説明

新規微細藻類、炭化水素の製造方法、及びアシルグリセライドの製造方法

【課題】炭化水素の生産性が高い新規微細藻類及び炭化水素等の製造方法を提供すること。
【解決手段】炭化水素生産能を有する新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。クロロフィル含量が野生株の35〜70質量%であり、クロロフィルa/bが約5である新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株 FERM AP−22179。上記のいずれかに記載の新規微細藻類を培養し、培養物から炭化水素を採取することを特徴とする炭化水素の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素生産能を有する新規微細藻類、その新規微細藻類を用いる炭化水素の製造方法、及びアシルグリセライドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、代替燃料として使用可能な炭化水素の供給源として、炭化水素生産能を有する微細藻類が注目されている。炭化水素生産能を有する微細藻類として、シュードコリシスチス(Pseudochoricystis)が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4748154号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
シュードコリシスチス等の微細藻類を培養する場合、単位体積の培地に含まれるクロロフィル色素の量を一定値以下にする必要がある。単位体積の培地に含まれるクロロフィル色素の量が多すぎると、培地の表面に存在するクロロフィル色素によって光が遮られ、培地の内部に光が到達しにくくなり、培地全体における炭化水素の生産性が低下してしまうからである。
【0005】
シュードコリシスチス等の微細藻類は、弱光を効率的に取り込むために、クロロフィル色素の含有量が多い。そのため、上述した遮光性の点から単位体積の培地に含まれるクロロフィル色素の量を一定値以下に制限すると、単位体積の培地に含まれる微細藻類の量が少なくなってしまい、結果として、炭化水素の生産性が低くなってしまう。
【0006】
本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、炭化水素の生産性が高い新規微細藻類、炭化水素の製造方法、及びアシルグリセライドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)炭化水素生産能を有する新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。
(2)クロロフィル含量が野生株の35〜70質量%であり、クロロフィルa/bが約5である新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。
(3)新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株 FERM AP−22179。
(4)前記(1)〜(3)のいずれか1に記載の新規微細藻類を培養し、培養物(培養された新規微細藻類)から炭化水素を採取することを特徴とする炭化水素の製造方法。
(5)前記(1)〜(3)のいずれか1に記載の新規微細藻類を培養し、培養物(培養された新規微細藻類)からアシルグリセライドを採取することを特徴とするアシルグリセライドの製造方法。
【0008】
前記(1)〜(3)の新規微細藻類を用いて、例えば前記(4)のように炭化水素を製造すると、炭化水素の生産性が高い。その理由は以下のとおりである。
本発明の(前記(1)〜(3)の)新規微細藻類は、クロロフィル含量が、シュードコリシスチス野生株におけるクロロフィル含量の35〜70質量%しかない。そのため、単位体積の培地に含まれるクロロフィル色素の量を一定値とした場合、単位体積の培地に含まれる微細藻類の量は、図1に示すように、本発明の新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株よりも大きくなる。その結果、培地の単位体積当りの炭化水素の生産性は、本発明の新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株よりも高くなる。
【0009】
前記クロロフィル含量とは、微細藻類の全質量においてクロロフィル色素の質量が占める割合である。ここで、微細藻類の全質量、及びクロロフィル色素の質量は、それぞれ乾燥状態での質量である。新規微細藻類におけるクロロフィル含量は、野生株におけるクロロフィル含量の35〜45質量%であることが好ましい。また、前記クロロフィルa/bとは、微細藻類が含むクロロフィルbの質量に対するクロロフィルaの質量比である。新規微細藻類におけるクロロフィルa/bは、4〜6であることが好ましく、4.5〜5.5であることが一層好ましく、4.9〜5.1であることが特に好ましい。
【0010】
本発明の新規微細藻類を培養するための培地としては、微細藻類の培養に通常使用されているものでよく、例えば、各種栄養塩、微量金属塩、ビタミン等を含む公知の淡水産微細藻類用の培地、海産微細藻類用の培地のいずれも使用可能である。栄養塩としては、例えば、NaNO3、KNO3、NH4Cl、尿素などの窒素源;K2HPO4、KH2PO4、グリセロリン酸ナトリウムなどのリン源が挙げられる。また、微量金属としては、鉄、マグネシウム、マンガン、カルシウム、亜鉛等が挙げられ、ビタミンとしてはビタミンB1、ビタミンB12等が挙げられる。培養方法は、通気条件で二酸化炭素の供給とともに攪拌を行えばよい。その際、蛍光灯で12時間の光照射、12時間の暗条件などの明暗サイクルをつけた光照射、又は、連続光照射して培養する。また培養条件も新規微細藻類の増殖に悪影響を与えない範囲内であれば特に制限はされないが、例えば培地のpHは3〜6とすることが好ましく、培養温度は、20〜30℃にすることが好ましい。以上のような条件で培養すると、培養開始から6〜8日程度で炭化水素が採取できる。
【0011】
生産された炭化水素は、培養後の新規微細藻類から採取できる。例えば、フレンチプレスやホモジナイザーなどの一般的な方法により新規微細藻類の細胞を破砕してからn−ヘキサンなどの有機溶媒によって抽出する方法や、細胞をガラス繊維等のフィルター上に回収し、乾燥させてから、有機溶媒などによって抽出する方法が可能である。また、新規微細藻類の細胞を遠心分離で回収し、凍結乾燥して粉末化し、その粉末から有機溶媒で抽出することも可能である。抽出後の溶媒を、減圧又は常圧下で、また加温又は常温で揮散させることにより目的の炭化水素が得られる。
【0012】
本発明の新規微細藻類が生産する炭化水素としては、例えば、炭素数10〜25の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素の1種または2種以上の混合物が挙げられる。
また、本発明の新規微細藻類は、脂肪酸がグリセロールとエステル結合した化合物である、アシルグリセライドも高含量に生産することができる。よって、前記(1)〜(3)の新規微細藻類を用いて、前記(5)のように、アシルグリセライドを製造することができる。アシルグリセライドは、炭化水素と同様に、バイオ燃料として活用することができる。
本発明の(前記(1)〜(3)の)新規微細藻類は、クロロフィル含量が、シュードコリシスチス野生株におけるクロロフィル含量の35〜70質量%しかない。そのため、単位体積の培地に含まれるクロロフィル色素の量を一定値とした場合、単位体積の培地に含まれる微細藻類の量は、図1に示すように、本発明の新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株よりも大きくなる。その結果、培地の単位体積当りのアシルグリセライドの生産性は、本発明の新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株よりも高くなる。生産されたアシルグリセライドは、培養後の新規微細藻類から、炭化水素の採取方法と同様に、採取できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株とを対比する説明図である。
【図2】新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株とについて、クロロフィル含量、クロロフィルa/b、及びクロロフィル当り光合成を表す図である。
【図3】新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株とについて、クロロフィル当り光合成を表すグラフである。
【図4】新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株とについて、培養時間に対する藻体濃度の推移を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.新規微細藻類の創生方法
以下のようにして、本発明の新規微細藻類を創生した。
(ア)寒天培地において、シュードコリシスチス野生株を培養した。このシュードコリシスチス野生株は、特許文献1(特許第4748154号公報)に記載されている、炭化水素生産能を有する微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア セキグチ エト クラノ ジェン エト エスピー ノブ(Pseudochoricystis ellipsoidea Sekiguchi et Kurano gen. et sp. nov.)MBIC11204株である。MBIC11204株は、2005年2月15日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P−20401として寄託され、2006年1月18日付でプタベスト条約の規定下で受託番号FERM BP−10484として国際寄託に移管されている。
【0015】
シュードコリシスチス野生株の培養初期におけるODは0.1であり、ODが1.0となるまで培養を行った。ここで、ODとは微細藻類を含む培地の光学濃度を意味する。光学的濃度は、log(I0/I)で表される。I0は入射光(培地に入射する前の光)の強さ、Iは培地を透過した透過光の強さを示す。また、寒天培地は、蒸留水1Lに下記の試薬を添加して調製したものである。
【0016】
硝酸ナトリウム 1.5g
硫酸マグネシウム七水和物 100mg
リン酸二水素カリウム 35mg
リン酸水素二カリウム 45mg
塩化カルシウム二水和物 9mg
クエン酸鉄アンモニウム 19.6mg
クエン酸 12mg
EDTA-2Na 2mg
ホウ酸 0.07mg
硫酸マンガン五水和物 0.15mg
硫酸亜鉛七水和物 0.30mg
硫酸銅五水和物 0.3mg
モリブデン酸ナトリウム 0.003mg
塩化コバルト六水和物 0.07mg
(イ)前記(ア)の培養後、20mLの培地を取り出し、遠心分離(3000rpm、5分間)により、ペレットを回収した。
(ウ)ペレットを、20mLのクエン酸緩衝液(0.1M、pH5.5)に懸濁し、その懸濁液を、複数のエッペンドルフチューブに、0.5mLずつ分注した。
(エ)NTG溶液((N-メチルーN'ニトロ-N-ニトロソグアニジン)のクエン酸緩衝液)を、各エッペンドルフチューブに加え、よく混和し、室温で1時間放置した。
(オ)遠心分離(10000rpm、3分間)によりペレットを回収し、そのペレットにリン酸緩衝液(0.1M、pH7.0)1mLを加えて洗浄した。
(カ)再度、遠心分離(10000rpm、5分間)によりペレットを回収し、そのペレットにリン酸緩衝液1mLを加えた。
(キ)前記(カ)で得られた液(以下、原液とする)、及び原液を10、102、103、104倍にそれぞれ希釈した希釈液を調製した。
(ク)原液及び各希釈液を、それぞれ寒天培地に広げ、グロースチャンバーで培養した。
(ケ)得られたコロニーの中から、色の薄いものを選別した。
(コ)さらに、シングルコロニーアイソレーション(single colony isolation)を行い、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)よりも色が薄いことを確認した。この色の薄いコロニーに含まれる微細藻類が、本発明の新規微細藻類である。
【0017】
2.新規微細藻類の評価
新規微細藻類の藻類学的性質は、特許文献1に記載されているシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)の藻類学的性質と同様であった。すなわち、新規微細藻類の細胞は楕円形又はやや曲がった腎臓形の形状を有し、主要光合成色素として、クロロフィルa、クロロフィルbを含有している。また、遊走細胞のステージを持たず、二分裂又は四分胞子の形成によって生殖を行う。さらに、ピレノイドを欠く葉緑体を有する 。
新規微細藻類はシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)から創生されたものであること、及び藻類学的性質がシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)と一致することから、新規微細藻類は、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)と同様に、Choricystis属に属すると推察された。
【0018】
しかしながら、新規微細藻類のクロロフィル含量及びクロロフィルa/bを、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)と対比すると、後述するように、新規微細藻類は、シュードコリシスチス野生株に比べて、クロロフィル含量が顕著に少なく、クロロフィルa/bの値が高かった。そこで、新規微細藻類を、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)と同属同種であるが、新規な株であると判断し、シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株と命名した。
【0019】
本発明の新規微細藻類は、平成23年10月21日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受領番号FERM AP−22179として寄託されている。
【0020】
3.新規微細藻類を培養し、培養物から炭化水素及びアシルグリセライドを採取する方法(炭化水素の製造方法、アシルグリセライドの製造方法)
(1)培養及び炭化水素の採取
寒天培地MA5を扁平なガラスフラスコ(稼働容量500ml)に入れ加圧滅菌した。寒天培地MA5に本発明の新規微細藻類を植菌し、通気性のある栓をし、3%のCO2を付加した空気を通気すると同時にフラスコ内の培地を攪拌した。このときフラスコの周囲から白色蛍光ランプにより光を照射し、恒温水槽に浸けて温度を28℃付近に調節して培養を行った。培養は、窒素充分下と、窒素欠乏下においてそれぞれ行った。培養後、新規微細藻類の内部における炭化水素及びアシルグリセライド(以下、炭化水素等とする)の蓄積が光学顕微鏡で確認された。その後、新規微細藻類の細胞をフレンチプレスにより粉砕し、n−ヘキサンを用いる溶媒抽出により、炭化水素及びアシルグリセライドを採取した。採取した炭化水素は、炭素数10〜25の炭化水素であった。
【0021】
また、比較例として、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)を用いて同様の培養を行い、炭化水素等を採取した。採取した炭化水素は、炭素数10〜25の炭化水素であった。
(2)培養の評価
新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)のそれぞれについて、クロロフィル含量、クロロフィルa/b、及びクロロフィル当り光合成を測定した。このクロロフィル当り光合成とは、単位時間に行う酸素発生量、つまり光合成の量を単位量のクロロフィル色素で除した値である。クロロフィル当り光合成は、酸素電極を用いて光合成速度を測定するとともに、別途、微細藻類の濃度およびクロロフィル含量を測定し、それらの結果をあわせて算出する。クロロフィル当り光合成は、窒素充分下で培養した場合と、窒素欠乏下で培養した場合とのそれぞれについて算出した。結果を図2に示す。また、図3は、新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)のそれぞれについて、窒素欠乏下で培養した場合におけるクロロフィル当り光合成の値を示すグラフである。なお、図3の横軸は、培養後の微細藻類の全質量に占める窒素の質量の割合(藻体中N含量)である。
【0022】
新規微細藻類は、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)に比べて、クロロフィル含量が顕著に少なく、クロロフィルa/bの値が高かった。また、新規微細藻類は、窒素充分下と窒素欠乏下とのいずれにおいても、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)に比べて、クロロフィル当り光合成の値が顕著に高かった。
【0023】
上記のように、クロロフィル当り光合成は、新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)よりも大きいのであるから、単位体積の培地が含むクロロフィル色素の量を一定値にした場合、単位体積の培地に含まれる微細藻類による炭化水素等の生産性は、新規微細藻類の方が、シュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)よりも高くなる。
【0024】
また、新規微細藻類とシュードコリシスチス野生株(MBIC11204株)のそれぞれについて、培養中の藻体濃度(培地1L中に含まれる微細藻類の質量)を継続的に測定した。その結果を図4に示す。図4の横軸は培養時間であり、縦軸は藻体濃度である。この図4から、本発明の新規微細藻類は、培養開始から長時間が経過した後でも、藻体濃度が増加しやすいことが確認できた。
【0025】
尚、本発明は前記実施の形態になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
例えば、新規微細藻類の培養方法、及び炭化水素等の製造方法は上記の方法に限定されず、様々な方法を用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素生産能を有する新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。
【請求項2】
クロロフィル含量が野生株の35〜70質量%であり、クロロフィルa/bが約5である新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株。
【請求項3】
新規微細藻類シュードコリシスチス エリプソイディア 5P株 FERM AP−22179。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の新規微細藻類を培養し、培養物から炭化水素を採取することを特徴とする炭化水素の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の新規微細藻類を培養し、培養物からアシルグリセライドを採取することを特徴とするアシルグリセライドの製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−102715(P2013−102715A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247719(P2011−247719)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、農林水産省、革新的なCO2高吸収バイオマスの利用技術の開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(599011687)学校法人 中央大学 (110)
【Fターム(参考)】