説明

新規蛍光化合物およびそれを用いた細胞内コレステロールの検出方法

【課題】細胞内コレステロールの検出などに有用な、新規な蛍光化合物を提供する。
【解決手段】下記一般式(I)または(II)で表される化合物。




ここで、nは2〜6の整数、mは0〜4の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規蛍光化合物に関する。本発明はまた、当該化合物を用いた細胞内コレステロール検出法および検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
コレステロールは生体膜の重要な構成成分であり、主に肝臓で生合性される内因性コレステロールの分泌・代謝異常は、メタボリックシンドロームやホルモン分泌異常の起因となると考えられている。そのため、コレステロールの細胞内分布・動能を精密に計測する技術が重要視されている。
生体内のコレステロールの分布や動態を解析する上で、蛍光分光法は、高感度な分光法のため有用である。現在では、共焦点レーザー顕微鏡、二光子励起蛍光顕微鏡など測定機器が飛躍的に進歩し、高い時空間分解能で分布や動態を解析することができる。しかしながらコレステロールは蛍光を示さないため、これらの技術を用いるためには、コレステロールに蛍光分子を標識させる必要があり、そのような蛍光性コレステロールが開発されている。ここで、重要な要素として蛍光団を結合させても、コレステロール本来の性質を保持させなければならないことが挙げられる。以下、これまで開発されている蛍光性コレステロールおよび問題点を示す。デヒドロエルゴステロール(A)はコレステロールに分子構造が類似しているため内因性コレステロールに近い性質を有する。しかしながら、蛍光強度が弱いため精度の高い解析が困難である。Molecular Probes社(米国)において、コレステロールの3位のヒドロキシル基をエステル化して蛍光団を組み込んだ化合物(B)が販売されている。しかしながら、細胞内に存在するコレステロールは、3位のヒドロキシル基が遊離して存在しており、細胞内コレステロールの動態解析には不向きである。また、同社は、コレステロールの22位にニトロベンゾフラザンを置換した化合物(C)を市販している。しかしながら、Cはミトコンドリアの膜に特異的に集積してしまいコレステロールの性質を保持していないことが報告されている[非特許文献1]。コレステロールの7位にダンシルヒドラゾン、24位にダンシルスルホンアミドを置換した化合物(DE)が開発されている。DEは、内因性コレステロールの性質に近いことが報告されており、蛍光性コレステロールアナログとして使用されている[非特許文献2、特許文献1]。しかしながら、吸収が紫外光領域のため、市販の共焦点レーザー顕微鏡を用いることが困難である。
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008-266192号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S. Mukherjee, X. Zha, I. Tabas, and F. R. Maxfield, Biophys. J., 1998, 75, 1915.
【非特許文献2】V. Wiegand, T. Y. Chang, J. F. Strauss, III, F. Fahrenholz, G. Gimpl, FASEB J., 2003, 17, 782.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞内コレステロールの検出などに有用な、新規な蛍光化合物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、下記一般式(I)および(II)で表される蛍光化合物(以下、本発明の化合物とも呼ぶ)を合成することに成功
し、さらに、当該化合物が細胞内でコレステロールと同様の挙動を示すことを見出して本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)下記一般式(I)または(II)で表される化合物。
【化2】

ここで、nは2〜6の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
【化3】

ここで、nは2〜6の整数、mは0〜4の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
(2)nが2であり、R1およびR2が水素であり、Xが酸素であり、mが0である、(1)に記載の化合物。
(3)(1)または(2)に記載の化合物を細胞に添加し、蛍光を測定することを特徴とする、細胞内コレステロールの検出方法。
(4)(1)または(2)に記載の化合物を含む、コレステロール検出キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明の蛍光化合物は、細胞内に取り込まれ、コレステロールと同様の挙動を示すため、細胞内コレステロールの検出に好適に使用することができる。例えば、細胞内のコレステロール含有小胞の同定など、細胞内コレステロール分布や動態の解析などに使用することができる。本発明の化合物は吸収が可視光領域にあるため、検出が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】リン脂質二分子(DMPC)膜1mM中における各化合物(0.01mM)の吸収・蛍光スペクトル。
【図2】MIN6細胞の、DCho6、DCho20、DCho24による染色結果を示す図(写真)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明の化合物は、以下の一般式(I)または(II)で表される。
【化4】

ここで、nは2〜6の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
【化5】

ここで、nは2〜6の整数、mは0〜4の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
【0011】
この中では、nが2であり、R1およびR2が水素であり、Xが酸素であり、mが0である、下記の化合物が特に好ましい。
【化6】

【0012】
これらの化合物は後述の合成例1、2に記載の方法によって合成することができる。なお、nが2であり、R1およびR2が水素であり、Xが酸素であり、mが0である化合物以外の化合物も原料を代えることによって同様にして合成することができる。
【0013】
Xが硫黄である化合物は、例えば、後述の合成例1、2において、NBD-Cl、DBD-Fの代わりに、下記の手順で合成された化合物を用い、これを3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸と反応させることによって合成することができる。
【化7】

参考文献:C. Gota, S. Uchiyama, T. Yoshihara, S. Tobita, and T. Ohwada, J. Phys. Chem. B, 2008, 112, 2829.
【0014】
Xがセレンである化合物は、例えば、後述の合成例1、2において、NBD-Cl、DBD-Fの代わりに、下記の手順で合成された化合物を用い、これを3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸と反応させることによって合成することができる。
【化8】

参考文献:内山聖一、郷田千恵、第69回分析化学討論会
【0015】
本発明の化合物は、蛍光を発する。したがって、蛍光標識剤や蛍光プローブとして使用することができる。
特に、本発明の化合物は、細胞内に取り込まれ、コレステロールと同様の挙動を示すため、細胞内コレステロールの検出に好適に使用することができる。
【0016】
具体的には、本発明の化合物を細胞に添加し、蛍光顕微鏡などで蛍光を測定することによって、細胞内コレステロールの分布などを検出することができる。
検出対象の細胞の種類は特に制限されないが、コレステロールを蓄積する培養細胞が好ましい。
細胞に化合物を添加する場合、本発明の化合物を単独で添加してもよいし、同化合物の溶解を助ける働きをする他の化合物とともに添加してもよい。
本発明の化合物を単独で添加する場合、例えば、同化合物をDMSOなどに溶解させることができる。
本発明の化合物は培養細胞の培地中などに加えることができる。その濃度は細胞の種類によっても異なるが、好ましくは、0.5μM〜50μMである。
蛍光顕微鏡などの蛍光測定装置を使用することによって本発明の化合物による蛍光を検出することができる。
なお、本発明の化合物を認識する抗体を用いて検出することも可能である。そのような抗体としては、本発明の化合物に含まれるニトロベンゾフラザン(NBD)基や4-(N,N-dimethylaminosulphonyl)-2,1,3-benzoxadiazole(DBD)基に対する抗体が挙げられる。
【0017】
本発明はまた、本発明の化合物を含むコレステロール検出キットに関する。該キットは、本発明の化合物を溶解するための溶媒や、本発明の化合物の溶解を助ける働きをする物質をさらに含むものであってもよい。また、本発明の化合物に対する抗体を含むものであってもよい。
【実施例】
【0018】
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0019】
合成例1:24NBDChoの合成
NBD-Cl(600mg、3mmol)、N-BOC-1,2-ジアミノエタン(532mg、3.3mmol)をDMF(8ml)中に溶解させ、DIEA(0.6ml、3.3mmol)を加え、N2ガスを充填し20h攪拌した。反応液にクロロホルムを加え、水で2回洗浄した。有機層をNa2SO4で乾燥させた後、エバポレーターで減圧乾固させ、カラムクロマトグラフィー(充填剤:酸化アルミニウム、展開溶媒:酢酸エチル)を用いて単離した。得られたBOC-NBD(689mg、2.1mmol)を酢酸エチル中に(8.8ml)に溶解させ、2Mの塩化水素水溶液(2M HClaq、2.1ml)を加え、3h攪拌した。反応液を酢酸エチルで洗浄し、乾燥させた。得られたNBD・HCl(495mg、1.9mmol)の286mg(1.1mmol)をメタノール中に(28ml)に溶解させ、3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸(376mg、1mmol)、DIEA(250μl、1.2mmol)、DMT-MM(559mg、2.2mmol)を加え、15h攪拌し、反応液にクロロホルムを加え、エバポレーターで減圧乾固させ、カラムクロマトグラフィー(充填剤:酸化アルミニウム、展開溶媒:CH2Cl2:MeOH=9:1)を用いて単離した(収量:360mg、収率:40%)。
1H HNR (300 MHz、DMSO、RT):δ8.47(1H、d)、7.86(1H、m)、6.15(1H、d )、5.34 (1H、m )、4.06 (1H、t)、3.83-3.49 (5H、m)、2.32-0.62(35H、m).
ESI-MS m/z : Calcd for C32H45N5NaO5+ ([M+Na]+) 602.3、m/z : Found for 602.4
【化9】

【0020】
合成例2:24DBDChoの合成
DBD-F(100mg、0.41mmol)、N-BOC-1,2-ジアミノエタン(72mg、0.44mmol)を脱水アセトニトリル(2.3ml)中に溶解させ、ジイソプロピルエチルアミン(DIEA、80μl、0.44mmol)を加え、N2ガスを充填し15h攪拌した。反応液に酢酸エチルを加え、水で2回洗浄した。有機層をNa2SO4で乾燥させた後、エバポレーターで減圧乾固させた。得られたBOC-DBDを4Mの塩酸/ジオキサン(4M HCl/dioxane)に溶解させ、1h攪拌した。反応液にTHFを加え、エバポレーターで減圧乾固させた。得られたDBD・HCl(120mg、0.38mmol)の70mg(0.22mmol)をメタノール中に(10ml)に溶解させ、3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸(76mg、0.2mmol)、DIEA(43μl、0.24mmol)、クロリドn水和物(DMT - MM、55mg、0.4mmol)を加え、15h攪拌し、エバポレーターで減圧乾固させ、カラムクロマトグラフィー(充填剤:酸化アルミニウム、展開溶媒:CH2Cl2:MeOH = 95:5)を用いて単離した(収量:30mg、収率:21%)。
1H HNR (300 MHz、DMSO、RT) : δ8.05 (1H、s)、7.80 (1H、d )、6.35 (1H、d)、5.23(1H、m)、 4.6 (1H、d)、 3.55-3.13 (5H、m)、 2.73(6H、m)、 2.60-0.53(35H、m).
ESI-MS m/z :Calcd for C34H52N5O5S+ ([M+H]+) 642.9、 m/z : Found for 642.6
【化10】

【0021】
実施例1:24NBDChoおよび24DBDChoの吸収・蛍光スペクトル
<DMPC膜における24NBDChoおよび24DBDChoの吸収・蛍光スペクトルの測定>
1-1 DMPC膜の調製
細胞膜のモデルとしてリン脂質DMPC(dimyristoyl-phosphatidylcholine)でできた単層ベシクル (ULV; unilamellar vesicle)を用いた。DMPC単層膜はエタノールインジェクション法を用いて作成した(DMPC濃度 1.0 x 10-3M)。
【0022】
1-2 24NBDChoおよび24DBDChoのDMPC膜中への取り込み
22NBDCho(前出の化合物 C)、24NBDChoおよび24DBDChoをDMSOに溶かして、これを上記で調製されたDMPC膜と混合し、常温でDMPC膜に取り込ませた。なお、各化合物の最終濃度は1.0 x 10-5Mとした。
図1に22NBDCho、24NBDChoおよび24DBDChoのDMPC膜中における吸収および蛍光スペクトルを示す。また、吸収極大波長、蛍光極大波長を表1に示す。24NBDChoは吸収および蛍光波長領域は22NBDChoとほぼ同様であった。一方、24DBDChoは、24NBDChoおよび22NBDChoと比較し、吸収は短波長化したが、蛍光は長波長化した。このため、24DBDChoは吸収と蛍光波長のピーク間隔が広くなり、蛍光顕微鏡下での観測において、観測波長で励起光をカットすることが容易となると考えられた。
【0023】
<各溶媒中における24NBDChoおよび24DBDChoの吸収・蛍光スペクトルの測定>
24NBDChoおよび24DBDChoの各溶媒中での蛍光量子収率(Φf)を表2に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
24NBDChoは、22NBDChoと同様にニトロベンゾフラザン部位を有しており、吸収および蛍光波長領域はこれまでとほぼ同様である(図1、表1)。
24DBDChoは、22NBDCho や24NBDChoと比較して、吸収は短波長化するが、蛍光は長波長化する(図1、表1)。このためストークスシフトが大きくなり、蛍光顕微鏡下での観測において、観測波長で励起光をカットすることが容易となる。
【0027】
実施例2:培養細胞での蛍光測定
溶媒DMSOに溶かした22NBDCho、24NBDCho、24DBDChoを、マウス膵β細胞由来MIN6細胞に、最終濃度20μMで添加して2時間培養し、蛍光顕微鏡で各プローブの自家蛍光を観察した。
励起波長:400-440nm、検出波長:> 475nm
【0028】
その結果、図2に示されるように、22NBDChoはミトコンドリアに集積したのに対し、24NBDChoと24DBDChoは細胞内コレステロールと同様の分布を示し、細胞内コレステロールの挙動を模倣できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、細胞生物学、分子生物学、バイオイメージング分野、医学などの分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)または(II)で表される化合物。
【化1】

ここで、nは2〜6の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
【化2】

ここで、nは2〜6の整数、mは0〜4の整数、R1およびR2はそれぞれ独立して水素、メチルおよびエチルから選択される基であり、Xは酸素、硫黄、またはセレンである。
【請求項2】
nが2であり、R1およびR2が水素であり、Xが酸素であり、mが0である、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化合物を細胞に添加し、蛍光を測定することを特徴とする、細胞内コレステロールの検出方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の化合物を含む、コレステロール検出キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−184374(P2011−184374A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52205(P2010−52205)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2009年光化学討論会 講演要旨集 発行者名 平塚 浩士 発行日 平成21年9月16日
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】