説明

新規ホスホニウム化合物

【課題】従来のエポキシ樹脂用硬化促進剤が有した問題のない、新規なエポキシ樹脂用硬化促進剤を提供すること。
【解決手段】次式(1)で表されるベンジルトリフェニルホスホニウムフタレート。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エポキシ樹脂用硬化促進剤として有用な、下記式(1)で表される新規なベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートに関するものである。
【化1】

【背景技術】
【0002】
本発明に類似のホスホニウム化合物として、エポキシ樹脂の無色透明硬化用硬化促進剤として下記式(2)で表されるメチルトリフェニルホスホニウムフタレートが使用された例が記載され、この化合物の合成法も開示されているが(特許文献1参照)、オートクレーブのような特殊な装置を用い高温高圧で合成する必要があり、合成法に難があった。
【化2】

【0003】
また、本発明に類似のホスホニウム化合物として、下記式(3)で表されるベンジルトリフェニルホスホニウムベンゾエートの記載があるが(特許文献2参照)、この化合物は水溶性であるため、副生する無機塩の分離が困難であり、高純度の生成物を得ることが困難であった。
【化3】

【0004】
容易に合成できるエポキシ樹脂の無色透明硬化用硬化促進剤として、テトラブチルホスホニウムカルボキシレートも知られているが(特許文献3参照)、この化合物は吸湿性化合物であるため、クラック発生の問題が挙げられる。また、ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーによる純度分析が困難であるため、この化合物を使用する際に、純量の把握が困難となる。
なお、上記の式(1)で表されるベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートについては、いずれの文献にも合成された事実は記載されておらず、CAS登録番号(CAS Registry Number)も付与されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4429768号公報
【特許文献2】特開昭62−087595号公報
【特許文献3】特開2008−81514号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、従来のエポキシ樹脂用硬化促進剤が有していた問題のない、新規なエポキシ樹脂用硬化促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
下記一般式(1)で表されるベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートを提供する。
【化4】

【発明の効果】
【0008】
本発明のベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは、簡便な操作で高収率および高純度で製造することができ、しかもエポキシ樹脂用硬化促進剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例で得た本発明による化合物の1H−NMRスペクトルである。
【図2】実施例で得た本発明による化合物の31P−NMRスペクトルである。
【図3】実施例で得た本発明による化合物のIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは、公知の方法に準拠して合成することができる。
すなわち、下記の(製造方法)の反応式で示されるように、ベンジルトリフェニルホスホニウムハライドと、フタル酸水素カリウムを、溶媒存在下で加熱反応させることで得られる。この反応は対イオン交換反応である。
なお、ベンジルトリフェニルホスホニウムハライドは、トリフェニルホスフィンと、ベンジルハライドとの反応により容易に合成することができるが、市販品を安価で入手することもできる。フタル酸水素カリウムは、pH緩衝剤などに広く用いられており、安価で入手することができる。
【0011】
(製造方法)
【化5】

【0012】
すなわち、ベンジルトリフェニルホスホニウムハライドと、該化合物に対して0.8〜1.5倍モル、好ましくは0.9〜1.1倍モルのフタル酸水素カリウムとを、溶媒中で室温ないし還流温度にて1〜10時間反応させることにより、ベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートが生成する。
【0013】
上記式でベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートを得る反応は、通常溶媒中で行う。しかしベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは多くの極性有機溶媒に溶解するため、結晶として得る場合、使用する溶媒としては水が好ましい。また反応温度は通常、室温〜100℃、好ましくは50〜80℃程度である。反応終了後、メチルイソブチルケトン等のケトン系有機溶媒を加えることで、ベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートを微細な結晶として析出させることができる。
【0014】
以上のようにして得られたベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは、必要によりイオン交換水で再結晶を行って精製してもよい。本反応では塩化カリウムが副生物として生じるが、この副生物は、硬化した樹脂の物性に悪影響を及ぼすため、反応生成物を水洗するか、あるいは再結晶精製することにより、数10ppm、好ましくは数ppm以下まで除去するとよい。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を以って、本発明の有用性について具体的に説明する。ただし、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0016】
<評価方法>
1.ゲルタイム測定
JIS K 6910記載のゲル化時間測定方法に準じ、鋼板温度を140℃として、エポキシ樹脂組成物のゲルタイムを測定した。本測定において、ゲル化試験器としては日新科学社製GT―Dを使用した。
2.イオンクロマトグラフィー測定
陽イオンの検出は、DIONEX社製ICS−1500およびIONPAC CS14を用い、溶離液として10mMメタンスルホン酸水溶液を用いた。
陰イオンの検出は、DIONEX社製DX−320およびIONPAC AS10を用い、溶離液として30mM水酸化ナトリウム水溶液を用いた。
【0017】
<実施例1>
攪拌装置、還流冷却管および温度計を装備した2Lの四つ口フラスコに、ベンジルトリフェニルホスホニウムクロライド(北興化学工業(株)製)194g、フタル酸水素カリウム(東京化成工業(株)製)102gおよび水1000mlを投入し、65℃で2時間攪拌し、反応を進行させた。得られた反応液にメチルイソブチルケトン(和光純薬工業(株)製)500mlを加えた後に20℃まで冷却して2時間攪拌を行い、ベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートの粗結晶を析出させた。析出した粗結晶を濾取し、イオン交換水1000mlで2回洗浄することで粗結晶を得た。
得られた粗結晶に、イオン交換水1000mlを加え、70℃に加熱し溶解させ、70℃で30分攪拌した。溶液にメチルイソブチルケトン(和光純薬工業(株)製)500mlを加えた後に20℃まで冷却してベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートの結晶を析出させた。析出した結晶を濾取し、イオン交換水1000mlで2回洗浄し、得られた結晶を乾燥させると、目的とするベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートが218g(収率84%)得られた。得られた結晶の融点は143〜144℃であった。
得られた結晶をイオン交換水で1時間煮沸し、イオン性不純物を抽出した。得られた抽出液をイオンクロマトグラフィーで測定したところ、Cl、Kはいずれも10ppm以下であった。
このようにして得られた白色結晶を、1H−NMR、31P−NMRおよびIRを用いて分析を行った。各スペクトルデータを図1〜図3に示す。
【0018】
なお、各測定条件は以下のとおりである。
1H−NMR測定:結晶10mgを約0.5mlの重クロロホルムに溶かし、φ5mmの試料管に入れ、日本電子データム(株)社製JNM−Lambda300で測定した。シフト値は、テトラメチルシランを基準とした。
31P−NMR測定:結晶30mgを約0.5mlの重クロロホルムに溶かし、φ5mmの試料管に入れ、日本電子データム(株)社製JNM−Lambda300で測定した。シフト値は、リン酸を基準とした。
IR測定:(株)島津製作所社製FTIR−8300を用い、拡散反射法で測定した。
【0019】
合成したベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートの化学式を下記式(4)に示した上で、各測定結果について説明する。
【化6】

【0020】
まず、図1には、1H−NMRスペクトルを示している。図中のピークとしては、6.9ppm〜8.4ppm付近にフェニル基(化学式(4)<a>、<c>、<d>に相当)に起因するシグナルがみられ、また、メチレン基に起因するシグナルが5.0ppm付近(化学式(4)<b>に相当)にみられた。カルボキシル基に起因するシグナルはみられなかった。
なお、0ppmのシグナルは、テトラメチルシランに起因するものであり、7.3ppm付近のシグナルは、重溶媒(CDCl)に含まれていたCHClに起因するものである。
【0021】
次に、図2には、31P−NMRスペクトルを示している。図中の22.9ppm付近には、リンに起因するシグナルがみられた。
なお、0ppmのシグナルは、リン酸に起因するものである。
【0022】
そして、図3は、IRスペクトルを示すものであり、ベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは、IR測定にて特徴的なスペクトルを示す官能基を有してはいないものの、1680cm−1付近には、カルボニル基に起因するピークが認められる。
これらのスペクトルデータから、得られた化合物は、式(4)で示されるベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートであるものと同定した。
【0023】
得られたベンジルトリフェニルホスホニウムフタレート4重量部を、酸無水物のリカシッドMH−700G(新日本理化(株)製、酸無水物当量165)90重量部に40℃で溶解させた。得られた溶液に液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂jER828EL(三菱化学(株)製、エポキシ当量186)100重量部を加え、均一に混合して、液状のエポキシ樹脂組成物を作製した。
【0024】
<比較例1>
攪拌装置、還流冷却管および温度計を装備した2Lの四つ口フラスコに、メチルトリフェニルホスホニウムクロライド(北興化学工業(株)製)156g、フタル酸水素カリウム(東京化成工業(株)製)102gおよび水500mlを投入し、65℃で2時間攪拌し、反応を進行させた。得られた反応液にメチルイソブチルケトン(和光純薬工業(株)製)500mlを加えた後に20℃まで冷却して2時間攪拌を行い、メチルトリフェニルホスホニウムフタレートの粗結晶を析出させた。析出した粗結晶を濾取し、イオン交換水500mlで2回洗浄することで粗結晶が141g(粗収率63%)得られた。
得られた粗結晶に含まれるClは、130ppmであった。
得られたメチルトリフェニルホスホニウムフタレート4重量部を、酸無水物のリカシッドMH−700G(新日本理化(株)製、酸無水物当量165)90重量部に40℃で溶解させた。得られた溶液に液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂jER828EL(三菱化学(株)製、エポキシ当量186)100重量部を加え、均一に混合して、液状のエポキシ樹脂組成物を作製した。
【0025】
<比較例2>
攪拌装置、還流冷却管および温度計を装備した2Lの四つ口フラスコに、ベンジルトリフェニルホスホニウムクロライド(北興化学工業(株)製)194g、安息香酸カリウム(和光純薬工業(株)製)80g、水1000mlを投入し、65℃で2時間攪拌し、反応を進行させた。得られた反応液に、メチルイソブチルケトン(和光純薬工業(株)製)500mlを加えた後に20℃まで冷却して2時間攪拌を行い、粗結晶を析出させた。析出した粗結晶を濾取し、イオン交換水1000mlで2回洗浄することで粗結晶が81g(粗収率34%)得られた。
得られた粗結晶に含まれるClは、10%であった。これは、反応進行が不十分であったことを示唆する。
実施例1、比較例1の液状エポキシ樹脂組成物について、ゲル化時間測定を行った。結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
以上のことから、類似化合物として容易に考えられるメチルトリフェニルホスホニウムフタレート、ベンジルトリフェニルホスホニウムベンゾエートを、高収率、高純度で得ることは困難であるといえる。これらと比較し、本発明のベンジルトリフェニルホスホニウムフタレートは容易に高収率、高純度で得ることが可能であり、エポキシ樹脂用硬化促進剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1)で表されるベンジルトリフェニルホスホニウムフタレート。
【化1】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−240969(P2012−240969A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112967(P2011−112967)
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【出願人】(000191250)新日本理化株式会社 (90)
【Fターム(参考)】