説明

新規乳房炎ワクチン

【課題】 本発明においては、新規な乳房炎ワクチンを作製することを課題とする。より具体的には、本発明は、IgA抗体の産生を中心とする体液性ならびに細胞性の経粘膜免疫応答を効率よく誘導できる、新規な乳房炎ワクチンを提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明の発明者らは、膜融合性脂質(メチルグリタリル化ポリグリシドール)を含むリポソームをワクチン担体として使用することにより、上述した課題を解決することができることを明らかにし、発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、免疫原を、メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体中に含ませた、乳房炎ワクチンを提供することにより、上述した課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規リポソームを使用した新規乳房炎ワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
乳房炎は、酪農経営において、最も経済的な損失が大きく、重要な疾病の一つとして位置づけられている。世界中で長年にわたり、乳房炎防除に関する様々な研究が、多くの研究者らによって精力的に行われてきた。しかしながら、各種の対策が講じられてきたにもかかわらず、現在においても乳房炎の発症は、減少の傾向が見られていない。特に、装置や飼育環境の近代化に伴って、酪農が多頭飼育化している現在においては、乳房炎の予防法の開発と確立が、急務となっている。
【0003】
乳房炎の原因となる病原菌としては、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、連鎖球菌(Streptococcus agalactiae)、大腸菌(Escherichia coli)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、マイコプラズマ(Mycoplasma bovis)、などが知られている。また、未経産乳房炎としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium pyrogenes)が知られている。乳房炎は、これらの原因となる病原菌が、乳頭口を介して乳房内に侵入し、乳房内で定着して増殖を繰り返すことにより、乳腺組織に障害を与えて炎症を生じることにより発症すると考えられている。
【0004】
従来からの乳房炎の予防、治療には、ペニシリン、オキシテトラサイクリン、エリスロマイシン、セファゾリンなどの抗生物質が使用されてきた。しかしながら、いったん抗生物質を使用してしまうと、牛乳中に抗生物質が分泌されるため、抗生物質の投与終了後の一定期間は牛乳を出荷することができないこととなっている。しかしながら、抗生物質が含有された牛乳が誤って出荷されてしまうことにより、結果的に抗生物質が混入した大量の牛乳を廃棄せざるを得ないという大きな損害が生じる事態が後を絶たない。
【0005】
このような乳房炎を予防するための手段として、以前から乳房炎ワクチンの実用化が検討されており、現在までのところ、米国において大腸菌性乳房炎に対する3品目のワクチン(Endovac-BoviTM、J-VACTM、J-5 Bacterin(MastiguardTM))、そして黄色ブドウ球菌による乳房炎に対する2品目のワクチン(LysiginTM、Somato-StaphTM)が市販されるに至った。
【0006】
Endovac-BoviTMは、、Salmonella typhimurium のRE-17変異株のグラム陰性バクテリン-トキソイドワクチンであり、乾乳期と分娩前2〜3週に2回、筋肉内注射によって接種することにより、グラム陰性菌の毒素に対する抗体を産生させ、結果的に大腸菌性乳房炎を予防する。J-VACTM、J-5 Bacterin(MastiguardTM)も共に同様の免疫原を、J-VACTMは筋肉内注射または皮下注射により、J-5 Bacterin(MastiguardTM)は皮下注射により、投与することにより、大腸菌性乳房炎を予防する。
【0007】
LysiginTMは、黄色ブドウ球菌の4種類のファージタイプの多価抗原を含んでおり、1回目の筋肉内注射から14日後に再度筋肉内注射によりブースター投与することにより、黄色ブドウ球菌による乳房炎を予防する。
【0008】
しかしながら、これらのワクチンに対する効果確認試験が世界各地で実施されたが、投与されるウシの個体群によって評価がまちまちであり、現時点においてもまだその評価が定まっていない。また、ワクチンを投与された個体によっては、新たな細菌感染に対しても、乳房炎病原菌の細胞数の減少に対しても、何ら効果を示さない場合もあった。
【0009】
生体における粘膜は、口腔、鼻腔、消化管および生殖器などの管腔表面および眼の粘膜表面を覆っているが、その表面では、絶えず曝露されているウィルス、細菌などの病原微生物、食餌性抗原、異物に対して、分泌型IgAや粘膜付属リンパ組織を主体とした、粘膜免疫が機能している。この粘膜免疫は、粘膜面からのタンパク質抗原の吸収を抑制し、細菌やウィルスの粘膜上皮への吸着を阻止し、上皮細胞に感染したウィルスを中和する等の多様な作用を発揮して、これら異物が体内に侵入することを防止している。乳房炎が生じる乳腺においても、粘膜面が外界との接点になっており、乳房炎の防止または治療に際しては、粘膜免疫は重要な働きをしうると考えられている。
【0010】
しかしながら、従来からの筋肉内注射や皮下注射によるワクチン接種の多くは、IgG抗体の抗体価は上昇するものの、IgG抗体以外のクラスの抗体(例えば、IgAやIgM)の抗体価が上昇せず、また細胞性免疫応答も十分に誘導できないため、感染性病原体の感染部位である粘膜面に対しては、効果的に抗原特異的な抗体(分泌型IgA)産生を含む免疫応答を誘導することができないという問題点があった。
【特許文献1】WO01/32205
【特許文献2】GB 1182555
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明においては、新規な乳房炎ワクチンを作製することを課題とする。より具体的には、本発明は、IgA抗体の産生を中心とする体液性ならびに細胞性の経粘膜免疫応答を効率よく誘導できる、新規な乳房炎ワクチンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した様な問題点を解決するために、経口免疫や経鼻免疫などといった、粘膜面を介して抗原を投与することにより、全身性ならびに全身の粘膜面に抗原特異的免疫応答を誘導することができると考えられ、検討が行われた。そして、本発明の発明者らは、膜融合性脂質(メチルグリタリル化ポリグリシドール)を含むリポソームをワクチン担体として使用することにより、上述した課題を解決することができることを明らかにし、発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、黄色ブドウ球菌、大腸菌、またはマイコプラズマ、またはこれらのいずれかの組み合わせから選択される免疫原を、メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体中に含ませた、乳房炎ワクチンを提供することにより、上述した課題を解決することができる。
【発明の効果】
【0013】
上述したメチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体を使用してワクチンを作製することにより、従来から知られている大腸菌性乳房炎に対するワクチン(Endovac-BoviTM、J-VACTM、J-5 Bacterin(MastiguardTM))や黄色ブドウ球菌による乳房炎に対するワクチン(LysiginTM、Somato-StaphTM)と比較して、顕著にIgA抗体価を上昇させることができる効率的な乳房炎ワクチンを得ることができる。
【発明の実施の形態】
【0014】
上述したように、本発明は、一態様において、黄色ブドウ球菌、大腸菌、またはマイコプラズマ、またはこれらのいずれかの組み合わせから選択される免疫原を、メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)を含むリポソームから構成されるワクチン担体中に含ませた、乳房炎ワクチンを提供することを特徴とする。このようにして構成される乳房炎ワクチンを経粘膜的に投与すると、IgA抗体の抗体価を顕著に上昇させることができると同時に、細胞性免疫も顕著に活性化することができ、結果として従来の乳房炎ワクチンと比較して極めて高い抗乳房炎効果を得ることができた。
【0015】
本発明のメチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)を含むリポソームから構成されるワクチン担体を使用する場合に誘導された細胞性免疫は、免疫原を抗原提示細胞内部に内在化させることにより、達成されたものであると考えられる。すなわち、本発明のワクチン担体を使用することにより、免疫原をリポソームの内腔に含ませることができるため、免疫原を抗原提示細胞内部に内在化させることが可能である。その結果、抗原提示細胞中に取り込まれた免疫原は、自己成分としてMHCクラスI分子と組み合わされて抗原提示細胞表面上に抗原提示され、その結果、細胞性免疫が誘導されたものと考えられた。
【0016】
ここで、メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)とは、アルキル基を有することを特徴とする両親媒性の化合物である。アルキル基を有することにより、MGluPGはリポソーム膜にアンカリングが可能となる。MGluPGのアルキル基の炭素数は6〜24で良く、炭素数6〜18のアルキル基がより好ましい。最も好ましくは、アルキル基は、炭素数10である。MGluPGは、両親媒性のポリエチレングリコールと類似の主鎖骨格および側鎖にカルボキシル基を有するため、中性環境下ではリポソーム膜を安定化させるが、酸性環境下では側鎖カルボキシル基がプロトン化され、膜融合を誘起するという特徴を有する。このMGluPGをリポソーム膜に組み込み、リポソームの表面に存在させることにより、そのリポソーム(MGluPG-リポソーム)は、酸性環境下において膜融合能を発現するようになる。つまり、MGluPG-リポソームがエンドサイトーシスにより抗原提示細胞に取り込まれた場合、ライソゾーム内のpHが低下する。そのときMGluPG-リポソームは、膜融合性を発揮してライソゾーム膜と融合し、封入している抗原物質を細胞質内に放出させる(抗原の内在化)ことができる。
【0017】
本発明において使用するMGluPGは、合成高分子ポリグリシドールを3-メチルグルタル酸無水物とN,N-ジメチルフォルムアミド中において80℃で6時間反応させることにより作製することができる。
【0018】
本発明の乳房炎ワクチンは、黄色ブドウ球菌、大腸菌、またはマイコプラズマ、またはこれらのいずれかの組み合わせから選択される免疫原を封入抗原として含有することを特徴とする。これらの免疫原は、不活化されていてもされていなくてもよい。従来のワクチンの場合には、不活化されていると免疫応答性が低いという欠点が存在し、かつ引き起こされた免疫応答性も全身性のIgG抗体産生に限定されていたため、不活化されていない生ワクチン(弱毒化した細菌またはウイルスそのもの)がしばしば使用されていた。しかしながら、生ワクチンの場合には、感染に伴って症状が出現するという副作用が出る場合がある。本発明においては、ワクチン担体としてMGluPG-リポソームを使用することにより、不活化免疫原を投与した場合であっても、生ワクチンと同様な高い免疫応答活性を示し、かつ全身性のIgG抗体の産生のみならず、IgAを主体とする粘膜免疫や細胞性免疫も惹起することが明らかになった。
【0019】
本発明においては、ワクチン担体に使用するリポソームを構成する脂質に対して、メチルグリタリル化ポリグリシドールを添加することが特徴である。より具体的には、本発明のワクチン担体においては、リポソームを構成する脂質に対して、10〜40重量%、好ましくは20〜35重量%、最も好ましくは30重量%のメチルグリタリル化ポリグリシドールが含まれる。
【0020】
本発明のワクチンは、リポソームの内部に含まれる免疫原を経粘膜的に投与するために使用することができる。本発明において「粘膜」という場合、消化器、呼吸器、泌尿生殖器、乳腺などの管腔臓器の内腔面を覆う部位の総称を意味し、その自由面は粘液腺や杯細胞からの分泌物で常に湿潤している。本発明のワクチン担体を適用することができる粘膜としては、口腔、咽喉、鼻腔、耳腔、結膜のう、腟、肛門などがある。これらの粘膜面に対して免疫原を含むリポソームを適用することにより、粘膜面を経由して免疫原を体内に取り込むことができる。
【0021】
本発明のワクチンは、ワクチン担体のリポソームの内部に含まれる免疫原を非経粘膜的に投与することにより送達するために使用することもできる。本発明において経粘膜以外の経路という場合、ワクチン担体のリポソームの内部に含まれる免疫原を腹腔内投与することなどが含まれる。例えば、免疫原を腹腔内に投与すると、腹腔内の胃腸管、生殖器、肝臓、膵臓などの臓器表面から、免疫原を体内に取り込むことができる。このようにして免疫原を体内に投与すると、体内の至る所の存在する抗原提示細胞へ免疫原を取り込ませることができる。
【0022】
本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質としては、例えば、フォスファチジルコリン類、フォスファチジルエタノールアミン類、フォスファチジルセリン類、フォスファチジン酸類もしくは長鎖アルキルリン酸塩類、もしくはフォスファチジルグリセロール類、コレステロール(Chol)類等が挙げられる。本発明においてリポソームを作製する場合、ここに列挙する脂質を単独で使用しても、もしくはこれらのいずれかを組み合わせて使用してもよい。
【0023】
本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質として使用する場合、フォスファチジルコリン類としては、ジミリストイルフォスファチジルコリン(DMPC)、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルフォスファチジルコリン(DSPC)、ジオレイルフォスファチジルコリン(DOPC)卵黄レシチン(egg PC)等が好ましい。
【0024】
また、本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質として使用する場合、フォスファチジルエタノールアミン類としては、ジオレイルフォスファチジルエタノールアミン(DOPE)、ジミリストイルフォスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルフォスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルフォスファチジルエタノールアミン(DSPE)等が好ましい。
【0025】
また、本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質として使用する場合、フォスファチジルセリン類としては、ジオレイルフォスファチジルセリン(DOPS)、ジパルミトイルフォスファチジルセリン(DPPS)等が好ましい。
【0026】
本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質として使用する場合、フォスファチジン酸類もしくは長鎖アルキルリン酸塩類としては、ジミリストイルフォスファチジン酸、ジパルミトイルフォスファチジン酸、ジステアロイルフォスファチジン酸、ジセチルリン酸等が好ましい。
【0027】
本発明のワクチンの構成成分であるリポソームを構成する脂質として使用する場合、フォスファチジルグリセロール類としては、ジミリストイルフォスファチジルグリセロール、ジパルミトイルフォスファチジルグリセロール、ジステアロイルフォスファチジルグリセロール等が好ましい。
【0028】
好ましくは、上記に挙げた化合物の中でも、DOPE、DPPC、DSPC、DPPS、DSPE、Chol等が用いられる。
上記の脂質を混合して使用する場合、それぞれの脂質の配合比率は、リポソームの所望の大きさ、所望の流動性等により適宜決定することができる。本発明においては、DOPE:DPPCを1:1で混合してリポソームを作製することが好ましい。
【0029】
リポソームは、その構造又は作製法によって、MLV(multilamellar vesicles、多重層リポソーム)、DRV(dehydration-rehydration vesicles、再水和リポソーム)、LUV(large umilamellar vesicles、大きな単層リポソーム)あるいはSUV(small unilamellar vesicles、小さな単層リポソーム)などに分類される。本発明のメチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)を含むリポソームにも多層膜で構成されるMLV、DRV、LUV、又はSUVなどの種類が存在する。
【0030】
MGluPGを含むリポソームを作製する際には、従来から知られているリポソームの製造方法であれば、どのような方法を使用してもよい。リポソームの製造方法としては、当該技術分野において、これまで種々の方法が知られている。
【0031】
例えば、一般的なリポソームの製造方法として(1)脂質を適当な有機溶媒(たとえば、クロロホルム、エーテル等)に溶解させ、減圧下にてこれらの溶媒を留去し、一旦脂質薄膜を形成させた後、この脂質薄膜を機械的撹拌手段により水に水和(または膨潤)させる方法、(2)脂質をエーテルあるいはエタノール等の有機溶媒に溶解させ、この溶液を高温に暖めた水中にシリンジあるいはノズル等より、加圧下、一定速度で注入し、注入とともに有機溶媒が留去あるいは希釈されることにより脂質が二重層を形成し、リポソームが調製される方法、(3)脂質をコール酸あるいはデオキシコール酸などの界面活性剤とともに水溶液中で混合ミセルを形成させ、該ミセル溶液を透析あるいはゲル濾過等の操作によりコール酸あるいはデオキシコール酸などの界面活性剤を除去し、リポソームを調製する方法、(4)脂質を溶解した有機溶媒を水相に加え、超音波処理し、一旦W/O型エマルションを形成し、ついで有機溶媒を除去することによりゲル化させ、このゲルを機械的撹拌により転相させリポソームを調製する方法、(5)薄膜を形成させた脂質に水系溶媒を加えて水和・膨潤させ、機械的振動により容器から脂質薄膜を剥離させた後、超音波処理、またはフレンチプレス、加圧ろ過器あるいはエクストルーダーを用いて一定の大きさの孔を通す事によってリポソームを作製する方法、(6)リポソームを凍結乾燥した後、水系溶媒で再水和させることによりリポソームを作製する方法等が挙げられる。
【0032】
本発明のワクチンの構成成分であるワクチン担体には、免疫賦活活性を追加することを目的として、アジュバントがさらに含まれてもよい。本発明のワクチンの構成成分であるワクチン担体に含ませることができるアジュバントとしては、モノフォスフォリルリピドA、サイトカイン、レクチン等が挙げられる。
【0033】
本発明は、別の一態様において、メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体自体も提供する。このワクチン担体の特徴は、上述したとおりである。
【0034】
本発明において、メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体を乳房炎ワクチン以外の用途に対して使用する場合、本発明のワクチン担体に含ませる免疫原には、特に限定はなく、ヒトまたは動物(哺乳動物、魚類など)においてワクチン接種が望まれる免疫原のいずれを含ませてもよい。免疫原としては、細菌由来の免疫原、ウィルス由来の免疫原、原虫由来の免疫原などが含まれる。
【0035】
例えば、本発明のワクチン担体をヒトの免疫原に適用する場合、ウィルス由来の免疫原としてインフルエンザウィルス抗原、SARSウイルス抗原、AIDSウイルス抗原などのいずれかを、細菌由来の免疫原として病原性大腸菌O-157抗原、サルモネラ抗原、黄色ブドウ球菌抗原、エロモナス抗原、結核菌抗原などのいずれかを、原虫由来の免疫原としてトリパノソーマ抗原、コクシジウム抗原、マラリア抗原、タイレリア抗原などのいずれかを、ワクチン担体に含ませてもよい。
【0036】
本発明のワクチン担体を動物の免疫原に適用する場合、家畜の感染症として重要な感染病原体由来の抗原のいずれか、例えばニワトリの場合には、細菌由来の免疫原であるSalmonella enterica血清型Enteritidis抗原、Haemophilus paragallinarum抗原など、ウィルス由来の免疫原であるニワトリインフルエンザウィルス抗原、ニューカッスル病ウイルス抗原、伝染性気管支炎ウイルス抗原など、原虫由来の免疫原であるロイコチトゾーン抗原、アイメリア抗原など;ブタの場合には、ウィルス由来の免疫原である伝染性胃腸炎ウイルス抗原、細菌由来の免疫原であるBordetella bronchiseptica抗原、原虫由来の免疫原であるトキソプラズマ抗原、アイメリア抗原など;ウシの場合には、ウィルス由来の免疫原である牛ウイルス性下痢・粘膜病ウイルス抗原、細菌由来の免疫原である黄色ブドウ球菌抗原、Mycobacterium avium亜種paratuberculosis抗原、原虫由来の免疫原であるタイレリア抗原、バベシア抗原など;ウマの場合には、ウィルス由来の免疫原である馬鼻肺炎ウイルス抗原、馬インフルエンザウイルス抗原、原虫由来の免疫原であるトリパノゾーマ抗原、バベシア抗原など;魚類の場合には、細菌由来の免疫原であるビブリオ抗原、エロモナス抗原など、ウィルス由来の免疫原である伝染性膵臓壊死症ウイルス抗原、イリドウイルス抗原など、原虫由来の免疫原であるイクチオボド原虫抗原、ヘキサミタ原虫抗原など;を含ませることができる。
【実施例】
【0037】
実施例1:メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)リポソームの作製
本実施例においては、乳房炎ワクチンのワクチン担体として使用するメチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)リポソームを作製した。
【0038】
まず、3-メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)(図1)を、ポリグリシドールと3-メチルグルタル酸無水物との反応により、調製した。具体的には、ポリグリシドール(2.0 g)をN,N-ジメチルフォルムアミド(19 ml)に溶解させ、さらに3当量の3-メチルグルタル酸無水物(9.2 g)を加え溶解させた。そして溶液を窒素雰囲気下80℃で6時間撹拌し反応させた。その後、反応混合物から溶媒を減圧留去し、さらに水に対して7日間透析することによってMGluPGを精製した。
【0039】
その後、凍結乾燥によって得られたpH 5付近のMGluPGを水に溶解させ、カルボキシル基に対して0.15当量の1-アミノデカン(MGluPGをリポソーム構成分子に対して固定化するためのアンカー部分)を、カルボキシル基に対して0.2等量の縮合剤1-エチル-3,3-ジメチルアミノプロピルカルボジイミドを用いて、4℃にて2日間、攪拌しながら反応させた。得られた高分子をクロロホルムを用いて洗浄することにより精製し、そして引き続いて水中で透析することにより、アンカー部位を有する新規pH感受性膜融合脂質(MGluPG)の合成を行った。
【0040】
3-メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)をリポソーム構成分子に対して固定化するためのアンカー部分として、1-アミノデカンを、3-メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)のカルボキシル基と結合させた。この高分子をpH 5付近で水中に溶解し、そして1-アミノデカン(高分子のカルボキシル基に対して0.15等量)を、高分子のカルボキシル基に対して、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(高分子のカルボキシル基に対して0.2等量)を使用して、4℃にて2日間、攪拌しながら反応させた。得られた高分子をクロロホルムを用いて洗浄することにより精製し、そして引き続いて水中で透析した。
【0041】
次に、MGluPGを含むリポソームを作製した。リポソームとして、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)(Sigma)、および、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)(Sigma)のモル比1:1(それぞれ20μモル)からなる脂質組成のリポソームに、MGluPGを脂質重量比で10%、20%または30%添加し、MGluPG濃度の異なる3種類のMGluPGを含むリポソームを作製した。リポソームの作製は、まず4μモルのDPPC、4μモルのDOPEおよびMGluPGを有機溶媒中に溶解し、コニカルフラスコ中で混合した。この脂質を、ロータリーエバポレーターを使用して乾燥し、そしてデシケーター中で減圧下にて30分間静置した。抗原を添加し35〜40℃にて3分間インキュベートした後、激しく振動攪拌することにより、脂質フィルムを分散させた。このようにして、リポソーム中に抗原を封入させた。
【0042】
実施例2:メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)修飾リポソームの性質
実施例1において調製したリポソームをワクチン担体としての利用可能性を検討するため、リポソームの膜融合能および抗原送達性を調べた。
【0043】
実施例1におけるリポソームの製造方法において、DOPEに代えて、NBD標識ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(NBD-DOPE)(Avanti Polar Lipids)およびローダミン標識ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(Rh-DOPE)(Avanti Polar Lipids)を使用して、DPPC、NBD-DOPEおよびRh-DOPEのモル比98.8:0.6:0.6からなる脂質組成のリポソームに、MGluPGを脂質重量比で0%または30%添加し、リポソーム(MLV)を作製した。その後、2分間超音波処理(bath-type sonicator)を行い、さらにエクストルーダー処理を行うことにより、径が50 nmの大きさのSUVリポソーム(MGluPG-free-SUVリポソームおよびMGluPG-SUVリポソーム)を作製した。同様に、DPPCとDOPE(蛍光色素非標識)のモル比1:1からなる脂質組成のリポソーム(MLV)から上記の方法で、径が50 nmの大きさの標的用リポソーム(SUVリポソーム)を作製した。
【0044】
調製したMGluPG-free-SUVリポソームならびにMGluPG-SUVリポソームを使用して、標的用SUVリポソームを標的として、MGluPG-リポソームの膜融合能について、FRETアッセイにより解析した。その結果、MGluPG修飾リポソームは、pHの低下とともに膜融合を示したが、MGluPGを修飾していない対照リポソーム(MGluPG-free-SUVリポソーム)は、pHが低下しても膜融合を示さなかった(図2)。この結果から、MGluPGリポソームは、酸性条件下で効率よく膜融合を引き起こすことが明らかとなった。
【0045】
さらに、実施例1におけるリポソームの製造方法において、DOPEに代えて、ローダミン標識ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(Rh-DOPE)(Avanti Polar Lipids)を使用してリポソームを作製した。モデル抗原として4 mg/mlのFITC標識卵白アルブミン(FITC-OVA)を添加し35〜40℃にて3分間インキュベートした後、激しく振動攪拌することにより、脂質フィルムを分散させた。このようにして、リポソーム中にモデル抗原のFITC-OVAを封入させた。一方、リポソーム中に封入されなかったFITC-OVAを、14000 gで20分間、4℃にて遠心処理することを繰り返すことにより除去し、モデル抗原FITC-OVAを封入したリポソームを精製した。このようにして、多重層型のリポソーム(FITC-OVA-MGluPG-リポソーム)(MLV)を作製した。
【0046】
FITC-OVA-MGluPG-リポソームを使用して、マウス樹状細胞株(DC2.4細胞)を標的として、FITC-OVAの樹状細胞質内への抗原送達性について、膜融合能を共焦点レーザー顕微鏡により解析した。その結果、FITC-OVAのみでは、ほとんど樹状細胞内に送達されなかった(図3(A))。一方、MGluPGを修飾していない対照リポソームにおいては、樹状細胞内のエンドソームに取り込まれているものの、リポソームの存在部位を示すローダミンの蛍光(赤色)と封入抗原の存在部位を示すFITCの蛍光(黄緑色)は同じ部位にあり(重ね合わせ;黄色)、封入抗原を細胞質内に送達できていないことが示された(図3(B))。これに対して、MGluPG修飾リポソームの場合、樹状細胞内でのリポソームの存在部位を示すローダミンの蛍光(赤色)と封入抗原の存在部位を示すFITCの蛍光(黄緑色)が同じ部位である蛍光(重ね合わせ;黄色)以外に、FITC-OVAのみの蛍光も観測された(重ね合わせ;黄緑)(図3(C))。この結果から、MGluPG修飾リポソームは、封入抗原を細胞質内に効果的に送達できることが示された(図3)。
【0047】
実施例3:メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)リポソームによるワクチンを経粘膜投与した場合の免疫応答の検討
本実施例は、実施例1において作製したMGluPGを含むリポソームをワクチン担体として使用した、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の抗原を免疫原として含むワクチンをウシに経粘膜投与した場合の免疫応答について、血清ならびに乳汁中における黄色ブドウ球菌抗原に対する特異的抗体(IgG、IgA)の産生について比較・検討を行った。
【0048】
本実施例において使用する免疫原、黄色ブドウ球菌抗原(SA抗原)は、まずS. aureus(Cowan I株)をLB培地(日水製薬)に接種し、37℃で14時間培養した後S. aureus細菌を採取した。この採取したS. aureus細菌を過剰量のホルマリンにより変性させて不活化させ、ホルマリンを除いた後、さらに超音波処理をすることにより抗原液を調製した。
【0049】
実施例1におけるリポソームの製造方法において、上述のSA抗原(5 mg/ml)を2 ml添加し35〜40℃にて3分間インキュベートした後、激しく振動攪拌することにより、脂質フィルムを分散させた。このようにして、リポソーム中に不活化SA抗原を抗原として封入させた。一方、リポソーム中に封入されなかった不活化SA抗原を、14000 gで20分間、4℃にて遠心処理することを繰り返すことにより除去し、不活化SA抗原を封入したリポソームを精製した。このようにして、多重層型のリポソーム(SA-MGluPG-リポソーム)(MLV)を作製した。
【0050】
上記の様にして作製したSA-MGluPG-リポソームによるワクチンを、ホルスタインの搾乳牛、3頭に対して、5 mg/頭の量のSA抗原となるように経鼻的に投与し、初回投与後14日目ならびに28日目に同量のSA抗原をさらに経鼻的に投与して免疫した。免疫原を初回投与する前(Day 0)、初回投与後14日目(Day 14)、2回投与後14日目(Day 28)、および免疫原の最終投与後28日目(Day 42)に血清および乳汁を採取し、SA抗原に対する血清中および乳汁中の特異的抗体(IgG、IgA)の産生(抗体価)を、抗-SA抗原-抗体(IgGまたはIgA)の産生についてELISA法によりそれぞれ検討した。血清は、頸静脈から血液を5 ml採取し、その血液から回収した血清を使用した。対照として、SA抗原で免疫する前(Day 0)の搾乳牛個体から得た血清および乳汁を使用した。
【0051】
その結果、免疫後、血清中のSA抗原に対する抗体価は、IgG抗体およびIgA抗体共に、免疫前に比べ有意に上昇した(IgG抗体に関して、p<0.018(免疫後42日目(Day 42));IgA抗体に関して、p<0.0001(Day 28)、p<0.019(Day 42)(図4)。この結果から、すなわち、血清中では、IgA抗体に比べ、高いIgG抗体が誘導されることが明らかになった(図4)。これに対して、乳汁中においても免疫前に比べIgG抗体およびIgA抗体共に有意に高い抗体価が誘導された(IgG抗体に関して、p<0.044(Day 14)、p<0.026(Day 42);IgA抗体に関して、p<0.039(Day 28)、p<0.011(Day 42))(図5)。しかしながら、血清中の抗体価とは異なり、乳汁中においては、IgG抗体に比べ、高いIgA抗体が誘導されることが明らかになった(図5)。この結果から、抗原を封入したMGluPGリポソームを経鼻投与することにより、リポソーム内に封入された抗原は、その抗原性を失うことなく鼻咽頭に存在する粘膜免疫誘導組織組織(NALT)に到達し、抗原提示され、全身系ならびに粘膜系の両方に対して免疫応答誘導できたことが示された。
【0052】
実施例4:メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)リポソームによるワクチンの経粘膜投与による細胞性免疫応答の誘導
実施例3において、MGluPGを含むリポソームによるワクチンを用いて抗原を経粘膜投与を通じて免疫することにより、IgG抗体およびIgA抗体の産生の誘導が示されたことから、本実施例においては、MGluPGを含むリポソームによるワクチンを用いた場合の細胞性免疫応答能について検討した。
【0053】
実施例3においてSA-MGluPG-リポソームによるワクチンを免疫化した乳牛から、末梢血リンパ球を採取し、インターフェロンγ(IFN-γ)のmRNAの発現についてRT-PCR法により解析した。比較対照として、ワクチンを接種していない乳牛から同様にして末梢血リンパ球を採取し、インターフェロンγのmRNAの発現についてRT-PCR法により解析した。Day 28に乳牛から末梢血を採取し、Ficollを用いた比重遠心法により、末梢血リンパ球を精製した。
【0054】
精製末梢血リンパ球からTRIZOLTM(Invitrogen社)を用いて全RNAを抽出し、細胞性免疫の指標であるIFN-γのmRNA発現について、RT-PCR法で調べた。
まず、全RNAからcDNAを合成した。全RNA 1μg〜5μgとオリゴ(dT)12-18プライマー500 ng、dNTP Mix 10 nmolを総量が12μlになるように混合し、65℃で5分間反応させ、氷上で急速に冷却した。ついで、4μlの5×First-Strand Buffer、2μlの0.1M DTT、1μlのRNaseOUTTM Recombinant Ribonuclease Inhibitor(40 units/μl)(Invitrogen社)を加えて、42℃で2分間反応させ、SuperScriptTMII逆転写酵素(Invitrogen社)を200 units加えた。さらに42℃で50分間反応させた後、逆転写酵素を不活化するため、70℃で15分間反応させた。
【0055】
得られたcDNA 1μlと各プライマー2.5 pmol、37.5 nmol MgCl2、10 nmol dNTP Mix、1 unit Taq DNA Polymerase(Invitrogen社)をPCR Bufferに加えて総量を25μlとし、TaKaRa PCR Thermal Cycler MP TP3000(TaKaRa社)でPCR反応をおこなった。PCR反応は、94℃で5分間反応後、94℃ 45秒、60℃ 45秒、72℃ 2分の反応を35回繰り返し、72℃で7分間反応させることにより行った。PCR後のサンプルは2%のアガロースゲル上で電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色して可視化した。
【0056】
本実施例においては、ウシIFN-γ遺伝子を増幅するためのプライマーとして、
フォワードプライマー:5'-tggaggacttcaaaaagctgatt-3'(SEQ ID NO: 1)、および
リバースプライマー:5'-tttatggctttgcgctggat-3'(SEQ ID NO: 2)
を使用した(それぞれCLONTEC社)。対照としてウシβ-Actin遺伝子を増幅するためのプライマーとして、
フォワードプライマー:5'-cgccatggatgatgatattgc-3'(SEQ ID NO: 3)、および
リバースプライマー:5'-aagccggccttgcacat-3'(SEQ ID NO: 4)、
も使用した(それぞれMichigan State University Center for Animal Functional Genomicsに依る)。
【0057】
IFN-γのmRNAの発現についての測定結果を、図6に示す。図6のレーン1は非免疫化ウシ由来の全RNA、レーン2はアメリカヤマゴボウ由来レクチン(PWM)を投与して刺激した末梢血由来の全RNA(陽性対照)、レーン3〜5はSA-MGluPG-リポソームを経鼻的に免疫した乳牛由来の全RNA、そしてレーン6は200μlの生理食塩水を経鼻的に投与した陰性対照乳牛由来の全RNAを、それぞれ鋳型としてRT-PCRを行った結果を示す。その結果、図6に示す通り、非免疫牛の末梢血リンパ球においてはインターフェロンγのmRNAの発現は確認されなかったが(図6、レーン1)、SA-MGluPG-リポソームを免疫した乳牛の末梢血リンパ球においては、全例で、細胞性免疫反応の指標であるIFN-γのmRNA(77bp)の発現が確認された(図6、レーン3〜5)。
【0058】
これらの結果は、MGluPG修飾リポソームによる経鼻免疫が、液性免疫のみならず細胞性免疫も誘導できることを示している。
実施例5:メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)リポソームによるワクチンの乳房炎発症に対する予防効果の検討
実施例3および4において、ウシにおいて、SA抗原を封入したMGluPG修飾リポソームによるワクチンの経鼻免疫により、全身ならびに乳房局所において黄色ブドウ球菌に対して高い免疫応答が誘導できたことから、本実施例では、黄色ブドウ球菌に対する免疫誘導牛における乳房炎発症防御効果を検討することを目的として行った。
【0059】
黄色ブドウ球菌に対する免疫誘導牛は、実施例3においてSA-MGluPG-リポソームによるワクチンを免疫化した3頭の乳牛を利用した。これらの乳牛の乳房内へ、免疫原の初回投与後42日目(Day 42)に、乳頭当たり100個の黄色ブドウ球菌を接種し、黄色ブドウ球菌による攻撃を行った。対照として、ワクチンを投与していない乳牛3頭に同様にして黄色ブドウ球菌による攻撃を行った。
【0060】
乳房炎発症防御効果は、(1)乳汁中からの黄色ブドウ球菌の分離、(2)乳汁体細胞数(SCC)の変化、そして(3)血清中および乳汁中のIgA抗体およびIgG抗体の抗体価を指標に試験した。
【0061】
(1)乳汁中からの黄色ブドウ球菌の分離
まず、乳汁から黄色ブドウ球菌の分離を行った。黄色ブドウ球菌の分離は、黄色ブドウ球菌用選択分離培地(ニッスイ)を用いて行った。その結果、ワクチンを接種していないコントロール群(対照群)の乳牛においては、接種後2日目以降実験期間中、全例の乳牛の乳汁から菌が分離された(表1)。一方、ワクチン接種群(免疫群)においては、実験期間中、いずれの乳牛の乳汁からも菌は分離されなかった(表1)。
【0062】
【表1】

【0063】
(2)乳汁体細胞数(SCC)の変化
次に、乳汁体細胞数(SCC)の変化を測定した。乳汁体細胞数(SCC)の変化は、体細胞測定装置を用いて調べた。その結果、対照群(対照)の乳汁においては、菌接種後2日目で体細胞数が乳汁1ml当たり20万を超え、3日目以降は乳汁1ml当たり30万以上の高い値を示し、乳房炎を発症した(図7)。一方、ワクチン接種群(免疫)においては、実験期間中、体細胞数は、乳汁1 ml当たり10万以下で推移し、乳房炎の発症は認められなかった(図7)。
【0064】
(3)血清中および乳汁中のIgA抗体およびIgG抗体の抗体価
さらに、血清中および乳汁中のIgA抗体およびIgG抗体の抗体価を測定した。IgA抗体およびIgG抗体の抗体価は、実施例3に記載した方法と同様にELISA法により測定した。血清および乳汁は、黄色ブドウ球菌による攻撃の後7日後(day 7)に採取した。この結果、対照牛と比較して免疫牛において、血清抗体価(図8A)および乳汁抗体価(図8B)両方共において、IgG抗体およびIgA抗体ともに顕著に抗体価が上昇していることが明らかになった。そして、血清抗体価に関してはIgA抗体の抗体価よりもIgG抗体の抗体価の方が高く、乳汁抗体価に関してはIgG抗体の抗体価よりもIgA抗体の抗体価の方が高くなることもわかった。
【0065】
これらの結果から、本発明のワクチンにより免疫した乳牛では、乳房中に感染した黄色ブドウ球菌に対して、IgA抗体の抗体価を上昇させることにより、乳汁中の黄色ブドウ球菌の増殖を阻害し、そして乳汁体細胞数(SCC)を一定以下に保つことが可能になったと考えられた。これらの結果は、MGluPG修飾リポソームワクチンにより乳房内の粘膜局所に誘導された免疫応答が黄色ブドウ球の感染防御に有効に働いていることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0066】
上述したメチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体を使用してワクチンを作製することにより、乳房炎に対してこれまでにないほどに効率的なワクチンを得ることができる。また、上述したワクチン担体を使用して作製したワクチンにより、体液性免疫だけでなく、細胞性免疫を誘導することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】図1は、3-メチルグリタリル化ポリグリシドール(MGluPG)の構造を示す図である。
【図2】図2は、MGluPG-リポソーム(MGluPG-SUVリポソーム)の膜融合能を示す図である。
【図3】図3は、FITC-OVA-MGluPG-リポソームを利用した場合の、FITC-OVAの樹状細胞質内への抗原送達性を示す図である。
【図4】図4は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の抗原(SA抗原)を免疫原として含むワクチンをウシに経粘膜投与した場合の、血清中における黄色ブドウ球菌抗原に対する特異的抗体(IgG、IgA)の産生について比較・検討を行った結果を示す図である。
【図5】図5は、SA抗原を免疫原として含むワクチンをウシに経粘膜投与した場合の、乳汁中における黄色ブドウ球菌抗原に対する特異的抗体(IgG、IgA)の産生について比較・検討を行った結果を示す図である。
【図6】図6は、SA抗原の抗原を免疫原として含むワクチンをウシに経粘膜投与した場合の、ウシの末梢血リンパ球におけるIFN-γ遺伝子のmRNAの発現を、RT-PCR法により調べた結果を示す図である。
【図7】図7は、黄色ブドウ球菌に対する免疫誘導牛に対して黄色ブドウ球菌による攻撃を行った場合の、乳房炎発症防御効果の指標である乳汁体細胞数(SCC)の変化を調べた結果を示す図である。
【図8】図8は、黄色ブドウ球菌に対する免疫誘導牛に対して黄色ブドウ球菌による攻撃を行った場合の、血清中および乳汁中のIgA抗体およびIgG抗体の抗体価を調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄色ブドウ球菌、大腸菌、またはマイコプラズマ、またはこれらのいずれかの組み合わせから選択される免疫原を、メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体中に含ませた、乳房炎ワクチン。
【請求項2】
ワクチン担体中にメチルグリタリル化ポリグリシドールを10〜40重量%含む、請求項1に記載のワクチン。
【請求項3】
ワクチン担体中にメチルグリタリル化ポリグリシドールを30重量%含む、請求項1または2に記載のワクチン。
【請求項4】
ワクチン担体のリポソームを構成する脂質が、ジオレイルフォスファチジルエタノールアミン(DOPE)、ジステアロイルフォスファチジルエタノールアミン(DSPE)、ジパルミトイルフォスファチジルセリン(DPPS)、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルフォスファチジルコリン(DSPC)、ジミリストイルフォスファチジルコリン(DMPC)、卵黄レシチン(egg PC)またはコレステロールのいずれか、もしくはこれらのいずれかの組み合わせから構成される、請求項1〜3のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項5】
ワクチン担体中のリポソームが、ジオレイルフォスファチジルエタノールアミン(DOPE)およびジステアロイルフォスファチジルエタノールアミン(DSPE)の組み合わせから構成される、請求項4に記載のワクチン。
【請求項6】
免疫原を経粘膜的に投与するための、請求項1〜5のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項7】
免疫原をウシの鼻腔内または子宮内に投与するための、請求項6に記載のワクチン。
【請求項8】
免疫原を非経粘膜的に投与するための、請求項1〜5のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項9】
メチルグリタリル化ポリグリシドールを含むリポソームから構成されるワクチン担体。
【請求項10】
メチルグリタリル化ポリグリシドールを、10〜40重量%含む、請求項9に記載のワクチン担体。
【請求項11】
リポソーム中に含まれる免疫原を経粘膜的に投与するための、請求項9または10に記載のワクチン担体。
【請求項12】
リポソーム中に含まれる免疫原を非経粘膜的に投与するための、請求項9または10に記載のワクチン担体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2009−286730(P2009−286730A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141027(P2008−141027)
【出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(503010760)エヌエーアイ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】