説明

新規な香気捕集方法及び装置

【課題】短時間で熱処理したときに変化する香りの捕集装置および方法の提供。
【解決手段】凹面または円錐状の形状からなる吸入口部材と管状の流路からなる吸入ユニットと、冷却ユニットと該冷却ユニットと好ましくは分離可能な状態で結合された液体用捕集容器からなる捕集ユニット、吸気ポンプと流量調整バルブ、開閉バルブからなる吸気ユニットから構成されることを特徴とする揮発性成分の捕集装置である。本発明の揮発性成分の捕集装置は、開放系で捕集を行うものであるが、主として加熱生成香気を捕集することを目的とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香気の捕集方法及び該方法に使用する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、調理食品の多様化が進み、香料においても多様な調理香気の開発が求められている。これに対して、従来から、動植物原材料からその芳香成分を分離する手段として、工業的には水蒸気蒸留法や溶剤抽出法などが用いられている。その中で、密閉系の加熱中に発生する香気捕集方法としては、連続水蒸気蒸留抽出装置を利用した方法が提示されている(非特許文献1)。
【0003】
また、加熱法を変えた密閉系での香気捕集方法として、牛肉をフライパンで焼くときに発生する蒸気を捕集する方法が提示されている(非特許文献2)。
【0004】
一方、開放系の香気捕集方法としては、動植物原材料に空気を連続的に接触するように送り込み、その排気口にシリカゲルや多孔性重合樹脂等の吸着剤と接触させて香気成分を吸着濃縮する方法が採られている(非特許文献3)。
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 35, 14-18 (1987)
【非特許文献2】J. Agric. Food Chem. 42, 2246-2253 (1994)
【非特許文献3】香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会, 118-120 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の加熱中に発生する香気捕集方法としては、前記非特許文献1に記載された方法があるが、これは原材料を予め供給しておいてそれから加熱を始めて発生した香気を捕集している。この方法では、香気捕集をするまでに長時間かかるため、原材料を加熱するためあらかじめ加熱面を温めておくような例えば肉を焼いている時の香気などの比較的短時間で変化する香りを捕集することには不向きであった。また、溶剤で抽出をするため選択性があり、得られた香気濃縮物は必ずしも本来の香気を再現したものではなかった。
【0006】
また、前記非特許文献2に記載された短時間に加熱中に発生する香気を捕集する方法は、空気を送り込むために空気が漏れないように加熱面と蓋を密閉させ留め金で固定しており、さらに冷却部分を金具で固定する必要があるため、肉を片面焼いたあとは、これらの密閉させた留め金や固定した金具を外す必要があり、その操作は煩雑であるため連続的に処理するには不向きであった。また、前記非特許文献2に記載された装置では、加熱中に調味料を加えて原材料を混ぜることができないため、実際の調理を想定した加熱中に発生する香気を捕集することには不十分であった。
【0007】
さらに、一般に食品の調理では、撹拌や混合の方法など細部の操作方法によっても香味が大きく影響されるものであり、自然な調理香気を捕集するには、自由な操作を可能にする必要がある。しかしながら、従来の閉鎖系での捕集方法では複雑な操作を再現することは極めて困難であり、捕集した調理香気を基に自然な香気を再現することはできなかった。
【0008】
また、開放系での吸着剤を用いた捕集方法は、香気成分の捕集には極めて有用ではあるが、一般に香気成分の捕集においては、目的香気以外に周囲の環境に存在するいわゆる環境臭が混入することを避けるため、開放系での香気捕集は避けられる傾向にある。前記非特許文献3の方法においても、環境臭が少ない状態で目的物の香気を捕集するため、目的物の至近で極小の吸入口から気体を吸入するものとなっており、捕集量は極めて限られたものとなるという問題があった。さらに、その吸着能力は非常に選択性が強く、また水分や油を多量に含んだ原材料から香気成分を捕集するとその吸着能力が低下するために、調理を想定した加熱中に発生する香気を捕集するには向いていなかった。
【0009】
すなわち、本発明が解決しようとする課題は、上記の問題点を解決すべく、短時間で変化する加熱中に発生する香りを連続的に捕集することにより簡便な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記のような従来の長時間と短時間の加熱状態において発生する香気捕集方法による欠点及び限界を克服し、動植物原材料を加熱したときに発生する芳香の忠実な再現及び機能性開発を目的に鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成した。すなわち本発明は、動植物原材料を加熱処理することにより発生する揮発性成分捕集装置において、短時間で発生した香気を捕集し、加熱中の原材料をひっくり返したり、混ぜたりすることが出来るように加熱面と蓋を留め金で密閉せず、また装置全体を金具で固定しないことを特徴とする香気捕集方法である。より具体的には、凹面または円錐状の形状からなる吸入口部材と管状の流路からなる吸入ユニットと、冷却ユニットと該冷却ユニットと好ましくは分離可能な状態で結合された液体用捕集容器からなる捕集ユニット、吸気ポンプと流量調整バルブ、開閉バルブからなる吸気ユニットから構成されることを特徴とする揮発性成分の捕集装置である。本発明の揮発性成分の捕集装置は、開放系で捕集を行うものであるが、主として加熱生成香気を捕集することを目的とするものである。本発明の捕集装置は、加熱面の直上に吸入口を設置して、強制的に加熱生成香気を含む気体を吸入するものであるが、本発明者は前記捕集装置を用いることにより、驚くべきことに周囲の環境臭が混入することが、全くないか極めて少ないことを見出し本発明を完成した。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、加熱中に発生した香気を開放系で吸引捕集することで、加熱中の原材料をひっくり返したり、混ぜたり、調味料を加えるなど、実際の調理を行った状態で香気を極めて容易に捕集することができる。また、冷却して香気成分を回収することで、多量の水分や油分を含む原材料からも香気成分を捕集することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の捕集装置は、凹面または円錐状の形状からなる吸入口から揮発性成分を捕集し、冷却ユニットと該冷却ユニットと分離可能な状態で結合された液体用捕集容器へ揮発性成分を液体として回収するものである。以下、本発明を図1に基づいて説明する。加熱面1で加熱処理された動植物原材料2から発生した揮発性成分は、吸入口3により流路4を経て、冷却ユニット5に供給される。ここで冷却された揮発性成分は液体用捕集容器6に貯まる。冷却器の排出側に流路7およびバルブ8、流量調整器9を連結させた吸引ポンプ10により強制的に吸引することで効率よく揮発性成分を液体として回収することが出来る。
【0013】
本発明の揮発性成分の捕集装置における吸入ユニットは、吸入口部材と管状の流路からなるものである。吸入口部材は、大気中に放散される揮発性成分を効率よく捕集するためのものであり、回転二次曲面などの凹面または円錐状の形状からなるものである。吸入口部材はその中央部もしくはその近傍に気体の導入口が設けられており、これに管状の流路の一端が結合される。流路の他の一端は捕集ユニットに結合され、吸入口から吸入された気体は捕集ユニットに導入される。
【0014】
吸入口部材の最外縁の半径は、目的に応じて選択することができるが、一般に5cm〜 15cmであることが、操作性、および環境臭の過剰な取り込みを抑制するために好ましい。
【0015】
吸入口部材の材質は、それ自体の臭気が気散するものでなければ特に限定されないが、捕集目的物を変えて併用できることから香気成分の吸着が少なく、洗浄性に優れている材料であることが好ましい。さらには、加熱されている物品に一部接触する場合があることや、加熱気体に接触することから、耐熱性に優れた材質であることがより好ましい。吸入口部材の材質として特に好ましいものとしては、耐熱ガラス、ステンレススチール、フッ素樹脂が挙げられる。
【0016】
吸入口部材に結合される流路は、吸入口部材と一体化してもよいが、吸入口の位置や角度を簡便に変更できるように一体化しないほうが好ましい。流路の材質はそれ自体の臭気が気散するものでなければ特に限定されないが、特に吸入口部材と一体化する場合はガラス、ステンレススチール、フッ素樹脂など香気成分の吸着が少なく、洗浄性に優れている材料であることが好ましい。また、吸入口部材と流路を一体化しない場合は、流路を屈曲が可能な柔軟性を有する材質とすることが好ましい。吸入口部材と捕集ユニットの連結部は材質によって適したつなぎ方は異なるが、吸引した気体がつなぎ目で漏れないように密着させた方法であればその方法は限定されない。例えば、耐熱ガラス同士を連結するのであれば、その連結形状はボールジョイントが挙げられる。
【0017】
さらに、流路には流通する気体の凝縮を抑制するために保温手段を設けることもできる。保温手段としては、流路外部にヒーターを設置する方法や流路にジャケットを付して、温度調節用の流体を通じる方法など公知の方法が使用できる。また、流路内部もしくは外表面に温度計測用の器具を設置することもでき、計測機器の出力によって温度調節する手段を適用することもできる。
【0018】
本発明の揮発性成分の捕集装置における捕集ユニットは、冷却ユニットと液体用捕集容器からなり、吸入ユニットから導入された揮発性成分を含む気体を冷却し、凝縮した揮発性成分や、揮発性成分が溶解または分散した凝縮水を捕集するものである。
【0019】
前記冷却ユニットで使用される冷却器は、加熱処理により発生した揮発性成分を冷却して凝縮させるものであり、公知の冷却器を使用することができる。具体的には、循環装置を用いて冷媒を循環させるものや、冷媒を投入して静置するものが挙げられる。いずれの場合であっても、揮発性成分を有効に凝縮できるものであれば、特に制約はされない。たとえば、前者の場合は捕集容器との接合部と冷媒循環部のみから成ってもよく、捕集容器のジャケットとして捕集容器と一体化してもよい。また、後者の場合は容器状のもので、捕集容器を冷媒中に浸すものであってもよい。冷却ユニットが前記の例のように冷却器のみからなる場合は、吸入ユニットや吸気ユニットは液体用捕集容器に接続される。
【0020】
本発明の液体用捕集容器は、冷却ユニットと一体化されていてもよいが、捕集目的物を変えて併用できることから香気成分の吸着が少なく洗浄性に優れている材質のもので、捕集用途に合わせて分離可能な状態で結合されることが好ましい。捕集容器と冷却ユニットを一体化する場合は、捕集容器に捕集液の抜き取り弁を設けることができる。捕集容器と冷却ユニットを分離可能な状態で結合する場合は、途中で捕集容器を別のものに付け替えることができる。
【0021】
また、本発明の液体用捕集容器には保冷手段を設けることもできる。保冷手段としては、市販の冷却水循環装置だけでなく、捕集した揮発性成分を有効に保冷できるものであれば、特に制約はされない。
【0022】
さらに、捕集ユニットの排出側に多孔性重合樹脂等の吸着樹脂、例えば、2,6―ジメチル―p―フェニレンオキサイドポリマー、アクリルエステルポリマー或いはスチレンジビニルベンゼンポリマーからなる樹脂や活性炭等を充填した吸着筒を接続すれば、冷却ユニットで捕集されず逸散する香気を捕捉することができる。
【0023】
本発明において、吸引ポンプの前後いずれかにバルブ8を接続することができる。このバルブは通気の有無を切り替えるものであって、流量調整手段を用いて切り替えるのと比較してより短時間で通気の有無の切り替えをすることで、短時間の加熱で香気が変化する原材料から目的の香気のみを捕集することを目的として設置される。バルブの形状は、簡便な開閉操作が可能な手段であればいずれであっても使用することが出来る。
【0024】
本発明において、吸引ポンプ10の前後のいずれかに流量調整器9を接続することが出来る。これは揮発性成分の吸引する量を調整するものであって、例えば調整バルブ付きフロート型流量計のような手段にすることができる。
【0025】
本発明の捕集装置を用いて捕集した揮発性成分は、その香気成分を分析し得られた香気成分の含有率を基に自然な調理香気を再現するために用いることができる。本発明の捕集装置を用いて捕集した揮発性成分は、一般に水を多く含むため、分析に供する場合は、溶剤抽出や固相抽出などの操作を行って、水分を除去してからガスクロマトグラフなどの分析装置に導入される。この他にも本発明で捕集された揮発性成分は、分析結果をもとに香気を再現、調合する時の比較サンプルとしてや、揮発性成分の連続評価方法および装置(特開2003−107067)で記載の評価試験用試料としても用いることができる。
【0026】
以下図2に本発明に用いる最も簡略な装置の概念図の一例を示すが、本発明はこの図面によって何ら限定されるものではない。
【0027】
実施例1:図1に示す装置を用い、牛肉を焼いているときに発生する揮発性成分を捕集してガスクロマトグラフで分析し、そのデータに基づき香料を調合した。
【0028】
牛肉はオーストラリア産ロース牛肉(厚さ1.5cm)60gを用いて、あらかじめ240℃に温めておいた鉄板にのせ片面2分ずつ焼いた。鉄板上空20cmの位置に耐熱ガラス製のロート状の吸入口3を固定し、焼き始めから焼き終わりまで、空気流量を調整バルブ付きフロート型流量計(流量調整器9)で3L/minに調整し、吸引ポンプ10で空気を吸引し連続して通気させることで、揮発性成分を冷却温度4℃に調整した冷却ユニット5に送り込んだ。冷却ユニット5に捕集された凝縮水は、液体用捕集容器6で集められ牛肉を焼いたときに発生する調理感のある20gの回収液を得た。回収液をジエチルエーテルにより溶剤抽出し濃縮後、ガスクロマトグラフで分析しそのデータに基づき香料を調合した(調合香料1)。
【0029】
次に、オーストラリア産ロース牛肉(厚さ1.5cm)60gをあらかじめ240℃に温めておいた鉄板にのせ片面2分ずつ焼いた。焼きあがった牛肉をジエチルエーテルにより溶剤抽出し濃縮後、前記と同様に分析してそのデータに基づき香料を調合した(調合香料2)。
【0030】
無作為に抽出した10名のパネラーにより、前記の調合香料1および2の官能評価したところ、10名が調合香料1のほうが明らかに牛肉を焼いているときに発生する香気が強く、調理感がある香気であると評価した。
【0031】
実施例2:図1に示す装置を用い、焼きそばを焼いているときに発生する揮発性成分を捕集した。
【0032】
実施例1と同様、鉄板上空20cmの位置に耐熱ガラス製のロート状の吸入口3を固定し、焼きそばの焼き始めから焼き終わりまで、空気を調整バルブ付きフロート型流量計(流量調整器9)で3L/minに調整し、吸引ポンプ10で空気を吸引し連続して通気させることで揮発性成分を冷却温度4℃に調整した冷却ユニット5に送り込んだ。
【0033】
焼きそばの調理方法について記述する。240℃に熱したホットプレートに豚バラ肉30gをのせ軽く炒め、その上に2mmの厚さに短冊切りしたにんじん50g、2cmの幅にざく切りしたキャベツ150g、2mmの幅にせん切りしたピーマン10gをのせて炒めた。横に麺を出してほぐしながら炒め野菜に火が通ったら麺と均一になるように混ぜ合わせ、混ざったら焼きそばソース50gをかけた。ソースが均等にいきわたるように手早く1分間混ぜたところで、捕集を終了した。
【0034】
冷却ユニット5に捕集された凝縮水は、液体用捕集容器6で集められ焼きそばを焼いていているときに発生する調理感のある5gの回収液を得た(回収液1)。
【0035】
次に上記装置条件により、焼きそばソース50gをあらかじめ240℃に温めておいた鉄板で1分間焼き液体用捕集容器6に5gの回収液を得た(回収液2)。
【0036】
無作為に抽出した10名のパネラーにより、前記の回収液1および2の官能評価したところ、10名ともどちらの回収液からも環境臭は認知されず、また回収液1のほうが明らかに野菜や豚肉を炒めている香りや麺を焼いているときの香気が強く、調理感がある香気であると評価した。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、短時間で変化する加熱中に発生する香りを連続的に捕集するときに大変有力な手法である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の香気の捕集装置を示す説明図である。
【図2】本発明の香気の捕集装置を示すユニットごとの概念図である。
【図3】吸入口の断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1 加熱面
2 動植物原材料
3 吸入口(吸入ユニット)
4 流路(吸入ユニット)
5 冷却ユニット(捕集ユニット)
6 液体用捕集容器(捕集ユニット)
7 流路
8 バルブ
9 流量調整器
10 吸引ポンプ(吸引ユニット)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹面または円錐状の形状からなる吸入口を有することを特徴とする揮発性成分の捕集装置。
【請求項2】
(A)凹面または円錐状の形状からなる吸入口部材と管状の流路からなる吸入ユニットと、(B)捕集ユニット、(C)吸気ユニットからなる請求項1に記載の捕集装置。
【請求項3】
吸入口と捕集ユニットを連結する管状の流路が、屈曲可能であることを特徴とする請求項2に記載の捕集装置。
【請求項4】
捕集ユニットが、冷却ユニットと、該冷却ユニットと分離可能な状態で結合された液体用捕集容器からなる、請求項2又は3に記載の揮発性成分の捕集装置。
【請求項5】
吸入ユニットと捕集ユニットが一体化されていることを特徴とする請求項2に記載の捕集装置。
【請求項6】
吸気ユニットが、吸気ポンプと流量調整バルブ、開閉バルブおよび捕集ユニットとの連結管からなることを特徴とする請求項2乃至5に記載の捕集装置。
【請求項7】
請求項1乃至6に記載された捕集装置を用いることを特徴とする、加熱生成香気の捕集方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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