説明

新規有用深海細菌

【課題】ポリマー(高分子)を産生する新規な細菌、該細菌を使用してポリマーを製造する方法、及び該方法により製造されたポリマーを提供する。
【解決手段】(A)特定の塩基配列からなるDNA、又は、(B)上記塩基配列と99.5%以上の同一性を有するDNA、を含む16SrRNA遺伝子を有する、ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌、特に、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp.4B株)又はその変異体、該細菌を培養してシスタチオニンを構成成分として含むポリマーを製造する方法、及び製造されたポリマー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、深海底泥から分離された、新規バイオポリマーを産生する新規な細菌、該細菌を使用して該ポリマーを製造する方法、及び該方法により製造された該バイオポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境に対する配慮から、生分解性プラスチックや微生物由来プラスチックが、注目されるようになってきた。特に、微生物由来プラスチック(微生物由来ポリマー)は、廃棄時に自然環境中で生分解性が期待されるばかりではなく、製造時においても、化石燃料の消費が低減されているために、そのライフサイクル全体にわたって、環境に対する負荷が低いものとなる点で注目されている。
【0003】
このような微生物由来ポリマー(高分子)としては、例えば、ポリヒドロキシブチレート及びその誘導体が知られている。特許文献1には、ポリヒドロキシブチレートを産生する特定の細菌を使用して、ポリヒドロキシブチレートを産生させる方法を開示している。
【0004】
しかし、現在、主要な微生物由来ポリマー(高分子)としては、上記のポリヒドロキシブチレートとその誘導体が知られているにすぎない。そこで、新たな微生物由来ポリマー、及び微生物由来ポリマーを産生する新たな微生物が、さらに求められている。
【0005】
さらに、近年、海洋へと流出したプラスチックが、重力によって沈降して、深海へと蓄積して、自然環境を汚染し、海洋の生態系を永続的に損なってゆくことが知られるようになってきた。このような廃棄物は、現実の深海調査でも数多く確認されている。ところが、いわゆる生分解性プラスチックとされているプラスチックであっても、深海での分解はきわめて遅いものが多いことが、最近、わかってきた。そこで、環境への配慮を実効性あるものとするために、深海での良好な分解が期待される微生物由来ポリマー、及びそのようなポリマーを産生する新たな微生物が、さらに求められてきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009―77678号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、新たな微生物(細菌)由来ポリマー、及び微生物(細菌)由来ポリマーを産生する新たな微生物(細菌)が、さらに求められている。
したがって、本発明の目的は、ポリマー(高分子)を産生する新規な細菌、該細菌を使用してポリマーを製造する方法、及び該方法により製造されたポリマーを、提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、長年にわたって、深海底泥から新規な細菌を分離する研究を、鋭意行ってきたところ、ポリマー産生能を有するコクリア属に属する新規細菌を発見して、本発明に到達した。本発明に係る新規細菌は、コクリア属に属する新種の細菌であり、今までに知られていない新規なポリマーを産生する能力を有していた。
【0009】
したがって、本発明は、次の[1]〜[8]にある。
[1]
ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌。
[2]
コクリアに属する細菌が、次の(A)又は(B):
(A)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA
(B)配列番号1に記載の塩基配列と99.5%以上の同一性を有するDNA、
を含む16SrRNA遺伝子を有する、請求項1に記載の細菌。
[3]
ポリマーがシスタチオニンを構成成分として含むポリマーである、請求項1又は請求項2に記載の細菌。
[4]
コクリア属に属する細菌が、コクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)、又はその変異体である、[1]又は[2]に記載の細菌。
[5]
[1]〜[4]のいずれかに記載の細菌を培養して、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
[6]
[1]〜[4]のいずれかに記載の細菌を、次の条件で培養する工程:
0.5〜3.0%のトリプトン、0.1〜2.0%のイーストエクストラクト、0.0〜4.0%の塩化ナトリウム、1.0〜5.0%の単糖を含む培地中で、30〜40℃の温度で、10〜60時間培養する工程、
を含む、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
[7]
[1]〜[4]のいずれかに記載の細菌を、次の条件で培養する工程:
グルコースおよび食塩をそれぞれ3%含むLB培地(LBNG培地)中で、大気圧下で37℃で約20時間培養する工程、
を含む、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
[8]
培養する工程の後に、さらに次の工程:
得られた培養液を、遠心分離して、上清を得る工程、
得られた上清に、エタノールを添加してエタノール沈殿を形成する工程、
を含む、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
[9]
培養する工程の後に、さらに次の工程:
得られた培養液を、遠心分離して、沈殿を得る工程、
得られた沈殿を人工海水で洗浄する工程、
洗浄された沈殿に、水酸化ナトリウム水溶液を添加して分散させて、分散液を調製する工程、
得られた分散液を、遠心分離して、上清を得る工程、
得られた上清に、エタノールを添加してエタノール沈殿を形成する工程、
を含む、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
[10]
[5]〜[9]のいずれかに記載の製造方法によって製造される、シスタチオニンを構成成分として含むポリマー。
[11]
ポリマーを構成するアミノ酸成分のうち、シスタチオニンを60〜90質量%で含む、[10]に記載のポリマー。
[12]
以下の特性:
(i) ポリマーを構成するアミノ酸成分のうち、シスタチオニンを60〜70質量%で含む、
(ii) 生分解性を有する、
(iii) 保水性を有し、水を吸収すると粘性を示す、
(iv) 糖含有量(フェノール・硫酸法):(85±5)重量%、
(v) ウロン酸含有量(カルバゾール・硫酸法): (2±1)重量%、
(vi) 蛋白質含有量(ブラッドフォード法): (13±4)重量%、
(vii) 分子量:重量平均分子量3100万〜3500万、
(viii) 溶媒溶解性:水に可溶、エタノールに不溶、
(ix) IRスペクトル吸収帯(cm-1):3400〜3300、1600、1400、
を有する、[10]に記載のポリマー。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細菌は、新規なポリマーを産生する。本発明の細菌は、深海底泥に由来する細菌である。そこで、本発明によって製造されるポリマー(高分子)は、深海における良好な生分解性が期待される。そこで、本発明によれば、環境負荷が低く、環境への配慮を実効性あるものとした、ポリマー(高分子)材料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は菌体の凝集が目視観察された4B株(Kocuria sp. 4B)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】図2はシスタチオニンを含むポリマーの主なアミノ酸含量を示す図である。
【図3】図3はシスタチオニンを含むポリマーの主な糖の含量を示す図である。
【図4】図4はシスタチオニンを含むポリマーの分子量の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の実施の形態を挙げて、本発明を詳細に説明する。本発明は以下に例示される具体的な実施の形態に限定されるものではない。
【0013】
[細菌]
本発明の細菌は、ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌である。
【0014】
好適な実施の態様において、コクリア属に属する細菌は、次の(A)又は(B):
(A)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA
(B)配列番号1に記載の塩基配列と99.5%以上の同一性を有するDNA、
を含む16SrRNA遺伝子を有する細菌であって、ポリマー産生能を有する細菌である。
【0015】
好適な実施の態様において、上記塩基配列の同一性(又は相同性)は、好ましくは99.4%以上、さらに好ましくは99.5%以上、さらに好ましくは99.6%以上、さらに好ましくは99.7%以上、さらに好ましくは99.8%以上、さらに好ましくは99.9%以上である。
【0016】
好適な実施の一態様において、好適な細菌として、
配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA、又は、
配列番号1に記載の塩基配列から1個又は数個の塩基が付加、置換及び/又は欠失した塩基配列からなるDNA、
を含む16S rRNA遺伝子を有する、ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌を挙げることができる。
【0017】
好適な実施の一態様において、上記塩基の1個又は数個とは、例えば、1〜20個、好ましくは1〜15個、さらに好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜9個、さらに好ましくは1〜8個、さらに好ましくは1〜7個、さらに好ましくは1〜6個、さらに好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜4個、さらに好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個とすることができる。
【0018】
好適な実施の態様において、ポリマー産生能を有するコクリア属に属する細菌として、本明細書に開示されている次の菌株を挙げることができる。
コクリア属新種 4B株(Kocuria sp. 4B)
受託番号:FERM P−22056
【0019】
コクリア属新種細菌 4B株(Kocuria sp. 4B)は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国 〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に、受託番号:FERM P−22056(受領日 2011年1月27日)として、寄託されている。
【0020】
コクリア属新種細菌 4B株は、上記寄託株に制限されず、上記寄託株と実質同等の株であってもよい。本明細書において上記寄託株と実質同等の株とは、コクリア属に属する株であって、本明細書に開示されるポリマー産生能を有し、その16SrRNA遺伝子の塩基配列が、上記寄託株の16SrRNA遺伝子の塩基配列(配列番号1)と99.5%以上、好ましくは99.6%以上、さらに好ましくは99.7%以上、さらに好ましくは99.8%以上、さらに好ましくは99.9%以上、より好ましくは100%の相同性を有し、且つ、好ましくは上記寄託株と同一の菌学的性質を有する株である。
【0021】
好適な実施の態様において、本発明の細菌は、ポリマー産生能を有していれば、上述の菌株の突然変異体(変異株)であってもよい。
【0022】
変異株は、従来からよく用いられている変異剤であるエチルメタンスルホン酸による変異処理、ニトロソグアニジン、メチルメタンスルホン酸などの他の化学物質処理、紫外線照射、或いは変異剤処理なしで得られる、いわゆる自然突然変異によって取得することも可能である。
【0023】
このような変異株が、ポリマー産生能を有することは、一例を示せば、被検体を液体培地の入ったテストチューブに入れ、37℃にて培養し、ポリマー(ポリマー様物質)の産生と蓄積を目視観察することによって試験することができる。また、ポリマー産生能を有する株を含むテストチューブから、寒天培地に播種してプレート培養し、単一のコロニーとしてその株を単離取得することもできる。
【0024】
コクリア属の菌であることを示す菌学的性質は、例えば、バージーズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー(BERGEY‘S MANUAL OF Systematic Bacteriology)(第1巻1984年、第2巻1986年、第3巻1989年、第4巻1989年)に記載されている。
【0025】
[培地]
本発明の細菌の生育に使用する培地としては、例えば、コクリア属に属する細菌が生育できる培地を使用することができ、具体的には、LB培地、LBN培地、LBNG培地、MB培地が挙げられるがこれらに限定されるものではない。本発明の細菌の生育に使用する培地は、本発明の細菌が資化し得る炭素源、例えばグルコース等、及び本発明の細菌が資化し得る窒素源を含有し、窒素源としては有機窒素源、例えば硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム等を含有することができる。さらに所望により、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン等の陽イオンと硫酸イオン、塩素イオン、リン酸イオン等の陰イオンとからなる。炭素源の濃度は0.01〜10%程度である。また、無機塩類の濃度は、例えば0.001〜5%程度である。
【0026】
LB培地は、一般にトリプトン 1% (w/v)、酵母エキス 0.5% (w/v)、塩化ナトリウム 1% (w/v)を含む培地であり、処方により塩濃度を変化させることがある。LBN培地は、一般にLB培地の塩化ナトリウム濃度を3%としたものであり、処方により寒天を2%添加してもよい。LBNG培地は、LBN培地に、一般に3%のグルコースを添加したものであり、処方により寒天を2%添加してもよい。MB培地の組成は、Difcoのマリンブロス培地粉末を3.74%含む培地であり、処方により寒天を2%添加してもよい。
【0027】
[ポリマー]
本発明の細菌は、海洋環境、特に低温高圧の深海において、ポリマーを産生する能力を有している。従って、本発明の細菌を使用すれば、常温常圧や常温高圧、あるいは低温高圧の環境下において、エネルギー効率よくかつ熱分解を招くことなく、ポリマーを製造することができる。好ましい実施の態様において、本発明の細菌は、加圧条件下の培養によって、好適にポリマーを産生することができる。加圧条件下の培養において、本発明の細菌は、増殖速度が増大すると同時に、ポリマーの産生速度も増大する。一方で、一般的な細菌は、加圧条件下では、増殖が抑制され、あるいは死滅する。このために、加圧条件下の培養によれば、他の細菌の混入による産生物の汚染(コンタミネーション)が低減すために、好適にポリマーを製造することができる。
【0028】
産生されたポリマーをいったん分離して、これをコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)と混合して、低栄養条件で培養を行ったところ、菌の増殖に応じて、ポリマーが消費されることが観察された。このように、このポリマーは、深海底に分布するコクリア属細菌4B株によって、生分解されるものであった。すなわち、産生されたポリマーは、海洋環境、特に深海の環境における天然素材であり、深海底においても、通常のプラスチック廃棄物のように蓄積されることはなく、生分解されるものである。
また、産生されたポリマーを分離して、これを河川水中に一定期間浸漬したところ、ポリマーの分子量が、上記の巨大分子量から、分子量数千にまで減少した。このように、このポリマーは、深海底に限られることなく、陸上環境に近い淡水中環境中で生分解されるものである。
【0029】
本発明によって得られるポリマーは、ポリマーを構成するアミノ酸成分について、シスタチオニンを主要な構成成分(繰り返し単位)として含む新規なポリマーである。
シスタチオニンは、ホモシステインとセリンより、シスタチオニンβ-シンターゼの触媒によって作られるシステイン合成の中間体として知られる。シスタチオニンは、2−アミノ−4−[(2―アミノ−2−カルボキシエチル)チオ]酪酸であり、アミノ酸の側鎖がS(硫黄原子)を介して会合した二量体様の構造を有する。シスタチオニンは、医薬、健康保健薬およびそれらの原料とされる物質であるが、シスタチオニンが高分子物質に含まれている例はこれまでにない。シスタチオニンを含むポリマーは、本発明によって得られるポリマーが初めてのものである。さらにこのようなポリマーが、細菌によって合成されるという点からも、今までに全く例がない。本発明によるポリマーは、ポリマーとして全くの新規物質であり、さらに、シスタチオニンと同様に医薬、健康保健薬およびそれらの原料として有用であり、深海底での生分解性の点からも有用なポリマーである。
【0030】
好適な実施の態様において、上記ポリマーは、そのアミノ酸成分のうちシスタチオニンを、好ましくは30〜90質量%、さらに好ましくは40〜90質量%、さらに好ましくは50〜90質量%、さらに好ましくは60〜90質量%、さらに好ましくは60〜80質量%、さらに好ましくは60〜75質量%、さらに好ましくは60〜70質量%の範囲で、含有する。
【0031】
[ポリマーの産生]
本発明の細菌は、次の条件で培養する工程:
0.5〜3.0%のトリプトン、0.1〜2.0%のイーストエクストラクト、0.0〜4.0%の塩化ナトリウム、1.0〜5.0%の単糖を含む培地中で、30〜40℃の温度で、10〜60時間培養する工程、
を行うことによって、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造することができる。培地の成分の含有量(濃度)は、液体培地1リットルあたりに10gの成分を添加したときに、1.0%と表記する。
【0032】
上記培養において、トリプトンは、一般に0.5〜3.0%の範囲、好ましくは1.0〜2.0%の範囲、さらに好ましくは1.3〜1.7%の範囲、特に好ましくは1.5%を、添加して使用することができる。使用できるトリプトンとしては、特に制限はなく、培地に添加して使用される一般的なトリプトンを使用することができる。上記培養において、イーストエクストラクト(酵母抽出物)は、一般に0.1〜2.0%の範囲、好ましくは0.2%〜1.0%の範囲、さらに好ましくは0.3〜0.7%の範囲、特に好ましくは0.5%を、添加して使用することができる。使用できるイーストエクストラクト(酵母抽出物)としては、特に制限はなく、培地に添加して使用される一般的なトリプトンを使用することができる。上記培養において、塩化ナトリウムは、一般に0.0〜4.0%の範囲、好ましくは0.5〜4.0%の範囲、さらに好ましくは2.7〜3.3%の範囲、特に好ましくは3.0%を、添加して使用することができる。塩化ナトリウムの濃度は0%とすることもできる。
【0033】
上記培養において、単糖は、一般に1.0〜5.0%の範囲、好ましくは2.0〜4.0%の範囲、さらに好ましくは2.5〜3.5%の範囲、特に好ましくは3.0%を、添加して使用することができる。回収することができる程度の十分な量のポリマーを産生させるためには、単糖の添加は必須である。単糖としては、培地に添加して使用される単糖を使用することができ、例えば、好ましくは、C5〜C6のケトース、C5〜C6のアルドースなどを使用することができる。具体的な単糖としては、例えば、キシロース、フルクトース、グルコース、マンノース、ガラクトースなどを挙げることができる。特に好ましい単糖は、グルコースである。このような成分を含む好適な培地として、グルコースを含むLB培地を挙げることができる。
【0034】
また、好適な実施の態様において、上記培養は、上述の成分に加えて、アミノ酸を、培地に添加して使用することができる。アミノ酸としては、一般に培地に添加して使用されるアミノ酸であれば特に制限無く使用することができ、一般に1.0〜5.0%の範囲、好ましくは2.0〜4.0%の範囲、さらに好ましくは2.5〜3.5%の範囲、特に好ましくは3.0%を、添加して使用することができる。好適な実施の態様において、アミノ酸として、グルタミン酸を、上記濃度で添加して使用することができる。さらに、好適な実施の態様において、上記培養は、上述の成分に加えて、エタノールを、培地に添加して使用することができる。エタノールは、一般に1.0〜5.0%の範囲、好ましくは2.0〜4.0%の範囲、さらに好ましくは2.5〜3.5%の範囲、特に好ましくは3.0%を、添加して使用することができる。
【0035】
上記培養の温度は、一般に30〜40℃の範囲、好ましくは33〜39℃の範囲、さらに好ましくは35〜38℃の範囲、特に好ましくは37℃とすることができる。上記培養の時間は、所望とするポリマーの産生を確認することによって適宜増減して行うことができるが、例えば、一般に10〜60時間、好ましくは15〜50時間、さらに好ましくは20〜40時間とすることができ、例えば、20時間、36時間、40時間などとすることができる。
【0036】
上記培養は、常圧(大気圧)で行うことができるが、大気圧以上の高圧で行うことができる。好ましい実施の態様において、大気圧(0.0101325MPa)〜50MPaの範囲、あるいは大気圧(0.0101325MPa)〜30MPaの範囲とすることができる。高圧条件としては、例えば、10〜50MPaの範囲、あるいは10〜30MPaの範囲とすることができる。高圧条件は、本発明の細菌に対しては増殖に有利な条件であると同時に、通常の細菌及び微生物にとっては増殖に不利な条件となるので、意図しない細菌や微生物の混入や増殖による汚染(コンタミネーション)を防ぐことができるという点から、特に有利に培養を行うことができる。
【0037】
好適な実施の態様において、上記培養は、例えば、次の条件で培養する工程(i)〜(v)のいずれかの工程によって行うこともできる。
(i) グルコースを3%含むLBN培地中で、30℃で約36時間培養する工程
(ii) グルコースを3%含むLBN培地中で、37℃、20MPaで約20時間培養する工程
(iii) グルコース以外の単糖を3%含むLBN培地中で、37℃で約20時間培養する工程
(iv) グルタミン酸を3%含むLBN培地中で、37℃で約20時間培養する工程
(v) エタノールおよびグルコースを3%ずつ含むLBN培地中で、37℃で約40時間培養する工程
【0038】
[ポリマーの分離]
上述のような培養によって産生されたポリマーは、以下に説明する工程によって、細菌の菌体から分離して得ることができる。培養によって産生されたポリマーには、菌体に付着した繊維状のネットワークを形成している状態のポリマー(菌体付着型ポリマー)と、菌体に付着することなく培養液中に遊離して分散している状態のポリマー(遊離型ポリマー)とがある。
【0039】
遊離型ポリマーは、培養して得られた培養液に対して遠心分離を行い、得られた上清から得ることができる。例えば、得られた上清にエタノールを添加して、エタノール沈殿を形成させて、このエタノール沈殿を回収することによって、得ることができる。
【0040】
上記遠心分離は、上清と沈殿の分離を目安に条件を調整することができるが、例えば、500〜20000G、好ましくは1000〜15000G、さらに好ましくは1500〜10000G、さらに好ましくは3000〜10000Gの範囲の加速度で、例えば、120〜5分間、好ましくは60〜10分間、さらに好ましくは45〜15分間の遠心処理によって、行うことができる。添加するエタノールは、一般的なエタノールを使用することができるが、高純度のエタノールを使用することが好ましく、例えば、99.0〜99.9%、好ましくは99.4〜99.9%の濃度(純度)のエタノールを使用することができる。エタノール沈殿の形成のためのエタノールの添加量は、例えば、上清の体積に対して、同体積から3倍量(3倍の体積)の範囲、あるいは、上清の体積に対して、1.5倍量(1.5倍の体積)から2.5倍量(2.5倍の体積)、あるいは、上清の体積に対して、2倍量(2倍の体積)とすることができる。エタノール沈殿は、遠心分離やデカンテーションなどによって回収することが出来る。
【0041】
菌体付着型ポリマーは、培養して得られた培養液に対して遠心分離を行い、得られた沈殿を人工海水で洗浄し、水酸化ナトリウム水溶液を加えて沈殿を分散させて分散液を調製し、この分散液に遠心分離を行い、得られた上清にエタノールを添加して、エタノール沈殿を形成させて、このエタノール沈殿を回収することによって、得ることができる。
【0042】
上記人工海水による洗浄は、近似の塩濃度の水溶液によって行うこともできるが、人工海水によることが好ましい。洗浄は、複数回行うことができる。人工海水によって洗浄された沈殿は、水酸化ナトリウム水溶液を加えて水酸化ナトリウム水溶液は、例えば、0.05〜0.50M、好ましくは0.10〜0.40M、さらに好ましくは0.15〜0.35M、さらに好ましくは0.20〜0.30Mの範囲の水酸化ナトリウム水溶液を、使用することができる。水酸化ナトリウム水溶液の添加量(体積)は、最初の遠心分離に供した培養液の体積に応じて決定することが好ましく、培養液の体積に対して、例えば、10〜50%、好ましくは20〜40%、さらに好ましくは25〜35%の体積にあたる体積を、生じた沈殿に加えて、分散させることが好ましい。分散を十分に行うために、例えば、振とうや撹拌を行ってもよい。振とうの時間は、分散が十分に行われることを目安として適宜調製することができるが、例えば、30分〜4時間、好ましくは1〜3時間、行うことができる。分散のための振とうは、例えば20〜37℃の範囲、例えば25〜35℃の範囲、例えば28〜32℃の範囲で、行うことができる。遠心分離は、上清と沈殿の分離を目安に条件を調整することができるが、例えば、500〜20000G、好ましくは1000〜15000G、さらに好ましくは1500〜10000G、さらに好ましくは3000〜10000Gの範囲の加速度で、例えば、120〜5分間、好ましくは60〜10分間、さらに好ましくは45〜15分間の遠心処理によって、行うことができる。添加するエタノールは、一般的なエタノールを使用することができるが、高純度のエタノールを使用することが好ましく、例えば、99.0〜99.9%、好ましくは99.4〜99.9%の濃度(純度)のエタノールを使用することができる。エタノール沈殿の形成のためのエタノールの添加量は、例えば、上清の体積に対して、同体積から3倍量(3倍の体積)の範囲、あるいは、上清の体積に対して、1.5倍量(1.5倍の体積)から2.5倍量(2.5倍の体積)、あるいは、上清の体積に対して、2倍量(2倍の体積)とすることができる。エタノール沈殿は、遠心分離やデカンテーションなどによって回収することが出来る。
【0043】
菌体付着型ポリマーと、遊離型ポリマーとは、それを得るための操作が、上記のように異なるものとなっていたが、エタノール沈殿として回収した後に、これに対して種々の比較を行ったところ、その性質は同じであり、区別をすることができないものであった。すなわち、培養によって産生されたポリマーは、全く同じポリマーの一部が、菌体に付着して存在し、残る一部が、培養液中に菌体から遊離して分散した状態で存在するものとなっていた。菌体に付着したポリマーは、遠心分離によって沈殿として回収されるものであり、光学顕微鏡による目視観察では菌体の凝集の形成として観察されるものであるが、後述するように、電子顕微鏡写真によれば繊維状のネットワークの形成として観察されるものであった。すなわち、分散液として可溶化されたポリマーは、極小の繊維を形成可能な材料である。
【0044】
[ポリマーの特性]
培養によって産生されたポリマーは、次のような特性を有する:
(i) ポリマーを構成するアミノ酸成分のうち、シスタチオニンを60〜70質量%で含む、
(ii) 生分解性を有する、
(iii) 保水性を有し、水を吸収すると粘性を示す、
(iv) 糖含有量(フェノール・硫酸法):(85±5)重量%、
(v) ウロン酸含有量(カルバゾール・硫酸法): (2±1)重量%、
(vi) 蛋白質含有量(ブラッドフォード法): (13±4)重量%、
(vii) 分子量:重量平均分子量3100万〜3500万、
(viii) 溶媒溶解性:水に可溶、エタノールに不溶、
(ix) IRスペクトル吸収帯(cm-1):3400〜3300、1600、1400。
ただし、重量%は、ポリマーの乾燥質量に対する各成分の含有量を示している。
【0045】
ポリマーを構成するアミノ酸成分に含まれる、シスタチオニンの含有量は、既に説明した通りである。糖含有量は、好ましくは50〜90重量%、さらに好ましくは50〜80重量%である。ウロン酸含有量は、好ましくは0.5〜5重量%、さらに好ましくは1〜3重量%である。タンパク質含有量は、好ましくは7〜40重量%、さらに好ましくは15〜40重量%である。分子量は、重量平均分子量として、好ましくは3000万〜4000万、さらに好ましくは3100万〜3500万、さらに好ましくは3200万〜3400万である。
【実施例】
【0046】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。特にことわりのない限り、%は質量%である。また、培地中の成分の%は、培地1リットル中に10gを含むときに1.0%である。
【0047】
[細菌の分離]
以下の分離源及び培地を使用して細菌の分離を行った。
分離源:
日本海溝陸側斜面、深度6181m,40°6.025 N,144°10.997 E,からコアサンプラーによって採取した海底底泥(MBARIコアにて採取、シロウリガイ群集近辺)を分離源として使用した。
分離に用いた培地:
1リットルの溶液中に、トリプトン15g、イーストエクストラクト5g、塩化ナトリウム30g、グルコースを30gを溶解して液体培地とした。この培地は、トリプトン(Difco)を1.5%、イーストエクストラクト(Difco)を0.5%、塩化ナトリウムを3.0%、グルコースを3.0%含むと表記する。また、液体培地の1リットルにさらにアガロース20gを溶解して寒天培地とした。この寒天培地はアガロースを2.0%含むと表記する。
【0048】
以下の分離手順によってスクリーニングを行った。
分離手順:
1.上記分離源の底泥を、人工海水に懸濁させた懸濁液100μlを、2ml容プラスチックチューブ中の液体培地に植菌し、30MPaにて37℃で1週間静置培養した。
2.培養後、液体培地中に目視観察によって不溶性の物質が形成されたものについて、その不溶性物質を寒天培地に塗布し、大気圧にて37℃で1週間培養した。
3.画線培養を繰り返し、単一のコロニーとして、ポリマーを産生する細菌4B株を得た。
【0049】
[細菌の同定]
分離された単一のコロニーの細菌を、以下の方法によって同定した。
16SrRNA遺伝子解析による分類
走査型・透過型電子顕微鏡による形態観察
糖資化性試験による生化学的特性の解析
細胞膜の脂肪酸組成の解析による近縁種との比較
DNA-DNAハイブリダイゼーションによる近縁種との比較
【0050】
[16SrRNA遺伝子配列による同定]
スクリーニングによって選出した4B株を、次のように同定した。生理学的試験は一般的な方法に従って行った。同定にはBergey’s Manual of Systematic Bacteriology, Baltimore:WILLIAMS & WILKINS Co.,(1984)を参考にした。また、米国BIOLOG社製の細菌同定システムも使用した。16S rRNA遺伝子の増幅はダイレクトPCR法を用い、プライマーにはバクテリア16S rRNA遺伝子のほぼ全長を増幅することのできる27F及び1492Rのプライマーセットを使用した。配列解析は、Applied Biosystems Co., のモデル3130xl ジェネティックアナライザを用いて行なった。これらの解析結果ならびに染色体DNA相同試験より、4B株は、コクリア属の新種であることが判明した。
【0051】
[形態学的・生理学的諸性質試験]
分離された4B株は、好気性のグラム陽性菌で、形態学的・生理学的諸性質は、次の通りである。

形態:球菌、べん毛なし

糖資化性:Dextrin、Cellobiose、D-fructose、α-D-glucose、maltotriose、D-mannose、Palatinose、D-psicose、D-raffinose、D-ribose、Salicin、Sucrose、Turanose、L-malic acid、Pyruvic acid、Adenosine、β-cyclodextrin、amygdalin、arbutin、lactulose、maltose、3-methyl D-galactoside、β-methyl D-glucoside、D-trehalose、Inosine、Thymidine、Uridine、D-L-α-glycerol phosphate


次の表1に糖資化性を、近縁種と比較して示す。
【0052】
【表1】

【0053】
[菌体脂肪酸組成]
HPLC法を用いて分離された菌株の細胞膜脂肪酸組成を同定したところ、コクリア4B株は、イソペンタデカン酸(iso-C15:0)を主成分として生産する菌株として特徴付けられた。コクリア4B株の細胞膜組成は、次の通りである。

細胞膜組成:iso-C14:0:1.5%, anti iso-C15:0:62.5%, iso-C16:0:13.1%, C16:0:2.6%, anti iso-C17:0:17.5%

次の表2に細胞膜の脂肪酸組成を、近縁種と比較して示す。
【0054】
【表2】

【0055】
[16S rRNA遺伝子の塩基配列の比較]
分離株(コクリア属新種細菌4B株)から染色体DNAを調整し、これをテンプレートとしてダイレクトPCRによって各菌株の16S rRNA遺伝子のほぼ全長を増幅し、その塩基配列を決定した。配列表の配列番号1に、このように決定した、本発明に係るコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)の16S rRNA遺伝子の1463塩基の塩基配列を示す。さらに、得られた配列情報をもとに相同性検索を行った。近縁種との相同性(%)の比較一覧を、次の表3に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
このように、コクリア4B株は、コクリア クリスティーナKocuria kristinae と16SrRNA遺伝子の相同性が99.3%を示した。
【0058】
[DNA-DNAハイブリダイゼーションによる近縁種との比較]
分離株YI#4B株と、16SrRNA遺伝子の相同性検索の結果として最近縁種であったコクリア クリスティーナの量菌株とから、それぞれゲノムDNAを抽出し、DNA−DNAハイブリダイゼーションによって相同性を調べた。その結果、2株のゲノムDNAの相同性は約50%であった。すなわち、分離株4B株は、最近縁種であるコクリア クリスティーナとも、全く異なった種の細菌であった。
【0059】
以上の結果から、分離株4B株(4B株)は、コクリア属の新種であることが判明した。このコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)の16S rRNA遺伝子の塩基配列を、配列表の配列番号1に示す。
【0060】
分離したコクリア属新種細菌4B株は、平成23年(2011年)1月27日に、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6)に寄託した。受託番号は以下である。
コクリア属新種 4B株 (Kocuria sp. 4B)
受託番号:FERM P−22056
【0061】
[ポリマーの製造]
深海底泥から分離されたコクリア属新種 4B株を培養してポリマーを産生させて、ポリマーを製造した。
[細菌の培養]
本菌は、トリプトン(Difco)を1.5%、イーストエクストラクト(Difco)を0.5%含む液体もしくは寒天培地中で、大気圧下にて37度で培養した。
[細菌によるポリマーの産生]
本菌は、上記の培地に3%のグルコース及び3%の塩化ナトリウムを添加した液体培地中で、大気圧下にて37度で培養することにより、培養約20時間前後には菌体周辺および培地中に多量の高分子物質(ポリマー)を産生した。ポリマーの産生と蓄積は、培養開始後約11時間から始まり、時間の経過とともに蓄積量が増えて、培養開始後約20時間後には十分な量のポリマーが蓄積しており、さらに時間の経過とともに蓄積量は増大したが、培養開始後約24時間後にはポリマーが容器内部全体を覆って、以後は顕著な蓄積の増大は見られなかった。
【0062】
予備的な実験において、上記の培地中の塩化ナトリウム濃度を0%として、培養を行ったところ、3%の塩化ナトリウム濃度とした上記培地と比較して、ポリマーは、やや少ないが、ほぼ同程度に回収された。このように、培地中の塩化ナトリウム濃度、及び塩化ナトリウムの有無は、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)によるポリマーの産生に大きな影響を与えないものであった。
また、別な予備的な実験において、上記の培地中のグルコース濃度を0%として、培養を行ったところ、3%のグルコース濃度とした上記培地と比較して、ポリマーの産生は、量的にきわめて少なく、電子顕微鏡によって観察することが可能な程度の量の産生は確認されたが、ポリマーとしてはほとんど回収することができなかった。このように、培地中へのグルコースの添加は、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)によるポリマーの産生に実質的に必須のものであった。
【0063】
予備的な実験において、上記培養を加圧下において行った。20MPaの圧力下で加圧培養を行ったところ、大気圧下での培養と比較して、菌の増殖速度は2倍となり、これに伴って、ポリマーの産生の速度(単位時間あたりの産生量)も、約2倍となった。このように、コクリア属新種細菌4B株(Kocuria sp. 4B)の増殖とポリマーの産生は、加圧下の培養によって増大するものであった。
【0064】
[ポリマーの産生の確認]
培養によってポリマーが産生されたことは、次のように確認した。
菌体を培養後、培養液を光学顕微鏡で観察し、菌体の凝集を目視で確認した。菌体の凝集は、菌体周囲に蓄積した生産物によって起きていた。さらに、凝集した菌体を走査型電子顕微鏡にて観察し、糸状の生産物の蓄積が生じていることを確認した。
【0065】
図1は、菌体の凝集が目視観察された4B株(Kocuria sp. 4B)の走査型電子顕微鏡写真である。写真右下のバーは、100nmを示している。電子顕微鏡写真は、粒状の菌体の外部に、多数のポリマーが繊維状(糸状)に蓄積されていることを示している。図1から、電子顕微鏡写真によっても、4B株が、ポリマーを産生していること、ポリマーは菌体外部に分泌されて蓄積されていること、ポリマーが繊維状になって存在していること、が示された。このように、菌体の凝集が目視観察された場合には、電子顕微鏡による観察によっても、菌体外に繊維状(糸状)のポリマーが産生されて蓄積されたものとなっていた。
【0066】
[ポリマーの分離]
上記の条件での培養の後に、次の条件で、菌体外部に蓄積されたポリマーを分離した、
グルコースを3%含むLB培地にて、4B株を、37℃にて約20時間培養し、菌体の凝集を目視観察にて確認した後に、得られた培養液に対して、7500G×30分の遠心分離を行った。
【0067】
遠心分離によって得られた上清に99.5%のエタノールを等量(体積)加えて、生じた沈殿をデカンテーションによって得た。このようにして、上清中に含まれていた生産物を分離した。このようにして分離された生成物は、菌体外部に蓄積されたポリマーのうち、培地に溶解又は分散していたポリマー(遊離型)に相当する。
【0068】
また、遠心分離によって得られた沈殿を人工海水で洗浄し、0.25Mの水酸化ナトリウム溶液を培地の30%量(体積)加え、30度で2時間振とうし、その後7500G×30分の遠心分離して得られた上清に、99.5%のエタノールを2倍量(体積)加えて、生じた沈殿をデカンテーションによって得た。このようにして、沈殿中に含まれていた生産物を分離した。このようにして分離された生成物は、菌体外部に蓄積されたポリマーのうち、菌体に付着して存在していたポリマー(菌体付着型)に相当する。
【0069】
上述のように、光学顕微鏡、及び電子顕微鏡による観察と、遠心分離の処理によって明らかになったとおり、培養によって産生されたポリマーには、菌体に付着した繊維状のネットワークを形成している状態のポリマー(菌体付着型ポリマー)と、菌体に付着することなく培養液中に遊離して分散している状態のポリマー(遊離型ポリマー)とがあった。これら菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーは、エタノール沈殿として回収されるまでに必要となる操作は、上述のように異なったものであったが、回収したエタノール沈殿を蒸留水に溶解して、ポリマー溶液とした後には、どのような操作に対しても、その性質に違いを見いだすことができず、区別をすることができないものであった。そこで、以下の測定では、エタノール沈殿から蒸留水に溶解して調製した、菌体付着型(細胞付着型)のポリマー溶液に対する測定の結果を、菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーを代表して示す。
【0070】
[ポリマーの同定および成分の測定]
分離したポリマーを次のような方法でさらに精製し、同定および成分の分析を行った。
【0071】
[ポリマーの精製]
上記の方法で分離した産生物(エタノール沈殿物)を、蒸留水に溶かし、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分子量分画し、最も分子量の大きなピークにあたる画分を取得して、精製した。ゲルろ過クロマトグラフの充填剤には、Sepharose S-500 HR (GE Healthcare)を用いた。
【0072】
[赤外吸収スペクトルの測定]
精製したポリマーは、Spectrum 65 FT-IR (PerkinElmer)を用いて、赤外吸収スペクトルの測定を行った。
【0073】
[糖組成の測定]
精製したポリマーは、フェノール・硫酸法で糖の定性・定量測定を行った。分析はガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)GCMS-QP5050A(島津製作所)を用い、カラムはDB-5(J&W Scientific)を用いた。糖の定量のために、スタンダードとしてグルコース、ガラクトース、マンノース、イノシトール、ラムノース、キシロース、フコースを用い、検量線を作成した。
【0074】
[酸性糖の測定]
精製したポリマーは、m-ヒドロキシビフェニル法で酸性糖の定性・定量測定を行った。分析はガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー(GC/MS)GCMS-QP5050A(島津製作所)を用い、カラムはDB-5(J&W Scientific)を用いた。酸性糖の定量のために、スタンダードとしてアルギン酸、ガラクツロン酸を用い、検量線を作成した。
【0075】
[アミノ酸組成の測定]
精製したポリマーは、6NHClを用いて、110〜125℃で20〜24時間加水分解処理を行い、日立製L-8900アミノ酸分析計を用いアミノ酸組成の測定を行った。各アミノ酸の標準試料を用いそれぞれの分析値の定量を行った。
【0076】
[分子量の測定]
精製したポリマーの分子量は、高速液体クロマトグラフシステムShimadzu 10A GPC(島津製作所)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて行った。検出器としてRID-10A示差屈折計を用い、カラムはOHPac SB-805 HQ(Shodex)を使用した。溶離液は蒸留水を使用した。検量線は、スタンダードMw = 5000 から 8000000 の8点(STANDARD P-82 (Shodex))を用いて作成した。
【0077】
[ポリマーの同定された特性]
菌体付着型ポリマー及び遊離型ポリマーは、上述のように、回収したエタノール沈殿を蒸留水に溶解してポリマー溶液とした後には、その性質は区別ができないものであった。このポリマーは、糖およびアミノ産を含む高分子物質であった。特に、高分子を構成するアミノ酸の70質量%がシスタチオニンであった。シスタチオニンを含むポリマーの報告は天然及び合成を含めてこれまでになく、このポリマーは、全く新しいポリマーであった。ポリマー分子は、重量平均分子量3300万を超える超巨大高分子であった。
【0078】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた、アミノ酸成分含量を次の表4に示す。図2に表4のデータを円グラフとして示す。図2はシスタチオニンを含むポリマーの主なアミノ酸含量を示す図である。
【0079】
【表4】

【0080】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた、糖の含量(糖の組成)を次の表5に示す。図3に表5のデータを円グラフとして示す。図3はシスタチオニンを含むポリマーの主な糖の含量を示す図である。
【0081】
【表5】

【0082】
生産される高分子物質(ポリマー)の分析の結果として得られた分子量測定結果として、分子量測定のために行ったクロマトグラフィーによる微分分子量曲線を、図4に示す。図4のグラフには、グラフの右側から、4つのピークが確認され、最も大きなピークは右端のピーク(表6のピーク番号 1)であり、その左側に小さなピーク(表6のピーク番号 2)、そのすぐ左側に極小のピーク(表6のピーク番号 3)、その左側に小さなピーク(表6のピーク番号 4)がある。これらのピーク番号1〜4のピークについての分子量等の値を、次の表6に示す。
【0083】
【表6】

【0084】
ピーク番号1に示されるように、重量平均分子量3300万を超える超巨大高分子が、このシスタチオニンを含むポリマーの実体であった。その他の小さなピーク(ピーク番号2〜4)は、量的にも少なく、ピーク番号1に示される超巨大高分子の分解物であると考えられる。
【0085】
[ポリマーの生分解性]
産生されたポリマーをいったん分離して、これをコクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)と混合して、低栄養条件で培養を行ったところ、菌の増殖に応じて、ポリマーが消費されることが観察された。このように、このポリマーは、生分解されることが確認された。
産生されたポリマーを分離して、これを河川水中に一定期間浸漬したところ、ポリマーの分子量が、上記の巨大分子量から、分子量数千にまで減少した。このように、このポリマーは、深海底に限られることなく、陸上環境に近い淡水中環境中で生分解されるものであることが、確認された。
【0086】
このシスタチオニンを含むポリマーは、次のような性質を有する。
(1)生分解性を有する
(2)保水性が高く、水を吸収すると粘性を示す。
(3)糖含有量(フェノール・硫酸法):(85±5)重量%
(4)ウロン酸含有量(カルバゾール・硫酸法): (2±1)重量%
(5)蛋白質含有量(ブラッドフォード法): (13±4)重量%
(6)分子量:重量平均分子量3300万以上。
(7)溶媒溶解性:水に可溶、エタノールに不溶。
(8)IRスペクトル吸収帯(cm-1):3400〜3300、1600、1400。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明は、ポリマーを産生する新規細菌を提供するものである。本発明によれば、該細菌を使用して新規ポリマーを製造することができる。本発明は、産業上有用な発明である。
【配列表フリーテキスト】
【0088】
[配列表の説明]
配列表の配列番号1は、本発明に係るコクリア属新種細菌4B株(Kocuria.sp. 4B)(受託番号:FERM P−22056)の16S rRNA遺伝子の1463塩基である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(A)又は(B):
(A)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA
(B)配列番号1に記載の塩基配列と99.5%以上の同一性を有するDNA、
を含む16SrRNA遺伝子を有する、ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌。
【請求項2】
コクリア属細菌4B株(Kocuria sp. 4B株)(受託番号:FERM P−22056)である、ポリマー産生能を有する、コクリア属に属する細菌。
【請求項3】
ポリマーがシスタチオニンを構成成分として含むポリマーである、請求項1又は請求項2に記載の細菌。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の細菌を培養して、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の細菌を、次の条件で培養する工程:
0.5〜3.0%のトリプトン、0.1〜2.0%のイーストエクストラクト、0.0〜4.0%の塩化ナトリウム、1.0〜5.0%の単糖を含む培地中で、30〜40℃の温度で、10〜60時間培養する工程、
を含む、シスタチオニンを構成成分として含むポリマーを、製造する方法。
【請求項6】
請求項4〜5のいずれかに記載の製造方法によって製造される、シスタチオニンを構成成分として含むポリマー。
【請求項7】
ポリマーを構成するアミノ酸成分のうち、シスタチオニンを60〜90質量%で含む、請求項6に記載のポリマー。
【請求項8】
以下の特性:
(i) ポリマーを構成するアミノ酸成分のうち、シスタチオニンを60〜70質量%で含む、
(ii) 生分解性を有する、
(iii) 保水性を有し、水を吸収すると粘性を示す、
(iv) 糖含有量(フェノール・硫酸法):(85±5)重量%、
(v) ウロン酸含有量(カルバゾール・硫酸法): (2±1)重量%、
(vi) 蛋白質含有量(ブラッドフォード法): (13±4)重量%、
(vii) 分子量:重量平均分子量3100万〜3500万、
(viii) 溶媒溶解性:水に可溶、エタノールに不溶、
(ix) IRスペクトル吸収帯(cm-1):3400〜3300、1600、1400、を有する、請求項6に記載のポリマー。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−210165(P2012−210165A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76600(P2011−76600)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】