説明

新規クマリン誘導体

【課題】 励起により長寿命でかつ高エネルギーの電荷分離状態を生成し得る化合物を提供することにある。
【解決手段】
クマリンの6位に電子供与部位を導入し,下記式(I)で表される電子供与体・受容体連結型クマリン分子とすることで上記課題を解決した。R〜Rは,水素原子,アルキル基等である。本発明の化合物は,光触媒,光増感剤,色素,酸化剤,還元剤,電池等への応用,利用が可能である。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,新規クマリン誘導体およびそれを用いた製品に関し,電気化学,有機合成,機能性材料などの属する分野において,光触媒,光増感剤,色素,酸化剤,還元剤,太陽電池に供するものである。
【背景技術】
【0002】
クマリンは植物などに含まれる芳香として天然に非常に多く存在することが知られており,桜餅などの香り成分や香水として用いられている。また産業界では,レーザー色素として広く用いられている。
【0003】
クマリン系色素を光励起すると強い電子受容体として働き種々の基質を触媒的に電子移動酸化出来るという報告は,これまでに数多く行われている。しかし,従来のクマリンは,一重項励起状態が数ナノ秒と短く,光触媒としては不十分である。したがって,実際に有機合成反応で用いるために,活性種の寿命が例えば数100マイクロ秒からミリ秒オーダーの長寿命を有する高活性光触媒が嘱望されている。
【0004】
一方,電子供与体・受容体連結分子としては,従来,ポルフィリンなどの色素分子が数多く報告され,その電荷分離状態が報告されている。しかし,クマリンを電子供与体・受容体連結分子として用いた電荷分離状態の報告例はない。これまで最も長寿命の電荷分離状態が得られる電子供与体・受容体連結分子としては,9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(非特許文献1参照)があるが,その電子移動状態(電荷分離状態)は,還元力があまり強くないという問題があった。
【0005】
【非特許文献1】 S.Fukuzumi,H.Kotani,K.Ohkubo,S.Ogo,N.V.Tkachenko,H.Lemmetyinen,J.Am.Chem.Soc.,2004,126,1600.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって,本発明は,励起により長寿命でかつ高エネルギーの電荷分離状態を生成し得る化合物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
クマリン誘導体は,1重項および3重項励起状態のエネルギーが非常に高いことから,光増感剤として優れているのみならず,一電子還元体の還元力が強いという特徴がある。しかしながら,前述の通り,従来のクマリンには,一重項励起状態の寿命が非常に短いという問題があった。本発明者らは,クマリンの6位に電子供与部位を導入し,電子供与体・受容体連結型クマリン分子とすることで,励起により長寿命でかつ高エネルギーの電荷分離状態を生成し得る化合物が得られることを見出した。電子供与体としてはジフェニルアニリン誘導体が最も長寿命の電荷分離状態を示した。
【0008】
すなわち,本発明の化合物は,下記構造式(I)
【0009】
【化1】

(式中,Rは水素原子,アルキル基,ヒドロキシル基,アルキルオキシ基,アルキルオキシカルボニル基,アシルオキシ基,アミノ基,オキシアミノ基,アルキルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アシルアミノ基,脂環,芳香環,複素芳香環から選択され,脂環,芳香環あるいは複素芳香環の場合は,さらに置換基を有していても良いし有していなくても良い。R〜Rは,それぞれ独立に,水素原子,アルキル基,脂環,芳香環,複素芳香環から選択され,脂環,芳香環あるいは複素芳香環の場合は,さらに置換基を有していても良いし有していなくても良い。)で表されるジフェニルアニリン誘導体で置換されたクマリン,およびそれらの塩である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の化合物は,前記構造を有することで,励起により長寿命でかつ高エネルギーの電荷分離状態を生成し得る。そして,また,本発明の化合物は,そのような性質のために,光触媒,光増感剤,色素,酸化剤,還元剤,太陽電池として使用可能である。例えば,前記本発明の化合物を色素として含むことで,色素増感型太陽電池として用いることもできる。さらに,本発明の化合物は,前記各用途に限定されず,種々の用途に用いることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に,本発明の実施形態について説明する。
【0012】
本発明の化合物は,前記式(I)中,Rは,例えば,水素原子,アルキル基,ヒドロキシ基,アルキルオキシ基,アシルオキシ基,アルキルオキシカルボニル基,アミノ基,オキシアミノ基,アルキルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アシルアミノ基,脂環,芳香環および複素芳香環からなる群から選択される。芳香環としては,例えば,フェニル基,ナフチル基,アントリル基,フェナントリル基,ピレニル基などが挙げられ,複素環としてはピリジル基,ピロリル基,チエニル基,フリル基,ベンゾピリジル基,ベンゾピロリル基,ベンゾチエニル基,ベンゾフリル基などが挙げられる。R〜Rは,それぞれ独立に,水素原子,炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基,フェニル基,ナフチル基,アントリル基,フェナントリル基,ピレニル基,ピリジル基,ピロリル基,チエニル基,フリル基,またはベンゾフリル基である。なお,R〜Rは,芳香環または複素芳香環の場合はさらに置換基を有していても良いし有していなくても良く,例えば,「フェニル基」という場合は,トリル基,アミノフェニル基等も含まれる。また,上記R〜Rが異性体を有する場合はどの異性体でも良く,例えば,「ナフチル基」という場合は1−ナフチル基でも2−ナフチル基でも良い。
【0013】
前記式(I)で表されるクマリンのうち,例えば,下記構造式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンが特に好ましい。なお,本発明において,この3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンを,ジフェニルアニリン−クマリン連結系分子(DPA−Coumarin)ということがある。
【0014】
【化2】

また,前記式(I)のうち特に好ましいクマリン誘導体としては,前記構造式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの他に,例えば,下記表1に示す化合物1〜8等がある。下記表1に,化合物1〜8の構造を,前記構造式(I)におけるR〜Rの組み合わせで示す。また,これら化合物1〜8は,後述の実施例を参照することにより,当業者であれば,過度の試行錯誤をすることなく,化合物(II)に準じて容易に製造することが出来る。
【0015】
【表1】

【0016】
本発明の化合物の製造方法は特に限定されないが,例えば,下記式(III)で表される4−(ジフェニルアミノ)フェニル誘導体と下記式(IV)で表されるクマリンとの縮合反応より製造することができる。
【0017】
【化3】

前記式(III)中,R〜Rは,それぞれ前記構造式(I)と同じで,式(IV)中のXはハロゲン原子である。
【0018】
前記本発明の製造方法において,前記連結反応工程は,例えば,パラジウム触媒の存在下で行うことが好ましい。パラジウム触媒としてはテトラキス(トリスフェニル)パラジウム,パラジウムアセテートなど種々のパラジウム錯体触媒を用いることができる。前記連結反応工程に用いる溶媒も特に限定されないが,反応効率等の観点から,プロトン性溶媒等の高極性溶媒が好ましく,例えば,酢酸やプロピオン酸等のカルボン酸,ジエチルエーテル,テトラヒドロフラン(THF),1,3−ジオキサン,1,4−ジオキサン,1,3−ジオキソラン,チオキサン,エチレングリコールジメチルエーテル(1,2−ジメトキシエタン),ジエチレングリコールジメチルエーテル,メチル−t−ブチルエーテル等のエーテルが挙げられる。また,前記連結反応には,必要に応じ,その他の反応物質を適宜用いても良い。
【0019】
前記連結反応の反応温度および反応時間も特に限定されず,前記式(III)で表される4−(ジフェニルアミノ)フェニル誘導体の反応性等に応じて適宜設定可能である。前記反応温度は例えば,80〜200℃,好ましくは80〜130℃,特に好ましくは90〜100℃である。前記反応時間は,例えば6〜48時間,好ましくは8〜24時間,特に好ましくは12時間である。
【0020】
なお,本発明において,アルキル基としては,特に限定されないが,例えば,メチル基,エチル基,n−プロピル基,イソプロピル基,n−ブチル基,イソブチル基,sec−ブチル基およびtert−ブチル基等が挙げられ,アルキル基を構造中に含む基(アルキルアミノ基,アルコキシ基等)においても同様である。アシル基としては,特に限定されないが,例えば,ホルミル基,アセチル基,プロピオニル基,イソブチリル基,バレリル基,イソバレリル基,ピバロイル基,ヘキサノイル基,シクロヘキサノイル基,ベンゾイル基等が挙げられ,アシル基を構造中に含む基においても同様である。また,本発明において,アシル基の炭素数にはカルボニル炭素を含み,例えば,炭素数1のアシル基(アルカノイル基)とはホルミル基を指すものとする。さらに,本発明において,「ハロゲン」とは,任意のハロゲン元素を指すが,例えば,塩素,臭素およびヨウ素が挙げられる。
【0021】
また,前記構造式(I)で表されるクマリン誘導体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体,配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は,それら異性体も本発明の化合物に含まれる。さらに,前記構造式(I)で表されるクマリン誘導体またはその異性体が塩を形成し得る場合は,その塩も本発明の化合物に含まれる。前記塩は特に限定されず,例えば酸付加塩でも塩基付加塩でも良く,さらに,前記酸付加塩を形成する酸は無機酸でも有機酸でも良く,前記塩基付加塩を形成する塩基は無機塩基でも有機塩基でも良い。前記無機酸としては,特に限定されないが,例えば,硫酸,リン酸,塩酸,臭化水素酸および,ヨウ化水素酸等があげられる。前記有機酸も特に限定されないが,例えば,p−トルエンスルホン酸,メタンスルホン酸,シュウ酸,p−ブロモベンゼンスルホン酸,炭酸,コハク酸,クエン酸,安息香酸および酢酸等があげられる。前記無機塩基としては,特に限定されないが,例えば,水酸化アンモニウム,アルカリ金属水酸化物,アルカリ土類金属水酸化物,炭酸塩および炭酸水素塩等があげられ,より具体的には,例えば,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,炭酸カリウム,炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸水素カリウム,水酸化カルシウムおよび炭酸カルシウム等があげられる。前記有機塩基も特に限定されないが,例えば,エタノールアミン,トリエチルアミンおよびトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン等があげられる。これらの塩の製造方法も特に限定されず,例えば,前記構造式(I)で表されるクマリン誘導体に前記のような酸や塩基を公知の方法により適宜付加させる等の方法で製造することができる。
【0022】
本発明の化合物において,吸収帯は特に限定されないが,可視光領域に吸収体を有することが好ましい。可視光領域に吸収帯を有することで,可視光励起が可能となり得るためである。これによれば,太陽光をエネルギー源として利用できるので,例えば,太陽電池等への適用も可能である。
【0023】
また,本発明の化合物は,前記式(I)で表されるクマリン誘導体が,電子供与部位(ジフェニルアニリン誘導体部位)および電子受容部位(クマリン誘導体部位)からなることにより,例えば,ジフェニルアニリン誘導体部位からクマリン誘導体部位への分子内電子移動を起こすことによって電荷分離状態を生成させることも可能である。この電荷分離状態のジフェニルアニリン誘導体ラジカルカチオン部位は,強力な酸化剤として機能し得る。また,前記電荷分離状態のクマリン誘導体ラジカルアニオン部位は,強力な還元剤として機能し得る。
【0024】
さらに,本発明の化合物は,長寿命でかつ高エネルギーの励起状態(電荷分離状態)を有することで,例えば,光触媒,酸化剤,還元剤,電池等の用途において,実用上有利である。
【0025】
本発明の化合物において,励起状態を生成させる方法は特に限定されないが,例えば,本発明の化合物を溶媒に溶解して溶液とした後,光照射しても良い。溶媒としては,特に限定されないが,例えば,水でも有機溶媒でも良く,前記有機溶媒としては,例えば,ベンゾニトリル,アセトニトリル等のニトリル系溶媒,クロロホルム,ジクロロメタン等のハロゲン系溶媒,およびベンゼン,トルエン,シクロヘキサン等の炭化水素溶媒が挙げられる。これら溶媒は,単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記溶媒としては,本発明化合物の溶解度,励起状態の安定性等の観点から,極性の高い溶媒が好ましい。前記式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンを用いる場合は,溶解度の観点から,ベンゾニトリルが特に好ましい。
【0026】
前記溶液において,本発明の化合物の濃度は特に限定されず,必要に応じて適宜調整すれば良いが,クマリン誘導体濃度が,例えば5×10−5M以上,好ましくは1×10−4〜1×10−3Mとなるようにする。
【0027】
また,励起光も特に限定されないが,例えば可視光が好ましい。特に,太陽光等の自然光に含まれる可視光を利用すれば,簡便に励起可能である。照射する可視光の波長は,前記式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの場合,300〜450nmがより好ましく,300〜400nmがさらに好ましい。可視光を照射する際の温度も特に限定されないが,例えば−30〜100℃程度で反応(励起)を進行させることが可能である。
【0028】
本発明の化合物が長寿命でかつ高エネルギーの励起状態(電荷分離状態)を有する原理は,例えば下記のように考えられる。ただし,下記は,理論計算による考察の一例を示すに過ぎず,本発明を何ら限定しない。
【0029】
すなわち,まず,一般に,電子供与体・受容体連結分子(ドナー・アクセプター連結分子)は,ドナー部位とアクセプター部位の軌道相互作用が小さくなくてはならない。本発明の化合物は,この軌道相互作用がほとんど無く,ドナー・アクセプター連結系分子として優れていると考えられる。図1に,前記式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの密度汎関数理論による電子軌道計算結果を示す。図1(a)はHOMO(最高被占有軌道)を示し,図1(b)はLUMO(最低被占有軌道)を示す。図示の通り,HOMOはドナー部位(電子供与体部位)に局在化し,LUMOはアクセプター部位(電子受容体部位)に局在化し,それぞれ完全に分離している。これらの理論計算結果は,前記式(II)で表される3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンについて,光励起を行うことによって生成する電荷分離状態における軌道相互作用(ドナー部位とアクセプター部位のπ共役等)がほとんど無いことを示唆している。
【実施例】
【0030】
次に,本発明の実施例について説明する。しかし,本発明は,以下の実施例に限定されない。
【0031】
実施例1 3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリン(II)の合成
【0032】
5−ブロモサリチルアルデヒド20.1gとジエチルマロネート17.6gを常温常圧化において脱水エタノール40mL中で撹拌し,そこへピペリジン1mLと氷酢酸0.1mLを加え,3時間110℃で還流しながら撹拌した。その後,熱水70mLを加え,室温で一晩撹拌する。結晶化した生成物を濾別回収し,真空乾燥する。熱エタノール40mLに溶かし,濾過後熱水70mLを加えて,再結晶し,6,ブロモ−3−エトキシカルボニルクマリンを得た。(収率80%)
【0033】
1−ブロモ−4−(ジフェニルアミノ)ベンゼン1gとマグネシウム250mgを常温アルゴン化で撹拌しながらTHF10mLを数回に分けて少量ずつ添加する。次に−78℃アルゴン化でトリメチルボロン酸970mgのTHF100mL溶液に添加し,0℃になるまで撹拌し,エバポレーターで溶媒を除去した。その後トルエン30mLを加えて撹拌しながら,エチレングリコールを5mL滴下し,115℃で還流しながら一晩撹拌した。トルエンで抽出した後,自然濾過し,硫酸ナトリウムで乾燥し,エバポレーターで溶媒を除去することによって,4−(ジフェニルアミノ)フェニルボロン酸を得た。(収率79%)
【0034】
6−ブロモ−3−エトキシカルボニルクマリン370mg,テトラキス(トリフェニルフォスフィン)14mgを常温アルゴン雰囲気下において脱水脱酸素トルエン20mL,脱水脱酸素エタノール2mL中で30分間撹拌し,4−(ジフェニルアミノ)フェニルボロン酸510mgの0.5MNaCO2mL溶液を加え,30分間撹拌した。そして93℃で12時間還流しながら撹拌した。その後クロロホルム/水で分液し,硫酸ナトリウムで乾燥後,エバポレーターで溶媒を除去し,酢酸エチル/ヘキサン(1/3)のシリカゲルカラムクロマトグラフィー(Rf=0.3)によって分離し,熱メタノールを冷却することで,目的化合物,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリン(II)を得た。(収率26%)
【0035】
以下に,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの機器分析データを示す。
【0036】
H NMR(270MHz,CDCl):δ=8.58(s,1H),7.83(d,d,1H,J=2Hz,8Hz),7.75(d,1H,J=2Hz),7.43(t,2H,J=9Hz),7.29(t,5H,J=8Hz),7.15(d,d,4H,J=3Hz,8Hz),7.07(t,3H,J=7Hz),4.32(q,2H,J=7Hz),1.42(t,3H,J=7Hz),元素分析(%):C3023NO−1/3HOの理論値:C,77.07;H,5.10;N,3.00;実測値:C,77.07;H,4.93;N,2.99;HRMS(FAB)(m/z):[M]理論値C3023NO:[M]337.1314;実測値:337.1313.
【0037】
ボルタンメトリー
3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンについて,サイクリックボルタンメトリー法および第2次高調波交流ボルタンメトリー法によって酸化還元電位を決定した。図2に,0.1Mテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩を含むベンゾニトリル溶液中で測定を行った3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリン(1.0mM)の還元波を示す。図2(a)はサイクリックボルタモグラムを示し,図2(b)および(c)は,第2次高調波交流ボルタモグラムを示す。図2から決定した3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの還元電位は,−1.33V vs SCEであった。酸化電位については,第二高調波ボルタンメトリー法によって0.87V vs SCEと決定した。従って,電子移動状態のエネルギーは,2.20eVと非常に高いことが示された。
【0038】
光励起
3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリン(0.05mM)の脱酸素ベンゾニトリル溶液に光照射を行うと,3−エトキシカルボニルクマリンと比較して,蛍光強度が約5分の1に減少した(図3)。このような蛍光強度の減少は,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンのDPA(ジフェニルアニリン)部位からクマリン部位の一重項励起状態への光誘起電子移動に起因すると考えられる。
【0039】
次に,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンのベンゾニトリル溶液(0.05mM)に355nmのナノ秒レーザーパルスを照射し,過渡吸収スペクトル変化を測定した。この過渡吸収スペクトルは,DPA(ジフェニルアニリン)部位からクマリン部位への分子内電子移動に由来すると考えられる。図4に,前記ナノ秒レーザーパルス照射(ナノ秒レーザーフラッシュ)後,1.2マイクロ秒後の過渡吸収スペクトル測定結果を示す。
【0040】
なお,図4において観測された過渡吸収帯は,400nmの吸収帯,600nmの吸収帯,および800nmの吸収帯の重ね合わせで構成されている。400nmの吸収帯は,DPA部位のラジカルカチオンとクマリン部位のラジカルアニオンに由来すると考えられ,600nmの吸収帯は,ベンゾニトリル中におけるクマリン部位のラジカルアニオンに由来すると考えられ,800nmの吸収帯は,DPA部位のラジカルカチオンに由来すると考えられる。ただし,これらの考察は,推定可能なメカニズムの一例であり,本発明を何ら限定するものではない。
【0041】
図5に,図4における800nmの吸収帯(DPAラジカルカチオン由来と考えられる)の,数ミリ秒範囲における減衰の経時変化を示す。図示の通り,減衰速度は2次速度式に従っており,減衰速度定数は5.6×10−1−1とベンゾニトリル溶液の拡散速度と同様の減衰速度であることがわかった。また,この場合における3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの電荷分離状態は,半減期は68マイクロ秒であり,その後数100マイクロ秒からミリ秒程度に渡って安定に存在できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上説明した通り,本発明の化合物は,励起により長寿命でかつ高エネルギーの電荷分離状態を生成し得る。本発明の化合物は,クマリンを電子供与体・受容体連結分子(ドナー・アクセプター連結分子)とした初めての化合物であり,光触媒,光増感剤,色素,酸,化剤,還元剤,太陽電池等の種々の製品に使用可能である。例えば,本発明の化合物は,可視光領域に吸収帯が存在することにより,太陽光等による可視光励起が可能である。これにより,例えば,色素増感型太陽電池の色素としても使用できる。また,光励起により長寿命かつ高エネルギーの電子移動状態(電荷分離状態)を生成することで,有機合成反応の光触媒としての応用が期待できる。具体的には,例えば,ラジカルカチオンとラジカルアニオンを同時に発生させるラジカルカップリング反応において適用範囲がさらに広がると考えられる。また,前記電荷分離状態の強力な還元力と酸化力を用いることで,さらなる新規有機合成反応の開発に繋がると考えられる。さらに,本発明の化合物は,前記各用途に限定されず,あらゆる用途に用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】 図1は,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンの密度汎関数理論による電子軌道計算結果を示す図である。図1(a)はHOMO(最高被占有軌道)を示し,図1(b)はLUMO(最低被占有軌道)を示す。
【図2】 図2は,0.1Mテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩を含むベンゾニトリル溶液中で測定を行った3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリン(1.0mM)の還元波を示す図である。図2(a)は微分パルスボルタモグラムを示し,図2(b)はサイクリックボルタモグラム,図2(c)は,第2次高調波交流ボルタモグラムを示す。
【図3】 図3は,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンのベンゾニトリル溶液(0.013mM)に330nmの単色光を照射し、測定した蛍光スペクトルを示す。
【図4】 図3は,3−エトキシカルボニル−6−{4−(ジフェニルアミノ)フェニル}クマリンのベンゾニトリル溶液(0.03mM)に355nmのナノ秒レーザーパルスを照射し,測定した過渡吸収スペクトル変化を,ナノ秒レーザーパルス照射後1.2マイクロ秒後を示す図である
【図5】 図4は,図3における800nmの吸収帯(DPAラジカルカチオン由来と考えられる)の,数ミリ秒範囲における減衰の経時変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(I)
【化1】

(式中,Rは水素原子,アルキル基,ヒドロキシル基,アルキルオキシ基,アシルオキシ基,アルキルオキシカルボニル基,アミノ基,オキシアミノ基,アルキルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アシルアミノ基,脂環,芳香環,複素芳香環から選択され,脂環,芳香環あるいは複素芳香環の場合は,さらに置換基を有していても良いし有していなくても良い。R〜Rは,それぞれ独立に,水素原子,アルキル基,脂環,芳香環,複素芳香環から選択され,脂環,芳香環あるいは複素芳香環の場合は,さらに置換基を有していても良いし有していなくても良い。)で表されるクマリン誘導体,およびそれらの塩。
【請求項2】
がエトキシカルボニル基,R〜Rが水素原子である下記構造式(II)
【化2】

で表される請求項1記載のクマリン誘導体,およびその塩。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−214328(P2008−214328A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96824(P2007−96824)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(591105993)東京化成工業株式会社 (24)
【Fターム(参考)】