新規納豆菌及びこれを用いて製造した納豆
【課題】 粘質性と納豆臭の減少化が図られる納豆を得ること。
【解決手段】 バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)及びこの菌株を用いて製造した納豆である。
【解決手段】 バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)及びこの菌株を用いて製造した納豆である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然界から分離した菌株と、この菌株を用いて製造した納豆に関する。
【背景技術】
【0002】
納豆は、周知のように、蒸煮大豆に納豆菌を接種し、醗酵室内で醗酵、熟成させて製造される。そして、納豆は、納豆菌の人体整腸作用や血栓溶解作用に鑑みて、その摂取が慫慂され、いわゆる健康食品として供されている。
【0003】
また、納豆菌は、枯草菌の一種であって、稲藁に多く生息し、例えば全国納豆協同組合連合会発行の納豆百科辞典によると、日本産の稲藁一本に、1000万個もの納豆菌が胞子の状態で付着していることが指摘されている。
【0004】
このように、納豆菌は自然界に生息するものであるところ、種々多々存在する納豆菌から、性格の異なる菌を分離することにより、通常と異なる納豆を得ることができる。
【0005】
また、一般的に納豆は、納豆特有のネバネバ、ヌルヌルした粘質物を多く含み、更に納豆特有の納豆臭もあることから、人によって好き嫌いのある食品でもある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
「地域資源活用 食品加工総覧 第五巻」(渡辺杉夫・他、農文協)
「食品加工シリーズ(5) 納豆」(渡辺杉夫、農文協)
「Industrialization of Indigenous Fermented
Foods」(渡辺杉夫他、MERCEL DEKKER INC)
「発酵と醸造 ▲3▼」(渡辺杉夫・他、光琳)
「つくって遊ぼう (2) 納豆の絵本」(渡辺杉夫・他、農文協)
「納豆の科学―最新情報による総合的考察」(渡辺杉夫・他、建帛社)
「大豆のすべて」(渡辺杉夫・他、サイエンスフォーラム)
「納豆の研究法」(渡辺杉夫・他編 恒星社 厚生閣 )
「食品知識ミニブックスシリーズ 納豆入門」(渡辺杉夫、日本食糧新聞社)
「納豆の製造技術と包装工程」(1985-10 食品と科学 (株)食品と化学社)
「大豆工業・その発展の過程と現状」(1991-2/3合併号社団法人大豆安定協会)
「納豆製造技術の課題・国際技術移転」(1994-10 大豆と技術 (株)フードジャーナル社)
「納豆発酵中の熱量測定」(1999-05-15 日本食品化学工業会)
「成長市場:納豆生産の工業化と国際化」(2000-09-01 農林水産技術研究ジャーナル)
「エラスターゼ高生産菌のロイシン要求性株による低臭納豆の開発」(2001-04-15
日本食品科学工学誌)
「糸引き納豆製造法の改良」(2001-04-15 日本食品科学工誌)
「環境ストレス下における納豆菌の胞子形成」(2006-03-15 日本食品科学工学誌)
「軟らかく糸引きの良い高齢者向け納豆の開発」(2006-09 日本食品科学工学誌)
「高橋菌から分離した納豆菌KFPの食品エキスによる胞子形成」(2007-09日本食品科学工学誌)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2554454号公報
【特許文献2】特開2006−067992号公報
【特許文献3】特開2006−314252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
納豆は、その有する粘質性と納豆臭により、上述したように、これを食することが敬遠されることもあることから、粘質性と納豆臭の減少化が図られて、よりポピュラーな食品としての地位向上が求められている。
【0009】
本願発明者は、1980年頃より納豆菌の研究を開始し、日本全国に亘る古来より有名な納豆生産地の土壌、稲藁を採取して、納豆菌の分離収集を行い、その特性調査を続けてきたところ、採集保有した土壌、稲藁には、納豆菌が一千数百種を越えて生息していたものと思料されるに至った。
【0010】
そこで本発明は、本願発明者の手元にある納豆菌の中から選定を行い、粘質性と納豆臭の少ない納豆を製造することの可能な菌株と、これを用いて製造した納豆を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そして、本願発明者は、所有する稲藁から採取した納豆菌を用いて納豆を製造したところ、納豆特有のネバネバ、ヌルヌルした粘質物が少なく、更に納豆特有の納豆臭も少ない納豆を得ることができた。そこで、これを新種納豆菌と思料し、この菌を「AZ-5512」と命名した。そして、「AZ-5512」に対し16SrDNA塩基配列解析及び生理・生化学性状試験を行った結果、「AZ-5512」は、バチルス・ズブチルス(Bacillus
subtilis)に属する菌であると同定され、これを独立行政法人産業技術総合研究所・特許生物寄託センターに寄託した(受託番号:FERM P-22135)。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、粘質性と納豆臭の少ない納豆を得ることができた。加えて、本発明の納豆菌からは、甘味が多い納豆が得られ、更に、納豆を柔らかくする性格等を備えていたことが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp. inaquosorum及びB. tequilensis の相同率を示す図表である。
【図2】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である。
【図3】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である(図2のつづき)。
【図4】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である(図3のつづき)。
【図5】第一段階試験結果を示す図表である。
【図6】第二段階試験結果(AP150CHB)を示す図表である。
【図7】図6におけるAP150CHB項目の解説に関する図表である。
【図8】第二段階試験(追加実験)結果を示す図表である。
【図9】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と市販品の官能評価結果を表す図表である。
【図10】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の栄養成分を示す図である。
【図11】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆が含有する100g中の遊離アミノ酸を示す図である。
【図12】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と宮城野菌によって醗酵させた納豆の粘度を比較した図表である。
【図13】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と市販品の揮発成分を示す図表である。
【図14】蒸煮大豆及び本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の硬度及び硬度減少率を示す図表である。
【図15】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【図16】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【図17】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本菌株(AZ-5512)の同定について。
【0015】
本願出願人は、本菌株の16SrDNA塩基配列解析及び生理・生化学性状試験を、静岡県静岡市清水区長崎330番地所在の株式会社テクノスルガ・ラボ(以下、単に、「テクノスルガ・ラボ」という。)に依頼して、以下の試験結果を得た。尚、図及び表において、検体たる本株菌(AZ-5512)のテクノスルガ・ラボにおける登録番号は「SIID10004」として表記される。また、本願発明者からテクノスルガ・ラボへの検体受渡は2011年4月7日、分離源は土壌、試験結果報告は2011年5月30日になされた。
【0016】
目的
16SrDNA(16SrRNA遺伝子)塩基配列解析、形態観察及び生理・生化学性状試験(以下、「細菌第一段階試験」及び「細菌第二段階試験」と称する。)の結果から検体の帰属分類を推定する。
【0017】
方法
1.培養条件
以下の条件で培養した菌株を供試菌体とした。
・培地 nutrient agar
(Oxoid,Hampshire,England)
・培養温度 30℃
・培養期間 24時間
【0018】
2.16S rDNA-Full
抽出からサイクルシークエンスまでの操作は各プロトコールに基づいた。
・DNA抽出 lnstaGene Matrix (BIO
RAD,CA,USA)
・PCR PrimeSTAR HS DNA Polymerase (タカラバイオ,滋賀)
・サイクルシークエンス BigDye Tenllinator v3.1
Cycle Sequencing Kjt (Applied Biosystems, CA,USA)
・使用プライマー) PCR増幅:9F,1510Rシークエンス:9F785F,802R,1510R
・シークエンス ABI PRISM 3130 xl Genetic
Analyzer System(Applied Biosystems, CA,USA)
・配列決定 ChromasPro l.4(Technelysium Pty
Ltd.,Tewantin,AUS)
・相同性検索及び簡易分子系統解析 ソフトウェア;アポロン2.0(テクノスルガ・ラボ,静岡) データベース;アポロンDB-BA
6.0(テクノスルガ・ラボ,静岡) 国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)
【0019】
3.細菌第一段階試験
光学顕微鏡による形態観察及びBARROW らの方法に基づき、カタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖からの酸/ガス産生、ブドウ糖の酸化/醗酵(O/F)について試験を行った。
・グラム染色 フェイバーG「ニッスイ」(日水製薬、東京)
・顕微鏡 光学顕微鏡BX50F4(オリンパス、東京)
【0020】
4.細菌第二段階試験
細菌第二段階試験には以下のキットを用いた。また、英国NCIMB
Ltd.(http://www.ncimb.comuk/)との技術提携事項及び分類・同定の関連文献に従い、追加試験を実施した。
・使用キット API50CHB(bioMerieux、Lyon、France)
【0021】
結果
1.16SrDNA(16SrRNA 遺伝子)塩基配列解析
【0022】
BLASTを用いたアポロンDB-BA6.0に対する相同性検索、及び、GenBank/DDBJ/EMBLに対する相同性検索の結果、AZ-5512(SIID10004)の16SrDNA塩基配列は、Bacillus属の16SrDNA塩基配列に対し高い相同性を示したが、基準株に由来する16SrDNA塩基配列は検索されなかったので、2種の16SrDNA塩基配列を取得しBLAST相同性検索を行った。その結果、AZ-5512(SIID10004)の16SrDNA塩基配列はB.subtilis
subsp.inaquosorum NRRL B-23052株及びB.tequilensis NRRL B-41771株に対し、それぞれ相同率99.9%の高い相同性を示した(図1)。
【0023】
以上のことから、AZ-5512(SIID10004)は属レベルではBacillus属に帰属すると思料される。また、AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis
subsp. subtilisの16S rDNA塩基配列間には、1塩基の相違点が確認され、明確に異なることが判明した(図2〜図4)。このように、16SrDNA
塩基配列解析の結果から、AZ-5512(SIID10004)はB.subtilisに近縁なBacillus sp.と推定された。尚、図2〜図4の「本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.
subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図」において、配列の一致する箇所は「*」で示し、B.subtilisは、B.subtilis
subsp.subtilisの16SrDNA塩基配列を意味する。
【0024】
2.生理・生化学性状試験
【0025】
細菌第一段階試験の結果、AZ-5512(SIID10004)は、運動性を有するグラム陽性有芽胞悍菌で、芽胞による菌体の膨張は認められず、カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した(図5)。これらの性状は、Bacillus属の性状とほぼ一致すると思料される。
【0026】
細菌第二段階試験の結果、AZ-5512(SIID10004)は、グリセロール、L-アラビノース、リボースおよびグルコース等を酸化し、D-アラビノース及びD-キシロース等を酸化せず、アセトインを産生し、ゼラチンを加水分解し、硝酸塩を還元した(図6、図7)。また、AZ-5512(SIID10004)は、嫌気条件下で生育せず、50゜Cおよび10%NaCIで生育し、カゼイン及びでんぷんを加水分解し、馬尿酸を加水分解しなかった(図8)。これらの性状は、16SrDNA塩基配列解析の結果において近縁が示唆されたB.subtilisの性状とほぼ一致すると考えられる。
【0027】
以上のように、16SrDNA 塩基配列解析においては、AZ-5512(SIID10004)とB.subutilissubsp.subtilisの間には若干の相違が認められたものの、両者の明確な相違は1塩基のみであり、更に、AZ-5512(SIID10004)の生理・生化学性状試験の結果は、B.subutilisにほぼ一致した。このことから、AZ-5512(SIID10004)とB.subutilis
subsp.subtilisとの間で認められた16SrDNA 塩基配列の相違は、B.subtilis種内での相違であるとも捉えられる。
【0028】
一方、16SrDNA 塩基配列解析、生理・生化学性状試験の何れにおいても、B.subtilisにおける亜種レベルでの帰属分類群の推定はできないことから、今回の同定試験結果からは、AZ-5512(SIID10004)はBacillus subtilisと推定された。
【0029】
以上のとおり、この菌株は形態学・培養学・生理学的性質および16SrRNA遺伝子に関する情報を得ての同定の結果、AZ-5512はバチルス・ズブチルス(Bacillus
subtilis)に属する菌であることが判明した。
【0030】
ところで、分離菌による納豆製造試験は、多品種の分離菌を、品種ごとに蒸煮大豆に接種し、納豆容器に充填し、一括して研究室用小型自動納豆製造装置内で行う。また、製造後の官能検査の結果、必要と思われる製品に対して、更に、物理的、化学的試験を施し、優良な納豆生産菌を発見し、やがては工業生産に活用し、特色のある納豆生産を行うことができるものである。本株菌(AZ-5512)も、この過程を経て選出された。
【0031】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の製造は、次のとおりである。即ち、通常の納豆用大豆原料は、通常の適正浸漬を行い、120℃〜130℃の範囲内で、15分から60分間の適正蒸煮を行い、これの1gあたり、菌株の胞子数1.0×103個〜1.0×105個を接種し、容器に充填し、室温36〜40℃,高湿度の条件下で醗酵させる。本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の製造もこれに従った。
【0032】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆醗酵工程においては、醗酵条件として、室温を適宜37℃から40℃で調整し、品温が50℃到達を目安にして、その後、緩やかに時間を掛けて品温を下降させることも、良好な納豆を得る手段となる。
【0033】
前記納豆の製造試験の後、下記の官能検査を行った。
【0034】
官能検査の方法は、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、同一製造日の市販品A,B納豆の3品種を、製造2日後に冷蔵庫から出して、室温に1時間放置した後、官能検査を行った。
【0035】
外観、色、等について上面と下面について検査した。粘りは、納豆を割り箸で20回かき回した後、割箸で納豆(50g入りの場合)の2分の1ないし3分の1をつまんで40cm位持ち上げ観察した。次いで香りや、豆の硬さや味を検査した。
【0036】
本願出願人の品質管理課に所属する5名で5段階評価を行った。即ち、市販品A,B納豆を同時に検査し、評価は5段階評価で「3(普通)」とし、「5」を良い、「1」を悪い、とした(図9)。
【0037】
前記納豆の官能検査の結果、下記が判明した。
【0038】
外観については、納豆菌苔が厚く被り、クリーム色で美麗であり市販品に優位性があった。香りは、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の方がやや甘い香りがして、納豆臭さがない。納豆臭がしないので、納豆嫌いな人にも十分受け入れられる製品であると思料される。軟らかさは、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は非常に軟らかい製品で、食べ易く、また食品加工用材料として、加工しやすい性質を有している。糸引きは納豆の特徴であるが、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は糸引きが殆んどないことが判明した。尚、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆を外国人に試食させたところ、ネバネバ・ヌルヌルの粘質物食感の嫌いな外国人にも食べられることが判明した。
【0039】
次に、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との成分分析を行った。詳細は図10のとおりである。
【0040】
更に、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との遊離アミノ酸の比較を行った。これによると、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は、甘味、甘味の要因たるアミノ酸が多いので、甘い納豆製品を得ることができる。詳細は図11のとおりである。
【0041】
次に、スズマル大豆を原料とし、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般市販品に使われている宮城野菌によって醗酵させた納豆の粘度を、東機産業株式会社製TVC-5型粘度計・TVC-5VISCOMETERを用いて測定し、比較した。
【0042】
測定方法は、次のとおりである。分析用の納豆150gを夫々ストマッカー袋に入れ、水道水300mlを加え溶した状態で室温に放置した。20分毎に袋内の納豆を、水に泡が立たない程度に約30秒間静かに撹拌し、納豆表面の粘りを水に均一に溶出させた。60分後の最終回には、同様に撹拌した後、袋内の納豆をザルでろ過し、500mlのステンレスビーカーに200ml以上の濾液を採取した。ビーカーの濾液内に粘度計のローターが沈む程度に設置し、普通納豆の場合、通常ローターNo.1(50〜500mPa・s)を使用して絶対粘度を測定し、測定値がローターNo.1の範囲より低い場合は、測定範囲を低粘度側に広げたローターNo.0(0〜100mPa・s)を使用した。その結果を図12に示す。
【0043】
一般市販用の粘度の自社基準値は220〜240であり、140未満では糸引き不良と定められている。今回の結果では、宮城野菌を用いて醗酵させた納豆の粘度は、平均が301mPa・sと糸引きは大変良好であることに比較し、同じ大豆を原料とし、本株菌(AZ-5512)を用いて醗酵させた納豆では平均値が7.0mPa・sと極めて低く、これが本株菌(AZ-5512)の顕著な特徴となっている。
【0044】
次に、納豆の臭い成分について説明する。
【0045】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との揮発成分の比較を行った。納豆の揮発成分の分析は、キャピラリーガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリー(GC-MS)で行った。この分析条件は次の通りである。
【0046】
GC条件は次のとおりである。
ガスクロマトグラフ…島津製作所GC14B型
キャピラリーカラム…DB-Wax(内径0.53mm×長さ30m、膜厚1μm,アジレント社製)
キャリアガス…ヘリウム:流速、35cm/秒:注入温度、250℃;カラム初期温度:50℃、昇温割合、4℃/分:検出器、FID.
【0047】
MS条件は次のとおりである。
機器…日本電子JMS-DX303
イオン源温度…200℃
イオン化電圧…70V
マスレンジ…35-400amu
スキャン時間…1スキャン/秒
検出…RI検出器。
【0048】
方法は次のとおりである。
納豆10gを500ml三角フラスコに採り、Tenax-TAカラム(直径3mm×長さ15cm)を接続し、ヘリウムガスを流速10ml/分で50分間、試料の入った三角フラスコに流して試料の揮発性成分を集気した。集気終了後Tenax-TAカラムをDB-Waxカラムの上端に接続し、カラム出口をX字キャピラリーコネクターにより、メイクアップ・ガスを加えながら2方向にヒューズドシリカチュープを用いて分岐し、一方をピーク検出のためにFIDへ導き,もう一方をガスクロマトグラフ・オーブンの外へ導き、スニッフィング(Sniffing:人が臭いを嗅ぐ)法で納豆臭類似成分10種を調べた。
【0049】
揮発性物質の濃度比較について。
同一のカラムを日本電子製ガスクロマトグラブ・マススペクトロメーターJMS-DX303に接続し、同一の条件で分析することにより、臭い物質の固定を行った。尚、マススペクトル測定は35-400amuの範囲を1秒間で走査することにより行い、電子衝撃法で得られたスペクトルを日本電子製コンピューター(DAWIN)に保存してあるデーターベースと比較することによりピークの固定を行った。更に、リテンションインデックス(以下,RI)を標品と比較することにより同定を確実なものとした。
【0050】
一部のピークはメタンを反応ガスに用いて得られるCIスペクトルから分子量を推定し、固定をより確実なものとした。GCで得られた臭い物質のピークはGCMSで得られたRIと比較することにより固定した。GCによる検出をFIDで行って得られたピークの面積値を内部標準物質のピーク面積値と比較した結果を図14に掲げた。
【0051】
図13に示されるように、主要な納豆の臭い成分は、次の10成分である。即ち、
1.エタノール
2.ジアセチル
3.ピラジン
4. 2−メチルピラジン
5.アセトイン
6. 2,5-ジメチルピラジン
7. 2,3,5,−トリメチルピラジン
8.イソラクサン
9.イソ吉草酸
10.2-メチル酪酸
【0052】
これらのうち、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆では、「ジアセチル」「イソ吉草酸」及び「2-メチル酪酸」の3成分が検出されないため、納豆臭が少ないものと思料される。
【0053】
次に、納豆の硬度試験について説明する。納豆の硬度試験は、納豆試験法研究会編の納豆試験法による蒸煮大豆及び納豆の計測法に基づいて行った。これは、蒸煮大豆及び納豆の水分を失わないようにして常温に冷却し、上皿時計秤の上に一粒ずつ載せて、人差し指で押し潰し、潰れたときのグラム数をもって硬さとするものであり、本試験では、60粒の平均値を求めた。
【0054】
1.米国産極小粒大豆による納豆軟化試験
(1)試験方法
製造条件
(1-1)蒸煮条件 1.6k−26min−20min
(1-2)接種菌量 原液2.0×108
(1-3)醗酵条件
温度経過 43℃8h、46℃5h、43℃7h、20℃2h
湿度経過 初発80%以上
(1-4)冷蔵 5℃
【0055】
(2)蒸煮大豆及び本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の硬度及び硬度減少率は、図14に示す。
【0056】
(3)結果
(3-1)同一の原料大豆で試験を行ったが、醗酵後当日で納豆の硬度は蒸煮大豆に比較し、50%となった。
(3-2)3日間の冷蔵保存中の硬度変化はみられなかった。
【0057】
2.異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験
(1)試験方法
種類の異なる大豆3種にAZ=5512株と市販菌とをそれぞれ接種し、軟化度の比較試験を行った。市販菌は、鈴丸(図15)、地塚(図16)、とよまさり(図17)である。
【0058】
(2)試験結果
(2-1)醗酵終了後の硬度は蒸煮大豆の硬度に比較し、本株菌(AZ-5512)では80〜70%と低下するが、市販菌の場合は110〜130%に硬化し、硬度の差は60%程度となる。
(2-2)本株菌(AZ-5512)の場合は、醗酵終了後に軟化する。市販菌の場合は、冷蔵3日後には軟化傾向をみせるが、煮豆の硬度程度にはならない。
(2-3) 本株菌(AZ-5512)の場合は、原料大豆の品種を選ばず、醗酵後軟化した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、粘質物の少ない、納豆臭の少ない、しかも甘味の多い、軟らかい納豆を得ることができ、これにより納豆利用分野の新展開を図ることが可能になる。
【0060】
例えば、油で揚げる、納豆天ぷら、フライ等に利用できる。従来の納豆の場合は、アンモニア臭の発生と天ぷら油の劣化を惹起したが、本発明納豆はこのような劣化を可及的に減少させることができる。
【0061】
とりわけ、女性の美容食としてのスナック及びデザート、スイーツ等に利用できる。本発明納豆は、外観が美しく、特に黒豆納豆は色彩に価値があるものであるところ、香りは甘く、味も甘味があるので、ケーキ等のトッピングに供することができ、また、ケーキに入れて焼き上げ、栄養の強化を図ることもできる。
【0062】
納豆の栄養と食品機能性を期待する一方で、ネバネバ、ヌルヌルの食感と納豆臭に抵抗があり食べられなかった人達、特に外国人は特に抵抗が強かったが、これらの人達への生食用に供することができる。
【0063】
更に、乳幼児や医療生活者等、咀嚼不十分のため柔らかい納豆を必要とする人達に対しても適用可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然界から分離した菌株と、この菌株を用いて製造した納豆に関する。
【背景技術】
【0002】
納豆は、周知のように、蒸煮大豆に納豆菌を接種し、醗酵室内で醗酵、熟成させて製造される。そして、納豆は、納豆菌の人体整腸作用や血栓溶解作用に鑑みて、その摂取が慫慂され、いわゆる健康食品として供されている。
【0003】
また、納豆菌は、枯草菌の一種であって、稲藁に多く生息し、例えば全国納豆協同組合連合会発行の納豆百科辞典によると、日本産の稲藁一本に、1000万個もの納豆菌が胞子の状態で付着していることが指摘されている。
【0004】
このように、納豆菌は自然界に生息するものであるところ、種々多々存在する納豆菌から、性格の異なる菌を分離することにより、通常と異なる納豆を得ることができる。
【0005】
また、一般的に納豆は、納豆特有のネバネバ、ヌルヌルした粘質物を多く含み、更に納豆特有の納豆臭もあることから、人によって好き嫌いのある食品でもある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
「地域資源活用 食品加工総覧 第五巻」(渡辺杉夫・他、農文協)
「食品加工シリーズ(5) 納豆」(渡辺杉夫、農文協)
「Industrialization of Indigenous Fermented
Foods」(渡辺杉夫他、MERCEL DEKKER INC)
「発酵と醸造 ▲3▼」(渡辺杉夫・他、光琳)
「つくって遊ぼう (2) 納豆の絵本」(渡辺杉夫・他、農文協)
「納豆の科学―最新情報による総合的考察」(渡辺杉夫・他、建帛社)
「大豆のすべて」(渡辺杉夫・他、サイエンスフォーラム)
「納豆の研究法」(渡辺杉夫・他編 恒星社 厚生閣 )
「食品知識ミニブックスシリーズ 納豆入門」(渡辺杉夫、日本食糧新聞社)
「納豆の製造技術と包装工程」(1985-10 食品と科学 (株)食品と化学社)
「大豆工業・その発展の過程と現状」(1991-2/3合併号社団法人大豆安定協会)
「納豆製造技術の課題・国際技術移転」(1994-10 大豆と技術 (株)フードジャーナル社)
「納豆発酵中の熱量測定」(1999-05-15 日本食品化学工業会)
「成長市場:納豆生産の工業化と国際化」(2000-09-01 農林水産技術研究ジャーナル)
「エラスターゼ高生産菌のロイシン要求性株による低臭納豆の開発」(2001-04-15
日本食品科学工学誌)
「糸引き納豆製造法の改良」(2001-04-15 日本食品科学工誌)
「環境ストレス下における納豆菌の胞子形成」(2006-03-15 日本食品科学工学誌)
「軟らかく糸引きの良い高齢者向け納豆の開発」(2006-09 日本食品科学工学誌)
「高橋菌から分離した納豆菌KFPの食品エキスによる胞子形成」(2007-09日本食品科学工学誌)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2554454号公報
【特許文献2】特開2006−067992号公報
【特許文献3】特開2006−314252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
納豆は、その有する粘質性と納豆臭により、上述したように、これを食することが敬遠されることもあることから、粘質性と納豆臭の減少化が図られて、よりポピュラーな食品としての地位向上が求められている。
【0009】
本願発明者は、1980年頃より納豆菌の研究を開始し、日本全国に亘る古来より有名な納豆生産地の土壌、稲藁を採取して、納豆菌の分離収集を行い、その特性調査を続けてきたところ、採集保有した土壌、稲藁には、納豆菌が一千数百種を越えて生息していたものと思料されるに至った。
【0010】
そこで本発明は、本願発明者の手元にある納豆菌の中から選定を行い、粘質性と納豆臭の少ない納豆を製造することの可能な菌株と、これを用いて製造した納豆を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そして、本願発明者は、所有する稲藁から採取した納豆菌を用いて納豆を製造したところ、納豆特有のネバネバ、ヌルヌルした粘質物が少なく、更に納豆特有の納豆臭も少ない納豆を得ることができた。そこで、これを新種納豆菌と思料し、この菌を「AZ-5512」と命名した。そして、「AZ-5512」に対し16SrDNA塩基配列解析及び生理・生化学性状試験を行った結果、「AZ-5512」は、バチルス・ズブチルス(Bacillus
subtilis)に属する菌であると同定され、これを独立行政法人産業技術総合研究所・特許生物寄託センターに寄託した(受託番号:FERM P-22135)。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、粘質性と納豆臭の少ない納豆を得ることができた。加えて、本発明の納豆菌からは、甘味が多い納豆が得られ、更に、納豆を柔らかくする性格等を備えていたことが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp. inaquosorum及びB. tequilensis の相同率を示す図表である。
【図2】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である。
【図3】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である(図2のつづき)。
【図4】本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図である(図3のつづき)。
【図5】第一段階試験結果を示す図表である。
【図6】第二段階試験結果(AP150CHB)を示す図表である。
【図7】図6におけるAP150CHB項目の解説に関する図表である。
【図8】第二段階試験(追加実験)結果を示す図表である。
【図9】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と市販品の官能評価結果を表す図表である。
【図10】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の栄養成分を示す図である。
【図11】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆が含有する100g中の遊離アミノ酸を示す図である。
【図12】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と宮城野菌によって醗酵させた納豆の粘度を比較した図表である。
【図13】本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と市販品の揮発成分を示す図表である。
【図14】蒸煮大豆及び本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の硬度及び硬度減少率を示す図表である。
【図15】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【図16】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【図17】異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験の結果を示す図表である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本菌株(AZ-5512)の同定について。
【0015】
本願出願人は、本菌株の16SrDNA塩基配列解析及び生理・生化学性状試験を、静岡県静岡市清水区長崎330番地所在の株式会社テクノスルガ・ラボ(以下、単に、「テクノスルガ・ラボ」という。)に依頼して、以下の試験結果を得た。尚、図及び表において、検体たる本株菌(AZ-5512)のテクノスルガ・ラボにおける登録番号は「SIID10004」として表記される。また、本願発明者からテクノスルガ・ラボへの検体受渡は2011年4月7日、分離源は土壌、試験結果報告は2011年5月30日になされた。
【0016】
目的
16SrDNA(16SrRNA遺伝子)塩基配列解析、形態観察及び生理・生化学性状試験(以下、「細菌第一段階試験」及び「細菌第二段階試験」と称する。)の結果から検体の帰属分類を推定する。
【0017】
方法
1.培養条件
以下の条件で培養した菌株を供試菌体とした。
・培地 nutrient agar
(Oxoid,Hampshire,England)
・培養温度 30℃
・培養期間 24時間
【0018】
2.16S rDNA-Full
抽出からサイクルシークエンスまでの操作は各プロトコールに基づいた。
・DNA抽出 lnstaGene Matrix (BIO
RAD,CA,USA)
・PCR PrimeSTAR HS DNA Polymerase (タカラバイオ,滋賀)
・サイクルシークエンス BigDye Tenllinator v3.1
Cycle Sequencing Kjt (Applied Biosystems, CA,USA)
・使用プライマー) PCR増幅:9F,1510Rシークエンス:9F785F,802R,1510R
・シークエンス ABI PRISM 3130 xl Genetic
Analyzer System(Applied Biosystems, CA,USA)
・配列決定 ChromasPro l.4(Technelysium Pty
Ltd.,Tewantin,AUS)
・相同性検索及び簡易分子系統解析 ソフトウェア;アポロン2.0(テクノスルガ・ラボ,静岡) データベース;アポロンDB-BA
6.0(テクノスルガ・ラボ,静岡) 国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)
【0019】
3.細菌第一段階試験
光学顕微鏡による形態観察及びBARROW らの方法に基づき、カタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖からの酸/ガス産生、ブドウ糖の酸化/醗酵(O/F)について試験を行った。
・グラム染色 フェイバーG「ニッスイ」(日水製薬、東京)
・顕微鏡 光学顕微鏡BX50F4(オリンパス、東京)
【0020】
4.細菌第二段階試験
細菌第二段階試験には以下のキットを用いた。また、英国NCIMB
Ltd.(http://www.ncimb.comuk/)との技術提携事項及び分類・同定の関連文献に従い、追加試験を実施した。
・使用キット API50CHB(bioMerieux、Lyon、France)
【0021】
結果
1.16SrDNA(16SrRNA 遺伝子)塩基配列解析
【0022】
BLASTを用いたアポロンDB-BA6.0に対する相同性検索、及び、GenBank/DDBJ/EMBLに対する相同性検索の結果、AZ-5512(SIID10004)の16SrDNA塩基配列は、Bacillus属の16SrDNA塩基配列に対し高い相同性を示したが、基準株に由来する16SrDNA塩基配列は検索されなかったので、2種の16SrDNA塩基配列を取得しBLAST相同性検索を行った。その結果、AZ-5512(SIID10004)の16SrDNA塩基配列はB.subtilis
subsp.inaquosorum NRRL B-23052株及びB.tequilensis NRRL B-41771株に対し、それぞれ相同率99.9%の高い相同性を示した(図1)。
【0023】
以上のことから、AZ-5512(SIID10004)は属レベルではBacillus属に帰属すると思料される。また、AZ-5512(SIID10004)とB.subtilis
subsp. subtilisの16S rDNA塩基配列間には、1塩基の相違点が確認され、明確に異なることが判明した(図2〜図4)。このように、16SrDNA
塩基配列解析の結果から、AZ-5512(SIID10004)はB.subtilisに近縁なBacillus sp.と推定された。尚、図2〜図4の「本株菌AZ-5512(SIID10004)とB.
subtilis subsp.及びsubtilisの塩基配列比較を示す図」において、配列の一致する箇所は「*」で示し、B.subtilisは、B.subtilis
subsp.subtilisの16SrDNA塩基配列を意味する。
【0024】
2.生理・生化学性状試験
【0025】
細菌第一段階試験の結果、AZ-5512(SIID10004)は、運動性を有するグラム陽性有芽胞悍菌で、芽胞による菌体の膨張は認められず、カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した(図5)。これらの性状は、Bacillus属の性状とほぼ一致すると思料される。
【0026】
細菌第二段階試験の結果、AZ-5512(SIID10004)は、グリセロール、L-アラビノース、リボースおよびグルコース等を酸化し、D-アラビノース及びD-キシロース等を酸化せず、アセトインを産生し、ゼラチンを加水分解し、硝酸塩を還元した(図6、図7)。また、AZ-5512(SIID10004)は、嫌気条件下で生育せず、50゜Cおよび10%NaCIで生育し、カゼイン及びでんぷんを加水分解し、馬尿酸を加水分解しなかった(図8)。これらの性状は、16SrDNA塩基配列解析の結果において近縁が示唆されたB.subtilisの性状とほぼ一致すると考えられる。
【0027】
以上のように、16SrDNA 塩基配列解析においては、AZ-5512(SIID10004)とB.subutilissubsp.subtilisの間には若干の相違が認められたものの、両者の明確な相違は1塩基のみであり、更に、AZ-5512(SIID10004)の生理・生化学性状試験の結果は、B.subutilisにほぼ一致した。このことから、AZ-5512(SIID10004)とB.subutilis
subsp.subtilisとの間で認められた16SrDNA 塩基配列の相違は、B.subtilis種内での相違であるとも捉えられる。
【0028】
一方、16SrDNA 塩基配列解析、生理・生化学性状試験の何れにおいても、B.subtilisにおける亜種レベルでの帰属分類群の推定はできないことから、今回の同定試験結果からは、AZ-5512(SIID10004)はBacillus subtilisと推定された。
【0029】
以上のとおり、この菌株は形態学・培養学・生理学的性質および16SrRNA遺伝子に関する情報を得ての同定の結果、AZ-5512はバチルス・ズブチルス(Bacillus
subtilis)に属する菌であることが判明した。
【0030】
ところで、分離菌による納豆製造試験は、多品種の分離菌を、品種ごとに蒸煮大豆に接種し、納豆容器に充填し、一括して研究室用小型自動納豆製造装置内で行う。また、製造後の官能検査の結果、必要と思われる製品に対して、更に、物理的、化学的試験を施し、優良な納豆生産菌を発見し、やがては工業生産に活用し、特色のある納豆生産を行うことができるものである。本株菌(AZ-5512)も、この過程を経て選出された。
【0031】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の製造は、次のとおりである。即ち、通常の納豆用大豆原料は、通常の適正浸漬を行い、120℃〜130℃の範囲内で、15分から60分間の適正蒸煮を行い、これの1gあたり、菌株の胞子数1.0×103個〜1.0×105個を接種し、容器に充填し、室温36〜40℃,高湿度の条件下で醗酵させる。本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の製造もこれに従った。
【0032】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆醗酵工程においては、醗酵条件として、室温を適宜37℃から40℃で調整し、品温が50℃到達を目安にして、その後、緩やかに時間を掛けて品温を下降させることも、良好な納豆を得る手段となる。
【0033】
前記納豆の製造試験の後、下記の官能検査を行った。
【0034】
官能検査の方法は、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、同一製造日の市販品A,B納豆の3品種を、製造2日後に冷蔵庫から出して、室温に1時間放置した後、官能検査を行った。
【0035】
外観、色、等について上面と下面について検査した。粘りは、納豆を割り箸で20回かき回した後、割箸で納豆(50g入りの場合)の2分の1ないし3分の1をつまんで40cm位持ち上げ観察した。次いで香りや、豆の硬さや味を検査した。
【0036】
本願出願人の品質管理課に所属する5名で5段階評価を行った。即ち、市販品A,B納豆を同時に検査し、評価は5段階評価で「3(普通)」とし、「5」を良い、「1」を悪い、とした(図9)。
【0037】
前記納豆の官能検査の結果、下記が判明した。
【0038】
外観については、納豆菌苔が厚く被り、クリーム色で美麗であり市販品に優位性があった。香りは、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の方がやや甘い香りがして、納豆臭さがない。納豆臭がしないので、納豆嫌いな人にも十分受け入れられる製品であると思料される。軟らかさは、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は非常に軟らかい製品で、食べ易く、また食品加工用材料として、加工しやすい性質を有している。糸引きは納豆の特徴であるが、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は糸引きが殆んどないことが判明した。尚、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆を外国人に試食させたところ、ネバネバ・ヌルヌルの粘質物食感の嫌いな外国人にも食べられることが判明した。
【0039】
次に、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との成分分析を行った。詳細は図10のとおりである。
【0040】
更に、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との遊離アミノ酸の比較を行った。これによると、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆は、甘味、甘味の要因たるアミノ酸が多いので、甘い納豆製品を得ることができる。詳細は図11のとおりである。
【0041】
次に、スズマル大豆を原料とし、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般市販品に使われている宮城野菌によって醗酵させた納豆の粘度を、東機産業株式会社製TVC-5型粘度計・TVC-5VISCOMETERを用いて測定し、比較した。
【0042】
測定方法は、次のとおりである。分析用の納豆150gを夫々ストマッカー袋に入れ、水道水300mlを加え溶した状態で室温に放置した。20分毎に袋内の納豆を、水に泡が立たない程度に約30秒間静かに撹拌し、納豆表面の粘りを水に均一に溶出させた。60分後の最終回には、同様に撹拌した後、袋内の納豆をザルでろ過し、500mlのステンレスビーカーに200ml以上の濾液を採取した。ビーカーの濾液内に粘度計のローターが沈む程度に設置し、普通納豆の場合、通常ローターNo.1(50〜500mPa・s)を使用して絶対粘度を測定し、測定値がローターNo.1の範囲より低い場合は、測定範囲を低粘度側に広げたローターNo.0(0〜100mPa・s)を使用した。その結果を図12に示す。
【0043】
一般市販用の粘度の自社基準値は220〜240であり、140未満では糸引き不良と定められている。今回の結果では、宮城野菌を用いて醗酵させた納豆の粘度は、平均が301mPa・sと糸引きは大変良好であることに比較し、同じ大豆を原料とし、本株菌(AZ-5512)を用いて醗酵させた納豆では平均値が7.0mPa・sと極めて低く、これが本株菌(AZ-5512)の顕著な特徴となっている。
【0044】
次に、納豆の臭い成分について説明する。
【0045】
本株菌(AZ-5512)を用いた納豆と、一般納豆菌を用いた納豆との揮発成分の比較を行った。納豆の揮発成分の分析は、キャピラリーガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリー(GC-MS)で行った。この分析条件は次の通りである。
【0046】
GC条件は次のとおりである。
ガスクロマトグラフ…島津製作所GC14B型
キャピラリーカラム…DB-Wax(内径0.53mm×長さ30m、膜厚1μm,アジレント社製)
キャリアガス…ヘリウム:流速、35cm/秒:注入温度、250℃;カラム初期温度:50℃、昇温割合、4℃/分:検出器、FID.
【0047】
MS条件は次のとおりである。
機器…日本電子JMS-DX303
イオン源温度…200℃
イオン化電圧…70V
マスレンジ…35-400amu
スキャン時間…1スキャン/秒
検出…RI検出器。
【0048】
方法は次のとおりである。
納豆10gを500ml三角フラスコに採り、Tenax-TAカラム(直径3mm×長さ15cm)を接続し、ヘリウムガスを流速10ml/分で50分間、試料の入った三角フラスコに流して試料の揮発性成分を集気した。集気終了後Tenax-TAカラムをDB-Waxカラムの上端に接続し、カラム出口をX字キャピラリーコネクターにより、メイクアップ・ガスを加えながら2方向にヒューズドシリカチュープを用いて分岐し、一方をピーク検出のためにFIDへ導き,もう一方をガスクロマトグラフ・オーブンの外へ導き、スニッフィング(Sniffing:人が臭いを嗅ぐ)法で納豆臭類似成分10種を調べた。
【0049】
揮発性物質の濃度比較について。
同一のカラムを日本電子製ガスクロマトグラブ・マススペクトロメーターJMS-DX303に接続し、同一の条件で分析することにより、臭い物質の固定を行った。尚、マススペクトル測定は35-400amuの範囲を1秒間で走査することにより行い、電子衝撃法で得られたスペクトルを日本電子製コンピューター(DAWIN)に保存してあるデーターベースと比較することによりピークの固定を行った。更に、リテンションインデックス(以下,RI)を標品と比較することにより同定を確実なものとした。
【0050】
一部のピークはメタンを反応ガスに用いて得られるCIスペクトルから分子量を推定し、固定をより確実なものとした。GCで得られた臭い物質のピークはGCMSで得られたRIと比較することにより固定した。GCによる検出をFIDで行って得られたピークの面積値を内部標準物質のピーク面積値と比較した結果を図14に掲げた。
【0051】
図13に示されるように、主要な納豆の臭い成分は、次の10成分である。即ち、
1.エタノール
2.ジアセチル
3.ピラジン
4. 2−メチルピラジン
5.アセトイン
6. 2,5-ジメチルピラジン
7. 2,3,5,−トリメチルピラジン
8.イソラクサン
9.イソ吉草酸
10.2-メチル酪酸
【0052】
これらのうち、本株菌(AZ-5512)を用いた納豆では、「ジアセチル」「イソ吉草酸」及び「2-メチル酪酸」の3成分が検出されないため、納豆臭が少ないものと思料される。
【0053】
次に、納豆の硬度試験について説明する。納豆の硬度試験は、納豆試験法研究会編の納豆試験法による蒸煮大豆及び納豆の計測法に基づいて行った。これは、蒸煮大豆及び納豆の水分を失わないようにして常温に冷却し、上皿時計秤の上に一粒ずつ載せて、人差し指で押し潰し、潰れたときのグラム数をもって硬さとするものであり、本試験では、60粒の平均値を求めた。
【0054】
1.米国産極小粒大豆による納豆軟化試験
(1)試験方法
製造条件
(1-1)蒸煮条件 1.6k−26min−20min
(1-2)接種菌量 原液2.0×108
(1-3)醗酵条件
温度経過 43℃8h、46℃5h、43℃7h、20℃2h
湿度経過 初発80%以上
(1-4)冷蔵 5℃
【0055】
(2)蒸煮大豆及び本株菌(AZ-5512)を用いた納豆の硬度及び硬度減少率は、図14に示す。
【0056】
(3)結果
(3-1)同一の原料大豆で試験を行ったが、醗酵後当日で納豆の硬度は蒸煮大豆に比較し、50%となった。
(3-2)3日間の冷蔵保存中の硬度変化はみられなかった。
【0057】
2.異種大豆による市販株菌と本株菌(AZ-5512)の納豆軟化度比較試験
(1)試験方法
種類の異なる大豆3種にAZ=5512株と市販菌とをそれぞれ接種し、軟化度の比較試験を行った。市販菌は、鈴丸(図15)、地塚(図16)、とよまさり(図17)である。
【0058】
(2)試験結果
(2-1)醗酵終了後の硬度は蒸煮大豆の硬度に比較し、本株菌(AZ-5512)では80〜70%と低下するが、市販菌の場合は110〜130%に硬化し、硬度の差は60%程度となる。
(2-2)本株菌(AZ-5512)の場合は、醗酵終了後に軟化する。市販菌の場合は、冷蔵3日後には軟化傾向をみせるが、煮豆の硬度程度にはならない。
(2-3) 本株菌(AZ-5512)の場合は、原料大豆の品種を選ばず、醗酵後軟化した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、粘質物の少ない、納豆臭の少ない、しかも甘味の多い、軟らかい納豆を得ることができ、これにより納豆利用分野の新展開を図ることが可能になる。
【0060】
例えば、油で揚げる、納豆天ぷら、フライ等に利用できる。従来の納豆の場合は、アンモニア臭の発生と天ぷら油の劣化を惹起したが、本発明納豆はこのような劣化を可及的に減少させることができる。
【0061】
とりわけ、女性の美容食としてのスナック及びデザート、スイーツ等に利用できる。本発明納豆は、外観が美しく、特に黒豆納豆は色彩に価値があるものであるところ、香りは甘く、味も甘味があるので、ケーキ等のトッピングに供することができ、また、ケーキに入れて焼き上げ、栄養の強化を図ることもできる。
【0062】
納豆の栄養と食品機能性を期待する一方で、ネバネバ、ヌルヌルの食感と納豆臭に抵抗があり食べられなかった人達、特に外国人は特に抵抗が強かったが、これらの人達への生食用に供することができる。
【0063】
更に、乳幼児や医療生活者等、咀嚼不十分のため柔らかい納豆を必要とする人達に対しても適用可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)。
【請求項2】
バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)を用いて製造したことを特徴とする納豆。
【請求項1】
バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)。
【請求項2】
バチルス・ズブチルス(Bacillus subtilis)AZ-5512菌株(FERM
P-22135)を用いて製造したことを特徴とする納豆。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2013−59277(P2013−59277A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198971(P2011−198971)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【特許番号】特許第4918173号(P4918173)
【特許公報発行日】平成24年4月18日(2012.4.18)
【出願人】(593152786)あづま食品株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【特許番号】特許第4918173号(P4918173)
【特許公報発行日】平成24年4月18日(2012.4.18)
【出願人】(593152786)あづま食品株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
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