説明

新規アセチレンアルコール誘導体、NGF関連活性物質及びその製造方法

【課題】NGF関連活性を有する新規アセチレンアルコール誘導体の提供。
【解決手段】下記一般式(1)で表される新規アセチレンアルコール誘導体。


(式(1)中、XはOH、OR、H、Rから選択される(Rは炭素数1〜5の炭化水素基から選択される)。;RはH、炭素数1〜5の炭化水素基から選択される。;Rはは炭素数5〜30の炭化水素基から選択される。;nは自然数)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海綿(学名:Petrosia strongylata)などから単離可能な新規アセチレンアルコール誘導体、NGF関連活性物質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
琉球列島は、世界で最も生物多様性の高い熱帯海洋生物地理区であるインド−西太平洋域に属しており、サンゴ礁を形成するサンゴをはじめ多様な海洋生物が棲息している。例えば沖縄本島に投置されている構造物のポール一本から海綿だけでも40種類以上が採取された例がある。このことは琉球列島が非常に多様性に富んだ海域であることの裏付けになるものである。こうした海の恵みを生かす研究が盛んに行われている。
【0003】
例えば、沖縄産のオニヒトデから抽出されたNGF活性をもつステロイド配糖体が報告されている(特許文献1)。
【0004】
以上のように、沖縄の海洋生物には有用な作用をもつものが多くあることが予測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2006/090910号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Aoki, S.; Matsui, K.; Tanaka, K.; Satari, R.; Kobayashi, M., Lembehyne A, a novel neuritogenic polyacetylene, from a marine sponge of Haliclona Sp. Tetrahedron (2000), 56(51), 9945-9948.
【非特許文献2】Aoki, S.; Matsui, K.; Wei, H.; Murakami, N.; Kobayashi, M., Structure-activity relationship of neuritogenic spongean acetylene alcohols, lembehynes. Tetrahedron (2002), 58(27), 5417-5422.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明者らは沖縄の海洋生物数百検体についてNGF活性の有無を精査した。その結果、高い活性をもつ化合物を発見したので、ここに報告する。
【0008】
すなわち、本発明は、沖縄の海洋生物についての研究を通じて明らかになった新規アセチレンアルコール誘導体及び新規NGF関連活性物質並びにその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
海綿からはいくつかの神経栄養因子(NGF関連活性物質)が抽出されている(非特許文献1、2)。本発明者らはそれらに報告のない新規アセチレンアルコール誘導体を見いだしたと共に、それら新規アセチレンアルコール誘導体がNGF様神経突起伸長活性を示すことを発見した。更に、NGFに対してその作用を増強する場合(以下、「NGF増強活性」と称する)もあることを発見した(本明細書において、NGF様神経突起伸長活性とNGF増強活性とを併せて「NGF関連活性」と称し、NGF関連活性をもつ化合物を併せて「NGF関連活性物質」と称する)。そしてこれらの知見に基づき以下の発明を完成した。
【0010】
請求項1に係るアセチレンアルコール誘導体は、下記一般式(1)で表されるものである。
【0011】
【化1】

【0012】
(式(1)中、XはOH、OR、H、Rから選択される(Rは炭素数1〜5の炭化水素基から選択される)。;RはH、炭素数1〜5の炭化水素基から選択される。;Rは炭素数5〜30の炭化水素基から選択される。;nは自然数)
請求項2に係るアセチレンアルコール誘導体は、請求項1において、前記一般式(1)中のXがOH基であり、RがH、nが3、Rが下記(A)〜(C)の置換基のうちの何れか1つ(式中の*の部分にて炭素原子に結合する)であるものである。
【0013】
【化2】

【0014】
請求項3に係るNGF関連活性物質は、請求項1又は2に記載のアセチレンアルコール誘導体を含むことを特徴とする。
【0015】
請求項4に係るNGF関連活性物質は、請求項3において、尋常海綿綱に属する海洋生物からの抽出液であることを特徴とする。
【0016】
請求項5に係るアセチレンアルコール誘導体の製造方法の特徴は、請求項1又は2に記載のアセチレンアルコール誘導体を海綿(学名:Petrosia strongylata、以下「沖縄産海綿A」と称する)から抽出分離する工程を有することにある。
【発明の効果】
【0017】
本発明のNGF関連活性物質は高い活性を有する従来にない化合物である。そして、化学構造が比較的単純なため、容易な全合成が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】沖縄産海綿Aから得られた抽出液を分画する方法を示したフローチャートである。
【図2】実施例で行ったPetrosiol A〜CのNGF関連活性率の経日変化を示すグラフである。
【図3】実施例で行ったPetrosiol A〜CのNGF関連活性率の6日後を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(新規アセチレンアルコール誘導体)
本発明の新規アセチレンアルコール誘導体は上記一般式(1)にて表される化合物である。式(1)中におけるXはOH又はOMe、特にOHであることが望ましい。
【0020】
はH又はMe、特にHであることが望ましい。nは下限として1、2、3が例示でき、上限として10、8、6、4、3が例示でき、これら下限と上限とは任意に組み合わせることができる。特に1〜4程度が望ましく、1〜3がより望ましく、2又は3が更に望ましい。
【0021】
の炭素数は5〜25であることが望ましく、10〜20であることが更に望ましい。Rは飽和炭化水素基であっても不飽和炭化水素基であってもよい。不飽和炭化水素基である場合には4位に二重結合をもつものが挙げられる。また、三重結合をもつこともできる。三重結合は末端にもつことができる。更に、Rは直鎖状の炭化水素基であっても分枝した炭化水素基であっても良い。Rとしては上述したの置換基[(A):4−ヘプタデカニル基、(B):16−メチル−4−ヘプタデカニル基、(C):4,20−トリコサジエン−22−イニル基]が挙げられる。特に(A)又は(B)の置換基が望ましく、(A)の置換が更に望ましい。
【0022】
特に望ましいアセチレンアルコール誘導体を以下に示す(化合物(2)〜(4))。これら化合物はXがOH、RがH、nが3である。Rについては化合物(2)が置換基(A)に、化合物(3)が置換基(B)に、化合物(4)が置換基(C)に対応している。
【0023】
【化3】

【0024】
本発明の新規アセチレンアルコール誘導体を得る方法としては特に限定されず、公知の方法を組み合わせて合成する方法が採用できる。また、海洋生物から抽出する方法も採用できる。海洋生物としては海綿が例示できる。海綿としては、分類学上、尋常海綿綱に含まれるものが例示できる。特に沖縄の海洋にて産する海綿(学名:Petrosia strongylata)から大量に抽出することが可能である。沖縄産海綿Aは石垣島周辺海域に非常に多く生息しており、オーバーハング裏面など少し暗い環境を好む種である。生息量も非常に多く、抽出の為に量が必要になった場合にも容易に確保できる。
【0025】
海洋生物からの抽出方法としては特に限定されない。海洋生物を粉砕したりすりつぶしたりした後、有機溶媒、水などに浸漬し、抽出を行うことができる。抽出液はろ過などを行って夾雑物を除くことが望ましい。その後、適正な担体及び溶媒を用いて分画を行うことができる。海洋生物はそのまま、凍結状態、乾燥状態などどのような状態で抽出操作に供しても良い。
(NGF関連活性物質)
本発明のNGF関連活性物質としては前欄にて説明した一般式(1)で表される新規アセチレンアルコール誘導体から任意に選択できる。特に式(2)〜(4)の化合物の何れかであることが望ましい。特に、一般式(2)の化合物が望ましい。
【0026】
更に、尋常海綿綱に属する海洋生物からの抽出液を混合物である場合も含め、そのまま採用することもできる。例えば、式(2)〜(4)の化合物は海洋生物中から抽出することができる。海洋生物からの抽出方法としては新規アセチレンアルコール誘導体と同様の方法(抽出、分画などを組み合わせた分離方法)が採用できるため、更なる説明は省略する。抽出液がNGF関連活性物質であるか否かの判断は得られた分離物中のNGF関連活性の強度及び毒性の強度を判定することで行うことができる。NGF関連活性の測定は、PC12細胞など一般的な細胞を用いた試験系を用い、神経突起伸長を誘導するかどうかで判断する。単独で神経突起伸長を誘導する場合にはNGF様神経突起伸長活性を示す分画であり、NGFの活性を増強する場合にはNGF増強活性を示す分画である。PC12細胞が損傷を受ける場合には毒性があるものと判断できる。
【実施例】
【0027】
〔試験1:沖縄産海綿AからNGF関連活性物質を分離する方法〕
(抽出)
湿質量380gの沖縄産海綿A(Petrosia strongylata)から抽出した酢酸エチル層エキス1.6 gをシリカゲルカラムクロマトグラフィー[Hi−FlashTM 2L (45g),クロロホルム:メタノール=100:0〜90:10(40分間, linear gradient), 流速10mL/分]によって10画分に分離した(Fr.1〜10)。次にFr.8(62.2 mg,35〜40分)を高速液体クロマトグラフィー [Develosil ODS−UG−5 (10×250mm),90%メタノール, 流速5mL/分,検出UV波長245nm]によって7画分に分離した (Fr.8−1〜7)。Fr.8−3(5.0 mg, 11〜12分)は純粋であったため、Petrosiol A(化合物(2)に相当)と名づけた。Fr.8−5(4.3mg,13〜13.5分)は精製不十分であったためさらに高速液体クロマトグラフィー [Develosil ODS−UG−5 (10×250mm),90%メタノール,流速4mL/分,検出UV波長245nm]で精製し、4画分を得た(Fr.8−5−1〜4)。Fr.8−5−2(3.7mg,16〜18分)は純粋であったため、Petrosiol B(化合物(3)に相当)と名づけた。Fr.8−5−3(0.4mg,18〜19分)もまた純粋であったのでPetrosiol C(化合物(4)に相当)と名づけた。またFr.8−6(10.6mg,13.5〜16.5分)も精製不十分であったので高速液体クロマトグラフィー [Develosil ODS−UG−5 (10×250mm),90%メタノール,流速4mL/分,検出UV波長245nm]によって精製し、4画分を得た(Fr.8−6−1〜4)。Fr.8−6−2(1.2 mg,15〜16分)は純粋なPetrosiol B、Fr.8−6−3(9.0 mg,16〜19分)は純粋なPetrosiol Cであった(図1)。
・Petrosiol Aの物理化学的諸性質
外観:淡茶色粉末、分子式:C2542、MS(ESI+):m/z 429.2986 [M+Na]+ (+1.0 mDa)、[α]25:−2.9(c0.16)、UV(MeOH):λmax 203(ε1700)、231(ε430)、243(ε380)、257(ε250)nm、IR:3363(br)、3005、1114、1071、1031、680cm−1。NMRデータ(CDCl:CDOD=4:1。以下同じ)を表1に示す。
・Petrosiol Bの物理化学的諸性質
外観:白色粉末、分子式:C2644、MS(ESI+):m/z443.3142[M+Na](+1.0mDa)、[α]27−3.0(c0.25)、UV(MeOH):λmax205(ε1300), 230(ε620), 243(ε480), 257(ε300)nm、IR:3356(br),3005,1114,1071,1031cm−1。NMRデータを表1に示す。
・Petrosiol Cの物理化学的諸性質
外観:白色粉末、分子式:C3148、MS(ESI+):m/z485.3643[M+H](+1.7mDa),507.3461 [M+Na](+1.6mDa)、[α]26:−3.6(c0.13)、UV(MeOH):λmax222(ε8600)nm、IR:3360(br),3313,1114,1071,1032,680cm−1。NMRデータを表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
〔試験2:NGF関連活性物質の活性評価〕
ラット副腎髄質褐色細胞腫由来PC12細胞は、理研セルバンクから入手した。
【0030】
凍結保存細胞(2x104細胞)を培地(MEME−10%牛胎児血清−5%馬血清)で洗浄し、培地10mLとともに9cmシャーレに撒き、5%CO2雰囲気下、37℃、1週間静置培養した。細胞を収穫し新しい培地で2x105細胞/シャーレになるように希釈して1週間培養する継代培養操作を4回以上繰返した後、収穫した細胞を試験に用いた(継代操作は12回まで)。以下、培養とは5%CO2雰囲気下、37℃で行うものとする。
【0031】
24穴マイクロプレートの各ウエルに、2x104細胞のPC12細胞を含む培地1mLを入れ、COインキュベータ中、37℃で24時間静置培養した。培地を、適当な濃度のサンプルを含む無血清MEME培地1mL(1%DMSO含有)に交換し、24時間ごとに1週間、細胞の様子を観察した。計約100細胞が観察できる視野3つを無作為に選択し、突起長が細胞の長径より長い細胞数を計測して、その割合をパーセントに換算して、神経突起伸張率(%)とした。各濃度について3回ずつ測定した。結果を表2、図2(経時変化)及び図3(6日後の神経突起伸張率)に示す。何も加えない(0μM)場合には神経突起伸張率は0であり、NGFを40ng/mL添加した場合には6日後に74.3%であった。
【0032】
【表2】

【0033】
表2、図2及び3から明らかなように、Petrosiol A〜Cすべてにおいて神経突起伸張活性が存在することが分かった。その中でもPetrosiol A及びPetrosiol BがPetrosiol Cよりも神経突起伸張率が高いことが分かった。Petrosiol AとBとではPetrosiol Aの方が僅かに高い神経突起伸張率を示した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の新規アセチレンアルコール誘導体はNGF関連活性などの発現が期待できる。NGF関連活性を有する物質は薬理作用として痴呆治療、学習能力向上などに有効な作用を発揮することが期待され、薬剤としての応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるアセチレンアルコール誘導体。
【化1】

(式(1)中、XはOH、OR、H、Rから選択される(Rは炭素数1〜5の炭化水素基から選択される)。;RはH、炭素数1〜5の炭化水素基から選択される。;Rはは炭素数5〜30の炭化水素基から選択される。;nは自然数)
【請求項2】
前記一般式(1)中のXがOH基であり、RがH、nが3、Rが下記(A)〜(C)の置換基のうちの何れか1つ(式中の*の部分にて炭素原子に結合する)である請求項1に記載のアセチレンアルコール誘導体。
【化2】

【請求項3】
請求項1又は2に記載のアセチレンアルコール誘導体を含むことを特徴とするNGF関連活性物質。
【請求項4】
尋常海綿綱に属する海洋生物からの抽出液である請求項3に記載のNGF関連活性物質。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のアセチレンアルコール誘導体を海綿(学名:Petrosia strongylata)から抽出分離する工程を有することを特徴とするアセチレンアルコール誘導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−180155(P2010−180155A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−24651(P2009−24651)
【出願日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(509036274)オーピーバイオファクトリー株式会社 (3)
【Fターム(参考)】