説明

新規化学発光試薬および新規化学発光法ならびにそれを用いた被検出物質の測定方法およびそれに使用するキット

【課題】 新規な化学発光反応系を提供し、それを用いた試料中に含まれる被検出物質の濃度を高感度に測定できる被検出物質の濃度測定法を提供する。
【解決手段】 鉄フタロシアニン錯体5と酸化剤4とを含む化学発光試薬は、鉄フタロシアニン錯体5と酸化剤4とが反応することにより化学発光を生じる。被検出物質の共存下におけるこの発光強度を測定することで、予め求めた検量線から被検出物質の濃度が求められる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規化学発光試薬および新規化学発光法ならびにそれを用いた被検出物質の測定方法およびそれに使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中の成分を検出するために用いられる化学発光法は高感度であり、かつ応答が速いという利点を有している。また、化学発光法は吸光光度法や蛍光光度法などと比較すると、励起光源が不要であるなど、装置の簡素化が可能であるといった利点も有している。しかしながら、現在化学発光分析法に使用可能な発光基質の絶対数は約10種であり、また発光収率の高い化学発光反応系には限りがある。さらに、使用する有機溶媒や触媒の選択といった試薬の問題も有しており、これらにより分析対象成分には制限があり選択性が低いという問題を抱えている。そのため、化学発光法の適用範囲は制限され、実用面において普及が遅れており、新規、かつクリーンであり、さらに試薬の使用量が少ない化学発光系の出現が望まれている。
【0003】
最近、アセトニトリル/水混合溶媒中において植物の葉の中に含まれるポルフィリン類縁体のクロロフィルの化学発光が見出され、報告されている(特許文献1)。この化学発光現象は、クロリン骨格を有する発光性のマグネシウム錯体であるクロロフィルが発光基質として作用していると考えられている。また、アセトリニトリル/水混合溶媒中において金属ポルフィリン錯体である鉄−クロロフィリン錯体の化学発光が報告されている(非特許文献1)。鉄−クロロフィリン錯体は非発光性であるが、過酸化水素との酸化反応によりポルフィリン骨格が開裂し、常磁性金属である鉄イオンが放出されることにより、ポルフィリンの分解物が発光を発する。さらに、鉄−クロロフィリン錯体と過酸化水素の反応によりジオキセタンが生成し、それが開裂する際、発光を有する分解物にエネルギーを供与し発光する。すなわち、鉄−クロロフィリン錯体は発光基質としてだけではなくエネルギー供与体、エネルギー受容体、さらに触媒として機能し化学発光反応が起きていると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000―74841号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T. Nagoshi, O. Ohno, T. Kotake, S. Igarashi, Luminescence,20, 401-404(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
新規な化学発光反応系を提供し、それを用いた試料中に含まれる被検出物質の濃度を高感度に測定できる濃度測定法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを含む化学発光試薬であって、前記鉄フタロシアニン錯体と前記酸化剤とを反応させることにより化学発光が生じることを特徴とする。また、本発明の化学発光試薬は、前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸であることを特徴とする。また、本発明の化学発光試薬は、前記酸化剤が、過酸化水素であることを特徴とする。
【0008】
また、本発明の別の態様によれば、化学発光を生じる化学発光方法であって、前記方法は、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを反応させることを特徴とする。また、本発明の化学発光法によれば、前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸であることを特徴とする。また、本発明の化学発光法によれば、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の別の態様によれば、試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、前記測定方法は、前記試料液と、鉄フタロシアニン錯体水溶液と、酸化剤とを混合する工程と、前記混合溶液中に生じる発光の発光強度を測定する工程と、前記測定した発光強度と、予め求めた検量線とから前記被検出物質の濃度を求める工程とを含むことを特徴とする。また、本発明の測定方法は、前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸であることを特徴とする。また、本発明の測定方法は、前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする。また、本発明の測定方法は、前記試料液のpHがpH8〜12に調整されていることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の測定方法は、前記被検出物質が、還元性の物質であることが好ましく、例えば、L−システイン、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−トリプトファン、およびL−チロシンからなる群より選択されるアミノ酸と、チアミン塩酸塩、リボフラミン、およびL−アスコルビン酸からなる群より選択されるビタミンと、グルコースといった糖と、過酸化水素とが挙げられる。また、前記被検出物質は、例えば、銅イオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、マンガンイオン、およびコバルトイオンからなる群より選択される金属イオンであることが好ましい。
【0011】
また、本発明の別の態様によれば、試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、前記キットは、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを含み、前記被検出物質の存在下で、前記試料と前記鉄フタロシアニン錯体と前記酸化剤とを混合させることにより前記被検出物質の濃度に応じて化学発光を生じることを特徴とする。また、本発明のキットは、前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸であることを特徴とする。また、本発明のキットは、前記酸化剤が、過酸化水素であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とから、新規の化学発光反応系を提供することができる。さらに、この化学発光反応系を用いることで被検出物質を高感度に測定できる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との化学発光反応の一実施の形態を示すフローチャートであり、試薬の混合からそれにより生じる発光を測定するまでの工程を示す。
【図2】本発明の化学発光反応を利用した試料液中に含まれる被検出物質の濃度測定法における一実施の形態を示すフローチャートである。
【図3】本発明の一実施の形態である鉄フタロシアニンスルホン酸(Fe−PTS)と過酸化水素との化学発光反応におけるpHの影響を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施の形態であるFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応における酸化剤濃度の影響を示すグラフである。
【図5】本発明の一実施の形態であるFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応におけるFe−PTS濃度の影響を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施の形態であるFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応における温度の影響を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施の形態であるL−チロシン共存下のFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応においてpHの濃度の影響を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施の形態であるL−チロシン共存下のFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応において酸化剤濃度の影響を示すグラフである。
【図9】本発明の一実施の形態であるL−チロシン共存下のFe−PTSと過酸化水素との化学発光反応においてFe−PTSの影響を示すグラフである。
【図10】本発明に係るFe−PTSと酸化剤との反応により生じる化学発光強度と反応系に共存するL−チロシン濃度との関係を示すグラフ(検量線)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討の結果、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを反応させることにより発光が生じる新規な化学発光反応系を見出した。さらに、この化学発光反応系を利用することで、試料液に含まれる特定の被検出物質の濃度を測定することができることを見出した。
【0015】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明者らにより新たに見出された鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とが反応して発光が生じる化学発光反応と、その発光強度を測定するまでの一実施の形態のフローチャートを示す。図1に示すように、本発明の化学発光反応は、化学発光用セル1と、化学発光用セル1内で化学発光を生じさせるために混合される蒸留水2とpH緩衝溶液3と酸化剤4と鉄フタロシアニン錯体5とを順に添加する工程から構成されている。
【0017】
化学発光用セル1は、蒸留水2と、pH緩衝液3と、酸化剤4と、鉄フタロシアニン錯体5とを混合し、混合液中に生じた発光の強度をそのまま化学発光測定装置にセットすることで測定できるようなものであれば、従来から使用されているものを使用することができる。特に限定はされないが、例えば石英セルやポリスチレン製セル等が挙げられる。蒸留水2は、混合液を一定体積とするために使用される。
【0018】
本発明に使用されるpH緩衝液3としては、反応系混合液のpHを一定に保つことができるものであれば、特に限定されず、例えばBorax緩衝液や、水酸化ナトリウム−酢酸系緩衝液等を使用することができる。pH緩衝液3により維持するpHとしては、pH8〜12が好ましく、pH9〜11がより好ましく、約pH10が最も好ましい。
【0019】
本発明で使用する酸化剤4としては、鉄フタロシアニン錯体を酸化させることにより発光性物質を生じさせることができるものであればよく、例えば、酸化剤4としては過酸化水素や2KHSO・KHSO・KSO、過ヨウ素酸ナトリウム等を挙げることができるが、好ましくは過酸化水素を使用することができる。過酸化水素を使用するときの濃度は、混合液における最終的な濃度が2.5×10−3M〜1.0×10−2Mの範囲であることが好ましく、5.0×10−3M〜7.5×10−3Mの範囲であることがより好ましく、約6.4×10−3Mが最も好ましい。
【0020】
本発明に使用できる鉄フタロシアニン錯体5としては、特に鉄フタロシアニンスルホン酸が好ましい。鉄フタロシアニンスルホン酸は、鉄フタロシアニンスルホン酸のナトリウム塩、カリウム塩,アンモニウム塩等の塩を蒸留水に溶解させて作製したものを使用することができる。鉄フタロシアニンスルホン酸を使用する際の濃度としては、混合液における最終的な濃度が0.1×10−5M〜1.0×10−5Mの範囲であることが好ましく、1.5×10−5M〜3.0×10−5Mの範囲であることがより好ましく、約2.0×10−5Mが最も好ましい。
【0021】
以上の構成によれば、化学発光用セル1内でpH緩衝液3によりpH調整した蒸留水2に、酸化剤4を添加する。酸化剤4添加後の化学発光用セル1を化学発光測定装置のセルホルダーにセットし、鉄フタロシアニン錯体5を添加する。これにより、鉄フタロシアニン錯体5と酸化剤4との反応により混合液中に化学発光が生じるため、この化学発光の強度を化学発光測定装置により測定する。このとき、混合液の温度は、15℃〜40℃の範囲が好ましく、20℃〜40℃の範囲がより好ましい。
【0022】
図2は、本発明に係る試料液中の被検出物質を測定するための鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との化学発光反応を用いた発光強度測定の流れを示すフローチャートである。図2に示すように、本発明の発光強度測定は、化学発光用セル1を用意し、化学発光用セル1に蒸留水2と、pH緩衝液3と、試料液6と、鉄フタロシアニン錯体5とを添加し、軽く混合した後、酸化剤4をさらに加えることで、混合液中で発光を生じさせ、その発光強度を化学発光測定装置により測定する。
【0023】
試料液6は、濃度測定したい物質を含んでおり、本発明の濃度測定方法によって測定可能な物質としては、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との反応により生じる発光強度に対して増加または減少の影響を有するものであればよい。具体的な被検出物質としては、以下に限定されないが、例えばL−システイン、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−トリプトファン、およびL−チロシン等のアミノ酸、チアミン塩酸塩、リボフラミン、およびL−アスコルビン酸等のビタミン、ならびにグルコース等の還元性物質や過酸化水素を挙げることができる。さらに、銅イオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、マンガンイオン、およびコバルトイオン等の金属イオンも挙げられる。
【0024】
図2の構成によれば、化学発光用セル1内でpH緩衝液3によりpH調整された蒸留水2に、試料液6を添加し、さらに鉄フタロシアニン錯体5を添加する。混合液を軽く振り混ぜた後、化学発光測定装置のセルホルダーに化学発光用セル1をセットし、酸化剤4を添加する。これにより、混合液中で化学発光が生じるため、この化学発光の強度を化学発光測定装置により測定する。このとき、試料中の被検出物質の濃度により影響を受けた発光強度(増加または減少)を測定することができる。すなわち、あらかじめ試料中に含まれる被検出物質の濃度と、発光強度との関係を示すグラフ(検量線)を作成することで、測定した発光強度より被検出物質の濃度を導き出すことができる。
【実施例1】
【0025】
本発明に係る鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との化学発光反応において使用する酸化剤、温度、pH等の条件を検討するため、以下のような実験操作に基づいて発光強度を測定した。なお、特に断りのない限り、操作に使用した試薬は市販特級品を用いた。
(実験操作:鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との反応による化学発光強度測定)
化学発光用ガラスセルに蒸留水(株式会社島津製作所製SWAC−500の蒸留水製造装置により作製、以下同じ)340μlをマイクロシリンジにより注入し、pH緩衝溶液(和光純薬工業株式会社製四ホウ酸ナトリウム(Borax)を蒸留水に溶解させ、0.1molL−1に希釈したものを使用、以下同じ)を100μl加え、pHを調整した後(株式会社堀場製作所pHメーターF−22を使用、以下同じ)、0.08molL−1過酸化水素水溶液(和光純薬製工業株式会社製30%過酸化水素を蒸留水により希釈したものを使用、以下同じ)を40μl加え混合した。そして、化学発光装置のセルホルダーにセルをセットし、Fe−PTS水溶液(Aldrich社製鉄フタロシアニンスルホン酸ナトリウムを蒸留水に希釈して作製した)を20μlマイクロシリンジにより注入した。その後、注入直後に現れる化学発光シグナルを化学発光測定装置(株式会社日音医理科機器製作所製LUMICOUNTER NU−600)により測定した。
【0026】
(金属フタロシアニン錯体の化学発光)
水溶液中における他の金属フタロシアニン錯体(銅、鉄、ニッケル、コバルト、マグネシウム、鉛、白金、亜鉛)および遊離のフタロシアニンの化学発光現象について検討するため、Fe−PTS水溶液のかわりに上記の金属フタロシアニン錯体および遊離のフタロシアニン錯体を添加した(銅フタロシアニン錯体はAldrich社製銅フタロシアニンスルホン酸ナトリウムを蒸留水に希釈して作製;ニッケルフタロシアニン錯体はAldrich社製ニッケルフタロシアニンスルホン酸ナトリウムを蒸留水に希釈して作製;その他の合成フタロシアニンはスルホン化したフタロシアニンと金属塩をDMSO中において150℃、1時間の条件で合成し、再結晶したものを使用)。それぞれの化学発光強度を表1に示す。Fe−PTSの化学発光強度(ICL)が1270で最大となり、遊離のフタロシアニンスルホン酸とその他の金属フタロシアニンスルホン酸ではほとんど化学発光現象が観測されなかった。
【0027】
【表1】

【0028】
(酸化剤の検討)
Fe−PTSと酸化剤との化学発光反応における酸化剤の種類について検討を行った。酸化剤としてH、および2KHSO・KHSO・KSOを用いて、pH2.3、pH7.0、またはpH10.0における場合のFe−PTSの化学発光強度について検討した。その結果を、表2および表3に示す。過酸化水素では、pH10.0において最大の化学発光強度が得られた。これは、代表的な化学発光であるルミノール化学発光の挙動と同様である。また、2KHSO・KHSO・KSOでは、酸性〜アルカリ性条件下において微弱ではあるが、ほぼ同様な発光強度が得られた。
【0029】
【表2】

【表3】

【0030】
鉄フタロシアニン錯体としてFe−PTSを用い、酸化剤として過酸化水素を用いたときの化学発光反応における各条件(pH、過酸化水素濃度、Fe−PTS濃度、温度)の最適化を行った。
(pHの影響)
Fe−PTSと過酸化水素との化学発光反応系に及ぼすpHの影響を検討した。Fe−PTS濃度2.0×10−5M、過酸化水素濃度6.4×10−3Mの条件で行った。その結果を図3に示す。pH変化に伴う最大化学発光強度はpH10.0において観測された。これは他の化学発光系(ルミノール化学発光、鉄−クロロフィリン錯体化学発光など)とほぼ同様の値となった。pH10.0前後における化学発光強度のピークは、過酸化水素からスーパーオキシドラジカルの生成される最適なpHが10前後であるためではないかと考えられる。
【0031】
(過酸化水素濃度の影響)
Fe−PTSと過酸化水素との測定方法に使用する化学発光反応系における過酸化水素濃度の影響を検討した。Fe−PTS濃度2.0×10−5M、pH10.0の条件でおこなった。その結果を図4に示す。添加する過酸化水素濃度の変化に伴う最大化学発光強度は過酸化水素濃度6.4×10−3Mにおいて観測された。極大値以上の濃度では発光強度の減少がみられた。これは一般の化学発光系と同様の挙動であった。
【0032】
(Fe−PTS濃度の影響)
Fe−PTSと過酸化水素との化学発光反応系に及ぼすFe−PTS濃度の影響を検討した。過酸化水素濃度6.4×10−3M、pH10.0の条件で行った。その結果を図5に示す。添加するFe−PTSの濃度の増加に伴い化学発光強度も増加した。また、Fe−PTSの濃度に伴う化学発光強度の増加率低下は、Fe−PTSの濃度が過剰となり、過酸化水素から生成されるスーパーオキシドラジカルにより酸化分解される割合が低下してしまうためであると考えられる。よって、本実施例においては、Fe−PTSの濃度は2.0×10−5Mとすることとした。
【0033】
(温度変化)
Fe−PTSと過酸化水素との化学発光反応系に及ぼす温度変化の影響を検討した。Fe−PTS濃度2.0×10−5M、過酸化水素濃度6.4×10−3M、pH10.0の条件下で温度を15℃〜40℃の間で変化させた。その結果を図6に示す。図6に示すように20℃〜40℃の間において化学発光強度の変化はほとんど見られなかった。
【0034】
(共存物質の影響)
Fe−PTSの化学発光反応系における共存物質の影響について検討した。
アミノ酸の化学発光強度に与える影響を表4に示す。アミノ酸のうち、L−システイン、L−ヒスチジン、L−チロシン、L−トリプトファンにおいて消光現象がみられた。その他のアミノ酸については特に影響を及ぼさなかった。L−システインは還元性の物質であり、酸化反応に影響を及ぼしていると推測される。L−ヒスチジンはヘモグロビンのタンパク中に含まれ、ヘム鉄と結合している。本化学発光系においても、Fe−PTSの軸配位部位に配位し、触媒活性の低下が起こり、発光強度の現象がみられたと考えられる。L−チロシン、L−トリプトファンは一重項酸素の消去剤として用いられることから(H. Goto, A. Masuda, M. Yamada, BUNSEKI KAGAKU, 46, 711-717 (1997))、活性酸素種に影響を与えているものと考えられる。
【0035】
【表4】

【0036】
ビタミンの化学発光強度に与える影響を表5に示す。結果として、特にL−アスコルビン酸において大きな消光現象がみられた。L−アスコルビン酸は強い還元剤であり、過酸化水素の還元により酸化力の低下などが生じ、消光現象が起きたと考えられる。
【0037】
【表5】

【0038】
糖の化学発光強度に与える影響を表6に示す。その結果、グルコースにおいて消光現象が見られた。グルコースは還元糖であり、L−アスコルビン酸と同様に活性酸素種の消去などにより発光強度が減少したと考えられる。
【0039】
【表6】

【0040】
金属イオンの化学発光強度に与える影響を表7に示す。その結果、Cu2+、Ni2+、Zn2+、Mn2+、およびCo2+において発光強度の増加が観測された。金属イオンは化学発光において触媒として用いられていることから(S. Nakano, K. Sakamoto, A. Takenobu, T. Kawashima, Talanta, 58, 1263-1270 (2002))、本発明の化学発光系においても触媒として作用していると考えられる。
【0041】
【表7】

【0042】
このように鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との混合により生じる化学発光の発光強度に影響を与える共存物質(すなわち、被検出物質)については、予め被検出物質の濃度と被検出物質により影響を受ける発光強度との検量線を作成することで、被検出物質濃度に依存して影響を受けた発光強度よりその濃度を導き出すことが可能である。
【0043】
次に、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤との化学発光反応系におけるチロシンの影響をさらに検討した。なお、実験操作は以下のようにしておこなった。
(実験操作)
化学発光用セルに蒸留水100μlをマイクロシリンジにより注入し、pH緩衝液100μlを加えてpHを調整した後、L−チロシンを含む水溶液200μlとFe−PTS水溶液50μlを加え混合した。化学発光装置のセルホルダーにセルをセットし、過酸化水素水溶液50μlをマイクロシリンジにより注入し、化学発光シグナルを化学発光測定装置(マイクロテック・ニチオン社製GENELIGHT GL−200S)で測定した。
【0044】
(pH条件の検討)
pHを変化させたときの化学発光強度の影響を検討した。過酸化水素濃度6.4×10−3M、Fe−PTS濃度2.0×10−5M、L−チロシン濃度2.0×10−7Mの条件でおこなった。その結果を図7に示す。pH変化に伴う最大化学発光強度はpH10において観測された。pH10前後における化学発光強度のピークは、過酸化水素からスーパーオキシドラジカルの生成される最適なpHが10前後であるためではないかと考えられる。この結果より、L−チロシンの濃度2.0×10−7Mにおける発光強度の差が大きいことから、pH10を最適pHとした。
【0045】
(過酸化水素濃度の検討)
反応系における過酸化水素濃度の影響を検討した。pH10、Fe−PTS濃度2.0×10−5M、L−チロシン濃度2.0×10−7Mの条件でおこなった。その結果を図8に示す。過酸化水素濃度の変化に伴う最大化学発光強度は過酸化水素濃度6.4×10−3Mにおいて観測され、極大値以上の濃度では発光強度の減少が見られた。これは一般の化学発光系と同様の挙動であった。しかし、L−チロシンの濃度2.0×10−7Mにおける発光強度の差が大きい3.2×10−3Mを最適濃度とした。
【0046】
(Fe−PTS濃度の検討)
Fe−PTS濃度の影響を検討した。pH10、過酸化水素濃度6.4×10−3M、L−チロシン濃度2.0×10−7Mの条件でおこなった。その結果を図9に示す。Fe−PTSの濃度の増加に伴い化学発光強度は増加した。L−チロシンの濃度2.0×10−7Mにおける発光強度の差が大きいことから、4.0×10−5Mを最適濃度とした。
【0047】
(L−チロシンの検量線の作成)
pH10、過酸化水素濃度3.2×10−3M、Fe−PTS濃度4.0×10−5Mの条件下でL−チロシンの濃度を変化させ、L−チロシンの検量線を作成した。GENELIGHT GL−200SによるL−チロシン(Tyr)の検量線を図10に示す。その結果、2.0×10−8M〜2.0×10−5Mにおいて良好な直線が得られた。検量線の相関係数は0.9842であった。また、L−チロシンの濃度2.0×10−7Mにおいて、5回測定での変動係数は0.68%であり、検出限界(3σ)は1.81×10−8M(3.27ppm)であった。
【符号の説明】
【0048】
1 化学発光用セル
2 蒸留水
3 pH緩衝溶液
4 酸化剤
5 鉄フタロシアニン錯体
6 試料液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを含む化学発光試薬であって、前記鉄フタロシアニン錯体と前記酸化剤とを反応させることにより化学発光を生じる化学発光試薬。
【請求項2】
前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸である請求項1に記載の化学発光試薬。
【請求項3】
前記酸化剤が、過酸化水素である請求項1または2に記載の化学発光試薬。
【請求項4】
鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを反応させて、化学発光を生じさせる化学発光方法。
【請求項5】
前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸である請求項4に記載の化学発光方法。
【請求項6】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項4または5に記載の化学発光方法。
【請求項7】
試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定する方法であって、
前記試料液と、鉄フタロシアニン錯体水溶液と、酸化剤とを混合する工程と、
前記混合溶液中に生じる発光の発光強度を測定する工程と、
前記測定した発光強度と、予め求めた検量線とから前記被検出物質の濃度を求める工程と
を含む測定方法。
【請求項8】
前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸である請求項7に記載の測定方法。
【請求項9】
前記酸化剤が過酸化水素である請求項7または8に記載の測定方法。
【請求項10】
前記試料液のpHがpH8〜12に調整されている請求項7〜9のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項11】
前記被検出物質が、L−システイン、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−トリプトファン、およびL−チロシンからなる群より選択されるアミノ酸と、チアミン塩酸塩、リボフラミン、およびL−アスコルビン酸からなる群より選択されるビタミンと、グルコースと、過酸化水素と、銅イオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、マンガンイオン、およびコバルトイオンからなる群より選択される金属イオンとからなる群のうちの少なくとも一つである請求項7〜10のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項12】
試料液中に含まれる被検出物質の濃度を測定するためのキットであって、前記キットは、鉄フタロシアニン錯体と酸化剤とを含み、前記被検出物質の存在下で、前記試料と前記鉄フタロシアニン錯体と前記酸化剤とを混合させることにより前記被検出物質の濃度に応じて化学発光を生じるキット。
【請求項13】
前記鉄フタロシアニン錯体が、鉄フタロシアニンスルホン酸である請求項12に記載のキット。
【請求項14】
前記酸化剤が、過酸化水素である請求項12または13に記載のキット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−57818(P2011−57818A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207976(P2009−207976)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(507214083)メタウォーター株式会社 (277)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【Fターム(参考)】