説明

新規スフィンゴ糖脂質及びその製造方法

【課題】新規スフィンゴ糖脂質及びその製造方法の提供。
【解決手段】プラシノ藻綱クロロデンドロン目(Chlorodendrales)に属する微生物が生合成する下記一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質。


一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規スフィンゴ糖脂質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴ糖脂質はセラミドと呼ばれる骨格に糖鎖が付加した複合糖脂質であり、水酸基の数や不飽和結合の有無などにより、多様な構造を持つことが知られている。スフィンゴ糖脂質の構造は多様であり、糖鎖や脂肪酸の長さ、及び二重結合や水酸基の有無などの違いによりこれまでに400種類以上が報告されている(例えば、特許文献1や特許文献2等参照)。
【0003】
スフィンゴ糖脂質の生産は、多くの真菌類(真核の微生物)において確認されている。
例えば、植物からのスフィンゴ糖脂質の抽出量は0.08mg/g乾燥重量〜0.94mg/g乾燥重量(非特許文献1)であり、酵母の乾燥質量あたりのスフィンゴ糖脂質の抽出量は0.03mg/g乾燥重量〜0.75mg/乾燥重量(非特許文献2)とされている。単位面積当たりの収量を考慮すると、酵母を用いた生産が有効であり、酵母は商業生産にも広く用いられている。
一方で、光合成能を持つ真核の微細藻類に由来するスフィンゴ糖脂質に関する報告例は少なく、現在、細胞内で生合成することが確認されているものは、緑藻クラミドモナス(Chlamydomonas)、緑藻ボルボックス(Volvox carteri)、ハプト藻エミリアニア(Emiliania huxleyi)の3例のみである。しかし、存在は確認されているものの、生産量や構造に関しては不明である(非特許文献3、4、5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2007/074788号パンフレット
【特許文献2】特開平5−009193号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Biores. Technol. (2005) 96(9):1089−1092
【非特許文献2】Food Sci. Technol. Res. (2005) 11(2):184−186
【非特許文献3】Curr. Biol. (2006)16(11):1147−1153
【非特許文献4】Cell(1986)46(4):633−639
【非特許文献5】Science(2009)326(5954):861−865
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規スフィンゴ糖脂質を提供することを課題とする。また、新規スフィンゴ糖脂質を製造する方法を提供するとともに、新規スフィンゴ糖脂質を省エネルギー及び低コストで製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、詳細な検討をおこなった結果、プラシノ藻類のうち、プラシノ藻綱クロロデンドロン目(Chlorodendrales)に属する微生物が新規スフィンゴ糖脂質を生合成するとの知見を得た。また、プラシノ藻綱クロロデンドロン目のうち、特定の微生物がスフィンゴ糖脂質を大量に生合成するとの知見を得た。本発明は、かかる知見に基づいて達成されたものである。
前記の課題を解決するための具体的手段は以下の通りである。
<1> 下記一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質。
【0008】
【化1】

【0009】
一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基を表す。
<2> 前記一般式(1)中、Rは炭素数7〜炭素数13の置換又は無置換のアルキル基を表し、Rは炭素数2〜炭素数24の置換又は無置換のアルキル基を表す<1>に記載のスフィンゴ糖脂質。
<3> 前記一般式(1)中、Rは炭素数9の置換又は無置換のアルキル基を表し、Rは炭素数10〜炭素数22の置換又は無置換のアルキル基を表す<1>又は<2>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質。
<4> 下記式(2)又は(3)で表される<1>から<3>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質。
【0010】
【化2】

【0011】
【化3】

【0012】
<5> 前記一般式(1)中、R及びRの少なくとも一方が、置換アルキル基であり、該置換アルキル基はそれぞれ独立にアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する<1>から<3>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質。
<6> 前記一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質が、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程と、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程と、を経て得られる<1>から<5>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質。
<7> プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程と、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程と、を含むスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<8> 前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物が、プラシノ藻綱クロロデンドロン目クロロデンドロン科テトラセルミス属に属する微生物である<7>に記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<9>前記準備工程が、前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物を培養する培養工程を含む<7>又は<8>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<10> 前記分離工程が、前記細胞構成成分から脂質成分を分離する脂質分離工程と、前記脂質成分からスフィンゴ糖脂質を分離するスフィンゴ糖脂質分離工程と、を含む<7>から<9>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<11> 前記スフィンゴ糖脂質が、<1>から<5>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質である<7>から<10>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<12>前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物が、テトラセルミス属NKG400013株(Tetraselmis sp.NKG400013)及びテトラセルミス属NBRC103003株(MBIC11125株)(Tetraselmis sp.NBRC103003)の少なくとも一方である<7>から<11>のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
<13>テトラセルミス属NKG400013株(受領番号 FERM AP−22101)。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、新規スフィンゴ糖脂質を提供することができる。また、新規スフィンゴ糖脂質を製造する方法を提供するとともに、新規スフィンゴ糖脂質を省エネルギー及び低コストで製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、新規スフィンゴ糖脂質及びスフィンゴ糖脂質の製造方法について詳述する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様に限定されるものではない。
なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書においては、例えば、「アルキル基」は「直鎖、分岐及び環状」のアルキル基を示す。また、本明細書における基(原子団)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の作用が達成されれば、本用語に含まれる。
【0015】
本発明は、一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質に関する。
【0016】
≪スフィンゴ糖脂質≫
本発明のスフィンゴ糖脂質は、以下に示す一般式(1)で表される。
【0017】
【化4】

【0018】
一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基を表す。
【0019】
一般式(1)におけるRで表される置換又は無置換のアルキル基としては、置換又は無置換の飽和アルキル基、及び置換又は無置換の不飽和アルキル基が挙げられ、これらのアルキル基中には環状構造を有していてもよい。置換又は無置換の飽和アルキル基としては、例えば、炭素数7〜13の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、2−エチルヘキシル基、2−プロピル基、2−メチルプロピル基、2−ブチル基、1,1−ジメチル基、3−メチルブチル基、2,2−ジメチルプロピル基、1,1−ジメチルプロピル基、4−メチルペンチル基等が挙げられる。炭素数9のアルキル基が好ましく、炭素数9の直鎖アルキル基がより好ましい。
【0020】
置換又は無置換の不飽和アルキル基としては、例えば、炭素数2〜炭素数15の不飽和アルキル基が挙げられ、エチレン基、プロペニル基、ペンタエン基、ペンタンジエニル基等が挙げられる。
アルキル基中に含まれる環状構造としては、炭素数3〜炭素数6の環状構造を挙げることができ、例えば、シクロプロパン、シクロブタン等が挙げられる。
【0021】
一般式(1)におけるRで表される置換アルキル基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する。
置換基としてのアルキル基の例には、炭素数1〜炭素数6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられ、好ましくはメチル基が挙げられる。
置換基としてのアルコキシ基の例には、炭素数1〜炭素数6のアルコキシ基が挙げられ、具体的にはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等が挙げられ、好ましくはメトキシ基が挙げられる。
置換基としてのアシル基の例には、炭素数1〜炭素数6のアシル基が挙げられ、具体的にはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられ、好ましくはアセチル基が挙げられる。
【0022】
一般式(1)におけるRで表される置換又は無置換のアルキリデン基としては、例えば炭素数2〜炭素数15のアルキリデン基等が挙げられ、具体的にはヘプチリデン基、オクチリデン基、ノニリデン基、デシリデン基、ウンデシリデン基、ドデシリデン基、トリデシリデン基等が挙げられる。なお、置換又は無置換のアルキリデン基は、二重結合を有していてもよい。
【0023】
一般式(1)におけるRで表される置換アルキリデン基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する。
置換基としてのアルキル基の例には、炭素数1〜炭素数6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられ、好ましくはメチル基が挙げられる。
置換基としてのアルコキシ基の例には、炭素数1〜炭素数6のアルコキシ基が挙げられ、具体的にはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等が挙げられ、好ましくはメトキシ基が挙げられる。
置換基としてのアシル基の例には、炭素数1〜炭素数6のアシル基が挙げられ、具体的にはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられ、好ましくはアセチル基が挙げられる。
【0024】
一般式(1)におけるRで表される置換又は無置換のアルキル基としては、置換又は無置換の飽和アルキル基、及び置換又は無置換の不飽和アルキル基が挙げられ、これらのアルキル基中には環状構造を有していてもよい。置換又は無置換の飽和アルキル基としては、例えば、炭素数2〜炭素数24の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、2−エチルヘキシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基、ヘンイエイコシル基、ドコシル基、トリコシル基、テトラコシル基等が挙げられる。好ましくは炭素数10〜炭素数22の置換又は無置換のアルキル基が挙げられ、より好ましくは炭素数12〜炭素数20の置換又は無置換のアルキル基が挙げられる。
【0025】
置換又は無置換の不飽和アルキル基としては、例えば、炭素数2〜炭素数28の不飽和アルキル基が挙げられ、エチレン基、プロペニル基、ペンタエン基、ペンタンジエニル基等が挙げられる。
アルキル基中に含まれる環状構造としては、炭素数3〜炭素数6の環状構造を挙げることができ、例えば、シクロプロパン、シクロブタン等が挙げられる。
【0026】
また、一般式(1)におけるRで表される置換アルキル基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する。
置換基としてのアルキル基の例には、炭素数1〜炭素数6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられ、好ましくはメチル基が挙げられる。
置換基としてのアルコキシ基の例には、炭素数1〜炭素数6のアルコキシ基が挙げられ、具体的にはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等が挙げられ、好ましくはメトキシ基が挙げられる。
置換基としてのアシル基の例には、炭素数1〜炭素数6のアシル基が挙げられ、具体的にはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられ、好ましくはアセチル基が挙げられる。
【0027】
一般式(1)におけるRで表される置換又は無置換のアルキリデン基としては、例えば炭素数3〜炭素数28のアルキリデン基等が挙げられ、具体的にはエチリデン基、プロピリデン基、ブチリデン基、ペンチリデン基、ヘキシリデン基、ヘプチリデン基、オクチリデン基、ノニリデン基、デシリデン基、ウンデシリデン基、ドデシリデン基、トリデシリデン基、テトラデシリデン基、ペンタデシリデン基、ヘキサデシリデン基、ヘプタデシリデン基、オクタデシリデン基、ノナデシリデン基、エイコシリデン基、ヘンエイコシリデン基、ドコシリデン基、トリコシリデン基、テトラコシリデン基等が挙げられる。なお、置換又は無置換のアルキリデン基は、二重結合を有していてもよい。
【0028】
一般式(1)におけるRで表される置換アルキリデン基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する。
置換基としてのアルキル基の例には、炭素数1〜炭素数6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が挙げられ、具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられ、好ましくはメチル基が挙げられる。
置換基としてのアルコキシ基の例には、炭素数1〜炭素数6のアルコキシ基が挙げられ、具体的にはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等が挙げられ、好ましくはメトキシ基が挙げられる。
置換基としてのアシル基の例には、炭素数1〜炭素数6のアシル基が挙げられ、具体的にはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられ、好ましくはアセチル基が挙げられる。
【0029】
本発明におけるスフィンゴ糖脂質の具体例を以下に示す。但し、これらに限定されるわけではない。なお、以下の具体例中、Rは炭素数1〜炭素数6の置換又は無置換のアルキル基を表す。Rは炭素数1〜炭素数20の置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基を表す。また、Rで示される置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基は二重結合を有していてもよい。
【0030】
【化5】

【0031】
【化6】

【0032】
【化7】

【0033】
【化8】

【0034】
【化9】

【0035】
本発明のスフィンゴ糖脂質の製造方法については、特に限定されず、化学合成により合成されてもよい。この場合は、類似の構造を有する天然型セラミド又は合成セラミドを用いて、それらの構造の一部を公知の方法により置換する等して改変することにより得ることができる。
類似の構造を有するセラミドとしては、ジヒドロセラミド、グルコシルセラミド、ガラクトシルセラミド、スフィンゴミエリン、ガングリオシド等とこれらの誘導体を挙げることができる。
【0036】
また、本発明のスフィンゴ糖脂質を生物学的手法により製造してもよい。
生物学的手法によりスフィンゴ糖脂質を製造する場合には、類似するスフィンゴ糖脂質を生合成することが知られている微生物を用いて、又は当該微生物を遺伝子的に改変することにより得ることができる。
【0037】
類似するスフィンゴ糖脂質を生合成することが知られている微生物を用いてスフィンゴ糖脂質を製造する場合や、当該微生物を遺伝子的に改変することによりスフィンゴ糖脂質を製造する場合に利用可能な微生物としては、例えば担子菌(Hypsizygus等)、酵母(Candida、Debaryomyces、Kodamaea等)、糸状菌(Aspergillus等)、真正細菌(Sphingomonas等)、藍藻、古細菌等が挙げられる。
また、微生物を遺伝子的に改変する方法としては、例えば相同性組換え法、cre/loxシステム等を用いた部位特異的組換え法、自然突然変異体の作製法、変異誘導剤やトランスポゾン等を用いた突然変異体の作製法、ベクター導入による形質転換体の作製法等の方法が挙げられる。また、遺伝子的改変に用いる技術としては、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、他の微生物を媒介した接合伝達等による遺伝子導入法、細胞に熱などの刺激を与えて遺伝子を導入するヒートショック法、自然形質変換法等が挙げられる。
また、本発明のスフィンゴ糖脂質を化学合成的手法、酵素等を用いた生化学的手法又はその組み合わせから成る手法等により製造してもよい。
【0038】
本発明のスフィンゴ糖脂質を得る方法のうち、好ましい方法としては以下に述べる微生物を用いた製造方法が挙げられる。これらについては後述する。
【0039】
≪スフィンゴ糖脂質の製造方法≫
本発明のスフィンゴ糖脂質は、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程と、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程とを含む製造方法により製造することができる。
【0040】
プラシノ藻綱クロロデンドロン目は分類学上、更にクロロデンドロン科プラシノクラデュス(Prasinocladus)属、テトラセルミス(Tetraselmis)属、シェルフェリア(Scherffelia)属などに分かれており、本発明のプラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物はそのいずれの属に属する微生物であってもよい。好ましくは、プラシノ藻綱クロロデンドロン目クロロデンドロン科テトラセルミス属に属する微生物(以下、単に「テトラセルミス属に属する微生物」という)を挙げることができる。
【0041】
テトラセルミス属は、テトラセルミス テトラセーレ(Tetraselmis tetrathele)、テトラセルミス アラクリス(Tetraselmis alacris)、テトラセルミス チュイ(Tetraselmis chui)、テトラセルミス コルディフォルミス(Tetraselmis cordiformis)、テトラセルミス コンプラナータ(Tetraselmis complanata)、テトラセルミス グラシリス(Tetraselmis gracilis)、テトラセルミス レヴィス(Tetraselmis levis)、テトラセルミス ストリアータ(Tetraselmis striata)、テトラセルミス ヴェルルコーサ(Tetraselmis verrucosa)等の種に分類されており、本発明のテトラセルミス属に属する微生物としては、そのいずれであってもよい。
【0042】
また、本発明のスフィンゴ糖脂質の生産量の観点から、テトラセルミス属NKG400013株(Tetraselmis sp.NKG400013)及びテトラセルミス属NBRC103003株(MBIC11125株)(Tetraselmis sp.NBRC103003)の少なくとも一方であることが好ましく、テトラセルミス属NKG400013株であることが特に好ましい。
テトラセルミス属NKG400013株は、茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、2011年4月5日付で寄託されている(受領番号 FERM AP−22101)。
【0043】
<準備工程>
本発明のスフィンゴ糖脂質の製造方法は、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程を含む。
プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程としては、前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物を培養する培養工程、前記培養工程により得られた細胞を破砕する工程、前記培養工程により得られた細胞を凍結もしくは冷蔵するなどにより保存する工程、前記培養工程により得られた細胞を乾燥する乾燥工程、前記乾燥工程により得られた細胞を破砕する破砕工程、前記破砕工程により破砕した細胞を凍結もしくは冷蔵することにより保存する工程等の工程を含んでいてもよく、これらの工程を適宜組み合わせてもよい。
【0044】
前記準備工程としては、前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物を培養する培養工程を含んでいてもよい。培養は、海洋性微細藻類の培養に通常用いられる培地及び培養条件をそのまま用いればよい。
培養に用いられる培地としては、天然海水に藻類の生育に必要な栄養源を添加する栄養塩添加培地と、天然海水を模して合成された人工海水に藻類の生育に必要な栄養塩を添加する完全合成培地のいずれであってもよい。
【0045】
炭素源としては、主として二酸化炭素を用いることができ、通常は空気を培地へ通気すればよい。生育に必要な栄養塩又は補助的な栄養塩としては、硝酸ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸二水素カリウム、塩化鉄、硫酸鉄、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、塩化コバルト、硫酸コバルト、塩化銅、硫酸銅、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、塩化マンガン、硫酸マンガン等の無機塩が挙げられる。
また、その他の炭素源又は窒素源として種々の添加成分を含むものであってもよい。このような、追加の炭素源としては、例えば、炭酸カルシウム、グルコース、フルクトース、サッカロース、デンプン、グリセリン、リンゴ酸、乳酸、酢酸等を挙げることができ、窒素源としては、酵母エキス、コーンスティープリカー、ポリペプトン、グルタミン酸ナトリウム、尿素、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム等を挙げることができる。この他、ビタミン、ミネラル、キレートマンガン(EDTA−Mn)、キレート鉄(EDTA−Fe)、アスコルビン酸、チオグリコール酸、システイン等を添加してもよい。
【0046】
海洋藻類培養のための栄養塩添加培地としては、Erdschreiber培地、ES培地、ESM培地、f/2培地、K培地、MN培地や各々の派生培地を挙げることができ、完全合成培地としては、ASP培地、AK培地、IMK培地及び各々の派生培地を挙げることができる。
特に、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物をより良好に培養するためには、IMK培地(日本製薬株式会社製)、f/2培地(Guillard R.R.L. et al., 1962 )、BG11(Rippka R. et al., 1972)等が好適である。
培地は調製後、pHを6.5〜8.0の範囲内に調整した後、オートクレーブ等により殺菌して培養に用いる。
培養は、10℃〜40℃、好ましくは15℃〜35℃にて、60μmol/m/s−70μmol/m/sの白色灯照射下、1日間〜14日間、通気撹拌培養、振とう培養、あるいは静置培養で行えばよい。
【0047】
前記準備工程としては、前記培養工程により得られた細胞を乾燥する乾燥工程を含んでいてもよい。乾燥工程としては、凍結乾燥、真空乾燥、加熱乾燥、自然乾燥、臨界点乾燥等の方法が挙げられ、好ましくは凍結乾燥による方法が挙げられる。
【0048】
前記準備工程としては、前記乾燥工程により得られた細胞を破砕する破砕工程を含んでいてもよい。破砕工程としては、乳鉢やホモジナイザー等を用いて細胞を物理的に破砕する方法、超音波発生装置等から発せられる電磁波を用いた破砕方法、フレンチプレスやオートクレーブ等を用いた加圧による破砕方法等の方法が挙げられ、これらの方法を適宜組み合わせてもよい。
【0049】
<分離工程>
本発明のスフィンゴ糖脂質の製造方法は、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程を含む。
本発明のスフィンゴ糖脂質の製造方法において、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程としては、細胞構成成分を分離することができればよく、公知の方法を用いることができ、前記準備工程と一体的に行ってもよい。
また、分離工程としては、前記細胞構成成分から脂質成分を分離する脂質分離工程と、前記脂質成分からスフィンゴ糖脂質を分離するスフィンゴ糖脂質分離工程と、スフィンゴ糖脂質濃縮工程等の工程を含んでいてもよく、これらの工程を適宜組み合わせてもよい。
【0050】
前記細胞構成成分から脂質成分を分離する脂質分離工程で用いられる方法は、生体材料から脂質を分離するために一般に用いられる方法であれば特に限定されないが、例えば、Bligh&Dyer法やFolch法等、あるいはこれらを組み合わせた方法等が用いられ、好ましくはBligh&Dyer法を用いた方法が挙げられる。
【0051】
また、弱アルカリ分解処理を組み合わせることにより、スフィンゴ脂質成分を高純度で分離することができる。
弱アルカリ分解処理としては0.01N〜0.5Nの水酸化カリウムあるいは水酸化ナトリウムを脂質約1mg〜100mgにつき0.1ml〜10ml加え、超音波洗浄器を用いて1〜10分間超音波によりホモジナイズしたのち、30℃〜50℃で30分間〜2時間インキュベートする方法等が挙げられる。
【0052】
前記脂質成分からスフィンゴ糖脂質を分離するスフィンゴ糖脂質分離工程で用いられる方法は、一般に用いられる方法であれば特に限定されないが、例えば、クロマトグラフィー、溶媒分画、透析、密度勾配遠心、蒸留、超遠心等が挙げられる。
クロマトグラフィーを用いてスフィンゴ糖脂質を分離する方法としては、ケイ酸カラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー等公知の方法を使用することができ、これらの方法を適宜組み合わせることができる。さらに、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)装置等と組み合わせることにより、より効率的に分離を行うことができる。
【0053】
このようにして得られた新規スフィンゴ糖脂質は、医薬品、化粧料又は食品等の原料として有用である。
また、本発明によれば光合成微生物であるプラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物を用いることにより、従来の酵母や細菌に比べて、省エネルギー及び低コストでスフィンゴ糖脂質を製造することが可能となる。
さらに、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物のなかでもプラシノ藻綱クロロデンドロン目クロロデンドロン科テトラセルミス属に属する微生物が好ましく、中でもテトラセルミス属 NKG400013株やテトラセルミス属NBRC103003株がより好ましく、テトラセルミス属NKG400013株が最も好ましい。テトラセルミス属NKG400013株を利用することにより、省エネルギー及び低コストで、大量のスフィンゴ糖脂質を製造することが可能となる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」、「%」は質量基準である。
【0055】
<実施例1>
−培養−
IMK液体培地(日本製薬株式会社製)40mLを添加した100mLの綿栓付き三角フラスコに、Trigg Island, Perth市近郊, Western Australia州, Australiaより採取単離されたテトラセルミス属NKG400013株(受託番号 FERM AP−22101)に由来する微生物を入れて、60μmol/m/s−70μmol/m/sの白色灯照射下、室温(25℃)にて前培養を行った。
この培養液全量を、500mLの上記液体培地の入った扁平フラスコに加え、上記と同一の白色灯照射下(60μmol/m/s−70μmol/m/s)、室温(25℃)にて通気培養を行った。
空気の流速は500mL/minに設定し、7日間〜14日間培養を行った。
【0056】
−スフィンゴ糖脂質の分離−
培養後、培養後の藻体を遠心回収(1,000×g,5分)した後、常法により凍結乾燥を行い、乾燥藻体を調製した。
乾燥藻体2gを乳鉢内で破砕し、40mLのクロロホルム-メタノール(1:1)に懸濁した。同試料に40mLのKOH-メタノール溶液(0.8M)を加え、超音波洗浄機(W-170-ST, HONDA社製)を用いて5分間超音波によりホモジナイズしたのち、ウォーターバスを用いて42℃、30分間インキュベートした。
その後クロロホルム100mLと水48mLを加え、1,000×gで3分間遠心した後、有機相を分取、乾燥することで脂質成分を乾固し、10mLのクロロホルム-メタノール(2:1, v/v)に再溶解することで脂質成分を分離した。さらに、この操作を8回繰り返し、乾燥藻体16gから脂質成分を分離した。
【0057】
酸性脂質とクロロフィル色素の除去を目的として、上記で得た脂質成分10mLを、イオン交換クロマトグラフィーで分離した。
充填剤はジエチルアミノエチル基が修飾されたデキストランゲル(DEAE-Sephadex, GEヘルスケア社製)5gとし、カラム(2x30cm)に充填した。その後20mLのクロロホルム-メタノール-水 (5:10:1, v/v/v)を流すことでカラムを平衡化した。サンプルを吸着させた後、同溶媒70mLを2mL/minで流し、溶出液を5mLずつ分取した。これをフラクションごとにTLCで分析し、オルシノール−硫酸試薬による染色により、スフィンゴ糖脂質の溶出の確認を行った。その結果、分取開始から約30mLの溶出液中でスフィンゴ糖脂質の存在が確認された。
なお、TLCによるスフィンゴ糖脂質の溶出の確認の際には、スフィンゴ糖脂質標品として、大豆由来グルコシルセラミド(Avanti polar lipids社製)を用いた。TLC分析においてスフィンゴ糖脂質標品と移動度(Rf値)が近く、オルシノール−硫酸試薬により染色されたスポットをスフィンゴ糖脂質として判定した。
【0058】
次にスフィンゴ糖脂質の分離を目的として、上記で得られたスフィンゴ糖脂質を含む溶出液を10mLに濃縮し、ケイ酸カラムクロマトグラフィーで分離した。
充填剤はIatrobeads (6RS−8060,三菱ヤトロン社製) 50gとし70℃で一時間加熱して活性化した後、クロロホルム100mLに湿潤させ、2x50cmのカラムに充填した。その後クロロホルム500mLを流して平衡化を行い、サンプルを投入した。溶媒はクロロホルム200mL、クロロホルム-アセトン(9:1)200mL、同(8:2)100mL、同(7:3)200mL、同(4:6)100mL、同(2:8)200 mL、アセトン200mLを順次投入した(Ando S. et al., 1976; Momi T. et al., 1976)。フラクションの分取は、クロロホルム-アセトン(4:6)の溶液を投入後に開始し、10mLずつ分取した。分取したフラクションをTLCで分析することで、オルシノール−硫酸試薬染色により、スフィンゴ糖脂質画分を確認した。
その結果、画分番号30以降よりスフィンゴ糖脂質の溶出が観察され、カロテノイドやステロール配糖体からの分離が観察された。
【0059】
得られたスフィンゴ糖脂質画分からのスフィンゴ糖脂質の分離を目的として、逆相HPLC (Alliance 2695, Waters)を用いた分離を行った。カラムには4.6×150mmのC18カラム(Spherisorb ODS2, Waters)、移動相にはメタノールを用いた。流速は0.5mL/minとし、2種類のスフィンゴ糖脂質の画分をそれぞれ回収した。
溶出時間は、ESI−IT MSを検出器として用いることで確認し、それぞれの溶出時間は11分、18分であり、この保持時間に合わせて分取を行い、TLCで分析したところ、スフィンゴ糖脂質と推定されるGT1及びGT2の分離が確認された。
【0060】
−スフィンゴ糖脂質のMALDI−TOF MS分析−
スフィンゴ糖脂質標品と、上記に従い抽出したスフィンゴ糖脂質と推定されるGT1及びGT2とを、約200ng/μLの濃度となるようそれぞれメタノールに溶解し、MALDI−TOF MS装置(AXIMA Performance, Shimadzu社製)を用いてマススペクトルを測定した。
マトリクスには水-アセトニトリル(1:1, v/v)に溶解した10mg/mLのジヒドロキシ安息香酸(2, 5−dihydroxybenzoic acid)を用いた(Iriko H., et al., 2002; Lochnit G. et al., 1997)。イオン源には窒素レーザー(波長337.1nm)を用い、加速電圧は20kV、測定モードは正イオンモードに設定して測定を行い、以下のような結果を得た。
【0061】
すなわち、MALDI−TOF MSによりスフィンゴ糖脂質標品のマススペクトルを測定した結果、m/z 736.5にベースピークが観察された。このスフィンゴ糖脂質標品の分子式(C4075)から算出したモノアイソトピック質量が713.5であることから、このピークはナトリウムイオン(質量23)が付加した[M+Na]+イオンに由来すると考えられた。
したがって、MALDI−TOF MSを用いてスフィンゴ糖脂質を分析することで[M+Na]+イオンが観察され、m/z値からナトリウムイオンの質量を減算することで、スフィンゴ糖脂質の質量と分子式を求められることが示された。
次にスフィンゴ糖脂質と推定されるGT1及びGT2のマススペクトルを測定したところ、それぞれm/z734.5と、846.6にベースピークが観察され、これらはどちらも[M+Na]+イオンに由来すると考えられた。よってGT1、GT2のモノアイソトピック質量は711.5と823.6であり、分子式はC4073と、C4889であると考えられた。
【0062】
−スフィンゴ糖脂質のNMR分析−
スフィンゴ糖脂質標品を濃度が5mg/600μLとなるように、重メタノール(0.25%TMS含有)に溶解し、NMR分析用の分析管に移した。同サンプルを、500MHzのFT−NMR装置(ECA500, JEOL社製)により、H及びHH−COSYのスペクトルを測定した。積算回数は、Hで4回、HH−COSYで1回とし、シム調製とロックは自動最適化モードに設定して分析を行った。また、GT1及びGT2を濃度が約5−1mg/600μLとなるように、重メタノール(0.25%TMS含有)に溶解し、NMR分析用の分析管に移した。同サンプルを、500MHzのFT−NMR装置(ECA500, JEOL)により、H及びHH−COSYのスペクトルを測定した。
積算回数は、Hで16回、適化モードにHH−COSYで1回とし、シム調製とロックは自動最設定して分析を行った。
【0063】
スフィンゴ糖脂質標品のHのスペクトルを測定した結果、0.90ppm〜8.00ppmにピークが観察された。
0.90ppmのtripletのピークは、スフィンゴイド鎖と脂肪酸鎖のアシル基末端のCH由来であると考えられた。よってこのピーク面積を6.0とし、他の全てのピーク面積を算出した。
5.00ppm〜6.00ppmに2つのピークが見られ、それぞれの面積が約1であったため、これらは二重結合しているCH由来のピークであると考えられた。
次にHH−COSYスペクトルを測定した結果、相関ピークが観察された。これにより一次元のスペクトルからは帰属できなかったグルコース由来のピークが全て帰属され、アノマー水素のピークが4.25ppmに検出されたことから糖の結合様式がβ−グリコシド結合であることを判断できた。また、スフィンゴイド塩基における二重結合炭素が、水酸基の結合している炭素と隣接していることを判断できた。
以上より、NMRによってスフィンゴ糖脂質の糖の結合様式や二重結合の位置を決定できることが示唆された。
次に、NKG400013株より分離されたスフィンゴ糖脂質と推定されるGT1及びGT2のH NMRスペクトルを測定した結果、単糖のアノマー水素のピークが4.25ppmに検出されたため、β−グルコースの結合が示された。さらにHH−COSYスペクトルを測定した結果、脂肪酸鎖におけるα水素のピーク(4.40ppm)と不飽和結合由来の水素のピーク(5.82ppm)の間に交差ピークが見られたため、脂肪酸鎖のα炭素における水酸基の付加、およびβ−γ炭素間の不飽和結合が示された。
【0064】
−スフィンゴ糖脂質のGC/MS分析−
脂肪酸鎖の組成が異なるスフィンゴ糖脂質標品4種類(C16:0、2h C16:0、C24:0、C24:1, Avanti polar lipids) (Table 4)をそれぞれ1mg/mLの濃度になるようクロロホルム-メタノール(2:1, v/v)に溶解した。これらをそれぞれ2MのHCl-メタノール溶液 1mLに40 μL加え、90℃で20時間加熱することでMethanolysisを行った(Itonoti S. et al., 2008)。その後1 MのNaOH水溶液 1 mLを加えて反応を停止し、2 mLのヘキサンを添加して1分間混合した。混合後、上層のヘキサンを分取してGC/MS分析用サンプルとした。また2−hydroxy C16:0のスフィンゴ糖脂質については、さらに等量のN,O−Bis (trimethylsilyl) trifluoroacetamide (BSTFA)を添加し、70℃で1時間インキュベートすることで水酸基をトリメチルシリル化した(Zauner S. et al., 2008)。同試料をGC/MS (GCMS QP−2010, Shimadzu社製)により分析した。カラムはフェニルニルメチルで修飾したシリカカラム(HiCap CBP5, Shimadzu社製)を用いた。カラムオーブンの温度は、サンプルを注入した直後から80℃で2分間維持した後、170℃まで20℃/minで昇温、170℃から240℃まで4℃/minで昇温し、240℃で20分間維持した。MSによる検出はサンプル注入の10分後から開始し、45分間測定した。また、GT1、GT2をそれぞれ1mg/mLの濃度になるようクロロホルム-メタノール(2:1, v/v)に溶解した後、スフィンゴ糖脂質標品と同様の操作によりMethanolysisし、GC/MSにより分析した。
【0065】
その結果、それぞれ保持時間17.0minと38.5minに単一のピークが検出された。またそれらのマススペクトルを解析したところ、α炭素に水酸基の付加したC16:1、C:24:1の脂肪酸に由来する脂肪酸メチスエステルのピークであると考えられた。よってTG1、TG2のセラミド部位におけるこれらの脂肪酸の存在が示唆された。
以上より、GT1(下記式(2))とGT2(下記式(3))はそれぞれGlc−d18:2/2−hydroxy 16:1Δ3、Glc−d18:2/2−hydroxy 24:1Δ3という下記構造をもつグルコシルセラミドであると考えられた。
【0066】
【化10】

【0067】
【化11】

【0068】
−テトラセルミス属NKG400013株由来のスフィンゴ糖脂質の含有量測定−
NKG400013株の乾燥藻体50mgを1mLのクロロホルム-メタノール(1:1)に懸濁し、内部標準としてスフィンゴ糖脂質標品20μgを加えた後、上述のスフィンゴ糖脂質の分離と同様の操作で細胞から脂質を抽出した。
有機相を分取後、残った水相に再度クロロホルム 2mLを加えてホモジナイズし、有機相を分取した。分取した有機相を集め、メタノールを加えて20mLに調整した。
調整したサンプル1μLをLC/MS/MS(4000 QTRAP, AB Sciex社製)により分析し、NKG400013株抽出したGT1、GT2を定量した。
【0069】
カラムには2.0×50mmのC18逆相カラム(TSKgel ODS−100V 3 μm, TOSOH社製)、移動相Aには5mMギ酸アンモニウムを含むメタノール-水-ギ酸(58:48:1)、移動相Bには5mMギ酸アンモニウムを含むメタノール-ギ酸(99:1)を用いた。
移動相の割合は、移動相Bを40%で1分間保持した後、3.6分間かけて100%に上げ、100%のまま10.6分間保持して溶出した (Shaner RL. et al., 2009)。流速は0.2 mL/minに設定した。検出は最適化されたMultiple reaction monitoringモードで行った。
スフィンゴ糖脂質の細胞内含有量は、濃度を調整したスフィンゴ糖脂質標品(0, 0.1, 0.25, 0.5, 1, 2 ppm)を用いて作成した検量線により算出した。
【0070】
その結果、乾燥藻体1gあたりのGT1及びGT2の含有量は、それぞれ0.54±0.05 mg/g dry cell、0.13±0.01 mg/g dry cellであった。
【0071】
<実施例2>
−テトラセルミス属NBRC103003株を用いて製造したスフィンゴ糖脂質の分析−
NKG400013株と同属であるNBRC103003株を、実施例1に記載の方法に従い培養し、実施例1に記載の方法に従いスフィンゴ糖脂質を分離し、スフィンゴ糖脂質の分析を行った。
NBRC103003株はNITEより提供され、IMKを培地として培養を行った。
【0072】
まず、TLCを用いて分析を行った。その結果、NKG400013株におけるステリルグリコシド及びGT2と同じ位置に、糖脂質のスポット(ST、GTs)が観察された。
次にこれら2種類の糖脂質を回収し、ESI−IT MSによりマススペクトルを測定した。その結果、STからはスフィンゴ糖脂質に相当するピークは観察されなかったが、GTsからはGT1、GT2と同じくm/z747、859にピークが観察された。
さらにこれらのイオンについてMS、MSスペクトルを測定したところ、どちらもGT1(上記一般式(2))、GT2(上記一般式(3))と同じフラグメントイオンが観察された。
したがってNBRC103003株もスフィンゴ糖脂質(GT1とGT2)を合成することが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質。
【化1】


一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立に置換若しくは無置換のアルキル基又は置換若しくは無置換のアルキリデン基を表す。
【請求項2】
前記一般式(1)中、Rは炭素数7〜炭素数13の置換又は無置換のアルキル基を表し、Rは炭素数2〜炭素数24の置換又は無置換のアルキル基を表す請求項1に記載のスフィンゴ糖脂質。
【請求項3】
前記一般式(1)中、Rは炭素数9の置換又は無置換のアルキル基を表し、Rは炭素数10〜炭素数22の置換又は無置換のアルキル基を表す請求項1又は請求項2のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質。
【請求項4】
下記式(2)又は(3)で表される請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質。
【化2】


【化3】

【請求項5】
前記一般式(1)中、R及びRの少なくとも一方が、置換アルキル基であり、該置換アルキル基はそれぞれ独立にアルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシル基及びオキソ基からなる群より選ばれる置換基を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質。
【請求項6】
前記一般式(1)で表されるスフィンゴ糖脂質が、プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程と、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程と、を経て得られる請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質。
【請求項7】
プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物の細胞構成成分を準備する準備工程と、前記準備工程で得られた細胞構成成分からスフィンゴ糖脂質を分離する分離工程と、を含むスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項8】
前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物が、プラシノ藻綱クロロデンドロン目クロロデンドロン科テトラセルミス属に属する微生物である請求項7に記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項9】
前記準備工程が、前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物を培養する培養工程を含む請求項7又は請求項8のいずれかに記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項10】
前記分離工程が、前記細胞構成成分から脂質成分を分離する脂質分離工程と、前記脂質成分からスフィンゴ糖脂質を分離するスフィンゴ糖脂質分離工程と、を含む請求項7から請求項9のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項11】
前記スフィンゴ糖脂質が、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質である請求項7から請求項10のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項12】
前記プラシノ藻綱クロロデンドロン目に属する微生物が、テトラセルミス属NKG400013株(Tetraselmis sp.NKG400013)及びテトラセルミス属NBRC103003株(MBIC11125株)(Tetraselmis sp.NBRC103003)の少なくとも一方である請求項7から請求項11のいずれか1項に記載のスフィンゴ糖脂質の製造方法。
【請求項13】
テトラセルミス属NKG400013株(受領番号 FERM AP−22101)。

【公開番号】特開2012−224564(P2012−224564A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92131(P2011−92131)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】