説明

新規ペプチド及びこのペプチドから成る結核菌特異的T細胞検出用試薬

【課題】結核菌のエピトープを特定し、このエピトープに相当するペプチドを用いた結核菌特異的T細胞検出用試薬を提供する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列の23〜31番目のアミノ酸配列(AAVENVVDT)を含むペプチドが、T細胞(CD8+)を特異的に刺激して、顕著に高いIFN-γ量を与えることを見出した。このペプチド及びこのペプチドから成る慢性期の結核菌特異的T細胞(CD8+)を検出するための試薬として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、結核菌のT細胞(CD8+)を検出するために有効なペプチド、及びこのペプチドから成るT細胞検出用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は、結核の原因細菌である。結核は、世界の代表的な再興感染症であり今なお世界で毎年900万人近くが発病し、200万人近くが死亡している(HIV/AIDS合併を含む)。結核菌の感染防御には、結核菌に対する抗体は効かず、T細胞が有効であることが知られており、結核菌に特異的なT細胞応答を効率的に誘導することが感染を防ぐ上で重要である。
これまでに結核菌及びそれに極めて近縁のBCG菌のT細胞抗原並びにその中のT細胞エピトープ(抗原決定基)は、本発明者らが報告したMPT51抗原(特許文献1)も含め数多く報告されているが、その多くは、結核菌の急性感染期に発現する抗原である。
一方、結核菌には急性期のみならず慢性期(持続感染期、休眠期)に発現するMDP1(Mycobacterial DNA-binding Protein 1)抗原などの抗原がある(非特許文献1,2)。結核感染者の大半は、持続感染期の結核菌を保持していることから、持続感染期の結核菌に反応するT細胞の挙動を解析することは、慢性結核の治療型ワクチン開発の上で、きわめて重要である。
これまでMDP1のB細胞エピトープの報告はあるものの(非特許文献3)、T細胞エピトープの報告はなく、その正確な同定が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-130807
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Microbiol Immunol(1999)43(11): 1027-1036.
【非特許文献2】Mol Gen Genet(1998)260: 475-479.
【非特許文献3】J Immunol(2005)175: 441-449.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、結核菌のT細胞エピトープを特定し、このエピトープに相当するペプチドを用いた結核菌特異的T細胞検出用試薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、BCG菌由来MDP1分子の発現プラスミド(pCI-MDP1)を作製し、これでマウスを免疫し、この免疫マウス脾細胞を、BCG菌由来MDP1の一部分に相当するアミノ酸数が約20の合成ペプチドと共培養して、IFN-γ量を測定した。更に、このIFN-γ産生量の多いペプチド中のアミノ酸が約10の合成ペプチドを用いてCD8+又はCD4+ T細胞についてフローサイトメトリー解析を行なった。その結果、T細胞(CD8+)を特異的に刺激して、顕著に高いIFN-γ産生量を与えるペプチド断片を特定した。
【0007】
即ち、本発明は、配列番号1のアミノ酸配列中の連続する20個以下のアミノ酸から成るペプチドであって、配列番号1の23〜31番目のアミノ酸配列(AAVENVVDT)を含むペプチドである。
また本発明は、このペプチドから成る結核菌及びBCG菌特異的T細胞(CD8+)を検出するための試薬である。
また本発明は、検体にこのペプチドを投与する段階、及びIFN-γ又はIFN-γを産生する細胞を検出することから成る、検体に含まれる結核菌及びBCG菌特異的T細胞(CD8+)を検出する方法である。
さらに、本発明は、このペプチドから成る抗結核菌及び抗BCG菌ワクチン、このペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列から成るオリゴヌクレオチドであり、このオリゴヌクレオチドを含むベクター、このベクターから成る抗結核菌及び抗BCG菌DNAワクチンである。
【発明の効果】
【0008】
本発明のペプチドは、結核菌やBCG菌特異的T細胞を検出するための試薬として用いることができる。このペプチドを用いて、結核菌特異的T細胞検出のためのMHCテトラマー等の試薬を作製することができる。またこのペプチドを、必要に応じて有効量のアジュバント及び調剤上許容し得る担体と共に含有して特異的T細胞の誘導を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】BCG菌由来MDP1分子の配列(配列番号1)を示す図である。P1〜P21は、実施例で用いた各ペプチドの番号を表す。
【図2】各ペプチド(P1〜P21)添加によるIFN-γの産生量(MDP1 DNA-immune)を示す図である。縦軸はIFN-γ量を示し、横軸は、添加したペプチドの番号を示す。P(−)は、ペプチドを加えていない陰性コントロールである。*は、P(−)の値と比較して有意に高いことを示す。比較のため、BCG免疫マウス(BCG-immune)及び未免疫マウス(Naive)の結果も示す。
【図3】MDP1 p23-31とMDP1 p23-32の応答性の比較を示す図である。
【図4】P3, P9, P11の各ペプチドに応答するT細胞サブセットの解析結果を示す図である。*は、CD8+ T細胞を除去した場合(CD8 T cell (-))とCD4+ T細胞を除去した場合(CD4 T cell (-))を比較して有意に違いがあることを示す(Student's tテストによる。)。
【図5】MDP1 p23-31ペプチドのMHC結合実験結果を示す図である。縦軸は、平均蛍光強度比(MFI ratio)を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列(即ち、BCG菌由来MDP1分子)中の連続する20個以下、好ましくは10個以下のアミノ酸から成るペプチドであって、配列番号1の23〜31番目のアミノ酸配列(AAVENVVDT)を含むペプチドである。
このペプチドは、結核菌及びBCG菌のT細胞(CD8+)のエピトープ(抗原決定基)であり、T細胞(CD8+)を特異的に刺激しIFN-γを産生することができる。
結核菌(Mycobacterium tuberculosis, Genbank Accession Number: Z83018)とBCG菌(Mycobacterium bovis BCG, Genbank Accession Number: AB013441)は、共にマイコバクテリウム属細菌であり、そのMDP1のアミノ酸配列(配列番号1,3)は若干異なるが(非特許文献1)、本発明のペプチドを含むアミノ酸配列(AAVENVVDTI)はこれらで保存されている(配列番号1,3に示すアミノ酸配列の第23〜32番目)。そのため、本発明のペプチドに対するT細胞の反応を検知することにより、結核菌とBCG菌を同様に検出することができる。本発明の手法は、マイコバクテリウム属に属する細菌、例えば、アビウム菌(Mycobacterium avium, Genbank Accession Number: CP00079)についても同様に適用できると考えられる。
【0011】
このペプチドは、結核菌及びBCG菌に特異的なT細胞を検出するための試薬として使用することができる。
本発明のペプチドは、慢性期の結核菌及びBCG菌に発現するMDP1抗原の断片であるため、慢性期に出現する結核菌及びBCG菌特異的T細胞(CD8+)を刺激して、IFN-γを産生させる。検体にこのペプチドを投与し、IFN-γ又はIFN-γを産生する細胞を検出することにより、結核菌及び/又はBCG菌に特異的なT細胞を検出したり、更に慢性期の結核菌及び/又はBCG菌を保持している個体を特定することができる。
この検査は、例えば、以下のいずれかの手順で行うことができる。
(1)ELISAによりMDP1特異的T細胞を検出する方法
MDP1 DNAワクチン又はBCG菌又は結核菌で免疫したマウスの脾細胞を調製し、それに本発明のペプチドを1μg ml-1程度加え、2日間程度培養し、培養上清中のIFN-γ量を計測する。
(2)ELISPOTによりMDP1特異的T細胞を検出する方法
MDP1 DNAワクチン又はBCG菌又は結核菌で免疫したマウスの脾細胞を調製する。前もって抗IFN-γ抗体を固層化したELISPOT用マイクロプレートに、免疫マウス脾細胞を加えた後、本発明のペプチドを1μg ml-1程度加え、2日間培養する。その後、抗IFN-γ抗体を用いて、ELISPOT用マイクロプレート上のスポット数(IFN-γ産生細胞数に相当)を計測する。
(3)細胞内IFN-γ染色によりMDP1特異的T細胞を検出する方法
MDP1 DNAワクチン又はBCG菌又は結核菌で免疫したマウスの脾細胞を調製する。それに1μg ml-1程度の本発明のペプチドとモネンシン等のタンパク分泌阻害薬を加え4時間程度培養する。その後、蛍光色素結合抗IFN-γ抗体を用いて、IFN-γ産生細胞を染色し、FACSを用いてIFN-γ産生細胞数を計測する。
【0012】
本発明のペプチドは、慢性期の結核菌又はBCG菌に出現するMDP1に特異的なT細胞(CD8+)のエピトープであるので、このペプチドを抗結核菌ワクチンとして用いることができる。
また、このペプチドを、必要に応じて有効量のアジュバント及び調剤上許容し得る担体と共に含有してワクチン製剤とすることができる。
この製剤は、注射により皮下、皮内又は筋肉に注入する等適当な経路で個体に投与することができる。アジュバントとしてはdimethyl dioctadecylammonium bromide(DDA, Eastman Kodak)、monophosphoryl lipid A(MPL, RIBI ImmunoChem Research Inc.)等を使用できる。
【0013】
また、このペプチドをコードする塩基配列から成るオリゴヌクレオチドは、これを含むベクターを利用して、これを発現させることにより抗結核菌DNAワクチンとして使用できる。
ベクターとしては、原核又は真核生物宿主細胞において自律複製可能又は染色体中への組込み可能であって、目的DNAの転写が可能な位置にプロモーターを含有しているものを選択できる。ベクターはプラスミド、ファージを含むウイルス、コスミドなどである。ベクターにはさらに、選択マーカー、リボソーム結合部位、複製開始点、ターミネーター、エンハンサー、ポリリンカーなどを適宜含むことができる。細菌等の原核生物用や、菌類、酵母類、昆虫細胞、植物細胞、動物細胞等の真核生物用の種々の発現ベクターを用いることができる。
プロモーターとしては、市販の発現ベクターに予め組込まれているもの等を適宜選択して用いることができる。例えば、原核生物用としてtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなど、酵母用としてGAPプロモーター、ADHプロモーター、GPDプロモーターなど、動物細胞用としてサイトメガロウイルスプロモーター、SV40初期プロモーター、レトロウイルスプロモーター、乳腺細胞特異的プロモーターなど、植物細胞用としてカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどが挙げられる。
形質転換法として、塩化カルシウム法、燐酸カルシウム法、酢酸リチウム法、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、スフェロプラスト法、リポフェクション法、アグロバクテリウム法などを用いることができる。
【実施例】
【0014】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
実施例1
本実施例では、BCG菌のMDP1でマウスを免疫し、その脾臓細胞中のT細胞が、MDP1のペプチド断片に免疫活性を示すかどうか調べた。
図1に示すように、BCG菌のMDP1(配列番号1)について、20アミノ酸からなるペプチドを10アミノ酸が重複するように選び、21種のペプチドを合成した。
一方、BCG菌由来MDP1をコードするDNA断片(配列番号2、大阪市立大学医学部 松本壮吉博士より入手)を発現プラスミドpCI(Promega, Madison, WI, USA)のサイトメガロウイルスのエンハンサー/プロモーター領域の下流に挿入し、プラスミドDNA(pCI-MDP1)を構成した。
C57BL/6純系マウスをヘリオス型遺伝子銃(Bio-Rad Laboratories, Hercules, CA, USA)を用いて上記プラスミドDNAで免疫処置した。具体的には、マウスの腹部の皮膚の毛を剃り70%エタノールで拭いた。このマウスに、1度に0.5 mgの、上記プラスミドDNA(pCI-MDP1; 1μg DNA/0.5 mg金粒子)でコートした金粒子を、2回打ち込んだ。マウスは一週間の間隔を空けて4回に分けて計2μgのプラスミドDNAを4度打ち込んだ。
比較のため、106CFUのBCG菌を2週間隔で2回、皮下接種したBCG菌免疫マウスと未免疫マウスを用意して、同様に試験を行った。
【0015】
免疫したマウスから採取した脾臓細胞の懸濁液を、96穴プレートの10%胎児牛血清添加RPMI1640培地中で5μMの上記各ペプチドの存在下、37℃、5%CO2条件で培養した。24時間後に上清液を回収して-20℃で保存した。
IFN-γ濃度を、ELISAで測定した。96穴プレート(E.I.A./R.I.A.プレートA/2; Costar, Cambridge, MA, USA)をキャプチャー抗体(抗マウスIFN-γモノクローナル抗体(mAb)R4-6A2; BD Biosciences, San Jose, CA, USA)で4℃で一晩コートし、0.05% Tween-20を含むPBSで洗浄しBlock Ace(大日本製薬)により37℃で2時間ブロックした。洗浄後、培養上清液をプレートに添加し、4℃で一晩インキュベートした。洗浄後、0.5μg ml-1のビオチンラベル抗マウスIFN-γ mAb(XMG1.2; BD Biosciences)をプレートに添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄後、0.1μg ml-1のホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)結合ストレプトアビジン(eBioscience, San Diego, CA, USA)を添加した。次にこのプレートを室温で30分間インキュベートした。洗浄後、3, 3', 5, 5'-テトラメチルベンゼンジヒドロクロライド(TMB, BioFX Laboraratories, Owings Mills, MD, USA)を用いて、結合したHRP結合ストレプトアビジン量を測定した。5分後、色反応を2M H2SO4液で終了させ、EZS-ABSマイクロプレートリーダー(Asahi Techno Glass, Tokyo, Japan)を用いて450 nmの吸光度を測定した。
結果を図2に示す。P3(MDP1の21〜40番目のアミノ酸部分)、P9((MDP1の71〜90番目のアミノ酸部分)及びP11((MDP1の91〜110番目のアミノ酸部分)の各ペプチドが、ペプチドを加えない場合に比べ有意に高い値を示し(Student's tテストによる。)、特にP3ペプチドが最も高いIFN-γ量を与えることがわかった。
【0016】
実施例2
MDP1 p23-31(MDP1(配列番号1)の23〜31番目のアミノ酸部分から成るペプチド(AAVENVVDT)を表す。以下同様。)とMDP1 p23-32(AAVENVVDTI)を用意し、実施例1と同様に、MDP1 DNA免疫マウスの脾細胞を調製後、MDP1 p23-31とMDP1 p23-32を添加し、48時間培養後、IFN-γ ELISAをおこなった。結果を図3に示す。この実験で、MDP1 p23-31とMDP1 p23-32は同程度のIFN-γ誘導能があることが確認された。
【0017】
実施例3
本実施例では、本発明のペプチドに応答するT細胞が、CD4+ T細胞かCD8+ T細胞かを明らかにすることを目的として、T細胞サブセットの解析を行った。
BD IMagシステム(BD Biosciences)を用いて、実施例1で用意したMDP1 DNA免疫マウス脾細胞からCD4+ T細胞又はCD8+ T細胞サブセットのみを除去した後、P3, P9及びP11の各ペプチド添加後48時間培養後、IFN-γ ELISAで培養上清液中のIFN-γ量を測定した。
結果を図4に示す。この結果、P3ペプチドに応答するT細胞はCD8+ T細胞であることがわかった。なおP9ペプチド、P11ペプチドに応答するT細胞はCD4+ T細胞である。
【0018】
実施例4
本実施例では、MDP1 p23-31がマウスのMHC分子であるH2-Db分子に結合することを、MHC結合実験で検証した。TAP2欠損RMA-S細胞を一晩10%胎児牛血清添加RPMI1640培地を用い26℃で培養した後、MDP1 p23-31ペプチドを添加し1時間培養した。PBSで洗浄後、再び10%胎児牛血清添加RPMI1640培地を用い37℃で2時間培養した。洗浄後、フィコエリスリン結合抗H2-Db抗体を加え4℃で30分間インキュベートした後、洗浄し、フローサイトメーターを用い、RMA-S細胞表面のH2-Db分子を検出した。
結果を図5に示す。この結果、MDP1 p23-31ペプチドがH2-Db分子に結合することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のアミノ酸配列中の連続する20個以下のアミノ酸から成るペプチドであって、配列番号1の23〜31番目のアミノ酸配列(AAVENVVDT)を含むペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドから成る結核菌及びBCG菌特異的T細胞(CD8+)を検出するための試薬。
【請求項3】
請求項1に記載のペプチドから成る抗結核菌及び抗BCG菌ワクチン。
【請求項4】
請求項1のペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列から成るオリゴヌクレオチド。
【請求項5】
請求項3に記載のオリゴヌクレオチドを含むベクター。
【請求項6】
請求項5に記載のベクターから成る抗結核菌及び抗BCG菌DNAワクチン。
【請求項7】
検体に請求項1のペプチドを投与する段階、及びIFN-γ又はIFN-γを産生する細胞を検出することから成る、検体に含まれる結核菌及びBCG菌特異的T細胞(CD8+)を検出する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−268694(P2010−268694A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−120975(P2009−120975)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】