6.を得る工程: 脱THP工程)
次いで、1等量の化合物5.、及び0.02等量のトルエンスルホン酸ピリジニウムを、エタノール溶媒中で反応させて、化合物6.を得る。
【0112】
(化合物6.から化合物7.を得る工程: フェニルオキシカルボニル化工程)
次いで、1等量の化合物6.、1.2等量のビス(4−ニトロフェニル)カーボネート、及び1.2等量のトリエチルアミンを、テトラヒドロフラン溶媒中で反応させて、化合物7.を得る。
【0113】
(化合物7.から化合物8.を得る工程: リジン誘導体化工程)
次いで、1等量の化合物7.、1.2等量のFmoc−Lys(リジン)−OH.HCl、及び1.2等量のトリエチルアミンを、ジメチルホルムアミド溶媒中で反応させて、化合物8.を得る。なお、Fmocは、9−フルオレニルメチルオキシカルボニル基を指す。
【0114】
(化合物8.から化合物9.(Ety−TmdZlys)を得る工程:脱Fmoc工程)
次いで、1等量の化合物8.を、20体積%でピペリジンを含むジメチルホルムアミド溶媒中で反応させて、Fmocを脱保護することで、化合物9.を得る。
【0115】
<実施例中の参考文献リスト>
参考文献1: T. Yanagisawa, R. Ishii, R. Fukunaga, T. Kobayashi, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, Chem. Biol. 2008, 15, 1187-1197.
参考文献2: N. Hino, Y. Okazaki, T. Kobayashi, A. Hayashi, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, Nat. Methods 2005, 2, 201-206.
参考文献3: T. Yanagisawa, R. Ishii, R. Fukunaga, T. Kobayashi, K. Sakamoto, and S. Yokoyama, J. Mol. Biol. 2008, 378, 634-652
参考文献4: U. Varshney, C.P. Lee, and U.L. RajBhandary. J Biol Chem. 1991, 266, 24712-24718.
参考文献5: T. Yanagisawa, T. Sumida, R. Ishii, C. Takemoto, and S. Yokoyama, Nat. Struct. Mol. Biol. 2010, 17, 1136-1143.
参考文献6: N. Hino, M. Oyama, A. Sato, T. Mukai, F. Iraha, A. Hayashi, H. Kozuka-Hata, T. Yamamoto, S. Yokoyama, and K. Sakamoto, J. Mol. Biol. 2011, 406, 343-353.
参考文献7: K. Sakamoto, K. Murayama, K. Oki, F. Iraha, M. Kato-Murayama, M. Takahashi, K. Ohtake, T. Kobayashi, S. Kuramitsu, M. Shirouzu, and S. Yokoyama, Structure 2009, 17, 335-344.
本発明は上述した各実施形態及び実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明は、タンパク質の相互作用等の解析に利用可能な新規な非天然型アミノ酸及びその利用を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される、
【化1】

(式(1)中で、nは1以上で3以下の整数を表し、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3の炭化水素基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基、又はアセチル基を表し、
R5は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1〜3のアルキル基、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基、又は水素原子を表す)
化合物。
【請求項2】
R5は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよいメチル基、又は、水素原子の一部又は全部がハロゲン原子に置換されていてもよい炭素数1の脂肪族アジド基である請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、又は炭素数1〜3の炭化水素基である請求項1又は2に記載の化合物。
【請求項4】
R1、R2、R3及びR4から選択される3つ又は4つが水素原子である請求項3に記載の化合物。
【請求項5】
nが1又は2である請求項1〜4の何れか一項に記載の化合物。
【請求項6】
式(1)中におけるアミノ基が、水酸基、ヒドロキシアミノ基、メチルアミノ基、チオール基、又はセレノール基に置き換えられている請求項1〜5の何れか一項に記載の化合物。
【請求項7】
式(1)中におけるカルボキシル基が、リン酸基、スルホ基、チオカルボキシル基、又はセレノカルボキシル基に置き換えられている請求項1〜6の何れか一項に記載の化合物。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか一項に記載の化合物とアミノ酸及び/又はアミノ酸誘導体とが結合してなるポリペプチド。
【請求項9】
請求項8に記載のポリペプチドを含む光架橋形成キット。
【請求項10】
請求項8に記載のポリペプチドと、対象試料とを接触させる接触工程と、
次いで、上記ポリペプチドに光架橋反応を生じさせる所定波長の光を照射する光照射工程とを含む、光架橋形成方法。
【請求項11】
上記所定波長が300nm以上で380nm以下の範囲内である請求項10に記載の光架橋形成方法。
【請求項12】
上記ポリペプチドと対象試料との相互作用検出の目的で行われる、請求項10又は11に記載の光架橋形成方法。

【図1】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−107842(P2013−107842A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253307(P2011−253307)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19〜23年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業「ターゲットタンパク研究プログラム(タンパク質生産技術開発に基づく「タンパク質発現ライブラリー基盤」の構築)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】