説明

新規微生物及びそれを用いた微生物農薬

【課題】害虫を対象とした微生物農薬として利用可能な新規微生物、並びにそれを用いた微生物農薬を提供する。
【解決手段】バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)An11−1菌株(NITE P−997)、及び該菌株を有効成分として含有する微生物農薬。前記An11−1株は、肉食性昆虫であるクロコウスバカゲロウの幼虫の消化管から単離培養された菌株の中から、農業害虫であるハスモンヨトウに対して高い殺虫活性を有する菌株として単離されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は優れた害虫防除効果を有する新規微生物、及びそれを用いた微生物農薬に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、害虫防除の重要な手段として、低コストで顕著な効果が得られる有機リン系殺虫剤などの化学合成殺虫剤が広く用いられている。しかし、化学合成殺虫剤には、環境残留性、非対象生物への毒性、農薬耐性害虫の発現などの問題があることから、近年では使用量の低減が求められている。
【0003】
そこで、こうした化学合成殺虫剤に代わるものとして、生物本来の性質を応用したフェロモン誘引剤や生物農薬などの生物学的害虫防除技術の開発が進められており、環境負荷の少ない次世代の害虫防除技術として期待されている。
【0004】
フェロモン誘引剤を用いた害虫防除技術とは、昆虫の性フェロモン剤をビニールハウス内の天井などに吊すことで雌雄交信を攪乱して作物への産卵を防止する手法であり、種特異性が強いことから非対象生物に対して高い安全性を確保することができる。しかし、その反面、複数の作物害虫群を対象とした防除が困難であり、被害発生時期よりもかなり前に発生する害虫の種類を予測し、それに応じたフェロモン誘引剤を設置しなければならないという短所がある。
【0005】
一方、生物農薬を用いた害虫防除技術とは、害虫や作物病原性微生物に対して天敵生物を施用することで、これらを殺滅又は行動抑制する手法であり、前記天敵生物として昆虫や線虫を用いる手法と微生物を用いる手法に大別される。
【0006】
このうち、天敵生物として昆虫や線虫を用いる手法としては、例えば、作物害虫を捕食するコレマンアブラバチなどの昆虫をビニールハウス内に施用する方法や、昆虫に寄生する又は病原性を示すスタイナーネマ・グラセライ (Steinernema glaseri)等の線虫を施用する方法などが知られている。しかし、これらの方法では、天敵生物による害虫の捕食又は害虫への寄生によって殺虫効果が発揮されるため、安定した効果が得られにくいといった短所がある。
【0007】
以上のように、フェロモン誘引剤や、昆虫・線虫を利用した生物農薬では、安定した害虫防除効果が得られにくいことから、近年では細菌や真菌などの微生物を利用した生物農薬(いわゆる微生物農薬)が注目されている。微生物農薬は、化学合成殺虫剤と比べ、ヒトを含めた非対象生物及び環境に対する安全性が高く、効果に持続性があるといった長所を有する。また、フェロモン誘引剤と違い、害虫発生状況に応じて施用することも可能であり、更に、微生物は昆虫や線虫に比べて生育が早いことから農薬の生産性も高いと考えられる。
【0008】
ところで、現在我が国で登録されている微生物農薬は、作物病原性微生物を対象にしたものが多く、害虫を対象とした微生物農薬は少数である。その中で、害虫を対象とした微生物農薬として代表的なものは、昆虫病原性細菌であるバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)を利用したBT剤であり、特にハエ目、チョウ目、甲虫目等の昆虫を対象に適用されている(例えば、特許文献1を参照)。また、他に害虫防除用の微生物農薬としては、糸状菌の一種であるバーティシリウム・レカニ(Verticillium lecanii (Zimm.) Viegas)やボーベリア・バシアーナ(Beauveria bassiana Vuillemin)を利用したものが知られており、主にアブラムシ類の防除に利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010-001237公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、近年ではBT剤に対し耐性を示す害虫の出現報告例があり、また、上記のような糸状菌を用いた微生物農薬は防除対象となり得る昆虫が限られているという問題がある。こうしたことから、現在、害虫防除を目的とした微生物農薬の改善が求められており、改善策の一つとして、新たな微生物農薬として利用可能な昆虫病原性微生物の探索が必要とされている。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、害虫を対象とした微生物農薬として利用可能な新規微生物、及びそれを用いた微生物農薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、肉食性昆虫であるクロコウスバカゲロウの幼虫から単離した新規菌株が害虫に対する防除効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、新規微生物であるバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)An11−1菌株(NITE P−997)を提供する。
【0014】
また、本発明は、バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)An11−1菌株(NITE P−997)を有効成分として含有する微生物農薬を提供する。
【発明の効果】
【0015】
上記の通り、本発明によれば、害虫に対して優れた防除効果を有する新規な微生物、及び該微生物を用いた微生物農薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】近接結合法によって作成した本発明に係る微生物の分子系統樹。
【図2】最尤法によって作成した本発明に係る微生物の分子系統樹。
【図3】本発明の微生物によるハスモンヨトウへの殺虫効果を示すグラフ。
【図4】本発明の微生物とバチルス・サブティリスの標準株によるハスモンヨトウへの殺虫効果を示すグラフ。
【図5】本発明の微生物とバチルス・サブティリスの各種標準株によるカへの殺虫効果を示す表。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0018】
本発明に係る微生物は、肉食性昆虫であるクロコウスバカゲロウの幼虫から収集された細菌から、チョウ目害虫であるハスモンヨトウに対する殺虫活性試験による選抜の結果得られた菌株である。
【0019】
アリジゴクとして知られるクロコウスバカゲロウの幼虫は、昆虫を捕食する際に消化酵素や麻痺成分を含む吐き戻し液をその体内に注入し、捕食対象昆虫を麻痺させることが知られている。このとき、吐き戻し液を注入された昆虫には、昆虫病原性微生物が感染した際に観察される黒変現象が認められる。このことから、本発明者は、クロコウスバカゲロウ幼虫期の消化管内に昆虫病原性微生物群及びその毒素が存在し、これが捕食する昆虫の麻痺に関与するものと予測し、クロコウスバカゲロウ幼虫のそ嚢内液中の細菌を単離培養した。そして単離した菌株の中から農業害虫のうち比較的高い割合を占めるチョウ目昆虫の幼虫に対して殺虫効果を示す微生物を探索すべく、各菌株を練り込んだ人工飼料を作成してチョウ目昆虫であるハスモンヨトウの3齢幼虫に経口投与を試みた。その結果、顕著な殺虫活性を示す1菌株を単離し、これをAn11−1株と命名した。
【0020】
上記An11−1株の菌学的性質は、以下に示す通りである。なお、菌学的性質の試験はNCIMBの試験方法および下記既報1〜3に基づいて行った。
既報1:Barrow GI and Feltham RKA, Cowan and Steel's Manual for the identification of Medical Bacteria. 3rd edition, 1993, Cambridge University Press
既報2:坂崎利一、吉崎悦郎、三木寛二:新 細菌培養学講座・下(第二版)、1988、近大出版、東京
既報3:長谷川武治編著、微生物の分類と同定 (下)、1995、学会出版センター
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
上記An11−1株に関する分子系統樹解析の結果を図1、2に示す。なお、図1は近接結合法(MEGA ver. 4.0、塩基置換モデル:Tamura-Nei distance、ガンマ補正距離の計算:DAMBE ver. 5.2.5)により作成した系統樹を、図2は、最尤法(GARLI ver. 0.96、コンセンサス系統樹の計算:Phyutility ver. 2.2)により作成した系統樹を示している。分子系統解析は、Rooneyらの報告(Rooney, AP, et al., Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 2009, 59, 2429-2436.)に基づき、6つのハウスキーピング遺伝子(DNA gyrase α-subunit gene (gyrA)、RNA polymerase β-subunit gene (rpoB)、phosphoribosylaminoimidazole carboxamide formyltransferase gene (purH)、DNA polymerase III α-subunit gene (polC)、60 kDa heat-shock protein groEL gene (groEL)、16S rRNA gene (16S rRNA))の部分配列(gyrA 928 bp、rpoB 964 bp、purH 875 bp、polC 777 bp、groEL 835 bp、16S rRNA 1169 bp)を連結して行った。BLAST相同性検索はアポロン2.0 (テクノスルガ・ラボ、静岡)により行い、データベースとしては国際塩基配列データベースGenBank/DDBJ/EMBLを用いた。その結果、An11−1株はバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)に属しているものと考えられた。
【0024】
そこで、An−11株とバチルス・サブティリスの基準株(B. subtilis NBRC13719)とのDNA−DNAハイブリッド形成試験を行った。その結果、以下の表に示す通り、An11−1株とB. subtilis NBRC13719株は互いに79%の相同性を示した。なお、DNA−DNAハイブリッド形成試験において70%以上の相同性を示す菌株同士は同一種と考えられる。
【0025】
【表3】

【0026】
以上の菌学的性質、分子系統樹解析、及びDNA−DNAハイブリッド形成試験の結果から、An11−1株は、バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)に属する微生物と同定された。しかしながら、バチルス・サブティリスの標準株(Bacillus subtilis 168trpC2)にはハスモンヨトウへの殺虫活性が認められないことから、An11−1株を新菌株と判断した(後述の[試験例2]を参照)。この菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託番号NITE P−997として寄託されている。
【0027】
本発明に係る微生物農薬(害虫防除剤)は、上記の菌株を有効菌として含有するものである。
【0028】
上記菌株は、液体培地を使用し、20〜50℃、pH5〜9で24時間以上の振盪培養を行うことによって調整することが望ましいが、これに限定されるものではなく、例えば、静置培養や固体培地を用いた培養によって調整してもよい。培地の種類は菌が増殖できるものであれば特に限定しないが、例えば、SCD液体培地(ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト・ブロス培地)等を好適に用いることができる。
【0029】
本発明に係る微生物農薬は、上記菌体を含む培養液や培養液を除いた菌体の形で使用されるものとしてもよいが、所定の固体から成る担体に保持させて粒剤や粉剤などの剤型とすることが望ましい。また、所定の液体に分散させて液体製剤としてもよい。なお、菌体を液体培養で調整した場合、該菌体は遠心分離や濾過によって回収され、固体培養で調整した場合、該菌体は培地から掻き取ることによって回収される。
【0030】
上記微生物農薬は、害虫の生息場所に散布し、害虫に摂食させることによりその効果を発揮させることができる。なお、使用量は防除対象とする害虫の種類、使用場所や使用時期、被害の程度などに応じて適宜調整する。
【0031】
また、上記本発明に係る微生物農薬は、種々の害虫、特にチョウ目昆虫やハエ目昆虫を始めとする昆虫の防除に好適に使用することができる。なお、該チョウ目昆虫としては、例えば、ハスモンヨトウなどのヨトウムシ類を始めとするガ又はチョウなどが挙げられ、ハエ目昆虫としては、例えば、カなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
[試験例1]
本発明に係る微生物(Bacillus subtilis An11-1株)を含有する人工餌を作成し、これをチョウ目昆虫であるハスモンヨトウの3齢幼虫に経口投与して殺虫活性の評価を行った。
【0033】
具体的には、まず、500 mLの三角フラスコにSCD液体培地100 mLを加え、そこに本発明に係る微生物を添加して、pH6、37℃で振盪培養を行い、培養開始から48時間後に培地の一部を採取した。採取した培養液を、生菌数が10cell/mLとなるように調整し、調整後の培養液500 μLに乾燥酵母60 mg、アルギン酸ナトリウム10 mg、シュークロース20 mg、アスコルビン酸ナトリウム4 mgを含む300 μL水溶液を添加してからよく混合し、そこに4% CaCl2 200 μLを添加して混合・固化させ、これを1つの人工餌とした。
【0034】
9cmシャーレに上記で作成した人工餌(本発明における微生物農薬に相当)を2つ置き、そこに24時間絶食させたハスモンヨトウ3齢幼虫10匹を載せ、25℃で5日間静置して該人工餌による殺虫効果を評価した。なお、対照として、上記菌液の代わりに滅菌蒸留水500 μLを用いて作成した人工餌と、上記菌液の代わりにSCD液体培地500 μLを用いて作成した人工餌を作成し、上記同様にしてハスモンヨトウの3齢幼虫10匹に経口投与した。
【0035】
以上の結果、図3に示す通り、菌液の代わりに滅菌蒸留水を用いて作成した人工餌を与えた区(比較例1)、及び菌液の代わりにSCD液体培地を用いて作成した人工餌を与えた区(比較例2)では、人工餌の投与後5日目における幼虫の斃死率が5%以下であったのに対し、本発明に係る微生物を含有する人工餌を投与した区(実施例1)では、人工餌の投与後1日目の斃死率が約15%であり、投与後5日目の斃死率は約90%であった(なお、図3のグラフは同一試験を3回行って得られた結果の平均を示したものである)。これにより、本発明に係る微生物がハスモンヨトウに対して顕著な殺虫効果を有することが確認された。
【0036】
[試験例2]
上記試験例1と同様の方法により、本発明に係る微生物を含有する人工餌と、バチルス・サブティリスの標準株(Bacillus subtilis 168trpC2)を含有する人工餌、及び上記菌液の代わりに滅菌蒸留水を使用した人工餌を作成し、それぞれ上記と同様にしてハスモンヨトウの3齢幼虫10匹に経口投与した。
【0037】
その結果、図4に示すとおり、本発明に係る微生物を含有する人工餌を投与した区(実施例2)では投与後6日目における幼虫の斃死率が約85%と高い殺虫効果が認められたのに対し、前記バチルス・サブティリスの標準株を含有する人工餌を投与した区(比較例4)では、投与後6日目における幼虫の斃死率は滅菌蒸溜水を使用した人工餌を投与した区(比較例3)と同程度であり、殺虫効果は認められなかった(なお、図4のグラフは同一試験を3回行って得られた結果の平均を示したものである)。
【0038】
[試験例3]
上記試験例1と同様の方法で培養した本発明に係る微生物を含有する培養液、Bacillus subtilis subtilisの標準株を含有する培養液、Bacillus subtilis spizizeniiの標準菌株を含む培養液、及びBacillus subtilis inaquosorumの標準株を含有する培養液を作成し、ハエ目昆虫であるアカイエカの幼虫10匹が入った水に、10cell/mLに調整した培養液を濁度が0.03になるように添加した。その結果、図5に示すような結果が得られた。具体的には、本発明に係る微生物を含有する培養液ではアカイエカに対して80%以上の高い殺虫効果が認められたのに対し、上記の各標準株を含有する培養液では、Bacillus subtilis subtilisが20%、Bacillus subtilis spizizenii及びBacillus subtilis inaquosorumでは0%と殆ど殺虫効果が認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)An11−1菌株(NITE P−997)。
【請求項2】
バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)An11−1菌株(NITE P−997)を有効成分として含有する微生物農薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−191906(P2012−191906A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59491(P2011−59491)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(592008767)株式会社松本微生物研究所 (6)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】