説明

新規フラボノイド化合物及びその製造方法並びにそれを有効成分とする抗酸化剤

【課題】
ササ及び/又はタケの葉を原料にして優れた抗酸化活性を有する新規なフラボノイド化合物及びその製造方法、それを含む抗酸化剤を提供する。
【解決手段】
ササ及び/又はタケの葉の低級脂肪族アルコール抽出液から、該アルコールを蒸発するとともに水に置換し、クロロフィルを除去後、ジエチルエーテル等で液・液分配を行わせ、水層の液を取り出し、該水層の液に酢酸エチルを添加して液・液分配を行い、酢酸エチル層の液を採取し、上記ジエチルエーテル等による液・液分配後の水層又は上記酢酸エチル層から下記化学式で表される新規化合物のルテオリン6−C−アラビノシドを得る。低級脂肪族アルコール抽出液又は分画液を加水分解することで収率を上げることができる。
【化1】


(ただし、上記式中、Heqはequatorial Hを示し、Haxはaxial Hを示す。糖の同じ炭素に付いたプロトンのどちらかを明記するために用いた記号)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化活性を有する新規なフラボノイド化合物及びその製造方法、並びに、それを有効成分とする抗酸化剤に関するものである。さらに詳しくは、抗酸化活性を有する新規なフラボノイド化合物である特定のルテオリン配糖体、並びに、ササ及び/又はタケの葉を原料として該ルテオリン配糖体を低コストで製造する方法、そして、該ルテオリン配糖体を有効成分とする抗酸化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ある種のフラボノイド化合物が抗酸化活性を有することはよく知られている。例えば、特開平6−65278号公報(特許文献1)、特開平6−100584号公報(特許文献2)等には、ユーカリ属の樹木から採取したある種のフラボノイド配糖体が開示され、これらはすぐれた抗酸化作用を有し、飲食品、化粧品及び医薬品として有用であると記載されている。また、特開平6−248267号公報(特許文献3)には、タマネギ等の成分であるケルセチン(Quercetin)及びケムフェロール(Kaempferol)、お茶等の成分であるカテチン(Catechin),タキシフォリン(Taxifolin)等が抗酸化性を有するフラボノイド類として報告されている。
【特許文献1】 特開平6−65278号公報
【特許文献2】 特開平6−100584号公報
【特許文献3】 特開平6−248267号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、これらのフラボノイド化合物は、原料の入手が難しかったり、製造が煩雑であるばかりでなく、溶媒への溶解性等と関連し抗酸化活性も十分とは言えない。
そこで、本発明の目的は、卓越した抗酸化活性を有する新規フラボノイド化合物及びそれを工業的に製造する方法、並び該新規フラボノイド化合物を有効成分とする抗酸化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
一般に植物にはフラボノイド類が含まれており、抗酸化能が期待される。本発明者らは、前記の植物としてタケ類及びササ類に注目した。タケ・ササの仲間は、マダケ属、ナリヒラダケ属、トウチク属、オカメザサ属、ササ属、アズマザサ属、ヤダケ属、メダケ属、カンチク属、ホウライチク属の10属から成っている。なかでもササ類は温帯や亜寒帯に広く分布する植物で、ササ属は日本を分布の中心とし、全国に種類、量ともに広く分布する。しかし、タケ・ササの仲間、特にササ属植物由来のフラボノイドに関する知見は少ない。本発明者らは、これらの葉に含まれているフラボノイド成分に着目し、抗酸化活性を有する新規な化合物を抽出精製することに成功し、本発明を完成したものである。
【0005】
すなわち、本発明によれば、新規なフラボノイド化合物として、下記の化学式(1)で表されるルテオリン6−C−アラビノシドからなるルテオリン配糖体が提供される。
【化1】

(ただし、上記式中、Heqはequatorial Hを示し、Haxはaxial Hを示す。糖の同じ炭素に付いたプロトンのどちらかを明記するために用いた記号)
【0006】
また、本発明によれば、ササ葉及び/又はタケ葉の低級脂肪族アルコール(メタノール、エタノール、プロパノール等の炭素数3以下のアルコールをいう、以下同じ)で抽出し、前記抽出液を濃縮し、水に置換又は加水して濾過することによりクロロフィルを濾去し、濾去後の水層にジエチルエーテルを添加し液・液分配を行い、得られる水層にさらに酢酸エチルを添加し液・液分配を行い、これらの操作を複数回繰り返し、水層及び酢酸エチル層からルテオリン6−C−アラビノシドを採取することを特徴とする新規フラボノイド化合物の製造方法が提供される。
また、本発明によれば、別の方法として、ササ葉及び/又はタケ葉を低級脂肪族アルコールで抽出し、前記抽出液を濃縮し、水に置換又は加水して濾過することによりクロロフィルを濾去し、濾去後の水層にジエチルエーテルを添加し液・液分配を行い、得られる水層からルテオリン6−C−アラビノシドを採取することを特徴とする新規フラボノイド化合物の製造方法が提供される。
この際、ササ葉又はタケの葉の抽出液又は抽出液分画後ピークの液を、さらに加水分解した後、精製することにより、該加水分解後液から高い収率でルテオリン6−C−アラビノシドを採取することができる。
【0007】
さらに、本発明によれば、ササ葉及び/又はタケの葉由来の新規なフラボノイド化合物であるルテオリン6−C−アラビノシドを有効成分として含む抗酸化性剤が提供される。
【0008】
本発明の新規フラボノイド化合物(ルテオリン6−C−アラビノシド)は、下記の化学式(1)で表される構造を有するルテオリン配糖体であって、後述する実施例に示す測定データ等から明らかなごとく、良好なDPPHラジカル消去活性、SOD様活性を有するのに加えて、脂質過酸化物抑制活性に優れている。しかも、驚くべきことに、この新規化合物(ルテオリン6−C−アラビノシド)は、褐変酵素ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の阻害活性が非常に大きい。
【0009】
【化2】

(ただし、上記式中、Heqはequatorial Hを示し、Haxはaxial Hを示す。糖の同じ炭素に付いたプロトンのどちらかを明記するために用いた記号)
【0010】
上記化合物のH−NMRの値は、δ=3.60(dd,J=2.8,9.6Hz,1H,3’’−H),3.72(d,J=12.0Hz,1H,5’’−Heq),3.95(m,1H,4’’−H),3.99(dd,J=2.4,12.0Hz,1H,5’’−Hax),4.24(dd,J=9.6,9.6Hz,1H,2’’−H),4.79(d,J=9.6Hz,1H,1’’−H),6.50(s,1H,8−H),6.55(s,1H,3−H),6.89(d,J=8.4Hz,1H,5’−H),7.36(br,d,J=2.0Hz,1H,2’−H),7.37(dd,J=2.0,8.4Hz,1H,6’−H)である。
【0011】
以下、本発明のルテオリン6−C−アラビノシドの製造方法及び単離精製方法、並びに、物質の同定方法に関し、順次詳述する。
【0012】
(原料)
原料となるササは、クマイザサ、チマキザサ、クマザサ、チシマザサ、ミヤコザサ、ヤクシマダケ、スズタケ等その種類は問わない。また、タケも、モウソウチク、インヨウチク、マダケ、オオバヤダケ、メダケ、ホウライチク等が使用可能である。これらのササあるいはタケの葉の部分を、水洗した後、必要に応じて適当な大きさに細断し乾燥(水分除去)して使用する。ササ又はタケの葉は、粉末にしてもよく、枯れさせてもよい。
【0013】
この原料を用いて、図1に例示するようなフローで抽出及び液・液分配を行う。
各工程の具体例は、以下のとおりである。
【0014】
(第1工程:アルコール抽出・蒸発乾固・粗抽出液の調製)
ササ葉1gに対して10倍容の低級脂肪族アルコールで抽出する。抽出は暗所で24時間放置し、24時間後濾過する。この操作を4回繰り返し、得られた濾液をあわせ、ロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、試料重量の2倍容の純水に溶解する。このようにして得られた溶液を粗抽出液とする。
【0015】
(第2工程:石油エーテルによる液・液分配)
上記の粗抽出液に対して同量の石油エーテルを加え、分液ロートにて水・石油エーテル溶媒の液・液分配を行う。この操作を2〜3回繰り返し行い、石油エーテル層と水層とを得る。石油エーテル層にはクロロフィルが含まれるので廃棄する。
【0016】
(第3工程:ジエチルエーテルによる液・液分配)
次に、得られた水層に該水層と同量のジエチルエーテルを添加し、分液ロートにて水・ジエチルエーテル溶媒の液・液分配を行う。この操作を2〜3回繰り返し行い、ジエチルエーテル層、水層を得た。ジエチルエーテル層をロータリーエバポレーターで乾固する。
【0017】
(第4工程:酢酸エチルによる液・液分配)
第3工程で得られた水層に、該水層と同量の酢酸エチルを加え、分液ロートにて,水・酢酸エチル溶媒の液・液分配を行う。この操作を2〜3回繰り返し行い、酢酸エチル層、水層を得る。各層をロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、メタノールに置換する。
【0018】
(組成物に含まれる有効成分)
上述のようにして得たジエチルエーテル層には、主にトリシンが含まれ、酢酸エチル層には、ルテオリン6−C−アラビノシド、ルテオリン6−C−グルコシド及びトリシンが主に含まれる。一方、水層には、ルテオリン6−C−グルコシドが主に含まれる。従って、酢酸エチル層からルテオリン6−C−アラビノシドを得ることができる。
【0019】
本発明者らの研究によれば、ササ葉及び/又はタケ葉を低級脂肪族アルコールで抽出し、前記抽出液を濃縮し、水に置換又は加水して濾過することによりクロロフィルを濾去し、濾去後の水層にジエチルエーテルを添加して液・液分配を行い、得られる水層からルテオリン6−C−アラビノシドを採取する方法でも、ササ葉等を原料として目的化合物を製造し得ることが判った。
また、後述の実施例2、3で詳述するように、ルテオリン6−C−アラビノシド収量を上げる方法として、(1)ササ又はタケの葉の抽出液をさらに加水分解する方法、及び、(2)抽出液分画後ピークの液を加水分解する方法、の2つがあることが見出された。これらの加水分解は、酸を用いるほか、アミラーゼ等の糖鎖切断酵素によっても可能である。
【0020】
(新規化合物の単離・精製及び同定)
酢酸エチル層に抗酸化成分として含まれるルテオリン6−C−アラビノシドは、それ自体、従来未知の新規化合物である。以下、ルテオリン6−C−アラビノシドの単離・精製及び同定について詳細に説明する。
【0021】
<ルテオリン6−C−アラビノシドの単離・精製>
メタノールに置換した上記の酢酸エチル層又は水層2mlを、セファデックス(Sephadex)LH−20をガラス管(内径2cm、高さ90cm)に充填したカラムクロマトグラフィーにアプライする。溶離液に60%メタノールを用い、フラクションコレクターで8mlずつ分画する。それぞれのフラクションについて波長350、330及び250nmにおける吸光度に従い分画し、ピークを得たら、該当ピークを濃縮しフォトダイオードアレイ検出器を用いたHPLCによる分取を行う。HPLCの条件は下記のとおりである。
カラム:TSKgel ODS−80Ts(21.5mmI.D.×300mm)
移動相:水/アセトニトリル/メタノール=7/2/1(v/v/v)
流速:6.0ml/min
オーブン温度:40℃
【0022】
<ルテオリン6−C−アラビノシド(Luteolin6−C−arabinoside)の同定>
本発明の新規化合物は、吸収スペクトル分析、質量分析及びNMR分析等により同定することが出来る。以下、本発明者らが実施した同定法について詳述する。
(a)吸収スペクトル法
精製物をメタノールに溶解し、450〜230nmにおけるUV・VIS吸収スペクトルを測定する。すなわち、試料のメタノール溶液を測定した後、ナトリウムメチラート(NaOMe)、塩化アルミニウム(AlCl)、12%塩酸(12%HCl)、酢酸ナトリウム(NaOAc)、ホウ酸(HBO)の各種試薬を添加し吸収スペクトルを測定する。
その結果は、下記の表1に示すとおりである。なお、表1には、ルテオリン6−Cアラビノシド(Luteolin6−C−arabinoside)のほか、参照例として、ルテオリン6−C−グルコシド(Luteolin6−C−glucoside)及びトリシン(Tricin)のデータも併記している。
【0023】
【表1】

【0024】
測定結果からのルテオリン6−C−アラビノシドの同定:
NaOMe添加によってBd.Iが45〜65nmの深色移動することから、3位の遊離水酸基の欠如又は酸素化(OR)が示唆される。また、Bd.Iの極大吸収が増大することより、4′位に遊離水酸基の存在することがわかる。
AlCl添加によってBd.Iが深色移動することより、3位又は5位又はその両方に遊離水酸基ないしは隣接する遊離水酸基が存在する。AlCl+HCl添加によってAlClのBd.Iより浅色移動するが元のBd.Iに戻りきらないことより、3位又は5位又はその両方に遊離水酸基が存在し、さらにB環中に隣接する遊離水酸基が存在する。そして、NaOAc添加によりBd.IIが5〜20nmの深色移動することから7位に遊離水酸基が存在する。NaOAc+HBO添加によりBd.Iから12〜36nmの深色移動することより、3′,4′位に遊離水酸基が存在することがわかる。
なお、Bd.Iとは、波長330〜420nm付近の極大吸収を示し、Bd.IIとは230〜290nm付近の極大吸収を示す。また、深色移動は長波長側、浅色移動は短波長側にシフトすることを示す。
以上の事実より、3′,4′,5,7位に遊離水酸基が存在するフラボン骨格のルテオリンであることが、また、Bd.IIに2つの極大が見られることから6位又は8位に結合糖が存在することがわかる。
【0025】
(b)質量分析
精製した試料について、パーセプティブ社製質量分析計Marinerを用い、分子量を正イオンモード(POS)で測定する。条件は下記の表2に示すとおりである。(なお、表2にも、参照のため、ルテオリン6−C−グルコシド及びトリシンのデータを併記している。)
[質量分析条件]
内部標準:4−acetamidophenol(m/z152.07),reserpine(m/z609.28)
インターフェイス:Electrospray ionization(ESI)
温度:室温(25℃)
【0026】
【表2】

【0027】
吸収スペクトルで糖の結合が示唆されるが、ルテオリン骨格であることを考慮するとm/zから結合糖はペントース1つであることがわかる。また、イオン化の際に断片化を生じていないことから、糖との結合はC結合であることがわかる。
【0028】
(c)H−NMR分析
それぞれ、十分に乾燥したサンプルを2〜10mg計量採取し、NMR測定管に移して重メタノールもしくは重ジメチルスルホキシド0.7mlに溶解し、H−NMRをJeolJNM−A400(400MHz)にて測定する。(内部標準:CD3OD,3.30,DMSO−d6,2.49)
【0029】
H−NMR分析の詳細は、以下のとおりであり、H−NMR分析によっても、この化合物がルテオリン6−C−アラビノシドであることが判る。
δ=3.60(dd,J=2.8,9.6Hz,1H,3’’−H),3.72(d,J=12.0Hz,1H,5’’−Heq),3.95(m,1H,4’’−H),3.99(dd,J=2.4,12.0Hz,1H,5’’−Hax),4.24(dd,J=9.6,9.6Hz,1H,2’’−H),4.79(d,J=9.6Hz,1H,1’’−H),6.50(s,1H,8−H),6.55(s,1H,3−H),6.89(d,J=8.4Hz,1H,5’−H),7.36(br.d,J=2.0Hz,1H,2’−H),7.37(dd,J=2.0,8.4Hz,1H,6’−H).
【0030】
H−NMR分析では、測定溶媒として重メタノールを用いる。芳香族由来と思われるシグナルが5種類それぞれ観測されるが、そのうちδ=6.89(d,J=8.4Hz),7.36(br.d,J=2.0Hz),7.37(dd,J=2.0,8.4Hz)の3種のシグナルの結合定数から、3置換ベンゼンの存在が推定され、置換位置は、オルト及びパラであると考えられる。また、その他2種の芳香族プロトンδ=6.50(s),6.55(s)は一重線であるが、その化学シフトと前述の3種の化学シフトを既知化合物であるルテオリンと比較すると比較的よい一致を示すので、アグリコン部はルテオリンであると推定される。ただし、ルテオリンの6位に相当するシグナルは観測されないので、6位に何らかの置換基の存在が示唆され、上記吸収スペクトルの結果によく一致する。
次に、δ=3.60(dd,J=2.8,9.6Hz),3.72(d,J=12.0Hz),3.95(m),3.99(dd,J=2.4,12.0Hz),4.24(dd,J=9.6,9.6Hz),4.79(d,J=9.6Hz)のシグナルにより、糖の存在が示唆される。アノマー位(1’’位)のプロトン4.79(d,J=9.6Hz)の結合定数から、アノマー位の隣接プロトンとはアキシアル−アキシアルの関係にある。すなわち、糖部分はβ結合にてアグリコンに結合していると決定される。また、その化学シフトがO−グリコシドよりも高磁場シフトしていることから、糖部分はC−グリコシル化しているものと考えられ質量分析の結果に整合する。糖部分のシグナルの化学シフトと結合定数はアラビノースのものとよい対応を示すことから糖部分はアラビノースであると推定される。
以上、アグリコン部、糖部を総合し、先の吸収スペクトルと質量分析結果をあわせて考慮した結果、この化合物はルテオリン6−C−アラビノシドであると決定される。
【発明の効果】
【0031】
本発明によるルテオリン6−C−アラビノシドは、抗酸化活性に優れた物質であり、従来のササエキス等に比べて、抗酸化活性に優れ、かつ耐熱性、耐光性も良好な組成物が得られる、という利点を有する。
さらに具体的に説明すると、ルテオリン6−C−アラビノシド又はそれを含む組成物は、DPPHラジカル消去活性、スーパーオキシドアニオンラジカル消去活性(SOD様活性)、脂質過酸化抑制効果等に優れており、しかも、褐変酵素ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の阻害効果が極めて大きいという利点を有する。
従って、本発明によるルテオリン6−C−アラビノシドを有効成分とする抗酸化性の組成物は、医薬品、化粧品、食品等の分野で有用である。
また、一般に、ルテオリン配糖体には、抗酸化の他に、抗炎症、ガン予防、抗不整脈作用等が報告されており、上記のルテオリン6−C−アラビノシドにも、本発明者らが確認した抗酸化活性のほかに、抗炎症、ガン予防、抗不整脈作用等を有することも期待される。
【0032】
さらに、本発明の製造方法によれば、日本各地に生育するササ又はタケの葉を原料とするため、ルテオリン6−C−アラビノシドを低コストで製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に、本発明方法の実施例及び比較例を詳述する。ただし、本発明はこれらの実施例によってその範囲が限定されるものではない。なお、例中の%は特に断らない限り重量%を意味する。なお、例中に示す抗酸化活性の測定は次のように実施した。
【0034】
1.DPPHラジカル消去活性
安定なラジカルであるDPPHラジカルに対するラジカル消去活性について検討した。0.5mMのDPPHラジカル・エタノール溶液100μl、試料100μlの順に小ワッセルマンに採取し混合した。すばやく攪拌し、偏平セルに吸い上げてキャビティに挿入し、一定時間後(45秒)にESR装置(JeolJES−FR30)に装填し測定を開始した。ブランクには超純水又はアセトニトリルを用いた。下記条件のESRに供した。
なお、ラジカルの消去率を(1−サンプル値/ブランク値)×100として求めた。
Field:335±5mT
Power:4mW
Modulation Width:40μT
Sweep Time:2min
Time const:0.1sec
Amp:250
【0035】
2.スーパーオキシドアニオンラジカル消去活性(SOD様活性)
ヒポキサンチンを基質とし、キサンチンオキシダーゼ(XOD)の反応よるスーパーオキシドアニオンラジカル発生系を用い、SOD様活性を測定した。
原液DMPO(ラボテックNH−687)15μl、5mMのHypoxanthine(SIGMA H−9377)50μl、5.5mMのDTPA(同仁化学347−01141)35μl、試料50μl、0.4U/mlのXOD(SIGMA X−4376)50μlの順に小ワッセルマンに採取し混合した。すばやく攪拌し、偏平セルに吸い上げてキャビティに挿入し、一定時間後(45秒)にESR装置(JeolJES−FR30)に装填し測定を開始した。ブランクには超純水又はアセトニトリルを用いた。下記条件のESRに供した。スーパーオキシドアニオンラジカルの消去率を(1−サンプル値/ブランク値)×100として求めた。
Field:335±5mT
Power:4mW
Modulation Width:0.079mT
Sweep Time:2min
Time const:0.1sec
Amp:250
【0036】
3.脂質過酸化抑制効果
4%−リノール酸メチル・メタノール溶液10ml、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)10mlを遠沈管に採取し、サンプル1ml加え、オーブンで55℃、48時間加熱処理し、過酸化脂質を生成させた。サンプルはササ葉1g/100mlの濃度になるように調製した。ブランクとしてメタノール、対象として20ppmトコフェロールをサンプルの代わりに加え、同様にオーブンで55℃、48時間加熱処理し、過酸化脂質を生成させた。生じた過酸化脂質の過酸化物価(POV)を常法に従って測定し、抗酸化剤が無い状態のコントロールのPOVを0%とし、試料の脂質過酸化抑制率を求めた。
【実施例1】
【0037】
(1)組成物の調製
原料のササ葉として、北海道に自生しているクマイザサ(Sasa senanensis)の葉(採取地:網走市)を用い、これを図1に示すような手順で、以下のように処理し、液状の組成物を得た。
まず、水洗・ササ葉1gに対して5倍容のメタノールを加え浸漬・抽出した。抽出は暗所で24時間放置した後、濾過した。次いで、濾液をロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、ササ葉重量の2倍容の純水に溶解した。得られた水溶液を粗抽出液とした。
上記の粗抽出液に対して、等量の石油エーテルを加え、水・石油エーテル溶媒の液・液分配を行った。この操作を2〜3回繰り返し行い、石油エーテル層及び水層を得た。得られた水層を用い、水・ジエチルエーテル溶媒の液・液分配を行った。この操作を2〜3回繰り返し行い、ジエチルエーテル層と水層とを得た。得られた水層を採取してこれに酢酸エチルを加え、水・酢酸エチルの液・液分配を行った。この操作を2〜3回繰り返し行い、酢酸エチル層及び水層を得た。
得られた各層を採取し、ササ葉重量に対して等倍の液量になるようにロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、これをメタノールに置換して抗酸化性組成物を得た。水層については、XADカラムにより遊離の糖を取り除いて抗酸化性組成物を得た。
【0038】
(2)ルテオリン6−C−アラビノシドの単離・精製
メタノールに置換した酢酸エチル層2mlを、セファデックスLH−20をガラス管(内径2cm、高さ90cm)に充填したカラムクロマトグラフィーにアプライする。溶離液に60%メタノールを用い、フラクションコレクターで8mlずつ分画した。それぞれのフラクションについて波長350、330及び250nmにおける吸光度に従い分画し、ピークを得たら、該当ピークを濃縮しフォトダイオードアレイ検出器を用いたHPLCによる分取を行った。HPLCの条件は下記のとおりである。
カラム:TSKgel ODS−80Ts(21.5mmI.D.×300mm)
移動相:水/アセトニトリル/メタノール=7/2/1(v/v/v)
流速:6.0ml/min
オーブン温度:40℃
【0039】
(3)ルテオリン6−C−アラビノシドの特性
下記の表3に、ルテオリン6−C−アラビノシドの抗酸化活性を、他のルテオリン配糖体であるルテオリン6−C−グルコシド及びトリシンの酸化活性と対比して示す。この表から明らかなように、ルテオリン6−C−アラビノシドは、DPPH消去率及びSOD消去率において特にすぐれている。
【0040】
【表3】

【0041】
<油脂過酸化抑制率の測定>
(1)試料油脂の調整
4%リノール酸メチル・メタノール溶液10ml、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)10mlを遠沈管に採取し、サンプル1ml加え、オーブンで55℃、48時間加熱処理し、過酸化脂質を生成させた。サンプルはササ葉1g/100mlの濃度になるように調製した。ブランクとしてメタノール、対象として20ppmトコフェロールをサンプルの代わりに加え、同様にオーブンで55℃、48時間加熱処理し、過酸化脂質を生成させた。
(2)POV検定
POV検定は、日本油脂学会による酸化油脂中の過酸化物価の測定法に従い、過酸化脂質(ヒドロペルオキシド)が酸性条件下で還元される反応に基づき、遊離されるヨウ素をチオ硫酸ナトリウムで滴定する方法で行った。
重クロム酸カリウムを純水に溶解し、0.01N重クロム酸カリウム溶液を調製し、このとき、重クロム酸カリウム溶液のファクター(f=採取量/理論値)を求めておいた。ヨウ化カリウム1gを純水5mlに溶解させ、そこに0.01N重クロム酸カリウム溶液20ml、塩酸5mlを加え、撹拌後栓をして5分間暗所に放置した。5分後、純水300mlを加え、遊離ヨウ素を0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定した。褐色が消えかかったら、1%澱粉指示薬を加え、青色が完全に消失するまで滴定した。滴定値がVmlのとき、0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液のファクターは、F=20×f/Vで求め、滴定を行った。
上述のように調製した試料油脂1gを採取し、クロロホルム氷酢酸混液(3:2)25ml、飽和ヨウ化カリウム溶液1ml加え、すぐに撹拌し、1分間暗所に放置した。反応を止めるために純水75mlを加えた。2層に分かれる上層の赤紫色の消失を終点とし、遊離ヨウ素を0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定した。空試験には純水1gを用いて行った。
【0042】
【数1】

【実施例2】
【0043】
次に、ルテオリン6−C−アラビノシドについて、褐変酵素ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の阻害効果を調べるため、一般に知られているPPO活性阻害剤、他のフラボノイド類との比較測定を行った。その測定方法は以下のとおりであり、測定結果は下掲の表4に示すとおりである。
【0044】
<PPO(褐変酵素ポリフェノールオキシダーゼ)阻害活性の測定>
0.05Mクロロゲン酸を基質とし酵素液としてタマネギ鱗茎より抽出・部分精製を行った酵素液を用いた。すなわち、1.3mlの10mMリン酸緩衝液(pH7.0)に1mM濃度、2mM濃度、10mM濃度に調製した阻害剤を0.1ml、酵素液を0.1ml添加し混合、30℃に10分間予備加温後、0.05Mクロロゲン酸基質溶液を0.1ml加え混合し30℃、30分間加温後の波長420nmにおける褐変度を求めた。阻害剤添加の代わりに10mMリン酸緩衝液(pH7.0)を加えたものをコントロールとし、活性を100%として阻害効果を相対活性で示した。
【0045】
この結果、本発明に係るルテオリン6−C−アラビノシドは、一般のPPO活性阻害剤や他のフラボノイド類と比べて卓越したPPO阻害活性を有し、少量の使用でも褐変を防止できることがわかった。
従って、ルテオリン6−C−アラビノシドは、例えば、食品類の褐変防止剤としても有効に利用することができる。
【0046】
【表4】

【実施例3】
【0047】
本実施例では、クマイザサのササ葉抽出液を加水分解した場合について説明する。試料葉にはトリシンアグリコンを含まないもの(採取地:北海道津別町相生)を使用した。
すなわち、クマイザサ抽出液の酸加水分解とは、クマイザサ抽出液(メタノール溶液)に塩酸(最終濃度が0.2〜0.7N)を加えた(抽出液と塩酸の比率は1:1になるようにした)。混合後、100℃のウォーターバスで30分間加熱して加水分解を行わせ、30分後、氷中で冷却した。
各加水分解物(無処理を含む)はXADカラムに吸着させ、加水分解物から酸を洗い流し、メタノールに溶媒置換後,LH−20カラムに供し、精製後HPLCで定量分析した。
【0048】
まず、図2にササ葉抽出液の非加水分解物のLH−20溶出パターンを示す。そして、ササ葉抽出液を0.2N塩酸中、100℃、30分間、加水分解した後のLH−20溶出パターンを図3に、0.7N塩酸中、100℃、30分間加水分解した後のLH−20溶出パターンを図4に示す。
図2のBIIはルテオリン6−Cグルコシド(Luteolin6−C−glucoside)の溶出ピーク、BIIIはルテオリン6−C−アラビノシド(Luteolin6−C−arabinoside)のピークであり、トリシンアグリコンは図2では見られない(図3の2HIIIのピークである)。それぞれの処理によって得られるルテオリン6−C−アラビノシドの結果を、それぞれ図5に示す。なお、HPLCやXADカラム、LH−20カラムの条件は既に述べた条件と同じである。
【0049】
図2、図3及び図4より、上記図2のBIピークが減少し、図3の2HIIIピーク及び図4の7HIIIピークが新たに検出されることが確認できる。図2におけるBIIIピーク、図3の2HIIピーク及び図4の7HIピークは溶出位置から同じ成分であることがわかる。これらのピークは、以前に同定したルテオリン6−C−アラビノシドである。
【0050】
また、図5より酸加水分解処理を行うことで、ルテオリン6−C−アラビノシドの含量が約3.3倍多くなったことがわかる。従って、最終濃度0.2〜0.7Nの塩酸で100℃、30分間加熱処理することでルテオリン6−C−アラビノシドの収量を大幅に上げることが出来る。
【実施例4】
【0051】
本実施例では、クマイザサのササ葉抽出液をカラムクロマトグラフィー(セファデックスLH−20カラム)で分画し、分画液を加水分解した場合について説明する。
クマイザサのササ葉のメタノール抽出液をLH−20カラムで分画し、配糖体を含むフラクションを加水分解し、各加水分解物(無処理を含む)はXADカラムに吸着させ加水分解物から酸を洗い流しメタノールに溶媒置換し、HPLC分析した。すなわち、クマイザサ抽出液のLH−20カラム分画液(メタノール溶液)に塩酸(最終濃度が0.2〜0.7N)を加えて(分画液と塩酸の比率は1:1になるようにする)、混合後、100℃のウォーターバスで30分間加熱して加水分解を行わせ、30分後、氷中で冷却した。
【0052】
図6には、上記図2の無処理ササ葉抽出液のLH−20カラム分画分で、配糖体が含まれていると考えられるフラクション(BI)を加水分解して得られるルテオリン6−C−アラビノシドの定量結果を示す。この図から明らかなように、クマイザサ抽出液を分画した後でも、酸加水分解処理を行うことにより、ルテオリン6−C−アラビノシドを高い収率で得られることが確認された。
【0053】
以上より、ルテオリン6−C−アラビノシドの収量を上げる方法として、(1)クマイザサ抽出液の酸加水分解による方法、及び(2)分画後ピークの酸加水分解による方法、の2つの方法があることが確認された。
【実施例5】
【0054】
本実施例では、クマイザサの葉(採取地:北海道津別町相生)約200gを切り刻み、メタノールに一晩浸し、これを2回繰り返した後、粗抽出液をロータリーエバポレーターで濃縮し、水に置換した。これに等量の石油エーテルを加えて液・液分配し、残存するクロロフィルを石油エーテル層に移行させ除去した。残った水層に等量のジエチルエーテルを加え、液・液分配し、得られた水層をカラムクロマトグラフィー(セファデックスLH−20カラム)に供することにより、図7に示すルテオリン6−C−アラビノシドの画分を得た。この画分のルテオリン6−C−アラビノシドの純度は約90%を示し、不純物としてルテオリン7−O−グルコシドを含んでいた。この画分を先に述べた分取HPLCを1回実施することで、純度99%以上のルテオリン6−C−アラビノシドを得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】 本発明方法の工程概略図
【図2】 クマイザサ抽出液のセファデックスLH−20カラムによる分画のチャート(LH−20カラム条件=カラム径:2I.D.×80cm、移動相:60%メタノール流速:1.0ml/min、分画サイズ:8ml、BI:Frac.No.66〜94、BII:Frac.No.95〜115、BIII:Frac.No.116〜143に分画)
【図3】 クマイザサ抽出液を加水分解(最終濃度0.2N塩酸、100℃、30分間加熱)処理した液のセファデックスLH−20カラムによる分画のチャート(LH−20カラム条件=カラム径:2I.D.×80cm、移動相:60%メタノール、流速:1.0ml/min、分画サイズ:8ml、2HI:Frac.No.91〜112.2HII:Frac.No.113〜132、2HIII:Frac.No.199〜220に分画)
【図4】 クマイザサ抽出液を加水分解(最終濃度0.7N塩酸、100℃、30分間加熱)処理した液のセファデックスLH−20カラムによる分画のチャート(LH−20カラム条件=カラム径:2I.D.×80cm、移動相:60%メタノール、流速:1.0ml/min、分画サイズ:8ml、7HI:Frac.No.88〜108.7HII:Frac.No.109〜132、2HIII:Frac.No.189〜212に分画)
【図5】 ルテオリン6−C−アラビノシドの含量を示すグラフであって、サンプルには図2のBIIIピーク、図3の2HIIピーク及び図4の7HIIピークの各ピークに含まれるルテオリン6−C−アラビノシドを定量したときの結果を示すデータ(BIIIピークを「未処理」、2HIIピークを「0.2N塩酸処理」、7HIIピークを「0.7N塩酸処理」としてそれぞれX軸表記)
【図6】 分画したBIピークの酸加水分解(水解)によるルテオリン6−C−アラビノシド含量の変化を示すグラフであって、図2のBIピークを最終濃度0.2N塩酸、100℃、30分間加熱処理を行った場合のデータ(酸加水分解処理前のものを「水解前」、酸加水分解処理したものを「水解後」とX軸に表記)
【図7】 ジエチルエーテルによる液・液分配で得られる水層のセファデックスLH−20カラムによる分画のチャート(LH−20カラム条件=カラム径:2I.D.×80cm、移動相:60%メタノール、流速:1.0ml/min、分画サイズ:8ml)(試料採取地:北海道津別町相生)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学式(1)で表されるルテオリン6−C−アラビノシドであることを特徴とする新規フラボノイド化合物。
【化1】

(ただし、上記式中、Heqはequatorial Hを示し、Haxはaxial Hを示す。糖の同じ炭素に付いたプロトンのどちらかを明記するために用いた記号)
【請求項2】
ササ葉及び/又はタケ葉を低級脂肪族アルコールで抽出し、前記抽出液を濃縮し、水に置換又は加水して濾過するか又は石油エーテルで液・液分配することによりクロロフィルを除去し、除去後の水層にジエチルエーテルを添加し液・液分配を行い、得られる水層にさらに酢酸エチルを添加し液・液分配を行い、これらの操作を複数回繰り返し、水層及び酢酸エチル層からルテオリン6−C−アラビノシドを採取することを特徴とする新規フラボノイド化合物の製造方法。
【請求項3】
ササ葉及び/又はタケ葉を低級脂肪族アルコールで抽出し、前記抽出液を濃縮し、水に置換又は加水して濾過することによりクロロフィルを濾去し、濾去後の水層にジエチルエーテルを添加し液・液分配を行い、得られる水層からルテオリン6−C−アラビノシドを採取することを特徴とする新規フラボノイド化合物の製造方法。
【請求項4】
ササ抽出液又は分画後ピークの液を、さらに加水分解した後、加水分解後の液からルテオリン6−C−アラビノシドを採取することを特徴とする請求項2又は請求項3記載の新規フラボノイド化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の新規フラボノイド化合物を有効成分として含有することを特徴とする抗酸化剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−265249(P2006−265249A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−75573(P2006−75573)
【出願日】平成18年2月21日(2006.2.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年9月1日 日本食品科学工学会第51回大会事務局発行の「日本食品科学工学会 第51回大会講演集」に発表
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】