説明

新規化合物及び植物成長調節剤

【課題】イネの胚乳が黄色を呈する品種「初山吹」の胚乳由来の新規化合物、及び該化合物を含有する植物成長調節剤の提供。
【解決手段】式(1)


[式中、Rは、ヒドロキシル基等、Rは、水素原子、ヒドロキシル基等、Rは、水素原子、ヒドロキシル基等、R及びRは、水素原子、炭素数1〜4のアシル基等である。]で表される化合物、及び該化合物を含有する植物成長調節剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な化合物、及びそれを用いた植物成長調節剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な作用を有する植物成長調節剤が知られている。現在、農業で利用されている植物成長調節剤として、MH、アンシミドール、メフルイジド、パクロプトラゾール、ウニコナゾール、イナベンヒド、イソプロチオラン等の化合物が挙げられる(非特許文献1)。
【0003】
上記の植物成長調節剤は、いずれも有機合成された化合物である。そのため、天然(植物)由来であって、かつ優れた活性を持った植物成長調節剤を開発することが農業に関わる業界より強く要望されていた。植物由来の化合物は、植物体にのみ存在する作用点に働くことで、安全性の高い植物成長調節剤となる可能性がある(非特許文献2)。このような植物由来の植物成長調節剤として、例えば、桂皮を含有するものや(特許文献1)、ユキヤナギから抽出されたグリコピラノシル−シス桂皮酸を有効成分とするもの(特許文献2)等が知られているが、いずれも性能が不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−335726号公報
【特許文献2】特開2006−062967号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】本田他、「新農薬学概論」、朝倉書店、1993年
【非特許文献2】藤井義晴、「アレロパシー」、農文協、2000年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、従来の植物由来の植物成長調節剤は性能が不十分であるため、新たな植物由来の植物成長調節剤の開発が望まれていた。
【0007】
九州沖縄農業研究センター稲育種ユニットでは、イネ品種「キヌヒカリ」にγ線を照射することで突然変異を誘発させ、胚乳が黄色を呈する品種「初山吹」を育成した。しかし、「初山吹」の胚乳に含まれる未知成分の探索は不十分である。
【0008】
そこで本発明は、「初山吹」の胚乳由来の新規化合物を特定し、また、その化合物を利用することで、新しいタイプの、かつ安全性の高い植物由来の植物成長調節剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明者らは、「初山吹」の胚乳のアルコール/水抽出物から複数のアルカロイド化合物を単離することに成功し、これらアルカロイド化合物の物理化学的性質を分析することによって、本化合物が従来知られていない新規化合物であることを明らかにした。また、それら胚乳由来の化合物が、植物の成長調節剤として有効であることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0010】
1.式(1)
【化1】

[式中、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、Rは、水素原子(ただし、RがCORである場合を除く)、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である]
で表される化合物。
【0011】
2.式(1)で表される化合物が、式(2)
【化2】

で表される前記1に記載の化合物。
【0012】
3.式(1)で表される化合物が、式(3)
【化3】

で表される前記1に記載の化合物。
【0013】
4.式(1)で表される化合物が、式(4)
【化4】

で表される前記1に記載の化合物。
【0014】
5.式(5)
【化5】

で表される化合物。
【0015】
6.式(6)
【化6】

で表される化合物。
【0016】
7.式(7)
【化7】

で表される化合物。
【0017】
8.式(8)
【化8】

で表される化合物。
【0018】
9.式(9)
【化9】

[式中、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR10(R10は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R12及びR13は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基であり、
【0019】
【化10】

は単結合又は二重結合であり、R14は、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR15(R15は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R16及びR17は、それぞれ独立して水素原子であるか、あるいは、アミノ基及び/又は−COR18(R18はヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)を有しても良い、直鎖状、分岐状もしくは環状のアルキル基又は含窒素複素環基である]
で表される化合物を含む植物成長調節剤。
【0020】
10.式(10)
【化11】

[式中、R19及びR20は、それぞれ独立してヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、R21は、水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である]
で表される化合物を含む植物成長調節剤。
【0021】
11.前記2〜4のいずれかに記載の化合物の製造方法であって、イネ品種初山吹(FERM BP−11149)又はその後代の種子、玄米、胚乳又は糠から水又はアルコール水溶液で抽出し、抽出液より化合物を分離精製する化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によって得られる新規化合物は、植物由来の植物成長調節剤として好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】植物の成長に及ぼす本発明の化合物の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る化合物は、下記式(1)で表される。
【0025】
【化12】

【0026】
上記式(1)において、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、Rは、水素原子(ただし、RがCORである場合を除く)、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である。
【0027】
上記R、R及びRに関し、炭素数1〜4のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等が挙げられる。また、R及びRに関し、炭素数1〜4のアシル基としては、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基等が挙げられ、さらに炭素数1〜4のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基等の直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられる。なお、式(1)において、各結合の向きは特に限定されるものではなく、本発明には式(1)の平面構造式を有する複数の立体異性体(ジアステレオマー及びエナンチオマー)が包含される。
好ましくは、本発明に係る化合物は式(2)の構造を有している。
【0028】
【化13】

【0029】
また、好ましくは、本発明に係る化合物は式(3)の構造を有している。
【化14】

【0030】
さらに、好ましくは、本発明に係る化合物は式(4)の構造を有している。
【化15】

【0031】
また、別の実施形態として、本発明に係る化合物は式(5)の構造を有している。
【化16】

【0032】
さらに、別の実施形態として、本発明に係る化合物は式(6)の構造を有している。
【化17】

【0033】
さらに、別の実施形態として、本発明に係る化合物は式(7)の構造を有している。
【化18】

【0034】
さらに、別の実施形態として、本発明に係る化合物は式(8)の構造を有している。
【化19】

【0035】
上記式(1)〜(8)で表される化合物は、従来知られていない新規化合物である。本発明者らは、これらの化合物を包含する、次の式(9)で表される化合物群が、植物成長調節剤として有用であることを見出した。ここで、本発明において植物成長調節剤とは、植物の根茎・シュート等の成長を抑制する機能を有する薬剤をいい、このような成長調節剤は、例えば、植物の伸長抑制、花粉成長抑制、花の鮮度保持、植物の抗ストレス剤、雑草防除、植物の老化抑制、根の肥大化抑制等の用途に好適に用いられる。
【0036】
【化20】

【0037】
式(9)において、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR10(R10は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R12及びR13は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基であり、
【0038】
【化21】

は単結合又は二重結合であり、R14は、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR15(R15は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R16及びR17は、それぞれ独立して水素原子であるか、あるいは、アミノ基及び/又は−COR18(R18はヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)を有しても良い、直鎖状、分岐状もしくは環状のアルキル基又は含窒素複素環基である。ここで、炭素数1〜4のアルコキシ基、炭素数1〜4のアシル基及び炭素数1〜4のアルキル基としては、上記式(1)の説明において述べたような具体例が挙げられる。
【0039】
また、「アミノ基及び/又は−COR18を有しても良い、直鎖状、分岐状もしくは環状のアルキル基又は含窒素複素環基」としては、−(CHCH(COOH)(NH)等の構造を有する直鎖状、分岐状もしくは環状のアルキル基や含窒素複素環基が挙げられる。この場合、アルキル基及び複素環基の炭素数(−COR18の炭素を含まず)は、1〜8であることが好ましく、特に好ましくは4〜6である。なお、環を形成する場合、環員としてアミノ基の窒素原子を含み、その結果2級アミノ基−NH−を有していても良い。
【0040】
式(9)に包含される化合物であって、式(1)〜(8)の新規化合物以外の好適な例として、下記式(11)の化合物を挙げることができる。
【0041】
【化22】

【0042】
上記式(11)において、R及びR10、R12及びR13は上記定義の通りである。R18は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、この炭素数1〜4のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等を挙げることができる。
【0043】
特に好ましくは、本発明に係る植物成長調節剤として用いる化合物は、式(12)の構造を有している。
【0044】
【化23】

【0045】
また、特に好ましくは、本発明に係る植物成長調節剤として用いる化合物は、式(13)の構造を有している。
【0046】
【化24】

【0047】
また、特に好ましくは、本発明に係る植物成長調節剤として用いる化合物は式(14)の構造を有している。
【化25】

【0048】
また、別の実施形態として、本発明に係る植物成長調節剤として用いる化合物は、式(10)で表される。
【化26】

【0049】
上記式(10)において、R19及びR20は、それぞれ独立してヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である。この炭素数1〜4のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等が挙げられる。また、R21は、水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である。炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基としては、上記式(1)の説明において述べたような具体例が挙げられる。
【0050】
式(10)に包含される好適な化合物の例として、下記式(15)で表される化合物が挙げられる。
【化27】

【0051】
式(2)〜(8)及び式(12)〜(15)で表される化合物は、イネ品種「初山吹」又はその後代の種子(籾殻が付いた状態のもの)、玄米、胚乳(精米)又は糠から得ることができる。この初山吹は、1998年5月農業生物資源研究所放射線育種場において、新規形質を備えた品種の育成を目標に「キヌヒカリ」にγ線照射(照射線量:300Gy、線量率:15Gy/h)を行った種子から育成された。その後、1998年6月に国際農林水産業研究センター沖縄支所において、M世代を屋外苗箱放置栽培で養成し、1999年に九州農業試験場(現・九州沖縄農業研究センター)の圃場においてMを養成して株毎にM種子を採種した。Mの玄米の外観調査により玄米が黄色を呈する突然変異を選抜した後、系統育種法により選抜固定を行った。
【0052】
2002年Mより「泉1275」の名で生産力検定試験、特性検定試験に供試したところ、精米も黄色を呈する黄色胚乳突然変異であることが明らかになった。2003年以降も、生産力検定試験、特性検定試験に供試し、黄色胚乳をはじめとする主要形質が実用的に固定されたため、2005年Mより「西海黄256号」の地方名を付した。2008年11月に「初山吹」の品種名で種苗法に基づく品種登録出願を行い、2009年2月に出願公表された(出願番号:第23176号)。初山吹の特性は次の通りである。
【0053】
1)形態的特徴
「キヌヒカリ」と比較して稈長はやや短く、穂長は同程度、穂数はやや少ない中間型である。止葉は立ち草姿・熟色は良い。芒は無く、粒着密度は中、ふ先色は黄白である。脱粒性は難である。
【0054】
2)生態的特徴
出穂期は「キヌヒカリ」と同程度で、「ミネアサヒ」より5日早い。成熟期は「キヌヒカリ」と同程度で「ミネアサヒ」より2日程度早く、暖地では極早生に属する粳種である。収量性は「キヌヒカリ」よりやや少収である。耐倒伏性は「キヌヒカリ」並である。葉いもち、穂いもちとも「キヌヒカリ」並のやや弱である。縞葉枯病抵抗性は不明である。白葉枯病抵抗性は「キヌヒカリ」並のやや弱である。穂発芽性は「キヌヒカリ」並のやや易である。
【0055】
3)品質、食味特性
玄米は千粒重が22g前後で、「キヌヒカリ」並かやや小さい中粒である。玄米の外観品質は粒色がやや黄色を呈するが、腹白、心白、乳白の発現は「キヌヒカリ」と同程度である。精米、飯米は黄色を呈する。食味は「日本晴」並である。
【0056】
なお、初山吹の種子は、2008年9月3日、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(郵便番号305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM P−21664として寄託され、2009年7月27日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP−11149が付与されている。
【0057】
なお、本発明において「後代」とは、初山吹を母本又は父本として用いて人工交配を行った雑種の後代に由来する、あるいは初山吹の種子又は組織に対して突然変異又は形質転換等の遺伝的変異を生じせしめる処理を行った後代に由来する品種又は系統であって、初山吹の持つ黄色胚乳形質を有しているものをいう。
【0058】
式(2)〜(8)及び式(12)〜(15)の化合物は、初山吹又はその後代の種子(籾殻が付いた状態のもの)、玄米、胚乳(精米)又は糠から溶媒で抽出し、抽出液より分離精製して得ることができる。抽出溶媒としては、一般には水又は有機溶媒、好ましくは水又はアルコール水溶液が用いられる。アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール等が挙げられるがこれに限定されるものではない。また場合により、抽出剤としてキレート剤や酸・アルカリ等を加えても良い。得られた抽出液は、必要に応じてアルコール沈殿、限外濾過等の手段によりデンプンを取り除き、さらに濾過・濃縮した後に精製することによって目的とする化合物を効率良く得ることができる。
【0059】
精製は、従来知られた方法が用いられ、例えばシリカゲルクロマトグラフィー、逆相シリカゲルクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせて行うことができる。
【0060】
抽出液から分離精製することで上記式(2)〜(8)及び式(12)〜(15)の化合物が得られるが、その際、溶出液の組成を変えること等によって、所望の化合物を単離することができる。そして、これらの化合物を精製後、あるいは精製前に適切な試薬で処理することにより、式(2)〜(8)及び式(12)〜(15)の化合物の誘導体を得ることができる。具体的には、例えば上記式(1)、式(9)又は式(10)においてR、R、R、R、R10、R15及びR18〜R20がアルコキシ基である誘導体は、必要に応じて脱水剤を添加した上で適切なアルコールと例えば式(2)や式(15)等の対応する化合物とを反応させ、エステル化することで得ることができる。また、R、R、R12、R13及びR21が炭素数1〜4のアシル基であるアミド誘導体は、式(2)等の化合物と、対応するカルボン酸ハロゲン化物もしくはカルボン酸無水物とを反応させるか、DCC等の脱水剤を用いてカルボン酸と反応させることにより得ることができる。さらに、R、R、R12、R13及びR21がアルキル基である誘導体は、それらR等が水素原子である式(2)等の化合物を、金属塩とした後ハロゲン化アルキルで処理するか、あるいは銅、ビスマス等からなるアルキル化金属試薬で処理してN−アルキル化することにより得ることができるが、この方法に限定されるものではない。特に化合物を植物成長調節剤として利用する場合は、毒性等を考慮して、用いる試薬に留意するものとする。
【0061】
なお、以上のような各化合物は、例えば水中においてカルボキシル基がCOOとして存在する等、イオン化した状態となり得るが、このようなイオン化した化合物も本発明に包含されることは無論である。
【0062】
本発明の植物成長調節剤の剤型としては、粉末、粒剤、水和剤、フロワブル剤、液剤等の一般的な剤型が挙げられる。これらの剤型は、上記式(1)〜(15)の化合物と、溶剤、分散媒、増量剤等を適宜用いて、常法に従って製造することができる。
【0063】
植物に対して植物成長調節剤を適用する方法は、植物が有効成分を吸収できる方法であれば良く、例えば、茎葉に散布する茎葉処理、土壌に散布する土壌処理、水耕栽培時に水等の培地に溶解又は懸濁して根から吸収させる水耕処理等が挙げられる。また、植物を植え付けたり、挿し木等を行う前に吸収させたりしてもよい。
【0064】
植物成長調節剤を茎葉処理によって施用する場合は、例えば、有効成分濃度を1μmol/l〜100mmol/lとなるように調整し、これを土地10アール当たり10〜1000リットルの量で使用することが好ましい。葉面に薬剤が付着しにくい場合には、展着剤を併用することができる。また、土壌処理を行う場合は、有効成分量が土地10アール当たり1mmol〜10molとなるように使用することが好ましい。さらに、水耕処理を行う場合には、有効成分を5nmol/l〜500μmol/lの濃度で植物の根から吸収させることが好ましいが、これらの施用する量は、植物の種類、生育段階等によって大きく異なるため、上記の範囲に限定されるものではない。
【0065】
本発明の植物成長調節剤は、植物に対しいずれの成育段階で施用しても良い。処理は1回でも十分な効果が得られるが、複数回処理することによって効果をさらに高めることができる。複数回処理する場合は、上述の各処理方法を組み合わせることもできる。他の農薬、肥料等と併用する場合は、本薬剤の効果を失わない限り、どのような物質と併用しても良い。
【0066】
本発明の植物成長調節剤の適用対象としては、特に限定されず、農業・園芸分野で広く栽培されている植物に対して適用することができる。例えば、イネ、コムギ、オオムギ、ヒエ、トウモロコシ、アワ等の穀物類;レタス、カボチャ、カブ、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、ホウレンソウ、ピーマン、トマト、ネギ、タマネギ、ラッキョウ等の野菜類;ミカン、リンゴ、カキ、ウメ、ナシ、ブドウ、モモ等の果樹類;キク、ガーベラ、パンジー、ラン、シャクヤク、チューリップ等の花卉類;サツキ、クヌギ、スギ、ヒノキ、ナラ、ブナ等の樹木類;アズキ、インゲン、大豆、ラッカセイ、ソラマメ、エンドウ等の豆類;コウライシバ、ベントグラス、ノシバ等の芝類;ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤマイモ、タロイモ等のイモ類;アルファルファ、クローバー、レンゲ等の牧草類等を挙げることができる。
【0067】
また、植物成長調節剤を製造するためには、必ずしも有効成分である化合物を単離する必要はなく、分離精製工程の途中で得られる、式(1)〜(15)の化合物を一成分として含む組成物を植物成長調節剤として用いても良い。具体的には、例えば、イネ品種初山吹又はその後代の種子、玄米、胚乳又は糠から水又はアルコール水溶液で抽出し、デンプンを除去し、必要に応じて乾燥させた抽出物をそのまま植物成長調節剤として利用することができる。ここで、抽出物の固形分中、有効成分の含有率は、抽出方法によって異なるが、通常、0.01〜0.50重量%程度である。あるいは、デンプンを除去した抽出物を、さらにカラムクロマトグラフィー等の固定相に吸着させ、適切な溶媒により溶出させた画分を、そのまま植物成長調節剤とすることもできる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、これに限定されるものではない。
【0069】
実施例1:式(2)〜(4)の化合物の製造
イネ品種初山吹の胚乳40kgを、メタノール水溶液(メタノール:水=1:9(v/v))200Lにより1日間25℃の条件下で抽出した。この抽出液を濾過し、35℃減圧下で濃縮後、メタノール水溶液(メタノール:水=5:1(v/v))を用いてメタノール沈殿させた。続いて、その上清を、35℃減圧下で濃縮後、メタノール水溶液(メタノール:水=0:100、1:19、1:9、3:17、1:4、100:0(v/v))によりC18カラムクロマトグラフィーで分離・精製し、1:9の画分からは式(2)の化合物(1.3mg)、3:17の画分からは式(3)の化合物(0.4mg)及び式(4)の化合物(1.3mg)をそれぞれ単離した。
【0070】
得られた化合物について、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。その結果、上記式(2)〜(4)に示される化学構造式を得た。
【0071】
製造した式(2)〜(4)の化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、各化合物の13C NMR(125MHz)及びH NMR(800MHz)スペクトルを表1に示す。測定溶媒はDOである。
【0072】
<式(2)の化合物の物理化学的性質>
(1)外観
無色粉末
(2)分子式
1825
(3)HRESIMSによる分子量
380.1911(M+H)
【0073】
<式(3)の化合物の物理化学的性質>
(1)外観
無色粉末
(2)分子式
1725
(3)HRESIMSによる分子量
352.1867(M+H)
【0074】
<式(4)の化合物の物理化学的性質>
(1)外観
無色粉末
(2)分子式
1725
(3)HRESIMSによる分子量
336.1908(M+H)
【0075】
【表1】

【0076】
実施例2:式(5)〜(8)の化合物の製造
イネ品種初山吹の胚乳40kgを、メタノール水溶液(メタノール:水=1:9(v/v))200Lにより1日間25℃の条件下で抽出した。この抽出液(648g)に対し、メタノール水溶液(メタノール:水=5:1(v/v))1.8Lを加え、メタノール沈殿した(3500×g、10分間、25℃)。続いて、その上清(368g)を、35℃減圧下で濃縮後、メタノール水溶液(メタノール:水=0:1、1:19、1:9、3:17、1:4及び1:0(v/v))を用いてSep−Pak C18カートリッジクロマトグラフィーで分離・精製し、メタノール:水=1:4画分を高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=3:17(v/v)、0.8ml/分)に供し、15〜18分の画分から式(5)の化合物(無色粉体、46.0mg、収率0.000115%)、10〜15分の画分から式(6)の化合物(無色粉体、17.8mg、収率0.000045%)をそれぞれ単離した。またSep−pak C18カートリッジクロマトグラフィーのメタノール:水=3:17の画分を、高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=3:22(v/v)、0.8ml/分)に供し、12〜14分の画分から式(7)の化合物(無色粉体、1.8mg、収率0.000005%)、及び9〜12分の画分から式(8)の化合物(無色粉体、5.2mg、収率0.000013%)をそれぞれ単離した。
【0077】
得られた化合物について、単結晶X線構造解析、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。その結果、上記式(5)〜(8)に示される化学構造式を得た。製造した式(5)〜(8)の化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、各化合物の13C NMR(125MHz)及びH NMR(800MHz)スペクトルを表2及び3に示す。
【0078】
<式(5)〜(8)の化合物の物理化学的性質>
(1)外観
無色粉末
(2)分子式
1725
(3)HRESIMSによる分子量
336.1916(M+H)
【0079】
【表2】

【0080】
【表3】

【0081】
実施例3:式(12)の化合物の製造
イネ品種初山吹の胚乳20kgを、メタノール水溶液100L(メタノール:水=10:90(v/v))により1日間25℃の条件下で抽出した。この抽出液を濾過し、35℃減圧下で濃縮した後、メタノール水溶液(メタノール:水=5:1(v/v))を用いてメタノール沈殿(3500×g、10分間、25℃)させた。
【0082】
続いて、黄色を示した上清画分(184g)を、35℃減圧下で濃縮し、Sep−pak C18カートリッジクロマトグラフィーによって、メタノール水溶液(メタノール:水=0:100、5:95、10:90、15:85、20:80、100:0(v/v))で6分画した。黄色を示したメタノール水溶液(メタノール:水=10:90(v/v))画分(2g)を、35℃減圧下で濃縮し、高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=10:90(v/v)、0.8ml/分)に供した。保持時間9〜11分の黄色を示した画分から目的の式(12)の化合物35mgを得た。
【0083】
得られた化合物について、単結晶X線構造解析、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。単結晶X線構造解析の使用機器は、ビームラインがSPring−8のBL26B1、検出器がRigaku RAXIS V imaging plate area detectorである。その結果、上記式(12)に示される平面化学構造式を得た。
【0084】
式(12)の化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、化合物の13C NMR及びH NMRスペクトル(測定溶媒:DO)を表4に示す。
(1)外観
黄色粉末
(2)紫外−可視吸収スペクトルλmax(水)
395nm(ε17200)
(3)分子式
2332
(4)HRESIMSによる分子量
461.247558(M+H)
459.208096(M+H)
【0085】
【表4】

【0086】
実施例4:式(13)の化合物の製造
上記実施例3におけるメタノール水溶液(メタノール:水=20:80)画分を、35℃減圧下で濃縮し、高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=3:17(v/v)、0.8ml/分)に供した。保持時間10〜15分の黄色を示した画分から目的の式(13)の化合物1.7mgを得た。
【0087】
得られた化合物について、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。その結果、上記式(13)に示される構造式を得た。この化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、化合物の13C NMR及びH NMRスペクトル(測定溶媒:DO)を表5に示す。
(1)外観
黄色粉末
(2)紫外−可視吸収スペクトルλmax
395nm
(3)分子式
1723
(4)HRESIMSによる分子量
334.1759(M+H)
【0088】
【表5】

【0089】
実施例5:式(14)の化合物の製造
上記実施例3におけるメタノール水溶液(メタノール:水=15:85)画分を、35℃減圧下で濃縮し、高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=3:22(v/v)、0.8ml/分)に供した。保持時間12〜14分の画分から無色を呈する目的の式(14)の化合物0.6mgを得た。
【0090】
得られた化合物について、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。その結果、上記式(14)に示される構造式を得た。この化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、化合物の13C NMR及びH NMRスペクトル(測定溶媒:DO)を表6に示す。
(1)外観
無色粉末
(2)紫外−可視吸収スペクトルλmax
360nm
(3)分子式
2335
(4)HRESIMSによる分子量
465.2705(M+H)
【0091】
【表6】

【0092】
実施例6:式(15)の化合物の製造
上記実施例3におけるメタノール水溶液(メタノール:水=20:80)画分を、35℃減圧下で濃縮し、高速液体クロマトグラフィー(ODS−80Ts、4.6×250mm、東ソー、メタノール:水=3:17(v/v)、0.8ml/分)に供した。保持時間10〜15分の黄色を示した画分から目的の式(15)の化合物0.7mgを得た。
【0093】
得られた化合物について、高分解能エレクトロスプレー質量分析(HRESIMS)及びNMRにより構造決定を行った。その結果、上記式(15)に示される構造式を得た。この化合物の物理化学的性質は次の通りである。また、化合物の13C NMR及びH NMRスペクトル(測定溶媒:DO)を表7に示す。
(1)外観
黄色粉末
(2)紫外−可視吸収スペクトルλmax
395nm
(3)分子式
1925
(4)HRESIMSによる分子量
360.1900(M+H)
【0094】
【表7】

【0095】
実施例7:植物に対する影響
実施例2で製造した式(5)の化合物の濃度0.01、0.03、0.10、0.30、1.00及び3.00mMの水溶液を調製し、3.3cmペトリシャーレの濾紙上に播いたレタス種子12粒をそれぞれの溶液で処理し、25℃、暗所の条件で培養した。3日後、根及びシュートの長さを測定し、水で処理したものを100%として植物の成長に及ぼす影響を調べた。その結果を図1に示す。図1の結果から、式(5)の化合物は、レタス幼植物の根及びシュートの成長を抑制することが明らかとなった(I25、すなわち根及びシュートに対する25%阻害濃度はそれぞれ1.5mM及び2.0mM)。
【受託番号】
【0096】
FERM BP-11149

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】

[式中、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、Rは、水素原子(ただし、RがCORである場合を除く)、ヒドロキシル基又はCOR(Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である]
で表される化合物。
【請求項2】
式(1)で表される化合物が、式(2)
【化2】

で表される請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
式(1)で表される化合物が、式(3)
【化3】

で表される請求項1に記載の化合物。
【請求項4】
式(1)で表される化合物が、式(4)
【化4】

で表される請求項1に記載の化合物。
【請求項5】
式(5)
【化5】

で表される化合物。
【請求項6】
式(6)
【化6】

で表される化合物。
【請求項7】
式(7)
【化7】

で表される化合物。
【請求項8】
式(8)
【化8】

で表される化合物。
【請求項9】
式(9)
【化9】

[式中、Rは、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、Rは、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR10(R10は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R12及びR13は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基であり、
【化10】

は単結合又は二重結合であり、R14は、水素原子、ヒドロキシル基又はCOR15(R15は、ヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)であり、R16及びR17は、それぞれ独立して水素原子であるか、あるいは、アミノ基及び/又は−COR18(R18はヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基である)を有しても良い、直鎖状、分岐状もしくは環状のアルキル基又は含窒素複素環基である]
で表される化合物を含む植物成長調節剤。
【請求項10】
式(10)
【化11】

[式中、R19及びR20は、それぞれ独立してヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基であり、R21は、水素原子、炭素数1〜4のアシル基又は炭素数1〜4のアルキル基である]
で表される化合物を含む植物成長調節剤。
【請求項11】
請求項2〜4のいずれかに記載の化合物の製造方法であって、イネ品種初山吹(FERM BP−11149)又はその後代の種子、玄米、胚乳又は糠から水又はアルコール水溶液で抽出し、抽出液より化合物を分離精製する化合物の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−225482(P2011−225482A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96370(P2010−96370)
【出願日】平成22年4月19日(2010.4.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 電気通信回線にて発表電気通信回線掲載日:2009年10月20日掲載アドレス:http://www.sciencedirect.com/ http://www.sciencedirect.com/science?_ob=PublicationURL&_tockey=%23TOC%235290%232010%23999489998%231573275%23FLA%23&_cdi=5290&_pubType=J&_auth=y&_acct=C000052420&_version=1&_urlVersion=0&_userid=2245398&md5=4354377f355c2acb62365d9048f682bc http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6THS−4XHOMK2−1&_user=2245398&_coverDate=01%2F06%2F2010&_rdoc=13&_fmt=high&_orig=browse&_srch=doc−info(%23toc%235290%232010%23999489998%231573275%23FLA%23display%23Volume)&_cdi=5290&_sort=d&_docanchor=&_ct=59&_acct=C000052420&_version=1&_urlVersion=0&_userid=2245398&md5=056485461aaac0018409a54c883d8d5bhttp://www.sciencedirect.com/science?_ob=MImg&_imagekey=B6THS−4XHOMK2−1−C&_cdi=5290&_user=2245398&_pii=S004040390902019X&_orig=browse&_coverDate=01%2F06%2F2010&_sk=999489998&view=c&wchp=dGLzVlb−zSkzV&md5=8c4c17547702c15200454b4b2a38f280&ie=/sdarticle.pdf 刊行物名:Tetrahedron Letters 巻数・号数:Volume 51,Issue 1,6 January 2010 掲載頁:49〜53頁 公開
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】