説明

新規触媒系によるフェノールの調製方法

本発明は、新規触媒系の存在下、極めて穏やかな条件下における高い転化率及び選択率でのクメンのヒドロペルオキシドへの好気性酸化、及びそれに続く該ヒドロペルオキシドのフェノール及びアセトンへの酸分解を含む、フェノールの調製方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規触媒系の使用に基づくクメンの好気性酸化によるフェノールの調製方法に関する。
さらに詳細には、本発明は、クメンの好気性酸化及びそれに続くヒドロペルオキシドのフェノール及びアセトンへの酸分解によるフェノールの調製方法であって、新規触媒系の存在下、極めて穏やかな条件下、及び高い転化率及び選択率で行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学工業で一般的に用いられているフェノール製造のためのホック法はクメンのヒドロペルオキシドへの自動酸化に基づき、これは続いて酸触媒によりフェノール及びアセトンに分解される(H. Hock, S. Lang, Ber. 1944, 77, 257; W. Jordan, H. Van Barmeveld, O. Gerlich, M. K. Baymann, S. Ulrich, Ullman’s Encyclopedia of Industrial Organic Chemicals, Vol. A 9, Wiley-VCH, Weinheim, 1985, 299)。
該方法の最も重要な特徴は、形成されたヒドロペルオキシドが続いてラジカル鎖の開始剤として作用する旧来のラジカル鎖プロセスによって特徴付けられる自動酸化段階である。ヒドロペルオキシドの形成における選択率は、ヒドロペルオキシド自体が開始剤として作用して、その分解が比較的高い温度で主な副生成物であるアセトフェノン、及びクミルアルコールを製造する程度まで減少する。他方でヒドロペルオキシドの分解は、転化率(転化率が上がってヒドロペルオキシドの濃度が上がるほど、分解率が高くなる)及び温度により増加する。転化率及び温度が下がるほど、ヒドロペルオキシド形成の選択率が高くなる。
【0003】
別の重要な特徴は、工業方法のために、アルカリ性雰囲気で操作してカルボン酸、本質的には蟻酸を中和する必要があり、これらは酸化中に形成され、該ヒドロペルオキシドの自動酸化プロセス阻害剤であるフェノールへの分解を触媒する。
100℃未満の温度では、クメンの非触媒酸化は非常に遅い。温度を上げると転化率が増加するが選択率が減少する。いかなる場合でもクメンの転化率は高くならず、結果として起こる選択率は大きく損なわれる。
クメンの非触媒過酸化のための工業条件下では、温度、転化率及び選択率の間の妥協点が常に探求されている。
【0004】
金属塩(Co、Mn)の触媒としての使用はクメンの好気性酸化率を大きく増加し、より低い温度を用いることを可能にするが、これらの金属塩が該ヒドロペルオキシドの分解を促進することにより著しく選択率も減少させる。
このタイプの触媒は、好気性酸化によるクメンヒドロペルオキシドの製造に特に好適であるとは思えない(F. Minisci, F. Recupero, A. Cecchetto, C. Gambarotti, C. Punta, R. Paganelli Org. Proc. Res. Devel. 2004, 163)。
【0005】
異なるアプローチは、N-ヒドロキシフタルイミドの触媒としてのクメンヒドロペルオキシド(R. A. Sheldon, I.W.E. Arends Adv. Synth. Catal. 2001, 343, 1051)及び従来のラジカル開始剤、例えばアゾイソブチロニトリル(O. Fueuda, S. Sakaguchi, Y. Ishii Adv. Synth. Catal. 2001, 343, 809)の両方に関連する使用に関する。
これらの場合でも75℃〜100℃の温度が用いられるが、転化率も選択率も高くない。さらに、N-ヒドロキシフタルイミドが酸化中に分解される。より低い温度ではこれらの開始剤が有効ではない。これらの場合では、溶媒、例えば酢酸を用いることができず、これは酸化温度においてクメンヒドロペルオキシドをフェノールに部分的に分解して自動酸化方法自体を阻害する。
ここで、クメンの好気性酸化を特に穏やかな温度及び圧力条件下で行うことを可能にする触媒系が見出された。さらに、この触媒系は現在使用されている工業方法と異なり、高い転化率を高い選択率と共に得ることを可能にし、該選択率は転化率の増加と共に減少する。
【0006】
従って、本発明の目的は、一般式I及びIIを有するN-ヒドロキシイミド又はN-ヒドロキシスルホンアミドを含む触媒系の存在下でクメンを酸素と反応させることを特徴とするクメンヒドロペルオキシドの調製方法に関する。
【化1】

式中、Rはアルキル基、アリール基、又は<100℃の温度で過酸又はジオキシランと結合する脂肪族及び芳香族環系の一部である。
【0007】
N-ヒドロキシイミド又はN-ヒドロキシスルホンアミドは、好ましくはN-ヒドロキシサクシンイミド、N-ヒドロキシフタルイミド、N-ヒドロキシサッカラインからなる群から選択される。
N-ヒドロキシフタルイミド及びN-ヒドロキシサクシンイミドは特に工業的に関心が高く、無水フタル酸又はコハク酸などの低コストな工業生成物から容易に入手出来る。
【0008】
本発明のさらなる目的は、上記クメンヒドロペルオキシドの調製及びそれに続くヒドロペルオキシドのフェノール及びアセトンへの酸分解を含むフェノールの調製方法に関する。
いかなる場合にも、N-ヒドロキシ-誘導体は酸化プロセスの特に穏やかな条件によって分解されず、同誘導体がより高い温度で用いられるときに起こる事に反して回収及び再循環することができる。
過酸及びジオキシランは脂肪族又は芳香族のいずれかの市販の生成物、例えば過酢酸又はm-クロロ過安息香酸でよく、該ジオキシランはケトン及び一過硫酸カリウムから出発して調製される(A. Bravo, F. Fontana, G. Fronza, F. Minisci J. Org. Chem. 1998, 63, 254)。
【0009】
過酸又はジオキシランの代わりに、過酸のためのアルデヒド及びジオキシランのためのケトン及び一過硫酸カリウムの混合物などの前駆体をより経済的に用いることができる。
アルデヒド、例えばアセトアルデヒド又はベンズアルデヒドの使用が特に都合が良く、該反応条件下で、それらはジオキシランの場合のように、酸素によってゆっくりと過酸に酸化されてさらなる酸化剤を必要としない。
アルデヒドのこの相対的に遅い酸化方法は有用であり、同じ条件下でクメンの転化率が過酸の低い一定の濃度を保持しながら増加する。
【0010】
類似の結果が過酸又はジオキシランを反応混合物にゆっくりと加えることによって得られ、該過酸及びジオキシランはそれらの一定の濃度を低く保持したまま酸化中にクメンに分解され、N-ヒドロキシ-誘導体は変化せずに再循環することができる。
アルデヒドの酸化を誘導し、該誘導時間を減らすために、非常に少量の過酸を用いることもできる。
酸化はクメンによりアセトニトリル、アセトン、炭酸ジメチル又は酢酸エチルなどの溶媒の溶液で行うことができ、これは爆発性の混合物を酸素と共に穏やかな条件下では容易に形成しない。後者は溶媒としての酢酸の使用も可能にし、それによって用いられる穏やかな条件下では酢酸がヒドロペルオキシドのフェノールへの分解を触媒しないために、爆発性の混合物を酸素と共により形成しにくくなる。上記全ての他の方法では、酢酸が酸化プロセスを阻害し、溶媒として用いることができない。溶媒を用いずに操作することもできるが、この場合はN-ヒドロキシ-誘導体を用いなければならず、これはクメンに溶解性であり、最も単純な鎖末端(N-ヒドロキシサクシンイミド、N-ヒドロキシフタルイミド、N-ヒドロキシサッカライン)は非常に難溶性である。クメンにおけるN-ヒドロキシ-誘導体の溶解性は、十分に長いアルキル鎖(N-ヒドロキシ-誘導体自体にC6-C14)を導入することによって増加する。
【0011】
ヒドロペルオキシド溶液は、均一又は不均一触媒によりフェノール又はアセトンに分解される。Amberlyst 15又はNafionなどの酸性ポリマーの使用によって得られる後者は、フェノールの単離及び分離後の触媒の再利用に特に有利である。
酸化は100℃未満の温度且つ好ましくは大気圧下で行われる。好ましくは20℃〜70℃の温度で行われる。
クメンに対して1〜10%の量のN-ヒドロキシ-誘導体、過酸又はジオキシランが好ましくは用いられる。N-ヒドロキシ-誘導体がアルデヒドに関連する場合、後者の量は好ましくはクメンに対して1%〜20%である。
【0012】
重要な発見は、N-ヒドロキシ-誘導体又は過酸、又はジオキシラン又はそれらの前駆体単独のいずれもが、用いられる特に穏やかな操作条件下でクメンの好気性酸化における触媒活性を有さない、すなわち、有意な酸化がN-ヒドロキシ-誘導体又は過酸又はジオキシラン又はそれらの前駆体単独の1種を触媒として用いると起こらないことである。
用いた操作条件下では、クメンヒドロペルオキシド又は他のヒドロペルオキシド、例えばアゾイソブチロニトリル又はベンゾイルペルオキシドはN-ヒドロキシ-誘導体と共に完全に不活性であり、クメンの好気性酸化プロセスの開始活性を有さない。これは現在使用されている工業酸化プロセスと対照的であり、これは高い温度で操作すると酸化プロセスの開始がクメンヒドロペルオキシドの熱分解によって起こり、それによって該方法の選択率が転化率と共に減少し、ヒドロペルオキシドの濃度が増加する。
これは、穏やかな温度条件下で、本発明で発見された新規触媒系によって高い転化率を高い選択率と共に得る可能性を説明している。
【0013】
この結果は過酸及びジオキシランの異なる操作機構により、反応温度でN-ヒドロキシ-誘導体を用いずに安定であり、従って従前に用いられていたクメンヒドロペルオキシド又はアゾイソブチロニトリルなどの開始剤の使用に対して熱分解によって酸化プロセスを開始せず、これらは低い温度で不活性であり、分解温度までもたらされてクメンの酸化プロセスを開始及び保持することができなければならない。
本発明の触媒により、クメンの酸化方法の開始及び持続は、該反応の結果として低い温度でもN-ヒドロキシ-誘導体及び過酸又はジオキシランの間で生じ、これらはこれらの条件下で別々に安定である。
【0014】
以下の実施例は説明の目的のために提供されるが、本発明の意図する方法を限定しない。
実施例1
10mLのアセトニトリルにおける2.5mmolのm-クロロ過安息香酸溶液を、攪拌しながら100mLのアセトニトリルにおける50mmolのクメン及び5mmolのN-ヒドロキシフタルイミド溶液に、酸素雰囲気中、大気圧下、20℃で12時間かけて滴下した。反応混合物のHPLC分析は、91%のクメンの転化率と転化されたクメンに基づいて97%のクミル-ヒドロペルオキシドの収量を示し、N-ヒドロキシフタルイミドは実質的に変化しなかった。反応混合物は0.3MのH2SO4アセトニトリル溶液(5mL)で2時間室温において処理し、転化されたクメンに対して92%の収量のフェノールを得た。
【0015】
実施例2
実施例1と同じ手順で行ったが、m-クロロ過安息香酸は用いなかった。有意な酸化は無かった。
【0016】
実施例3
実施例1と同じ手順で行ったが、N-ヒドロキシフタルイミドは用いなかった。クメンの転化率は1%であり、クミルアルコールの形成は微小であった。
【0017】
実施例4
実施例1と同じ手順で行い、全てのm-クロロ過安息香酸を最初から反応混合物に加えた。クメン転化率は70%であり、クミル-ヒドロペルオキシドの収量は転化されたクメンに基づいて88%であった。実施例1の酸分解はフェノールの形成を生じ、転化されたクメンに対して84%の収量であった。
【0018】
実施例5
50mmolのクメン、5mmolのN-ヒドロキシフタルイミド及び5mmolのアセトアルデヒドの100mLアセトニトリル溶液を、20℃で24時間、酸素雰囲気の大気圧下で攪拌した。HPLC分析はクメンの68%転化率と、転化されたクメンに基づいて94%のクミル-ヒドロペルオキシド収量を示した。2gのAmberlyst 15を該溶液に加えて混合物を室温で1時間攪拌し、転化されたクメンに対して91%の収量のフェノールを得た。反応環境下で不溶性のAmberlystを分離し、その触媒活性を緩めることなく再使用した。
【0019】
実施例6
実施例5と同じ手順で行ったが、N-ヒドロキシフタルイミドは用いなかった。有意な反応は起こらなかった。
【0020】
実施例7
実施例5と同じ手順で行ったが、アセトアルデヒドは用いなかった。有意な反応は起こらなかった。
【0021】
実施例8
実施例5と同じ手順で行い、0.1mmolのm-クロロ過安息香酸を反応中に加えた。クメン転化は77%、ヒドロペルオキシド収量は転化されたクメンに基づいて93%、及び酸触媒後のフェノール収量は転化されたクメンに基づいて89%であった。
【0022】
実施例9
実施例8と同じ手順で行い、アセトアルデヒドの代わりにベンズアルデヒドを用いた。クメン転化率は59%であり、ヒドロペルオキシド収量は転化されたクメンに基づいて97%であった。ヒドロペルオキシドの酸分解は、転化されたクメンに基づいて92%のフェノール収量を生じた。
【0023】
実施例10
実施例8と同じ手順で行い、アセトニトリルの代わりにアセトンを溶媒として用いた。クメン転化率は39%であり、転化されたクメンに基づくヒドロペルオキシド及びフェノールの収量はそれぞれ97%及び92%であった。
【0024】
実施例11
5mmolのジメチルジオキシランの10mLアセトン溶液を、攪拌しながら50mmolのクメン及び2.5mmolのN-ヒドロキシフタルイミドの100mLアセトン溶液に20℃の酸素雰囲気中大気圧下で12時間かけて滴下した。クメンの転化率は45%であり、転化されたクメンに基づくヒドロペルオキシド収量は97%であった。実施例5のような不均一触媒による分解は、転化されたクメンに基づいて93%のフェノール収量を生じた。
【0025】
実施例12
実施例11と同じ手順で行ったが、N-ヒドロキシフタルイミドは用いなかった。クミルアルコールにおいてクメンの4%の転化率が得られた。
【0026】
実施例13
10mLの酢酸におけるm-クロロ過安息香酸(5mmol)溶液を、クメン(50mmol)及びN-ヒドロキシフタルイミド(5mmol)の100mL酢酸溶液に15時間かけて酸素下大気圧中25℃で滴下した。実施例5のAmberlyst 15による分解後、62%のクメン転化率が得られ、転化されたクメンに対するフェノール収量は89%であった。
【0027】
実施例14
0.5mmolのm-クロロ過安息香酸を、50℃で24時間かけて5mmolのクメン、0.5mmolのN-ヒドロキシサクシンイミドの10mLアセトニトリル溶液に酸素雰囲気中常圧下で滴下した。45%の転化率が得られ、転化されたクメンに対するフェノール収量は88%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クメンヒドロペルオキシドの調製方法であって、一般式I及びIIを有するN-ヒドロキシイミド又はN-ヒドロキシスルホンアミドを含む触媒系の存在下でクメンと酸素を反応させることを特徴とする、方法。
【化1】

式中、Rはアルキル基、アリール基、又は<100℃の温度で過酸又はジオキシランと結合する脂肪族及び芳香族環系の一部である。
【請求項2】
N-ヒドロキシイミド又はN-ヒドロキシスルホンアミドが、N-ヒドロキシサクシンイミド、N-ヒドロキシフタルイミド、N-ヒドロキシサッカラインからなる群から選択される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
反応が20℃〜70℃の温度で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項4】
反応が大気圧下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項5】
過酸が脂肪族又は芳香族過酸から選択される、請求項1記載の方法。
【請求項6】
過酸が過酢酸又はm-クロロ過安息香酸から選択される、請求項5記載の方法。
【請求項7】
脂肪族又は芳香族アルデヒドが過酸の代わりに用いられ、反応条件下で該過酸の前駆体として作用する、請求項1又は5記載の方法。
【請求項8】
アルデヒドがアセトアルデヒド又はベンズアルデヒドから選択される、請求項7記載の方法。
【請求項9】
ジオキシランが芳香族又は脂肪族ジオキシランから選択される、請求項1記載の方法。
【請求項10】
ケトン及び一過硫酸カリウムがジオキシランの代わりに用いられ、反応条件下で該ジオキシランの前駆体として作用する、請求項1又は9記載の方法。
【請求項11】
過酸又はジオキシランが反応混合物にゆっくりと加えられる、請求項1記載の方法。
【請求項12】
反応が溶媒の存在下で行われる、請求項1記載の方法。
【請求項13】
N-ヒドロキシ誘導体、過酸又はジオキシランの量が、クメンに対して1%〜10%である、請求項1記載の方法。
【請求項14】
N-ヒドロキシ誘導体がアルデヒドと結合し、該アルデヒドの量がクメンに対して1%〜20%である、請求項7記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか1項に記載の方法によるクメンヒドロペルオキシドの調製工程、及びそれに続く該ヒドロペルオキシドのフェノール及びアセトンへの酸分解工程を含む、フェノールの調製方法。
【請求項16】
ヒドロペルオキシドの酸分解が、不均一酸触媒によりAmberlyst 15又はNafionから選択される酸性ポリマーの存在下で行われる、請求項15記載の方法。
【請求項17】
クメンヒドロペルオキシドの酸分解が均一酸触媒によって行われる、請求項15記載の方法。

【公表番号】特表2010−504925(P2010−504925A)
【公表日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−529594(P2009−529594)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際出願番号】PCT/EP2007/008341
【国際公開番号】WO2008/037435
【国際公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(508128303)ポリメーリ エウローパ ソシエタ ペル アチオニ (24)
【Fターム(参考)】